hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

因果

問い「仏教徒に対する疑問パート7」

問い「仏教徒に対する疑問パート7」

【ご質問内容】

前回の質問で回答したお坊様に言いたいことがあるんです 
実は僕は丹下様が薦める瞑想をやってるんですよ 
瞑想やってて気づいたんです 
瞑想で雑念を払いリラックスしてるとヒッグス粒子みたいな赤や黄や青の粒が見えてきて 
そしてその状態でいるとだんだん神妙な気分になって 
我欲の全てがその粒の流れと共に消えていく感じになってボーっとするんです 
その状態でいるとだんだん無になってく感じで無になったような瞬間 
瞑想してたことも忘れたかのようにハッとしてまたさっきの状態に戻るんです 
この繰り返し 
まるで息を吸って吐くように 
煩悩と悟りが交互でくるように 
蕎麦食ってまた腹へって蕎麦食ってまた腹へってそれを繰り返してたら 
なんで腹減らなきゃいけないんだなんで蕎麦食べなきゃいけないんだ 
誰がそんなルール先に作ったんだってなりません? 
そうなると人間もこの世界も全てを先に作った原因と結果だってなりますよ 
でもそれを作ったのは?それすらも作ったのは?それすらも作ったのは? 
こうなると原因はわからないでもなんかの原因と繋がってて結果が出る 
因のわからない果の法則じゃないですか 
そうなると悟り開いても原因はわからないでもなんかの原因と繋がってその結果で煩悩が湧くと思うんです 
この因のわからない果の法則が悟りであればなぜ人は煩悩があって生まれるのか?それが煩悩ならば悟りは諸行無常で形を変えただけの煩悩ではないのか? 
それが量子力学みたいに悟りと煩悩なら両者とも同じ境地にいるのではないか? 
とにかく悟り開いても原因はわからないでもなにかの原因と繋がり煩悩が湧くと思うんです 
この因のわからない果の法則や因果関係は実体があって悟りは空だから悟り開けばそことは無縁になれるってぶっ飛びすぎじゃないですか? 
実という原因あっての結果の空なんですから 
その空に行ったお釈迦様の前に過去仏がいるって変ですよね 
それが居座る場所をまるで因のわからない果の法則がすでに結果となって作ったような 
因のわからない果の法則や因果関係から解脱できなければ悟りと煩悩は共存し続けると思うんです 
だから悟り開いたお釈迦様は梵天に煩わしい娑婆の世界に行かされたと 
お釈迦様が煩悩のない悟りを開いたと証明できないなら 
そんな人は全知を知りえないそんな人の教えは瞑想を神格化して 
ありもしない悟りという虚像の神を拝んでるだけじゃないですか?


【拙回答】

ツォンカパ大師・中論註「正理の海」(正理大海)

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

因果の法は、どちらかと申しましたら、便宜的・方便的な教えとなり、「縁起」を考える一つの方法論に過ぎないところがございます。

しかし、正理知により考察するならば、因、縁、果というものも実体・自性・自相としては成り立っていない「空」なるものということになります。

一切は「空」であるものの、顕現を認識する主体の側における煩悩障・所知障により、色々と迷乱が生じてしまうところとなっております。

仏教を修習し、煩悩障・所知障を完全に対治、断滅することによって、やがて悟り・涅槃へと至れることとなります。

もし、ご興味がありましたらとなりますが、前回も述べさせて頂きました龍樹大師「根本中頌」(中論)の内容を読解されていかれましたら、色々とご疑問のことについても、有為に学び得られるところがあるのではないだろうかと存じます。

そして、その「根本中頌」に関しましては、色々な注釈書がございますが、その中でも特にお勧めは、ツォンカパ大師・中論註「正理の海」(正理大海)でございます。

また、可能でしたら、チャンドラキールティ大師「入中論」も併せて読解されるのも良いかもしれません。

川口英俊 合掌

問い「仏教徒に対する疑問パート6」

問い「仏教徒に対する疑問パート6」

【ご質問内容】

では回答率99.9パーセントのお坊様に質問です 
前回の質問の答えに大慈様が言われた内容ですが 
仏教では世界の始まりは「わからない」、「無始」、「無記」であると 
これって原因である始まりを無視して結果であるこの世界だけを見てる 
因を無視した果の法則ですよね 
そして「蕎麦のレシピばかり論じる(原因)蕎麦がのびる(結果)とっとと食え(対策)」 
「頭の中でこねくりまわすから(原因)迷いが続く(結果)頭の中でこねくりまわすのを止めましょう(対策)」 
この対策こそが瞑想で悟りを開くことですよね 
お釈迦様は生まれた時から瞑想すれば悟りを開けるなんて知らないですよね 
ではお釈迦様に瞑想を教えた人は誰ですか?そしてその人にも教えたのは?そしてその人にも教えたのは? 
仏教→バラモン→ヒンドゥー→ゾロアスターと土着信仰の融合→メソポタミア 
こうやってどんどんどん突き止めると悟りを開く瞑想を教えたのは因を無視した果の法則ですよ 
因を無視した果の法則が悟りの瞑想法を作り因果関係のシルクロードを渡って我々に瞑想を教えたというのに 
瞑想で悟りを開けばこの因果関係や因を無視した果の法則からも解脱できるってぶっ飛びすぎてないですか 
悟りの境地の空間ですら先に因を無視した果の法則が始まる前から終わった状態での結果として作られたと思うんです 
そうすると煩悩と悟りは最初から二つの性質が同時に存在する量子力学みたいに共存してると思うんですが? 
あと諸行無常の教えで全てのものは変化するなら 
善業も悟りも幸せも形を変えただけの煩悩ではないんですか? 
涅槃の境地で夜に眠り煩悩で朝に起きて  
涅槃の境地で瞑想してて煩悩で仕事行かなきゃいけなくて 
涅槃の境地のお釈迦様は煩悩の梵天に娑婆の世界行かされた様に 
悟りと煩悩は共存してると思うんです もしくは形を変えただけか 
良文様が言われたヴィトゲンシュタイン様の形而上学的な疑問は言葉で説明できないという話 
最初から量子力学としてある言葉に出来る世界と言葉に出来ない世界 
その言葉に出来ない世界のような概念のないような形而上学の世界に神ならまだしも人間がいけると思いますか? 
たった6年の修行で・・・この6と言う数字・・・666 
お釈迦様が実はフリーメーソンのメンバーで仏教をある理由で作ったとか思ったことないですか? 
物事を理屈で考えさせない政治的プロパガンダのためとか


【拙回答】

龍樹大師「根本中頌」(中論)読解の勧め

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

因縁果、因果の法というものにおいて、本来、因にも縁にも果にも、実体・自性・自相としての成立はありません。

もしかすると、因や縁や果というものが、それぞれあたかも実体としてあるかのようなとらわれを起こされてしまわれている可能性がございます。

そこで、是非、お勧め致したいのが、龍樹大師の「根本中頌」(中論)となります。

第一章から、因縁をどのように観ていくべきであるのかについても説かれております。

是非、学ばれて理解を進められてみて下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「試練、、、」

問い「試練、、、」

【ご質問内容】

たまに、色んな人が言っているのを聞いたことあるんですが、"神様はその人が乗り越えられないことを与えないから、やっていけば大丈夫"みたいな感じなのをよく聞くんですが、これって本当にそうだなって思ったり、そんなの嘘だって思いますが、ホントにそのようなことは、あり得るのですか??

【拙回答】

因縁論・因果論

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「神様はその人が乗り越えられないこと(試練)を与えないから、やっていけば大丈夫」・・

と言われても、乗り越えられないこと、仕方のないことなど、山ほどあるけど、、と思ってしまうのは、意地悪な考え方でしょうかね。。

仏教では、運命論・宿命論は否定されることになります。その代わりに、因縁論、因果論を重視致します。

良い因縁(原因と条件)によっての良い結果を、ということになります。

とにかく、良い結果を出したいのであれば、良い因縁に努めることが必要となります。

ただ「やっていけば大丈夫」というのではなくて、何か良い因縁に繋がる具体的なアドバイスがあると助かりますよね。

川口英俊 合掌

問い「悪い因果の解消」

問い「悪い因果の解消」

【ご質問内容】

何度も同じ事の繰り返しから抜け出られなくて 
焦燥感は 精神の病気からでしょうか? 
毎日が不安です。 
爽快感など感じられず。 
何をするにも疲れて長続きできない。 
今の状態 生活から抜け出したいです。 
働ける 体 心 の状態を取り戻したいです。 
何処で人生が狂ったのか 先ずは因縁がすっかり無くなり良い因縁を積めるような状態作りたいです。

【拙回答】

副腎疲労、慢性疲労症候群の疑いも

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

精神・心の不調は、身体の不調からきてしまっている可能性もございます。

疲れやすいとのことにて、もしか致しますと、副腎疲労、慢性疲労症候群であるかもしれません。

一度、慢性疲労症候群を疑って、扱いのある医療機関を受診されてみられても。

まずは、身体の不調をしっかりと治されて、それからできることを増やされつつに、焦らずに少しずつ少しずつです。

どうか心身共にご快復なされて、善い因縁をしっかりと調えていけるようになられますことを、心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「人は何故不安になるのでしょう」

問い「人は何故不安になるのでしょう」
http://hasunoha.jp/questions/1509

【ご質問内容】

先が見えないからなのか、人は不安になりますね。
写経をして心を落ち着かせても、寺社巡りをして自分の叶える事の意志を神様や本尊様にお願いしても不安は、消えません。
今がまさにその時なのです。
この不安は、どうしたら良いのでしょうか?

【拙回答】

「不安定」がこの世の本質である

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

さて、実は、「不安」というのが、この世の本質、性質としてございます。

逆に「安定」は、この世において今のところあり得ないというものになります。

これは何故かと言いますと、そもそもこの宇宙の始まりである「ビッグバン」が「不安定」(相反する超素粒子同士の衝突のアンバランス)より始まってしまっているからでございます。

その不安定、アンバランスであるがゆえに、その後も様々なあり様が展開されていくこととなりまして、拙生もRika様も、地球上、宇宙上の全てのものたちも今、このように存在することができています。

つまり、「不安定」・「アンバランス」でないと、私たちは存在しえてはいなかったということになります。

このことを仏教的に申しますと、「無常」や「無我」、「空」、「無自性」、あるいは「縁起」として説明することになりますが、ひとまず難しいことは置いておいて、とにかく、「不安定」であるからこそ、原因、条件、結果という「因果」、「因縁果」の流れというものも成立しているのでございます。

話を少し戻しまして、私たちの心が「不安」になるのも、要は、この世の本質・性質を理解していないことに起因し、どうしても「安定」を求めてしまう、「安定」がほしいと望んでしまうところにあります。

この「安定」というものを仏教用語的に置き換えますと「実体」や「自性」などとして、「永久永遠に変わらないもの」、「独立自存なるもの」と言ったものになってしまうのですが、もし「安定」ということがあるのであれば、それは何も変化することのない無機質な世界、永遠に全てが止まってしまっている動かない世界、または、無なる世界であって、そんな世界をRika様は逆にどのようにお考えになられますでしょうかね・・

もっとも、そんな世界はあり得ない想像上の架空の世界であって、現実世界は、「不安定」が本質であり、まずそれを認めた上で、逆に不安定であるからこそ、色々と変化もしていくし、させてもいけるものだと理解して頂いて、仏教的には、より善い因縁による、より善い流れに乗って、やがては悟り・涅槃という結果へと向かって参りたいということになります。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「私はなぜ、何のために生まれてきたのですか」

問い「私はなぜ、何のために生まれてきたのですか」
http://hasunoha.jp/questions/1187

【ご質問内容】

初めての投稿です、お世話になります。

現在、契約社員として勤務しております。もう10年を超えて働いております。正社員とは、仕事内容は同じ、収入に違いがあります。
正社員への登用試験が不定期にあり、今までに三回受けましたが、すべて最終面談まで行くも落とされています。
先日も、試験不合格の通知を受け取ったところです。

契約社員とは言え、資格も正社員より持っておりますし、契約成績も上位のほうで、何度か表彰もいただきました。
今回、同じ試験を受け、合格した面々を見ると明らかに自分より(会社にとって)価値がないひとばかりなのです。

収益をあげていないひと、周りから使えないと評判のひと、主要部門でないひと。
そして、重役の子供であったり、役員の親戚の人が多いのです。

また、正社員になる必要のない暮らしぶりのひとばかりで(重役の親類ですから)、シングルマザーの私は不合格。

私も、いつか正社員になりたいと願うからこそ努力を重ねて参りました。
とても立派なひとが合格しているならともかく、本当に納得がいきません。
私の周りのひと(=私の仕事ぷりを知っているひと)もこの結果に首を傾げています。

あるひとに言われました。努力の報いは自分でなく、自分の子供に帰ってくると。
でもみんな、自分のも、自分の子供の幸せも追っていますよね?
その人の言葉を前向きに捉えて、自分が不幸になればなるほど娘のためになると考える努力をしてはいますが、どうして私だけ、自身の幸せは願ってはいけないのかと悲しくもなります。
今は、早く死にたいと思ってなるべく不摂生にしています。死という最大の不幸が訪れれば娘に幸福がやってくるし、私も悲しい気持ちで生きていかなくて済むからです。
いつか来るその日まで、こんな思いで生きていくのは辛いですが、それでもそれを夢見て頑張らなくてはいけないんですよね。
私だけ、どうしてこんな人生なんだろうと、涙が出ます。次の試験は、という気持ちにもなりません。だって、コネにはかないませんから。
私の何がわるいのでしょう?
そして、私の不幸の代わりに絶対に娘に、幸福が来るのでしょうか?不幸なだけで何も帰ってこないと損ですよね。もう本当になにもかも嫌になっています。
こんな思いをするためだけに生まれてきたのかと思うと親、先祖まで憎んでしまいそうです。

【拙回答】

「自業自得」・「因果応報」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

生まれた意味とは何か、どうして生きることは辛いのか・・拙生もまだまだ考えることがございます。

生きる意味や生きる事につきましては、これまでにも下記の各問いにてお答えさせて頂いて参りました。

生きる意味について
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_318924.html

生きる事について
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_318925.html

誠に仏教の教えには、その答えになるヒントが多くございますので、是非、この機会から少しずつでも学び修して頂けましたら有り難くに存じます。

さて、「努力の報いは自分でなく、自分の子供に返ってくる」・・

もちろん、よう様におけることで多少は子供にも善くも悪くも影響が及ぶこともありますが、仏教の基本的な考え方と致しましては、「自業自得」、「自業自得果」、あるいは「自因自果」という言葉がございますように、己の行い(身口意の三業)の結果は、己自身が受けることとなります。

大雑把に述べますと、例えば、自分が大学に合格したいと勉強して頑張って身につけた実力による試験の直接の結果で、他人が合格するということはあり得ませんよね。

それこそ、現在、不摂生をされておられるよう様の結果が、直接に他の誰かの病気になることもありません。

ただ、他人に影響を与えて、例えば、共に合格を目指している友人やライバルに良い影響を与えられたり、また、タバコを吸っていて、副流煙で他人に害を与え てしまったり、よう様の不摂生も娘様に何か悪い影響を与えてしまうことなどはあり得ます。(どうか自暴自棄になられませずに御身体ご自愛下さいませ)

また、「因果応報」と言われますように、この世における全てのモノ・コトには因果の法、正式には因縁果の法が働いており、必ずモノ・コトの結果には因縁(原因と条件)がございます。

その因縁果の流れをより良いものへ、幸せな結果へと変えるためには、やはりそれなりの因縁を積む努力が必要となります。その流れをより良く変えるためにも仏教の学びが大いに役立つかと存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

「 仏教の基本的な理解のために 」 平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料

平成27年3月・春彼岸施餓鬼法要・配布資料

『 仏教の基本的な理解のために 』

岩瀧山往生院六萬寺 副住職 川口英俊

はじめに・・

平成24年11月からスタートした「お坊さんがこたえるQ&Aサービスhasunoha(ハスノハ)」 http://hasunoha.jp/ に参加致しまして、2年が過ぎました。サービス開始当初から回答させて頂きまして、平成27年3月2日にて、ようやく500回答に達成することができまし た。多くの皆様から日々、多種多様なご質問を頂きまして、浅学菲才の未熟者ではございますが、他の登録僧侶の皆様と共に何とかここまで継続してお答えする ことができて参りました。この間、お答えさせて頂きました内容を振り返りまして、仏教の基本的な理解のために、今一度、確認しておくべきことにつきまし て、この度は改めて述べさせて頂いておこうかと存じております。どうぞ少しなりともご参考にして頂けましたら幸いでございます。

【 hasunoha拙回答の基本的な前提となる考え方について 】
http://www.hide.vc/h1.html

大前提 「 空と縁起の理法に反する考え方の否定 」
小前提
 1、実体的・絶対的な存在の否定、常見と断見の否定。
 2、輪廻思想・業論を否定しかねない考え方の否定。
 3、善因善(楽)果・悪因悪(苦)果の因果関係を破壊しかねない考え方の否定。
 4、仏教の修道論(智慧開発・善徳行・利他行・菩薩行)を無用化させかねない考え方の否定。
 5、無際限・無限定に如来の慈悲を根拠として引用しての楽観的な救済論の否定。
 6、仏教を不要化させかねない楽観的な現実全面肯定の理論の否定。
 7、神秘主義的な考え方の否定。

この以上の項目の内容に関しまして、今回は、補足を少し述べさせて頂くことにより、仏教の教えの理解へと向けた基本的なことについて考えて参りたいと存じます。

まず、仏教の修習において大切となるのが「智慧と福徳(方便行・善徳行・慈悲利他行)」の二つとなります。

智慧は、賢さを表す言葉ですが、その賢さとは、真理を悟るための力となるため、しっかりと学び修していくことが望まれます。その内容とは、端的には「空」 を悟ることになります。「空」を悟ることによって、全ての遍くに貫いている真理のありようを理解し、特には、誤った見解、邪見、とらわれなどを無くすこと が求められることになります。

「空」とは、あらゆる全てのモノ・コトには、「実体・自性・自相が無い」という事態を示しますが、簡単には、そのモノ・コトが、それ自体の側において、永 久永遠に変わらずに存在し続けているような様態としては成立していないということを表します。もう少し詳しく述べるならば、他に(例えば、要因や条件、要 素・部分等に)依存せずに独立自存として成立しているものがあり得ないということになります。

もっと更に分かりやすく述べるならば、もしも、他に依存せずに独立自存として存在するものがあるならば、一応、この宇宙の始まりと言われているビッグバン 以前からも、それはそれとして変わらずに存在していなければならないことになります。もしも、仮にあなたのその現在の心身が実体として有ると言うならば、 その現在の心身そのままのものが、ビックバン以前からも実体として存在して有るということにならなければいけません。しかし、もちろんそんなことはあり得 ないのですが、そのようにして、「実体・自性・自相が無い」という事態の理解を、あらゆる全てのモノ・コトへと及ぼしていくことで、これで間違いないとい う心底からの「空」の了解が必要となります。

ただ、ここで気を付けないといけないのは、「実体・自性・自相が無い」と述べても、何も無いという「虚無・絶無」ではありません。確かに現にモノ・コトは モノ・コトとして存在しています。但し、その存在のありようは、「縁」(よ)って「起」こっているという「縁起」(※三層の縁起のあり様につきましては、 以前の資料をご参照下さいませ)を理解することが同時に大切なことになります。

そのようにして、「空と縁起」を正しく理解するのが、「中道」の智慧となります。これが、大前提と小前提1の理解において必要なことになります。

次に、小前提2における輪廻思想・業論について、「輪廻」とは、迷い苦しみ(惑・業・苦)の連環のことであり、「業」は、身・口・意(身体・言葉・心)に よる言動の積み重ねのことで、これから先の結果へと繋がる要因・条件にもなっていくものであります。無明(根本的な無知)・煩悩に支配されたままであれ ば、迷い苦しみから逃れることができないということと、無明・煩悩に支配された状態における悪い言動の数々は、悪い結果をもたらす要因・条件になってしま い、もちろん、その逆に、無明・煩悩から離れた、もしくは離れるために行われる善き言動は、善い結果をもたらす要因・条件になることになります。輪廻・業 論の否定は、無明・煩悩、あるいはそれらによる悪業、または、悟り・涅槃、あるいはそれらへと向けた善業や仏道までも否定してしまうことに繋がりかねない ため注意が必要となります。

また、上記の小前提2におけることと同様に、小前提3の「善因善果・悪因悪果の因果関係」の否定も、悪業・善業の否定、無明・煩悩や悟り・涅槃の否定、仏 道の否定となってしまうため、やはり注意が必要となります。この「因果の理」は、全ての仏教思想に通底している基本的な理となります。モノ・コトは、必ず 因果の理、あるいは条件という意味の「縁」も加えて、「因縁果の理」によって成り立っていることを、まずはしっかりと理解しておかなくてはいけません。

次の小前提4としての「仏教の修道論(智慧開発・善徳行・利他行・菩薩行)」も、まさに善因善果・悪因悪果の因果関係を基本としているため、もしも、それ らを否定してしまっては、別に何もせずとも、あるいは、善業、悪業のどちらにも拘らず、何か善い結果、例えば、悟り・涅槃へと到れること、如来となれるこ とを認めてしまうことにも繋がりかねないため、否定すべきものではないと考えます。

更に、小前提5におけるように、「無際限・無限定に如来の慈悲を根拠としての救済」を説いてしまうことは、その救済の範囲をあまりにも拡大させすぎて、 「善因善果・悪因悪果の因果関係」・「仏教の修道論」を破壊してしまう恐れがあります。例えば、「いずれ如来の慈悲の中において、みんな必ずや救われる、 悟れることになるから大丈夫、安心だ」となってしまえば、それでは、どんな悪業や善業、修行にも拘らずに、いずれ誰もが救われることになり、何をしてもし なくても関係ないこと、平気なことになってしまいます。それが、小前提6の楽観的な考え方として、仏教そのものが、結局は、不要・無用となりかねなくなり ます。特に、「全ては既に悟っている、悟りの中にある、全ては皆成仏している」といったような全面肯定の考え方は危険極まりなく、それも、いずれは、「何 もしなくても大丈夫だ」となって、仏教の不要化・無用化に繋がりかねませんので、非常に気をつける必要があります。

最後の小前提7の神秘主義的な考え方も、上述のことに加えて、「何か訳は分からない、証明はできないけれども、それで悟れるらしい、救われるらしい」とい うような無責任なことを認めてしまっていけば、因果の理を否定することになり、確かなる仏道の修習が成り立たなくなってしまう恐れが出て参ります。

仏教における、その教え、考え方が正しいかどうかは、常に各々で合理的に十分に色々と検証していくことが大切であり、チベット仏教における教えの中に、 「師の教えを、ただ尊敬だけをもって受け入れるべきではなく、金細工師が、その扱っている金が本物か偽物か、その金を焼いて、切って、磨くことをもって慎 重に吟味するように、そのようにして師の教えも受け入れていくべきである」とありますように、例え師の教えであろうとも、批判的、合理的に検証を繰り返し て、しっかりと納得した上にて、その教えを修習することが大切なことになります。とにかく、心の底から納得できるまでは、合理的に批判的に検証を繰り返し ていくことが必要であり、あまりにも現実的で無いような荒唐無稽なことを狂信したり、妄信、盲信してしまっては、善い結果(悟り・涅槃)へと到れるどころ か、まるで逆の悪い結果に陥りかねない危険性もありますので、十分な注意が必要となります。

とにかく、仏教の基本的な教えについて、過去この世に顕れられた七名の如来が、共通しておっしゃられていることを端的に表すお経がございます。それが「七仏通誡偈」(しちぶつつうかいげ)でございます。

「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」
(しょあくまくさ しゅうぜんぶぎょう じじょうごい ぜしょぶっきょう)

「諸々の悪い行いをなさずに、善い行いに努め励みて、自らその心を浄らかにすること、これが諸々の御仏の教えである」

仏教の基本は、とにかく、悪い行いを慎み、悪業を積まずに、善い行いに努めて、善業を積むことに励み、心を無明や煩悩に汚されないように浄らかにして、やがて悟り・涅槃へと到れるように、確かなる仏道の歩みを進めていくことが大切となります。

確かなる仏道の歩みを進めていく上で、特に前述の「智慧と福徳」の二つのことにしっかりと修習していくことが望まれます。是非共にこれからも頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

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hasunoha拙回答・500回答到達にて検証・充電期間中。再開はお彼岸後以降の予定。どうかご容赦下さいませ。

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
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スマートフォン・携帯ブラウザも対応

hasunoha・拙回答まとめ集
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/

hasunoha・拙生紹介ページ
http://hasunoha.jp/users/16

hasunoha・拙寺紹介ページ
http://hasunoha.jp/temples/6

運営者によるhasunoha(ハスノハ) blog
http://taka.hasunoha-blog.info

東日本大震災を機縁として立ち上がりました「hasunoha」に参画できましたこと、誠に感謝致しております。微力ながらにも一つ一つ少しずつでもお役に立てれる善行・功徳となりましたら、亡くなられました皆様への追善供養として回向申し上げたくに存じております。合掌

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精読すべき本が色々と溜まってしまっておりますが・・

起心書房さんから、アティシャ大師・全訳「菩提道灯論」、「ガナチャクラと金剛乗」やインド論理学研究会さんからは、「インド論理学研究・第7号」とそれぞれ高価なる三冊の専門書がまもなく発行となります・・

起心書房
kishin-syobo.com/

インド論理学研究会
http://blog.goo.ne.jp/indianlogic

四月の参画各団体への一斉会費納入も控えており、結構な入用となります・・更には、四月には何とか東京にダライ・ラマ法王猊下様のご法話もご拝聴に参らね ばなりません・・金欠必至です・・もう、とてもお小遣いを切り詰めてというものではなく、やむを得ない色々な入用も他にあるため正直結婚前の貯金を崩して いってます・・誰かどうかお恵みを・・

現在読み進めの本・・「チャンドラキールティ大師著「四百論注」第一~八章和訳」・「ツォンカパ大師 菩提道次第大論の研究2」

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ダライ・ラマ法王猊下様のご来日のイベント追加情報

4/3「世界とのつながり~世界を変えるのは、我々一人ひとりの一歩から始まる~」
http://www.sapporo-jc.or.jp/2015/event/post-4.html
主催・ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
共催・一般社団法人札幌青年会議所

2015年度、ダライ・ラマ法王猊下様のご来日のイベント情報
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52183921.html

「ダライ・ラマ14世とチベットに迫ったドキュメンタリー、6月公開」
http://www.cinematoday.jp/page/N0071137

・・

塾長の松本紹圭様を始め、色々な諸師の皆様からのお誘いを頂戴致しておりました「未来の住職塾」・・諸事情色々と鑑みまして、この四期は見送らせて頂きま して、余程の参加できない事情が発生しない限り、来年の五期には何とか関西での開講に参加できましたらと考えております。どうかご容赦の程を宜しくお願い 申し上げます。

一般社団法人・お寺の未来「未来の住職塾」
http://www.oteranomirai.or.jp/juku/regular_course/
Facebookページ
https://www.facebook.com/jushokujuku

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勝義方便メモNo.10 「イスラーム国に関することについて」73-77追記
http://togetter.com/li/719545

「マインドフルネス」再考・ティク・ナット・ハン師の「インタービーイング」考も進めさせて頂きます。

勝義方便メモNo.9
http://togetter.com/li/681727

勝義方便メモNo.9 超宗派系一覧(2014.7.13時点)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52167906.html

「拙理解仏教図式No.7(2014.6.14)」ご提示・再考随時訂正予定
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/f11483ea1a2eb35ce5dcda72284b2bfa

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「 死後について 」平成26年9月・秋彼岸墓前回向 配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/46df9bb57071ef4f2b56161423dba66f

平成26年・お盆施餓鬼法要 法話内容 録画配信Ustream
http://www.ustream.tv/recorded/51379634

「お葬式について」平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

2013.11.19「空と縁起」に関する拙質問に対してのダライ・ラマ法王猊下様の御回答内容について
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/710b99c74854aebc871a6f75e28dde12

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2014.4.14 ダライ・ラマ法王猊下様によるチベット密教・胎蔵曼荼羅灌頂・ご報告
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/bc5c08f69d78bdda5c6cca62d17d87df

ダライ・ラマ法王猊下様今春ご来日動画集
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52160454.html

「偉大なる第十四世の長寿を祈願する如意自在王〔経〕」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/8f49efb18934ec00993d52e91c603327

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NGO「国境なき僧侶団」フェイスブック・ページ
https://www.facebook.com/pages/国境なき僧侶団/578961352183094

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【チベット問題】

チベット問題・焼身抗議等の詳細情報は、チベットNOW@ルンタ・ダラムサラ通信・中原一博氏のブログが参照となります。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/

「太陽を取り戻すために チベットの焼身抗議」中原一博氏著
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51799025.html

無償ダウンロード
https://docs.google.com/file/d/0B6cmrkvyxC23QmhCRTZyeWRrNm8/edit

「自らを灯明と化した菩薩たちの願い」~チベット問題・焼身抗議を考える~
http://t.co/PwVvYWck

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川口英俊の自動配信・デイリー自動情報収集ネット新聞
http://paper.li/hide1125/1307742529

問い「仏教では自殺は悪いことではないというのは本当でしょうか。」

問い「仏教では自殺は悪いことではないというのは本当でしょうか。」
http://hasunoha.jp/questions/985

【ご質問内容】

つい最近 「hasunoha」 をみつけて登録したものです。

早速ですが、
仏教では自殺を悪いことだとは言わないのでしょうか。

自分の肉体の生命を自分の意志で終わらせることを自殺であると定義したとき、仏教では、自殺はとがめられる行為ではないのでしょうか。

私は、キリスト教徒ではありませんが、自殺はしてはいけないとする意見に賛成するものですので、たとえば意識を失うほどの肉体の苦痛が私のところにやってきたとしても、その苦痛に忍耐するつもりで生きています。

そもそも、釈迦がいうところの「空」を素直に学べば、自殺は起こらないのではないでしょうか。

ご教示お願いいたします。

【拙回答】

「空と縁起」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

浦上様も既にご回答のように、仏教において自殺・自死を勧めるということはありません。

確かに釈尊の在世時において弟子たちが自殺されたということはございました。このことにつきましては、下記のページの内容をご参照下さい。

「仏教は自殺を本当に禁じているのか?」
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3138/suicide_buddhism.html

その上で、下記の問いにて拙見解を述べさせて頂いております。

問い「自殺してはいけない理由」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002970251.html

次に、『釈迦がいうところの「空」を素直に学べば、自殺は起こらないのではないでしょうか。』・・でございますが、「空」(無自性・無実体・無自相)という真理を理解することは、つまり、「縁起」を理解するということも大切となります。

問い「生きること、死ぬこと、どっちが辛いのか」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992500.html

上記の拙回答にて述べさせて頂いておりますように、「空と縁起」の理解を進めることが迷い苦しみを超えていく上で非常に重要な鍵となります。

このことをここで詳しく扱いますと膨大な説明が必要となりますが、誤解を恐れずに簡単に述べさせて頂きますと、「空と縁起」を理解することは、因果の理をしっかりと理解することでもあり、悪因悪果、善因善果という中で、悪い結果となることが明らかであることを自らで行うことは無くなる、しないということにて、無明・煩悩による自殺・自死(悪業となる自殺・自死)などとてもできないということになります。

とにかく、私たちは、空の理解だけではなくて、縁起の理解も誤りなくに進めることも必要となります。

是非、これからも「空と縁起」の理解を深めて頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「生きるのが死ぬのが、何もかもが不安」

問い「生きるのが死ぬのが、何もかもが不安」
http://hasunoha.jp/questions/926

【ご質問内容】

 元々心身共に良好とは言いがたい状況でした。家庭に問題があり、暗く、人付き合いが苦手でした。
 なんとか明るく前向きに生きようと思って行動もしてきたのですが、なかなか上手くいかず、どんどん病んでいき引きこもり勝ちになりました。
 そして魔が差してしまい、脱法ドラッグというものを一錠だけ服用してしまいました。正に地獄でした。そこから完全に精神がおかしくなってしまいました。

 服用したのは一錠のみで、物質的には完全に抜けていますし、依存もないです。
しかし、フラッシュバックというのでしょうか、苦しい感覚は戻ってきますし、電車も外出も苦しくなってしまいました。なんども後悔しました。

 心の底から落ち着いているという感覚がないです。常に何かに怯え、脅迫的に思考し、苦しんでいます。
 ドラッグを飲む前は苦しかったけど、漠然と救いというようなものをどこかで信じていたのだと思います。
 しかし、ドラッグで死に掛けてから全てが変わった。
あるの絶望感、虚無感です。

精神科にも行きましたが、色々調べると向精神薬も怖くて飲めません。

仏教セラピーというのも少し調べたのですが、全てはエゴが引き起こしているだの、苦しみは受け入れなさいと言われても、正直苦しい。本当に苦しい。
輪廻のお話を聞いても、正直信じられませんし、ただただ怖いです。
記憶も遺伝子も違う自分は自分と言えるのでしょうか。
この先、周りは人間も老いて死んでゆく。
自分も老いて病か天災か人災か様々な苦しみを味わい死んでゆく。
こんなとりとめもない不安が言葉を変えてやってくる。
言葉以前にただただ不安があるのでしょうか、もう分からない

こんな自分は一生苦しんで死んでいくだけなのかと思うと本当に嫌になります。

何を考えてみてもどうしようもない
言葉や観念的な解決法ではあまり意味が無いのだと思います。
救い、安心感を実感しないと。

でもどうしたらいいのか。希望が見えない。自分勝手で醜くどうしようもないとは思いますが、残念ながらこれが素直な自分なのです。

グチャグチャですがお願いします。
どうしたらいいでしょう。どうすれば救われるでしょう。
神仏や救いを信じたい、でも中々信じられないのです。
上辺だけ信じてみても結局意味が無い。心の底から安心できるようになるのはどうすればいいでしょう。
よかったら返答ください

【拙回答】

「生を明らめ、死を明らむるは、仏家一大事の因縁なり」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「生を明らめ、死を明らむるは、仏家一大事の因縁なり」と道元禅師は「正法眼蔵」の諸悪莫作の巻で述べられ、また、「修証義」第一章総序の冒頭にても述べられておられます。

私たち仏教に携わる者、僧侶、仏教檀信徒たちにおきましては、生きることと死ぬこと、このことをしっかりと見極めるのが大切なこととなり、この生死一大事の因縁を見極めることにより、生死における不安や恐怖、迷い苦しみを取り除くことが必要になってくる次第でございます。

「何を考えてみてもどうしようもない。言葉や観念的な解決法ではあまり意味が無いのだと思います。救い、安心感を実感しないと。」・・誠にその通りです。そのために確かなる仏道の歩み、修行の実践が欠かせないものとなります。

仏教は実践思想哲学的な側面が強くございます。智慧と方便の両輪があってこそ、仏道を前に進めることができるのであり、ただ、盲目的に信仰するだけや理論・理念・思想・哲学を頭で理解する(智慧)だけでは全く益となりません。それを実践(方便、慈悲行・利他行・善徳行)において活かすことが求められるものとなります。

この智慧と方便(福徳)の二つの実践を因縁(原因や条件)として、やがて悟り・涅槃(大安心の境地)という結果へと到ることが私たちの大きな目的となります。

その中で、生死の因縁を理解することと共に、この世における全てのモノ・コトにおける因果の理、縁起の理を理解して、善き結果へと向けては、善き因縁をしっかりと積み上げていくことが必要であることを理解し、その一つの方法として確かなる智慧と方便(福徳)の二つの実践を進めていくために仏教を学び、そして修していくことを誠にお薦めさせて頂く次第でございます。

また、生死を明らめる上では、般若心経における「不生不滅」についての理解を深めるのも大いに意義があるのではないかと存じております。

「不生不滅」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いておりますので、少しくご参照下さいませ。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/不生不滅


善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「私はどう生きたらいいのか分かりません。」

問い「私はどう生きたらいいのか分かりません。」
http://hasunoha.jp/questions/899

【ご質問内容】

私の母は60歳
私は軽度の知的障害です。子供の頃てんかんがありまして 徳大大学病院で薬を高校三年まで飲み続けてました。正直捨てたりもよくありました。
現在30歳 の女性です。父と1歳ぐらいで離婚し母親だけが育て一人っ子です母親も軽い精神的に鬱のような性格と言われ人から嫌煙されています。母親は接骨院の病院の掃除をマンションの仕事を15年以上でした。

私は、小中は障害児学級 高校の養護学校にも通い。嫌なこともあったし 楽しいときもありました。社会人になり 木工所や役場の小規模作業所の喫茶店や お皿洗い7年しました。
結婚や子どもはしない方がいいと言われました。日本の男性と結婚しても障害者なので喧嘩し別れるから、うまくいくとは限らない。外国人も障害者を騙す。大学卒業で現在50歳の方に言われました。
なぜなら障害者が生まれるから それも何代も困難 苦労が続く悲惨になるとも言われました。お墓も拝んでくれないぞ。それでも 今は交通警備の仕事をしながら 働いてます。その方は障害者には就職先ない。いつクビになるかわからない。交通警備を ずっと続けなさい。と言いました。血統はよく言われています。付き合っていた彼の母親に言われました。学校の教員や統一教会もしてます。障害者が生まれるから 別れてと。DNAで何代も 私のように苦労するとも言われてます。50歳の方はこう私に言いました。恵まれない子供の養子縁組しなさい。レイプや強姦や愛人の子供など、可哀想な 子を助けなさい。賢い子だから。最初は日本の養子縁組より国際養子縁組、日本に近い韓国や中国の子供や東南アジアの人身売買の恵まれない子供を言いましたが今は産婦人科で恵まれない子供がいないか聞いてみたら?と言われ。父はいらない 自分1人で育てなさい。きっと大人になったら 大事にされる。
私は それしか ないらな そうしようと思います。お話を読んでくれまして ありがとうございました。

【拙回答】

「障がい」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

これまでに「障がい」のことにつきましては、下記の各問いにて扱わせて頂いて参りましたが、基本的には、障がいがあろうがなかろうが、人間誰しも皆一様に「無明・煩悩・悪業」という苦しみを生み出してしまう要因を抱えていることにあまり変わりがないもので、問題はいかにそれらと向き合って解決を目指すかということになります。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/障がい

仏教では因果の理を重視致しますが、必ずモノ・コトの結果にはその結果へと至るための原因や条件が色々とございます。当然に悩み苦しみにもそれらの原因や条件があるため、その原因や条件さえ善い方向へと変えてやることができれば(過去のもはやどうにもできないような原因や条件ではなくて、今、現在進行形に関わる原因や条件について)、当然に結果も善いものへと変えることができるようになるはずです。

それを最初から無理だ、諦めるでは、これ以上悪くなることは無いにしても、善い方向へと変わることはまずあり得ません。何よりもまず善い方向へと向けるための因縁を集めていく(順縁を得ていく)行動、精進努力が必要となって参ります。

遺伝子やDNAの問題は念の為に予防的に捉えておくだけで、本当に理解のある良い方との出逢いがあれば、結婚、妊娠・出産も視野に前向きに考えておかれると良いのではないかと存じます。

正直、そのような問題も誰もが皆何らか大小抱えているものです。無責任と思われてもいけませんが、とにかく、生命の神秘、人間の進化の過程を決して侮ってはいけません。私たちには到底いまだ考えが及ばないような修正力や補正力も「いのち」には存在しているのではないかと考えております。

また、下記の問いの拙回答にて引用させて頂いているYahoo!知恵袋の問答も是非この機会にご覧下さいませ。

問い「子ども、子宝?について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1013207947.html

善処を心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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