hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

自殺・自死について

問い「自分が自殺をしそうで怖いです。」

問い「自分が自殺をしそうで怖いです。」

【ご質問内容】

半年前に不安神経症を発症してから、自分とは、生きるとは何なのかについて悩むようになりました。

自分には意思があって、自分がしたいと思えば体が動きます。 
そうしたら、自分の心次第で人殺しや自殺もできてしまうんだなと気づきました。 
今も、身体が勝手に台所から包丁をとってきそうで怖いです。 
死ぬのが辛くなるんだったら、なんで生まれてきたんだろうとも思います。

怖いと思うのは、死にたくないという思いが魂胆にあるからなのでしょうが、その気持ちさえなくなってしまうんじゃないかと思ってしまいます。

自分の進路も見えてきて、やりたいこともたくさんあるのに、辛いです。 
考え方をどう変えたらよいでしょうか。


【拙回答】

不安の原因は・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

不安を色々とお抱えになられておられて、特に死に対する不安にお悩みのご様子・・

不安というものは、人間であれば誰もが何らかしか持っているものですが、ある意味では、自己防衛を図るための本能的なものであるとも言えます。

不安があるからこそ、慎重になって、安全に物事を進められているということもありますし、一方では、身動きがとれなくなり、何も手に着かなくなってしまうという弊害ももちろんあり得るものでございます。

不安というものも、有りすぎず、かといって、無いというのでもないというところのバランスが必要となります。

さて、「死」についてでございますが、とにかく、「死」とは何かが分からないことによる不安が一番大きな原因としてあるのではないだろうかと存じます。

そうであれば、「死」についてもっと知ってみるのも、その一つとなります。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の如くに、案外、知ってみると、なんだ・・となって、不安も和らぐことになるのではないだろうかと存じます。

仏教的に考えるのであれば、「死」は、虚無や絶無ではなく、肉体としての「死」という面が強くあり、肉体は滅んだとしても、存続していく微細な意識(微細心・心相続)のありようについて考えていくことになります。

その存続していく心のありようをしっかりと善きものに調えていくための教えが仏教でもあります。

もちろん、死後のことは今は考えずとも、いずれその時は否が応でもやってくるのですから、その時までは、とにかく仏教を修習し、善き因縁を調えていくことに取り組むのも一つ。

いや、やっぱり死についてもっと知りたいとなれば、仏教における死についての教えについて学ばれてみられることもお勧め致します。但し、学べる文献は幾つかに限られています。間違いのないように慎重に学んで参りたいものとなります。

ご興味がおありでしたら、いくつかのお勧めをお教えさせて頂きます。

とにかく、それもまだまだ焦らずで構いません。でも、ある程度知っていけば、納得していけることもあるという感じにて。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「なぜ人は人を殺してはいけないのか。餓死による自殺について。」

問い「なぜ人は人を殺してはいけないのか。餓死による自殺について。」

【ご質問内容】

 社会や宗教はよく、「人は人を殺してはならない」と説きます。しかし、僕はこの問いに対して自らの内に納得できる答えを出すことが未だできていません。 
 決して僕自身は人を殺したいとは思いませんが、僕は別に人を殺したいなら殺してもいいと思うし、殺してしまったらならそれは仕方がないと思っております。 
 よく、自分が殺されたくないなら人を殺すな、だから人を殺してはならない、という回答を散見します。しかし僕はこれに納得していません。その相手が憎くて「殺されてもいいから、殺してやる」と思う場合、人を殺してもいい、ということになってしまうからです。 
 僕は度々報道される殺人事件のニュースを見ると悲しくなってしまうのです。「なぜ人は人を殺してはならないのか。」この問いに対する真実の答えがこの世のすべての人に知れ渡れば、殺人事件や戦争などという悲しい出来事がなくなると思うし、自殺もなくなると思うのです。 
 僕は決して殺人を犯した人がいなくなればいいなどとは思いません。殺人を犯してしまった人も、この地球に生まれ落ちた我らが同胞であり、兄弟であり、愛すべき存在だと僕は信じているからです。 
 そして、僕は生きる苦しみから逃れたい、自殺したいと思っていた時期がありました。自殺も、つまるところ「人(自分)が人(自分)を殺す」という事象に当たると思っています。自殺もいけないことだと真っ向から否定してほしいのです。 
 僕は生きる悦びを手にし、その生きる悦びを愛しているので自殺することはないと思います。しかし、この地球上に生まれ落ちた愛すべき存在を、殺人や自殺などといった形で失うことを、僕はただただ悲しいと思うことしかできないのです。

 また、自殺の方法として餓死を選んだ場合、人は生きる苦しみから解放されるのでしょうか?一般的に自殺は生きる苦しみからの逃げ、だと僕は思っています。自殺の方法として餓死を選んだ場合、それは生きる苦しみと真っ向から向き合うことだと考えています。 
 近い将来、自分が餓死による自殺をしてしまうのではないか、と不安になる時があります。


【拙回答】

自殺のカルマについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

自殺につきましては、大きく三つの業(カルマ)の結果について考えることができるのではないかと存じます。

一つは、善き動機としての善き行為による善き結果として。

一つは、悪い動機としての悪い行為による悪い結果として。

もう一つは、善いでもなく悪いでもない中性なる動機としての善いでもなく悪いでもない中性なる行為による善いでもなく悪いでもない中性なる結果として。

その内実においてまず重要となるのは、「無明(根本的無知)・煩悩」によるものであるのかどうかというところとなります。

無明・煩悩によるものであれば、当然に迷い苦しみの原因となっていく「悪業」となってしまう可能性は高くなります。

その無明・煩悩によらないものであれば、中性に。

では、善業となる場合・・これは非常に判断が難しいのですが、例えば、大いなる慈悲の心や菩提心(悟りへ向けた心)を動機としての、無明や煩悩によらない、純粋な利他心により他を助けるような善行為となる場合などが考えられます。

中性の場合も、その内実の動機を実際に推し量るのも難しいところがありますが、例えば、どうにもやむを得ない事情による安楽死、尊厳死などが考えられますかね・・

とにかく、大きく分かれる一つの判断基準として、「無明(根本的無知)・煩悩」によるものか、そうでないのか、ここを少しご検討を頂けましたらと存じます。

仏教の基本として、この迷い苦しみ(輪廻)から解放されるためには、しっかりと悪い行いを慎み、善い行いに努め励みて、心を浄らかにしていくことが求められるものとなって参ります。

是非、その方法論がたくさん説かれております仏教の修習を、これからも進めていって頂けましたらと存じます。

川口英俊 合掌

問い「自殺した魂はどうなるのでしょうか」

問い「自殺した魂はどうなるのでしょうか」

【ご質問内容】

原因不明・完治が難しい多くの症状に悩まされ、鬱・パニック状態に陥るようになってしまいました。症状緩和のため、自分なりに努力していますが、時々発作的に死んでしまいたいと思う事があります。

実際に踏み切る勇気もないのですが、死後の世界は悪くないと聞く中、自殺者の魂はこの世での課題を放棄したペナルティが課されるという事も聞きかじりました。

これは自殺者からの真のメッセージなのか、或は自殺防止のための宗教的教えなのかと疑問に感じています。 
アドバイスよろしくお願いします。


【拙回答】

「因縁無くして結果無し」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

原因不明・完治が難しい多くの症状に悩まされていることで、自殺まで考えてしまうほどに追い込まれてしまわれているご様子・・誠におつらいことでございます・・

とにかく、必ずモノ・コトには、その結果へと至るための因縁(原因と条件)がございます。

何でもそうですが、「因縁無くして結果無し」でございます。

もう少しその症状の因縁について深掘りして調べて、因縁を明らかにすることで、何とか快復へと向けた治療のメドをつけて参りたいものでございます。

例えば、原因として考えられることとして、更年期障害によるホルモンバランスの変化やストレスによる副腎機能の低下によっての慢性疲労症候群や、免疫機能の低下による膠原病の発症などもございますが、そのあたりにつきましては、もう既にお調べになられていますでしょうか。

もしも、まだでございましたら、一度、「慢性疲労症候群 ○○県」で検索されて、扱いのある近くの専門病院で調べてみられてもどうであろうかと存じます。

少しアプローチを変えてみることで、今まで見えてこなかったところに光を当ててやると、もしかするとその因縁も見つかってくるかもしれません。

因縁が分かると共に、更に良くなるための治療も望めるとなれば、自殺など考えることもなくなり、少しずつでも前向きに過ごせていけるようになるのではないだろうかと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「精神病で自殺をするのは病死だと思います。」

問い「精神病で自殺をするのは病死だと思います。」

【ご質問内容】

ろくに働きも税金をおさめもせずに20代で精神病を発病しました。 
一番重い精神病とされている2つのうちの1つです。 
以後約20年通院と1日1食食べ物を買う以外ずっと独り暮らしの引きこもりです。 
よろこび嬉しさ楽しさはこの20年殆ど感じていません。 
絶望と苦しみと悲しさ虚しさだけです。 
毎日殆ど何も出来ず、一日中布団で泣くかぼんやりして暮らしています。 
親にはお前を育てた意味がないと言われました。 
家族親戚友人には見放されました。 
医師には予後はかなり悪く、良くなることはない、 
生活保護も受けて精神障害者施設に入るよう言われています。 
もう生きていく気力がなくなりました。 
「生きるのが体質に合わない、 
生かされているのが嫌がらせだとしか思えない」 
非常に共感しました。 
働かず結婚も出産もせずに食べて泣いて寝るだけ。 
なのに他人様の税金で障害者年金で暮らしています。 
人に迷惑をかけるのみで役に立たない人間です。 
精神病で自殺をするのは病死だと思います。 
もう疲れはてました。


【拙回答】

まだまだ今は甘えて下さい。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

屠所の羊・・涅槃経に出て参ります無常の理趣を示す言葉でございますね・・

とにかく、あまりご自身を卑下なさられず、悲観なさられずに、予後が悪いという医師の言葉にも諦めずに、良くなる道を模索して、長いトンネルを抜け出して頂きたいと思います。

精神・心の病は、実は、身体における機能的な問題から生じてしまっている場合もございます。例えば、自己免疫機能、ホルモンバランス機能、メチレーション代謝機能などの問題であります。対症療法ではなくて、身体的機能における根本的治療が、もしかすると改善へ向けて有効であるかもしれません。心と身体はそれぞれ別のものではなく、密接に関連し合っています。少しこのことも意識して治療に取り組んで頂けましたらと存じます。

とにかく、そんな辛いことをたくさん抱えておられる貴女様のために、私も何とか頑張って働けて、税金を納めさせて頂けることは、功徳にもなることにて、有り難いことであると考えております。

「福祉」とは、全ての人々の幸せという意味であり、まさに福祉に貢献できることは、貴女様の幸せ、皆の幸せに繋がることであり、仏教的にも喜ばしいことでございます。大丈夫です。

「坊主は丸儲けで、税金は納めていないのでは」とよく世間で言われてしまいますが、

それは間違いです。

私たち坊主も、皆さんと同様に所得に応じて、源泉徴収されて、確定申告し、所得税・府民税・市民税をきっちりしっかりと納めています。

特にお坊さんは、税金が皆さんの幸せ(福祉・利他)に繋がることに使われているということに、大賛成にて、私たちも功徳を積められて、逆に感謝致すぐらいでございます。

どうか今はまだまだ甘えられて下さい。また少しなりにも良くなって、できることが増えてきて余裕が出てきてからで構いませんので、その時に、今度は自分が誰かのためになる番として取り組まれて下さい。それまでは無理せず、頑張り過ぎずにて。

川口英俊 合掌

問い「自殺を思い至った経緯について」

問い「自殺を思い至った経緯について」

【ご質問内容】

こんにちは。前回の質問した続きで、 
私が自殺にい思い至った経緯を書かせていただこうと思います。 
私は、いま18歳の高校生です。 
私は生まれてこの方18年間人生を振り返ってみても何も良いことがありませんでした。常に不幸。 
小学生の時、母をなくしたり・・・ 
現在は鬱気味で、学校に友達や話し相手はおらず、孤独感にさいなまれており、右目に違和感が出てきはじめ体調もすぐれません。常に吐き気とめまいにさいなまれています。 
また、受験という壁がこのような状態の私に一層焦りと圧迫感を与えています。 
まるで、深淵の海に沈みつつけているかのように息苦しく、そしてこれからの自分がどうなるのかという光も見えてきません。 
これが、私の自殺をしようかしまいか思い至らせた原因です。 
何度もこの原因に立ち向かおうと思いましたが、私の力など非力なものです。どうしようもありませんでした。 
やはり自殺すべきでしょうか? 
自殺すればこの息苦しさから解き放たれますか? 
もう”生きたい”と思いません・・・。 
(一応、自殺の準備は進めております。完全自殺マニュアルとロープは購入しました。)


【拙回答】

自殺は断固として勧められません。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

心と身体は密接に関連し合います。

心が病んで身体も病む場合、身体が病んで心も病む場合、と色々考えられますが、とにかく、身体の不調には、何か心とあまり関連のない別の原因もあるかもしれません。例えば、副腎疲労や自律神経系・免疫系の疾患などが考えられます。それらによる体調の不調が、心へと影響を与えて、心の不安定な要因になっているかもしれません。

心も身体もその治療によっては、対症療法で根本的な治療とならない場合もございます。少しこのことも気にして、色々と調べて頂いて扱いのある病院へと行かれてみて下さい。

孤独感については、あまり無理に友達を取り繕って作る必要はありません。また、別に通っている学校内にこだわることもなく、別の学校や塾・予備校、またはFacebook、TwitterなどのSNS上でも、情報・意見交換できる、志共にできる人とのご縁もあるかもしれません。

拙生も、今では、現実に会える友達よりも、SNS上において真剣に情報・意見交換できる人、志共にできる人の方が、友達であると思っております。このhasunohaでも、回答僧侶の皆様方とほとんどお会いできてはいませんが、皆さん志共にしている法友であると思っております。まあ、少しご縁の定義、範囲をご自身の中で広げられても良いのではないだろうかと思います。

受験については・・現役・浪人・仮面浪人と三度、第一志望に敗れ去った私からは何とも・・それでも別に第一志望に受かることが人生の目的ではなかったため、ある程度は別のことでも頑張っていくうちに気にならなくなりました。

受験、大学のその先をもう少し意識して、色々と取り組んでみて下さい。

今思えば、確かにその時はその時で色々と悩み苦しみましたが、高校・大学生活も終わってしまえば、正直、あっという間でしたね。

どうしても、抑圧された小さな世界にいると、まるであたかもそれが世界の全てであるかのように錯覚して、視野が狭くなってしまい、とらわれてしまって身動きのできないこともあるのではないだろうかとは思います。もう少し自分を客観視して、また俯瞰的に見てみることもお勧め致します。

とにかく、自殺は断固としてお勧めできません。このことは改めて強く申しておきたいと存じます。

川口英俊 合掌

問い「罪人や自殺」

問い「罪人や自殺」

【ご質問内容】

こんばんは

罪を犯した人や、自殺した人は成仏出来ないのでしょうか?

よろしくお願いいたします


【拙回答】

成仏へと向けて ※追記あり

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この世の全てのモノ・コトというものは、因縁(原因と条件)により成り立っております。

成仏も同じです。ですので、成仏のためのしかるべき因縁を調えることができれば、誰だって成仏することが可能となります。

成仏のためのしかるべき因縁を調えるための教えが、仏教となります。

しっかりと仏教を修習していくことで、成仏への因縁を調えて参りたいものとなります。

また、亡くなられた方であっても、成仏への因縁へ向けたお役立ちの一つとして供養、回向ということがございます。

しっかりと皆が成仏できるようにと供養・回向して参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

※追記・・信仰だけではダメです。成仏へと向けては、しっかりと仏教を学ぶことはもちろん、智慧の開発と福徳(方便・慈悲・善徳行)の集積が欠かせないものとなりますので、その点はどうかご理解の程を宜しくお願い申し上げます。

問い「どうしたら心が満たされますか?アドバイス、ヒントを下さい。」

問い「どうしたら心が満たされますか?アドバイス、ヒントを下さい。」

【ご質問内容】

21歳の息子が3年前から精神の病で自宅療養中です。

「楽しい事、おもしろい事がなくて、心が満たされません。 
退屈で憂鬱でつまらなくて、死にたくなるほど辛いです。 
具体的に自殺の方法まで考えてしまいます。

心が満たされる、アドバイス、ヒントを下さい。」

と、息子が言っております。

息子には話を相談できる お友達はいません。 
現在は対人恐怖で 人と接することができないのです。

私も この3年私なりの考えや調べた事などを話しているのですが、 
息子の気持ちを動かす答えを見つけられずにいます。

「もっと真剣に僕の事を考えてほしい」と常に言われています。

今は、どう答えていいのかすらわかず、 
何も答えない私にイライラしているようです。

息子の心が満たされるための、アドバイス、ヒントをお願いいたします。

【拙回答】

普通では、「求不得苦」としてご説明を致しますが・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

息子様のこと、誠にご心配でございます・・

「楽しい事、おもしろい事がなくて、心が満たされません。 退屈で憂鬱でつまらなくて、死にたくなるほど辛いです。 具体的に自殺の方法まで考えてしまいます。心が満たされる、アドバイス、ヒントを下さい。」

息子さんには、心の病がございますだけに、下手な答え方をしてしまっての万が一を考えますと、お母様も色々と慎重になられるお気持ちもお察し申し上げます。

普通の場合であれば、それは、「求不得苦」(ぐふとっく)という苦しみであり、求めても求めても得られない、満足できないという苦しみであり、何故、満足できないのかということにおける仕組み、真理を知ることで、その苦しみを取り除くことが必要となります。

その仕組みや真理とは、「諸行無常」や「諸法無我」、また、「空」や「縁起」の理解、「無明・煩悩の対治の方法」というものとなって参りますが、それも理解するためには、しっかりと仏教を修習していく必要があります。

そうですね・・まあ、ひとまず、、

「実は、満たされることは無いし、有り得ないってお坊さんが言っていたよ」

「えーなんで」

ここで、しめたものです。

「不思議よね。でも、仏教にその答えが確実にあるんだって」

「ふーん。じゃあ、仏教を少し勉強してみようかな」

「いいわね」

「でも、誰かお坊さんからのお話も実際に聞いてみたいな。」

「そうね」

「あっ、hasunohaっていう質問を受け付けているサイトがあるから、一度、何か質問してみたら」

「へーそれなら、対人恐怖症の僕でも大丈夫だ」

「えーっとアドレスは・・、これこれ」

どうでしょうか・・このような展開で、是非、hasunohaへとお誘い下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「自ら命を絶つことはいけないことですか?」

問い「自ら命を絶つことはいけないことですか?」

【ご質問内容】

乱文失礼いたします。

高校生の女子です。

最近、死にたいというわけではないのですが、このまま生きることをやめてすっとこの世界から消えて楽になりたいと思うことがよくあります。

今現在私の複雑な家族関係や、学校、受験、のことなど生活の中が問題で溢れかえっていて、普段はなんとかそれらの問題に向き合っていますが、一人になったときやふとした瞬間にとてつもなく苦しくなって、涙が溢れてきます。

また、テレビなどで、生きることがどれだけ恵まれているか、ということを教えるため(?)の感動ドラマや、かわいそう、という共感を目的とした番組などを見て、どうして人間はそこまで生きることにこだわるのだろう?という素朴な疑問を抱いてしまいます。

世の中の大人の方々ってすごいなって思います。みんないろいろなものを背負いながらも頑張って生きてきていて…私は、今のような苦しい思いをしながらこの先何十年も生きていける自信がありません…。

人はどうして生きることを必死に求めるのですか?本能ですか?死にたくないから生きるのですか?自ら生きることを絶つのはいけないことですか?

話がうまくまとめられず、よくわからない文章になってしまい本当にすみません…

【拙回答】

「不生不滅」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

誠に難しいことになりますが、仏教では、二通りの真理を扱います。

一つは世間的な真理としての世俗諦。

もう一つは究極的な真理としての勝義諦。

世間的なモノの見方、考え方では、正直答えの出ない、あるいは答えの出せないことも実はたくさんございます。

「死生観」というものも、世間的なモノの見方・考え方においては、人それぞれにおいての価値観や思想信条等によっても、あれやこれやとあり、「これで正解」というものを正直見いだせるというものではありません。

では、最高の究極的真理としての「勝義諦」からはどうなるのだとなっても、実は・・言葉で表せないことが多々となってございます。あえて表すとなれば「不生不滅」、本問に合わせると「不生不死」となります。

しかし、この「不生不滅」を、世間的なモノの見方・考え方で字義通りに捉えてはいけません。ここには、文字でその内容を表すとなっても、凄まじいもの、そしていずれにしても限界があるとお考え下さい。

では、どう理解していくのかとなりましたら、仏教を修習して己が己で理解していくしかありません。

もし、どうしてもご質問のお答えをお知りになられたいのであれば、是非、これから少しずつでも仏教に興味をお持ち頂きまして、学びを進めていって頂けましたら幸いに存じます。

川口英俊 合掌

問い「悪い出来事が続きました」

問い「悪い出来事が続きました」

【ご質問内容】

昨年の春に家族で東京から私の地元へ引っ越しました。

引っ越しをしてからすぐに身内が自死しました。 
少し前から仕事のことで悩んでいるということは聞いていましたが、私たちの前では元気そうで近くに引っ越したことを喜んでくれているようだったので、家族全員が「まさか」と思うような出来事でした。

その後、生活に必須な自動車免許を取得したのですが、取得後立て続けに二度、交通事故を起こしてしまいました。 
幸いどちらも相手の方に大きな怪我はありませんでしたが、悪いことが連続して起こったので、怖くなってしまいました。

身内の死の悲しみはとてつもなく大きいですが、ゆっくり受け入れていくしかないと思っています。 
交通事故については自分の不注意を深く反省し、安全運転に徹しようと心に決めてます。

そう思ってなんとか前に進んでいかなければと思うのですが、そもそもここに引っ越してきたのが間違いだったのだろうか、今後自分の大切な人たちに何かあったらどうしよう・・そんな考えで頭がいっぱいになってしまいます。

何か、自分の意識だけでは抗えない大きな力が動いているのではないか、そう思ってしまうのです。 
今後どのような心持ちで毎日を過ごせば良いのでしょうか。 
アドバイスお願いいたします。

【拙回答】

「ハインリッヒの法則」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

身内の方の突然の予期せぬ自死・・おつらいことでございました。誠にご冥福をお祈り申し上げます。

立て続けの交通事故・・

交通事故につきましては、免許を取られて間もなく、まだ運転に慣れていない、しかもまだまだ土地勘も無い中で、引っ越し、新生活の落ち着かない慌ただしさ、色々な焦り・・そして、動揺してしまう身内の方の自死・・と、少し余裕の無さが引き起こしてしまった面があるかと存じます。

不安の連鎖が、より不安な心の状態を生じさせてしまい、不注意やミスへと繋がってしまっている可能性もございます。

少し行動に深呼吸を入れるようなワンクッションを置かれて、落ち着き、平常心を保てるようになさられると良いのではないかと存じます。

大きな事故の前には、必ずちょっとした不注意やミス、ヒヤリ・ハットすることが幾つかあるということで、「ハインリッヒの法則」というものがございます。「1件の大きな事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリ・ハットがある」とされています。

ですので、少し不注意やミスが目立ち始めたら、これは、危ないとして、ワンクッション置いたり、リフレッシュを図ったりすることが大切となります。

少し上記のことを気になされつつに過ごされてみて下さい。

ご家族皆々様のご健勝とお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「死にたい気持ちを変えたい」

問い「死にたい気持ちを変えたい」

【ご質問内容】

私は世間的に認められた状態でなければ恥ずかしくて生きていたくありません。家族もまたそうです。

ただ、辛い事が、とても辛く感じ、誰もが出来る事を私にはできません。

死んだ方が楽に感じます。 
母や兄にも迷惑をかけたくないし悲しませたくはないので、社会から消えて行方不明となり死のうかと思っています。そうすれば気にさせる事も無いかと思うので。

この暗澹たる気持ちから抜け出す事はできないのでしょうか。

【拙回答】

気持ちを変えるために・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

自殺企図をお持ちでいらっしゃいますこと、誠におつらいことでございます・・

少しでも、そのお気持ちがhasunohaの問答にてで和らいで頂けますと有り難いことでございます。

私たちは、色々と比べだすと、あれはこうだ、これはああだと、正直、キリがありません。

嫉妬、羨み、卑下、劣等感、コンプレックス・・これらは全くプラスにならない負の感情であり、いわゆる煩悩の類となります。

また、辛いことを辛く感じることができるならば、逆に、裏返せば、幸せなことは、幸せと感じることができるということでもあります。

何が幸せかも分からなければ、感謝の気持ち、報恩の気持ちも分からない、有り難さも分からないというものとなります。

「辛」いことに、何か一つプラスになることを加えてあげれば、字の如くに「幸」せになることができます。

そのプラスのヒントが、仏教にはたくさんございます。是非、この機縁から仏教について関心を持って学んでいって頂けれましたらと存じます。

「死んだ方が楽に・・」・・そう思われていらっしゃるのでしたら、それは間違いであると、はっきりと申し上げたいと存じます。

私たちの死後の赴きを左右するのは、何よりも自分の行い、「業」となります。

業の因縁(原因・条件)次第では、また、この迷い苦しみの世界へと輪廻することになってしまうこともあり得ると考えます。

安楽・安穏なる世界、悟り・涅槃の世界、仏様の世界、浄土の世界など、死後のより善い赴きへ向けても、もちろん、そのための因縁が必要であり、そのより善き赴きへの因縁のために、仏教の習修が必要となります。

どうか、「死にたい」ではなく、「生きれるだけ生きて、善い因縁となる行いに励もう」と思われてみて下さいませ。きっとご仏縁の助けも頂いて、気持ちも変わっていくのではないだろうかと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌
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