hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

お葬式・お通夜式について

問い「葬式のお経」

問い「葬式のお経」
http://hasunoha.jp/questions/1439

【ご質問内容】

何故、葬式でお坊さんがお経を誰もわからない言葉で長々と読むのでしょうか?なぜそこにいる人々にわかるような言葉で読まないのでしょうか?あれじゃただの雑音です。

せっかくですし自分はお経の内容を知りたいと思っているのに、あれじゃ時間の無駄です。
ただでさえ悲しいのにあんなに長々と意味のわからない音を聞かせられるとか、お坊さんが人々にさらに苦しみをあたえています。

ああいう喋り方じゃなきゃ死者があの世に行けないということはないでしょう。
木で木を叩いて音を出し、声帯から決まった音を出さないと死者があの世に行けない理由もないでしょう。
ありがたいことを読んで悲しんでいる人の心を楽にさせてあげているわけではないでしょう。誰も理解できていませんから。
ああいうやり方にしないと死者への敬意を表せないわけではないでしょう。葬式で大事なのは心から悲しむことで、心から悲しみさえすれば決まった一つのやり方でやる必要はないからです。

自分が推し量るに、ああいうやり方じゃないとありがたみがなくなり誰にでも葬式ができるようになって、お坊さんが金儲けの手段を失うからだと思っています。

悟りを目指し、人々を救うことを目指しているお坊さんが、そのような誤魔化しをして金儲けをしている理由を教えてください。

攻撃的に感じるかもしれませんが、これは子供の頃から気になっていたことなので。どうか誤魔化さずに本当のことを教えて下さい。

【拙回答】

ご仏縁、ご法縁をあずかり頂くための大切な儀式

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

拙寺は檀家制度を今のところ廃止しているため、お葬儀をお勤めさせて頂くことはほとんどございませんが、それでも年にほんの数件ながら強いご希望によるご依頼、ご指名がございまして、誠にこの拙生も、浅学非才の未熟者にて申し訳ない限りではございますが、導師をお勤めさせて頂くことがございます。

実はzenshu様と同様にお葬式のあり方に対して疑問に思うところは長年ございました。そこで、拙生なりにお葬式に関することにつきましては、昨年に下記拙論にまとめさせて頂いておりますので、まずご参照賜れましたらと存じます。

お葬式について
http://goo.gl/fBwp0Q

ここで少し述べさせて頂いておりますように、一つは、亡くなられた方に確かなるご仏縁、ご法縁をお結び頂けることにより、悟り・涅槃へと向かうための流れに確かにお乗り賜れるように調えさせて頂くこと、そして、もう一つは、お葬式におけるご仏縁、ご法縁において、ご遺族、参列者の皆様にも悟り・涅槃へと向けた仏道を進めるための一助となるように調えさせて頂くことが大切になるのではないかと存じております。

そのため、参列者の方にもお経本や冊子をお配りして、共に読経したり、御詠歌を共に唱えたりすることもございますし、やはり、お経の内容、授戒、引導の作法などの内容もしっかりとお伝えしておきたいものでございます。

あまり長くなってもいけませんが、お通夜での法話において、必ず葬儀の意義、授戒、引導の内容、お経の簡単な説明をさせて頂いておりますし、事前にお通夜・お葬儀の式次第は喪主の方にお渡しするように致しております。

そして、仏教とは何かということについても、基本的な四法印・四聖諦の内容をできるだけかみ砕いての法話に努めさせて頂いております。

亡き方も遺族も参列者も、このご仏縁、ご法縁が、皆のより善き赴き、仏道の歩みの糧に少しなりともなるようにお勤めができればと僭越ながらにも存じております。

そのお布施は、金儲け・ビジネスなどではなくて、ご仏縁・ご法縁を皆があずかり頂くための仏法興隆、仏法護持、一切衆生の済度へと向けて取り組む浄財としてしっかりと役立てていかなければならないものであるかと存じております。

皆共に仏道を成ぜんことを。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「 四十九日の間の過ごし方を教えてください。」

問い「 四十九日の間の過ごし方を教えてください。」
http://hasunoha.jp/questions/1021

【ご質問内容】

主人が亡くなって10日経ちました。

通夜や葬儀を終えて自宅に祭壇ができ、気付いたときにお線香をあげるようにしているのですが、これで供養できているのか自信がありません。

お経のこともわかりませんし、子どもたちにもできるようなことがあればさせてみたいです。

また、逆にやってはいけないことも教えていただけるとありがたいです。

よろしくお願い致します。

【拙回答】

中陰について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度はご主人様のこと、誠に大変なことでございました・・まだまだ亡くされたという実感がないかもしれませんが、どうか御供養を通じまして、少しなりとも心の整理もお付け頂けましたらと存じております。

四十九日忌までの「中陰」のことにつきましては、以前にも下記の問いにて扱わせて頂いております。

問い「49日までに故人に出来ることは?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1012038022.html

「中陰」は「中有」とも申しますが、分かりやすく申しますと、「有るとも言えないし、無いとも言えない」という期間で、心の連続体(心相続)の次の行き先が決まるまでの猶予期間とお考え頂けましたらと存じます。

その行き先が、如来様や菩薩様のおられる浄土・仏国土であれば、誠に有り難いこととなりますが、過去世や生前に積みたる業(善業と悪業)の因縁(要因・条件)次第によっては、厳しいところへと赴いてしまう可能性もございます。厳しいところというのは、六道輪廻(迷い苦しみの世界)をまた彷徨ってしまうことになるということであります。

何とか無事に浄土へと赴いて頂くために、まずお葬儀においては浄土へと向けての仏縁を確かにして頂いて、浄土へと導引する法式を執行することとなります。(但し、浄土真宗さんの場合は引導は扱われません。)

また、中陰の間はよく「喪に服する期間だ」と言いますが、あくまでも拙生の考え方となりますが、それには、一つは、次の行き先へと向けて、亡くなられた方への追善供養を懇ろに行うためにということと、亡くなられた方の心相続に、不安や恐怖、悲しみ、後悔、恨み、嫉妬など悪い煩悩を喚起させてしまうような言動を慎むためにということ、更には、亡くなった方との縁を通じて、仏法にあずかり頂く大切な仏縁の期間として、特に悪いことを慎んで、善徳の行いに努め励むために、ということがあるのではないかと考えております。

ですので、基本的な十善戒(詳しくにはご検索下さいませ)をできるだけ守ることと併せて、何か善徳、利他・慈悲の行い(簡単な親切や手助け、ボランティアなどでも良いです)をすることが大切になるのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/users/16

問い「お葬式と宗派について」

問い「お葬式と宗派について」
http://hasunoha.jp/questions/943

【ご質問内容】

外国育ちでよく理解できていないのですが(変な質問ですみません)、祖父母はすでにおらず宗派などもわからず(お墓も不明)、両親も檀家などではないのでお世話になっているお寺もないのですが(あえていえば考え方としてこころにとめている宗派はあるのですが直接信者などというわけではない)、こういう場合、お葬式などでは宗派など聞かれた場合どうしたらよいのでしょうか。キリスト教のように洗礼を受けたりというのもないようですし、たとえば、天台宗の思想がとても自分の考えにちかいからそこでお願いしたい、などそういうことをしてもよいものなのでしょうか。またある宗派の信者になるということは仏教ではどういうことなのでしょうか?(海外の宗教とは違うのでよくわからず、くだらない質問で本当にすみません)

【拙回答】

しっかりと納得して関わっていくという自覚と責任が大切

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

基本的には、既に大鐵様もおっしゃられているように「信教の自由」がございますので、宗教、宗旨宗派の選択も各個人の自由が尊重されるべきことでございますが、何でもかんでも自由気ままにということではなくて、宗教、宗旨宗派に対して、しっかりと納得して関わっていくという自覚と責任が大切になるのではないかと存じております。

特に仏教の場合は、実践思想哲学的な側面が強くございます。決して盲目的・盲信的な信仰であってはいけないかと存じております。数々の釈尊の善巧方便の教えをしっかりと学び修していくためにも、まずは仏教全体の概要の教え、基本的な法理、各宗旨宗派の基本的教義などを概観することから始められて、その中から、少しずつお決めになられていかれると良いのではないと存じております。また、その中でやはり別の教義も学んでみたいとなりましたら、それはそれで全く構わないのではないかと存じます。

拙生自身もいまだテーラワーダ(初期・根本仏教)からチベット密教まで幅広く学びを進めさせて頂いている途上でございます。

さて、以下は補足となりますが、お葬式と宗派につきましては、下記の拙論の中におきまして少し各宗派の葬儀の要諦について私なりに簡単にまとめさせて頂いておりますので是非ご参照頂けましたらと存じます。

「お葬式について」 平成26年8月・お盆配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

また、これまでの下記各拙回答も少しく参考となるのではないかと存じます。

問い「お葬式・改宗について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1006716402.html

問い「お坊さんを変更できますか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1006677441.html

誠にご仏縁、ご法縁もご縁なるものかとも存じます。どうかマイカ様に御仏の善きお導きのあることを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「お葬式・改宗について」

問い「お葬式・改宗について」
http://hasunoha.jp/questions/649

【ご質問内容】

父は次男で最近は、親戚とも疎遠になっってきています。私もバツイチで子供もいないので将来のことも考え永代供養納骨堂を契約しました。

永代供養は宗旨・宗派を問わないとの事ですが、供養に関しての読経は真言宗とのことです。私の父の実家(本家)臨済宗です。こう言う場合、お葬式は臨済宗・真言宗どちたにするべきでしょうか?

永代供養のお寺(高徳院)にお聞きしたところ、改宗しても問題ないとのことですし改宗した方が良いのでしょうか

【拙回答】

お葬式について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お葬式に関しましては、下記のご質問にもお答えをさせて頂きました。

問い「お坊さんを変更できますか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1006677441.html

同じこととなりますが、「信教の自由」がございますので、どうなさられるのかは基本的に個々人の自由に委ねられるところでございます。このことにつきましては、下記拙回答も少しくご参照下さいませ。

問い「祖母のお骨についてアドバイスお願いします。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002880885.html

ただ、問題は、下記にても少しそれぞれの宗派におけるお葬式の要諦について簡単に触れさせて頂いておりますが、真言宗では、密教灌頂による三密加持にての即身成仏を目指す、臨済宗では本来の自己たる仏性に覚醒させての成仏を目指すということで、両者の成仏論には大きな違いがございます。※但し、拙生の個人的見解と致しましては、「葬式即成仏」論について慎重派の立場でございます。

「お葬式について」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

「・・昨今の葬式仏教批判、あるいは、葬式簡略化、葬式・戒名無用論というのは、葬儀を執行する導師たるべき僧侶に対する信頼低下という面も少なからず影響があるかとは存じますが、それよりも僧侶も含めて、仏教徒であるものの、葬式・葬儀を行う本来的意義について真剣に問わない、考えない姿勢こそが根本的な問題ではないかと存じております。どうかこれを機会に、なぜ、お葬式をしなければならないのかについて改めて考えて頂く一つのきっかけとなりましたら幸いに存じております。・・」

もちろん、全般的な両者の教義についてもう少ししっかりとご自身にて実際に鑑みられた上にて、信心・帰依なさられる(なさられてみたい)方における宗旨について、これから主に学び修されていかれると良いのではないかとは存じます。それよりも他宗派の方が良いとなりましたらそれでも構わないのではないかとは存じます。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「お坊さんを変更できますか?」

問い「お坊さんを変更できますか?」
http://hasunoha.jp/questions/635

【ご質問内容】

私の父親が3年前に他界し葬儀を行う時に宗派が解らなくて母親が うる覚えの宗派(浄土宗)で近いところを葬儀会館に紹介されました。今まで主人の親の方での お寺さんとか従兄弟の お寺さんとか とても良い感じの方ばかりを存じてます。今回紹介されたお寺さんは ご自身の自慢話しやお寺が大きく成った自慢話しなど 優しさが感じられません。宗派は浄土宗なんですが そのかた 西山浄土宗のようです。私の主人は浄土真宗です。父親が無くなり母親だけになり 母親は今の西山浄土宗の方には葬儀をして欲しく無いと思います。去年のお盆の時に私達も仕事が休みではなく 母親だけが居ましたら・・あんた一人だけか 娘さん達はどうした?とブツブツ言われ 5分もお経をあげないで お茶も要らないと 早々にお布施だけ持って帰ったそうです。これを母親から聞いて憤慨しました。私達は金持ちでもないし庶民です。働かないと食べていけません。母親も年金生活 そんな一人暮らしの母親に対しての対応に疑問を持ちました。変更できますでしょうか?また変更する場合 名古屋市緑区ですが どちらか紹介して頂けませんか?ぶしつけなお願いですみません。よろしくお願いします

【拙回答】

仏事・法事の本来的意義を問い直す必要性について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お葬式、その後のご供養のあり方について色々と考えさせられるところでございます。

今の時代、お寺、お坊さんとお付き合いしていくのも色々な面にて大変なところがあるのも確かでございます。もちろん、信教の自由もございますので、付き合いをどうされるのかも基本的には個々人の自由に委ねられるところでございます。以前に、下記問いにて『「信教の自由」と「檀家制度」』として回答をさせて頂いております。

問い「祖母のお骨についてアドバイスお願いします。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002880885.html

また、仏教(三宝)に帰依して、仏教徒として生死大安心を与り頂こうとするのであれば、やはり、それぞれがお寺、お坊さんとの付き合いについて、今一度見直しを進める上でも、仏事・法事に関する意義についても改めて考える必要があるのではないかと存じております。

例えばどうして葬儀をしなければならないのか、法事はなぜ必要であるのかなど、あまり深く考えることなしにただ鵜呑みにして形式的なことだけを受け入れてしまっていることほど、実は愚かなことはありません。その中身、内容を理解して、それを常日頃の生活における行いへと活かしてこそ、本当の意味で仏教は役立つものとなります。

例えば、葬儀に関することについては最近に拙考を改めてまとめさせて頂きましたので、是非この機会に少しくご参照を頂けましたら幸いに存じております。

「お葬式について」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

「・・昨今の葬式仏教批判、あるいは、葬式簡略化、葬式・戒名無用論というのは、葬儀を執行する導師たるべき僧侶に対する信頼低下という面も少なからず影響があるかとは存じますが、それよりも僧侶も含めて、仏教徒であるものの、葬式・葬儀を行う本来的意義について真剣に問わない、考えない姿勢こそが根本的な問題ではないかと存じております。どうかこれを機会に、なぜ、お葬式をしなければならないのかについて改めて考えて頂く一つのきっかけとなりましたら幸いに存じております。・・」

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

補記・・

平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料

「お葬式について」 岩瀧山往生院六萬寺 副住職 川口英俊

http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

はじめに・・

ここ十数年の間に、日本の葬式事情の多様化が急速に進む一方、本来の葬式・葬儀の意義について鑑みることが薄れつつある中で、「葬式仏教」との批判と共 に、葬式・戒名無用論もある現状下において、仏教徒であるのであれば、今一度、なぜ葬式・葬儀を行わなければならないのかということをしっかりと考えるこ とが必要な時期に差し掛かっているのではないかと存じております。

この度は、お葬式に関しての拙考を改めてまとめさせて頂くことと致しましたので、少しくでもご参照にして下さいませ。また、内容に関しまして、忌憚なくにご叱正、ご批正の程も賜われましたら有り難くに存じます。どうか宜しくお願い申し上げます。


当寺のお葬式の方針について

当寺では、長年、お葬式・葬儀における導師のお受けを積極的には行っておりません。理由としては、当寺では檀信徒制度を緩やかなものとしており、ご縁を頂 いてる皆様に当寺から強制的な寄付や護持会費の徴収をしないために、あるいはご無理なご負担をお掛けしないようにするためにということと、墓苑においてご 縁を頂いている皆様に関する法務・寺務、墓苑管理などを優先させて頂いているためにということでございます。

もちろん、葬式・葬儀のお受けを全くしないということではなくて、当寺とご縁があって、どうしても(菩提寺等が無く、あても無いなど)という特別な事情に おいて、当寺をご指名頂きました際に、葬送に関する留意事項について色々と事前にご確認、ご納得をして頂きまして、当寺の優先すべき寺務・法務の都合等も 鑑みさせて頂いて、お受けできるかどうかを最終的に判断させて頂くこととなります。当寺の事情にてお受けできない場合があることにつきましても、どうか事 前に十分ご了承を頂きたいと存じております。


私のお葬式についての基本的な考え方について

さて、各宗派においても葬儀の意義がそれぞれに異なっていることもありますが、おおよそ、授戒式(正式な仏弟子・僧侶となるための儀式)と引導式(成仏へ と向けて、あるいは浄土・仏国土へと導くための儀式)の二つを主要な要素としていると捉えることができます。(但し、浄土真宗の場合は、授戒・引導という 形式は用いません。)

いずれにしても、仏教の目的である悟り・涅槃を目指して頂くために(あるいは浄土真宗の場合は浄土へと往生したことへの報謝のために)行われる大切な儀式 であり、導師はもちろんながら、喪主・遺族・会葬者の皆様におかれましても、真摯に、厳粛に扱って執り行って頂くことが求められるものとなります。

以下に、これまでの拙生自身におけるお葬式に関しての考え方のまとめを簡単ながらにも挙げさせて頂きます。

・お葬式・葬儀は、仏縁(仏様とのご縁)・法縁(仏法とのご縁)を結ぶための一つの大切で重要な機会であると捉えております。

・宗旨宗派によってお葬式・葬儀の法式・作法・儀礼などが異なっているのは、それぞれにおける仏縁・法縁を結ぶための方法・手段の相違であって、読誦され るお経などの相違も、それぞれが依拠する仏典の相違によるものと考えており、(やがて悟りへと至るための)仏縁・法縁を結ぶためという基本的な目的につい ては、あまり大差なく変わらないものであるかと存じております。

・生死や肉体の有無に拘らず、確かなる仏縁・法縁を結ぶことを基として、各々の心の連続体(心相続)に、菩提心と慈悲心を滋養させていくことにより、悪行 を成さずに、善行に精進して、功徳を積むことが求められるものであるかと考えております。お葬式・葬儀もあくまでそのための仏縁、法縁の一つの大切な機会 として捉えさせて頂いております。

・むしろ、できれば今の生きているうち、今生にも、できる限りにおいて仏縁、法縁を結ぶ機会を何度も何度もあずかり頂いて、菩提心と慈悲心を繰り返し繰り返し修習させ続けていくことが望ましいものであるかと考えております。

・尚、更に望ましいのは、確かなる仏縁、法縁を結ぶことを通じて、智慧(空性の了解)と福徳(善徳・慈悲・利他行)の二資糧を円満に積むことに精進努力し て励みて、特に悟りの妨げとなっている煩悩障と所知障を断滅させていけるように調えていくことが必要であるかと存じております。

・お葬式・葬儀における導師の役割には、確かなる仏縁・法縁を結ばせることができるだけの力量、器量、資格、責任が問われることになるため、慎重にその役 割が担えるに足るのかどうか、適切であるのかどうかが判断されなければならないものであるかと存じております。また、仏典はもとより、諸師方、喪主様、ご 遺族、会葬者の皆様方、あるいは必要となれば第三者からも常に厳しく評価検証されていくべきものであると考えています。

・よくあるご批判として、「まともに戒律も守れていない者(特に妻帯や様々な俗人的な行いの数々など)が、戒師や導師を務めるのはいかがなものか」とのご指摘は至極その通りであり、常に猛省致すところが大でございます。

・お葬式・葬儀に限らずに、常日頃における仏事、法事など仏法を扱わせて頂くことについても、真にその扱わせて頂くべき力量、器量、資格があるのかどうかが厳しく問われるべきことであるかと存じております。

・以上のようなことを鑑みさせて頂いて、まだまだのこの浅学菲才の未熟者と致しましては、常に反省と自戒を致すことが多々であり、しっかりと己自身の菩提 心、慈悲心の滋養へと向けての修習と研鑽を致しつつ、智慧と福徳の二資糧を積むことに精進努力して取り組んでいかなければならないと考えております。その ため、なかなか積極的にはお葬式・葬儀をお受けさせて頂けるような立場には全く至っておりませんことにつきましては、誠に申し訳なくにも存じております が、もしも、ご指名がございまして、導師のお勤めさせて頂くこととなりましたら、真摯に、真剣に精一杯取り組ませて頂きたいと存じております。どうかご理 解とご容赦を賜われましたら有り難くに存じております。何卒にも宜しくお願い申し上げます。


各宗派における葬儀の要諦について

天台宗・・顕教・密教の併用形式。儀礼・・法華懺法(ほっけせんぽう)(法華経を読誦し、無明・煩悩・悪業を滅するための法)と例時作法(阿弥陀経を読誦 し、極楽浄土への往生のための法)と光明供(光明真言を読誦し、浄土への引導・成仏のための法)。印契、密教法具も用いられる。授戒では円頓戒(大乗菩薩 戒)が授けられる。

真言宗・・密教。儀礼・・灌頂形式。理趣経・真言・陀羅尼等が読誦され、印契、密教法具が用いられる。三密加持(御仏の身・口・意の行いと私たちの身・ 口・意の行いの一体化を図る)による速やかなる即身成仏・仏位を目指すための儀式。弥勒菩薩の兜率天(とそつてん)、あるいは大日如来の密厳浄土への引導 を行う。

浄土宗・・阿弥陀如来の極楽浄土へと向けた往生式。儀礼・・序分(諸仏をお迎えする儀式)・正宗分(引導式)・流通分(諸仏・故人を見送る儀式)の三部構成。主には阿弥陀経・無量寿経・念仏が読誦される。

浄土真宗・・阿弥陀如来への仏徳讃嘆・仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)の儀式。授戒・引導を扱わない。故人は臨終後即座に極楽浄土へと往生したもの(即得往 生・往生即成仏)とみなされるため、故人へと向けた供養・回向は扱わず、あくまでも阿弥陀如来を対象とした儀礼となる。正信偈・念仏・和讃が読誦される。 持戒すべき戒律を扱わないため、授戒式は無い。そのため、仏弟子としての帰依者に与えられる名前も「戒名」とは言わずに「法名」と称される。

曹洞宗・臨済宗・・もともと禅宗における修行途中に亡くなった僧侶への葬儀法が、在家葬送のためにも援用され、「没後作僧」(もつごさそう)として各宗派 の葬儀法へも影響を与えていくことになった。没後作僧とは、死後に授戒し、正式な仏弟子(僧侶)とならせて、仏の助けを得て、成仏させるという考え方。授 戒においては、仏法継承・正伝の流れとしての「血脈」(けちみゃく)を扱います。どちらも本来の自己(仏性)への覚醒による成仏を目指します(見性成 仏)。また、授戒と共に仏位同等としての成仏を扱います。成仏へ向けた引導においては、引導法語にて一語一語重要な意味内容が表されます。大悲心陀羅尼・ 観音経・修証義(曹洞宗の場合)・舎利礼文などが読誦されます。

日蓮宗・・久遠実成釈迦如来の霊山(りょうぜん)浄土への往詣(おうけい)のための儀式。法華経・題目などが読誦される。日蓮宗では、法華経に帰依信心す ること、そのことが持戒そのもの(妙戒)であると考えられているため、授戒式は無く、そのため、仏弟子としての帰依者に与えられる名前も「戒名」とは言わ ずに「法号」と称されている。


「葬式即成仏」への疑念について

正直に、拙生がお葬式の導師を積極的にはお受けを致したくはない理由が、実はもう一つございます。それは、「葬式即成仏」に対して十分な責任が持てないと いうことでございます・・自らが導師足るべき資格云々ももちろんございますが、本当にこれで故人が浄土へと赴けたのか、成仏できたのかということについ て、明らかな確信が持てない、確かに証明・論証することができないからであります。もとより、拙生自身、まだまだ悟り・涅槃・成仏には程遠い凡夫なる存在 であり、到底分からないこともあって、それを仏典には一応こう書かれているから、先師がそのように解釈して述べられているから、昔からそのような慣習とし てあるから、などでは全く納得できないところもあり、もしも「葬式即成仏」であるならば、生前においても同様にその儀礼を執行することで成仏が可能になる はずでございます。しかし、残念ながら正直そのようなことはあり得ないのも事実です。生きている間は無理だけれど、死んでからならば可能になるいうのもや はり疑念甚だしい限りとなります・・

また、「葬式即成仏」であるならば、例え今世において、どんな悪い罪を犯そうが、心が汚れてしまっていようが、無明・煩悩・悪業の多寡にも関係なく「成 仏」できることにもなりかねず、それでは、極論として、形式だけでもただ葬式さえすれば良いことにもなり、仏教の基本としてある、心を浄らかにして、悪い 行いを慎み、善い行いに努め励むということや三宝への帰依、様々な教義についての学びや仏道修行も否定されてしまい、やがて仏教不要論へと繋がることにも なりかねないと存じております。

まだ、「葬式即成仏」ではなくて、「葬式は、これからの本格的な仏道修行へと入るための正式な仏弟子となる儀式、仏縁・法縁をあずかり頂いて仏道修行を本 格的に進めていくための儀式」と捉える方が拙生的には納得のできるものであり、そのように考えている次第でございます。どうかこの点もご理解の程を宜しく お願い申し上げます。

昨今の葬式仏教批判、あるいは、葬式簡略化、葬式・戒名無用論というのは、葬儀を執行する導師たるべき僧侶に対する信頼低下という面も少なからず影響があ るかとは存じますが、それよりも僧侶も含めて、仏教徒であるものの、葬式・葬儀を行う本来的意義について真剣に問わない、考えない姿勢こそが根本的な問題 ではないかと存じております。どうかこれを機会に、なぜ、お葬式をしなければならないのかについて改めて考えて頂く一つのきっかけとなりましたら幸いに存 じております。最後に、やがて一切衆生が悉く仏道を成就して、悟り・涅槃へと到れることを心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌九拜

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岩瀧山 往生院六萬寺
http://oujyouin.com/

往生院六萬寺 お葬式・葬儀のお申し込みについて
http://blog.livedoor.jp/oujyouin_blog/archives/7820109.html

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「お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/644562be202e5ab9e6208d8f6b7d6b96

問い「法事の際に受けた説法が引っ掛かっています」

問い「法事の際に受けた説法が引っ掛かっています」
http://hasunoha.jp/questions/583

【ご質問内容】

先日、年忌法要の為に帰省したのですが、そこで受けた説法が今も引っ掛かっています。
その説法とは『身内葬で済ますのは不幸なこと』『親族の傲慢』といった内容で、
(忘れようとしているのか)細部まで記憶していませんが、とある事情から恥ずかしながら非常に怒りを覚えました。

その事情とは、年忌の前日に別の親族が亡くなり、事情から親族だけの葬儀にしていたからです。
つまり、その説法と亡くなられた親族が被ってしまい、
『なんて身勝手なことを言うのだろうか』という怒りがあったのだと愚考します。

ただ、親族の代表として向かった手前、怒りを堪えたものの、未だにお坊さんが唱えられた話が引っ掛かっています。

身内だけの葬儀は悪いことでしょうか?確かに親族や友人、知人を呼んで大きく葬式を行うのが一般的でしょう。とはいえ、それが絶対かというと腑に落ちません。

また、説法を行ったお坊さんとは今後も顔を合わせることになるでしょう。
その時にどう顔を合わせたものかと思うと、辛いものを感じます。
(今は説法に対する怒りの感情というより、疑問が凝り固まっているような状態です。)

不躾な文ではありますが、ご教示願えればと存じます。

余談ですが、出来れば浄土真宗本願寺派のお坊さんのアドバイスを頂ければ幸いです。
もちろん他宗の方のお話もお聞きしたいです。

【拙回答】

浄土真宗さんの場合における葬儀の意義

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度の説法の内容に対しての憤り・・誠に最もなることであるかと存じます。

ただ、浄土真宗さんの場合における葬儀の意義と致しましては、供養というよりも、亡くなられた方とご縁の深くあったご遺族、参列者の皆様と共に仏恩に報謝するという側面が強くあるため、阿弥陀如来様や親鸞聖人の教えとの有り難いご縁(仏縁・法縁)をできるだけ大勢の皆様と共に分かち合い深めたいという想いがどこか説明不足にもこの度の説法にて現れてしまわれたのではないかと推察致す次第でもございます。

とは言え、昨今の世情や事情等も鑑みて、もう少し配慮を持ってその意義についてのお話をなさられると見通し未設定様もご納得するところがあったのではないかとは存じております。

以前には、家族葬に関しまして、逆に最後のお別れができなかったことへのご質問もございました。

問い「家族葬について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002953906.html

「・・ご葬儀の形態については、もちろん、費用・時間・煩雑さ等、現実的な葬送に係る問題も色々と控えてはございますが、できるだけ、故人、遺族はもちろん、縁故者・参列者たちにおいても納得・満足の頂けるような形にて調えて参りたいものでございます。・・」

また、拙生のお葬式に関しましての見解につきましては、下記の各問い、拙論の内容もご参照頂けましたらと存じます。

問い「お葬式」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1004470067.html

問い「御葬式について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002959881.html

お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/644562be202e5ab9e6208d8f6b7d6b96

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

「お葬式」

「お葬式」
http://hasunoha.jp/questions/548

【ご質問内容】

私は地方から上京し特にお付き合いのある寺院はありませんので自分の葬式をしたいと思えません。

死体は検体にできないかと考えているところです。

葬儀をしないと教義的に問題がある宗派はありますか?

たとえば極楽浄土に行けない。

良い世界に生まれ変われない。

地獄に落ちるなど。

お葬式をやる意味を教義的に知りたいです。

よろしくお願いします<(_ _)>

【拙回答】

お葬式・葬儀に対する拙個人的見解から・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

これまでにもお葬式に関することにつきましては、下記の各問いにもお答えをさせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_323682.html

その中にて、「お葬式をやる意味」とは何かを考えましたら、仏縁・法縁に与(あずか)れる大切な機会の一つとして考えるべきであると述べさせて頂いております。

実は、関連することについて、丁度、先日に下記の拙論をアップさせて頂いたばかりですので、そちらから幾つかの拙見解を抜粋させて頂いておきますので、是非ご参照下さいませ。宜しくお願い致します。

お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/644562be202e5ab9e6208d8f6b7d6b96

・お葬式・葬儀は、仏縁(仏様とのご縁)・法縁(仏法とのご縁)を結ぶための一つの大切で重要な機会であると捉えております。

・宗旨宗派によってお葬式・葬儀の法式・作法・儀礼などが異なっているのは、それぞれにおける仏縁・法縁を結ぶための方法・手段の相違であって、諷誦されるお経などの相違も、それぞれが依拠する仏典の相違によるものと考えており、(やがて悟りへと至るための)仏縁・法縁を結ぶためという基本的な目的については、あまり大差なく変わらないものであるかと存じております。

・生死や肉体の有無に拘らず、確かなる仏縁・法縁を結ぶことを基として、各々の心の連続体、心相続に、菩提心と慈悲心を滋養させていくことにより、悪行を成さずに、善行に精進して、功徳を積むことが求められるものであるかと考えております。お葬式・葬儀もあくまでそのための仏縁、法縁の一つの機会として捉えさせて頂いております。

・むしろ、できれば今の生きているうち、今生にも、できる限りにおいて仏縁、法縁を結ぶ機会を何度も何度もあずかり頂いて、菩提心と慈悲心を繰り返し、繰り返し修習させ続けていくことが望ましいものであると考えております。

・・

最後に補足となりますが、献体という行いは、布施としての一つの善行であり、功徳になることではないかと存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「御葬式について」

問い「御葬式について」
http://hasunoha.jp/questions/253

【ご質問の内容】

姉の旦那様のお母様が亡くなりました。
急の訃報だったと母から連絡があり、兄弟の私と兄夫婦は、
御葬式のみ参列して貰えれば良いとの事でした。

直ぐに姉と御主人に連絡を入れ、
お悔やみをお伝えし、早々に失礼しました後、
御葬式に行くにあたり、
再度母に今度はメールで連絡を入れたのですが、
故人の宗派と、喪主、故人の名前を聞いた所、
「何するの?
宗派は分からない、、、
名前も漢字が難しい、、、」
と不審がられてしまいました。

以前にもこちらのサイトにご相談をさせて頂く機会がありましたが、
私は少しお寺に行く機会が多いので、
宗派によって葬儀のマナーや、持ち物などが違うと言う、
少しだけの知識ですが、そういった事もありますので、
母が、故人の宗派を聞いている物と思い伺ったのですけれども、
予想外に引かれてしまったので、私は驚いてしまいました。

母には、
故人の宗派が特にない場合はそれでいいけど、
あるようだったら、聞いておいた方がいいよ。
豆知識程度に読んで貰えれば幸いです。
と、返信をしておきました。
返事が来ない所を考えますと、さらに不審がられてしまったかもしれませんが、
仕方ありませんね(⌒-⌒; )
普通はそのような反応をする物でしょうね。

御葬式に行くにあたりお教え頂きたい事があります。
子供の頃に出て依頼ですので、
御香典の書き方や、数珠、葬儀時のマナーについて、
お教え頂けますでしょうか。

故人の宗派はこれ以上は聞かない方が良いかもしれませんし、
教えて貰えなかもしれません。
現状、催事場での家族、近い親族葬のようです。
行った時に、どの状況でも大丈夫のようなマナーや、
持ち物などがありましたら、宜しくお願い致します。

又、会社に親族関係で不幸があった際は、
伝える事になっておりますが、
ご確認でお伺いしたいのですが、
姉の旦那様のお母様は3親等でしょうか。
(私の会社からの弔電はいらないよと、
断られたら報告は控えようと思います。)

ご質問は以上です。
長いご質問で申し訳ございません。

サイトを検索すればわかる事だとは思いますが、
皆様からのお伺いが、より安心致しますので、
どうぞ宜しく御願い申し上げます。

【拙回答】

※追記・補足 御礼拝見致しました。

御礼拝見致しました。

色々な事情が考えられますが、自由葬、直葬、無宗教葬・・と現在では、葬送の方法も色々と選択する余地があり、仏教への帰依・信仰心の希薄化も相まって、今後もそのような形式が増えていくことが予想されております。

ただ、この度は、ご葬儀式だけは仏式にてお勤めになられたということにて、宗派は分かりませんが、「ご仏縁」・「ご法縁」はひとまず途切れずに少しくでも保つことができたのではないかとは存じております。

よく拙生がお通夜式の法話の際にお話しするのは、仏道を歩む故人を、受験生に、先生を如来・菩薩に、合格を悟りを得ることとして、例えてお話を致します。

ご葬儀式、つまり、授戒・得度・引導式は、あくまでも合格(悟り)へ向けた準備の一つの段階であり、実際に合格する(悟る)ためには、先生(如来・菩薩)から色々と教えを頂いて、それを基に予習・復習・応用などを繰り返して、実践(入試)に役立てるように(仏道における聞・思・修、戒・定・慧に)精進努力する必要があります。もちろん、合格(悟り)は本人の精進努力次第が大ですが、合格のためには応援してくれる様々な支えも当然に無視はできません。その応援、支えというものが、仏道の場合、追善供養・功徳回向というものであり、受験生を応援し、励まし、支えてくれる先生、両親や友人たち周囲の色々な力と同じようなもので、故人が無事に悟りを得れますようにと、私たちがご仏縁・ご法縁を大切にする中において、故人へと向けた応援、励まし、支えとして勤めていくことが望まれるものであるかと存じております。

是非、aluseus様にも故人様が無事に仏道を成就できますようにとして、これからもどうぞご供養を続けて頂けましたらと存じております。

川口英俊 合掌

・・

会葬者の知識
http://manner.sougi-support.net/chishiki-kaisousha/index.html

親等表
http://jp.happy.nu/gengou/kakei.html
http://www.world-kenpo.com/procedure/todoke_shinsei/3shintozu.html

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「家族葬について」

問い「家族葬について」
http://hasunoha.jp/questions/239

【ご質問内容】

幼なじみの父親が亡くなりました。
小さい時からかわいがってくれたおいちゃんです。
葬式の日程を聞くと
家族葬だから遠慮して欲しいと返答。
おいちゃんの仕事、友人関係も断るとのこと。
最後にお別れがしたかったのですが
別の意味で涙が出ました・・・
最近、こういうの多いんですか?

【拙回答】

仏縁・法縁と追善供養・功徳回向について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

家族葬は確かに増えているのではないかとは存じます。かく言う拙生はお葬儀のお勤めは拙寺の方針上ほとんどございませんので実情は分かりかねますが、葬儀社さんからの情報ではかなり多くなってきていると聞き及びます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/家族葬

家族葬については、上記ウィキペディアのページにて概要、メリット、デメリットもある程度詳しくまとめられているのではないかと存じます。

大規模であろうと小規模であろうと、ご葬儀は、故人への授戒・引導を扱う(授戒・引導を扱わない宗派もあります)大切な仏縁の儀式であると共に、縁故者・参列者の皆様には、故人の生前の遺徳を偲び、哀悼の意を表して御供養を致すための儀式でもあり、また、「仏縁」、中田様のおっしゃられている「法縁」にも与(あずか)れる大切な儀式であるかとも存じております。

特に、仏縁・法縁に与ることによって、私たちにおいても今の人生のありようを改めて顧みる機会、後生のことをしっかりと考える機会として、仏教に則った生き方を調えていくための一つの機縁に致したいところとなります。

ご葬儀の形態については、もちろん、費用・時間・煩雑さ等、現実的な葬送に係る問題も色々と控えてはございますが、できるだけ、故人、遺族はもちろん、縁故者・参列者たちにおいても納得・満足の頂けるような形にて調えて参りたいものでございます。

とは言え、何よりも、故人が、輪廻の迷苦を離れて、しっかりと仏道を修していくことができますようにとして、遺族・縁故者におきましては、ほんの少しでもその力となれますようにとして、追善供養・功徳回向に勤めて参りたいところとなります。

拙小論「追善供養・功徳回向の考え方について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52108201.html

えーちゃん様におかれましても、ご弔問、お墓参りにおきまして、亡きおいちゃんが無事に仏道を修して、悟り・涅槃へと至れますようにとしての御供養と併せて、亡きおいちゃんへと恩返しとなるような生き方についても少しくお考えを頂けましたら幸いに存じております。

川口英俊 合掌
「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
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