hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

中道

問い「睡眠で質問です」

問い「睡眠で質問です」

【ご質問内容】

私は、マインドフルネスという瞑想を促す指示を携帯から流す様にしたら寝つきがよくなり、睡眠薬から抜け出したのですが、夜中に何度も起きてしまいます。 
そして、つい食べてしまい、体重が増える一方です。

デジタル社会になった昨今、ストレスや、過度のダイエット、残業でPCをよく用いたりも相まって交感神経が優位になり、私みたいな悩みが増えていると思います。

お坊様に伝わるよい眠り方はありませんか? 
できれば、夜遅くなっても寝ながら痩せれたら幸いです。 
何卒宜しくお願い申し上げます。


【拙回答】

サプリ・追記あり

お礼を拝見しまして追記・・

そうですね。。やはり、基本的には、「中道」として、心を落ち着けて、あまり悩んだり気にしたりし過ぎずに、何事も、とらわれず、かたよらず、こだわらずが大切になるのかなーとは思います。。まあ、「何とかなるさ」ぐらいで考えて、何事も平常心で捉えていけるようになると、少しは睡眠も楽になるのではないかなとは思います。

食べ物も「中道」が大切、体調管理、健康維持のためにも、程よい塩梅をということになりますかね。

そういう点では、「中道」がお坊さんに伝わってきている一つの考え方であると言えるのかなと思います。

もっと難しい「中道」の考えもありますが、、それはまたご興味があればにて。。

・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

そうですね。。安眠にしても、ダイエットにしても、適度な運動が最適になりますが、どうしても難しい場合には、サプリに頼るのも一つかもしれませんね。

睡眠のためのサプリは試したことがまだありませんが、グリシン・メラトニン・L-テアニン・ギャバなど、安眠用に配合されたサプリが色々とあるようですから、一度試されてみられても。

ダイエットについては、人間ドック前の一時期間に、少しでも結果を悪くさせないために、夜用の「なかったコトに!」というものを試したことがあります。(ちなみに通常の時でも、防風通聖散系には結構頼っています。。)

まあ、増減あまりなくで、少々夜に何かを食べても現状維持として役立ったような気はしています。もちろん効果の保証はできませんが・・

参考までにて。

川口英俊 合掌

問い「諸行無常について」

問い「諸行無常について」

【ご質問内容】

よく仏教の教えとして「全ては諸行無常であり、変化しない物はない」と言いますが、これについて少し疑問に思う所があります。 
 
たとえば仏教の中道では相対概念の一方に囚われる考えを執着として否定しますが、 「変化する」という概念も「変化しない」の相対概念ですから、 変化しないものを全面的に否定する「全ては変化する」という考えも執着とは言えないでしょうか?

また、これらの言葉を「固定・流動」と置き換えて、龍樹の論理に当て嵌めて解説して頂いても構いませんでしょうか?

【拙回答】

二諦の理解が必要

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「諸行無常」については、世俗諦的な教えであると理解してます。

「全てのモノ・コトは、因縁によりて変化していく」という意味合いとなります。

しかし、本来は因縁(原因と条件)にも実体はなく、「空」なるものであって、どの因も縁も、あるいは果も、固定して言及しようのないものであるため、一応は、言語慣習に依拠して、措定して方便的に述べられている教えであると「諸行無常」も理解するのが妥当であるものだと考えています。

ですから、当然に、「変化する」、「変化しない」、「流動」、「固定」とも、それらが仏教において言われていることも、それぞれ方便的な意味合いで用いられている場合があるため、その概念に対してとらわれて、執着することも、本来はできないもので、また、「諸行無常」のみならず、仏教の教えにおいては、便宜的、方便的な教えに留まらざるを得ないという限界が、どうしても付き回ることにはなってしまいます。

その限界の先を何とかして言葉、論理によって指向しよう、超えていこうとして論究なさられていったのが、龍樹大師をはじめとした中観派の論師たちとなります。

特には、「二諦」(世俗諦と勝義諦)の理解が大切となります。

川口英俊 合掌

問い「お坊さんが思う上手な生き方とは」

問い「お坊さんが思う上手な生き方とは」

【ご質問内容】

私は最近よくお坊さんq&aを見させてもらっています。お坊さんの考え方を聞いて、なるほどなー、勉強になるなー、と、いつも感心させられています。 
私は、お坊さん達の回答を見て、考え方が変わり、今まで抱えていた悩みが減り、生き方が少し変わるようなことがたくさんありました。 
そんなお坊さん達に、これから悩みがすこしでも少なくなる、人はどう生きていくべきなのか、またどのように生きていけばよいのか、お坊さん達が考える上手な生き方を聞きたいなと思いました。 
私は間違った生き方を知らずに続けて後々後悔することを少しでも減らしたいです。 
これから少しでも自分のためになる生き方をしていきたいと思っています。回答よろしくお願いします。


【拙回答】

ありがとうございます。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「私は、お坊さん達の回答を見て、考え方が変わり、今まで抱えていた悩みが減り、生き方が少し変わるようなことがたくさんありました。」・・

ありがとうございます。誠に嬉しいご意見に、有り難しボタンを押したいご質問でございます。「有り難し」。

「これから悩みがすこしでも少なくなる、人はどう生きていくべきなのか、またどのように生きていけばよいのか、お坊さん達が考える上手な生き方」・・

そうですね。とにかく、全てのモノ・コト、もちろん、悩みもそうですが、良し悪しに拘わらず、必ず因縁(原因と条件)があって成り立っているものとなっています。

ですから、悩み苦しみも、その因縁をしっかりと見極めて、好転させる因縁へと変えてやれば、少なくしたり、無くしたりもできるということになります。

その因縁の見極めと共に、因縁を好転させていくために取り組むべきことについて、仏教では多くの視座が示されるところとなっています。

ですから、是非、仏教の修習を自分の生き方へと活かして、役立てていって頂けましたら、誠に有り難いことであるのではないかと存じます。

あとは、「中道」になりますかね。断滅論、常住論などの極端論はできるだけ避けて参りたいところとなります。

自分のためだけでもダメですし、他人のためだけでもダメという感じです。「自利利他」の円満が求められるものとなります。

そのためにも「縁起」という、他に依存して成り立つことができているあり方についての理解を深めるのも必要になるでしょう。

そして、「縁起」と共に理解しておきたいのが、「空」というものになります。

また、これからも仏教を学ばれていかれます中では、是非、「縁起」と「空」というキーワードを常に意識しておいて頂ければとも存じます。

少しご参考までにて。

川口英俊 合掌

問い「死にたい」

問い「死にたい」

【ご質問内容】

最近、笑うことが滅多になくなりました。人といてもずっと孤独感を感じます。死にたいとすぐに思ってしまいます。

一人暮らしが寂しいです。 
就活が辛く、親に相談しても就活に関して何も知識がないのにヒステリックに怒鳴ってきます。私の話を最後まで聞かずに遮ります。勝手に私の将来を決めつけます。

友人に相談しても、あなたなら頑張れる、なんとかなるでしょ、と当たり障りのない言葉で流されてしまいます。

友人や後輩に頼られると、じっくりと話を聞いて、言葉を選びながら相談に乗ってきました。

決して決め付けず、価値観を押し付けず、その人の良いところを具体的に伝えることを心がけていました。

いつかは自分に返ってくるのではないかと考えていたからです。 
でも返ってきませんでした。もう限界です。

こんな時でも頼られると自分の辛さを押し殺して人を助けてしまうのも自分を追い込んでいるんだと思います。疲れました。


【拙回答】

あまり無理せずに

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人の辛さが、自分のことのようにわかるから・・ほっとけないんですよね・・

まさに、仏様の慈悲の御心。ホトケはホットケない、とギャグを言っている場合でもありませんが・・

イギリスのEU離脱の余波にて、世界、社会が更に混沌へと向かい出しており、ますます自分のことしか考えられなくなる人たちが多くなってくるであろう世知辛い世の中においては、優しいあず様のような方こそ大切な存在となります。

死ぬなんてもってのほか。私たちは許しませんよ。。

ってでも、無理は禁物です。

何事もバランス、中道が大切です。極端、偏りすぎはいけません。

気分転換、休憩、リフレッシュも。

そして、あまり、自分はこうでないといけないと思い込まないことも必要です。

自分で自分を追い込むのは、自分を自分の型にはめ込みすぎてしまって、にっちもさっちもいかなくなってしまっている場合が多いです。少し柔軟さも必要ですよ。

親御さんとのことも、よく話を聞いてお互いの考えを整理していけば、きっと妥協点もあるかと存じます。事情、状況を伝えながら、相手の考え方を良く聞き、そして、自分の考え方と付き合わせて少し考えてみて下さい。

とにかく、あまり無理せず、頑張りすぎず、思い込みすぎずに。

川口英俊 合掌

問い「中道になりたいです」

問い「中道になりたいです」

【ご質問内容】

4月に転職しました。 
頑張っているつもりですが、新しい環境のため仕事がスムーズにできません。

先日も、先輩に仕事をさっさとするよう注意されました。 
きつく言われた訳ではないのに、気分が沈み、やめたいと考えています。

いつも、どんな場でも、注意されると落ち込みがひどく、苦しくてやめたくなります。

ほどほどにとか、聞き流すことができません。

以前、お寺で住職さんが中道が大切と言われていました。 
私にはそれが欠けていると思います。

どうすれば、中道になれるのでしょうか。 
どのようにすれば、言われたことを気にせず、融通が利く人になれるのでしょうか。 
私と関わっている人もしんどいと思います。


【拙回答】

中道の練習へ向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「中道」というのは、偏見、断見や常見などの極端な誤ったモノの見方、考え方を排した状態のことを申しますが、そのためには、まず、何が否定すべき偏見や極端であるのかを良く理解しないといけないことになります。

仏教でも、空の理解が大切、無執着が大切などと言っても、何が否定すべき空で無い状態であるのか、何が否定すべき執着の状態であるのかを知り得なければ、何をどうして良いのかも、当然わからないことになってしまいます。

それを知るために、仏教では智慧の開発と福徳(善徳行・方便行)の実践という修行が必要となる次第でございます。

落ち込みすぎないように、聞き流せるように、融通が利かせられるようにしたいとしても、そのためにも、もちろん知識とトレーニングが必要になります。

その知識とトレーニングのためにも、仏教の修習は大いに役立っていくことにはなるでしょう。

まずは簡単な練習からとして、そうですね、、

丁度、先日に刊行されました、我らがhasunohaの共同代表・井上広法師の著書「心理学を学んだお坊さんの幸せに満たされる練習」(永岡書店)からその練習を始められても良いのではないだろうかと存じます。手前味噌の宣伝ではありませんが、拙生も実際に拝読させて頂きました感想としてもお勧めをさせて頂きます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「生きていくのが辛いです」

問い「生きていくのが辛いです」

【ご質問内容】

死にたいわけではありません。 
しかしこのまま生きていくのが辛いです。 
希望がないのです。 
何もしたくないのです。 
逃げ出したいのです。 
消えたいです。 
この無気力感をどうしたらよいでしょうか? 
努力しなければならない状況にいるのに 
努力の意味が見出せません。 
楽しいこともありません。 
生きていてもつらいだけです。


【拙回答】

「中道」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

努力しなければ、頑張らなければ、無理しなければ・・と、あまりそう思い込まれ過ぎずに。

時には、気分転換、リフレッシュや息抜きも必要です。

希望というものは、自分自身における状況において、色々と変化していくもので、初めから「無い」、あるいは、「有る」と言えるようなものでもなく、要は色々な「因縁」(原因と条件)によって成り立っているものとなります。

つまり、善い因縁を調えていければ、善い希望も見えてくることになるというものでございます。

では、その善い因縁をどう調えていくのかと言いますと、仏教的には「中道」が求められるものとなります。中道とは簡単に申しますと「バランス」のことになりますが、次に、その「中道」・「バランス」の判断はどんなものになるのかとなりましたら、仏教を学び修していく中において、ある程度体現していかなければならないものとなります。

是非、これを機会に仏教により興味を持って頂いて、少しずつでも学ばれていって頂けましたら有り難くに存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「虚無感」

問い「虚無感」

【ご質問内容】

こんな風になったのがいつなのかは正直分かりません 
でも、私はいつも何かに怯えているように感じます 
何か過去にとても悲しくて辛い事があった、とか 
そんな壮大な物語は私の人生にはありません 
ごくごく平凡に暮らしてきたつもりです

中学二年生の頃に生きているのが嫌になって自殺未遂をしました 
死にたかった訳ではありません 
だからこそ未遂になったのだろうと今になって思います 
ただ、漠然と生きている事が嫌になったんです 
その時に両親や友人の悲しむ姿を見て 
「あぁ、私が死んだら誰かが悲しむんだな」と理解し 
それからは一度も自傷行為はしていません 
でも、だからといって 
特別「生きていたい」と思うようになった訳でもありません 
むしろ、昔と同じで「生きていたくない」と思っています 
ただ、死にたいとか死んでしまおうという思考がなくなっただけです

将来の夢はあります 
その為に現在大学にも行こうと頑張っている所ではあります 
でも、それも特別生きるための活力にはなっていないように感じます

なにをやっても何をしても 
胸の奥が満たされないように思うんです 
ぽっかりと空いた穴を埋められず 
常に虚しいと思ってしまうんです 
他者に過敏になって 
必要以上に神経を張り詰めて 
誰かに会いに行くでもないただの買い物でも 
酷く疲れてしまいます 
この、虚無感とでもいいましょうか? 
安らげる時間が欲しいです 
なにをしていても虚しくて恐ろしくて 
不安で不安で堪りません 
言葉にし難い感情を誰に話す事も出来ず 
解決もせず 
苦しいです

色々と相談したい事は実は山ほどあるのですが 
いつもうまく言葉に出来ず長文を失礼しました


【拙回答】

中道

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「虚無感」にお悩みのご様子・・

拙生もその昔、「無帰論」という論を考えて、「虚無感」にさいなまれた時期がございました。

何をしても結局、無に帰するだけ・・人生など無意味では、と。

ニヒリズム、あるいはシニシズムとでも申しましょうか・・

もちろん、漠然とした不安も抱えつつ・・

しかし、やがて、その「虚無感」から脱するきっかけが生じました。

拙生の場合は、もちろん、「仏教」がそのきっかけとなりました。

一切のモノ・コトには実体が無い、「空」なるものである。

しかし、何も無いわけではない。現に現象は目の前にあるし、モノ・コトは存在しています。つまり、虚無・絶無とは違う。

(実体として)「有る」ということと、(実体として)「無い」ということを離れた「中道」。

その「中道」について考えることで、少しずつ極端や偏見を断じていくことにより、虚無・悲観主義を脱することができて参りました。

ヒントは、仏教における「空」と「縁起」という考え方にございました。

是非、これを機会に「中道」にご興味を持って頂きまして、「中道」を「中論」という書物にて明らかとされました龍樹(ナーガールジュナ)大師の著書からでも仏教の学びを進めて頂けましたら有り難いことであると存じております。

「空と縁起」の理解をしっかりと進めていけば、きっと、虚無感、悲観主義からも脱することができていくことになるでしょう。

そして、更に仏教の学びを進めていって頂けましたらと存じます。

もちろん、どうぞお気軽に具体的なことにつきましても何なりとご相談下さいませ。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「生きている意味」

問い「生きている意味」

【ご質問内容】

18歳、女フリーターです。

最初、私は自分の好きな学科の高校に行っていました。 
でも、友達とはうまくいかず、勉強もついていけず、その好きな学科の勉強も嫌になり、通信制に転校しました。

転校してから一時期は、誰も友達も恋人もいなくて、寂しくて、悔しくて、辛くて、リストカットをしたりしてました。

家族には愛されていましたが、すごく辛かったのです。

ある日彼氏ができて、私は前のように切ることはなくなり、愛されてて、本当に出会えてよかったと思っています。

私の通っていた通信制はあまり、進路には協力的ではなかったので、アルバイト生活ばかりしていた私は進路のことも考えず、高3の冬まできてしまいました。

本当は、専門学校か、大学に行って、楽しい学生生活をしたいなと思いましたが、金銭的に厳しく、両親は一回お金のことで離婚したことがあるので(今は復縁しました)、就職をしようと思いました。

高卒求人はほとんど決まっていて、いいのがなく、今年の五月まで一般求人を探しましたが、男の仕事ばかりで結局フリーターをやることにしました。

年輩ばかりの職場には学生のころから慣れていましたが、仕事をしている時に「なんで、どうして私ばっかり、みんなのように大学に行きたかった」と、思ってしまいます。

フリーターがすごく恥ずかしいです。

彼氏がいなかったら死んでもいいと思ってしまいます。

彼氏が私の生きる意味で、いなければ生きていく意味がないと思ってしまいます。


【拙回答】

中道

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

色々と悩み苦しまれてつらいことでございました。

今は彼氏さんが心の支え、拠りどころとなっておられるご様子・・

しかし、彼氏さんのことだけを生きる支え、拠りどころとされているのは、少し偏り過ぎていると申しますか、極端と申しますか・・非常に不安定であるのは否めないかと存じます。

仏教では、「中道」と申しまして、偏ったものの見方、考え方を修正することが推奨されることになります。

よくある例えとなりますが、琴の弦は強く絞めすぎると、音が張り過ぎて、あまり良い音が出なくなりますし、もっと張り、いずれ弦が切れてしまっては、音が出せなくなってしまいます。

しかし、かといって、弦を絞めるのを弱くしていくと、だんだん音に張りがなくなっていき、やがて緩め過ぎてしまっても、音が出なくなってしまいます。

強くもなく、弱くもない、中くらいに締めたところにおいて、琴の弦は丁度良い音が出せることになります。

人生も、その丁度良い塩梅において過ごしていきたいところとなります。

また、「生きる意味」というものには、「これが生きる意味です」と言えるような何か「実体」があるわけではありません。でも、それは無いということではなくて、色々な因縁(原因と条件)によって成り立っているものであり、良い因縁によれば、良い意味となり、悪い因縁によれば、悪い意味になる、そういうものであります。

できれば、「彼氏さん」=「生きる意味」とあまりされ過ぎずにて、もう少し柔軟に「生きる意味」につきましても捉えて頂けましたらと思います。

それと、あまり自己嫌悪や劣等感にも陥り過ぎないことも。これからの因縁次第において自己嫌悪も劣等感も無くすことはいくらでもできて参ります。

もちろん、良い因縁を調えるのにはそれなりの努力も必要です。しっかりと努めて頂きまして、どうかお幸せになって頂きたいと存じます。

川口英俊 合掌

問い「幸せとはなにか?」

問い「幸せとはなにか?」

【ご質問内容】

大切な人を昔亡くしました。そのあと私は死に対して経験しています。幸せとはなにか?わからずに生きてきました。 
結婚することか?子供を産むことか?生きていることか?

私自身が人生を終わりにしたいと思っているため、結婚しませんでした。自分が子供を産むことも望むことも許されません。許せません。寂しいと思いながらいつでも終われるように家族を作らずにいます。

人を大切にすることで生きる価値を見いだしていたのだと思います。今でもそうです。 
大切にしたいと思いながら結局は、人は裏切り裏切られ、傷つけ傷つけられる人生なのでしょう。それでも一緒になりたいという人と一緒になるべきか、独りで生きていくか?

恵まれた環境のなか、自分の価値がわかりません。一緒に居たいと思う人はもういない。 
でもずっと独りで生きていけるか? 
誰でもいいのか? 
このような考えで生きている私にどうかアドバイスを下さい。

【拙回答】

「幸せ」とは・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

本当に大切な方を亡くされたのですね・・悲観なされておられるお気持ち、誠にお察し申し上げます。 

「幸せ」とは、人それぞれでも価値や意味が異なるものであるため、これが「幸せ」ですと決定付けて言えるものではありませんが、「幸せ」は、昼間の星のようなもので、普段は、それが「幸せ」とは、なかなか気付けないものであるかと存じます。

人生、誰でも困難や問題が色々と生じます。その困難や問題が生じたとき(暗闇)にこそ、それぞれの幸せ(星)が何かがわかるようなものであると考えております。

ご心配にもございますように、私たちは独りでは生きていけるような強い存在ではありません。皆、弱い存在です。その弱い者同士が生きていくためには、お互いに、色々と助け合い、支え合い、分かち合っていかないといけません。

恋人、伴侶、友人、子どもであれ、その困難や問題にぶつかった時にこそ、お互いに、助け合い、支え合い、分かち合って、乗り越えていけるような存在であるのかどうかが大切となります。

最初から、生きる意味、価値が無い、幸せも無いとして、恋人、伴侶、友人、子どももいらないというのでは、あまりにも偏った極端な寂しい考え方となるのではないだろうかと誠に危惧致します。

仏教では極端な考え方を避けた「中道」を歩むことが推奨されます。

悲観的、虚無的になられておられるお気持ちも分かりますが、どうぞもう少し柔軟に物事をお考え賜れましたら有り難くには存じます。

善い出逢い、ご縁もまだまだ望めるのではないかと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「死後について」

問い「死後について」

【ご質問内容】

私はまだ20歳の女子なのですがこの歳でもう死後の事を考えています

気にしたらキリがないのに 
死後の世界が怖くて死にたくもありません。

その上虫や飲酒をするだけで 
地獄行きという事も知り余計に怖くて仕方ないです。

どうすればこのような考えにならないかアドバイスが切実に欲しいです

両親にそのことを話したら考えすぎと言われました。 
確かに神経質過ぎたなとは思っています 
ですが怖くて仕方ないのです どうにか考えなくなるようにしたいです お願いします

【拙回答】

より良い死後へと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

死後についての色々なご心配、もっともなことでございます。

しかし、あまり極端にあれこれと偏って考え過ぎてしまってもいけません。

仏教では「中道」と申しますが、極端にとらわれてしまうことを避けるのを大切に致します。

虫を傷つけただけで、あるいは、飲酒しただけで、「地獄行き」という単純なものではなく、善いことと、悪いこと、そのどちらでもないこと、色々な複雑な因縁(原因と条件)が絡むことによって、死後の赴きというものも、おおよそ決まってくることになるかとは存じます。

また、例え悪いことをしてしまっても、慚愧(ざんき)、懺悔、反省、謝罪、償い、仏道修行、善行、功徳などを通じて、リカバリーしていくことも、もちろんできます。

まあ、難しいことは置いておいて、生かされて生きていくことのできている自分のありようをしっかりと理解し、お互い様の感謝の心、親切なる心で、この助け合い、支え合い、分かち合いの世界を過ごしていくことが大切となります。

生かしてくれることとなる食する命にもありがとうと感謝の「頂きます」を。そして、何かにてご恩返しになることもできていければという感じにて。。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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