hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

各宗派の教えについて

問い「般若心経を覚えたいのですが」

問い「般若心経を覚えたいのですが」

【ご質問内容】

平成22年6月20日 長野市ビッグハットにて行われたダライ・ラマ法王14世の来日特別記念講演に行ったときのことです。

開講に先立って、参加者全員で般若心経のお祈り(適当な言葉が分かりません)されたのです。当日あの会場に何人の方がいたのか分かりませんが、間違いなく私の人生で聴いた最多人数による般若心経でした。

すっかり感動して、私も般若心経が読めるようになりたいと思い、その後CD「みんなで般若心経」を買いました。しばらくは毎日CDを聴きながら、経文を読んでいたのですが、いつの間にかその存在さえ忘れていました。

こちらのサイトを知って、仏教の奥深さと日常を生きる知恵を再認識しました。改めて般若心経にトライしてみようと思います。

さてそこでご相談です。折角思い立ったので、できるだけ継続して習慣にしたいのです。練習するのに相応しい時間帯とか、心構えがありましたらご教示をお願いいたします。

【拙回答】

「生きる知恵」に

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

般若心経は、その名の通り、「般若波羅蜜(最高の智慧)の心髄」を説く御経となります。

この場合の「最高の智慧」とは、「空」(くう)を了解する智慧のこととなります。

六年前の長野でのダライ・ラマ法王猊下様のご来日特別記念講演を拝聴されましたとのこと。

ダライ・ラマ法王猊下様はそのご法話の中で、「経典をただ読むだけではなく、その内容を理解し、実践しなければならない」とおっしゃっておられませんでしたでしょうか。

できましたら、「般若心経」は、ただ読むだけではなく、葡萄茶様もご質問の中で既におっしゃられていますように、「生きる知恵」にして頂けましたら有り難くに存じます。

ダライ・ラマ法王猊下様とのご仏縁が少しくにもおありであるとのこともあり、猊下様の著書である下記も是非、学び、実践のご参考にされてみて下さい。

「ダライ・ラマの般若心経:日々の実践」 三和書籍

「ダライ・ラマ 般若心経入門」 春秋社

川口英俊 合掌

問い「御経の事について。」

問い「御経の事について。」

【ご質問内容】

おはようございます??

何回か質問や相談をさせて頂いている者です。

仏教が好きで御経に興味がありまして、法華経や般若心経や真言の意味を知りたいと思っていてSNSとかで調べてみたりはしてますが、hasunohaというコミュニティ-で御住職様達と交流する機会を作って頂きましたので、御経の意味を知りたいと思って書き込みさせて頂きました。

普段からお付き合いがある菩提寺の御住職様に前々からお経の意味を知りたいから質問してみたいとは思ってましたが、法事でしかお会いする機会がなくてタイミングが合わないので、hasunohaの存在を知ったのでここに参加されている御住職様達に御経の意味を教えて頂きたく質問させて頂きましたので、お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします。

【拙回答】

「四聖諦」から各お経の内容を理解していくことについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お経の内容は、お釈迦様の膨大な教えが表されたものとなりますが、それらの教えの数が、「八万四千(の法門)」と言われますように、「対機説法」・「方便」(その人それぞれの苦しみ、迷いに対して的確に応じて説かれた)によって、それだけお説きになられているものとなります。

その趣旨・目的は、もちろん、「悟り」・「涅槃」へと至らしめていくためとなります。

その対機説法・方便を理解する上で、最も大切となる基本的な教えが、何よりまず初転法輪の中においてお説きになられました、「四聖諦」という「苦諦・集諦・滅諦・道諦」の四つの聖なる真理になるのではないかと存じます。

「四聖諦」とは、私たちには、代表的に四苦八苦(生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)する中にありますが、それらの苦しみには、その苦しみの結果へと至らしめている因縁(原因と条件)が必ずあって、苦しんでしまっているのであって、その苦しみをもたらしてしまっている因縁を何とか解決して、より良い結果へと向かわしめるための因縁へと変えていくことができれば、やがて、苦しみを無くすことができ、更に悟り・涅槃へと至るための因縁をしっかりと調えていくことで、いずれ、悟り・涅槃へと至れることになるものであるとして、そのための方法(仏道)を、お釈迦様は、「善巧方便」を駆使なさられて仏教をお説きになられた次第でございます。

ですので、全てのお経の内容も、それはまず、「四聖諦」ということを基本的な原理として説かれているものであるとして、ご理解を頂けましたらと存じます。

また、各個別のお経の内容、その一部等の内容につきまして、お聞きになられたいことがございましたら、どうぞお気軽にご質問下さいませ。

仏教の修習のための少しなりにもお役に立てれましたらと存じます。

川口英俊 合掌

問い「仏様は作り話ですか?」

問い「仏様は作り話ですか?」

【ご質問内容】

はじめまして。とうこといいます。 
お寺で参拝するととても落ち着くので、よく行っています。

知識も得ようと本を読んだりしたのですが、そこには「様々な仏は架空の存在である」と書かれていました。 
お釈迦様はおられましたが、阿弥陀さまとか薬師如来さまはフィクションだと初めて知りました。 
私は深く考えたことがなく、てっきり実在されているのだと思っていたのでその時はショックを受けました。

お坊さんはこのことを知っておられるのだと思いますが、どう受け止められましたか? 
仏はいないと思いながら学問としてされているのか、存在されて人々を助けて下さると信じているのか、お坊さんのとらえ方を教えて下さい。

【拙回答】

方便について

嘘も方便という諺がありますが、本当に嘘であるならば、経典類もこんなに長らくは残らなかったことでしょう。是非、根底に控えてある真理へのアプローチを目指されて、これからも仏教を学び修して頂けましたら幸いでございます。

以下は、少しご参考までにて。

正直なところ、釈尊は、教えを文字で残すことを許されなかったため、後世に文字にて表されて伝えられている経典というものは、誤解を恐れずに申せば、釈尊のそのままの真意なる教えとして捉えて良いものかどうかは、非常に疑わしく、また、文字で表されたものは、釈尊の教えでないとするならば、全て「作り話」と言ってしまっても、ある意味において過言ではありません。

なぜ、釈尊は、教えを文字で残すことを許されなかったのか・・

拙私見ですが、「文字化→概念の固定化→実体視→執着→迷い苦しみ」ということがあるからではないかと存じております。

また、文字化の否定のことを「言語道断」、「戯論寂滅」、「離戯論」、「離言真如」などと概念化してしまっても同様なことになりかねず、やはり、宜しくないものとなってしまいます。

しかし、それでは、一体どのようにして釈尊の教え、仏教を修学・修習していくべきであるのか、となりますと、如来が不在である以上、やはり、私たちは経典を頼りにしていく他に、その教えを学び修していく術はないのであります。

もちろん、経典は、何も根拠のない教えというわけではありません。八万四千とも言われる釈尊の善巧方便による無数の教えにおける、ある一面であったり、要約や公約されたものであったりと、それぞれの経典における方便的な立場があると考えることができます。

アサンガ大師は「摂大乗論」にて、「最清浄法界等流」というお言葉を使われておりますが、まさに、清浄なる真理の世界から流れ出ている教えであるとして、経典の内容について、慎重に吟味して扱う必要があると存じております。

問題は、では、どの経典やその中の教えが、(自分やそれぞれの衆生に対して)頼りになり、あるいは頼りとすべきかということについては、それも慎重に判断していくことが必要となります。

問い「お経の種類」 

問い「龍樹と唯識」 

川口英俊 合掌

問い「般若心経」

問い「般若心経」

【ご質問内容】

般若心経を素人が唱えると、成仏出来ない霊が寄って来る、取り付かれると聞きましたが本当ですか?

後、寝る前に聞いたり唱えたりすると悪夢を見るとも聞きました、、

写経や坐禅に興味があるのですがこの事を聞いて恐くなり始める勇気がありません。

【拙回答】

「智慧の心髄なるお経」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「般若心経」は、般若(サンスクリット語で、プラジュニャー、パーリ語で、パンニャー)は、「般若=智慧」であり、「智慧の心髄なるお経」というものとなります。

般若心経の説く「智慧」(簡単には真理を知るための賢さ)とは、特に「空」を理解する智慧となります。

「空」とは、あらゆる全てのモノ・コトは、実体・自性・自相として成り立っていない、つまり、そのものがそのもの自体として、永久永遠に独立自存なるものとして成り立っているものが、何らとして見当たらないということでございます。

もちろん、「空」を理解することはまだまだ難しいでしょうが、しっかりと仏教を学び修していく中で、きっといずれ理解することができるようになっていくかと存じます。

この「空」をしっかりと理解することにより、迷い苦しみを輪廻し続ける要因となってしまっている無明(根本的な無知)・煩悩・執着を打ち破っていくことで、悟りへと向かうことが求められるものとなります。

もちろん、悟りへと向けては、智慧だけではなく、福徳という功徳の行いも必要にはなりますが、しっかりと仏法を修習していく上で必要となる「智慧」を、是非、般若心経からも学んで頂けましたらと存じます。

「般若心経を素人が唱えると、成仏出来ない霊が寄って来る、取り付かれると聞きましたが本当ですか?」・「寝る前に聞いたり唱えたりすると悪夢を見る」・・

それは全く関係ないです。

川口英俊 合掌

問い「仏縁」

問い「仏縁」

【ご質問内容】

(ー人ー) 
仏縁の定義を教えてください。 
よろしくお願いします。

【拙回答】

「縁なき衆生は度し難し」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「縁なき衆生は度し難し」・・

仏教、仏法を学び修するご縁が無ければ、悟り・涅槃へと至れるのは難しいという内容の言葉でございます。

「仏縁」とは、「仏様の教えを真摯に学び修する機会・機縁」になるのではないかと存じております。

仏教では、この世における全てのモノ・コトは、因縁(原因と条件)に依りて変化し、無常であると考えます。

確かなる因縁が調ってこそにおいて、様々な結果が出る、またその結果も何かの因や縁となりて、更に結果へと至る、更に・・ということにて、悟り・涅槃も、悟り・涅槃へと至るための因縁無しでは、至れることはありえないものとなります。

「仏縁」を確かに、悟り・涅槃へと至るための因縁をしっかりと調えていくことが大切になります。

特には、

因=「堅固なる菩提心の発心」 
縁=「智慧と福徳(方便・功徳)の資糧」

が必要になるかと存じます。

仏様と供に、皆と供に、悟りへの因縁をしっかりと養って、悟りへと至れるように頑張って仏道を歩んで参りましょう。(供養)

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。

問い「偽経と信心について」

問い「偽経と信心について」

【ご質問内容】

大学で仏教の事を学んでいる真宗の信徒です。先生には質問しづらい内容ですのでここで質問させてください。 
大学で四諦の教えや空の思想を知り、苦しみの生まれるプロセスを理解しました。 
ただ私は意思が弱い凡夫ですので、渇愛煩悩を絶つために修行し自力で悟りを得られるような人間ではありません。 
やはり阿弥陀仏の本願に縋るしかないと考えております。

しかしながら、偽経について学び、同時に観経が偽経である事を知ると疑いの心が生じてきました。 
信じたいと思っているのですが、釈尊が説かれた教えではないものと知ってしまうと、阿弥陀仏は本当に自分を救ってくださるのかどうしても心配になってきます。 
この心にどう折り合いをつければ良いでしょうか?

【拙回答】

「最清浄法界等流」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

正直なところ、釈尊は、教えを文字で残すことを許されなかったため、後世に文字にて表されて伝えられている経典というものは、誤解を恐れずに申せば、釈尊のそのままの真意なる教えとして捉えて良いものかどうかは、非常に疑わしく、また、文字で表されたものは、釈尊の教えでないとするならば、全て「偽経」と言ってしまっても、ある意味において過言ではありません。

なぜ、釈尊は、教えを文字で残すことを許されなかったのか・・

拙私見ですが、「文字化→概念の固定化→実体視→執着→迷い苦しみ」ということがあるからではないかと存じております。

また、文字化の否定のことを「言語道断」、「戯論寂滅」、「離戯論」、「離言真如」などと概念化してしまっても同様なことになりかねず、やはり、宜しくないものとなってしまいます。

しかし、それでは、一体どのようにして釈尊の教え、仏教を修学・修習していくべきであるのか、となりますと、如来が不在である以上、やはり、私たちは経典を頼りにしていく他に、その教えを学び修していく術はないのであります。

もちろん、経典は、何も根拠のない教えというわけではありません。八万四千とも言われる釈尊の善巧方便による無数の教えにおける、ある一面であったり、要約や公約されたものであったりと、それぞれの経典における方便的な立場があると考えることができます。

アサンガ大師は「摂大乗論」にて、「最清浄法界等流」というお言葉を使われておりますが、まさに、清浄なる真理の世界から流れ出ている教えであるとして、経典の内容について、慎重に吟味して扱う必要があると存じております。

問題は、では、どの経典やその中の教えが、(自分やそれぞれの衆生に対して)頼りになり、あるいは頼りとすべきかということについては、それも慎重に判断していくことが必要となります。このことにつきましては、下記の拙回答もご参照を頂けましたらと存じます。

問い「お経の種類」 

問い「龍樹と唯識」 
http://goo.gl/GnWUpc

川口英俊 合掌


「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。

問い「私の般若心経の解釈はあっていますか?」

問い「私の般若心経の解釈はあっていますか?」
http://hasunoha.jp/questions/2600

【ご質問内容】

仏師になろうと思い、本日届いた般若心経と金剛般若経の本を読みました。
そして私なりの解釈をしたのですが、間違った解釈をするといけないと思い、専門家の方々に聞こうと思いました。

私は赤子に戻って本を読んで思ったのは、「全ては空である。」です。
空とは無であり無限であることだと思います。

人間は苦しみを持ちますが、それはあると思うからあるのです。
本当はそんなものはありません。
さらに言えば自分というものさえありません。

とはいえ、世界が無なのではありません。
その逆に世界は無限です。
何故ならば、個がないのだから、他者も自分、万物も自分だからです。
全ての人々が他者も自分と思えば世界から苦しみがなくなります。

般若心経が呪文で終わっていたのが印象的でした。
頭でっかちになりがちな現代人に対する大変効果的な修行です。

金剛般若心経の「○○といったから○○ではない。それ故に○○である」の部分も興味深かったです。
確かに空となったらそうなります。
他者との視点と自分の視点の事象を、空としてとらえると面白い論理になると思いました。

総じて懐かしい感じがしました。
不思議なことに以前から知っていたような気がします。
人は誰しも生まれる前に仏の説法を聞いて生まれてくるのかもしれません。

私の般若心経の解釈はあっていますか?

【拙回答】

「空」について

これまで般若心経につきましては、下記の各問いにても扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/般若心経

般若心経は、誠にその名の通り、「般若波羅蜜」の心髄を説く智慧の御経となります。

「「全ては空である。」です。空とは無であり無限であることだと思います。」・・

まず、全ては「空」であるというのは、確かにその通りです。

但し、その「空」も「空」であるというところとなります。その理解が難しいところになりますが、是非、これからも関心を強く持って頂きまして、学びを進められて下さいませ。

そして、次に、「空」とは、「虚無・絶無」の「無」ではなくて、あくまでも「実体・自性・自相」による成立では無いという意味となります。

また、「空」とは、「無であり無限である」ということでは、「無であり無限である」というところに矛盾を内包してしまうことになってしまいます。

「無」はあくまでも「無」であって、本来、「無」からは何も「有る」余地はないはずであって、「無」では、この世の現象・事象のことを何も説明できなくなってしまいます。

ですので、「空」は、何も無いという「無」ではないというものとなります。

「無限」というのは、何が無限なのかという主語の問題にもなりますが、例えば、この宇宙・世界について、有限か、無限かという議論は、「無記」として、あまり議論するに益のないものとして退けられるものとなります。

また、「無限」を、永久永遠に変わらない、実体としての何らかのモノ・コトを想定するとなっても、そのようなモノ・コトは存在しないということとなります。

是非、般若心経にも色々と解釈はございますが、上記のことも少しなりにもご理解へ向けましてご参考にして頂けましたら幸いでございます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「自分に合う仏教の宗派」

問い「自分に合う仏教の宗派」
http://hasunoha.jp/questions/2378

【ご質問内容】

 生きていく指針を探しているうちに仏教が合うのではないかと思うようになりました。

 大学がキリスト教という事もあり、キリスト教の宗派だけでなく、イスラム教や神道も調べてみましたが、自分の考え方とは異なる印象があります。

 キリスト教の一宗派であるプロテスタントの勤勉さやキリスト教全体が持つ他者との共存や無償の奉仕には同意するのですが、自然に対して人間優位的な部分も見られるので、研究対象にはできるのですが、生きていく指針として合いません。

 そういった経路もあり、仏教に重きを置くようになりました。そこで、仏教の宗派を調べています。私が持つそれぞれの宗派についてですが、法相宗の色々な修行がある事には同意するのですが、『この世の物は自分が作り出したものである』という暴力的な印象を受け、日蓮宗や密教、浄土真宗、浄土宗はただ念仏を唱えているだけ、そして禅系は座っているだけという印象を持っています。

 私自身は、自分の心身を持って他者に貢献しながらも、修行をする事で悟りは開けるものだと考えています。また寺などのいわゆる(適切ではないですが)宗教施設にいるのではなく、浮世に属しながら伝えていくのが伝道だと考えており生き方にしたいです。

 伝えられていないとは思いますが、教えを下さい。

【拙回答】

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

以前にも似たようなご質問がございましたので、そちらから編集して引用させて頂きますので、少しくご参照下さいませ。

仏説は八万四千の法門と言われますように、多くの教えがございます。どうしてそんなに多くの教えが説かれたのかと申しますと、釈尊は、相手の機根(悟りへと向かうための能力・資質)に応じて、巧みに悟りへと導くために説かれた(善巧方便)からでございます。

簡単には、一人一人それぞれに対して説かれた、または八万四千の煩悩の一つ一つの対処法を説かれたと考えることもできるでしょう。まあ、それらの教えのある程度の公約数が、各宗派的なものとしてまとまっていると考えることもできますが、ではいったいどの教えが自分に合うのかと申しますと、やはり、ある程度それぞれあたりを付けていく必要があるのではないかと存じます。

かといって、全ての仏典や論書等を読むには膨大な時間と労力がかかってしまいますから、とにかく仏教思想の全体を概観できるような入門書、参考書からまずは学ばれていかれると良いのではないだろうかと存じます。

そして、やがて本格的に学び修していきたいものに出逢えましたら、その師を求められて、そして指導を仰ぐようになさられると良いのではないかと存じます。

在家のままでも授戒を受けるなどして正式な仏弟子となって、仏道を歩むこともできるかと存じます。僧侶になるのであれば、ある程度専門的なところでの修行は必要となりますが、そうでなければ、在家のままでも修行できないことはありませんので、その点はどうかご安心下さいませ。

とにかく、在家であろうが出家であろうが、仏道を歩む上で大切となるのが「菩提心」(全てのものたちを救うための悟りを求めたいとする心)でございます。まずは、しっかりと「菩提心」を起こして、そして、悟りへと向けての「智慧(空の理解)と福徳(方便・功徳の実践)」の二資糧を確かに積んでいくことが必要となって参ります。

また、無理に出家の修行の形式にこだわる必要もありません。日常の行住坐臥の中でも、心身共に無理のない範囲でバランス良く(中道)に進めることが大切となります。

頑張って共に仏道の歩みに励んで参りましょう。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「共通のお経」

問い「共通のお経」
http://hasunoha.jp/questions/2116

【ご質問内容】

こんにちは。いつもhasunohaを読ませて頂いております。

質問です。先日知人の親族の葬儀がいくつな重なりお通夜に参列してふと思いました。

宗派問わず統一されたお経ってありますか?
元々はお釈迦様が仏教を広めたのでしょうから仏教経みたいな…

よろしくお願いします

【拙回答】

「仏教聖典」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

いつもhasunohaをご愛読頂いておりまして、誠にありがとうございます。

「宗派問わず統一されたお経ってありますか?」・・実は、そのような趣旨において編纂されている仏教聖典というものがございます。

仏教伝道協会・「仏教聖典」について
http://www.bdk.or.jp/buddhism/index.html

「仏教聖典」とは・・

お釈迦さまとして知られる仏教の開祖、ブッダ(仏陀=目覚めた人の意)が説いた真実の教えを集めた「お経」の中から、教えの大切な要素とたとえ話を選び、それらを日常のやさしいことばにかえて表現したものです。

「ブッダの開いた教えがわかりやすい言葉で、世界中の誰にも心通うように」との思いで「仏教聖典」は作られました。

・・

「仏教聖典」は、どこかの大きなホテルに宿泊された際にでも、鏡台の引き出しの中に聖書と共に置かれていることもございますし、また、仏教伝道協会さんにおいて販売もされているようですから、宜しければお買い求め下さいませ。

http://www.bdk.or.jp/buddhism/book01.html

さて、お釈迦様の残されたお教えが様々に仏典として現在に伝わっております。「八万四千の法門」と言われますように、それだけ方便(その人それぞれの苦しみ、迷いに対して的確に応じて説かれた)として仏教をお説きになられた次第でございます。

その方便において最も基本となるものが、「四聖諦」という、苦諦・集諦・滅諦・道諦の四つの聖なる真理でございます。

私たちには、代表的に四苦八苦(生老病死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)する中にありますが、それらの苦しみには、その苦しみの結果へと至らしめている因縁(原因と条件)があり、苦しんでしまっているのであって、その苦しみをもたらす因縁(原因と条件)を何とかすることができれば、必ず苦しみを無くすことができるとして、そのための方法(仏道)を善巧方便を駆使なさられて釈尊は仏教をお説きになられたのでございます。

ですので、全てのお経の内容も、それは「四聖諦」を基本原理として説かれているものであるとして、補足として少しくご理解を頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「信じられるようになりたいです」

問い「信じられるようになりたいです」
http://hasunoha.jp/questions/2187

【ご質問内容】

はじめまして。よろしくお願いいたします。
私はこれまで、病気を抱えながら働いてきました。仏教の話に限らず、誰かと生きる意味などの話ができればと思います。
そのような集会はお寺などで行われていないでしょうか。

それから、お経をあげる意味とは何でしょうか。
今私が苦しんでいるのは、供養されていない霊の憑依があるからだという人もいます。
お経をあげることで、供養されるそうですが、私がお経をあげると、先祖が喜んでくれるのですか?

私は以前、お経をあげたり、瞑想したりしていましたが、本当に効果があるのかと思ってしまい(不遜な考えですが)、やめてしまいました。

しかし、このままだと、何かむなしい感じがしております。信じられるようになりたいです。そんな疑問から、このページを訪れました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

【拙回答】

信じるかどうかは・・
「誰かと生きる意味などの話ができればと思います 」・・

まず、「生きる意味」に関しましては、また是非、このhasunohaへでも気軽にご質問下さいませ。

拙生もこれまでに下記の各問いにてお答えさせて頂いております。

生きる意味について
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_318924.html

「お経をあげる意味とは何でしょうか」・・

お経をあげる意味とは、丹下覚元様や釈心誓様と同様に、釈尊の教え、仏教をしっかりと学んで、そして修していくためであると存じております。意味も分からずに読むというのではいけないものとなります。できるだけ現代語訳や論書なども頼りとして、その内容を理解して実践へと役立てていくべきこととなります。そして、その実践が正しく、より善いものとなりましたら、ご先祖様方も安心して喜んで頂けることになるのではないかと存じております。

現代語訳としましては、「よくわかるお経の本」由木義文氏・講談社など、まずはいかがでしょうか。

また、様々な論書につきましては、下記サイトをご参照下さいませ。

「金剛居士の根本道場」・おすすめ仏教書のコーナー
http://kongoukoji.fc2web.com/

「今私が苦しんでいるのは、供養されていない霊の憑依があるからだという人もいます」・・

まあ、それは無いとお考え下さい。気にすることもありません。

一応、霊に関するこれまでの拙回答も少しくご参照下さいませ。

霊感・憑依等について
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319683.html

「信じられるようになりたいです」・・

信じるかどうかは、ご自身がしっかりと納得した上で受け入れられるかどうかが大切なこととなります。納得できるまで、是非、hasunohaもご活用下さいませ。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
カテゴリ別アーカイブ
カテゴリー
QRコード
QRコード
記事検索
  • ライブドアブログ