hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

仏道

問い「仏教の道に進みたい」

問い「仏教の道に進みたい」

【ご質問内容】

仏教に生きる道を探しています。大学は仏教系で少しかじってはいます。たまにお寺にいったりする段階から、仏教に生きる道を探し、人生の悩みの解決を仏教に見いだしたいと思っています。 
 考え方や道筋を教えていただきたいです。自分の解決から家族などの悩みの解決に結び付けばと思います。 
 よろしくお願いいたします。

【拙回答】

お志、誠に尊く有り難いことでございます。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

仏道を歩まれたいとのお志、誠に尊く有り難いことでございます。

ご自身の悩み苦しみの解決も大切ですが、何よりも全ての者たち、一切衆生の悩み苦しみの解決を目指すことも仏道においては大切となります。

是非、この機会に堅固なる悟りを目指すための決意としての「菩提心」を発心して頂きまして、共に頑張って参りましょう。

「三宝帰依と菩提心生起」

仏陀・仏法・僧伽に 
悟りに至るまで私は帰依いたします 
私が積んだ布施行などの資糧によって 
有情を利益するために仏陀となることができますように

すべての有情を救済しようという願いによって 
仏陀・仏法・僧伽に 
悟りの心髄に至るまで 
常に私は帰依いたします

智慧と慈悲をもって精進し 
すべての有情を利益するために 
私は仏陀の御前に 
完全なる悟りのために菩提心を生起いたします

この虚空が存在する限り 
有情が存在する限り 
私も存在し続けて 
有情の苦しみを滅することができますように

また、仏教の学びを進めていかれることにつきましては、以下の拙回答も是非ご参照下さいませ。

問い「私は修行できるのでしょうか。宗派を決めるのが難しいです。」 

川口英俊 合掌

問い「成仏できるか」

問い「成仏できるか」
http://hasunoha.jp/questions/2080

【ご質問内容】

高校二年生です。
先日私の友達が自死しました。
鬱病で最後まで苦しみ抜いての死だと思います。

助けてやれなかった自分が情けなく、胸が痛く、後悔の念でいっぱいです。
彼女がちゃんと成仏して、幸せになれることを祈っています。

そこで、亡くなった人はどうなるのか調べていると、自死した人は成仏できずにずっとこの世で苦しむという記述が多く見られました。

大好きな友達が苦しみ抜いてやっと楽になれるかと思いきや、亡くなっても苦しんでいるかと思えば耐えられません。

本当に彼女は成仏できないのでしょうか。
私にできることはないのでしょうか。
どうか回答よろしくお願いします。

【拙回答】

御供養について

この度のお友達の自死・・誠におつらいことでございます・・

私たちにはできることとできないことがあり、時にどうしょうもできないことがございます・・どうかあまりご自身をお責めになられませんようにお願い申し上げます。

「本当に彼女は成仏できないのでしょうか。」・・成仏できるかどうかは、そのための因縁(原因と条件)次第となります。因縁次第において成仏は可能なこととなります。ですので決して成仏できないというわけではないのだとご理解して下さいませ。

「私にできることはないのでしょうか。」・・ ございます。それが御供養となります。御供養は、亡くなられた方の成仏のための善き因縁へと向けた僅かながらにでも助けとすることができます。

「彼女がちゃんと成仏して、幸せになれることを祈っています。」・・誠にこの真摯で慈愛なる純粋なお気持ちこそが御供養において大切なことであると存じております。

お墓参りや読経・回向、あるいは布施・寄付、善徳行などの追善、色々な御供養のカタチがございますが、何よりも、その真摯で純粋な祈りのお気持ちを向けられることが最も大きな力になるのではないかと存じます。

それも、もちろん毎日でなくて構いませんし、義務でもありませんし、負担になってもいけません。ふとした時に、その純粋な祈りを友達へと向けてあげて下さい。それだけでも成仏へと向けた助けとすることができるのではないかと存じております。

また、色々と難しいことも書いてございますが、以下の自殺や死後についての各問いへの拙回答も少しくご参考にして頂けましたらと存じます。

「自殺・自死について」
http://goo.gl/3ZbZUr

「死後について」
http://goo.gl/ejLMq3

拙生もそのお友達の成仏のための善き因縁へと向けた祈りをここにて表させて頂きます。どうか御仏のお慈悲のご加護のもと、お安らかでありますように。確かなるご仏道のご成就へと向けた歩みがありますように。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「自殺で亡くなった彼のように…」

問い「自殺で亡くなった彼のように…」
http://hasunoha.jp/questions/1567

【ご質問内容】

先日も質問させて頂き複数の回答有難うございました。
彼が自殺でいなくなり7ヵ月が過ぎました。
彼が居なくなり…人は亡くなると本当に【無】になるのだと…
彼の後を追っても会えない事はなんとなく分かるような…最初は頑張って彼の為にも生きて行こうと思いました。でも…それは偽善の言葉で、本当は
意味も分からず残され、他人に責められ…それでも、
人って悲しい思いしても生きて行かなければいけないのでしょうか??
病気や事故や老衰や自殺どんな亡くなり方でもそれが寿命ならば早く彼のように楽になり…無になりたいです。
もう自分でも理解出来ない事で人に責められる事に疲れました。
死んで無に本当になれるのなら親にだけ詫びて、彼のように楽になりたいです。

【拙回答】

死後のありようについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

彼氏様を自死にて亡くされまして、誠に悲しく、つらいこと、ご心痛、いかばかりの程であろうかと存じます・・

どうしてもまだまだ悲観的、虚無的になられますことも、当然にやむを得ないことではないかと存じます。

焦らず少しずつ気持ちの整理も調えていって頂けましたらと存じております。

死後につきましては、これまでにも下記の各問いにお答えさせて頂いております。

「死後について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_324660.html

とにかく、私たちの存在は、身体や心、色々な機能や作用などの要素の因縁(原因や条件)の和合により成り立っているものですが、もしも、この肉体が滅び、身体的な機能・作用が停止したとしても、微細な意識としての心相続(心の連続体)が、更に色々な因縁によって存続していくものであると考えられています。

その死後における心相続の赴きにおいて、最も影響する因縁の一番は、やはりその者自身の行い(業・カルマ)というものとなります。その行いに応じて、どのような赴きとなっていくのかがおおよそ決まって参ります。

もちろん、生前にしっかり仏縁・法縁により善き功徳を積んでおければ誠に良いのですが、もしも、そうでない者であったとしても、何とかその赴きがより善いもの(悟り・涅槃へと向かうためのもの)に向かうようにとして調えさせて頂くために葬儀や供養などを行って参る次第でございます。

しっかりと亡き彼氏様が仏道を歩めますようにとして、私たちも微力ながらにでも日々のお勤めを致して参りますので、なみえもん様におかれましても、これからのご供養をどうか宜しくお願い申し上げたいと存じております。

また、自死・自殺はあまりお勧めできることではありません。お勧めできない理由はこれまでにも何度か回答させて頂いておりますものの、ここでは制限字数の関係上、もう述べれませんが、どうか思いとどまって下さいませ。宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/users/16

問い「悪い流れを変えたいのですが…」

問い「悪い流れを変えたいのですが…」
http://hasunoha.jp/questions/1282

【ご質問内容】

こんにちは、よろしくお願いいたします。

最近というかここ数週間、良かれと思ってやることが裏目に出るし、何かと空回りばかりだし、間は悪いし、つくづく「ついてないなぁ」と思うことばかりです。

悪い流れを良い流れに変えるにはどのような方法がありますか?
分かりやすく教えて頂けると助かります。

【拙回答】

悪い流れを変えるためのヒント

まりちゃん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

少し悪いことが続いてしまわれて、何とかその流れを変えられたいとのお気持ち、拝見させて頂きました。

基本的には、この世における全てのモノ・コトというものは、因縁(原因と条件)によって流れて(無常)いっております。

悪い結果が出てしまうのには、それなりの悪い因縁が色々と関係していると推測することはできますが、ただその因縁というものの内容は非常に複雑であるため、厳密に、これが原因で、これとそれが条件で・・と詳しく説明するのは大変に難しくあります。

そのため、逆に良い流れに変えるためにも、これをして、あれをしてと個別具体的に述べるのも実は難しいものとなります。

とは言うものの、流れを変えたいとして精進努力することは大切であり、良い結果へと向けてしっかりと取り組みたいものでございます。

但し、それも思い込みや自己満足、独善的に進めてしまうことほど恐いものはありません。時間や労力を無駄にしないためにも、仏教の場合では「中道」について考察し、検証しながら仏道・八正道・修行を進めていくことが大切なものとなります。

とはいえども、いきなり「中道」について考えるのも難しいことでございます。

そこで、まりちゃん様におかれましては、流れを変えられたいためのヒントとして、以下について少し考えて頂ければと存じております。

・自分さえ良ければいいというようなことでの言動になっていないかどうか
・お世話になった人・事に対して感謝して、また、恩返しになることもできているかどうか
・どこか慢心を起こして、傲慢になり油断していないかどうか
・無理して我慢していること、強いストレスや不満になっていることがないかどうか
・適度な息抜きや休息、気分転換・リフレッシュができているかどうか
・失敗したことや後悔にいつまでもくよくよして振り返ってしまっていないかどうか
・自己嫌悪に陥ってしまって抜け出せないようになってしまっていないかどうか

以上において心当たりがあれば、少し改善について意識的に取り組んで頂ければ、少しなりとも流れをより良くに変えることができていくのではないだろうかと存じております。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/users/16

問い「戒律を守ること 」

問い「戒律を守ること 」
http://hasunoha.jp/questions/1043

【ご質問内容】

仏教の教えには「戒律」がありますが、なぜ守らなければいけないのでしょう?

私は一般の会社に勤めていますが、戒律を守る僧侶に憧れがあります。
自分も僧侶になりたいと思う気持ちがあります。
でも、なかなか一歩が踏み出せません。

以前、出家者の結婚について質問した時に「結婚しても修行はできる」「あなたの仏教に対する理想」「仏教学屁理屈」とご指摘頂きました。
正直、とても頭がこんがらがってしまいました。
在家者の五戒・出家者の十戒という明確な戒律があることは、何の意味があるのでしょうか?
守ること守らないことで何が変わるのでしょうか?

【拙回答】

戒律には暴走の歯止めの役割もございます。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

出家者の結婚につきましての疑問、誠にその通りであるかとは存じます。

妻子帯につきましては、下記の各問いにて扱わせて頂いております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/妻子帯

もちろん、妻子帯してしまったからといっても仏道が前に進めれないということは無いかとは存じます。それは、妻子帯しないほうが仏道を進むスピードが上がる人もいれば、そうでもない人もいるという程度であるかと思っております。

また、現代日本仏教における世襲の慣習が強くある寺院の悲しい現実もございます。拙生も妻子帯してしまっておりますが、それでも何とか少しでも仏道を前へと進めるべくに精進努力をして参りたいと存じております。

また、戒律につきましては、下記の各問いにても扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/戒律

問い「お布施のお礼と仏・法・僧」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1009294659.html

「・・戒律や慣習、作法というのは、ある一定の守るべきルールのようなものとなりますが、その時々の時代や僧伽集団の性質、状況、環境等にも合わせて、お釈迦様や後世の弟子たちが仏道を歩むために適宜に設定されていかれたようなものであり、それが逆に囚われや拘り、執着となるようなものとなってはいけないこととなります。ですから時代、時代の状況の変化の中で、何が仏道を歩むために最善の方法となるのかをしっかりと見極めながらにも、必要なものと不必要なものを取捨選択しつつ、適宜に進めていくことが肝要なことになるのではないかと存じております。・・」

更に、戒律は、暴走を防ぐためのブレーキであるとお考え頂けましたらと存じます。仏教の方便の教えの一つとして、「全てが元々既に悟っている」的なものがございます。例えば、その方便の教えの解釈を誤ってしまえば、別に戒律を守らなくても、善徳行に励まなくても構わないことになってしまいかねない恐れが常にございます。そのような暴走の恐れの歯止めの役割もあるということでございます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

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http://hasunoha.jp/users/16

問い「宗教とは」

問い「宗教とは」
http://hasunoha.jp/questions/952

【ご質問内容】

宗教とは何ですか?

宗教とは何を目指しているのでしょうか?宗教の目的がよくわかりません。

祖父母の法事等で、宗教行事に触れる機会はあるのですが、この私の人生にどういう意味があるのかが、わかりません。

宗教の目的はなんでしょうか?

お坊様がたの信仰されている宗教について、その宗教とは何か?その宗教の目的とはなにか?

を教えていただけたら幸いです。

宜しくお願い致します。

【拙回答】

宗教考

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「宗教とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念であり、また、その観念体系にもとづく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のこと」とウィキペディアにございますが、仏教でも如来・仏陀という人智を超えたる存在を扱うものの、決して私たち凡夫では成れないもの、遠い存在ではなくて、確かなる仏道を成就することによって、迷い苦しみから離れて、如来・仏陀の悟りの境地へと到ることを目指すことになります。その仏道を歩むための教えが「仏教」ということになります。

宗教の目的は、おおよそ、幸せや安楽、安心を得るため、あるいは、より良い生き方、人生を歩むためにあるかとは存じます。仏教ももちろんそのようであって、究極的な幸せ、安心、安楽としての「悟り」を得るために、(現世、来世両方へ向けて)悪い行いを成さずに、より善い行いを調えることによって、より良い生き方、人生を歩めるようにしていくということにもなります。

特には善い結果へと向けては、善い因縁(原因・条件)が必要であるとして、仏道を歩むため、悟りを得るための善い因縁を仏教を確かに学び修して集積していくことが大切となります。その善い因縁は簡単には「智慧と方便(慈悲行・利他行・善徳行)」となります。

さて、問題は歴史上においても、また現在においてもそうですが、宗教が時に争いや憎悪の原因となり悲劇が起こってしまうことでございます・・

本来の宗教の目的は、上記でも述べさせて頂いておりますように、「幸せや安楽、安心を得るため、あるいは、より良い生き方、人生を歩むため」にあるものかと存じております。それが、不幸や迷い苦しみ、悲しみの原因となってしまっては誠に本末転倒となります。

何故本末転倒なことが起こってしまうのか・・それは、全ての人たち、仏教的には衆生たちが、幸せ、安心、安楽となることを目的とせずに、自分、あるいは自分たちの集団さえ良ければいいというような、自己中心、自己満足、独善的な考え方がどこかにあるために生じる問題であるのではないかと思われます。そうではなく、いかに皆が幸せに、安楽、安心に過ごせていけるかを第一として、どの宗教でも、どの仏教の宗旨宗派においても考えていくことがまず大切になるのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

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問い「和尚さんと話すきっかけ」

問い「和尚さんと話すきっかけ」
http://hasunoha.jp/questions/692

【ご質問内容】

初めて質問させていただきます。
私は、昨年より都内の座禅会に参加しています。
その座禅会で初回に作法などを説明してくださった和尚さんは、とても所作が綺麗であり、またお唱えするお経が美しく心に染み渡る感じがします。
特に、親切にされた訳でもないのですが、とても気になり(少し恋愛感情があるのかもしれません)、お話してみたいと思っていますが、座禅会の時はとても忙しい様子(準備やかたずけ)で、話かけることができません。また、どのように話かけたら良いのかも分かりません(自己紹介などからすればいいのでしょうか?)。
普段は、座禅会が行われているお寺ではなく、本山にいらっしゃるようです。
失礼なく、どんな方なのか知りたいと思っています。
また、お釈迦様のことなど仏道に関することを教えて欲しいと思っています。
とても幼稚な質問で申しわけないのですが、ご助言いただければ幸いです。よろしくお願い致します。

【拙回答】

ご仏縁

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は、仏教、仏道へのご興味、誠に有り難く、尊いことでございます。

そのきっかけが、参加された坐禅会でのお坊さんとの出逢いであり、少し恋愛感情もお持ちになられたとのことにて、「お坊さんとのご縁、それは、その方とのご縁だけではなく、尊い仏様とのご縁、仏法を取り巻く関係各位の皆様とのご縁、つまり法縁にも繋がり、誠に有り難いこととなります。」

以下の問いの拙回答も少しくご参照頂けましたらと存じます。

問い「仏教との出会いについて」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002945537.html

「・・恋愛というご縁により仏教と出逢い、仏教に夢中になられたのは、誠にそれも一つの善き「ご仏縁」でございました。もちろん、この度の恋愛が無事に成就し、更に仏教についても精進努力を積まれて、やがて仏道も成就なさられることとなれば尚更に善きこととなります。また、この度の恋愛が成就しなくとも、善きご仏縁を頂戴致したことに感謝を持ち、仏法を学び修しつつ、このことに報恩を持って過ごされていかれましたら、また善き恋愛のご縁も戴けるのではないかとも存じます。・・」

この度は、少しずつでも話しかけることができるように機会を伺ってみられて、例えば、坐禅会で、坐禅に関する質問から、仏教に関する基本的なこと(禅宗とはどういう教えですか、あの仏像は何の仏様でしょうか、あの軸は何と書いているのですか、などから)を聞いてみたり、茶話会など休憩の時など声掛けしやすいタイミングもあるかと存じます。また、仲間の別のお坊さんにでも、その方の名前や役回りなどを何気なしに聞いてみられても良いのではないかと存じます。

ただ、気を付けなければならないのは、そのお坊さんが本山にて修行中の身であられるならば、あまりに好意を抱いてることをアピールされても大変に困られるということもございます。とにかく、まずは親しくお話ができるようになられるという程度ぐらいで、あとは状況を鑑みられて、色々とご判断されていかれると良いのではないかと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/users/16

問い「六道」

問い「六道」
http://hasunoha.jp/questions/722

【ご質問内容】

仏教でいう六道とはなんですか?
教えてください。

【拙回答】

「六道」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「六道」あるいは「死後」のことに関しましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いておりますが、基本的に、「六道」とは、心(相続)の様態における象徴的・代表的な一つの分類と捉えさせて頂いております。心の様態をおおまかに分けると、大体がこの六つに分類されるというもので、もちろん、詳しくにはそれぞれによって千差万別にあるとお考え頂けましたらと存じます。とにかく六道にある限りは迷い苦しみの世界であることには変わりありません。何とか確かなる仏道を歩みて、この迷い苦しみの輪廻の世界を脱して参りたいものでございます。

問い「六道とはこの世にあるのでは、と思うようになりました。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002981190.html

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/死後

問い「死ぬと地獄行き」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002942649.html

問い「死を考えてしまう」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002969793.html

『・・仏教では、業論・輪廻論という難しい思想がございまして、この肉体の死後も、心(相続)が続いていくものであるとして、「死=終わり」とは捉えません。問題は、死後も続いていく、その心(相続)のありようとなります。心(相続)のありようで、死後の次の様態が決まっていくこととなります(厳密には、業・カルマが大いに関係して参ります)。代表的には、六道としての天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄とありますが、これはあくまでも心(相続)の様態における象徴的・代表的な一つの分類となります。いずれにしましても、輪廻の中にある限りは、迷い苦しみの中にあることに変わりがありません。この迷い苦しみの輪廻から離れるためには、悪い行いをなさずに、善い行いに勤め励み、心を清らかに保ち、確かなる仏道を歩むことが望まれることとなります。・・』

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

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問い「生きること、死ぬこと、どっちが辛いのか」

問い「生きること、死ぬこと、どっちが辛いのか」
http://hasunoha.jp/questions/420

【ご質問内容】

こんばんは。

昨今様々な悩みから、自殺衝動にかられて、
掲示板や知恵袋などに相談・質問する人が後を経ちませんが、
自殺防止サイトや一般の方からの回答に、
『死ぬことは生きることより辛いですよ。』とか、
『死んだら今より辛いですよことが待ってますよ。』という回答があるんですよね。

この世が辛くてお別れしたいのに、
お別れしたあとにも、もれなく辛いことが待ってるわけですよね?

まさに『生きるも地獄、死ぬも地獄』の人が、
この世にいるわけですよ。

そんな八方塞がりの状況の場合、
人はどの道に進めばいいのでしょうか?
救いの道はあるのでしょうか?

回答よろしくお願いします。

【拙回答】

「不生不滅」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

はい、救いの道はございます。それが仏道でございます。

「生きること、死ぬこと・・」・・さて、般若心経の中に、「不生不滅」という言葉がございます。

まあ、「不生不死」も同意でございます。仏教の究極的真理(勝義諦)としては、「生も死もございません」と一応言語表現として措定して言えることができます。

「えー生きるも死ぬも本当は無いの・・凄いー、なるほど、有り難き幸せ」と、まあ大抵の人は納得できないかとは存じます。世俗的真理(世俗諦)、つまり世間一般論として現に今生きているのは事実であり、やがて誰もが死ぬのも確かなる事実なのですから。。

では、なぜ、「不生不滅」だと仏教では述べるのか。ここをしっかりと考えて理解していくことが、この迷い苦しみの世界を超えていくために非常に大切な要諦となります。それは、つまり、自分という存在は、実体としての生もなければ滅(死)もない、ということの理解、いったいではどの自分が生きて死ぬというのか、そのような自分を探そうとしていくら探しても見つからない真理に気づけるかどうか、そこから、あらゆる全てのモノ・コトには実体が無いという「空」(無自性・無実体)を理解できるかどうか、そして、「空」とはいえども、確かにモノ・コトが成り立っている目の前の現実をどのように捉えるべきか、これはつまり「縁起」ということの理解となりますが、この「空と縁起」の理解を進めることが迷い苦しみを超えていく上で非常に重要な鍵となります。

更には、空と併せて、縁起の※三つのありようもしっかりと理解し、この迷い苦しむ存在にある原因(無明・煩悩・悪業)を対治するのに取り組むこと(善徳行・慈悲利他行、福徳の資糧を積む)により、迷い苦しみを超えた悟り・涅槃に到達することが可能になる次第となります。

是非、共に頑張って仏道に精進努力して歩んで参りましょう。

※縁起には、三つの階層があり、第一に、「原因・条件と結果との依存関係」、第二に「部分と全体との依存関係」、第三に、「意識作用・概念作用・思惟分別作用により、仮名(けみょう)・仮説(けせつ)・仮設(けせつ)されることによるという依存関係」がございます。

川口英俊 合掌

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問い「活力が湧いてこない」

問い「活力が湧いてこない」
http://hasunoha.jp/questions/396

【ご質問内容】

こんにちは。
私はまだ20半ばなのですが、最近どうも活力が湧いてこないと感じています。
具体的には、平日の仕事は全く問題がないのですが、週末になるとどうも布団から出られず。その後ふらとご飯を食べに出ては、近くの喫茶店でゆっくりして1日が終わっていきます。
ある一面を見れば、ゆったりした休日を過ごし満足しているところもありますが、一方でまだこの歳でこの活力のなさはいかんなあ、と感じるところもあります。
今のままでも不便はありませんが、できればどこかのタイミングで思い切ってこの活力のない自分を大きく変えてみたいなあと思います。
半分ぐらいは好奇心から生まれている考えなのですが。

そこで、今のような自分がもっと活力をもっていきいきと週末を過ごすための、「きっかけ」になりそうなものをいくつか教えて頂けませんでしょうか。

毎朝の早起きでも、週末の山籠もりでもランニングでも、どんなものでも構いませんが、お坊さんが自分を律するために取り組んでいるようなものなどがもしあればぜひ聞きたいです。

宜しくお願いします。

【拙回答】

「戒律」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まあ、平日は仕事でお疲れでしょうから、無理にまで週末の休みに何かをしなければならないと思うこともないかとは存じております。仕事が充実していましたら、仕事を活力となさられて、更にご自身の向上に努められても良いのではないかとは存じます。

しかし、仕事だけとなりましたら、それはそれで視野狭窄に陥ってしまって、新たなアイデアやパフォーマンス、展開へと向かうのに少し弊害も生じてしまうかもしれません。

何か仕事とは別に打ち込めるものや気分転換できるものがあれば、それも一つ仕事や人生の活力に繋がっていくことになるのではないかとは存じます。また、新たな人間関係が良い縁に繋がっていくことになる場合もあるかとは思います。

「お坊さんが自分を律するために取り組んでいるようなもの」・・

律するといえば、やはり「戒律」となります。

「戒律」としては、例えば代表的な三帰依戒、五戒や十善戒がございますし、正式な僧侶であれば、別解脱戒や菩薩戒・大乗戒、三昧耶戒などの「戒め」事を守ることで律するというのが基本となります。もちろん、形骸化・有名無実化してしまっている現実もございますが、仏道を歩むには、しっかりと取り組もうと努力していかなければならないことでございます。

基本的になぜ戒律が設けられているのかは、仏道を成就するために、悪い行いを慎み、善い行いに努め励まないといけないからであります。

もちろん、最初からできるのであればそれで良いに越したことはありませんが、元々、私たちは業(過去世の行いの集積・習気)や無明(根本的無知)・煩悩に侵されてしまっているため、恣意的なままに任せていては到底善い行いを積むことができないからでございます。

ですから、仏道を歩むための適宜なる行いを規定して守ることで、修行をしっかりと進めていけるように調えられた次第となります。もちろん、既に時代に合わないものもあるかもしれませんが、基本的には、他に迷惑を掛けないという行い、更には他を利する、他のために役に立つという行いという善い行いとお考え頂ければ良いのではないかと存じております。

しっかりと律することに取り組みながら仏道を進めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/users/16
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