hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

慚愧

問い「死後について」

問い「死後について」

【ご質問内容】

私はまだ20歳の女子なのですがこの歳でもう死後の事を考えています

気にしたらキリがないのに 
死後の世界が怖くて死にたくもありません。

その上虫や飲酒をするだけで 
地獄行きという事も知り余計に怖くて仕方ないです。

どうすればこのような考えにならないかアドバイスが切実に欲しいです

両親にそのことを話したら考えすぎと言われました。 
確かに神経質過ぎたなとは思っています 
ですが怖くて仕方ないのです どうにか考えなくなるようにしたいです お願いします

【拙回答】

より良い死後へと向けて

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

死後についての色々なご心配、もっともなことでございます。

しかし、あまり極端にあれこれと偏って考え過ぎてしまってもいけません。

仏教では「中道」と申しますが、極端にとらわれてしまうことを避けるのを大切に致します。

虫を傷つけただけで、あるいは、飲酒しただけで、「地獄行き」という単純なものではなく、善いことと、悪いこと、そのどちらでもないこと、色々な複雑な因縁(原因と条件)が絡むことによって、死後の赴きというものも、おおよそ決まってくることになるかとは存じます。

また、例え悪いことをしてしまっても、慚愧(ざんき)、懺悔、反省、謝罪、償い、仏道修行、善行、功徳などを通じて、リカバリーしていくことも、もちろんできます。

まあ、難しいことは置いておいて、生かされて生きていくことのできている自分のありようをしっかりと理解し、お互い様の感謝の心、親切なる心で、この助け合い、支え合い、分かち合いの世界を過ごしていくことが大切となります。

生かしてくれることとなる食する命にもありがとうと感謝の「頂きます」を。そして、何かにてご恩返しになることもできていければという感じにて。。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「過去の誤ち」

問い「過去の誤ち」

【ご質問内容】

私は7年間、衛生士の仕事をしてきました。 
そこの医院は夫婦でドクターをやられてるところでした。昨年スタッフが立て続けにやめたりして、衛生士の人手不足になり毎日仕事量が多くストレスが溜まっていました。 
今までは衛生士同士、仕事の愚痴などを言い合ってストレス発散していましたが、「衛生士ばかり仕事量が多くて大変」などと言うと助手さんたちからしたらいい気分ではないと思い、仕事の愚痴は言わないで我慢していました。 
旦那さんにも愚痴をきいてもらってましたが、反応が悪く段々と喋る気も失せました。 
ドクターである奥さんにも仕事内容で不満があり、愚痴のはけ口が院長になっていました。 
院長とは仲が良く、相談していくうちにスキンシップが多くなってきました。 
結婚したばかりだし、ダメだとは思いつつも断れず、ぐいぐいと院長がくるのが恥ずかしながら嬉しくもありました。 
そしてやってはいけない不倫という行為をしてしまいました。 
休みの日はよくメールをしていましたが、それを旦那に見られてしまい不倫したという事がバレてしまいました。当然仕事はその日で辞めさせられ、院長にも慰謝料を請求し示談する形になりました。 
突然辞めることになったので、スタッフの方たちに体調不良とウソをついてやめたこと、奥さんを裏切ったこと、院長からの誘いに乗ってしまって楽しんでしまったこと、全てが悔やんでも悔やんでも悔やみきれなくて苦しいです。 
今回のことを許して普通に接してくれる旦那さんに対しても感謝していますが辛いです。 
仕事を失ってずっと家にいますが、自己嫌悪に陥ってしまいます。 
どうしたら過去の誤ちを絶ち前向きになれるでしょうか?

【拙回答】

慚愧、懺悔と仏教の学び

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

例えどのような過ち、罪を犯そうとも、重要となるのは、それをしっかりと悔い改めて、反省、慚愧、懺悔した上にて、同じ過ち、罪を繰り返さず、心からの謝罪と償い、そして、できる限りに善い行い・徳の行い(善徳行)にも励んでいくことが大切となります。

慚愧(ざんき)・・

「慚」は、自分の心の中にて悪いことを反省したり、恥じたりすること。

「愧」は、悪いことを恐れたり、または他の者に対して反省や恥じたることを表すこと。

懺悔(さんげ)文・・

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう) 
皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち) 
従身語(口)意之所生(じゅうしんごいししょしょう) 
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

私がその(輪廻し続けての)昔より諸々の悪業(悪い行いの集まり)を積み上げてきてしまったのは、全て、無始(始まりのない過去)以来の貪・瞋・癡(貪りの心・激しい怒りの心・真理を知らない愚かな心)を原因として、身・語(口)・意(身体、言葉、心のそれぞれによる行い)によって生じるところのものです。私は今まさにそれらの悪業の全てを懺悔致します。

これを機縁に、仏教の学びを少しずつでもお進めになられながら、「無明」(根本的な無知)や様々な「煩悩」にお気をつけになられて、お優しい旦那様と、仲睦まじく、どうかお幸せにお過ごし下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「後悔。。。」

問い「後悔。。。」

【ご質問内容】

今までの人生で沢山相談したいことがあります。

19歳の頃、妊娠しましたが、私は社会人でしたが彼が学生で、結婚していなかったため、親の反対で、中絶をしました。

現在別の人と結婚して二人の子供を授かりました。

私は本当は出産したかったけど、親に出産するなら絶縁すると言われて、中絶をしたときから、ずっと罪悪感と後悔をしています。

今からでも償えるような行動や考え方はありますか?

年を重ねる度にこの世にいない一人目の赤ちゃんに申し訳ないのです。

宜しくお願いします。

【拙回答】

ご供養

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

やむなくに中絶なされましたことを後悔なされておられるご様子・・誠におつらいことでございます・・

罪悪感と後悔・・

懺悔、慚愧なされるお気持ちは、誠に大切なことでございます。

悪業を悪業と知らずに積む業の深さこそ、誠に怖いものがございます。

反省、自省することができるからこそ、私たちはこの業火に灼かれて苦しんでいる身を知り、何とか逃れたい、離れたいとして、仏様の教えを頼りとして仏道を歩めるようになるのでございます。

償えるような行動・考え方・・

もちろん、ございます。

簡単に申しますと、善行、功徳を積むということになります。

例えば、その赤ちゃんを思われる優しいお心で、その赤ちゃんにできなかったこと、してあげれなかったことを、誰かにしてあげて下さい。

世の中で苦しんでいる赤ちゃん、子どもたちはたくさんおります。病気、貧困、虐待・・

是非、何かできることで、苦しんでいる赤ちゃん、子どもたちの救いや癒しのためにできることを、善行、功徳としてなされて下さいませ。

きっと、その赤ちゃんのご供養となることでしょう。

川口英俊 合掌

問い「罪悪感」

問い「罪悪感」

【ご質問内容】

軽い気持ちで常識的にもない悪い事をしてしまいました。 
とてつもない後悔をしています。 
自分を信じてくれている、親や祖父や祖母、家族を裏切ってしまいました。 
まだ家族には言っていません。 
この罪悪感というのは一生死ぬまで背負っていくものでしょうか?

【拙回答】

罪悪感を活かす

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

慚愧、懺悔の思いは、誠に大切であります。

罪悪感を持たれることは、罪を罪として、悪を悪として、しっかりと認識できているということであります。

ならば、反省し、謝罪し、償うべきことがあれば償うで良いのであります。

最初から完璧な人間など誰もおりません。

大なり小なり、皆、失敗、過ちを犯すものです。

大切なのは、しっかりと反省して、次へと活かすことです。

罪悪感を背負うのではなくて、その罪悪感を活かして、行いを、正しく、より善いものに調えて、幸福感へと繋げていかなければいけません。

大丈夫です。きっと挽回できますよ。

川口英俊 合掌

問い「自殺未遂」

問い「自殺未遂」
http://hasunoha.jp/questions/1999

【ご質問内容】

最近、読んだ仏教の本の中で悪徳政治家や悪徳業者、犯罪者(特に殺人犯)は地獄ヘ落ちると書いてありました。 本には書いてなかったのですが、よく自殺者も地獄へ落ちると聞きます。

そこで質問なのですが、自殺未遂をした事がある人は、どういう位置づけになっているのですか?
自殺未遂者の死後はどうなるのですか。未遂者はたまたま運良く死に至らなかっただけだと思いますが、自殺を決行した罪はたとえ自然死しても消えることはないのですか?

やはり殺人未遂と同じくらい罪な事になって地獄行きや生まれ代わる時に何らかの支障が出るのでしょうか?

2度もやってしまいました
※あくまで天国や地獄が存在する前提での話です。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php;_ylt=A7dP5XLVuAtWHAoAiLOV_PN7?page=2&qid=1367098398&pos=1&ccode=ofv

【拙回答】

自殺・自殺企図・自殺未遂につきまして

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

二度も自殺未遂されてしまわれたとのこと・・誠におつらいことでございます・・

自殺を企図してしまうほどの悩み苦しみ・・どうか和らぎ、癒されますように、三度目の無いことを心から祈念申し上げます。

自殺につきましては、これまでにも下記の各問いに回答させて頂いております。

「自殺・自死について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319870.html

「・・死後の赴きにおいて、もっとも影響を与えることになるのは、何よりも己自身の行い(業・カルマ)となります。その業が、煩悩や無明(根本的無知)によっての悪業に比重が重くあってしまえば、やはり、その果報(向かう先、輪廻)は厳しいものにならざるを得ないと考えることになります。・・」

「悪徳政治家や悪徳業者、犯罪者(特に殺人犯)は地獄ヘ落ちると書いてありました。」・・世間の道徳的規準と仏教的な因果応報における善悪の基準とでは、一致しないこともございますが、勧善懲悪を勧めるという点では大差がないものであるかと存じております。

ただ、悪い行いをしてしまっても、心から慚愧して懺悔し、しっかりと善い行いに努め励み、善い業・カルマの因縁(原因と条件)次第においては、より良い死後の赴きへと参れることができることとなります。

「よく自殺者も地獄へ落ちると聞きます。」・・自殺したからといってそれが悪い業・カルマとなるかどうかは、ケースバイケースとなるのではないかと存じます。一つ言えますのは、無明(根本的な無知)・煩悩による自殺であるならば、やはり悪い業・カルマとなるため、十分に気を付ける必要があるのではないだろうかと存じております。

次に、自殺企図、未遂の場合についてですが、行為と動機の問題につきましては、下記の問いにて詳しく扱わせて頂いておりますのでご参照下さいませ。

問い「心を込めた行動とは? 」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1005257984.html

とにかく、これからの良き因縁次第では、必ず良き結果も望めることとなります。どうか自殺は思い留まって頂きたいと存じております。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「お叱りください」

問い「お叱りください」
http://hasunoha.jp/questions/1304

【ご質問内容】

こんなことを質問させていただいて良いのかわからないのですが…

すべてもう遅いとりかえしがつかない、人生立て直すにももう無理だと思い、前まで一生懸命に頑張っていたことも頑張る気力がなくなってしまっています。

自分の今までの行いがただ悪かったから自業自得なのですが、悪に悪を塗り重ねもう自分が嫌になってしまいます。

そうすることでしか自分を守ることができず悪の環境から結局抜け出せれず、変わることが出来なかった、自分が弱く誘惑に打ち勝つことができなかった。
自分が情けないしもう何もかも嫌になってしまいます。

中絶の経験もあり、うつ病になり、気がつけば人生に相当の遅れをとってしまい、悪を重ねてしか生きれない、うそをついて進もうとする自分に本当に悲しいです。もう戻れません。
「人の道」をしっかりと歩みたかった。本当に悲しい人生です。上辺で偽りではなく心から人生を大切に生きたかったです。
中絶のこともあり明るく過ごすものの、すぐに心に重くのしかかりため息ばかりでます。

生きていても、何があるのか、悪に悪を塗り重ねることしかできない未来に希望がない、こんな人間生きていて良いのでしょうか。

お忙しい中このような投稿をし申し訳わけございません。

【拙回答】

業(カルマ)は、ある種のポイント制度

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず最初に、今しばらくはまだ無理かもしれませんが、いくらでもそのお心次第においては挽回可能ではないだろうかと存じます。

仏教では、懺悔文という偈がございますが、とにかくこれまでに積んだ悪い行いについて、心から慚愧して、懺悔し、二度と同じような過ちをしないように誓い、努力することと併せて、できれば悪業を浄化させていくための善き行いに励みて、善業を積むことが望まれることになります。

少しわかりやすい例えとしましては、業(カルマ)は、ある種のポイント制度であると思ってみて下さい。

悪いことをすれば、負のポイントが貯まる。逆に、善いことをすれば、正のポイントが貯まる。そのように考えてみて下さい。

もしかしますと、今のさつき様は、負のポイントがやや貯まりすぎてしまっているのかもしれません。

それはこのままではいずれ返さないといけない借金のようなもので、いずれそのマイナス分、必ずどこかで苦しむことになってしまいます。

もちろん、生きていく中で完全に悪いことをせずに過ごせるという者などほとんどいませんので、何も対策を立てなければ、当然に、知らず知らずの内にでも無明(根本的な無知)や煩悩の働きにより、マイナスポイントが貯まっていってしまうものでございます。

問題は、そのことにまずは気づけているかどうかであります。でも、さつき様はご自身の行いについてよく理解されておられ、慚愧の思いをもっておられますので、十分に気づかれているのではないかと存じます。

ならば、そのマイナスポイントを今度はプラスのポイントで消して(浄化して)いってあげるようにできれば良いのであります。

もちろん、その間にもマイナスポイントもやむを得ずに貯めていってしまうでしょう。それでも、それを上回るようにプラスポイントを稼いであげていけば良いのであります。

そして、何とかプラスマイナスゼロか、できればプラスへともっていって頂ければ、その果報は、決して最終的には悪いものにならないかと存じます。

また、そのプラスポイントを稼ぐための方法が仏教の教えの中には実はたくさんございます。

是非、これを機会に仏教にもっと興味を持って頂いて、学びと修習に取り組んで頂けましたら有り難くに存じます。善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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問い「大切な命を失いました。」

問い「大切な命を失いました。」
http://hasunoha.jp/questions/849

【ご質問内容】

わたしは今年の3月死産を経験しました。7ヶ月に入ったばかりで男の子でした。とても二人目が欲しくて欲しくてやっとできた子でした。

しかしあるとき息子は生きるのをやめました。毎日が真っ暗で生きるのがやっとです。自死も考えました。

時がたち、仕事を始めました。主人と娘に支えられなんとか過ごしてます。

一番苦しいのはほかの妊婦をみるのが辛く憎しみまで湧いてきます。みんな死産すればいい、不幸になれ!って思うのです。なんで他の人はちゃんと産めてわたしは死産したの?なぜ息子はしんでしまったの?と毎日思い、答えが見つかりません。

いつまで暗闇の地面を這いつくばり、他人を憎み、他人の不幸をほくそ笑む私でいるのでしょうか。
家族以外の人を信用できないし、関わりたくないです。
けど、わたしはこんな自分が本当に嫌いです。本当のわたしとは違う。

毎日毎日涙を流し息子のことを考えます。

わたしはこれからどう生きていけばいいのでしょうか。

わかり辛い文ですみません。ご回答をお願いします。

【拙回答】

水子供養

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は、誠につらく苦しい心の内を正直に明かして頂きまして、誠にありがとうございます。

人間、不幸に陥りますと、全てが不幸になれば良いのにと思ってしまうものでもございます。お恥ずかしいことながら、正直、拙生もそう思ってしまう時期がございました。

しかし、それは逆も言えるのではないかとは存じます。幸せに満ちると、皆もどうか幸せになれますようにと思えることになるのではないかと存じております。

もちろん、仏教が目指すのは後者となりますが、その幸せも世俗的な幸せではなくて、真理の悟りによる幸せとなります。

「こんな自分が本当に嫌い、本当のわたしとはちがう」とおっしゃられておりますように、醜い自分に対して自己嫌悪に陥られて、そのことに慚愧なされておられます。まず、それが変わるための大切な第一歩となります。息子さんのことを御供養して頂きながら、あれこれと後ろばかりを振り返らずに、少しずつでも前を向いて頂けましたら有り難くに存じております

水子供養につきましては、これまでにも下記の各問いにてお答えさせて頂いております。是非、御供養のご参照にして下さいませ。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_323269.html

『・・この世は縁によりて成り立っている縁起なる世界・・縁が調わなければ難しいことはいくらでもございます・・その子は僅か数日の命だったかもしれませんが、確かに二人の子どもとしてこの世に現れてくれたことは紛れもない事実です。それは何か大切なことを気づかせに来てくれたのだとお考え下さいませ。もちろんまだまだ難しいことかもしれませんが、拙生はやがてそのように思うことができ、有り難くに感謝致して、水子ご供養を申し上げて、乗り越えていくことができました。その気づきはもちろんそれぞれで異なるでしょうが、真摯に「いのち」と向き合うことによって得るものは、それぞれ大きいのではないかと存じております。・・』

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「謝りたいです」

問い「謝りたいです」
http://hasunoha.jp/questions/781

【ご質問内容】

2回目の投稿、失礼いたします。
前回頂いたアドバイスを参考に、虫さんを殺さずに外へ逃がしてあげる、見て見ぬ振りをするなど虫さんに慣れようと努力しているところであります。
そんな中、とても大きな後悔をしてしまう出来事がありました。

今日入浴中、排水口の近くにクモさんがいました。水に流されて死んでしまう、逃がしてあげようと思い、少し大きめのブラシにのせて水のかからない場所に避難させてあげようとしました。
しかしそれが間違いで・・・。誤ってブラシでクモさんのお腹を貫いてしまいまったのです。
ショックでした。逃がしてあげようと変に気を使ったせいで・・・。なにもせず、そっとしておけばよかったと後悔しています。今でもクモさんを殺してしまった光景が頭に残って、どうしていいかわかりません・・・。串刺しにされてどんなに痛かっただろう、怖かっただろう、本当にごめんなさいという気持ちでいっぱいです。

そのクモさんに対して心から謝りたいです。そして罰を受けたいです。どうすれば良いでしょうか?どうかご回答のほうをよろしくお願いします。

【拙回答】

畜生供養について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

虫さんへのお優しいお気持ち、誠に有り難いことでございます。

以前にも動物を殺してしまって後悔されておられることにつきましての下記問いにもお答えをさせて頂いております。

問い「動物を殺してしまいました。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992558.html

とにかく、まずこの度のあやっち様の抱かれておられる「慚愧」の思いは大切な善い行いでございます。

その思いの中、私たち人間が生きていくために「食」させて頂くのにやむなく奪ってしまう命もあることを十分に自覚した上で、できるだけそれ以上、無駄に、無碍に命を奪わないように注意することと併せて、虫や動物への感謝の思い、報恩の思いを育むことが必要なことになるのではないかと存じております。

虫さんや動物さんは仏教的には「畜生」と申しますが、私たちと同様に迷い苦しみの世界にいることには変わりがありません。その中でも特に畜生界の苦しみとしましては、激しい生存競争、食物連鎖の中で、いつ食うか食われるかだけに追われて苦しんでしまっているところがございます。私たちのように仏様や仏様の教えのご縁に与(あずか)れることも難しい存在でございます。

そこで、その畜生界の者たちにも、どうか善き赴きがあり、仏縁、法縁に与れることができますようにとして、ご供養することが一つの報恩になるのではないかと存じております。拙生も少しく拙寺の草木禽獣沙巌供養塔前にて、機会毎に御供養回向をお勤めさせて頂いております。

また、下記の各問いの拙回答もご参照下さいませ。

問い「動物について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002880049.html

問い「私が殺したのでしょうか」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002847405.html

あやっち様のこの度のお優しいお気持ち、どうかいつまでも、いついつまでもお持ち頂けましたら有り難いことでございます。

川口英俊 合掌

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これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「他人を傷つけてしまった誤ちは償えますか」

問い「他人を傷つけてしまった誤ちは償えますか」
http://hasunoha.jp/questions/682

【ご質問内容】

男性にフラれ、悔しさと嫉妬のあまり、彼の相手の女性に全てをバラし、傷つけてしまいました。

彼への未練というより、自分のしてしまった事へ後悔と未練があります。

謝りたくて、電話をかけてもメールをしても彼は取り次いでくれなくなりました。

自分のしてしまったこの未熟な誤ちを、日々後悔し落ち込んでしまいます。

楽になりたいなんて、勝手なお話ですが、少しでも救われるにはどうしたらよいでしょうか

【拙回答】

償いはこれからの行い次第

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度は、嫉妬などの煩悩による過った行いへの後悔のお気持ちを表されました。このことは誠に「慚愧」として仏教において大切な善い行いとなります。

「慚愧」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008111663.html

『・・「慚愧」することから、更に、二度と同じような過ちはしないこと、相手に会うような機会があれば、反省や謝罪の思いを伝えること、もしできることがあれば償いを行うことも大切なことにはなります。・・』

問い「罪悪感」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_321867.html

もしも、その方への直接の謝罪や償いがまだ難しいとしても、しっかりとこれからの行いをできる限りに善徳行・慈悲行・利他行として努め励むことで、今お苦しみである後悔や未練のお気持ちも少しずつ和らげさせていくことはできるのではないかと存じております。

また、下記問いの拙回答にて「懺悔文」というお経について扱わせて頂いておりますので、この機会に少しくご参照頂けましたらと存じます。

問い「幸せでも良いのでしょうか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008050052.html

「我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身語(口)意之所生 一切我今皆懺悔」

「・・私がその昔より諸々の悪業(悪い行いの集まり)を積み上げてきてしまったのは、全て、無始(始まりのない過去)以来の貪・瞋・癡(貪りの心・激しい怒りの心・真理を知らない愚かな心)を原因として、身・語(口)・意(身体、言葉、心のそれぞれによる行い)によって生じるところのものです。私は今まさにそれらの悪業の全てを懺悔致します。・・」

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16

問い「罪悪感」

問い「罪悪感」
http://hasunoha.jp/questions/689

【ご質問内容】

はじめまして、よろしくおねがいします。

私は、今まで30年以上生きてきましたが、今立ち止まり振り返ると自分のしてきたこと全てを間違えてしまったと感じてしまいます。

人を傷つけ、やさしさを持たず、色眼鏡をかけて見て人を判断し、仕事上ではヒステリックに怒ればことが進むと勘違いし、男女関係でも道徳に反した行為があったと思います。このようなことはしないような人間でありたいと思って生きてきたはずなのですが、いつしか仕事の忙しさや周囲のやさしさにかまけて、気がつかないうちに傲慢になっていました。
それを、今になって気がつきました。いかに周りに対して愛情がなかったのか、、恥ずかしいです。傷つけてしまった方々には本当に申し訳ないとおもっています。しかしながら疎遠になってしまって謝ることもできません。

そしてこのような罪悪感を感じるのと同時に、周りの人々にはどうみられていたのかと人の目が気になり、陰では悪い噂がたっているのではないかという不安があります。罪悪感があり悪いのは全て自分だと感じているのに、まだ保身の考えを持ってしまう自分にも嫌気がさします。

私はこの先どのようにこの罪悪感と付き合い、罪滅ぼしをしてゆけばよいでしょうか。どうか、ご助言ください。よろしくお願い申しあげます。

【拙回答】

罪悪感への対処について

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

罪や過ちを犯してしまったとしても、仏教では「慚愧」、「懺悔」することがまずは大切なこととなります。

「慚愧」につきましては、これまでも下記の各問いにて扱わせて頂きました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_321867.html

問い「懺悔」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1004016464.html

『・・「慚愧」することから、更に、二度と同じような過ちはしないこと、相手に会うような機会があれば、反省や謝罪の思いを伝えること、もしできることがあれば償いを行うことも大切なことにはなります。・・』

もしも、もはや謝罪や償いが難しいとするのであれば、二度と同じような過ちをしないことと共に、善徳行や報恩功徳に努めることをお勧めさせて頂きます。また、下記問いにおける拙回答では「懺悔文」というお経について扱わせて頂いております。

問い「幸せでも良いのでしょうか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008050052.html

「我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身語(口)意之所生 一切我今皆懺悔」

「・・私がその昔より諸々の悪業(悪い行いの集まり)を積み上げてきてしまったのは、全て、無始(始まりのない過去)以来の貪・瞋・癡(貪りの心・激しい怒りの心・真理を知らない愚かな心)を原因として、身・語(口)・意(身体、言葉、心のそれぞれによる行い)によって生じるところのものです。私は今まさにそれらの悪業の全てを懺悔致します。・・」

ご質問にありますように、これからも罪悪感と付き合い、確かなる罪滅ぼしをしていくには、誠に上記の「懺悔文」をことある毎にお唱え致して、そして、積み上げてきてしまった、あるいは積み上げてしまう罪業や悪業を対治、排撃していくためにも、尚一層に善徳行・慈悲行・利他行に努め励むことが大切になるのではないかと存じております。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/

これまで拙生が回答させて頂きました内容は下記にてまとめて閲覧して頂くことができます。
http://hasunoha.jp/users/16
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