hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

運勢について

問い「念珠をなくしてしまいました」

問い「念珠をなくしてしまいました」
http://hasunoha.jp/questions/902

【ご質問内容】

昨日、結願のお礼参りのため高野山に行ってきました。
高野山の空気に触れ、とれも清々しい気持ちで帰路についた次第であります。

ところが帰宅をし荷物を整理した際に、念珠がなくなっていることに気が付きました。朝の勤行の時に持っていたのは覚えているのですが、その後どこに置いたのかまったく思い出せない状況です。

5年近く一緒にいてくれた(区切りうちで四国を巡っていたため、恥ずかしながらこんなにも結願までに時間を要してしまいました)念珠をなくしてしまうなんて、何と罰当たりなことをしてしまったのかと気落ちをしています。
物に執着することは良くないことだとは思うのですが、「物」というよりも5年近く側にいた友人のような感覚があったため諦めきれない気持ちが強いです。一緒に四国を巡ってくれた念珠に対して、供養することもせずなくしてしまうなんて、どのようにしてその念珠に対して報いてあげればよいのかと悩んでいます。
また、見つからなかった場合に新しい念珠を購入することになるとは思うのですが、それさえも今まで一緒にいてくれた念珠に対する裏切りではないかと思ってしまいます。今後、私はどのようにすれば良いのでしょうか?

【拙回答】

数珠の紛失について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は、大切になされてこられたお念珠、お数珠を失くされてしまわれたとのこと・・誠に不安な気持ちをお持ちのご様子をお伺い致しました。色々な想いが強くおありで愛着あるものほど、失くしてしまうと本当につらく悲しいことでございます・・

数珠は本来、字の如く数を数える珠ということであり、お経の回数、真言、念仏の回数を珠をたぐりながら数えるために用いられたのが始まりと言われております。単純に仏具として考えて頂けますと買い替えもスムーズかもしれませんが、お守り的な感覚を持ってしまったり、じゅん様のように何らか特別な愛着が生じてしまっておりますと、やはりなかなかすぐに新しいものをとは思えないのも理解できるところでございます。

もちろん、届けられて保管されていることや別の鞄のポケットなどへの仕舞い込みなどもまだ十分にあり得ますので、しばらくは探されて、それでも見つからない場合には、結願を期にそのお数珠は一つの役割を終えられた、または、お大師さんにお返ししたのだとでもお考え頂きまして、何かをきっかけ、吉祥として、一区切りを付けて、新しい数珠を調えられてはどうであろうかとも存じます。例えば、誕生日や新年、釈尊降誕会やお大師さんのご命日など。

また、数珠とお守りでは少し違いもありますが、お守りを失くされたことについての過去の下記各拙回答もご参照頂けましたらと存じます。

問い「御守りをよく無くす。壊れる。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008376287.html

問い「厄除けの御守りを紛失してしまいました…」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1005744674.html

問い「古いお守りを全て紛失してしまいました…」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002960031.html

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「引越しの方角に囚われすぎてる。」

問い「引越しの方角に囚われすぎてる。」
http://hasunoha.jp/questions/734

【ご質問内容】

家の購入が決まり契約しました。
方角を見ていただく機会があり判定していただくと
非常に悪い暗剣殺と言う方角に当たるらしく、全力で止められました。
私と子供、もしかするとその先まで悪いことが続くらしいです。

ふだんは占いだけでなく、厄までも気にしないのですが
悪いことを聞いてからはずっと気になってしまい、調べたり
このまま契約を続けてもいいのか悩んでしまってます。

本当はこういうことに囚われず、気持ちのいい引越しをしたいです。
どういう気持ちの切り替えすればいいのか、教えてください。
よろしくお願いいたします。

【拙回答】

方角について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

引っ越しへと向けて、方角が気になってしまわれて、風水・方位学的に悪いと言われてしまいますと確かに色々と憂いてしまいますよね・・

まあ、方位というものは、何を基準とするかでも色々と変わるものでございます。気にするなとは一概には言えませんが、気持ちの切り替えの一つとしては、例えば、引っ越しの際に良い方角からのルートを使って入られることや、面倒な事になりますが、方角的に問題のない実家や親戚の家へと形式的に一日だけでも引っ越ししてから、改めてそこから新居へと引っ越しされるということでも良いのではないかと存じます。

いずれにしても方位・方角の基準・基点というのは宇宙学的には定まり用のないものでございます。いまだ宇宙全体も膨張する中にあり、銀河系、太陽系自体も凄まじいスピードで動いており、地球も公転・自転で動いているわけですから、正直に言いますと、いまだ止まっているもののないこの世界では、方位・方角など実はあってないようなものです。基準・基点が定まらない、定められないのですから。地球が全く動かずに宇宙の中心で天動説が正しいとするならば別ですが・・おっと・・もはやこれ以上は営業妨害になりますからやめておきましょう・・

とにかく、「・・あまり、暦や占いに支配されすぎたり、束縛されすぎてはいけないですが、暦や占いを全面的に否定するのではなくて、楽しみながら、一つの参考として日常生活に活かすことが大切ではないかと存じております。・・」

また以下の各問いの拙回答も少しくご参照下さいませ。

運勢について
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_323404.html

占い・御神籤・お札・お守りなどについて
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_323402.html

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「霊なのか疲れているだけなのか/? 」

問い「霊なのか疲れているだけなのか/? 」
http://hasunoha.jp/questions/706

【ご質問内容】

運気が悪くて、水晶などをネット購入しました。
紫色の水晶のブレスレットが届いてはめたとたん眠くなって、そのままベッドに横たわりました。
したらビビビって電気が体中を駆け巡って、バっていきなり映像が出てきました。女性が裸で色んな男性を相手にしている映像で
半分自分の様な、半分知らない女性の様でよくわかりません。しばらく動けなかったです。
怖くなってブレスを外しました。
これは何なのでしょうか
私は頭がおかしくなってしまったのでしょうか
誰にも言えずに悩んでいます

【拙回答】

「霊感」に関すること

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「霊感」に関することは、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319683.html

「霊感」を宗教的な面から捉えようとして考えますと、その根拠や証明、論証の曖昧さが生じてしまうため、非常に難しい問題を孕むことにもなります。

ただ、あくまでも仮定でありますが、もし「霊感」があるとしても、色々な因・縁(原因や条件)により成り立っている「縁起」なるものであり、実体として、独立自存としては成り立っていない「空」なるものであるかとは存じます。その因・縁をより善くに調えることで、当然に結果も改善させることができるのではないかとは存じております。

問い「おみくじの待人 来る つれありとは?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1005735447.html

「・・あまり一喜一憂したり、囚われたりはせずに、頼りとなるのは自分の心の状態と行い次第として調えていくことが肝要になるかと存じております。・・」

問い「パワーストーンや運勢についてです。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002945902.html

「・・数珠・パワーストーンについてのことですが、占いと同様で、まあ、正直、確かにあまりその類のモノやコトに頼るのは良くないかとは存じております。何事も本人の精進努力次第でございます。善き結果のためには、できうる限りに善き行いを積むことが何よりも望まれることとなります。・・」

下記の拙回答もご参照下さい。

問い「取り付かれた?と思うことがたまにあります。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002997917.html

まあ、そのような夢?か、映像?かを見られたのは、少し身体や心の不調が原因の可能性もあります。この度のことは、ゆっくりと静養されることも必要だというサイン程度でお考えになられたら良いのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「御守りをよく無くす。壊れる。」

問い「御守りをよく無くす。壊れる。」
http://hasunoha.jp/questions/676

【ご質問内容】

御守りを無くす。壊れる。

というと、
身代わりになってくださった。
不幸を連れてどこかへ行ってしまった。
役目を果たした。

などよく伺います。

わたしもよく御守りを財布や携帯、鞄などに付けて、身に付けています。
そして年に一度は必ず壊れるか無くしたりします。汗
気になるのは今年は既に3個ほど無くしてしまったことです。

お祓いなどしたほうが良いのでしょうか?

あと、10歳したの弟がいるのですが、2人で同じお寺で買った御守りを1ヶ月しないうちに、しかも同じ日に壊れてしまうということもありました。

気にしすぎなのでしょうか?
よろしくお願いいたします。

【拙回答】

お守りについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お守りの紛失につきましては、これまでにも下記のような各問いにお答えさせて頂いております。

問い「厄除けの御守りを紛失してしまいました…」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1005744674.html

問い「古いお守りを全て紛失してしまいました…」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002960031.html

「・・少し仏教としての補足ですが、本来、仏教では現世利益的なための祈祷という点でのお札や御守りの類は扱いません。ただ、厳密には、仏道修行の妨げとなる災難や災厄を退けるためという面では認めうる余地はあるかと存じております。その仏道修行も、あらゆる一切衆生を救済するための悟りを得んがためにということが重要になるものと考えております。そのため、拙生も、もちろん神社に参拝して、お札や御守りを頂きますが、どうか仏道が成就できますように災難や災厄を退けて下さいとお願い致して有り難くに頂いております。・・」

確かに、お守りがよく壊れたり、失くしたりと続きますと色々と気になりますよね・・

この度の場合は、既に大鐵様もおっしゃっておられるように外に吊り下げておかれずに、中に大事に仕舞われておかれるのが良いかとは存じます。拙生も御守やスンドゥ(チベットの御守紐・金剛線)などは財布に仕舞っております。

とにかく、お守りやお札、あるいは占いや御神籤などもそうですが、因果の流れを善くしていくための一つのきっかけ、判断材料とするのが良いかと考えております。

あくまでも善き結果へ向けて大切となるのは、それぞれ自身の「行い」次第であります。例えば、大学の受験生であったとして、勉強もせずに怠けていては、どんなにご利益があると言われているお守りを持っていたとしても、それだけで大学に合格できるということはありません。やはり、しかるべくに実力を付けておいて、本番の入試にて点を取らないことにはどうにもならないものであります。あくまでも、努力が9割以上、そしてあと1割ぐらいの助けを頂けるかどうかという程度と考えておく必要があるかと存じております。

川口英俊 合掌


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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「運を好転させるにはどうしたらよいでしょうか」

問い「運を好転させるにはどうしたらよいでしょうか」
http://hasunoha.jp/questions/641

【ご質問内容】

先日、路上でバックを盗難にあってから、気持ちが落ちています。

バッグの中には財布のほか、手帳や時間をかけて読んでいた本、お守り代わりに入れていた親の形見の品なども入っていました。

カード類は利用停止の手続をとり、現金はもうあきらめています。ただ、それ以外の物はどれも思い入れのある物ばかりで、私の生活の分身ともいうべきものだったのでショックから立ち直れません。

それと追い打ちをかけるように、仕事でもトラブルが続いています。
集中力が散漫になっているところに、次々に難題が舞い込んできて、今の仕事にも自信をなくしてしまいました。

今年、私は前厄なのですが、これが本厄の前兆で、これからますます悪い事が起きてしまうのではないかと思ってしまいます。

自分の落ち込み具合に、家族を心配にさせてしまっていることも苦しいです。
自宅や職場では無理にでも笑うようにしていますが、一人になると怖くなります。

私は日頃からお寺や神社へよくお参りに行くのですが、このようなことが起きると日頃の自分の行いが悪いためにばちが当たっているのかと考えてしまいます。

これから先、本厄に向けて運勢を好転させるにはどうしたらいいのでしょうか。

【拙回答】

厄について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

本厄を来年に控えられて、悪いことが重なりますとどこか不安になってしまいますよね・・

厄年のことに関しましては、これまでにも下記各問いにて扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/厄年

基本的には、あまり厄だから云々と囚われてしまわれずに、盗難もトラブルもこれから先へと向けて「注意して気をつける」ということで良いのではないかとは存じます。

拙生もこれまでの経験から落として困るもの、盗られて困るものはできるだけ持ち歩かないようにして、大事なものは金庫にしまっておいて必要な時以外は出さないようにしておいたり、都度出先でのロッカーを利用して貴重品をしまっておくなどして気を付けております。

手帳は携帯がスマートフォンになってからは使っていませんが、個人情報の類は必ずセキュリティ対策をして容易に他人には知られることのないようにしております。

とにかく事前に対策できることには、できるだけ前もって取り組んでおくと、万が一のことがあっても、それほどダメージが大きくならないのではないかと存じます。精神的にも、あれだけ事前に対策していたのだからある意味で仕方ないと思えるぐらいになると落ち込みもさほど酷くにはならないかと存じます。

会社でのトラブルも同様で、どうしょうもないことはどうしょうもありませんので、とにかくこれ以上は傷口を広がらないように対処して今後に備えて予防線をしっかりと張っておくということで良いのではないかとは存じます。

まあ、とにかく厄であろうがなかろうが、悪いことも善いこともどらちも起こり得ます。問題はあまり不安がらずに冷静に一つ一つ目の前のできることから対処していくことが肝要かとは思います。

また、運勢に関しては、下記の拙回答も少しくご参照下さい。

問い「おみくじの待人 来る つれありとは?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1005735447.html

「・・あまり一喜一憂したり、囚われたりはせずに、頼りとなるのは自分の心の状態と行い次第として調えていくことが肝要になるかと存じております。・・」

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「厄除けの御守りを紛失してしまいました…」

問い「厄除けの御守りを紛失してしまいました…」
http://hasunoha.jp/questions/586

【ご質問内容】

今年本厄の大厄なのですが、年が明けてから実家(岩手県釜石市)の近くにある神社に行って、私と旦那さん、私の両親にお婆ちゃんの5人で厄払いをしてもらいに行きました。。

お祓いをしてもらった後、お清めのお酒と御守りを頂きました

私は今年本厄で、旦那さんは後厄なので御守りは二つ頂きました

御守りは小さな袋に入れ、毎日首にぶら下げていました

寝る時に「ありがとう」と言っていました

それなのに…お風呂に入る時に御守りがない事に気付きました

会社のロッカーにわすれたと思い、次の日会社のロッカーも見てみましたがありませんでした…

今思えば、御守りを入れていた袋に、自分の連絡先を書いた紙も入れておけばよかったと後悔しております。。

こういう場合、こうしたほうがいいとかあったら教えて頂きたいです

宜しくお願いします

【拙回答】

感謝報恩の想い

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お守り、出て参りましたか。。それならば誠に良かったです。一安心ですね。。

さて、ここからは少し補足となりますが、以前にも下記のような同様のご質問を頂きました。

問い「古いお守りを全て紛失してしまいました…」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002960031.html

「・・少し仏教としての補足ですが、本来、仏教では現世利益的なための祈祷という点でのお札や御守りの類は扱いません。ただ、厳密には、仏道修行の妨げとなる災難や災厄を退けるためという面では認めうる余地はあるかと存じております。その仏道修行も、あらゆる一切衆生を救済するための悟りを得んがためにということが重要になるものと考えております。そのため、拙生も、もちろん神社に参拝して、お札や御守りを頂きますが、どうか仏道が成就できますように災難や災厄を退けて下さいとお願い致して有り難くに頂いております。・・」

935様は、日々、生かされてある自分のありように感謝することへの一つの想いの現れとして、お守りを大切になされておられるご様子にて、誠にそのことは良いことであるかと存じております。

感謝報恩の中で、自らの行いをより善くに調えることは、より善い結果を生じさせるための良き因・縁となります。その一助としてそのお守りが役立っているようでしたら、どうぞこれからも大事に、大切に持っていて下さい。

もしも、それをまた失った、無くなったとなって、どうしてもそのことが不安や恐怖、迷いに繋がるようでしたら、是非、またしかるべくに神社にてお守りを求められても良いのではないかとは存じます。

また下記問いの拙回答も少しくご参照下さいませ。

問い「おみくじの待人 来る つれありとは?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1005735447.html

「・・あまり一喜一憂したり、囚われたりはせずに、頼りとなるのは自分の心の状態と行い次第として調えていくことが肝要になるかと存じております。・・」

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「おみくじの待人 来る つれありとは?」

問い「おみくじの待人 来る つれありとは?」
http://hasunoha.jp/questions/581

【ご質問内容】

つい先程おみくじをひいてきました。

待人の項目で初めて出た言葉があり、どう解釈すればよいのか知りたく質問させて頂きました。

内容は【待人: 来る つれあり 】というものでした。

待人の解釈は人それぞれだと思いますし、自分が待っている人だという事かなぁと今まで思ってきました。

私は今、待人と言うべきかわかりませんが、先日お手紙を書いた方がいます。

まだ相手の方の事を知らない事もあり、結婚されているのか、交際中の方がいるのかなどわかりません。

なので、手紙の返事は来るけどそのような上記に書いた存在がいるという意味なのかなぁと捉えました。

捉え方も人それぞれだと思いますし、正解不正解などないのかもしれませんが、どのような意味をもつ言葉なのでしょうか?

考えれば考えるほどよくわからなくなってしまい、あれこれ色々考えてしまいます。

【待人】の意味もできれば教えて下さい。

お答え頂けると大変ありがたいです。どうぞよろしくお願いします。

【拙回答】

頼りとなるのは自分の心の状態と行い次第

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

これまで占いに関することにつきましては、下記問いにてお答えさせて頂いております。

問い「パワーストーンや運勢についてです。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002945902.html

問い「厄年は悪い事ばかり起こるのですか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002971916.html

「・・基本的に仏教では、占いの類は、迷い苦しみの原因になりかねず、禁止の扱いとされますが、拙見解と致しましては、例えば、注意を促す、慎重さや謙虚さを求める、強欲・貪り・慢心を諌める、誠意や努力、協調を勧める・・という点で、必要であるかとは存じております。・・」

「・・あまり、暦や占いに支配されすぎたり、束縛されすぎてはいけないですが、暦や占いを全面的に否定するのではなくて、楽しみながら、一つの参考として日常生活に活かすことが大切ではないかと存じております。・・」

「・・自らの人生の様々な結果は、自らの行いに縁って起こります。その行いも善い行いによってこそ、善い結果が望めることになるのであります。「善因善果」でございます。・・」

占いや御神籤などは因果の流れを善くするための一つの参考として判断することが大切となりますが、どうしても主観的自己満足・独善にて判断してしまい、あれこれと迷い苦しむ原因となるのであれば、一旦、白紙状態にして、現実における自分のありようを見つめ直されてもどうかと存じます。

それでも気になるのでしたら、何度か、一からしっかりと本殿に参拝した上で御神籤を引いてみて下さい。同じものが三度、四度と出るようならば、是非お知らせ頂きたいものですが、恐らくそうではないでしょう。様々な条件や原因が微妙にも少しずつに異なってくれば当然に結果も異なってきます。もしも運命が完全に決まっているのであれば、何度引いても同じ内容の御神籤が引けるはずです。そうではないはずです。あまり一喜一憂したり、囚われたりはせずに、頼りとなるのは自分の心の状態と行い次第として調えていくことが肝要になるかと存じております。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「不思議な夢を見ました」

問い「不思議な夢を見ました」
http://hasunoha.jp/questions/560

【ご質問内容】

質問させて頂きます。

 不思議な夢を見ました。最近、近親の者が亡くなり、悲しみに沈んでおりました。

しばらくしたある夜、夢の中に三叉仏と名乗る仏様がいらっしゃいましたが、何も仰せにならずにそのまま去って往かれました。仏教に詳しくないので、一体どういった仏様であろうかと、いろいろな仏教の本を読みましたが該当する仏様を探し当てることはできませんでした。

それからしばらくしますと、また、夢の中に仏様がいらっしゃいました。そして、『現在、過去、未来、すべての生命の幸福を祈りなさい、そうすれば、貴方に幸せが訪れますよ』と仰いました。1~2カ月くらい前の話です。

夢での話があってから、仕事の合間など、時間を見つけ、そういった祈りを行うようになりました。

昨日の夜も、そうやってお祈りしながら就寝致しておりますと、夢の中の空中庭園の様なところに仏様がいらっしゃいまして、『貴方の誓願は確かに聞き届けましたよ』と仰いました。

仏様に願いを聞いて貰いましたら、私の体は地面の上に立っておりました。しばらくすると、自分の体は、地面の上を飛ぶように走りだしました。地面の上には村の様な町の様な景色が広がっており、その間を、時速20km、40km、100 km、200kmと段々加速して飛んで行きました。

およそ200 kmになってもさらに加速し、音ぐらいの速さにまで加速しました。これ以上加速できないくらいになりますと空中に大きな白い光が現れまして、自分の体の中にこれまで味わったことがないような言葉では言い表せないような多幸感が全身を駆け巡りました。白い光は空半面を覆うぐらいの光になり、そこで目が覚めました。

この夢はいったい何なのでしょうか?これからどうすればいいのでしょうか?初めてこういった不思議な体験をして非常にびっくりしております。三叉仏とは一体どんな仏様なのか、実在の仏様なのか?教えて頂けませんでしょうか?宜しくお願い致します。私の家の宗派は真言宗です。

【拙回答】

夢判断について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

夢判断に関しましては、確かに密教における灌頂の際に実際に行われることがございます。

日本の真言宗や天台宗などにおいては灌頂の際に行われているのかどうか詳しくはわかりませんが、例えば、チベット密教においては、カーラチャクラ灌頂や胎蔵界曼荼羅灌頂、金剛界曼荼羅灌頂などの際に実際に行われています。

しかし、それも正式な方法があり、以下はかなり省略してですので、正式にはしっかりと灌頂導師のご指示を受けてのことになるかとは存じますが、灌頂初日の夜に、その日に頂いた加持されている吉祥草を枕やマットレスの下に敷いて、寝始めは右脇腹を下に横になっての寝相にて、心を安らかに静めて、灌頂のご本尊を思い浮かべながら、三宝帰依と共に菩提心と空性の理解を心に留めつつに眠りにつくことが必要となります。

そして、実際に明け方に見た夢がその判断の対象となります。

しかし、良い夢であろうが、悪い夢であろうが、あまり囚われないことが大切であり、いずれにしても良い夢を見てもあまり慢心を起こさないこと、悪い夢を見ても、変に落ち込む必要もなく、菩提心と空性理解の滋養、あるいは慈悲・利他心の滋養へと繋げることが肝要であるのではないかと存じております。

ko-様も、この度は仏様に関する多幸感を感じられる夢を見られましたのは誠に良いことですが、それで何か変に囚われを起こすのではなくて、この度の吉祥なる夢見により、より一層に、三宝帰依、菩提心と空性理解の滋養、慈悲・利他心の滋養へと繋げることが良いのではないかと存じております。

また、夢の扱いにつきましては、下記の問いにてもお答えさせて頂いておりますのでご参照頂けましたらと存じます。

問い「実母の死」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002972230.html

『・・夢は結局、幻でしかなく、またこの世の現実も「夢幻の如く」であることを理解することが、仏教においての「空」を理解する上でも大切なこととなりますので、この機会に少しだけでもお知り賜れましたらと存じております。・・』

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/users/16

問い「運気の悪い人生」

問い「運気の悪い人生」
http://hasunoha.jp/questions/443

イジメ、ひいき、裏切り、DV、理解してもらえない神経症の被害…
これでもかというくらいの苦しみ、孤独、神経症との闘いで何度も生きることを断念しようと思ってきました。

前世で何か悪いことでもしたんでしょうか?
因果応報と言われるたびに自責の念で苦しんでます。

【拙回答】

「因縁果の理」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「因果応報」と言いますと、世間では印象的に何か悪いイメージを想起させてしまうことがあるのは、少し否めないことであるかとは存じます。

そこで、「因果応報」ではなくて、「因縁果の理」として理解して頂くのが良いのではないかと存じております。

この世における事象の結果には、必ずやその原因や条件(縁)がございます。

原因や条件なしに、いきなり何かが生起していく、変化していくということはあり得ません。

このことは、例えば、eutrka様がお生まれになられたのも、突然何もないところから、何ら原因や条件もなしにて生まれてきたわけではないことをお考え頂けましたらと存じております。生まれるためには、当然に無数の原因や条件があったはずでございます。

そして、今現在、eutrka様がお苦しみのことにも、もちろん必ずその原因や条件があるはずです。何も原因や条件もないのに苦しむようなことはあり得ないからでございます。

そこで、それらの原因や条件を今一度しっかりと検証することで、それらの原因や条件を変えることに努力することによって、これから改善、善処の余地は幾らでも大いにあるのではないかと存じております。

特に私たちの生・老・病・死、あるいは、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦などの苦しみへの対処方法として、お釈迦様は、「因縁果の理」から、聖なる4つの真理である「四聖諦」をお説きになられました。このことは下記問いにても扱わせて頂いております。

問い「これからどうすべきか。助言をください。」
http://hasunoha.jp/questions/457

是非、eutrka様には、これからの仏教の学びを機縁として、どのように具体的に因縁果をより良くに調えていくべきかをお考え賜われましたらと存じております。

また、仏教では運命・宿命・決定論は極端論となり、「中道」に反するとして退けることとなります。このことにつきましては、下記問いの拙回答も参考として頂けましたらと存じます。

問い「運命には逆らえないのでしょうか?」
http://hasunoha.jp/questions/243

問い「生きていく意味」
http://hasunoha.jp/questions/93

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「厄年は悪い事ばかり起こるのですか?」

問い「厄年は悪い事ばかり起こるのですか?」
http://hasunoha.jp/questions/334

【ご質問内容】

私は、今年厄年にあたります。年初め
厄払いはしたものの

今年の6月頃から 辛い事ばかりです。
当たり屋もどきのような人に車をぶつけられいまだに、解決しません。

主人からは散々責められ追い込まれ精神的に
壊れてしまいそうに。
主人は、ヘルニアに尿管結石
尿管結石では、義父に栄養管理と健康管理が悪いからだ!と嫌味を言わ
れ、自分なりにしっかり考えてやってきた事を
全否定されたようで、ショックでした。

さらに、下の子供が腕をケガし全治一ヶ月
治った所を 遊んでいて、また同じ箇所をケガ

新車納車 次の日に、青信号を通過した所を
信号無視して突っ込んできた車に 当たりそうに
危機一髪で事故は避けられましたが、
相手は、進行方向とは逆に走ってきた車でした。

厄年は、ここまで運気が無いものなのでしょうか?
それとも、何らかの試練なのでしょうか?

【拙回答】

暦や占いの扱いについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「厄年」・・暦を見たり、占いをしたり、あるいは御神籤を引いたりして一喜一憂することは誰もがあるのではないかと存じます。

拙生は、暦や占いは、ある種の統計的なモノの見方の一つとして捉えています。

基本的に仏教では、占いの類は、迷い苦しみの原因になりかねず、禁止の扱いとされますが、拙見解と致しましては、例えば、注意を促す、慎重さや謙虚さを求める、強欲・貪り・慢心を諌める、誠意や努力、協調を勧める・・という点で、必要であるかとは存じております。

実際に、今手元にある暦を見ますと、拙生の六白金星の今年の盛運の月のところでも「但し、○○○」と上記のようなことが書いてあります。

私たちが失敗したり、後悔したりするような悪いことが起こる原因としましては、仏教的には「煩悩」、煩悩の大元である「無明」(根本的無知)に基づいた行いにあると考えます。

そのため、煩悩・無明を対治するべくに善なる行いを成すように求められる次第となりますが、それが上記で挙げていることともほとんど同様となります。ですので、参考とするに一つの益があるかとは考えております。

ただ、中には、恐怖や不安を煽るだけのものもありますから、誠に注意が必要となります。

あまり、暦や占いに支配されすぎたり、束縛されすぎてはいけないですが、暦や占いを全面的に否定するのではなくて、楽しみながら、一つの参考として日常生活に活かすことが大切ではないかと存じております。

以前に、問い「パワーストーンや運勢についてです。」( http://hasunoha.jp/questions/236 )にても少し述べさせて頂いておりますが、自らの人生の様々な結果は、自らの行いに縁って起こります。その行いも善い行いによってこそ、善い結果が望めることになるのであります。「善因善果」でございます。これからの日々の中で、例えば十善行(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不綺語・不悪口・不両舌・不慳貪・不瞋恚・不邪見)に頑張って意識的に取り組んで努めることからでもお勧めさせて頂く次第でございます。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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