hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

幸せ

問い「人間って」

問い「人間って」

【ご質問内容】

何のためにみんな生きているんですか?


【拙回答】

真なる幸せへ向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

何のために生きているのか・・

それぞれに生きる理由、意味、価値があるとは思いますが、皆、幸せ、充足を求めて生きているのではないだろうかとは思います。

それでもなかなか満足できずに、日々、迷い苦しむことになってしまっているところでございます。

その原因を仏教では「無明」(根本的な無知)にあるとして、その無明を晴らし、正しい智慧により、正しい行いを積むことによって、真なる幸せ、真なる安心を得るための悟りを目指すことを説く教えとなっております。

是非、仏教を学び修することに取り組むことで、真なる幸せ、安心を目指して頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「もう幸せなど望んでいません…」

問い「もう幸せなど望んでいません…」

【ご質問内容】

以前、2度ほど「家族で幸せになりたいだけです…」というタイトルで相談に乗って頂いた者です。

あれから、何も変わることなく日々が過ぎています。

私の中で離婚はやはりあり得ません。 
それは、子供のことを思うとこんな冷めきった夫婦でも子供にとっては大好きなパパとママであるからです。

子供の前では不仲な姿は見せていません。

そして、前回離婚協議でかなり親権で揉めました。 
その事を思うとまた揉めて辛い思いはしたくありません。

しかし、このまま夫婦生活を続けるのは生き地獄…私にとっては苦しみでしかありません。

子供がいるから生きていられる。ただそれだけです。

もう逃げたい。 
毎日、旦那が死ねばいいのにと望んでいた私ですが、日に日にそう念ずることすら疲れました。

子供が成人したら熟年離婚しようとも考えました。 
あと、15年ほど… 
我慢できるだろうか…

それすら我慢できない私は、自分が死ねばいいのでは…と考えています。

それは、現状からの逃げでもあるし、旦那に対する復讐でもあります。

私が死ねば旦那は一生苦しんで生きていく。 
そんなことを望む私がとても恐ろしいです。

しかし、やはり子供のことを思うと思い悩みます。

私が死んだら、親権で揉めることもなく、旦那と子供は二人で逞しく生きていけるのではないか… 
そんな思いに至ります。

私はどうしたらいいのか…自分でも分かりません。幸せになりたかった。ただそれだけなのです。

長文になり申し訳ありません。 
心を救ってください。


【拙回答】

「幸せ」というもの

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

旦那様とのご関係に色々と悩み苦しまれておられるご様子・・誠におつらいことでございます・・

詳しい事情は分かりませんが・・

とにかく、「幸せ」というものは、「これが幸せです」と決定して言えるような何か実体的なものがあるわけではなく、色々な因縁(原因と条件)、依存関係によって成り立っているものとなります。

良い因縁によれば、良いものに、悪い因縁によれば、悪いものとなり、また更には、その結果を判断する人の思考・概念作用によっても左右されて成り立っているものでございます。

ですから、一つの同じ出来事や境遇でも、ある人にとっては「幸せ」となったり、ある人にとっては、「不幸せ」となったりすることもあり得るものでございます。

ようこ様が望まれる「幸せ」の通りに、現実がなれば「幸せ」となれることも、もちろんありうるところでございます。

ただ、ままならない現実に、嫌悪し、それが怒りや恨みという煩悩になってしまっているようにも存じます。仏教で申すところの「求不得苦」(ぐふとっく)という苦しみに今は近いのかもしれません。

とにかく、「幸せ」も、これからの因縁次第で変わるものとなり得ます。諦めずに、幸せの種(因)をまき、それを丁寧に育み(縁)、花を咲かせたいもの(果)でございます。もちろん、その因縁も、悪い動機、悪い因縁ではいけません。

では何が良い動機、良い因縁になるのかについては、仏教に色々とヒントがございますので、是非、これから少しずつでも仏教を学び修していって頂けましたらと存じます。

川口英俊 合掌

問い「生きている辛さについて」

問い「生きている辛さについて」

【ご質問内容】

生きていると本当に辛いことが続きます。 
重なります。 
自分のこと、家族のことです。 
心配事いつも付きまとうものです。 
そんな時、じっと動かず待つべきすか。 
時折、笑えなく鬱状態になります。 
必ず、幸せはやってきますか?


【拙回答】

「辛」いを「幸」せにするには・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに、生きていくということは、誠に辛く、苦しく、しんどいことでございます・・

そんな中でも、良い結果を出していくためには、良い因縁(原因と条件)を積んでいくことが必要となります。

「因縁無くして結果無し」です。

「辛」いという字の「立」の上の出ているところに横線を引くと、「幸」せになります。

何か一つ前向き、プラスになることを少しずつでも日々の行いに加えていくことができれば、まさに字の如くに「幸」せになることもできるようになっていくかと存じます。

幸せになるための因縁、前向き、プラス思考で生きていくためのヒントが、仏教にもたくさんございます。

是非、この機会からでも、仏教について関心を持って修習していって頂けましたら有り難くに存じます。

少しでも笑顔が増えていきますことを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「それでも生きる意味。」

問い「それでも生きる意味。」

【ご質問内容】

父親から過去に性的嫌がらせを受け 
姉には現在進行形で虐待を受け 
他の家族はみんな助けてくれない 
結婚前提だった恋人は暴力団に騙され借金、破局 
信じていた友人に裏切られ、無職 
唯一の支えである男性との関係は年の差によりいい顔をされない 
精神科に何年も通院しても治らない

そんなあたしに生きる意味、ありますか。

ここは、救いの場だと、思っていました。 
でもあたしが思う救いとは違うようですね。 
あたしにはいつも回答が一件。 
お礼をしたら回答受付中のアイコンなんて無意味。誰にも相手にされない。 
他のみなさんには複数件。 
それは、あたしの伝え方が下手だからだけでしょうか。 
あたしは違う気がします。 
みんなの注目が集まる質問ばかり回答がくる。 
そこで、回答すればみんながそのお坊さんのことを知るきっかけになりますもんね。

今回もどうせ回答なんて一件だよね。 
たくさんのお坊さんの意見なんて聞けないんだよね。だって注目されない質問だもの。

現実もネット上もダメ。

あたし死にたいです。

説教、苦情いりません。 
毎日言われているので、これ以上傷付けないでください。

まだ生きる意味、ありますか。

あたしはなんでこんなにも人生が苦しいのでしょうか。

*先ほど同じ様な質問をしたのですが、画面が真っ白になり、質問できなかったようなので、再度質問をしました。重複していましたらすみません。


【拙回答】

「生きる意味」について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

どうしても拙生は、色々な制約下で、一日、1、2問ペースの回答となっておりまして、一日40問ほど頂く中においては、それぞれになかなかご回答できないこともございまして、この度のことも、誠に申し訳ない次第でございます。

色々大変な中をお過ごしになられておられ、お心を痛められておられますこと、お察し申し上げます。

「生きる意味」についてでございますが、本来は、「これだ」とはじめから言えるような何か実体的なものがあるわけではなく、色々な因縁(原因と条件)によって成り立っているものとなります。

どうしても、今までの因縁によって、結果的に今は、つらい立場、しんどく苦しい状態に心が陥られてしまわれているかもしれません。

しかし、つらく、しんどく、苦しい立場というものも、何もないところから生じているものではなく、やはり、そのような心の状態となられている因縁があってのことになります。

もちろん、過去の因縁はもはや変えられません。変えられないことをどうにかしようとしても、それは所詮無理なこととなります。

ただ、過去は無理であったとしても、現在、今、そして、これからの因縁(原因と条件・動機と行動)は自分次第においても変えることのできるものとなります。

種をまかずに、水をやらずに花は咲きません。何とか少しなりにも「幸せ」の花を咲かせるために、調えていけるものから調えて参りたいものとなります。

虐待については、下記の相談所にも是非ご相談なさられてみて下さい。

法務省・人権常設相談所 

長引く精神・心の病の問題については、もしかすると身体的な機能の不調(ホルモン・副腎機能、免疫機能)にも、もしかすると何か原因があるかもしれません。

心だから身体は関係ないとあまり思われずに、少し身体的な不調についても思い当たるところがあれば、お調べなさられてみて下さい。

そして、良き因縁を積むためのヒントが、仏教の教えにはたくさんございます。

是非、これを機会に少しずつでも仏教の修習にも努めていって頂けましたら有り難くに存じます。

良き意味が見い出せていけますことを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「幸せになりたいです。」

問い「幸せになりたいです。」

【ご質問内容】

たくさんの質問がある中で読んでくださりありがとうございます。

以前にも恋愛面でなかなかうまくいかないことを相談させていただき、 
それなりにポジティブに日々を過ごすように心がけていました。

しかし家庭事情や大学の課題のストレスなどで 
時間だけが過ぎて行き、挙げ句の果てには体調がすぐれない日々が続いています。

体調管理はしっかりしないとと思いながらも 
心が疲れてしまっていてなかなか心中が晴れずにいます。

さらに追い討ちをかけるように恋愛面でも 
仲良くしていた人に他に好きな人がいると知り、 
どうしてこうも私は幸せになれないのだろうと辛くなりました。

街中でカップルを見かけるたびにどうしてだろうと思い、 
いろいろ自分なりに直すことを直したり努力をしても報われることがないのです。

どうやったら幸せになれるのでしょうか。 
幸せになっていけないのでしょうか。 
特にもう恋愛でこんな思いを6年ほど続けているので 
もうこのような思いをしたくないです。

【拙回答】

「もしも運命の人がいるのなら」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まさに、西野カナさんの歌の「もしも運命の人がいるのなら」ですよね。。

恋愛、結婚、幸せも、その結果を求めるのであれば、そのための因縁(原因と条件)を調えていくことに努めるのが必要なことになりま

す。

より良き縁、より良き出逢いへ向けて、内面、外面共に女子力を更に磨かれる期間として、その時まで焦らずに待つのも。。

いや、でも、西野カナさんの上記の歌詞の最後のように、「やっぱり待てないわ」ですかね。。

とにかく、心身共の健康が大切。無理し過ぎず、頑張り過ぎず。。適度な休み・リフレッシュも。

また、心の健康のために、hasunohaも頼りの一つにして頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

問い「タトゥーのせいで」

問い「タトゥーのせいで」

【ご質問内容】

私には消えないほど広範囲に渡るタトゥー(刺青)が入っております。

元々タトゥーが好きで、タトゥーを入れたのは自分の意思ですが、そのデザインはお世辞にも自分が望んでいたような綺麗なものではありませんでした。彫師さんの圧力に負け、そのままのデザインを入れてしまいました。 
死にたいくらいとても後悔しています。

なにか嫌な出来事がある度にタトゥーのせいにしてしまいます。

元々美意識が高く、お洒落をすることが好きでしたが、今となっては自己評価が下がり、綺麗にしたところでこの汚いタトゥーが…と卑屈になってしまい、自分のことがどうでもよくなりました。

女としての価値も下がったように感じ、"こんな汚い私でも"好きになってくれる人なら…とすぐに身体を許してしまったり、しがみついたりしてしまいます。

忌々しいタトゥーが入っているせいで幸せにはなれないのだと、将来に悲観ばかりしています。

タトゥーが入っていても幸せな人がいることもわかっています。でも、その方々は自分のタトゥーを気に入っているからだと思います。

内面を磨くことも努力していますが、タトゥーを見る度に悲しみと後悔と不安でいっぱいになります。汚い自分で一生過ごすことに絶望してしまいます。

汚いタトゥーを受け入れるためにできること 
昔のように自分を好きになるためにできること 
アドバイス頂けたらと思います。


【拙回答】

心の善き変容へと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

タトゥー自体には、本来、罪はありません。タトゥーを見る人、それぞれの心における捉え方により、そのタトゥーに対しての評価や価値、意味なども変わってしまうものとなります。綺麗や汚いもそうです。実体として、タトゥーに最初から何らかしかの意味や価値、評価があるわけでもありません。

「忌々しいタトゥー」・・「忌」という字をよく見て下さい。心に己が乗っかっています。忌々しいと思っているのは、自分の心からによることで、それもタトゥーだけではなく、自分の心自体もますます悪く追い込んでいるのも、実は自分自身の心なのであります・・

心に優しさや愛や慈悲を育ててあげれば、行動もやがてそのように伴うようになっていきます。もちろん、その逆もしかりにて。大切なのは何よりまずは心になります。

やがて身体は衰え腐りゆき捨て去るようなもの、そんなものにおけることを後生大事に思って、心の状態を悪くしてしまうのももったいないこと。大切なのは後生も続いていく「心」のありようです。

どうぞ心の善き変容へと向けて、是非、仏教からも色々とヒントを得られて、実践されてなさられていって下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「橋本環奈ちゃんと結婚したい。」

問い「橋本環奈ちゃんと結婚したい。」

【ご質問内容】

 僕は彼女の容姿が非常に好みで、彼女のことを好きで好きでたまらない、一生側にいたいと考えている。愛していると言っても過言ではない。 
 しかし、橋本環奈ちゃんを好きな男性はこの日本中にごまんといるし、僕の容姿が彼女の容姿に釣り合っているかと言われれば、全くと言っていいほど釣り合っていない。 
 彼女を愛する気持ちは誰よりも負けないとは思うのだけれど、僕が一方的に彼女のことを知っているだけで、彼女は僕のことを1ミクロンほども知らない。 
 彼女と結婚できる確率は恐らく微粒子レベルに存在するであろうが、限りなく100%に近い確率で結婚できない。この彼女と結婚できない苦しみから解放されるにはどうしたらいいでしょうか?お智慧をお貸しください、お願い致します。


【拙回答】

橋本環奈さん、確かに可愛いですね。しかし・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

橋本環奈さん、確かに可愛いですね。。

芸能人に恋してしまうことは、あって当然だと思います。それだけ人に好かれる大きな魅力があるからです。そんな方との結婚を夢見ることがあっても、何らおかしなことではありません。

でも・・理想と現実は厳しい・・

そして、仏教はもっと厳しい・・

生老病死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦・・

永久永遠に続くものなど無く、全てのモノ・コトは因縁(原因と条件)により変化(無常)していく・・

橋本環奈さんもそうです・・あの可愛らしさだっていずれは・・

実は、私たちは、顕現において、まるであたかも、それがその側から、実体としてあるかの如くに囚われを起こしてしまうことにより、苦しみの大半が生じてしまっています。

果たして、橋本環奈さんの可愛さ、容姿、性格などは、実体(他に依存せずに独立自存として成り立っている何かがある)としてあり得ているのでしょうか・・

仏教は、そんな実体としては、何らとしてあり得ておらず、実体があるとして囚われて執着することによる苦しみからの解放を目指していく教えとなっています。

特に、実体へのとらわれについては、「空と縁起」という考え方により、その誤った捉え方を是正していくことが求められるものとなります。

是非、これを機会に仏教の学びを進めていって頂くことと共に、幸せとなるための因縁(原因と条件)をしっかりと調えることにも資していくことになるかと思いますので、仏教をお役立て頂けましたらと存じます。

もちろん、因縁次第によっては、橋本環奈さんと結婚することだって確かにゼロではないですよ。努力することは大切です。例え、橋本環奈さんとは無理であっても、その努力によっては、努力が無駄にならずに、素敵な方と結婚できることだってあり得えていきますしね。

また、結婚したから幸せかどうかではなく、互いに仲睦まじくに、人生の困難も互いに支え合い、助け合って乗り越えていくことのできるパートナーであるのかどうかも、本当に幸せになれるかどうかにおいては、大切になるのではないだろうかと存じます。

幸せへと向けて、頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

問い「×」

問い「×」

【ご質問内容】

×


【拙回答】

悩み×hasunoha=悩み解決→幸せへ

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

妙香さんのおっしゃられているように、禅問答のようなご質問・・

拙生は、×(掛ける・乗法記号)と読みましたよ。

みき様の悩み×hasunoha=みき様の悩み解決→みき様の幸せへ

もし悩み事がございましたらお気軽に遠慮なくに。。

川口英俊 合掌

問い「生きるのが辛い」

問い「生きるのが辛い」

【ご質問内容】

周りの幸せそうで充実してる人生を送ってる人達を見ると、自分が情けなくなり、ふと消えたくなります。

また、他人の幸福を羨むだけで何もしないくせに、地元の友達や親には見栄を張って楽しい大学生活を送っていると見せかける自分が惨めで、嫌気がさします。

漠然とした気持ちで入った大学ではやりたい事が見つかりません。こんな事ではお金を出したり、奨学金の保証人になってくれたりした親や親戚に申し訳が付きません。

僕は生きてる意味があるのでしょうか?


【拙回答】

生きるのが辛い本質

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

本当の幸せとは何か・・

少なくとも、仏教では、この迷い苦しみの輪廻にある限り、本当の意味での幸せがあるとは考えません。

仏教における「幸せ」とは、世俗的な意味合いでの「幸せ」ではなく、「涅槃・悟りの境地」という「究極的な幸せ」を目指すものとなります。

世間の幸せ、充実、満足というものは、所詮は無常なるもの、いつまでも続くようなものではありません。必ず壊れてしまい、苦しみとなるものでしかないのです。「壊苦」(えく)と言いますが、苦しみの本質は、「行苦」(ぎょうく)として、モノ・コトを実体視することでの執着が、無常の中での苦しみになっていってしまうということであります。

生きるのが辛いというものの本質は、モノ・コトの真理を知らずに、自らで苦しみを作り出してしまっていることに全く気づいていないという「無知」(無明)にあります。

その無知・無明を対治していく教えが仏教の智慧となります。是非、これを機会に学びを進めていって頂けましたら有り難くに存じます。

また、生きる意味、価値や評価、理由というものにおいても、「これ」と決められる、決めつれられるような実体的なものはありません。

もちろん、意味、価値や評価、理由が全く無いと言っているわけではありません。良い因縁(原因や条件)によれば、良いものとなるでしょうし、悪い因縁(原因や条件)によれば、悪いものにもなる、そういうものであり、また、自分自身の考え方、捉え方一つでも変わっていくものとなります。

正直、ぶっちゃけると、「人間万事塞翁が馬」、「禍福は糾える縄の如し」という諺があるように、良いように考えて、捉えていく方が実はかなりお得なんですよね。

大福様には、大学に行けれて、色々と学べる自由、やりたいことのある程度できる自由があるじゃないですか。。

やりたいことは、やっていく内に分かることも。是非、挑戦していってみましょう。下記も参考までに。

大学生必見!後悔しない為にやっておくべきこと10選 
https://careerpark.jp/9616
川口英俊 合掌

問い「生きる理由はないですよね」

問い「生きる理由はないですよね」

【ご質問内容】

親からは小さい頃から厳しい躾と精神的虐待を受けてきました。 
中学生位からリストカット、大学生からパニック障害やうつ病を発症。 
社会人になってからは、独身という嘘を信じ、既婚者と付き合ってしまい、うつ病も重傷化。 
レイプされ写真を撮られ、自殺未遂。 
運悪く助かってしまい、今にいたります。

正直、死にたいです… 
辛すぎます…

こんなに汚れてボロボロになってまで生きていたくないです。 
フラッシュバックや不安も酷く、病院に通ってますが、良くなりません。

死にたいです。 
楽になれる方法はありませんか。


【拙回答】

どうか幸せになって頂きたい

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

大変につらい人生をこれまで過ごされてこられたのですね・・

生きる理由、意味、価値というものは、「これ」と決めて言えるような実体はございません。

実体としては無くても、何も無いわけではなくて、ただ、それぞれの因縁(原因と条件)次第で言えている程度のものであり、因縁次第で良くもなれば、悪くもなるというものでございます。

これまでのことを全て忘れて新しく前を向いて踏み出していきましょう、などと、単純無責任なことは申しませんが、何とか少しずつにでも、これまでに頂いた人の心の温もりや恩恵も思い出して頂きつつ、感謝と報恩の思いもお育て頂けましたら有り難いことでございます。

そして、何か、その感謝、報恩の気持ちを実際に行動で表していけれるようにも調えていって頂けましたら、きっと良い理由・意味・価値へと向けた良い因縁にも繋がっていくのではないだろうかと存じます。

また、仏教には、良い因縁を調えていくためのヒントが数多くございます。是非、これを機会に仏教にご興味を持って頂きまして、少しずつでも学びと実践に努め出して頂けましたら有り難くに存じます。

どうか何としても幸せになって頂きたいです。

hasunohaは、ゆきこさんの幸せを応援致します。

川口英俊 合掌
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