問い「誰かに必要とされたい」
http://hasunoha.jp/questions/493

【ご質問内容】

今日初めてこのサイトに巡り合いました。
私の悩みを聞いていただけませんでしょうか。

私は元より「誰かに必要とされたい」という思いが強くあります。
でも、それを否定・拒否されると、極度の絶望感に襲われ、消えてなくなりたいと思うことが多々あります。

日常のたわいのないことにも、です。
例えば、夫に「今日雨降ってるから駅まで迎えに行くよ」と言って断られた時や、同僚に「今日飲みに行こうよ」と言って断られた時など、どんな些細なことでも、自分からの誘いや提案が断られてしまうと、「断られる」=「自分は必要とされていない」という気持ちになります。
誰かに呼び出されはしないかと、寝る時もスマホを握って寝るほどで、メールやSNSが気になって仕方ありません。

かと言って、いざ必要とされた時、本当にその人に役に立てているのかは分かりません。また、オン・オフ関わらずベッタリ・ベタベタな深い付き合いはしたくない(できない)性格です。

面倒くさい人間です。
俗にいう「かまってちゃん」で、精神的に幼いままなのだと思います。
こんな私の悩みに、救いの一言をご教示くださいませ。

【拙回答】

「必要とされたい」という思いについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「誰かに必要とされたい」という思い、これは、助け合い、支え合い、分かち合いのこの縁起なる依存関係で成り立っている世界で生きていく上で確かに大切な考えではないかと存じております。

また、「必要とされたい」からこそ、私たちは色々と頑張れていることもあるのではないかと存じます。

みんと様は、その思いが人一倍強くおありであるだけに、否定、拒否されればその分、やっぱりどこか寂しくなってしまいますよね。。

とにかく、その思いも相手があって成立するものであるがゆえに、相手に受け入れてもらえるような状態でなければ、やはり難しいものとなってしまいます。そこは独り善がり、自己満足となってしまっていてはいけないことではないだろうかと存じます。少し相手の思いや考え、気持ち、都合なども汲めれるように努力することも必要かもしれませんね。

ただ、『「断られる」=「自分は必要とされていない」という気持ち』は、少し極端ではないのかな・・と危惧致します・・

あと、「誰かに呼び出されはしないかと、寝る時もスマホを握って寝るほどで、メールやSNSが気になって仕方ありません。」・・これはある意味でネット依存症の恐れがあるかもしれません・・もしも、重度の場合には、生活に支障をきたしたり、著しいコミュニケーション能力の低下を招いたり・・と弊害が出てくることも考えられます。必要に応じては、適切な医療機関・心療内科への受診やカウンセリングが必要な場合もありますので、注意がいるのではないかと存じます。

とにかく、「必要とされたい」という思いが強くなっている時には、少し立ち止まって、相手のことを考えれるように、本当に相手にとって必要かどうかを今一度冷静に考えられてみてはどうであろうかと存じております。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16