hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

自殺・自死について

問い「どうしたら心が満たされますか?アドバイス、ヒントを下さい。」

問い「どうしたら心が満たされますか?アドバイス、ヒントを下さい。」

【ご質問内容】

21歳の息子が3年前から精神の病で自宅療養中です。

「楽しい事、おもしろい事がなくて、心が満たされません。 
退屈で憂鬱でつまらなくて、死にたくなるほど辛いです。 
具体的に自殺の方法まで考えてしまいます。

心が満たされる、アドバイス、ヒントを下さい。」

と、息子が言っております。

息子には話を相談できる お友達はいません。 
現在は対人恐怖で 人と接することができないのです。

私も この3年私なりの考えや調べた事などを話しているのですが、 
息子の気持ちを動かす答えを見つけられずにいます。

「もっと真剣に僕の事を考えてほしい」と常に言われています。

今は、どう答えていいのかすらわかず、 
何も答えない私にイライラしているようです。

息子の心が満たされるための、アドバイス、ヒントをお願いいたします。

【拙回答】

普通では、「求不得苦」としてご説明を致しますが・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

息子様のこと、誠にご心配でございます・・

「楽しい事、おもしろい事がなくて、心が満たされません。 退屈で憂鬱でつまらなくて、死にたくなるほど辛いです。 具体的に自殺の方法まで考えてしまいます。心が満たされる、アドバイス、ヒントを下さい。」

息子さんには、心の病がございますだけに、下手な答え方をしてしまっての万が一を考えますと、お母様も色々と慎重になられるお気持ちもお察し申し上げます。

普通の場合であれば、それは、「求不得苦」(ぐふとっく)という苦しみであり、求めても求めても得られない、満足できないという苦しみであり、何故、満足できないのかということにおける仕組み、真理を知ることで、その苦しみを取り除くことが必要となります。

その仕組みや真理とは、「諸行無常」や「諸法無我」、また、「空」や「縁起」の理解、「無明・煩悩の対治の方法」というものとなって参りますが、それも理解するためには、しっかりと仏教を修習していく必要があります。

そうですね・・まあ、ひとまず、、

「実は、満たされることは無いし、有り得ないってお坊さんが言っていたよ」

「えーなんで」

ここで、しめたものです。

「不思議よね。でも、仏教にその答えが確実にあるんだって」

「ふーん。じゃあ、仏教を少し勉強してみようかな」

「いいわね」

「でも、誰かお坊さんからのお話も実際に聞いてみたいな。」

「そうね」

「あっ、hasunohaっていう質問を受け付けているサイトがあるから、一度、何か質問してみたら」

「へーそれなら、対人恐怖症の僕でも大丈夫だ」

「えーっとアドレスは・・、これこれ」

どうでしょうか・・このような展開で、是非、hasunohaへとお誘い下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「自ら命を絶つことはいけないことですか?」

問い「自ら命を絶つことはいけないことですか?」

【ご質問内容】

乱文失礼いたします。

高校生の女子です。

最近、死にたいというわけではないのですが、このまま生きることをやめてすっとこの世界から消えて楽になりたいと思うことがよくあります。

今現在私の複雑な家族関係や、学校、受験、のことなど生活の中が問題で溢れかえっていて、普段はなんとかそれらの問題に向き合っていますが、一人になったときやふとした瞬間にとてつもなく苦しくなって、涙が溢れてきます。

また、テレビなどで、生きることがどれだけ恵まれているか、ということを教えるため(?)の感動ドラマや、かわいそう、という共感を目的とした番組などを見て、どうして人間はそこまで生きることにこだわるのだろう?という素朴な疑問を抱いてしまいます。

世の中の大人の方々ってすごいなって思います。みんないろいろなものを背負いながらも頑張って生きてきていて…私は、今のような苦しい思いをしながらこの先何十年も生きていける自信がありません…。

人はどうして生きることを必死に求めるのですか?本能ですか?死にたくないから生きるのですか?自ら生きることを絶つのはいけないことですか?

話がうまくまとめられず、よくわからない文章になってしまい本当にすみません…

【拙回答】

「不生不滅」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

誠に難しいことになりますが、仏教では、二通りの真理を扱います。

一つは世間的な真理としての世俗諦。

もう一つは究極的な真理としての勝義諦。

世間的なモノの見方、考え方では、正直答えの出ない、あるいは答えの出せないことも実はたくさんございます。

「死生観」というものも、世間的なモノの見方・考え方においては、人それぞれにおいての価値観や思想信条等によっても、あれやこれやとあり、「これで正解」というものを正直見いだせるというものではありません。

では、最高の究極的真理としての「勝義諦」からはどうなるのだとなっても、実は・・言葉で表せないことが多々となってございます。あえて表すとなれば「不生不滅」、本問に合わせると「不生不死」となります。

しかし、この「不生不滅」を、世間的なモノの見方・考え方で字義通りに捉えてはいけません。ここには、文字でその内容を表すとなっても、凄まじいもの、そしていずれにしても限界があるとお考え下さい。

では、どう理解していくのかとなりましたら、仏教を修習して己が己で理解していくしかありません。

もし、どうしてもご質問のお答えをお知りになられたいのであれば、是非、これから少しずつでも仏教に興味をお持ち頂きまして、学びを進めていって頂けましたら幸いに存じます。

川口英俊 合掌

問い「悪い出来事が続きました」

問い「悪い出来事が続きました」

【ご質問内容】

昨年の春に家族で東京から私の地元へ引っ越しました。

引っ越しをしてからすぐに身内が自死しました。 
少し前から仕事のことで悩んでいるということは聞いていましたが、私たちの前では元気そうで近くに引っ越したことを喜んでくれているようだったので、家族全員が「まさか」と思うような出来事でした。

その後、生活に必須な自動車免許を取得したのですが、取得後立て続けに二度、交通事故を起こしてしまいました。 
幸いどちらも相手の方に大きな怪我はありませんでしたが、悪いことが連続して起こったので、怖くなってしまいました。

身内の死の悲しみはとてつもなく大きいですが、ゆっくり受け入れていくしかないと思っています。 
交通事故については自分の不注意を深く反省し、安全運転に徹しようと心に決めてます。

そう思ってなんとか前に進んでいかなければと思うのですが、そもそもここに引っ越してきたのが間違いだったのだろうか、今後自分の大切な人たちに何かあったらどうしよう・・そんな考えで頭がいっぱいになってしまいます。

何か、自分の意識だけでは抗えない大きな力が動いているのではないか、そう思ってしまうのです。 
今後どのような心持ちで毎日を過ごせば良いのでしょうか。 
アドバイスお願いいたします。

【拙回答】

「ハインリッヒの法則」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

身内の方の突然の予期せぬ自死・・おつらいことでございました。誠にご冥福をお祈り申し上げます。

立て続けの交通事故・・

交通事故につきましては、免許を取られて間もなく、まだ運転に慣れていない、しかもまだまだ土地勘も無い中で、引っ越し、新生活の落ち着かない慌ただしさ、色々な焦り・・そして、動揺してしまう身内の方の自死・・と、少し余裕の無さが引き起こしてしまった面があるかと存じます。

不安の連鎖が、より不安な心の状態を生じさせてしまい、不注意やミスへと繋がってしまっている可能性もございます。

少し行動に深呼吸を入れるようなワンクッションを置かれて、落ち着き、平常心を保てるようになさられると良いのではないかと存じます。

大きな事故の前には、必ずちょっとした不注意やミス、ヒヤリ・ハットすることが幾つかあるということで、「ハインリッヒの法則」というものがございます。「1件の大きな事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリ・ハットがある」とされています。

ですので、少し不注意やミスが目立ち始めたら、これは、危ないとして、ワンクッション置いたり、リフレッシュを図ったりすることが大切となります。

少し上記のことを気になされつつに過ごされてみて下さい。

ご家族皆々様のご健勝とお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「死にたい気持ちを変えたい」

問い「死にたい気持ちを変えたい」

【ご質問内容】

私は世間的に認められた状態でなければ恥ずかしくて生きていたくありません。家族もまたそうです。

ただ、辛い事が、とても辛く感じ、誰もが出来る事を私にはできません。

死んだ方が楽に感じます。 
母や兄にも迷惑をかけたくないし悲しませたくはないので、社会から消えて行方不明となり死のうかと思っています。そうすれば気にさせる事も無いかと思うので。

この暗澹たる気持ちから抜け出す事はできないのでしょうか。

【拙回答】

気持ちを変えるために・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

自殺企図をお持ちでいらっしゃいますこと、誠におつらいことでございます・・

少しでも、そのお気持ちがhasunohaの問答にてで和らいで頂けますと有り難いことでございます。

私たちは、色々と比べだすと、あれはこうだ、これはああだと、正直、キリがありません。

嫉妬、羨み、卑下、劣等感、コンプレックス・・これらは全くプラスにならない負の感情であり、いわゆる煩悩の類となります。

また、辛いことを辛く感じることができるならば、逆に、裏返せば、幸せなことは、幸せと感じることができるということでもあります。

何が幸せかも分からなければ、感謝の気持ち、報恩の気持ちも分からない、有り難さも分からないというものとなります。

「辛」いことに、何か一つプラスになることを加えてあげれば、字の如くに「幸」せになることができます。

そのプラスのヒントが、仏教にはたくさんございます。是非、この機縁から仏教について関心を持って学んでいって頂けれましたらと存じます。

「死んだ方が楽に・・」・・そう思われていらっしゃるのでしたら、それは間違いであると、はっきりと申し上げたいと存じます。

私たちの死後の赴きを左右するのは、何よりも自分の行い、「業」となります。

業の因縁(原因・条件)次第では、また、この迷い苦しみの世界へと輪廻することになってしまうこともあり得ると考えます。

安楽・安穏なる世界、悟り・涅槃の世界、仏様の世界、浄土の世界など、死後のより善い赴きへ向けても、もちろん、そのための因縁が必要であり、そのより善き赴きへの因縁のために、仏教の習修が必要となります。

どうか、「死にたい」ではなく、「生きれるだけ生きて、善い因縁となる行いに励もう」と思われてみて下さいませ。きっとご仏縁の助けも頂いて、気持ちも変わっていくのではないだろうかと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「わたしの悩みを聞いてください。」

問い「わたしの悩みを聞いてください。」

【ご質問内容】

こんにちは。

初めて 質問をさせて頂きます。

わたしは、今 21歳で、 
15歳の頃から、鬱病と 統合失調症を 患っています。

自殺未遂を、今までに 
何十回もしてきました。

ですが、いつも 死ねませんでした。

わたしが 自殺に失敗して 
目覚めるとき、

わたしの 両親は 泣いていました。

勉強も 運動も出来ない。

可愛くない。

恋愛をしても、騙されてばかりで 
幸せにはなれない。

仕事も、鬱病と 統合失調症が原因で、 
考えが うまく纏まらずに ミスをしてばかり。 
職場の先輩には、怒られ、嫌われ、 
何も出来ない自分に 嫌気がさします。

ですが、わたしが 自殺をすれば、 
両親のことを また 泣かせてしまいます。

それが 苦しくて、死ぬ勇気が出ません。

もう、死にたいのに。

毎日、朝 目覚めて 泣いて、 
仕事が終わり、運転中に泣いて、 
シャワーを浴びながらも 泣いて、 
夜は、泣いているせいで、なかなか 眠りに就くことが 出来ません。

朝が来る度に、また 死ねなかった、と、 
ひどく 胸が痛みます。

良い行いをした人間は、仏様が 
早くに迎えに来てしまう、と、 
いつか 耳にしたことがあります。

わたしは、仏様からさえも、 
必要とされない人間なんです。

早く 楽になりたいです。

毎日、毎日、亡くなったおじいちゃんに、 
わたしを迎えに来て、と、泣きながら 
お願いしています。

このままは もう嫌です。 
苦しいです。

一度きりの人生、 
精神を病まずに 生きてみたかったです。

わたしは、ただ、 
幸せに なりたかっただけなんです。

こんなわたしに、どうか、 
お叱りの言葉でも かまいませんので、 
何か アドバイスをください。

お願いします。

【拙回答】

幸せへと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

鬱病と統合失調症によりお苦しみのご様子、誠におつらいことでございます。

まず、幸せになれないことはありません。しかし、幸せになるためには、その幸せになるための因縁、つまり、原因と条件をしっかりと調えてあげることが大切となります。

それは、ただ思い、願う、祈るだけでなれるものではなく、 幸せになりたいという強い動機と共に、幸せに向かうための条件となる行動、ご縁が必要となります。

例えば、大学に入りたいと思うだけでは、合格はできません。やはり、しっかりと勉強し、対策を調えて、実力をつけて入試で点を取り、条件を満たさないといけないのと同じことでございます。

まず、ご自身がご病気であるならば、無理は禁物ですし、必要以上に頑張るのもあまりお勧めはできません。

良くなるまでは、周りの理解、サポートも必要になります。事前にできるだけ説明されて、遠慮なされずに配慮を求めて頂いて下さいませ。

また、少しなりにも良くなり、調子が戻った時に、お返しができたら良いというぐらいの心持ちで、今はまだ構わないのではないだろうかと存じます。

幸せになるためのヒントとしましては、仏教では「縁起」という考え方から、支え合い、助け合い、分かち合いの中での生かされてある感謝の気持ちを養いつつに、日々の行いを調えていかれる中において、きっと、幸せへと向けたご縁の数々を見つけることができていくのではないだろうかと存じております。

とにかく、それも、「死にたい」ということを思われてしまっていては、まず何よりいけません。そこは僭越ながらにも強く叱らせて頂きます。ダメですよ。

川口英俊 合掌

問い「死んではいけない理由」

問い「死んではいけない理由」

【ご質問内容】

私は生きていたくありません。 
でも、自殺する勇気がありません。 
だから、病気とか事故とか殺人とかそういう事が起こらないかなと考えてしまいます。 
自分で死ねないから、誰かに、何かにこの命を終わらせて欲しいんです。 
私は頭がおかしいんだと思います。 
でも、生きてる意味がわかりません。 
だから、死んではいけない理由も分かりません。 
毎日、毎日、ただ死なないから生きてる私に納得できる答えを下さい。 
なぜ、死んではいないんですか? 
なぜ、生きてないといけないのですか?

【拙回答】

変えるための善き因縁を、是非、仏教から学ばれてほしいです。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

生きてる理由も、死んではいけない理由も、生きる意味も、死ぬ意味も、それぞれの理由も、意味も、実は、実体としてあるものではなく、それぞれ意味、理由など無いと言えば無いのですが、もちろん、有ると言えば、有るのです。(勝義無・言説有)

もしご興味がございましたらにて、仏教を学ばれて頂きまして、「勝義無・言説有」ということについて、是非考究なさられてみて下さいませ。

さて、難しいことは脇にどけて頂いて、とにかく、それらの意味や理由には、必ず因縁、つまり、原因や条件があって、ポリンキー様もそのように思われている次第であり、また人それぞれにおいても、その人それぞれにおける原因や条件によって、色々と思われるのであります。人によっても異なるのも、経験や体験、思考、思想や信条、環境、立場など様々な原因や条件によっても変わってしまうからであります。

ポリンキー様が、絶望や虚無に陥られるのも、やはり、そのように至る何らかの原因や条件があるからであり、問題は、そのようになってしまう原因や条件を変えてあげることが必要となります。

変えるための善き因縁を調えるヒントが、仏教にはたくさんございます。

かく言う拙生も、かつては、虚無主義・悲観主義に陥ったことがございますので、ポリンキー様のお気持ちもよく理解できます。そこから仏教の修習によって、拙生は何とか変わることができました。

是非、この機会より、仏教について少しずつでも関心を持って学んで頂けましたら有り難くに存じます。

仏教の学びで分からないことがありましたら、いつでもhasunohaも頼って下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「成仏できるか」

問い「成仏できるか」
http://hasunoha.jp/questions/2080

【ご質問内容】

高校二年生です。
先日私の友達が自死しました。
鬱病で最後まで苦しみ抜いての死だと思います。

助けてやれなかった自分が情けなく、胸が痛く、後悔の念でいっぱいです。
彼女がちゃんと成仏して、幸せになれることを祈っています。

そこで、亡くなった人はどうなるのか調べていると、自死した人は成仏できずにずっとこの世で苦しむという記述が多く見られました。

大好きな友達が苦しみ抜いてやっと楽になれるかと思いきや、亡くなっても苦しんでいるかと思えば耐えられません。

本当に彼女は成仏できないのでしょうか。
私にできることはないのでしょうか。
どうか回答よろしくお願いします。

【拙回答】

御供養について

この度のお友達の自死・・誠におつらいことでございます・・

私たちにはできることとできないことがあり、時にどうしょうもできないことがございます・・どうかあまりご自身をお責めになられませんようにお願い申し上げます。

「本当に彼女は成仏できないのでしょうか。」・・成仏できるかどうかは、そのための因縁(原因と条件)次第となります。因縁次第において成仏は可能なこととなります。ですので決して成仏できないというわけではないのだとご理解して下さいませ。

「私にできることはないのでしょうか。」・・ ございます。それが御供養となります。御供養は、亡くなられた方の成仏のための善き因縁へと向けた僅かながらにでも助けとすることができます。

「彼女がちゃんと成仏して、幸せになれることを祈っています。」・・誠にこの真摯で慈愛なる純粋なお気持ちこそが御供養において大切なことであると存じております。

お墓参りや読経・回向、あるいは布施・寄付、善徳行などの追善、色々な御供養のカタチがございますが、何よりも、その真摯で純粋な祈りのお気持ちを向けられることが最も大きな力になるのではないかと存じます。

それも、もちろん毎日でなくて構いませんし、義務でもありませんし、負担になってもいけません。ふとした時に、その純粋な祈りを友達へと向けてあげて下さい。それだけでも成仏へと向けた助けとすることができるのではないかと存じております。

また、色々と難しいことも書いてございますが、以下の自殺や死後についての各問いへの拙回答も少しくご参考にして頂けましたらと存じます。

「自殺・自死について」
http://goo.gl/3ZbZUr

「死後について」
http://goo.gl/ejLMq3

拙生もそのお友達の成仏のための善き因縁へと向けた祈りをここにて表させて頂きます。どうか御仏のお慈悲のご加護のもと、お安らかでありますように。確かなるご仏道のご成就へと向けた歩みがありますように。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「自殺したらどこにいきますか」

問い「自殺したらどこにいきますか」
http://hasunoha.jp/questions/2031

【ご質問内容】

こんにちは。

自殺しようか悩んでいるものです。
辛くて辛くてたまりません。
でも自殺してもなにも終わらないのですか?
仏様は罰としてわたしを地獄に送るのですか?
死後の世界が怖くてたまりません。
死んだおばあちゃんのところにはいけないのですか?

教えて下さい。

【拙回答】

死後のこと

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

誠におつらいお気持ちをお抱えのご様子・・

宜しければ、またその内容につきまして、できる限りで構いませんのでhasunohaへとご相談して頂けましたら有り難くに存じます。

自殺・死後のことにつきましては、これまでにも下記の各問いにお答えをさせて頂いております。

「自殺・自死について」
http://goo.gl/3ZbZUr

「死後について」
http://goo.gl/ejLMq3

「自殺してもなにも終わらないのですか?」・・仏教では常住論と断滅論の両方を否定し、また、実体論も否定することとなります。そのため、死んで、それで全てが終わり、無になるとは考えません。もちろん、五蘊(色・受・想・行・識)の作用の一つとしての色・肉体は、働き・作用を失うため、現に今生きている状態と同じとは言えません。また、肉体に影響の受ける他の作用も無くなる、あるいは弱くなりますが、肉体を失ってしまっても心相続上で他の作用を微細に保つことや、更にその心相続が肉体を持つ潜勢力(可能性)を維持し、やがて五蘊の働きをまた備えることができる場合も当然にありうることになります。しかし、「盲亀浮木」の譬えのように、まさに人身受け難しであり、例えば、再び、この地球上にて人間としての肉体を得られて、今のように生きられるとなると・・正直、奇跡に近いような確率となります。本当に頂いてある今の命をしっかりと大切にして頂きたいものであると存じております。

「仏様は罰としてわたしを地獄に送るのですか?」・・仏様が罰として悪い赴きへと赴かせるのではなくて、あくまでも己の行い(業・カルマ)が己の行き先を決めていくことになります。仏様とのご縁と共に善き行いを積めれることとなれば、それで善き赴きも望めることになりますが、ただ、仏様とのご縁というものは、善き赴きへと向けた原因や条件の一つになる場合がありうるということで、それだけが決して絶対の原因・条件というわけではありません。最も大切となるのは、あくまでも己の行いのありよう次第となります。

制限字数の関係上、ここまでにて。とにかく、これからのより良き行い次第では、必ずより良い結果も望めることとなります。どうか自殺は思い留まって頂きたいと存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「自殺未遂」

問い「自殺未遂」
http://hasunoha.jp/questions/1999

【ご質問内容】

最近、読んだ仏教の本の中で悪徳政治家や悪徳業者、犯罪者(特に殺人犯)は地獄ヘ落ちると書いてありました。 本には書いてなかったのですが、よく自殺者も地獄へ落ちると聞きます。

そこで質問なのですが、自殺未遂をした事がある人は、どういう位置づけになっているのですか?
自殺未遂者の死後はどうなるのですか。未遂者はたまたま運良く死に至らなかっただけだと思いますが、自殺を決行した罪はたとえ自然死しても消えることはないのですか?

やはり殺人未遂と同じくらい罪な事になって地獄行きや生まれ代わる時に何らかの支障が出るのでしょうか?

2度もやってしまいました
※あくまで天国や地獄が存在する前提での話です。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php;_ylt=A7dP5XLVuAtWHAoAiLOV_PN7?page=2&qid=1367098398&pos=1&ccode=ofv

【拙回答】

自殺・自殺企図・自殺未遂につきまして

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

二度も自殺未遂されてしまわれたとのこと・・誠におつらいことでございます・・

自殺を企図してしまうほどの悩み苦しみ・・どうか和らぎ、癒されますように、三度目の無いことを心から祈念申し上げます。

自殺につきましては、これまでにも下記の各問いに回答させて頂いております。

「自殺・自死について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319870.html

「・・死後の赴きにおいて、もっとも影響を与えることになるのは、何よりも己自身の行い(業・カルマ)となります。その業が、煩悩や無明(根本的無知)によっての悪業に比重が重くあってしまえば、やはり、その果報(向かう先、輪廻)は厳しいものにならざるを得ないと考えることになります。・・」

「悪徳政治家や悪徳業者、犯罪者(特に殺人犯)は地獄ヘ落ちると書いてありました。」・・世間の道徳的規準と仏教的な因果応報における善悪の基準とでは、一致しないこともございますが、勧善懲悪を勧めるという点では大差がないものであるかと存じております。

ただ、悪い行いをしてしまっても、心から慚愧して懺悔し、しっかりと善い行いに努め励み、善い業・カルマの因縁(原因と条件)次第においては、より良い死後の赴きへと参れることができることとなります。

「よく自殺者も地獄へ落ちると聞きます。」・・自殺したからといってそれが悪い業・カルマとなるかどうかは、ケースバイケースとなるのではないかと存じます。一つ言えますのは、無明(根本的な無知)・煩悩による自殺であるならば、やはり悪い業・カルマとなるため、十分に気を付ける必要があるのではないだろうかと存じております。

次に、自殺企図、未遂の場合についてですが、行為と動機の問題につきましては、下記の問いにて詳しく扱わせて頂いておりますのでご参照下さいませ。

問い「心を込めた行動とは? 」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1005257984.html

とにかく、これからの良き因縁次第では、必ず良き結果も望めることとなります。どうか自殺は思い留まって頂きたいと存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「自殺した人の魂はどうなるのでしょうか?」

問い「自殺した人の魂はどうなるのでしょうか?」
http://hasunoha.jp/questions/1636

【ご質問内容】

最近、父が自ら首を吊ってなくなりました。
私は家族とは離れ1人暮らしなのですが、家族の話ですと前の晩も当日も普段と変わりなかったようです。

遺書とか何もなく、自殺の原因が分かりません(鬱病とかでもありません)
思い当たる事と言えば、父は若いころからずっと運転に係る仕事をしていまして(数年前には年で辞めています)運転には自信があったようなのですが、その父が亡くなる少し前に運転中に意識が無くなったらしく、事故を起こしてしまったのです。
幸い人も巻き込まず、本人もムチウチと少し少切り傷が出来た位で、
1週間弱で退院出来ました。

家族もよくあの事故でこの程度でで済んで良かったと安堵しており、ただし、また運転中意識が無くなったりしたら大変なので心配だから今後はもう運転はしない方がいいね、となっていました。
そうすると大好きな孫(弟の子供)の送り迎えも出来ず、楽しみがなくなったのかな?
運転に自身あったのに、事故を起こして本人は気にしていたようなので自信喪失したり、老いを感じたのかな?等、それ位しか自殺の原因が分かりません。

残された私たち家族は原因も分からず、とても辛い思いをしております。
ですが原因はもう父しか分からないので仕方ない、とは思いながら自殺してしまった人の魂はどうなるのかとても気にかかります。
人生を全うして亡くなった方と違って、成仏できるのでしょうか?
生きるのが辛くて自ら命をたったのに、成仏できないとか、天国と地獄があるのなら、地獄に行ってしまうとか、亡くなっても尚更、辛い思いをするんではないか?と胸を痛めております。
どうか教えて下さい、お願いします。

【拙回答】

死後の赴きについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度はお父様のこと、誠につらく悲しいご心境、ご心痛の程、いかばかりであろうかとお察し申し上げます。心からお悔やみを申し上げます。

死後のこと、魂、霊魂のことに関しましては、最近でも下記の問いにて扱わせて頂いておりますが、あくまでも論理的推論によって仮定・措定されて言えているものとしての「心の連続体」・「心相続」というもの、またその赴きに関わる因縁(原因・条件)について、ご説明をさせて頂いております。

問い「生まれ変わりについてです。」
http://goo.gl/rw0BXp

死後についてこれまでに扱わせて頂いている問答
http://goo.gl/ejLMq3

上記の内容を踏まえて頂いた上にて、どうか亡くなられた方のその心相続が、より善き因縁(善徳・福徳、仏縁・法縁)によっての善き赴きにあるようにと御供養申し上げることが大切になるのではないかと存じております。

また、自殺なされてしまわれた方のその後のことに関しましては、これまでにも下記の各問いなどにて扱わせて頂いております。

問い「自殺した人の魂について」
http://goo.gl/fd0Cid

問い「自殺した恋人は、あの世で今」
http://goo.gl/ZzoLXa

問い「自殺で亡くなった彼のように…」
http://goo.gl/2aM634

死後の赴きにおいて、もっとも影響を与えることになるのは、何よりも己自身の行い(業・カルマ)となります。その業が、煩悩や無明(根本的無知)によっての悪業に比重が重くあってしまえば、やはり、その果報(向かう先、輪廻)は厳しいものにならざるを得ないと考えることになります。

「・・どうか善き赴きへと向かうようにとして行われる善徳行が何よりも一つ大切に、そして、次には、更にその善徳行による福徳、つまり、幸せや功徳が、あらゆる一切の衆生たち、三界の全ての者たちのためにも及ぶようにと回向することが大切になるかと存じております。・・」

どうか、お父様の赴きがより善いところ(悟り・涅槃)へと向かいますようにと、これからも御供養を賜れましたら有り難くに存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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