hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

お金

問い「お金は空  とは…」

問い「お金は空  とは…」

【ご質問内容】

 何気なく立ち読った本屋で帯に<お金は空>と衝撃的?!なタイトルに思わず手に取り拝読しました。昔から金の切れ目は縁の切れ目と離婚や相続などでお金は人を狂わせるのかなぁ、でも生きてくためのツールだし今は分相応?身の丈にあった生活をしてると思っていました。だけれど ふ と親の医療費、子どもの学費と、お金があればもっと余裕を持って(セカンドオピニオンや奨学金に頼らなく)してあげられる事もあるし悩み事も減るんじゃないかと思ってみたり。お金もまた煩悩の一つなのかなと。宝くじは楽しみに購入してます。年末、師走は何かとお金に振り回され生活しています お金は空とは…腑に落ちなく質問となりました。 hasunohaでお金のことを問うのは失礼になるかと思いますが…


【拙回答】

お金も縁起し空である。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「お金は空」と本の帯に書いてあったとのこと・・

本の中身の詳しい内容は分かりませんが、おそらくは、「お金へのとらわれ、執着を捨てるように」という意味合いがあるのかなと想像できます。

お金はもちろん大切です。生きていくために、生活するために、社会活動を営むために必要なものです。

お金というものも、色々な「因縁」(原因や条件)によって、その「価値」・「信用」が与えられているものであり、因縁次第によって、その「価値」・「信用」も変化していくものとなります。

つまり、実体として、変わらない、固定したものではなく、因縁次第で刻々と変動していくものであり、それに対して、あたかも変動しないものであるかのように、価値や信用を与えて、とらわれ、執着を起こすのは、よろしくないことですよ、という内容になるのではないだろうかと存じます。

もちろん、「空」だからといっても、何も無い、虚無というわけではなくて、あくまでも「固定的な、独立自存としての実体が無い」ということであって、実体は無くても、因縁により、お金に価値や信用があって、有効に社会で流通・使用されている以上は、当然に、私たちにおいても、必要で大切なものには変わりありません。

お金も、生きていくために、生活するために、社会活動を営むために、しっかりと有効に活用して参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

問い「価値のあるものとは何でしょうか」

問い「価値のあるものとは何でしょうか」

【ご質問内容】

よろしくお願いします。

「世の中、お金がすべてじゃない」という言葉をよく耳にします。

「しかし、この世の中、いい大学を出て、大きな会社で働いて、お給料をたくさんもらって不自由のない生活をするのが幸せ」 
というような雰囲気を感じています。 
特に自分のように、まともに社会に出たこともない人間にはそのような雰囲気や考え方はとてもつらく、むなしくなります。

その考え方は間違っているとは100%言い返せません。


【拙回答】

ソフトバンクグループのARM買収に思う・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

昨日(2016.7.18)にソフトバンクグループが英半導体大手のARMを3兆3000億円(240億ポンド)で買収するというニュースがありました。

孫正義さんが、「世界一になるものがほしかった」と理由の一つを述べておられたのが印象的でした・・

次期後継者と目されていた副社長への禅譲の撤回と副社長の退任、そして、数々の大型事業売却・・その布石の結果としてのARM買収・・

確かに、便利なIoT社会へ向けてARMの持つ潜在価値は高いものがありますが、巨額買収の目的の一つには、個人的な野望である「世界一」のためでもあるのか・・と少しだけ寂しくなりましたね・・

まあ、IoT社会が進めば、それだけ便利さ、快適さ、豊かさを享受できるようになるかもしれませんが・・それでも、吉武文法様もおっしゃられていますように、人間の悩み苦しみ、四苦八苦から逃れられることができないのにはほとんど変わりはないでしょう。

3兆3000億円あれば・・現に貧困や戦争、災害、疫病、難病などで苦しんでいる人たちをどれだけ救うことができるのだろうか・・と少し思ってしまいましたが、IoT社会となれば、またそれはそれで人々の役にも立ち、救われる人々もあるだろうかとは思います。

お金は必要ですが、大切になるのはやはりその使い方です。

できれば、自分も他人も同じように為になるような使い方をしていきたいものとなります。

要は、ビジネスで言えば、「売り手良し」、「買い手良し」、「世間良し」の三方良しですね。

仏教では、何よりもやはり、真理を説く法が大切となります。お金などではとても換算できないものでございます。また、お金で得れるようなものでもありません。何より己自身の修養が大切となります。

自灯明、法灯明。悟り・涅槃へと向けて、是非、仏教の学びも進めていって頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

問い「借金や支払いが多すぎて死にたい」

問い「借金や支払いが多すぎて死にたい」

【ご質問内容】

私は33歳になっても貯金がなくそれどころか借金や月々の支払いで、常に滞納しており督促の電話ばかりで毎日がつらいです。 
死んだ方が楽なのかと考えています。 
どうしたらお金の呪縛から解放されますか?

【拙回答】

他の助けが必要かもしれません

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

債務の問題につきましては、一度、返済について司法書士や弁護士へと相談なさられてみられるのもどうでしょうか。「多重債務、借金問題でお悩みの方は・・」と良くCMでも聞きます。

もしかしますと、違法な高利貸しになっていることもあり得ますし、計画的な返済、収支のバランスを調えるためにも、第三者を介して、債務整理を目指されるのが良いのではないだろうかと存じます。

それでも、同じように借金を繰り返してしまうようであれば、何らかの依存症的なものになってしまっていることも十分に考えられます。買い物依存症、浪費依存症など。

その場合、心療カウンセリングやメンタルケアが必要になる場合もあるかと存じます。特に、ご自身の努力だけではどうにもならないような場合であれば、やはり、他の助けが必要になるのではないかと存じます。

「死んだ方が楽なのか」・・

死んで楽になる問題ではないと、とりあえずのところはお考え下さいませ。

私たちの死後の赴きを左右するのは、何よりも自分の行い、「業」となります。

業の因縁(原因・条件)次第では、また、この迷い苦しみの世界へと輪廻することになってしまうこともあり得ることになります・・

安楽・安穏なる世界、悟り・涅槃の世界、仏様の世界、浄土の世界など、死後のより善い赴きへ向けても、もちろん、そのための因縁が必要であり、そのより善き赴きへの因縁のために、仏教の修習が必要となります。

お金にまつわる煩悩を対治していくためにも、仏教は大いに役立つと存じます。是非、仏教の学びもこれを機会にお進め頂ければ、少しでもお金の呪縛からも解放されるのではないかと存じます。

もちろん最後には、この輪廻の呪縛からの完全な解脱を目指していくことが大切となります。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「お金への執着を無くしたい」

問い「お金への執着を無くしたい」
http://hasunoha.jp/questions/1124

【ご質問内容】

もともと安月給ですが、特にお金に対して不安はありませんでした。
家にお金を入れたり、携帯や保険などの生活に必要な支払いをしても残金はある。貯金もできてます。
好きな旅行に行ったり、買い物もしていました。

ただ…昨年祖父が亡くなり家のお金事情に深く関わるようになってから不安が芽生えてきました。

あれ?もう給料がない…
これを買ったら残金が少なくなっちゃう…
など、何かとお金を気にして生活するようになってしまったんです。

正直、こんな生活楽しくありません。
心が狭くなったような気がします。
お金に執着しないように生活するには、どうしたらいいのでしょうか?

【拙回答】

お金

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

貨幣経済で成り立っているこの社会においては、お金は良くも悪くも人と密接に関わってくるものとなります。

極端には、お金にまつわるトラブルによって、あるいはお金が無くて命を落とすこともあれば、お金があって命が救われること、トラブルが解決することもあります。

お金自体には善悪はございませんが、それを扱う人の心が常に問題になるのですよね・・その心のありようをどうすべきかが、やはり大切なことになります。

また、よく「足るを知る」ことが必要だとも言われますが、じゃあ、一体、その足るとはどれぐらいだと言われても、人それぞれによって結構難しいものになりますよね・・お金は特に人間の煩悩の三毒の一つである「貪り」にも関係してくるところになりますが、まずはお金の扱いに失敗しないためにも、収支のバランスを調えることと、一定のルールを作って自制を設けることが必要になるのではないかと存じます。

とにかく、お金が使えるのも社会、経済・金融が正常に機能していて、お金を使う人と関われている間だけのことであります。お金は天下の回りもの、できるだけ生きている間に有意義に使っていきたいものでございます。

仏教的にはどう考えるべきかとなりますと、「・・お金の問題は、執着や煩悩の対象となりやすい最たるものであるため、特に気をつけることが必要となります。むしろ、有るならば必要最低限以上のものは、喜捨布施致すことでの善い行いに使って、善業を積むことを推奨することとなります。・・」と以前に述べさせて頂いております。

お金に関することにつきましては、下記の各問いにてもお答えさせて頂いておりますので、またご参照下さいませ。

問い「お金への不安や執着から解放されたい」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1007329735.html

問い「自分より稼いでいる友人との付き合い方が分かりません」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992854.html

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/お金

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「幸せとは」

問い「幸せとは」
http://hasunoha.jp/questions/991

【ご質問内容】

幸せとはなんでしょうか?

食べる物もなく、生活もギリギリになると幸せとは何かを考えてしまいます
たとえ愛する人が側にいたとして、その人を幸せにすることができるのでしょうか?

お金があり、仕事もあり、家族がある人でも死を選ぶ人もいます

このまま同じ生活がいつまで続くのかと考えると恐怖しか感じません

幸せとは、人生においての希望とはなんでしょうか?

信頼、愛、信仰心があったとしてお金が無いと生活はできません
逆にお金があっても人との繋がりが無い人も多くいます。

【拙回答】

究極的な幸せを目指して

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

世間における「幸せ」というものは、大抵の場合、何らかの欲望を満たすことによる「幸せ」と言えるのではないかと存じております。また、それらの幸せは、相対的な比較判断・価値判断にて成り立つものであり、人それぞれにおける個人的な価値観、認識の問題もあり、「これが幸せです」とはなかなか決めれないものでございます。

もちろん、仏教もある意味では「幸せ」を求めるための教えでございますが、その「幸せ」は、私たちの欲望を満たすような世俗的な意味合いでの「幸せ」ではなく、「涅槃・悟りの境地」という「究極的な幸せ」を目指すものであり、世俗的な幸せとは全く次元の異なるものとなります。

「信頼、愛、信仰心があったとしてお金が無いと生活はできません」・・もちろんです。先立つものは当然に大切ですが、要はその使い方を誤らないように日々の行いをより善くに調えていかないといけないということになります。

「幸せ」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いておりますので、是非ご参照下さいませ。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/幸せ

『・・「幸せ」もそうですが、自分一人では生きていけないように、幸せになるためにも自分一人では到底幸せになることもできません。私たちは無数の関係性の中で有り難くにも存在できているのであり、様々な関係性をより善くに構築していくことが大切となります。そのためには、例えば謙虚さや感謝の心を養うのも必要なことになるのではないかと存じております。・・』

「・・この人生での良い報い、良い結果を求めたいのであれば、やはり、そのための因・縁(条件)が必要となります。何もその因・縁を積まずにして、どこかから良い報い、幸せが勝手にやってくるわけはありません。種も発芽するには、水や光や養分やと発芽のための因・縁が必要であり、種だけで水や光や養分などの因・縁無しで発芽という結果が生じるものではありません。幸せという芽を出すためには、それなりの因・縁が必要であり、仏教では、それこそが「善い行い」となる次第でございます。・・」

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「お金への不安や執着から解放されたい」

問い「お金への不安や執着から解放されたい」
http://hasunoha.jp/questions/661

【ご質問内容】

わたしは、特別裕福なわけではありませんが、堅実な両親のもとで、何不自由なく育ちました。
しかしわたしの母は、常に「お金がない」と言い続け、「何よりもお金が大事、お金がなければ何もできない」という母の価値観が、わたしにもすっかり刷り込まれてしまいました。

わたしは今、自分の夢や自己実現や、また社会への貢献のためではなく、お金がなくなることへの不安を解消するためだけに働いている気がします。
時々そんな自分を、とても虚しく感じます。
本当はやりたいことや挑戦したいこともありますし、子どもとしっかり向き合うために、少し働き方をセーブしたいと思うこともあります。
しかし、不安のために今の仕事を離れることができません。

また、夫の仕事や収入に対しても不満や不安を抱きがちです。
毎日元気に一生懸命働いてくれるだけで充分満足で、尊敬できることだと思っている一方で、もっとたくさんお給料があれば……もっと大きくて安定した会社で働いてくれたら……という思いも捨てきれません。
夫のことが大好きなので、そんな風に思ってしまうことが申し訳なくて苦しいです。

もうすぐ子どもが生まれます。
こんな親の背中を見て育った子どもは、同じように不安に駆られて生きるようになるのでは…と心配です。
子どもには夢を持って生きてほしいのに、わたし自身がこんな感じでは、とても「夢を大切に」などという言葉に説得力はありません。

少しでもお金への執着や、不安を軽減させる方法はあるのでしょうか?
もう少し穏やかに、心静かに生きたいです。

【拙回答】

過不足のないバランス感覚が大切

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お子様、誠におめでとうございます。どうか安産を祈念申し上げます。

お金・・欲や希望を言い出すとキリがなくなりますよね・・

夢を見てジャンボ宝くじを買っては全く当たらずで、拙妻に見つかってかなり怒られていても、公共のことに使ってもらう寄付になっているのだからとか言い訳している拙生自身、誠に反省です・・

さて、当然に先立つものがなければ、この貨幣経済社会では何もできないのも現実。ただ、無さ過ぎても、有り過ぎてもいけないもので、誠に過不足のないバランス感覚が大切となります。

お金に対する執着のことにつきましては、以前に下記問いでもお答えさせて頂いており、拙生自身も実践しておりますが、無理でない分を一定継続して慈善的なことに喜捨布施すること(宝くじは別としてですよ(笑))が、一つの対処法になるのではないかと存じております。

不安については、収支のバランスや貯蓄計画をしっかりと中長期的に立てることで解消されると良いのではないかと存じます。

問い「自分より稼いでいる友人との付き合い方が分かりません」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992854.html

「・・お金は確かに大切です。しかし、お金が全てではありません。また、お金と幸せが比例しないことは世間の様々な例が示す如しでもございます。それでも無いよりか有る方がというのも否定はしませんし、とにかく、何をするにしても当然に先立つものがなければ、正直、何もできないのも現実です。・・」

「・・さて、仏教的には収入についてどのように考えるべきか・・もちろん、お金の問題は、執着や煩悩の対象となりやすい最たるものであるため、特に気をつけることが必要となります。むしろ、有るならば必要最低限以上のものは、喜捨布施致すことでの善い行いに使って、善業を積むことを推奨することとなります。・・」

「・・とにかく、収入云々よりも、どれだけ善徳の行いに対して、お金も上手に使っていくことができるかどうかについて、この度は少しお考えを賜われましたら幸いに存じております。・・」

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「彼氏にお金を貸してしまって悩んでいます」

問い「彼氏にお金を貸してしまって悩んでいます」
http://hasunoha.jp/questions/539

【ご質問内容】

14歳年上でバツイチの彼氏から「友人に20万借金がある」と打ち明けられ、頼まれたわけではないのですが、彼に20万円貸してしまいました。
その他にも借金があるとのことだったので、私は「私への返済は最後でいいから、他の借金を終わらせて」と言ってしまいました。

その後彼が持病で一週間入院し、収入減。その時の入院費も私が出しました。

退院したものの、仕事の復帰が上手くいかず退職。
高時給を求めて派遣の仕事で県外へ行ってしまいました。
しかし想像していたよりもお給料が少なく、半年経った今でも貯金は愚か借金返済もわずか。もちろん私への返済はありません。

月に一度のデートは 毎回私が行くことに。
本当に彼に会いたくて行っているのか分からなくなってきました。
私に返済しようとしない事や、本気で貯金しようとする努力が見えず、苛立ちや不信感がつのります。

そんな時、中学時代の級友(男)から連絡がきました。
好意を寄せられている気がして揺れ動いてしまいます。

彼氏は派遣の契約が切れる一ヶ月後に、こっちに戻ってきて就職すると言っています。
でもすぐに就職できるとは限らないし、できたとしても借金返済にはまだまだかかると思い、私は不安でいっぱいです。二人で力を合わせればなんとかやって行けるのかもしれません。
でもお金を貸してる今の状態では、一緒に頑張っていこうという気持ちになれないのです。でも返してもらえるのを待っていたら、いったい何歳になるのかも分かりません。
まわりは皆、結婚して出産しています。
他人と比べるものではないと分かっていても、焦ってしまいます。

経済的にも安心感のある級友の元へいきたいと思う自分がいます。
でもうまくいくとは限りません。

今の彼氏となんとか頑張って一緒になれたら、それが本当の愛だと思う反面、年齢差のことやお金のことで苦労することばかり考えて不安です。

結婚には愛情が必要だと思いますが、お金も大事だと思うのです。
そもそも、わたしは本当に結婚したいのか、お金を返してもらいたいから彼氏と付き合ってるのか、本当は級友のことがずっと好きだったんじゃないか、考えすぎて頭が混乱しています。
私はいったいどうしたいのか…毎日眠れません

【拙回答】

バランス

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「結婚には愛情が必要だと思いますが、お金も大事だと思うのです。」・・誠に切実なお気持ち・・

「愛さえあればお金なんて・・」・「お金がなくても愛さえあれば・・」、という言葉をよく聞くことがありますが、実際に生きていく上では何をするにしても、当然に先立つものがなければ、正直、何もできないのも現実です。

要は何事にもバランス関係を保つことが大切となります。愛だけでもダメですし、お金だけでもダメです。仏教では、極端に一方にとらわれて、こだわって、かたよってしまうことを排することが推奨されます。これを「中道」と申しまして、これまでも下記の問いにて扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/中道

借金や金銭貸借の問題も、要はバランス関係、つまり、収支のバランスを見極めて、貸す方も貸さないといけませんし、借りた方も返さないといけません。

あくまでも少し内容を拝見させて頂いただけでの推測ではございますが、その彼氏には色々とバランス感覚が欠けてしまっているようには思えます。当然、これ以上はお金を貸さないのはもちろんではございますが、貸したお金も額の問題ではないものの、今後の余計なトラブルや身の危険を避ける上でも、半分捨てたものとして諦めらておかれるのが得策なのかもしれません・・

下手に貸し借りでもめると、本当に僅かな額でもとんでもない災難に見舞われてしまうこともあるため、慎重な判断が求められるものになると考えております。

少し先でトラブルとならないためには、第三者も介しての予防線を色々と張っておかれることも必要かもしれません。

とにかく、しっかりと今一度自分の素直な気持ちに正直に向き合ってみるべき機会であるかとは存じております。

「幸せ」につきましては、下記の各問いにて扱わせて頂いておりますので、少しくご参考にして下さいませ。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/幸せ

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「自分より稼いでいる友人との付き合い方が分かりません」

問い「自分より稼いでいる友人との付き合い方が分かりません」
http://hasunoha.jp/questions/425

【ご質問内容】

先日同い年の友人と話していた時に収入のお話になりました。

私よりも友人のほうが収入がよかったです。なんだか悲しかったです。自分もこんなに働いているのにどうして?という気持ちになりました。

こんなことを考える自分も嫌です。その友人とこれからどうやって付き合っていけばいいですか?会う度に私よりも収入がいいんだ、と思いがよぎったり、一緒にでかけても友人にとっては、安い買い物なのかな、、と思ってしまいます。

どうすればいいですか。

【拙回答】

お釈迦様の托鉢

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かにどうしても気になって比べてしまうことの一つとして、「収入」がありますよね。。

「比べる」ことにつきましては、最近の問い「父が亡くなって3ヶ月」( http://hasunoha.jp/questions/404 )にて扱わせて頂いております。

さて、世間では収入の高低が一つの価値の高低の基準としてありますから、それはそれで仕方のないことでございます。

お金は確かに大切です。しかし、お金が全てではありません。また、お金と幸せが比例しないことは世間の様々な例が示す如しでもございます。それでも無いよりか有る方がというのも否定はしませんし、とにかく、何をするにしても当然に先立つものがなければ、正直、何もできないのも現実です。お金は必要です。しかし、お金というものは、あくまでも人の信用という価値によって成立しているもので、時に非常に危うく脆いものであるということも良く理解しておく必要があります。価値が下がる前に有意義に、有効なことに使って参りたいものでございます。

さて、仏教的には収入についてどのように考えるべきか・・もちろん、お金の問題は、執着や煩悩の対象となりやすい最たるものであるため、特に気をつけることが必要となります。むしろ、有るならば必要最低限以上のものは、喜捨布施致すことでの善い行いに使って、善業を積むことを推奨することとなります。そして、またその善業による結果として善い報いがあれば、より一層に善業を積むことにするようにと致せれば尚善きこととなります。

お釈迦様の托鉢のエピソードの一つとして、托鉢に出られる際には、貧しい家々のところを意図的に廻られたと言われています。普通に考えれば、金持ちの家々を廻ることが当たり前だと考えるはずでしょうが、そこには仏教の考える因果応報論、業論の深い洞察が含まれているところで、それは、貧しい者たちが貧しさから逃れられない因果の流れをどうにか喜捨布施という善業を積むことにより、その貧しさから救い出してあげたいという慈悲の想いがおありであったためと言われております。

とにかく、収入云々よりも、どれだけ善徳の行いに対して、お金も上手に使っていくことができるかどうかについて、この度は少しお考えを賜われましたら幸いに存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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