hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

後悔

問い「タトゥーのせいで」

問い「タトゥーのせいで」

【ご質問内容】

私には消えないほど広範囲に渡るタトゥー(刺青)が入っております。

元々タトゥーが好きで、タトゥーを入れたのは自分の意思ですが、そのデザインはお世辞にも自分が望んでいたような綺麗なものではありませんでした。彫師さんの圧力に負け、そのままのデザインを入れてしまいました。 
死にたいくらいとても後悔しています。

なにか嫌な出来事がある度にタトゥーのせいにしてしまいます。

元々美意識が高く、お洒落をすることが好きでしたが、今となっては自己評価が下がり、綺麗にしたところでこの汚いタトゥーが…と卑屈になってしまい、自分のことがどうでもよくなりました。

女としての価値も下がったように感じ、"こんな汚い私でも"好きになってくれる人なら…とすぐに身体を許してしまったり、しがみついたりしてしまいます。

忌々しいタトゥーが入っているせいで幸せにはなれないのだと、将来に悲観ばかりしています。

タトゥーが入っていても幸せな人がいることもわかっています。でも、その方々は自分のタトゥーを気に入っているからだと思います。

内面を磨くことも努力していますが、タトゥーを見る度に悲しみと後悔と不安でいっぱいになります。汚い自分で一生過ごすことに絶望してしまいます。

汚いタトゥーを受け入れるためにできること 
昔のように自分を好きになるためにできること 
アドバイス頂けたらと思います。


【拙回答】

心の善き変容へと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

タトゥー自体には、本来、罪はありません。タトゥーを見る人、それぞれの心における捉え方により、そのタトゥーに対しての評価や価値、意味なども変わってしまうものとなります。綺麗や汚いもそうです。実体として、タトゥーに最初から何らかしかの意味や価値、評価があるわけでもありません。

「忌々しいタトゥー」・・「忌」という字をよく見て下さい。心に己が乗っかっています。忌々しいと思っているのは、自分の心からによることで、それもタトゥーだけではなく、自分の心自体もますます悪く追い込んでいるのも、実は自分自身の心なのであります・・

心に優しさや愛や慈悲を育ててあげれば、行動もやがてそのように伴うようになっていきます。もちろん、その逆もしかりにて。大切なのは何よりまずは心になります。

やがて身体は衰え腐りゆき捨て去るようなもの、そんなものにおけることを後生大事に思って、心の状態を悪くしてしまうのももったいないこと。大切なのは後生も続いていく「心」のありようです。

どうぞ心の善き変容へと向けて、是非、仏教からも色々とヒントを得られて、実践されてなさられていって下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「どうやって生きていけば」

問い「どうやって生きていけば」

【ご質問内容】

私は言葉がきつくて、たくさんの人を傷つけます。自分はその人のことが大好きなのに、公共の場でうるさくした友人に黙れといってしまっことがありました。私が友達に言ってしまったことはこれだけではないです。

毎日、夜に布団のなかで反省しては自己嫌悪に陥ります。そこで後悔しても、何度もくりかえしてしまいます。

人を傷つけるだけの私は生きている意味がないんじゃないかと思うことが多々あります。 
私はどう生きていけばいいのか教えてください。死ぬのも一つの手だと思っていますので、そのときは受け入れます。


【拙回答】

相手の事を思い遣る心を育てるために

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

怒りに任せて言葉が出てしまうといった感じでしょうかね・・

相手の事を思い遣る心を育てることで、抑制、配慮もできていけるようになるのではないだろうかと存じます。

相手の事を思い遣る心を育てるための一つとして、仏教的には「慈悲の瞑想」がお勧めとなります。

「慈悲の瞑想」につきましては、日本テーラワーダ仏教協会さんの「慈悲の瞑想」が有名ですので、下記にご紹介させて頂いておきます。

「慈悲の冥想 Metta Bhavana」 

「慈経 Metta Suttam/※注意・パーリ語読み自動再生あり」 

一つ参考として実践なされてみて下さいませ。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「中絶するべきか悩んでいます。妊娠10週目です。」

問い「中絶するべきか悩んでいます。妊娠10週目です。」

【ご質問内容】

付き合い5ヶ月の彼(28歳)の子を妊娠しました。

しかし彼は、人格否定(私はクズとか)するようなことをすぐ言います。私は、悪いところは治そうと頑張ってきましたが、何度となく私の言い方や考え方について言われ、妊娠が発覚した週も、毎日のように何時間も電話で話し合いをし、疲れてしまい、仲直りしては、本当にやっていけるのかと考え、それを伝えるとまた何時間も話し合い。と言うことの繰返しでした。

疲れを感じ、もう新しい道を行こうと考え彼に伝えたところ、下ろすならお腹殴らせろとか下ろすと一筆書けとか、殺すなど言われました。(実際に手をあげることはありません)

それも私が言わないと分からないから言うのだと彼は言います。

彼は10代の頃不良で、悪い人達とも付き合いがあり、捕まってもおかしくないことをしていたそうです(今は違います)。

年齢的にももう妊娠出来ないかもしれないし、中絶は子供が可哀想です。 
何度となく何時間も彼と話すうちに言葉は悪いけれど、彼の気持ちもわかるところはあり、何とか彼とやり直した方が良いのか悩みすぎてわかりません。

私の周りの方達は、大体の人が私が幸せになれないから諦めろと言います。

しかし、彼と別れて次に出会う人がどういう方かはわかりませんし、彼とは違う試練があるかもしれません。私が幸せになるのかもわかりません。 
年齢も年齢ですし、今年3月に子宮筋腫の手術を受けており、2年で再発すると言われていますので妊娠出来る期限もあります。 
なので、彼と話し合い、がんばれるだけがんばってみても。との考えもあります。 
子供が誕生したら、可愛いだろうなと考えてもいます。彼も、子供は好きなので産んで欲しいと言います。

ひとつの心配は、出産した場合、育て方だとは思いますが、彼の子ですのでどう育つのかです。

自分の軽率な判断で妊娠し、自分勝手な理由で中絶を考えるのは人として違うとも思いますが、彼と別れるなら一人で子供を育てる自信もありませんし、自分と子供の為にも今のうちに新たな道を選ぶ方が良いのではとも思います。

10週目まで来ており、悩みに悩んでもどちらが良いのかわかりません。

どうか、ご意見をよろしくお願いします。 
長文乱文、失礼いたしました。


【拙回答】

仏教的には中絶は勧められません・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

10週目ですか・・調べてみましたら、妊娠12週目までが、中絶の一つの期限になるようで、まずそこまでとなると、もう時間があまり残されておらず、お互いに感情的になっての無為なやり取りは避けたいところとなりますね・・

両方の親御さんを交えての冷静な前向きとなるような話し合いはできないのでしょうか・・

または、一度、第三者でも専門家の意見を聞くという意味でも、下記のところなど、専門窓口にも相談してみても良いかとも存じます。

妊娠SOS・妊娠、出産における相談窓口 

ここからは、一僧侶としてのお話となりますが、仏教的には、僧侶が中絶を勧めることはできません。

ただ、それぞれで色々と勘案すべき事情もあることは重々に承知しております。

とにかく、いずれを決断されても、後悔はなされずに、どうか前を向いて、功徳を少しなりにも積めれるような行いにもお努めなさられて頂けましたら、有り難くに存じております。

そして、もしも中絶をなさられてしまわれることになりましたら、その子のご供養の程をどうか懇ろにも宜しくお願い申し上げます。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「落ち込んでいます」

問い「落ち込んでいます」

【ご質問内容】

世の中には、悩んでいる方が沢山いる中、こんな話は本当はこちらでしてはいけないと思うのですが、今日、ガソリンスタンドで数万円の残高があるチャージ式のカードをとり忘れて帰ってきてしまい、15分後くらいに、思い出してすぐ行ってみましたが、ありませんでした。届いてもいませんでした。自分の不注意で落ち込んでいます…


【拙回答】

落ち込みますね・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

それは落ち込みます・・しかし、もう戻ってくる可能性がない以上は、やはり諦めるしかないでしょう・・

どうしても罪を咎めたいとなれば、恐らくはあるであろう防犯カメラを解析してもらえば、誰が占有離脱物を横領したのかは、もしかすると分かるかもしれませんが・・

まあ、後悔、怒り、恨み、憎しみなどの悪い煩悩を抱くのではなく、誰か余裕のない人に布施してあげたのだ、善徳行をしたのだとお考え頂けましたら、仏教的には大変に有り難くには存じます。

次回からしっかりと(誰かに罪を犯させないためにも)気をつけましょう。

川口英俊 合掌

問い「過去に戻りたいです」

問い「過去に戻りたいです」

【ご質問内容】

こんばんは。私は発達障害です。 
インターネット上で、長年自分の感情が上手くコントロールが出来ないせいで、パニックになったり感情的になって暴言を吐いたり、異常に何か物にハマったりして色んな迷惑をかけてしまいました。 
ごめんなさい。

そういう事があって、私は過去に戻って償いたいと思うことがたびたびあります。 
タイムマシンを作ってタイムトラベルしたり、明晰夢という方法を使って過去に戻る方法を考えたりしています。 
つまり自分が過去に戻って、昔の自分に「そういう事はやっては駄目」と言い聞かせたいです。

どうしても今まで自分のやってきた事が気になって、最近はモヤモヤしぱなしで、日頃過去に戻る事しか考えられなくなりました。 
「過去に戻れない。これからを頑張ればいい。」という応援も、今の自分には聞きそうにもありません。 
どうすればいいのでしょうか。責任を重く感じています。


【拙回答】

過去について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

過去に戻られたいというお気持ち、誠に拙生も同様に思うことがあります・・あのときにこうしておければ良かったかも・・あれを選択していたらと・・

しかし、仏教では、過去も未来も、更には現在でさえも「実体」としては存在しないものであると考えることになります。ですので、戻れる実体としての過去というものは、残念ながら実は無いのでございます・・

ただ、「実体」としてはなくても、一応は、過去、現在、未来と仮に措定して世間的には言えているものとしてはあり得ています。

全てのモノ・コトは他の何かに依存してあり得ているに過ぎないということを「縁起」と申しますが、もちろん、過去も現在、あるいは未来に依存してあり得ているとは言え、また私たちの概念上・通念上においても、あり得ているものとして言えることはできます。

しかし、実体としての過去というものは決してあり得ないことになります。

とにかく、過去がある、未来があると思い浮かべているのは、どこまでも現在の自分(厳密には一瞬一瞬の連続体としての自分)でしかなく、その現在でさえも、言ったそばから現在では無くなってしまっていくわけですので、じゃあ、何が今、現在の自分かということでさえも「これだ」と止めて言えるものでもないのであります。

少し難しいことですが、戻れる過去というものは果たして実体としてあり得ているのかどうかを考えることから、そのような過去はどこを探しても無いけれども、過去の自分は確かに今の瞬間瞬間の自分へと繋がっていて、更に未来へも繋げていけるものであるとして、今の瞬間瞬間において良き因縁(原因と条件)を紡いでいくことで良き結果としての未来へと向かえるように調えて行くことが大切となる次第でございます。

過去のことで反省すべきことがあれば、それはしっかりと懺悔、慚愧、反省して、今の瞬間瞬間の自分への良き因縁へと活かして、良き未来へと向かって参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

問い「自分は自分と割りきる方法」

問い「自分は自分と割りきる方法」

【ご質問内容】

22歳、大学四年生女です。

機能不全家庭で育ちました。父親の愛情不足も一因か、自尊心がまるでありません。 
ゆえに、自分のやることなすこと満足できません。 
何をしても後悔し、卑下してしまいます。 
そして他人(友達や知人)を羨み、僻んでしまいます。 
私だって一生懸命やってるのに、コツコツ努力しているのに報われない…… 
他人のために尽くしてきたし、人に迷惑かけず一人で頑張ってるのに成果が出ない…… 
成功している人(例えばワガママ自己中な友達に彼氏が出来たり、ちゃらんぽらんでカンニングするような知人が就活上手くいったり)に対し、不幸になれ!死ね!と願ってしまいます。 
表にはそのような態度は出しません。 
むしろ良い人ぶって、いつも他者優先です。

隣の芝生は青く見えると言う通り、私も他人から見たら恵まれているのでしょうが 
周りが羨ましくて憎くてなりません。

どうすれば嫉妬せず、自分は自分と割りきることができますか?


【拙回答】

お詫び申し上げます。

この度は私の拙い回答にて不快な思いをされてしまわれたようにて、誠にお詫び申し上げます。すみませんでした。希、さんが誠実に生きておられることとが理解できました。憎まれっ子世に憚るとは申しますが、しっかりと誠実に生きていくことが何より芯のある人生、実りある人生になるかと存じております。お幸せを祈念申し上げます。これに失望なされずに、また気軽にご質問下さいませ。私は回答を控えさせて頂きますが、優秀な回答僧侶様方からまた良い回答を頂けるかと存じます。どうか宜しくお願い申し上げます。川口英俊合掌 平成28年6月19日記

・・

他人とあれやこれやと比べてしまうことは、実は仕方がありません。私たちは他と比べなければ自分が何ものであるかもわからなくなってしまうからであります。

しかし、どうしても目につくのは、自分の足らないところ、至らないところばかりとなってしまい、嫉妬したり、劣等感や自己嫌悪に陥ってしまうところもあるかとは存じます。それも仕方のないことですが、できれば、他と比べることにより、自分というものを正確に知れるという利点を活かして、では、どのように自分を変えていくべきであるのかをしっかりと考えて、実行していければ、自己向上へと確実に繋げることができていくのではないかと存じます。

「隣の芝生は青い」のも、何もそれは始めから青いものではありません。実際の芝生に例えますとよく分かりますが、放ったらかしにしておくと、当然に茫々となり、醜いものになってしまいます。

仏教では、モノ・コトは、因縁(原因と条件)によって成り立っていると、ご説明申し上げます。

芝が青いのにも、青くするための因・縁(原因や条件)が必ずあることになります。

肥糧をあげたり、こまめに刈り込んだり、水を絶やさずあげたりと、よく手入れをしているからこその青さになります。

それだけの因・縁を調えてこその青さということは、表面上だけを見ていては、なかなか理解できないものとなります。

青いのには、必ずそれなりの努力や精進があるということです。

何事もそうですが、善い結果を得たいとするならば、善き因縁を調えてこそとなって参ります。

できれば「比べる」ことも、その良き因縁を調えていくことに役立てて参りたいものでございます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「過去の選択への後悔が強くて今を生きることができない」

問い「過去の選択への後悔が強くて今を生きることができない」

【ご質問内容】

過去の選択への後悔が強くて今を生きられません!

本当に誰にもどうにも出来ることじゃないんです!(タイムマシーンや魔法使いがいない限り)

「縁がなかったんだ」「それを選んでもその時の私じゃどうなったかはわからない」と言い聞かせても、朝から晩まで「それが欲しい」と駄々っ子が頭の中で騒ぎ、後悔が頭から離れなく憂鬱でどうしようもないです。

どうしようもない後悔や憂鬱からの解放ってありますかね、それともこれからも不愉快に過ごすしかないのですか?

私は、後悔で鬱々としていることが嫌です。今、気分良く建設的に過ごすにはどうしたら良いのでしょう?

【拙回答】

過去とは何か・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

少し難しいことなのですが、時間論について述べさせて頂こうかと存じます。

まずは、果たして過去、あるいは未来は「有る」のでしょうか。

既に過ぎ去った「過去」は、もう過ぎ去ったものですから、既に「現在」にはありません。もちろん、「過去」を思い浮かべて、あたかも「有る」ように錯覚してしまいますが、思い浮かべているのは、あくまでも「現在」の自分でしかありません。

また、まだ来たらぬ「未来」は、まだ来ていませんから、「現在」には当然に有り得ません。「未来」を思い浮かべて想像して、「有る」ように錯覚してしまいますが、想像している自分も、実は「現在」の自分であります。

また、「現在」と言っても、言ったそばから実は「現在」で無くなっていってしまいます。「現在」自体も、時間が止めれない限り、基本的には「有り得ない」ことにはなります。

もちろん、「過去」、「未来」、「現在」は無いわけではありません。一応は、「現在」があると仮定して、その相対として世間一般において「有る」とは言えますが、厳密に分析すれば、「実体」としてはそれぞれ有り得ないものになる次第でございます。

でも一応は、しいて世俗的に時間論について何が言えるのかとなると、現在における瞬間、瞬間の連続体はあると考えることはできます。

むろん、過去がなければ、今の自分はあり得ません。更に今の自分が無ければ、未来の自分も可能性としては有り得ないことになります。

過去と現在の自分は明らかに繋がっている、また、現在の自分は未来の自分とも繋がっていくものと言えるので、異なってはいないのだけれども、もちろん同じとも言えません。このことを難しいことですが、仏教的には「不一不異」と申します。

さて、結論的には、とにかく、「現在の一瞬一瞬の連続体でしか生きていない」自分のありようを理解することにより、これから先への良い結果へと向けた良い因縁(原因と条件)を確かに紡いでいくのも、この瞬間、瞬間の自分であり、しっかりと、この一瞬一瞬に集中して、大事に大切に過ごしていくことが必要であるということになります。

過去への後悔と憂鬱を乗り越えるためにも、少し上記の時間論についてご理解を頂けましたらと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「身近な人の死を受け入れられるか不安です」

問い「身近な人の死を受け入れられるか不安です」

【ご質問内容】

先日、祖母を亡くしました。 
私が小さい頃、両親は共働きだったので祖母が私の面倒を見てくれていました。 
そんな祖母も90才を越え、元気でしたが少し生活の介助が必要になったので、高齢者向けマンションに入居しました。 
祖母が自宅にいたころは時々会いに行っていたのですが、近頃疎遠になってしまい、この前も会いに行くチャンスがあったものの、また会えるから…と先送りしてしまいました。 
そんな矢先、母親から連絡があり、おばあちゃんが亡くなったとのこと。 
あまりに突然すぎて、理解できませんでした。 
祖母は自分の部屋で、一人で誰にも看取られずに亡くなりました。心不全でした。 
見つけてくれたマンションの方に聞くと、亡くなる直前まで元気で、お昼過ぎに少ししんどいから横になると言い部屋に帰り、夕食の時間になったので声をかけに行くともうすでに亡くなっていたとのことでした。 
一人で亡くなったので、最期は寂しかったかな、何を思いながら亡くなったのかな、あのとき会いに行けばよかった、最後にもう1度ばあちゃんに会いたい…といった思いが頭から離れません。 
これから先も大切な人の死が待っています。 
死は避けられないとわかっているのですが、誰かの死に直面するのが怖いです。祖母のように別れは突然なこともあり、ちゃんと見送ってあげられるとは限りません。不安で不安で苦しいです。 
アドバイスをいただけるとありがたいです。 
長文、失礼いたしました。

【拙回答】

「供養」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お祖母様との突然のお別れ・・誠におつらいことでございました・・

確かに突然のことであり、あれこれとお別れに後悔をお持ちになられておられるのも仕方がございませんが、できましたら後悔の代わりに、感謝の思いを抱かれつつに、さわ様が恙無く平穏無事にお幸せに過ごされることが、何よりのお祖母様への善きご供養になるとお考え頂けましたら有り難くに存じます。

また、「供養」とは、「供(とも)に養う」ということになりますが、亡くなられた方と一緒に、悟りへと向かうための行い(智慧の修習と功徳の集積)を養って共有していくということでもございます。

「悟りへと向かうための行い」(智慧の修習と功徳の集積)と言ってしまうと少し難しいことですが、私たちの世界は助け合い、支え合い、分かち合いによって成り立っていることをよく理解して、お互いがお互いで気遣い、配慮し合って、皆が幸せになれるような行いを少しずつでも調えていくということでございます。

お祖母様と一緒に、また、亡くなられたご先祖様方と一緒に、悟りへと向けての善き行いに取り組むという「供養」につきましても、少しお考えを頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

問い「後悔、これから。」

問い「後悔、これから。」

【ご質問内容】

数年前に結婚するつもりで付き合っていた人から、私がなかなか結婚に踏み切れなかった為に突然振られてから、心に大きな穴が空いたように何をやるにも自信をなくし、地に足がついていないような気持ちが常にあり、無気力な状態になりました。 
それから何年か経って、やっと人を信じれるようになった頃に、今の旦那と出会い結婚、出産をしました。ですが、旦那は外面が良いと自分で言うくらい、他人には良い顔をする人でした。私に見破る力がなかった、軽はずみに結婚をしてしまいました。自分が悪い事をしているのに、私や私の親から注意をされると逆ギレ、自分の非を絶対に認めません。周りの意見は聞き入れません。私の親の悪口を言い、私は許せません。私の親なのに喧嘩を売るような言葉、態度をとり、常識がないです。俺はお前を嫁に貰ったんだ!と、昔の考えで、言いたい事ばかり押し付けてきます。「喧嘩は、良くする為にするもんだ」という考えで、私とは違う考えです。私は出来るだけ喧嘩したくないです。こんな人だと思わなかったです。結婚するべきじゃなかった。こうなるなら、振られた人と結婚していた方が幸せだったなと後悔ばかりです。 
出来ることなら離婚したい、旦那と喧嘩するばかりで疲れました。暴言ばかり言われ、私が悪いとばかり言われるので、また自信がなくなります。旦那から何を言われるのか怖くて、手が震えてくるのです、でも、離婚しても私には経済力があまりないと独身の時から感じていたので、離婚という言葉が浮かんでも踏み切れないのかもしれません。

その時に必要だった人と縁があって巡り会うとかよく言うけど、そうは思えません。何故、付き合っていた人と出会えたのに別れたり、よりによって旦那のような人と出会ったのか知りたいです。 
後悔は、どうしたら消えるのか、教えてください。

また、親は「いずれ、あなたよりも先に死ぬのだから、幸せになっていてほしい、一人じゃなく結婚していてほしい」と言います。そうだとしても出来るだけ親の近くにいたい、親の面倒を少しでも見たい。と、結婚して親から離れてからそう気付いて、その気持ちが強くなりました。旦那は私の親の近くに住むこと、同居は賛成していません。子どもはまだ小さくて手がかかります。質問が多いのですが、どうしたら良いのか教えてください。

【拙回答】

「アスペルガー症候群」の疑い・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

旦那様のことでお悩みのご様子・・

結婚するまでは分からなかったのだけれども・・として多いのが、「アスペルガー症候群」でございます・・

少し旦那様のアスペルガー症候群を疑われた上で、専門機関にも相談し、周りにも色々と協力してもらって、今後の対応について考えていかれると良いのではないだろうかとは存じます。

また、よくあるのが、アスペルガー症候群の旦那さんの配偶者が、「カサンドラ症候群」になってしまうということがございます・・

「暴言ばかり言われ、私が悪いとばかり言われるので、また自信がなくなります。旦那から何を言われるのか怖くて、手が震えてくる」・・

その兆候も少し出てきてしまっているような気もします・・


仏教では、あらゆる全てのモノ・コトというものは、因縁(原因と条件)にて成り立っていると説明致します。

簡単には、悪い因縁であれば、悪い結果になり、良い因縁であれば、良い結果になるということでございます。

過去のことをあれこれと、いつまでも後悔するのではなくて、良い結果へと向けて、今、これから先、良い因縁をどう調えていくべきであるかを考えて、実行していことが大切となります。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「罪悪感」

問い「罪悪感」

【ご質問内容】

私はつい最近人身事故を起こしてしまいました。 
私は車運転していて、相手をひいてしまいました。幸い怪我で済んだのですが、ずっと後悔というか、落ち込んでいます。 
仕事もなかなか集中できずに失敗ばっかりで、お客さんに怒られてしまいました。 
これからどうしたらいいかわかりません。 
毎日泣いてばかりです。はっきり言って死んだ方がいいのかなあと思っています。 
本当に今が一番辛いです。

【拙回答】

重大事故とならずに良かったです。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

とにかく、お相手は怪我でございましたが、命にかかわらずにてひとまず何よりでございました。

大きな事故の前には、必ずちょっとした不注意やミス、ヒヤリ・ハットすることが幾つかあるということで、「ハインリッヒの法則」というものがございます。

「1件の大きな事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリ・ハットがある」とされています。

今回の事故は、もえ様ご本人にとっては、もちろん大きな事故かもしれませんが、とにかく怪我で済んだ軽微な事故と捉えて頂いて、少しこれからの一つの教訓となさられて下さいませ。

また、何事においても、少し不注意やミスが目立ち始めたら、これは、危ないとして、ワンクッション置いたり、リフレッシュを図ったり、休んだりすることが大切となります。

あまり不安、自己嫌悪ばかりを募らせても、負のスパイラルに陥って余計に委縮してしまいかねません。

誠意ある謝罪や保険による補償、行政罰などもお済みでしたら、ひとまず一度気持ちもリセットなさられて、この度のことは、本当に良い教訓になった、しっかりとこれからも気をつけようとして、どうぞお過ごし下さいませ。

こんなことで・・とはあまり強くは申しませんが、自殺などされてしまわれたらご家族、ご友人、周りの皆さまも悲しみますし、私も悲しみます。

どうか、少しでも気をお楽にして頂けましたら幸いでございます。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌
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