hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

自己嫌悪について

問い「楽しくない」

問い「楽しくない」

【ご質問内容】

毎日が楽しくありません。

死にたいと思います。

でも死ぬ勇気はありません。

死んだらなぜだめなのかもわかっています。

家族がいて幸せなはずなのに、孤独感を感じることがあります。 
誰からも必要とされていない気がします。

よく考えすぎだとか、気にしすぎだとか言われます。

みんなが私の悪口をいって見下されているような感覚になります。

悲劇のヒロインだと家族から言われたことがありました。

どうして産まれてきたんだろうと、感謝のない言葉がどんどんでてきます。

ダメなのはわかっています。

わかっているのですが、私は悲劇のヒロインになってしまいます。


【拙回答】

自己肯定へと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

少し自己嫌悪、自己否定、自意識過剰に陥られておられるご様子・・

自己肯定感が必要なのかもしれません。

傲慢、高慢などの慢心には注意が必要ですが、自分の肯定・自信、強い心・志へと繋がる思考・訓練も時に必要になります。

その一つとして、勇気のもらえるような人やエピソード、著書などに触れることも。

尊敬する人、憧れの人、なりたいと思う人はいないでしょうかね。。

拙生の場合でしたら、例えば、誠に畏れ多いことでございますが、ダライ・ラマ十四世法王猊下様でございます。

ご興味があり、宜しければにて、「ダライ・ラマ こころの自伝」(春秋社)を一度お読みになられてみて下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「苦しいです」

問い「苦しいです」

【ご質問内容】

周りにこんなことを相談できる相手がいません。 
今日、18の誕生日を迎えました。 
私の家庭は、父と母が離婚しており、私と姉は父、弟は母に引き取られました。離婚自体は私が小学生の頃の話です。周りに離婚した家庭が多かったこともあり、今は特になんとも思っていません。 
父は、子供のような人です。作業療法士で、大学で教えているのですが、家族よりも生徒や自分の趣味が大事なようで、機嫌を損ねると毎回「勝手にすれば?もう面倒見ないから」などといいます。また、最近父宛てに債権回収?などの葉書がきて、怖いです。専門学校に進みたいですが、不安です。 
姉は離婚からずっと家事をしていて、今看護師として社会人1年目です。毎日とても大変そうですが、充実しているようです。一番苦労していると思います。 
父方の祖母は、経済的な面でも私達を支えてくれています。でも、私が苦労せずのうのうと生きているからか、当たり前ですが私よりも姉が好きなようです。 
私自身は、友達もそこそこ居り、姉とも仲が良く、虐待も受けていません。バイト代で本や服も買えるので、恵まれていると自覚しています。 
母ともたまに会っています。優しくて大好きです。弟もかわいいです。姉も好きです。父も嫌いではありません。祖母も苦手ですが好きです。自分のことも嫌いではありません。成績も悪くなく、好きなものもあります。 
しかし、誕生日を迎えてみて、「死にたい」と思ってしまいました。 
これまでも、何度か、そう思って、死に方を調べて、それで満足して、馬鹿みたいなことをしていました。 
でも、父は私の誕生日を覚えていません。姉も父も仕事ですし、1人です。友達も、きっとおめでとうと言ってくれるはずです。それは素直に嬉しいのに、全部どうでもよくなってしまいました。 
精神科に通ったことも、通おうと思ったこともありません。家族や友達の中では誰かが機嫌を損ねないよう明るく盛り上げています。 
自分が誰かに好かれる性格でないことはわかっています。外面はうるさくて調子が良くて、中身は根暗で卑怯者です。 
誰かに一番だと思われたいです。優先されたい、かえりみられたいです。ごちゃごちゃ考えて、面倒くさくなって死にたくなります。 
いっそ誕生日に死ねたらいいのかな?と考えます。これは一時的な感情なのかもしれません。 
支離滅裂で申し訳ありません。何を相談したいか分かりません。苦しいです。


【拙回答】

素敵なご縁、出逢いもまだまだこれから。。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お誕生日おめでとうございます。

お若いですので、色々と多感なことがおありなのではないかと存じます。

あまりご自身を卑下なさられず、自己嫌悪に陥られずに、ご自身をもっと大切にご自愛なさって下さいませ。

どうしても皆、おおよそ自分への評価は低く見積もってしまうものです。変わろうと思ったら、いくらでも変われる方法はありますのに。。それを邪魔しているのは、自分自身による低い自己評価で、自分でハードル・壁を高くして制限を掛けてしまっているところがあります。

人生これからですよ。。

素敵なご縁、出逢いもまだまだこれから。。

あぁ、18歳に戻りたい。。

拙生も若い頃はよく不安や恐怖から死についても考えていました。そして、また、35歳を過ぎたあたりから、誕生日が来るたびに、今度は不安や恐怖ではなく、死は当然にいずれ受け入れるものとして、現実的な死を意識するようになりました。

そして、死を迎えるにあたり、死のことを詳しく知っておきたいとして、仏教において死後のことについて甚深なる瞑想における疑似臨死のことについて、詳しく解説されている文献にも興味を持ち、できるだけ臨むにあたり準備しておくべき仏教的な修習も進めている途上でございます。

まあ、誕生日は、この世に生まれ出でた生の日、生を意識すればするほどに、その逆の死も意識してしまうのは、あながちあり得ないことではありません。生死は表裏一体です。

とにかく、いずれにせよ、死に臨むにあたっては、できるだけのより善き心の変容、滋養が欠かせないものであるというところとなります。仏教的には、智慧と福徳の二資糧の集積が大切になるということになりますが、難しいことは別としても、とにかくいずれその時は否が応でもやってきます。何も焦る必要はありません。それまでは、とにかくやれるだけは努めてやろうという感じでも構わないのではないだろうかと存じます。

できるだけ、善き因縁(原因と条件、動機と行動)を調えていくことで、より善き結果、より善き後生も目指して。。

川口英俊 合掌

問い「どうやって生きていけば」

問い「どうやって生きていけば」

【ご質問内容】

私は言葉がきつくて、たくさんの人を傷つけます。自分はその人のことが大好きなのに、公共の場でうるさくした友人に黙れといってしまっことがありました。私が友達に言ってしまったことはこれだけではないです。

毎日、夜に布団のなかで反省しては自己嫌悪に陥ります。そこで後悔しても、何度もくりかえしてしまいます。

人を傷つけるだけの私は生きている意味がないんじゃないかと思うことが多々あります。 
私はどう生きていけばいいのか教えてください。死ぬのも一つの手だと思っていますので、そのときは受け入れます。


【拙回答】

相手の事を思い遣る心を育てるために

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

怒りに任せて言葉が出てしまうといった感じでしょうかね・・

相手の事を思い遣る心を育てることで、抑制、配慮もできていけるようになるのではないだろうかと存じます。

相手の事を思い遣る心を育てるための一つとして、仏教的には「慈悲の瞑想」がお勧めとなります。

「慈悲の瞑想」につきましては、日本テーラワーダ仏教協会さんの「慈悲の瞑想」が有名ですので、下記にご紹介させて頂いておきます。

「慈悲の冥想 Metta Bhavana」 

「慈経 Metta Suttam/※注意・パーリ語読み自動再生あり」 

一つ参考として実践なされてみて下さいませ。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「心の広い人間になりたいです」

問い「心の広い人間になりたいです」

【ご質問内容】

考えすぎる性格のせいか友人がこそこそ話しているだけで自分のことを言っているのではないかと不安になります。 
また短気な性格でもあるのですぐイラっとしてしまいます。そんな自分が嫌で寛大な心を持たないとと思ったり、自分の器が小さいだけなんだと自分に言い聞かせても黒い感情が心のどこかに残ってしまいスッキリできず1人になると自分が必要なのかと考えたり自分のことがどんどん嫌いになってしまいます。 
感情を上手くコントロールするにはどうしたらいいのかアドバイスをいただきたいです。


【拙回答】

慈悲の滋養

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

心には元々実は、広いも狭いもありません。

ただ、色々な因縁(原因と条件)によって成り立っているものとなります。

良い因縁によれば良いものとなり、悪い因縁によれば悪いものになってしまうという感じでございます。

悪い感情を対治していくためには、善い感情が必要となります。

仏教では善い感情の代表格として、「慈悲の心」がございます。

慈悲は寛容さや許しの心にもつながるものとなります。

是非、慈悲の心を滋養して頂ければと存じます。

慈悲の心を滋養していく一つとして「慈悲の瞑想」がございます。

日本テーラワーダ仏教協会さんの「慈悲の瞑想」や「慈経」が有名ですので、下記にご紹介させて頂いておきます。

「慈悲の冥想 Metta Bhavana」 

「慈経 Metta Suttam/※注意・パーリ語読み自動再生あり」 

「慈悲(四無量心) 」 

川口英俊 合掌

問い「どうしたらいいのでしょうか」

問い「どうしたらいいのでしょうか」

【ご質問内容】

私はもう三十路前にもなる子持ちの母なのですが、未だに、自分の性格とうまく付き合っていけていません。

短気で、精神的にも弱く、ネガティブで、カッとなりやすいです。母からは、まさに子どもと言われます。自分の気の向くまま、ワガママなので。

カッとなったら、外に出さなければ、解消出来ません。その為、子育てする上でも子どもにイライラをぶつけてしまい、叩いてしまったり怒鳴ってしまったりしてしまいます。 
すっきりしたあとは、やってしまった事への後悔から、ずっと落ち込み、母として人として失格だと落ち込みます。 
旦那に相談しても、毎回、同じ事の繰り返しで嫌だと言われます。

私は今まで生きてきて、人生は楽しいと感じたこともなく、自分は生きている価値は無い位やな奴だと思って、ずっと生きてきました。

私もこの性格は変える事は出来るのでしょうか。もっとおおらかで余裕があって優しくて、明るい女性、妻、母になりたかったのですが、理想と現実はこうも違うんですね。

なにより一番は、子どもを叩いてしまうほど、カッとする所をすぐにでも直したいです。

どうすれば変えられるのでしょうか。アドバイスを頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。


【拙回答】

性格も因縁次第

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

性格というものは、実体的にあるものではなく、色々な因縁(原因と条件)によって成り立っているものでございます。つまり、因縁次第で変えれるものとなります。

まず、あまり自分はこんな性格と自分で自分の性格を固定して決めてしまわないことが必要となります。

このことは、生きている価値や意味や理由も同様であり、実体としては無いけれども色々な因縁によってあり得ているものに過ぎないということでございます。

性格について、では、どうすれば、もっと穏やかで、優しく、和やかな自分になれるのか、そのために必要となる因縁を考えて、実行に努力することが大切になります。

もしかすると、余裕が無いことや、ストレス、不満がその一因になっているかもしれませんね。

うまくリフレッシュや気分転換ができることを取り入れてみるのはどうでしょうか。

自分も幸せな気持ちにならないと、人の幸せな気持ち、あるいは、人を幸せにすることも、やはり、分からない、難しいものとなります。

少し自分が幸せな気持ちになれることが足りていないからかもしれません。

どうか少しずつでも自分に余裕を持たせてあげていってみて下さい。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「正しくあろうと思えば思うほど自分がとても悪い人間に思えます」

問い「正しくあろうと思えば思うほど自分がとても悪い人間に思えます」

【ご質問内容】

例えば直に怒ってしまう自分がいます。 
相手に対してこういう思いやりを持つべきなんだ、とか 
物事に気をとられないで平常心に保とう、とか 
こう有るべきだという考えが頭に浮かび、現実は怒ってばかりいる自分にとのギャップに罪悪感と嫌悪感でいっぱいになります。 
また、親切な友人や知人に沢山助けてもらっているのに、誰にも恩返しできていないようで非常に面目ない気持ちでいっぱいです。

考えようによっては、それほどまでに今まで盲目だったのだと思います。目を開けて、心を開いて見てみたら自分の心がカビだらけだった、そのような気分です。 
すごく頑張っているつもりなのですが、一日の終わりには落第点です。 
頑張りすぎなのでしょうか? 
頑張るべきところが間違えているのでしょうか? 
これも精神の成長の過程なのでしょうか? 
教えてください。


【拙回答】

効率よく頑張るために

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「こうあるべき」、「こうしないと」といったことは、ある意味で我執の一つであり、また、独善や偏見である場合もございます。

「こうあるべき」、「こうしないと」となれば、実際にそうならないと、まさにおっしゃられていますように、「瞋恚」という悪い煩悩が出てきてしまうことになります。

とにかく、全てのモノ・コトは、因縁(原因と条件)により成り立っています。

良い結果にしていきたいというのであれば、どう良い因縁を調えていくべきであるのかを考え、因縁を変えようとしていく中で、無理なことは無理ですし、できることがあるならば、できるだけ努力していくということが大切となります。

「頑張る」の語源の一つに「眼張る」がありますが、まさに自分の心に目をつけられたのは、良いことであるのではないかと存じます。

頑張るにしても、がむしゃらに何でもかんでも、ただ根性論で頑張るのではなく、いったい、今の自分は何をしなければならないのか、どうしていかなければならないのか、そこをしっかりと見定めて、効率よく頑張ることが必要となります。

そのためには周りとのバランス関係も大切となります。自分という存在は、自分独りだけでは成り立たず、他に依存していかなければならなことも多々ございます。相互依存のありようについても鑑みつつ、自利利他となるように調えて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

問い「考えたくないのに考えてしまう」

問い「考えたくないのに考えてしまう」

【ご質問内容】

嫌なことがあると、何度も思い出してしまい苦しいです。 
夫や友達に相談すると、あんまり気にしない方がいいよとか、流して今からできることをやろうとアドバイスをしてくれます。 
私も気にしたくないし、流せるようになりたいのですが、それができないから悩んでいます。 
勝手に頭に浮かんできて、なかなか離れてくれないのです。 
私自身は小さな幸せを大切にすることや、悩んでるのは自分だけじゃないと言い聞かせたり、人のためになることが自分のためになると信じています。 
それでも一人の時、思い出したくない事が勝手に頭に浮かびます。 
違うことを考えようとしても、いつの間にかマイナスの力に引っ張られてしまいます。 
もし何か良い心掛けがありましたら、アドバイスいただきたいです。 
よろしくお願いします。


【拙回答】

その嫌なこととは?

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

その嫌なことの具体的な内容はわかりませんが、やはり、自分の中で解決しきれていないため、気になってしまわれているのではないかと存じます。

意識すればするほど離れなくなってしまうのですよね・・

まあ、そこまで気にされておられるならば、別に無理に忘れようとか、流そう、紛らわそうとは思われずに、あえて、その嫌なことの解決に取り組むことの方が、すっきりとするのではないだろうかとは思います。

また宜しければ、hasunohaででも出せる範囲でその嫌なことを具体的に教えて頂ければ、回答にて何か参考になることもあるかもしれませんので、どうぞご検討下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「生き方」

問い「生き方」

【ご質問内容】

自分に自信がないのか・・・よくわからない(自分で、いいところもいっぱいあるのもわかっている気がするのに)のですが・・・ 
他人に過去にいわれた自分の言動(とがめられ責められた部分)を思い出しては、またとがめられ責められるのではないかと疑心暗鬼になり、のびのびできない自分がいます。 
失敗をただして直せばいいという考え方もありますが、そうやってもどこか繕うようなばかりで、打たれ弱くもなり、どう生きるのが正解かよくわかりません。 
跳ね返すだけの強さがあればそれでもいい気がしますが、そうすると自分の性格がきつくなるようで。 
人からの批判に弱いのかもしれません、完璧にしたいのかもしれません。完璧な人なんていないし、完璧でない自分でも受け入れて仲良くしてくれる人はもちろんいます。でも、そうでなかった過去が怖いのです。万人と仲良くやるのは無理だとわかっているのに、怖いのです。 
どうやって生きていけばいいのでしょうか?


【拙回答】

どうして、から、どうすれば、へ

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

過去の失敗に少し萎縮されてしまわれているようですね・・

当たり前のことですが、人間誰にでも失敗は付き物です。

問題は、その失敗を前向きなことにするのか、後ろ向きなことにするのかで、大きく異なることになって参ります。

それは、例えば、失敗について、「どうして」と思うか、「どうすれば」と思うかの違いです。

前者の場合は、自分や他人や環境、運などのせいにして、失敗を失敗としては認めたくないというようなことで、自己嫌悪、怒り・憎しみ・嫉妬などで苦しんでしまうことになります。

後者の場合では、その失敗を反省し、その原因を分析し、では、二度と同じ過ちを繰り返さずに、更にその失敗を活かして、どのように前へと進めるべきであるのかと、前向きに考えることになります。

もしかすると、りりー様は、まだその失敗に「どうして」と、心のどこかで納得できていないこともあるのではないかと存じます。もちろん、納得できているかどうかに拘わらず、現実にその失敗でまだ苦しんでしまっている自分がいるのは事実でございます。

とにかく、今一度、「どうすれば」として、その失敗について、前向きに、これからの自分へと活かしていけるように調えて参りたいものでございます。

まあ、人間、やはり性格や環境、思想・信条なども異なる者同士、合う合わない、色々ございますし、もちろん、全てを完璧にできるような者もおりません。

お互いがお互いで不完全な者同士、弱い者同士であるからこそ、支え合いや助け合い、分かち合い、補い合いが大切となるのでございます。

頼り頼られのお互いのより良いバランス関係を保つことが、この世においてより良く幸せに過ごすために大事なことになります。少しこのことも意識されてみて下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「自己嫌悪」

問い「自己嫌悪」

【ご質問内容】

生きてても意味ないんじゃないかと思います。 
でも、死ぬ勇気もありません。 
今の現状を変えたいのに行動にもうつせません。 
自分が嫌になります。


【拙回答】

モノ・コトのありようについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

とにかく、全てのモノ・コトというものは、他に依存して成り立つことができております。このことを仏教では、「縁って起こっている」として「縁起」と申します。

「縁起」として成り立っているものは、はる様の「いのち」も、「生きる意味」も、「自己嫌悪」もそうです。

その依存しているものが変われば、「いのち」も「生きる意味」も、「自己嫌悪」も変わることにはなります。ですので、永久永遠に変わらない実体的な何かがあるわけではないのであります。

また、自分にとっての好ましいモノ・コトも、好ましくないモノ・コトも、その依存しているモノ・コト次第となります。

その依存しているモノ・コトをより良くに調えてやれば、もちろん、より良くに変えることだってできることになります。

是非、これを機会にもう少し柔軟にモノ・コトを全体で見れるようにしていくことで、見方を変えて、心も、そして行動、結果も、より良くに変えていけるように調えて参りたいものでございます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「自分が生きている必要はあるのでしょうか」

問い「自分が生きている必要はあるのでしょうか」

【ご質問内容】

前回は回答ありがとうございました。 
19才の学生です。

最近、周りの人に嫌われているのではと考えてしまいます。 
自分にだけ冷たいのではないか、自分だけ仲間はずれにされているのではないか、などと考えてしまって嫌です。

人が嫌がるような事はしないように気をつけているつもりです。ですが、人と話す事が得意でない私はいつの間にか相手を不快にしているのかもしれません。

遊ぶ誘いをもらっても、予定が入っていたため断った事があり、また次の機会にとは言ったもののもう二度と誘ってもらえないかもしれないとも思います。

相手の顔色を伺い何も話せなくなる、寝る前や何もしていない時にずっと嫌われているのではないかと考えてしまいます。

雨が続いているせいで憂鬱な気分になっているのか、何をするにも鬱々としてしまいます。 
自己嫌悪ばかりして、いっそ消えてしまいたいとも思います。

自己嫌悪してしまわないようにするにはどうしたらいいのでしょうか、アドバイスお願いします。


【拙回答】

もっと大きな外の世界へ

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

若いときは、どうしても視野狭窄となり、小さな世界、小さな人間関係に囚われてしまって、それが世界の全てであるかのように思ってしまい、本来ならば気にすることでもないであろう小さなこと、くだらないとるに足らないようなことでも、あれこれと悩んでしまうものでございます。

かく言う拙生も若い頃にはそんなことがございました。

もっと大きな外の世界へと出ていくことにより、小さな世界における自分のありようを鑑みることで、色々と善処して参りたいものでございます。

例えば、企業やNPOのインターンシップ、短期での海外留学、ボランティア活動、青年海外協力隊など、何か興味のあることで、大きな世界を覗き見る機会を増やしていくことからでも始めてみましょう。

川口英俊 合掌
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