hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

怒り

問い「落ち込んでいます」

問い「落ち込んでいます」

【ご質問内容】

世の中には、悩んでいる方が沢山いる中、こんな話は本当はこちらでしてはいけないと思うのですが、今日、ガソリンスタンドで数万円の残高があるチャージ式のカードをとり忘れて帰ってきてしまい、15分後くらいに、思い出してすぐ行ってみましたが、ありませんでした。届いてもいませんでした。自分の不注意で落ち込んでいます…


【拙回答】

落ち込みますね・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

それは落ち込みます・・しかし、もう戻ってくる可能性がない以上は、やはり諦めるしかないでしょう・・

どうしても罪を咎めたいとなれば、恐らくはあるであろう防犯カメラを解析してもらえば、誰が占有離脱物を横領したのかは、もしかすると分かるかもしれませんが・・

まあ、後悔、怒り、恨み、憎しみなどの悪い煩悩を抱くのではなく、誰か余裕のない人に布施してあげたのだ、善徳行をしたのだとお考え頂けましたら、仏教的には大変に有り難くには存じます。

次回からしっかりと(誰かに罪を犯させないためにも)気をつけましょう。

川口英俊 合掌

問い「恨みと嫉妬」

問い「恨みと嫉妬」
【ご質問内容】

以前こちらで相談させて頂きました。 
回答頂きありがとうございます。 
今回は違う件で相談させて頂きます。 
私は幸せな人が羨ましいです。 
私は昔から色々と大変な思いをしてきました。 
学生時代はいじめにあったり、人から利用されたり、ストーカーにあってお金を騙し取られたりしました。 
会社ではパワハラにあったり会社をクビになったりしました。 
ナンパされて連れて行かれそうになったこともあります。他にも色々な辛い思いをしました。 
何で私ばっかりと思うことがあります。 
私の従姉妹は人間関係に恵まれ、頭も良く、お嬢様大学に行けて、大手の会社にも入社出来き何も揉め事もなく、安定した生活を送れているのです。 
羨ましいです。 
人と比べるなとか、その人達も知らないところで大変なこともあるかもしれないとか言う人もいますが生きていれば少なくとも嫌なことはありますし、いいことばかりではないと思います。 
ただ、明らかに差があると思うんです。 
今までは今苦労した分、いつか恵まれると思い信じてきましたがそうとは限らないみたいですね。 
何も信じられません。 
親も嫌だしもっと優しい親に生まれていれば人生変わっていたかもしれません。 
親は一回スイッチが入ると感情的になるのでいきなり怒られたりします。 
で、急に絡んできたり。 
もうもっとまともな人生になりたかったです。 
あまりにも嫌で空想してもっとあーだったらなとかこーだったらなとか昔から考えていました。 
でも現実は違いますね。 
学校卒業して出会った人とかで出会わなければよかったと思う人もいます。 
既婚者の人からは性的なことで色々言ってくるしもう恨みや嫉妬でいっぱいなのです。 
私は数年前から強迫観念にとらわれ、頭の中で悪く思ってないことが浮かんできてその事柄を消す為に打ち消し行為をしています。 
気にしないようにしようとか考えないようにしても浮かんできたりします。 
後、数字に関してもこだわったりします。 
頭の中で浮かんできても考えない方がいいのでしょうか?私からすれば他人は呑気に気楽に生きてるように見え、どうしたらあんなに罪悪感もなく、気楽に生きていられんだろうと羨ましいです。 
とにかく私は怖くてたまらないんです。 
私はこれからどうしたらいいのでしょうか? 
私は自分の人生を受け入れるしかないんですかね?


【拙回答】

随喜

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

境遇、環境への恨みと嫉妬・・人間誰もが少なからず持ってしまうものでしょう・・

拙生も・・

しかし、恨みや嫉妬などの悪い煩悩による行いは、悪い業(ごう)・カルマとなるため、やはり避けて参りたいものとなります。

それよりも、「随喜」(ずいき)と言いまして、一緒にその幸せや成功を素直に喜んであげることで、自分にもその「福徳」の分け前を頂くようにしていく方が、よほど先々へと向けた良い因縁(原因と条件)にすることができるようになります。

例えば、FacebookやTwitterでの他人の善い行いに「いいね」するというのも、仏教的には一つの「随喜」と言えます。

あるいは、他人の善い行いをシェア、リツイートするというのは、周りにもその「福徳」をお裾分けすることになり、仏教的には「回向」(えこう)と申しまして、尚、良い因縁とすることができます。

とにかく、良い結果へと向けては、良い因縁が必ずや必要となります。

原因の無いところに結果は生じませんし、原因があっても、条件が調わなければ結果は出ません。

自ら進んで悪い因縁を作るのはやはり愚かなこと。それよりも、お金も労力もある意味で全く掛からない「随喜」というものであれば、簡単に良い因縁としていくことができます。ここだけの話、実はかなりお得なのです。

是非、身近なことからでも、お試しになって下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「毎日苦しいです」

問い「毎日苦しいです」

【ご質問内容】

私は双極性障害になって7年になります。

元夫とその両親と妹から自閉症の息子を産んだ事で息子の存在を否定されその子を産んだ私はちゃんとした子どもを産めない女と言われ、恥曝しの2人なんか死ねばいいのにと言われ続けこの病気になりました。

精神障害者にされてしまった事が悔しく元夫とその両親と妹が憎くてたまりません。

再婚した夫の親からも何か言われるのではないかと思ってしまい仲良くなりたいのに仲良くできません。

だからといってずっと憎んでいても苦しいだけなので許そうと思っても嫌な事を思い出し、言われ続けた言葉を思い出し毎日苦しいです。 
どうすれば元夫とその両親と妹を許すことができますか?

再婚した夫の親と妹達と仲良くするにはどうすればいいですか?

早く楽になりたいです。

【拙回答】

笑顔

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

無知な者たちによる誹謗中傷を受けられてしまわれて・・かなり深い傷を心に負ってしまわれたようですね・・本当におつらいことでございます。

今はご理解ある方と再婚なされておられるご様子・・でも、そのご家族に理解してもらえるかというご不安がおありのようですね・・

まず息子さんの自閉症については、何も全てがゆっこ様に責任があるわけではありません。

自閉症の原因は、色々と説がございますが、遺伝的な変異の要素と共に、主には免疫的な疾患にあると拙生は考えております。当然に元旦那様の遺伝的な問題にも関わることでございます。

ですので、何もゆっこ様だけによるところではありませんし、環境的な要因や食べ物による要因など、色々な複合的な要素も関わって発症してしまうものであるかと考えております。もちろん、それらの要因を明らかにすることによっては、治療方法もあるのではないかと存じます。

とにかく、息子さんに関して、元旦那さんが、親としての義務や責任を放棄されたことには激しい憤りを覚えます。

しかし、憎しみ、怒り、怨みはやはり良くありません。このことにつきましては、少し以下の問答の内容をご参照下さいませ。

問い「復讐したい気持ち」 

問い「夫への不信感、怒りと迷い」 

今の旦那さんのご家族とのことにつきましては、自閉症についての正確な知識と共に、療育や治療についても理解して頂けるように、今の旦那さんから通じてでも少しずつご説明なされていかれると良いのではないだろうかと存じます。

また下記の拙回答も少しくご参照下さいませ。

問い「自閉症児の息子との関係について。」 

療育、治療ももちろん大切ですが、息子さんには、何よりお母さんの笑顔が一番です。

少しでも笑顔を取り戻して頂けましたら幸いに存じます。

ご家族皆様の笑顔とお幸せを心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「回答お願いします」

問い「回答お願いします」

【ご質問内容】

子供が出来て結婚しましたが旦那は家にもろくに帰って来ず女の家に入り浸り子供にも関心がなく生活費すら渡さず結局離婚しました。

離婚後は話し合いで養育費を毎月3万払うと言ってたのですが1年間で最終的に音信普通になりどこに居るかもわかりません。

子供に対して関心がないことに凄く怒りを感じます。 
子供が気にならないのか、会いたくないのか、責任を放棄した事に腹が立ちます。 
今は元旦那に対して憎しみしかありません。

こんな人のせいで私の人生が狂ったと思ってしまいます。 
私は子育てに仕事をしてと余裕もないなか、元旦那は自由に何に縛られる事もなく呑気にしてると思うと憎くて仕方ありません。

正直養育費なんかどうせいつか払わなくなると当てにはしてませんでしたのでそんな事より兎に角子供のことで怒りを感じます。

もうあんな奴どうでもいい、勝手にしろと何度も何度も思いましたが元旦那に対しての憎しみが消えません。 
早くこんな思いから解放されたいです。 
どうすれば許すという事ができるのでしょうか。

あんな人を選んだ自分にも怒りを感じます。 
子供には申し訳なさでいっぱいです。 
苦しいです。

【拙回答】

元旦那さんは「アスペルガー症候群」であるかもしれませんね・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お怒り、憎しみ、怨みは、ごもっともなことでございます。

責任放棄、愛情の欠如・・誠にお子様もお可哀想でございます・・

怒り、憎しみ・恨み・・これらは誠に悪い煩悩であるがゆえに、それらに支配されない心を作っていくことが大切となります。そのためにも仏教が誠に最適な薬にはなります。

「感興の言葉・ウダーナヴァルガ」(中村元氏訳)・岩波文庫・第14章・「憎しみ」から・・

「実にこの世においては、およそ怨みに報いるに怨みを以てせば、ついに怨みの息むことがない。堪え忍ぶことによって、怨みは息(や)む。これは永遠の真理である。」

「怨みは怨みによっては決して静まらないであろう。怨みの状態は、怨みの無いことによって静まるであろう。怨みにつれて次々と現れることは、ためにならぬということが認められる。それ故にことわりを知る人は怨みをつくらない。」

仏教では、恨みを持っている、その者に対して、忍耐してその怨みを無くすことのみならず、慈悲の思いを向けることによって、怒りや恨みなどの煩悩を対治した上で、更なる善い行いへとつなげることもお勧め申し上げる次第となります。

煩悩、無知によりそんなことをしてしまう者を憐れみ、慈悲をかけてあげて、何とか慚愧、懺悔、反省、謝罪、そして償いを促し、その者の悪業を無くしてあげられるようになさられることも大切な善い行いとなります。

しかし、この度は、慚愧、懺悔、反省、謝罪、そして償いを促すのも難しそうな・・もしかすると、その元旦那さんは「アスペルガー症候群」であるかもしれませんね・・そうだとすると、厳しいことですが、理解して諦めることも必要かもしれません・・

何よりお子様のこと、どうか宜しくお願い申し上げます。きっと子どもさんから、一生懸命に頑張られておられるお姿から、理解、感謝してもらえる日も来ることでしょう。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「命ってなんでしょうか…」

問い「命ってなんでしょうか…」

【ご質問内容】

最近私はまだ乳呑み子の子猫を5匹保護しました。何度か保護した経験はあるので里親さんが見つかるまでしばらく家で今面倒を見ていようと思ってます。

ですが最近知人から、"父親の会社の倉庫で、まだ乳呑み子の母親のいない子猫が見つかったのだが、父親は頑として家で飼うとは言わないので受けとってはくれないか"とった連絡がきました。 
よくよく話を聞いてみると、病院に連れて行き、数日間保護できるが、貰い手がはっきりしない限り保護するつもりはないと彼女の父親は言っているということでした。引き取って、長く里親が見つからなければ困るからとのことです。

でもそれは話が逆ではないでしょうか?

保護することができるのならば、まず保護することが先決なのではないでしょうか?どんどん衰弱していっているということなのに、なぜ頑として動かないのでしょうか。彼女には里親は(今まで保護した経験から言うと)すぐに見つかるからまず保護してみてはと説明したものの、父親が許さない…と言うのみです。

そして、もう一つ怒りを感じるのは、私が子猫を保護していることを知って、それならそこに預けてしまえば安心だ自分に責任はないと考えているように思えることです。とても無責任だと思いました。かわいそうと思いつつも(しかも手を差し伸べることができるのに)自分はそれを背負いたくなくて他人に預けてしまおうという考えが許せませんでした。命ってそういうものなの?と思います。

でもそう思っている自分も結局無責任なのではないか、責任を負いたくないだけなのではないかと悩んでしまいます。 
世の中にはたくさんの命があってそれを助けたくて仕方ないけれど1人では決して叶うことではなくて、だからなるべく預けてしまえばいいみたいな無責任な考え方を正して、1人でも多く手を差し伸べてくれる人になってほしいと思うのに、なんだかそれもやっぱり偽善なような気がしてきてしまい、苦しくて仕方がなくなってしまいました。命ってなんでしょうか。どうかかわっていけばいいのでしょうか。人も動物も同じ命を持っているはずなのに、どうして手を差し伸べないんでしょうか。

【拙回答】

尊く有り難いことでございます。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

他の命を大切になさられたいというお優しい慈悲の御心、有り難く尊いことでございます。

仏道修行を進めている菩薩たちの中には、あえて、涅槃(悟りの境地)に入らずに、迷い苦しんでいる衆生たち全てを救済し終わるまでは、この迷い苦しみの世界に留まろうとされている方々もおられます。

そんな菩薩たちには及ばなくても、例え、一匹でも二匹でも、救える命があるのであれば、諦めずに、それぞれにおいてできるだけのことをできる限りと思って取り組むことが大切であるかとは思います。

もちろん、ボランティアと同じで、あまり他人に強制したり、善意を押しつけることもできませんが、何もしないよりかは、実際に助かる命が、一匹でもあるのであれば、偽善であろうがなかろうが関係なく、できることをしてあげていけると良いのではないだろうかと思います。

独りでは限界もありますので、志同じくする仲間を集い、みんなの力を合わせて進めていければ、もっともっと助けることのできる命も増えていくことにはなるでしょう。

また、私自身にも経験のあることですが…

ボランティア・慈善活動というものは、あくまでも自分のできることで、できる限りにできたことだけを見るようにしておかれると良いでしょう。

他を比べ出すと、正直、悪い感情が生じてしまうようになります。嫉妬や恨みや怒りなどです。

功徳を積むはずであったのに、嫉妬や恨みや怒りにより悪業を積んでしまうことになっては、まさに本末転倒になりますので、誠に気をつけて下さいませ。

とにかく、救われた命、誠に尊く有り難いことでございます。心から感謝申し上げます。ありがとうございます。

川口英俊 合掌

問い「夫への不信感、怒りと迷い」

問い「夫への不信感、怒りと迷い」

【ご質問内容】

結婚30年目のパート勤めの主婦です。昨年夫の風俗通い、出会い系で出会った若い子との浮気を彼のPC、携帯から見つけました。 
問い詰めると、2年ほど遊んでいたそうで、資金は自分の生命保険の貸付金を出して使っていました。 
クレジットカードも出会い系で騙されたのか、大金の請求がきたこともあり、昨年でおよそ100万使っていました。

生命保険は末娘が大学入学したので学費にあてにしていたお金でした。 
愕然となり、離婚届を突き付けたら、もう2度と裏切らない、愛しているのは私だけで、ただの遊びだから、離婚はしないと言い全ての登録も消し、きっぱりとやめたようです。

家事も手伝ってくれ、いいパパになりましたが、かと言って私は夫を許すことも信じることもできず、女の子たちとのメールを思い出したりするたびに涙がでます。 
簡単に忘れられるはずもなく、制裁を与えてやりたいと思うばかりですが、 
この歳で、1人でやっていけるかどうかも不安でいっぱいです。

少しの貯蓄があるのですが、娘が無事卒業したら、別れようかと考えたり 
私さえ諦めたら、いい旦那に戻ってくれた彼と一緒に生きていけるのか、 
と考えたり、迷いでいっぱいです。 
やはり女は夫の「遊び」には、目を瞑るべきなのでしょうか?

娘の学費にも、家計も苦しくなり私は仕事時間を増やさねばならず・・・ 
何度もウソをつき、裏切っておきながら何事もなかったように、笑いかけてくる夫ですが私は一生裏切られた思いは消えません。

【拙回答】

恨みについて・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お気持ち誠にお察し申し上げます・・

裏切られたことへの恨み、憎しみ・・当然でございます。当然ではございますが・・仏教ではやはり良くない煩悩となってしまいます・・

「感興の言葉・ウダーナヴァルガ」(中村元氏訳)・岩波文庫・第14章・「憎しみ」から・・

「実にこの世においては、およそ怨みに報いるに怨みを以てせば、ついに怨みの息むことがない。堪え忍ぶことによって、怨みは息(や)む。これは永遠の真理である。」

「怨みは怨みによっては決して静まらないであろう。怨みの状態は、怨みの無いことによって静まるであろう。怨みにつれて次々と現れることは、ためにならぬということが認められる。それ故にことわりを知る人は怨みをつくらない。」

仏教では、恨みを持っている、その者に対して、忍耐してその怨みを無くすことのみならず、慈悲の思いを向けることによって、怒りや恨みなどの煩悩を対治した上で、更なる善い行いへとつなげることもお勧め申し上げる次第となります。

煩悩、無知によりそんなことをしてしまう者を憐れみ、慈悲をかけてあげて、何とか慚愧、懺悔、反省、謝罪、そして償いを促し、その者の悪業を無くしてあげられるようになさられることも大切な善い行いとなります。

今はまだ恨みを無くすことも、慈悲を向けてあげることもできないかもしれませんが、少しずつでも仏教を学ばれながらにでも、上記のことについてお考えを賜れましたら有り難くに存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「削除します」

問い「削除します」

【ご質問内容】

すみません質問を削除します。 
怒りで支配されてしまい感情的になっていました。

【拙回答】

また何かございましたら。。

川口英俊でございます。

激しい怒りは、「瞋恚」(しんに)と申しまして、煩悩の中でも三毒(貪瞋痴)の一つであり、誠に気をつけないといけません。

怒りに支配されてしまって悪い行い(悪業)を積まないようにすることが大切となります。

この度は、お気づきになられまして、誠に有り難いことでございます。

また何かございましたら、どうぞお気軽にhasunohaへとご質問、ご相談下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「許せない人を許すということ」

問い「許せない人を許すということ」

【ご質問内容】

私には最近許せない人がいます。

その人のことをふと思い出してしまい 
怒りと悲しみで眠れなくなったり 
食欲がなくなったり 
普段の生活でも無理して笑っている現状です。

もうこの人のことで悩んでも勿体無い 
とは思うのですが 
暇な時間が出来ると考えてしまいます。

そこで、この人のことを許せばいいのでは? 
と思い、必死に許そうと努力しているのですが 
やはり許せない部分が強くブレてしまいます。

許せない人を許す 
とは 
どのような心構えでいればいいのでしょうか。 
一刻も早くその人のことに無関心になりたく 
その人のことにエネルギーを使いたくないのです。

【拙回答】

怒りを慈悲の怒りへ

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

許せない人は許さなくてもいい。但し、怒り、悲しみで苦しんでいる自分自身を許してあげてほしい。まず、自分自身を許して、それから、許せない人を許せていけるように調えてほしい。

許せない人は、本当に許せないですよね・・

しかし、その方がそのようになられてしまわれたのには、きっと何らかの悪い因縁(原因と条件)がございます。

その方だけが悪いわけではありません。仕方なくそのようになってしまっているのだと、お考えを頂きまして、少しなりとも怒りのお気持ちを和らげて頂けましたら有り難くに存じます。

もう一つの方法としましては、もしかしたら、その方は、前世、過去世にて大恩ある母、または父だったかもしれないとして、憐れみの思いを少しなりにもお掛け頂くことで、怒りを鎮めるという方法もございます。

あるいは、更に、まさに怒りを起こさせる者がいてくれてこそ、「忍耐」という修行、「慈悲」を滋養できる修行をさせて頂けるということで、有り難い、尊い存在として扱えるように調えるということにて、怒りを抑えるという方法もございます。

りく様は、不動明王様をご覧になられたことがあるでしょうか。

激しく怒っておられるようにみえる不動明王様の怒りというものは、慈悲の心にて、何とかして迷い苦しんでいる全てのものたちを救おうとされている怒りでございます。

もし宜しければ、その「怒り」を、そのようなことをしてしまう者に対する憐れみとしての「慈悲」の怒りへと変容させて頂けましたら、誠に有り難く、尊いものとなります。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「怒りを静めるにはどうしたら良いですか?」

問い「怒りを静めるにはどうしたら良いですか?」
http://hasunoha.jp/questions/659

【ご質問内容】

他人が細かいルール違反をすると鬼のように怒りを持ってしまいます

例えば、赤信号なんてちょっとくらいなら渡っても構わない
と分かっていますが、そういう光景を見るととても強い怒りを覚えてしまい

車に轢かれてしまえばいいのに と呪いのような気持ちを持ってしまいます。これでは本末転倒です。

他人の些事に一々怒りを持たないようにするにはどうしたらよろしいでしょうか?

【拙回答】

「他人にはあまく、そして、自分にはもっとあまく」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「怒り」に関しましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いております。特に最近では「慈悲の瞑想」をお薦めさせて頂いております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_318707.html

今回は少し拙経験からお答えさせて頂こうかと存じております。

拙修行時代の先輩で、結構理不尽なことの多い小さな世界の中において、あまり怒らない、怒りの表情を表立って見せたことのない方がいらっしゃいました。素晴らしく人格的にできた方であったと今でも尊敬致しておりますが、ある時に「どうしてそんなにいつも怒らずに過ごせるのでしょうか?」と聞いたことがありました。

そうすると、その方はこのようにおっしゃっていました。

「他人にはあまく、そして、自分にはもっとあまく」と。

普通であれば、「他人にはあまく、自分には厳しく」となるところですが、その先輩の「怒り」を抱えること無くに、何事も淡々とこなされている様子を拝見するに、妙になるほどと納得したことがあります。もちろん、自分にあまいことはなく、他人の不始末なことでも嫌な顔をされずにフォローされていたりしておられました。

今から振り返りますと、怒りを抱えずに過ごす上で、これもある意味では、寛大な心、寛容な心を養う「慈悲の瞑想」に通じるところがあるのかなとも思います。

他人と自分の幸せ、つまり、「自利利他」と言えば、仏教用語としてピッタリとなりますが、他人も自分も「許す」ことによって、双方が「怒り」を抱えずに過ごせるということになるということではないかと存じます。

ただ、間違ってはいけないのは、本当に自分にもっとあまくになってしまうと、ただの堕落、懈怠になってしまいますので、他人を許すための方便としてご理解を頂けましたらと存じております。

また、興味がありましたら「慈悲の瞑想」も是非ご一考下さいませ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/慈悲の瞑想

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「彼が私を許せないのなら…」

問い「彼が私を許せないのなら…」
http://hasunoha.jp/questions/593

【ご質問内容】

短期間で再度のご相談になり申し訳ありません。
彼との関係についてご相談です。

これで3度目になりますが、また別れを宣言されています。
毎回、何かが彼の中で切れ、話し合う余地なく「無理だ」「生き方が違う、合わない」「これで終わり」と告げられます。
ふと気に入らない場面に出くわした時の小さな別れる宣言はもっと頻繁で、月に2、3回は言われます。
毎回自分がすがって、なだめ、何度も説得して、元の鞘に収まります。収めてきました。

自分に理解出来ないのは、その別れの決意がいつも唐突で、私には些細にしか思えないような事が原因で訪れ、強い怒りを伴っていることです。ちょっとした言葉遣いや、取った態度が逆鱗に触れるようです。
今回も、つい一週間前には一緒に旅行に行ったり、一緒に住む家を探しに行ったり、共に生きていく決意が固まっていると、私は思っていた矢先での宣言でした。

前のご相談に書かせていただきましたが、彼は気難しい人です。感情表現も素直ではなく、よく癇癪も起こします。
今までは、きっとこれは本心ではないのではないか、結局は私に戻ってくれるのだから私にも彼を幸せに出来るのではないか、心の奥では私を求めているのではないか、と思ってきました。

でも、本当はそうではなかったのでしょうか…?

彼は怒りのエネルギーが強い人です。
私のその些細な事の一つ一つを、許せないようです。
私も彼に対して怒りを感じることは多々あります。それを態度に出してしまうこともあります。でも“許す”ことを前提にしているため、それで別れようと思うことはありません。怒ることは、嫌な事は嫌だと分かってもらうための意思表現です。

今回も、私が謝ってすがればきっとまた暫くは元に戻るのでしょう。
でもそれは、私の執着でしかなくて、彼のためになることは何もないのではないかと、虚しいです。

惹かれ合って一緒になったのだから、嫌な所も含めて認め合って、許したり許されたりしながら寄り添うのが男女だと思っていました。

何だか、無力感と、悲しさと、途方に暮れています。
何かお言葉をいただけると幸いです。

【拙回答】

慈悲の瞑想

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

前回の問いでは、 密富様と同様に「ドメスティック・バイオレンス(DV)へと発展しないかどうかが懸念されるところ」と少し申しましたが、彼の悩み苦しみと真摯に、真剣に向き合われるならのこ様の姿勢、彼氏への想い、誠に有り難く尊いものがございます。

御礼も読ませて頂きました。

「・・しかしそうして誰もが離れていったら、一体彼はどうやって救われるのでしょうね。心の弱い人です。心配でなりません。・・」

誠に慈悲の御心をお持ちにて、彼氏も幸せ者でございます。どうかお二人が幸せになってほしいと切に願う次第でございます。

しかし・・「・・何だか、無力感と、悲しさと、途方に暮れています。・・」ともおっしゃっておられますので、無理は禁物です。ならのこ様お一人でできることにも限界があります。双方のご家族はもとより、友人、知人等、周りの皆さんの協力、支援も必要なこともあるのではないかと存じます。

また、彼氏の癇癪や強い怒りのエネルギーを無くしていくためには、忍耐の心、許容・寛容の心、慈悲・利他の心を養っていく必要性があるかとも存じます。

そうですね。もし、機会があれば、慈悲の瞑想を扱われている瞑想会へとお二人で出掛けられて、少しお試しになられてもどうであろうかと存じております。

問い「苦しい嫉妬や妬み、友人の結婚や妊娠、出産」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1004623411.html

慈悲の瞑想としましては、日本テーラワーダ仏教協会さんによる開催のものや、最近では、ワンダルマ仏教・仏教3.0アップデートを提唱されておられる一法庵の山下良道師の瞑想会もお薦めであるかとも存じます。

一法庵
http://www.onedhamma.com/

是非、一度まずはならのこ様だけでもお試しになられて、それからうまく彼氏を誘われてみられてもどうであろうかと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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