hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

四聖諦

問い「人間って?」

問い「人間って?」

【ご質問内容】

もちろん、自分も含めての話なのですが、人間って愚かだと思われませんか? 

自分たちの欲望を満たすために、地球の限りある資源を好きなように使い倒し、環境を破壊している現実。 

地球の命が永遠のものとでも思っているのでしょうか?

地球こそ、人間を産み出した母、言うなれば神だと思います。

その地球(母)の苦悩など全く考えず、欲望の思うままに行動し、うまく行かないと、苦しみ、嘆き、悲しむ。 

本当に、お釈迦様は、そんな愚かな人間を助けるために、仏教の教えを広めたのでしょうか?

授かった命を、自から捨てることは良くないことだと判っていますが、極端かもしれませんが、視点を変えると、死を選ぶことは、自分が使う予定であった、地球の資源を別の人に捧げることになり、これこそ、究極の人の為とは成らないのでしょうか?

火葬もおかしな習慣の様に思います。人間が死んだら土葬にし、地球に戻すべきではないのでしょうか? それこそが、本当の輪廻転生じゃないのでしょうか?

人の命は大切ですが、それ以上に、地球の命は大切なものだと思います。

宗教の違いや、国家の違いだけで、争っている場合では、無いと思います。

最近の自然災害の多さは、地球からの警告だとしか、思えないです。

皆様は、どの様に思われますでしょうか?


【拙回答】

「無明」を対治へ向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人間は確かに愚かです。三毒と言われる煩悩である貪(むさぼり)、瞋(激しい怒り)、そして、痴の、痴がまさに「愚かさ」ということになります。

根本的な愚かさのことを「無明」(むみょう)として、真理を知らずにいる「根本的な無知」を示す言葉となります。

この「無明」を対治し、悟りを目指す教えが仏教となります。

「本当に、お釈迦様は、そんな愚かな人間を助けるために、仏教の教えを広めたのでしょうか?」・・

「梵天勧請」として、梵天という善神から、悟られた教えを説くように請われたということもございますが、無明にある愚かなるものたち(何も人間だけではありません。六道にある衆生の皆)が、いつまでも迷い苦しみ(輪廻)に喘いでしまっていることを憐れみられて、大いなる慈悲の御心も起こされ、教えをお説きになられたのではないだろうかと存じます。

そして、悟りへと至るための四つ(苦・集・滅・道)の聖なる真理(四聖諦)について、お釈迦様は、まず最初にお説きになられました。(初転法輪)

もし、この輪廻から脱するための教えを聞くチャンスを逃したままでは、いくら生死を繰り返しても、また無明によって迷い苦しみを繰り返すだけになってしまいかねません。

非常に得難い人身を受けたる今こそ、仏様の教えを学び修する絶好の機会に恵まれております。真の「平安なる心」である悟りへ向けて、今生、できれば無駄には致したくないものでございます。

また、「災害」というものは、私たちの八苦の一つの「怨憎会苦」にあたりますが、これもあくまでも私たちの都合による「災い」という捉え方となります。地球、自然、宇宙は、ただ因縁に従って移ろい変わりゆくものにしか過ぎませんし、別に人類を住まわせる環境のためにという意図での何か意思が働いているわけでもないかとは存じます。

それよりも、「自業自得」な面がある部分は、どう無明による悪い業(カルマ、行い)を対治していくべきであるのかというところが大切となります。

是非、まだでございましたら、悟りという真の「平安なる心」へ向けまして、まずは「四聖諦」から仏教の学びをしっかりと進めていって頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

問い「信心がない人の仏教入門の方法を教えてください。」

問い「信心がない人の仏教入門の方法を教えてください。」

【ご質問内容】

初めて質問させていただきます。 
結婚を考えている相手が、とても生活と宗教が近い人です。実家が高野山の真言密教?を信仰していて、お寺さんのところによく行き、地域の人がそこへ相談をしたりお経を読みに行ったりする感じです。(一度訪れた折に、お寺さんに連れて行ってもらい、彼との相性を見てもらいました。おっさま曰くあまり相性は良くないみたいです。。ですが現在妊娠してるので結婚すると思います。) 
彼の部屋には空海の絵と水が備えており、彼は日々お守り持たない日はありません。

私の母親の実家は信心深く、毎朝の読経やお供え?をかかさない家ですが、私自身生活していた実家は仏壇はありますが信心深くありません。お盆のお墓詣りなど、近所に見えるところだけします。

彼の育った環境も、それに関わる人々もとても温かく、うまく言えませんが、仏様に愛されている人、という感じを受けました。母の実家もそんな印象です。仏壇の周りが明るいというか。。 
うちの仏壇は暗くてなんだか近寄りがたい印象です。実際に、帰省した折のお菓子を備えて手を合わせるときぐらいしか行きません。

私自身は信心のなさや、食への執着や自立出来てない心もあり、なんだか一緒にいるのが居た堪れない気持ちを感じます。憧れもあるのかもしれません。

なので、彼や母の実家の人々といても気後れしないよう、信心があまりない私ですが、仏教に入門したいなと思います。 
何から始めれば良いのか全く分からず相談させていただきました。

前置きが長くなってしまいましたが、 
日々の読経を含め、行いや心持ちなど、ご指導いただければと思います。

彼や両親に相談すれば良いと思われるかもしれませんが、気にしなくていいと言われてしまいますし、知らないことや信心がないことが恥ずかしく中々強く聞けないでいます。

よろしくお願いいたします。


【拙回答】

「四聖諦」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

仏教は信仰も大切ながら、それよりも実践思想哲学的な側面も強くございます。

是非、これから仏教を少しずつでも学ばれつつに、実際の生き方、人生における実践にもお役立てを頂けましたら有り難くに存じます。

お釈迦様による教えはたくさんございますが、そのもともとの原理は何かと申しますと、お釈迦様がお悟りを開かれてから始めて教えをお説きになられた「初転法輪」の中で説かれました「苦・集・滅・道」の四つの聖なる真理「四聖諦」(ししょうたい)となります。

それは、例えば、私たちは、代表的に八苦する中にありますが、それらの苦しみには、その苦しみという結果へと至らしめている因縁(原因と条件)が必ずあって、苦しんでしまっているのであって、その苦しみをもたらしてしまっている因縁を何とか解決して、より良い結果へと向かわしめるための因縁へと変えていくことができれば、やがて、苦しみを滅することができ、更に、仏道の実践によって、悟り・涅槃へと至るための因縁もしっかりと調えていくことで、いずれ、悟り・涅槃へと至れることになるものであるとして、そのための方法論を、お釈迦様が、対機説法、善き巧みなる方便(善巧方便)を駆使なさられてお説きになられております。

ですので、これから仏教を学ばれていかれる際にも、少し上記の「四聖諦」を意識されながら理解を進められていかれると良いかと存じます。

共に頑張って参りましょう。

八苦・・「生・老・病・死の他に、愛するモノ・コトとも別れなければならないという苦しみの愛別離苦(あいべつりく)、憎しみ怨むモノ・コトとも出会っていかなければならないという苦しみの怨憎会苦(おんぞうえく)、(実体的に)求めても得られず満足できないという苦しみの求不得苦(ぐふとっく)、心身共の作用が盛んに働いていることによる苦しみの五蘊盛苦(ごおんじょうく)」

川口英俊 合掌

問い「宗派の違い」

問い「宗派の違い」

【ご質問内容】

何度も質問させていただいております。 
毎回丁寧な回答をいただいて感謝しております。

さて、私は今までキリスト教の学校を卒業し、イスラム教の国に住み、特に宗教は持たずに全ての宗教は知識として学んできた程度でした。 
元々追求すること、考えること、科学的にものを見る質なので現実的にに世の中を見てきました。 
そして最近行き着いた答えは、科学と神秘、宇宙と人間は皆同じなのだということです。 
バレエに人生のほとんどを費やしていますが、これはほぼ稽古、修行、メディテーションです。これを通していろいろなことを学んでいます。 
そこでたまたま仏教について読んだところ、正に宗教という概念もなく実践してきたことそのものだったのです。 
どんな贈り物よりも嬉しい発見でした。 
それから毎日、宗派や教えを調べましたが、困ったことに『そう言われればそうかもしれない』という教えの違いばかりなのです。結局のところ、一つの目的をもって正しく生きることを遂行すれば宗派など問題ないのでは?と思うのですが、現実問題いかがなものでしょうか。 
今後真剣に仏教を学びたいと思ったときに、どのようにして適切な宗派を選ぶべきなのでしょうか。


【拙回答】

他宗教と仏教、仏教の宗派について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

他宗教と仏教との違いは何かと申しますと、端的には、仏教には他の宗教には見られない「空」の精緻な思想哲学があるということ、では、同じものは何かとなれば、人格の向上、幸せを目指して、愛や慈悲、利他の思想哲学があるということになるのではないかと存じております。

「科学と神秘、宇宙と人間は皆同じ」というのも、仏教的には、「空にして縁起なるもの」としては同じであると言えるものと考えて良いのではないかと存じます。

仏教の宗派に関しては、色々と分かれてはいますが、最終的に目指すところは、悟り・涅槃であり、そのために釈尊がお説きになられた八万四千にも及ぶ法門の真意をしっかりと理解して、修習に取り組んでいく必要があると考えております。

それも、全ての教えは初転法輪の中にてお説きになられました苦・集・滅・道の四つの聖なる真理、「四聖諦」を原理として説かれているとして、これから幅広く仏教を学ばれていかれます中においても、その教えの原理には、「四聖諦」を意識して理解されていかれれば、さほど間違ったことにはならないのではないかと存じます。

あとは、釈尊の教えには、最高真理への誘いを意図して説かれている「勝義諦」の教えと、便宜的、一時的な理解へと向けた方便の教えとして説かれている「世俗諦」の「二諦」があるため、その教えがどちらの教えであるのかも、慎重に留意しながら学ぶ必要もございます。

もちろん、拙生もまだまだではございますが、是非、共に頑張って仏道を歩んで参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「仏教の理解と学び方」

問い「仏教の理解と学び方」

【ご質問内容】

初めて、お便りさせて頂きます。

最近、仏教の教えを知り教えを学ぼうと考えています。 
現状の仏教の理解や考え方の方向性が正しいのか確認をさせて 
下さい。

現在、深刻な悩みはなく本件のご相談は、急ぎではありません 
ので悩みごとのご相談の皆様を優先させて下さい。

■現状の理解内容(超要約して記載します) 
1)仏教の目的:涅槃(解脱)に至ること。幸せを説くこと。 
2)涅槃(解脱)への到達の方法として「四聖諦」があり、日々の 
 実践として「八正道」がある。 
3)最初に苦諦の理解の為に、無常・無我、因縁を理解することが必要 
 以下は、私の解釈した定義です。 
 無常:この世の全ては移り変わるもの 
 無我:全ては繋がりの中で変化している現象である 
 因縁:原因+条件(環境等)があって結果がある

4)今後の方向性(考え方や実践内容)について 
・目的: 
  日々の生活や仕事で、怒りなく、平穏で周りの役立つ人生を送る 
・行動や思考の指針 
 日常生活では、八正道、慈悲喜捨、五戒などを意識し、正しい判断 
 基準で行動する。 
・貪瞋痴に支配されない為の手段として、ヴィパッサナー冥想があり 
 今の瞬間に気付けるようにする。これにより、無常・無我、因縁が 
 頭でなく、身体で理解(体験・体感)できるようになる。 
 常に、今の瞬間の自分に気付くようにし、正見・正念・正定の向上 
 を図ることにより、煩悩が湧いてこないようにする。

以上の認識や方向性で、大きな誤りや重大な認識漏れがないか、 
ご指導を頂けましたら幸いです。


【拙回答】

少しでも今後の参照として

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

仏教を真摯に学ばれておられますこと、誠に尊く有り難いことでございます。

少しでも今後の参照として、お役に立てて頂けましたら幸いに存じます。

1)仏教の目的:涅槃(解脱)に至ること。幸せを説くこと。

涅槃にはいくつか種類がごさいますが、ただ自分だけが「解脱」することには留まらず、全ての迷い苦しみにある衆生を救うまでは涅槃に住さないという「無住処涅槃」もございます。できましたら、そのような境地としての涅槃を目指して精進致して参りたいものでございます。

仏教の説く幸せは、世間世俗における幸せとは全く異なっていますので、その点は注意が必要です。あえて申すならば涅槃・悟りという「勝義の幸せ」と言えますでしょうか。ですので、世間での幸せ、例えば、お金や地位や名誉、権力など、そのようなものを求める教えではないということになります。

2)涅槃への到達の方法として「四聖諦」があり、日々の実践として「八正道」がある。

「四聖諦」は、まさに仏教の要諦。この四聖諦を基として釈尊の「八万四千の法門」、「対機説法」、「善巧方便」もあるのだとお考え頂けましたらと存じます。

八正道(中道)は、三十七道品における一つの指標的な行いとなります。但し、この「正しい」には、非常に世間的、抽象的な意味合いもあり、実際に進めて行く際には、何が真に勝義的に「正しい」のかを、慎重に吟味しながら進めていく必要がございます。その見極めのためにも「智慧」の開発による「中道」の確立が絶対に欠かせないものになります。

3)最初に苦諦の理解の為に、無常・無我、因縁を理解することが必要 
 以下は、私の解釈した定義です。 
 無常:この世の全ては移り変わるもの 
 無我:全ては繋がりの中で変化している現象である 
 因縁:原因+条件(環境等)があって結果がある

「無我」については、「空」と「縁起」も併せて理解することも必要となるでしょう。般若心経における「色即是空 空即是色」の内容など。

「因縁」については、厳密に分析していけば、では、どれが原因で、どれが条件であるのかを特定させることが実はできないため(原因にも条件にも実体が無い)、その点は注意が必要となります。

制限字数の関係上、ここまでにて失礼致します。

川口英俊 合掌

問い「ブッダの一番言いたかったこと」

問い「ブッダの一番言いたかったこと」

【ご質問内容】

知識のない一般人としての質問で大変申し訳無いのですが・・・

ブッダがいた時代は、大乗仏教や宗派ができる前ですが、ブッダが一番言いたかった、伝えたかったこと(メッセージ)というのは、大乗仏教の中にどう生きていると思われますか(大乗仏教の様々な宗派の中でどの部分に一番それが象徴されていますか)?

大乗仏教において、ブッダの教えとその宗教としての儀式などがどこか矛盾していると感じてしまうことがありますがそれはどう捉えればよいでしょうか。(ブッダのいう悟りから得たもの(教え)と大乗仏教の在り方が矛盾してみえることがある)

菩薩という存在は、大乗仏教のなかでどう捉えたら良いのでしょうか。

【拙回答】

「不放逸なれ」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

釈尊は、最期の教えとして、「もろもろの事象は過ぎ去るもの(無常)である。怠ることなく修行を完成なさい。」とおっしゃられました。

「不放逸(ふほういつ)なれ」。

これが最期のお言葉であり、大切な釈尊のお言葉の一つと考えられます。

釈尊は、悟り・涅槃へと向けて、「善き巧みなる方便」により仏教を説示なさられました。

「対機説法」、「応病与薬」です。

もちろん、大乗仏教もその内に包摂されるものでございます。

しかし、大乗や他の分類云々は、あまり分けて考えられても意味のないことであると考えております。

とにかく、釈尊の教えの全てには、聖なる四つの真理、「四聖諦」が原理的に控えているとお考え下さい。

「・・仏教における教えの中でも、その要諦となるのが、何よりもお釈迦様が最初に教えを説かれた「初転法輪」の中での「四聖諦」であり、それは、例えば、私たちは、代表的に八苦する中にありますが、それらの苦しみには、その苦しみという結果へと至らしめている因縁(原因と条件)が必ずあって、苦しんでしまっているのであって、その苦しみをもたらしてしまっている因縁を何とか解決して、より良い結果へと向かわしめるための因縁へと変えていくことができれば、やがて、苦しみを滅することができ、更に、仏道の実践によって、悟り・涅槃へと至るための因縁もしっかりと調えていくことで、いずれ、悟り・涅槃へと至れることになるものであるとして、そのための方法論を、お釈迦様が、対機説法、善巧方便を駆使なさられてお説きになられたのであります。・・』

そのお教えを、それぞれに合った「カタチ(合うカタチも因縁(原因と条件)によって様々に変化していく)」にて、怠ることなく学び修することにより、しっかりと悟り・涅槃へと向かって参りたいものでございます。

菩薩は、智慧と福徳(功徳)の修行実践者のことであり、その中でも、特に、福徳を修習するのに重きをおいている者のような印象がありますが、皆、悟り・涅槃へと向けては、智慧と福徳(功徳)の修習に取り組むべきことになります。修行実践者の一つの「カタチ」として、それもあまり分けて考える必要もないかとは存じます。

「不放逸」にて仏道に取り組んで参りたいものでございます。共に頑張りましょう。

川口英俊 合掌

問い「御経の事について。」

問い「御経の事について。」

【ご質問内容】

おはようございます??

何回か質問や相談をさせて頂いている者です。

仏教が好きで御経に興味がありまして、法華経や般若心経や真言の意味を知りたいと思っていてSNSとかで調べてみたりはしてますが、hasunohaというコミュニティ-で御住職様達と交流する機会を作って頂きましたので、御経の意味を知りたいと思って書き込みさせて頂きました。

普段からお付き合いがある菩提寺の御住職様に前々からお経の意味を知りたいから質問してみたいとは思ってましたが、法事でしかお会いする機会がなくてタイミングが合わないので、hasunohaの存在を知ったのでここに参加されている御住職様達に御経の意味を教えて頂きたく質問させて頂きましたので、お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします。

【拙回答】

「四聖諦」から各お経の内容を理解していくことについて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お経の内容は、お釈迦様の膨大な教えが表されたものとなりますが、それらの教えの数が、「八万四千(の法門)」と言われますように、「対機説法」・「方便」(その人それぞれの苦しみ、迷いに対して的確に応じて説かれた)によって、それだけお説きになられているものとなります。

その趣旨・目的は、もちろん、「悟り」・「涅槃」へと至らしめていくためとなります。

その対機説法・方便を理解する上で、最も大切となる基本的な教えが、何よりまず初転法輪の中においてお説きになられました、「四聖諦」という「苦諦・集諦・滅諦・道諦」の四つの聖なる真理になるのではないかと存じます。

「四聖諦」とは、私たちには、代表的に四苦八苦(生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)する中にありますが、それらの苦しみには、その苦しみの結果へと至らしめている因縁(原因と条件)が必ずあって、苦しんでしまっているのであって、その苦しみをもたらしてしまっている因縁を何とか解決して、より良い結果へと向かわしめるための因縁へと変えていくことができれば、やがて、苦しみを無くすことができ、更に悟り・涅槃へと至るための因縁をしっかりと調えていくことで、いずれ、悟り・涅槃へと至れることになるものであるとして、そのための方法(仏道)を、お釈迦様は、「善巧方便」を駆使なさられて仏教をお説きになられた次第でございます。

ですので、全てのお経の内容も、それはまず、「四聖諦」ということを基本的な原理として説かれているものであるとして、ご理解を頂けましたらと存じます。

また、各個別のお経の内容、その一部等の内容につきまして、お聞きになられたいことがございましたら、どうぞお気軽にご質問下さいませ。

仏教の修習のための少しなりにもお役に立てれましたらと存じます。

川口英俊 合掌

問い「ぼーずなんかくそくらえ、世の中良いことなんか何もない」

問い「ぼーずなんかくそくらえ、世の中良いことなんか何もない」

【ご質問内容】

いいこと何もなし

【拙回答】

「お坊さんのことは嫌いでも、仏教は嫌いにならないでください」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「お坊さんのことは嫌いでも、仏教は嫌いにならないでください」

お釈迦様のお教えは、誠に尊く有り難いものでございます。どうか私たちのことを嫌いになられても、仏教のことは嫌いにならないでほしいと存じます。是非、共に少しずつでも仏教のことを学ばれて、修していって頂きたいと存じます。

お坊さんとはいえども、まだまだほとんどの皆様が大なり小なり凡夫であり、悟りを目指して修行中の身でございます。

お坊さんも普通の人間である以上、時には、欲望や煩悩に負けてしまって、過ちを犯してしまうことだってございます。そんな時には、もちろん、皆様からのご批正、ご叱正が必要でございます。

そのご批正、ご叱正は、私たちが襟を正し、足元を見つめ直す上においても、誠に大切なことになります。

ですので、是非、これからも厳しくご批正、ご叱正を賜れましたらと存じます。

「世の中良いことなんか何もない いいこと何もなし」・・

良いも悪いも、全ては因縁(原因と条件)次第、己の心のありよう次第となります。良い因縁があれば、良い結果となりますし、悪い因縁があれば、悪い結果になるというもので、それも、それぞれの捉える心のありようにても様々に捉え方次第にて変わるものとなります。人間万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如しなどとも申しますし。

とにかく、虚無主義や悲観主義に陥られるのにも、そのように思われる因縁があると考えます。

その因縁をしっかりと見極めて、因縁をより良いものへと変えてやる努力をすることで、良い結果へと変えていけるようになると考えます。

「何もない」ということではなく、何か良い結果へと向けては、良い動機と良い行動をしていくことが大切になるとお考えを賜れましたらと存じます。

この因縁果の理を中心として、お釈迦様は「苦・集・滅・道」の四つの聖なる真理から、仏教をお説きになられ始めました。

まずは、その聖なる四つの真理を学ぶことから、是非、仏教にご入門を賜れましたら有り難くに存じます。

また、学び進まれる中で、どうしても分からないことがございましたら、どうぞhasunohaで気軽にご質問下さいませ。

共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「縁起について」

問い「縁起について」
http://hasunoha.jp/questions/2558

【ご質問内容】

縁起にも様々な種類が有りますが、釈迦や龍樹が説かれた縁起の違いとは何でしょうか?

また、縁起=空=無自性は恒常不変である万物を想定しませんが、縁起の働きそのものは永遠ですか?
それとも縁起自体もやがて死滅する物でしょうか?
もし縁起が死滅するとして、その後に訪れるのは一体何だと思われますか?

【拙回答】

「縁起」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

釈尊のお説きになられた「縁起」は、「此があれば彼があり、此がなければ彼がない、此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す」という「此縁性の縁起」として、主に「四聖諦」や「十二支縁起」の理解のためにお説きになられたものではないかと存じます。

龍樹大師がお説きになられた「縁起」は、「相依性の縁起」とよく言われますが、その目的は、徹底した「実体の否定」として、私たちの顛倒したモノの捉え方、誤謬の対治に向けて主眼が置かれているのではないかと考えることができます。

「縁起」は、あくまでもモノ・コトのありようのことを示唆するための表現であって、「縁起」そのものにも何か「実体・自性・自相」があるわけではありません。「縁起」が、「永遠であるのか、永遠でないのか」とか、「縁起」が、「生じるとか、滅するとか」というのは、議論にそぐわないものになるのではないかと存じております。

もちろん、この宇宙に一応、モノ・コトがある限り、それは「縁起」によって成り立っているということにはなります。そして、また、「縁起」によりて、何らかモノ・コトが成り立っていくことにはなるのでしょう。

では、いずれこの世界、宇宙も完全なる「絶無」となるのかどうかということは、正直、「無記」と言わざるを得ないのではないかと存じますし、あまりそのことを議論するに益はないのではないかと存じております。

仏法において「縁起」や「空」の説かれる主目的は、あくまでも、迷い苦しみ、煩悩・無明の排撃のためとなります。

しっかりと迷い苦しみ、煩悩・無明の排撃と正しい悟りへと向けて、「空と縁起」を理解して参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「共通のお経」

問い「共通のお経」
http://hasunoha.jp/questions/2116

【ご質問内容】

こんにちは。いつもhasunohaを読ませて頂いております。

質問です。先日知人の親族の葬儀がいくつな重なりお通夜に参列してふと思いました。

宗派問わず統一されたお経ってありますか?
元々はお釈迦様が仏教を広めたのでしょうから仏教経みたいな…

よろしくお願いします

【拙回答】

「仏教聖典」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

いつもhasunohaをご愛読頂いておりまして、誠にありがとうございます。

「宗派問わず統一されたお経ってありますか?」・・実は、そのような趣旨において編纂されている仏教聖典というものがございます。

仏教伝道協会・「仏教聖典」について
http://www.bdk.or.jp/buddhism/index.html

「仏教聖典」とは・・

お釈迦さまとして知られる仏教の開祖、ブッダ(仏陀=目覚めた人の意)が説いた真実の教えを集めた「お経」の中から、教えの大切な要素とたとえ話を選び、それらを日常のやさしいことばにかえて表現したものです。

「ブッダの開いた教えがわかりやすい言葉で、世界中の誰にも心通うように」との思いで「仏教聖典」は作られました。

・・

「仏教聖典」は、どこかの大きなホテルに宿泊された際にでも、鏡台の引き出しの中に聖書と共に置かれていることもございますし、また、仏教伝道協会さんにおいて販売もされているようですから、宜しければお買い求め下さいませ。

http://www.bdk.or.jp/buddhism/book01.html

さて、お釈迦様の残されたお教えが様々に仏典として現在に伝わっております。「八万四千の法門」と言われますように、それだけ方便(その人それぞれの苦しみ、迷いに対して的確に応じて説かれた)として仏教をお説きになられた次第でございます。

その方便において最も基本となるものが、「四聖諦」という、苦諦・集諦・滅諦・道諦の四つの聖なる真理でございます。

私たちには、代表的に四苦八苦(生老病死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)する中にありますが、それらの苦しみには、その苦しみの結果へと至らしめている因縁(原因と条件)があり、苦しんでしまっているのであって、その苦しみをもたらす因縁(原因と条件)を何とかすることができれば、必ず苦しみを無くすことができるとして、そのための方法(仏道)を善巧方便を駆使なさられて釈尊は仏教をお説きになられたのでございます。

ですので、全てのお経の内容も、それは「四聖諦」を基本原理として説かれているものであるとして、補足として少しくご理解を頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「会いたいです」

問い「会いたいです」
http://hasunoha.jp/questions/1381

【ご質問内容】

父が亡くなって一か月です。
不器用だったけど優しくて、大好きな父です。
もういないと考えると寂しくて悲しくてたまらなくなります。

毎日のように骨壺をあけて骨を触ってしまいます。
いなくなったのを納得したい気持ちと、父がいたことを少しでも覚えておきたい気持ちで触ってしまいます。

もう少ししたら納骨することになります。
そしたらもう触れないと思うと、寂しいです。
でも母や兄たちには言えません。
家族みんな寂しい気持ちを乗り越えようとしてるのは同じだとわかるから。
でも、寂しい。

誰でも大切なひとを亡くす経験をすると思いますが、どうやって気持ちに折り合いをつけているのでしょう。
悩んだときにいつも話を聞いてくれたのは父でした。
父に会いたくてたまりません。

【拙回答】

「愛別離苦」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

皆、誰もが大切な人との別れは、つらく、悲しい、寂しくなるものでございます。

愛別離苦の苦しみ・・

愛別離苦につきましては、これまでにも下記の各問いにてお答えさせて頂いて参りました。

「愛別離苦について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319854.html

もちろん、すぐには乗り越えられない、折り合いはつけられないものであって当然です。それがゆえにも仏教では、私たちの代表的な苦しみとしての八苦(生苦、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎会苦、 求不得苦、五蘊盛苦)の一つとして「愛別離苦」も挙げられている次第でございます・・

しかし、釈尊は、これらに代表されている八苦の苦しみを無くすためにはどうするべきであるのかという教えをお説きになられておられます。その基本となるものが、「四聖諦」(苦諦・集諦・滅諦・道諦)という教えとなります。

「・・苦しみは確かにあるが、その苦しみには、必ず原因・条件(縁)があり、その原因・条件(縁)をしっかりと見極めた上にて、その原因・条件(縁)を解決させることによって、当然に結果としてのその苦しみを無くすことができるのだとして、そのための方法・手段を様々に巧みなる方便にてお説きになられました次第でございます。・・」

拙生もまだまだではございますが、mika様もこれから少しずつでも仏教を学び修されていかれる中で、それらの苦しみも乗り越えていくことができるようになっていくのではないだろうかと存じております。是非共に頑張って参りましょう。

また、悩みがある時には、いつも話を聞いてくれておりましたお父様の代わりといっては、まだまだ役不足かもしれませんが、是非、hasunohaへとこれからも気軽にご質問、ご相談なされて下さいませ。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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