hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

動物供養について

問い「助けてください」

問い「助けてください」

【ご質問内容】

夜中に仕事の帰りに、車で動物をひいてしまいました。恐らく、もうひかれて亡くなったであろうという動物の遺体をひいてしまったのだと思います。 
怖くて確認できずに、あとで主人に行ってもらったところネコだったとのことでした。 
生々しい話ですが、血や肉片などがタイヤなどについていました。 
本当にネコさんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。どんなにつらかったかと思います。 
自分は最低な人間です。罪の意識に苛まれています。 
わたしは交通事故を何度もしており、また同じような事故を起こすのではないかという不安もこみあげてきました。 
どうすればよいでしょうか。お寺か神社にネコさんの供養に行くことで救われますか、それとも車や自分のお祓いに行くべきでしょうか。うらまれたらどうしよう、家族にも何かあったらと不安で… 
車は帰って水を流し、塩を撒きました。 
対応の仕方もわからなくて… 
質問も最低な内容で申し訳ないです。 
せめてもの償いとして、遺体を道路管理のところに電話はさせていただきました。 
どうかアドバイスを頂けると幸いです。


【拙回答】

「供養」と「回向」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

そのネコを自分の身のことのように引き比べられて、可哀想と思われるお心は、誠に大切な慈悲の心でございます。

慈悲心は、仏教の要諦となる滋養していくべき心の一つ。

この度は、そのネコにその大切な心を教えて頂けたのだとお考え下さいませ。

そして、「供養」とは、「供(とも)に養う」というように、仏の教えを一緒になって養っていくこと。

ネコの善き赴きへ向けて供養するというためにも、ご自身も仏教を少しなりでも学び進めて実践していって頂けましたらと存じます。

ネコも、貴女様も、そして誰もかれもが、やがて悟りへと至れますようにとして、その実践(功徳)を回向なさられて下さいませ。

「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを」

川口英俊 合掌

問い「飼っていた犬が亡くなったあと」

問い「飼っていた犬が亡くなったあと」

【ご質問内容】

最近不思議な事や神様などにとても興味があります。1番不思議で涙が出たことについて聞きたいです。

以前飼っていた犬がその年ので12月24日に亡くなり、しばらく犬小屋にガーベラの花を線香と共に一輪飾っていました。 
兄が遠方に住んでいたため、亡くなってから一カ月後に手を合わせにきました。その時までガーベラの花が美しく咲いてたのですが、兄が帰った次の日から眉間見事に枯れてしまいました。

ガーベラの花が花瓶で一カ月ももつのも驚きましたが、まるで兄が帰ってくるのを待っていたみたいで涙がでました。

考えすぎかと思いますが、犬がガーベラに宿ってたんでしょうか。ご意見お聞かせください。よろしくお願いします。

【拙回答】

待ってくれていたのでしょう

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

愛犬を亡くされまして、心を寄せてご供養下さいまして、誠に有り難いことでございます。

そうですか。そんなにもちましたか。

次のところへと向かうギリギリまで、ガーベラと共にお兄さんのことを待ってくれていたのかもしれませんね。

愛犬に合掌申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「苦しみから解放されたいです。」

問い「苦しみから解放されたいです。」

【ご質問内容】

こんばんは。 
私事ですが、質問させていただきます。

つい2ヶ月前にも、愛犬の事故死を乗り越えられない…という悩みでこちらに質問させていただきました。 
その時はありがたいお言葉を多数いただきまして、なんとか前を向いて家族皆で頑張って行こうと歩み始めようとしておりました。

ですが最近になって、残されたもう一匹の方の愛犬が…急に病を患い、最悪もって10日の命と言われました。

どうしてなのでしょうか。私はなにか悪いことをしたのでしょうか。 
もう心に負荷をかけすぎて、立ち上がれそうにありません。 
明日なんて来なくてもいいとすら思います。 
諦めるのはまだ早いと、愛犬はまだ生きていると、自分でも思うのですが、 
あまりにも辛い出来事のスパンが短すぎて…もう心が壊れそうなのです。

これからどうこの気持ちと付き合っていけば良いのでしょうか。 
負の連鎖を断ち切り、苦しみから解放されたいです。 
そして悲しみに満ちた世界だとしても、生きていく、その意味を教えてください。

長々と申し訳ありません。 
お忙しいとは存じますが、 
どうかアドバイスなど頂けたらありがたく思います。 
よろしくお願いいたします。

【拙回答】

供養について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

拙生もこれまで愛犬、愛兎、愛鶏と、何度も死に際して涙して参りました・・

しかし、折々に想い出しては供養できるように庭にお墓がございまして、都度にお花をお供えしたり、お線香を上げたり、手を合わしたり、読経したりとさせて頂いております。

「供養」というのは、「供(とも)に養う」と書くように、亡くなったものたちと一緒に、仏の世界、悟り・涅槃へと向けた善き行い(功徳)に努め養っていくということになります。

亡くなって、姿カタチは見えずとも、お互いの心と心を一緒にして、寄り添って、仏の道を歩んでいると感じられることができれば、少しなりにも苦しさや寂しさ、つらさも和らいでいくのではないだろうかと存じます。

急な病・・誠にご心配致します。最期までできる限り寄り添ってあげて下さいませ。どうか安らかな旅立ちであることを祈念申し上げます。御仏様の確かなるお導きがございますようにお念じ致します・・

川口英俊 合掌

問い「転生?」

問い「転生?」

【ご質問内容】

投稿させていただいた質問に対する回答へのお礼に書かせていただいたのですが

私は動物との縁が深く 
死んだ動物、傷ついた動物などのお世話をしたりしています。 
動物は天国に行けるか?との質問に人間以外は極楽浄土へはいけないから転生するとのお答えをもらいました。

一年くらい前に突然見ず知らずの子供に抱きつかれて「ありがとう、やっと言えた」と言われました。会ったことがあるのかと聞くと「ずっと前に、ずっとずっと前に覚えてないけど覚えてるよ。」と言われて再び抱きしめられてから別れました。

また、ペットショップでオウムが逃げ出した瞬間に立ち会ってしまったんですけど、その時は肩に止まりながら繰り返し「アリガトーアリガトーアエタアエタ」と鳴かれ、店員さんも若い子で、来たばかりで言葉なんて教えてないのに不思議だと言っていました。

この子達は私が供養をしたり看取っていった動物たちの生まれ変わりなのでしょうか?

また、この子達のために神仏に祈ればこの子達は天国、極楽浄土に行けるのでしょうか?

【拙回答】

動物供養について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

動物たちとのご縁が深くおありであり、動物たちへの慈悲の思いをお持ちでいらっしゃいますこと、誠に尊いことでございます。

輪廻転生については、それぞれの心の連続体(心相続)における行いの集積となる業・カルマの因縁(原因や条件)次第となります。

私たちも、過去世より引き継いできている業・カルマの結果として、人として生まれたり、畜生として生まれたり、あるいは、餓鬼や地獄へと生まれたりとすることになります。

六道輪廻については、人間と畜生以外について、様々な議論がありますが、その心の連続体(心相続)の因縁による多様な迷い、苦しみの状態の代表的なものとして六つがあり(現に、人間としての心においても、餓鬼や地獄の苦しみ、あるいは天人の楽や苦しみを受けることがある)、またこれも因縁次第となりますが、物質的な何らかの形態をとる場合もあれば、微細な意識のみの存在(例えば、意成身)として、迷い、苦しみを受けるということも、もちろんあり得ると考えます。

そういった中において、過去世で、現在存在するものたちとも、何か関係があったということは、当然にあり得ると考えられます。

ですので、お話のようなこともなくはないと存じます。

いずれにしても、お互いにまだまだ迷い苦しみの輪廻にいることには変わらず、できれば、仏様とのご縁を頂戴致して、悟りへの道となる仏道を歩められるようにとして、ご供養や回向をしたりすることが大切となります。

拙生が動物供養において用いさせて頂いている回向文の中には、「(どうか、次には、)浄域(仏様の教えにあずかれる清らかな境涯(浄土や仏国土など)、あるいは、この現世のように仏様の教えがまだ残ってある世界)に生まれて、悟りへの道をのぼらしめたまわんことを」という一節がございます。

次こそは、このご供養、回向も機縁として、確かなる仏縁によりて、善き心の変容をなすことで、悟りへの道を歩める境涯へとなりますように、そして、やがては全ての迷い苦しむものたちが、悟りへの道を歩みて、悟りへと至れますようにとして、ご功徳を頂けましたら有り難いことであるかと存じます。

お優しい慈悲のお心、誠に尊く、有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

問い「魚釣りは良くないでしょうか。」

問い「魚釣りは良くないでしょうか。」
http://hasunoha.jp/questions/1489

【ご質問内容】

私は釣りが趣味で、友人や家族で行くのですが、これって悪い行為でしょうか。
釣れたものはなるべく持ち帰って食べるのですが、中には食べれない魚が釣れて、放してもそのまま死んでしまう事もあります。

釣りによって生活に楽しみがあるのも事実です。
そして、生活のために釣りをしているのではなく、趣味として釣りをしています。子供たちも釣りに誘うとそれを楽しみにして生活し、釣りに行けば楽しんでいます。良い面だけをとらえるなら部屋にこもってゲームばかりよりも良いのかとも思ったりするのですが、どうなのでしょうか。

【拙回答】

「万年坊主」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この春に亡くなった拙生の叔父は渓流での魚釣りが一つの趣味でした。また、その釣りのことも含めて自然に関することを、ご自身のサイトで色々と発信されており、たまに私ものぞかせて頂いておりました。

そのサイトでの叔父のハンドルネームが「万年坊主」で、坊主(先代住職)の息子だったので、何となくにそのようなネーミングになっているのかなという程度の認識で、あまり深くは考えませんでしたが、四十九日忌の法要をお勤めさせて頂きまして、その際に色々と叔父の昔の思い出話を聞かせて頂く中、魚釣りの話となり、いつも色々と釣っておられて、どんなお魚を食べておられたのですかと、拙生が聞きましたら、一度も釣った魚を持って帰ってきたことはなく、「キャッチアンドリリース」で、その場で離していましたよと聞き及びました。

そこで、やっとハンドルネーム「万年坊主」の意味が分かったのであります。

その他、叔父と自然との数々のエピソードからも、自然をこよなく愛していた叔父は、色々と動物や植物に対して、常に敬意と感謝を持っておられたのだなと改めて知ることができました。

もちろん、ここでただ綺麗事を述べるわけではありません。拙生だって魚も食べれば肉も食べます。

大慈様や小原様も既におっしゃられていることでございますが、私たちは数々の生き物たちの犠牲があって生かされて、生きることができているということをよく理解すると共に、なるべく無駄な殺生はできる限り慎んでいくのが、仏教における大切となる「不害」というものになるのではないだろうかと存じており、できる限りそのようにして、真なる「万年坊主」でありたいものでございます。大いに自戒の意をこめて・・

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「動物を殺してしまったら」

問い「動物を殺してしまったら」
http://hasunoha.jp/questions/1384

【ご質問内容】

初めまして。カスミと申します。
稚拙な文章にて失礼致します。

以前、飼っていた犬を死なせてしまいました。
気性が荒かったので、強く当たりすぎてしまったんだと思います。

毎晩後悔し、死んでも償いきれないような事をしてしまったと本当に後悔しております。

私が同じように死ねば、犬も許してくれるでしょうか。

ご意見お聞かせください。

【拙回答】

「いのち」をいただいて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず、はじめに、生き物を殺さないで生きていける者は一人もおりません。私たちの「いのち」というものは、無数の生き物たちの犠牲によって成り立っています。

ひとたび食べれば、牛や豚、鶏から小さな微生物に至るまで、数多くの「いのち」を頂くことにより、私たちは生かされることができております。

また、ひとたび歩けば、バイクや車に乗れば、地面を這う虫たちを踏みつぶして殺してしまっていることだってあります。

更には、蚊を見れば、パチンと手をたたいて殺し、刺されたくないと、蚊取り線香やベープマットを焚き、ゴキブリを見ればゴキジェットを噴射させて退治し、ゴキブリホイホイやホウ酸団子も仕掛ける。家の中で蟻の行列を見れば蟻の巣コロリを置く・・

正直、私たちも、動物たちも虫たちも皆一生懸命に生きている「いのち」であることには変わりありません。もちろん、カスミ様がペットとして飼っておられた犬も同じであります。

ペットは別で、食する動物や嫌悪する虫たちはどうでもいいと言うのであれば、それは私たちのただの都合、好き嫌い、自己満足、独り善がりに過ぎません・・

まあ、ここで拙生が述べたいのは、何も食べるな、歩くな、虫も微生物も何も殺すな、ということではありませんし、そんなことは所詮無理であります。ただ、私たちは、その多くの「いのち」を頂いて生かされているということを決して忘れずに、それらへの感謝の思いをどこか持って日々を過ごしていかなければならないということでございます。

カスミ様の犬さんにおいても、その「いのち」から色々と学ばせて頂いたこと、気付かされたこともあったことでしょう。それをしっかりと心に抱いて、ふと、何かの時に踏み潰しそうになった虫に気付き、ハッと避けてあげたり、水に溺れている虫がいるならば、そっと助けてあげたりと、そんな些細なことからで構いませんので、他への思い遣りの心を養って頂けましたら有り難いことになるのではないかと存じております。

とにかく後悔はもうここまでにしておいて下さいませ。また、下記各問いの拙回答もどうかご参照下さいませ。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_320102.html

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「愛猫への償い方」

問い「愛猫への償い方」
http://hasunoha.jp/questions/1022

【ご質問内容】

はじめまして。nonoと申します。

今年の1月に愛猫を亡くしました。

たった1日のすれ違いでもう会えなくなるとは思って無かった自分が憎いです。

寒い日に辛く凍えて孤独に死んでしまったと思うと胸が張り裂けそうです。

せめて死に目に会いたかった。最後に抱き締めてちゃんとお別れが言いたかった。

一匹 人目の届かない所でひっそりと痩せ細った足でどこかに消えて行ってしまいました。

たった2年しか生きられなかったけれど、一緒に過ごした楽しい思い出、体の弱い子だったので、不安で苦しい日々を過ごした思い出もありました。

今は現実が受け入れられなくて、ちょっと物音がする度に帰ってきたかもしれない!
と窓を何回も確かめてしまう自分がいます。

消えてしまって、ちゃんと遺体を供養してのお別れが出来ません。沢山探したけれど見つかりませんでした。

もっともっと一緒に過ごしたかった。もっと大切にしてあげればよかった。

そう言う思いが日々強くなり、夜も強い不安と後悔で息苦しくて眠れません。

あの子が一番辛かったのに、私はこの悲しみを乗り越えたいと考えている酷い人間です。

あの子は私を恨んでいるかもしれない。成仏出来ないかもしれないと考えてしまいます。

出来るならまたあの子を抱き締めたい。償いをしたいです。

長く纏まりのない読みづらい文で大変申し訳ございません。

愛猫の魂が救われる事を願わずにはいられません。

もし宜しければアドバイス頂けたら幸いです。どうぞ宜しくお願い致します。

【拙回答】

お手紙が届きました。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

実は愛猫様から満中陰の前にお手紙を預かりました。僭越ながらにもこちらに記して代読させて頂きます。

・・

親愛なるあなたへ

お元気ですか。

実は・・あまり詳しいことは言えないのですけれども・・次の私の行き先がもうすぐに決まります。

行き先が決まる前に前世の記憶が完全に無くなってしまうみたいです。

なので、まだ覚えている今のうちにと思って、お手紙を書きました。

私のことを今でも忘れずに気にかけてくれていて、ありがとう。

実は・・私は愛する人の悲しむ姿を見たくなくて、あなたのもとを黙って去ってしまいました。本当にごめんなさい。

私はあなたと過ごせた日々、本当に、本当に、幸せいっぱいでした。

あなたに大事に親切に可愛がられて、優しさや思いやりの大切さを学ぶことができました。

そのお陰もあってなのか、私は再びあなたのいる世界へと戻ることができるみたいです。

もちろん、もうその時には前世の記憶は無いので、偶然にどこかですれ違っても、お互い分かることはないかもしれないけれど、今お世話になっている偉い尊いお方が、確か「くんじゅう」って言ってたかな・・記憶や感情の残り香のようなものが、心のどこかにまだ残っていて、過去世で互いに縁や繋がりの深くあった者同士が、どこかで偶然にでも出遭ったら、ふっと懐かしい気持ちに包まれて、なんだかわからないけど、それとなくわかるみたいなこともあるようなことを少しおっしゃっていたので・・

だからお願い、もう悲しまないで。私はもうすぐあなたのいる世界に戻ることになるのですから。記憶は無くなっていても、きっとまたあなたと会えるような気がしています。

優しいあなたが大好きです。また会いましょうね。

本当にありがとう。心からの感謝を込めて。

・・

文中の「偉い尊いお方」とは、拙生の勘では観音様、それも馬頭観音様かなと存じます。「くんじゅう」とは多分、「薫習」で、確かに心に染み付いた残り香のようなもののこと(習気)であり、おそらく「中有」という状態に現在あって、過去世、前世での善き縁によって、またこの世界に生を受けられることになったようでございます。もしかしますと、人間としてかもしれませんね。

再会を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「謝りたいです」

問い「謝りたいです」
http://hasunoha.jp/questions/781

【ご質問内容】

2回目の投稿、失礼いたします。
前回頂いたアドバイスを参考に、虫さんを殺さずに外へ逃がしてあげる、見て見ぬ振りをするなど虫さんに慣れようと努力しているところであります。
そんな中、とても大きな後悔をしてしまう出来事がありました。

今日入浴中、排水口の近くにクモさんがいました。水に流されて死んでしまう、逃がしてあげようと思い、少し大きめのブラシにのせて水のかからない場所に避難させてあげようとしました。
しかしそれが間違いで・・・。誤ってブラシでクモさんのお腹を貫いてしまいまったのです。
ショックでした。逃がしてあげようと変に気を使ったせいで・・・。なにもせず、そっとしておけばよかったと後悔しています。今でもクモさんを殺してしまった光景が頭に残って、どうしていいかわかりません・・・。串刺しにされてどんなに痛かっただろう、怖かっただろう、本当にごめんなさいという気持ちでいっぱいです。

そのクモさんに対して心から謝りたいです。そして罰を受けたいです。どうすれば良いでしょうか?どうかご回答のほうをよろしくお願いします。

【拙回答】

畜生供養について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

虫さんへのお優しいお気持ち、誠に有り難いことでございます。

以前にも動物を殺してしまって後悔されておられることにつきましての下記問いにもお答えをさせて頂いております。

問い「動物を殺してしまいました。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992558.html

とにかく、まずこの度のあやっち様の抱かれておられる「慚愧」の思いは大切な善い行いでございます。

その思いの中、私たち人間が生きていくために「食」させて頂くのにやむなく奪ってしまう命もあることを十分に自覚した上で、できるだけそれ以上、無駄に、無碍に命を奪わないように注意することと併せて、虫や動物への感謝の思い、報恩の思いを育むことが必要なことになるのではないかと存じております。

虫さんや動物さんは仏教的には「畜生」と申しますが、私たちと同様に迷い苦しみの世界にいることには変わりがありません。その中でも特に畜生界の苦しみとしましては、激しい生存競争、食物連鎖の中で、いつ食うか食われるかだけに追われて苦しんでしまっているところがございます。私たちのように仏様や仏様の教えのご縁に与(あずか)れることも難しい存在でございます。

そこで、その畜生界の者たちにも、どうか善き赴きがあり、仏縁、法縁に与れることができますようにとして、ご供養することが一つの報恩になるのではないかと存じております。拙生も少しく拙寺の草木禽獣沙巌供養塔前にて、機会毎に御供養回向をお勤めさせて頂いております。

また、下記の各問いの拙回答もご参照下さいませ。

問い「動物について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002880049.html

問い「私が殺したのでしょうか」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002847405.html

あやっち様のこの度のお優しいお気持ち、どうかいつまでも、いついつまでもお持ち頂けましたら有り難いことでございます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「愛犬の埋葬について」

問い「愛犬の埋葬について」
http://hasunoha.jp/questions/422

【ご質問内容】

悩みというか、心に引っ掛かることがあるので質問させていただきました。

先日、14年近く家族として一緒に過ごしてきた愛犬(マロン)が亡くなりました。
マロンは体が弱っちい子でしたが、平均寿命に近い年月を生きてくれました。私たち家族もとても大事にしてきました。
亡くなったと知ったときは勿論ショックでしたが、「大事にされて、最期も病院とかではなく自宅で、家族がいる時だったからマロンは幸せだったんだ」と言い聞かせてました。ですが、埋葬の時点で親が「市営の斎場に運ぶ。共同埋葬で遺骨は戻らない」と言ったので私は一度反対しました。
でもその時は、悲しみとショックで呆然としていたので流されるままに、皆で斎場に運ぶことになりました。
受付の条件で「ダンボールに遺体のみ入れてタオルやおやつなどは入れないでください」とのこと。。。亡くなる覚悟はしていたものの、老犬の介護の仕方や流動食の作り方等は調べていましたが、葬儀について調べたり準備もしていませんからちょうど良い箱が無く、ヨレヨレのみかん箱にキチキチに入れなければなりませんでした。
その光景がとても悲しかったです。
後で民間の葬儀会社等調べたら、桐の棺にフワフワのお布団やお花、お線香もついていて、市営のものとは差がありすぎて。。。
一番ショックだったのが、市の職員さんに「ここまでです。お預かりします」と言われ、遺体を手渡したのですが、その人はお盆でも運ぶように、まるで小包でも運ぶように、片手に箱を乗せて行ってしまいました。
遺族が、本当にマロンとお別れする場面でそんな扱いを見せられて、怒りを感じました。民間の葬儀会社程の手厚い対応は望めないにしても、手渡された遺体に何の情が無くとも、もっと丁寧に対応すべきでは・・・
ちゃんと火葬してもらえたかも見届けられませんでした。勿論遺骨(遺灰?)もありません。
亡くなったその日の午後に運んだので、火葬は翌日になったそうです。
冷蔵室で独り寂しい思いをさせてしまいました。
せめて一晩、自宅で過ごさせてあげればよかった事と、豪華でなくともきちんと埋葬してくれるところにお願いすべきだった事を後悔しています。
これは人間のエゴというか、勝手な「可哀想」と思ってしまう感情なのでしょうか?
マロンは自分を大事にしてくれたと感じていると信じていますが、最期の最後で可哀想な事をした・・・と後悔しています

【拙回答】

亡くなられた愛犬マロンからのお手紙

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

実は本日に愛犬マロン様からのお手紙を預からせて頂きました。僭越ながらにもこちらに記して代読させて頂きます。

・・

親愛なるあなたへ

お元気ですか。

実は・・あまり詳しいことは言えないのですけども・・次の私の行き先がもうすぐに決まるみたいです。

行き先が決まる前に前世の記憶は完全に無くなるようです。

なので、まだ覚えている今のうちにと思って、お手紙を書きました。

私のことを今でも忘れずに気にかけてくれていて、ありがとう。

火葬のことは、全く気にすることありません。なぜなら、その時、私の心は身体を離れてもうお空にありましたから。

私はあなたやあなたの家族と過ごせた日々、本当に、本当に、幸せいっぱいでした。

みんなに大事に親切に可愛がられて、優しさや思いやりの大切さを学ぶことができました。

そのお陰もあってなのか、私は再びあなたのいる世界へと戻ることができるみたいです。

もちろん、もうマロンの時の記憶は無いので、偶然にどこかですれ違っても、お互い分かることはないかもしれないけれど、今お世話になっている偉い尊いお方が、確か「くんじゅう」って言ってたかな・・記憶や感情の残り香のようなものが、心のどこかにまだ残っていて、過去世で互いに縁や繋がりの深くあった者同士が、どこかで偶然にでも出遭ったら、ふっと懐かしい気持ちに包まれて、なんだかわからないけど、それとなくわかるみたいなこともあるようなことを少しおっしゃっていたので・・

だからお願い、もう悲しまないで。私はもうすぐあなたのいる世界に戻ることになるのですから。記憶は無くなっていても、きっとまたあなたと会えるような気がしています。

本当にありがとう。優しいあなたが大好きです。また会いましょうね。

マロンより

・・

文中の「偉い尊いお方」とは、如来様か菩薩様か、拙生の勘では観音様かなと存じます。「くんじゅう」とは多分、「薫習」で、確かに心に染み付いた残り香のようなもののこと(習気)であり、おそらく「中有」という状態に現在あって、過去世、前世での善き縁によって、またこの世界に生を受けられることになったようでございます。もしかしますと、人間としてかもしれませんね。再会を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌 平成26年4月1日

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「動物を殺してしまいました。」

問い「動物を殺してしまいました。」
http://hasunoha.jp/questions/421

【ご質問内容】

今から10年位前、夫の両親同居中、義父が室内犬を飼い始めました。その時2歳の娘がいて、お腹に赤ちゃん。環境的に室内では動物を飼いたくはないけれど、主人は単身赴任で留守、私も嫌だと言えず、我慢しました。けれどストレスをすべて犬に向けてしまい、殺してしまいました。今更後悔しても遅いのですか、苦しくて仕方有りません。
現在は家族だけで賃貸を借りて生活していますが、安定剤を飲みながらなんとか生活しています。
私のした事ですから、苦しむのは当然ですが、やはり苦しく助けて欲しいと思いメールしております。

【拙回答】

身代わり

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は、まずその改悛のお気持ちが何より大切でございます。最初から完璧なる人、聖人君子はおりません。人間誰しも何らか大小拘わらず幾つかの過ちを必ず起こしてしまうものでございます。

問題は、過ちを犯したとしても、「慚愧」することにより、心の底から悔い改めて反省し、二度と同じ過ちは繰り返さないようにすることが求められることとなります。「慚愧」に関しましては下記の問いにても扱わせて頂いております。

問い「後悔の念から抜け出す方法?」
http://hasunoha.jp/questions/225

この度は、既に十分に慚愧されておいででございますので、どうか少しはご自身を許してあげて頂けましたらと存じております。

そして、できましたらその犬君の御供養をして頂けましたらと存じております。御供養の想いをその犬君へと向けて頂きまして、どうか安らかでありますように、良い境涯を得て、悟り・涅槃へと向かえていけますようにとお念じ賜れましたらと存じます。

以前にも下記問いにて動物御供養に関しましての拙回答をさせて頂いております。

問い「私が殺したのでしょうか」
http://hasunoha.jp/questions/128

問い「動物について」
http://hasunoha.jp/questions/170

御供養は、僧侶に相談して、正式に読経を頂いて回向致すのが良いですが、もちろん、やはりご自身にて読経、回向なさられたいとなりましたら、そうですね、畜生を救い導くとされる馬頭観音様のお力を賜れますようにとして、観音様に関する経典、例えば、般若心経や大悲心陀羅尼経、法華経普門品第二十五(観音経)、十句観音経などを誦経し、観音様のお力にて、どうかその犬君をお救い賜れますように、悟り涅槃へと導いて頂けますようにとして回向申し上げるのも宜しいのではないかとは存じます。

もしか致しましたら・・ストレスが子どもへの虐待へと向かわないために観音様がその犬君となって顕れて、身代わりとなって守ってくれたのかもしれませんね・・

拙生も少しく拙寺の草木禽獣沙巌供養塔前にてその犬君に想いを寄せての御供養させて頂きます。

どうか少しはお心が楽になられますように祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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