hasunoha 川口英俊

「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス http://hasunoha.jp/ 川口英俊回答のまとめ集

自己嫌悪

問い「何もできない自分」

問い「何もできない自分」

【ご質問内容】

自分のできる事とやりたいことの釣り合いが取れません

わたしは高校を卒業してから風俗嬢をしています。勉強が苦手で成績は悪く、これと言った取り柄がありません。専門学校に入りましたがすぐに辞めてしまいました

髪の色が派手でピアスはたくさん空いています。この格好を止めればできる仕事の幅が広がって風俗嬢もやめて、飲食店でも仕事ができるのに……と思うのですがこんな格好は若いうちしかできない、やりたいことがこれくらいしかないのに捨てられない、といつまでも続けてしまいます。

親元を離れているのでたまに親から電話で「なんの仕事をしているの?」や「最近どう?」などと聞かれると嘘をついてしまうのもつらいです。

やりたいことばかり高望みしてしまうのに、そのために努力の仕方すら分からない自分が嫌で、親にお金を返したら死にたいと思っています。

わたしはどうしたらいいんでしょうか。

【拙回答】

千里の道も一歩から。小さなことからコツコツと。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

あらゆるモノ・コトというものは、必ず因縁(原因と条件)によって成り立っていると仏教ではご説明致します。

ですので、その因縁をしっかりと調えてあげることが、結果へと向けては大切なことになります。

やりたいことへの結果へと向けては、主に動機(原因)と行動(条件)が必要になります。

動機はあっても、やはり行動も伴っていかないといけません。

そして、何事もそうですが、簡単に楽して、ワープしてやりたいことがすぐにやれるというのも難しいものであります。

千里の道も一歩から。小さなことからコツコツと。

そのためにも、自己嫌悪に陥ってしまっていること、自信を無くしてしまっていることについても少しずつ改めていく必要があります。

目標設定し、そこへ向かう自分をイメージすると共に、もっと自分の可能性、潜在能力を信じて、できることから着実に積み上げていくことが大切となります。

そして、私たちは誰も独りでできることには限界があります。そんな時には、周りの助け、支え、応援も頼りとしていかなければいけません。

もっと自分と周りを信じて、明日からでも少しずつやりたいことへと向けてコツコツと取り組んでいってみましょう。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「自分を好きになりたい」

問い「自分を好きになりたい」

【ご質問内容】

自分が嫌いです 
両親不仲の環境で育ちました

幼い頃は、つよい母親を尊敬していました 
しかし、大人になるにつれ父親をごみ扱いする母親に嫌悪を抱くようになり、母親を憎んでいます

愛情不足で育てられました。

引っ込みじあんで、マイナス思考、起伏が激しい自分を作り上げたのは母親のせいだと思っています。自分を肯定するにはどうしたらよいですか?

【拙回答】

自分を好きになるために・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

自分という存在は、仏教では、「五蘊仮和合」(ごうんけわごう)なるものと申しまして、五蘊とは、それぞれ、色(物質・肉体)、受(感覚・感受作用)、想(表象・概念作用)、行(意思・意志作用)、識(意識・認識作用)で、それらが色々な因縁(原因と条件)によって、それらの要素が互いに依存し合って集まり成り立っていると説明致します。

では、五蘊のどれが一体、自分なのか、どこが自分なのかは、これであると指し示して言えるものはどこにもなく、「自分」とは実体として成り立っていない「空」(くう)なるものであると説明致します。

しかし、「空」だからと言っても、何もないわけではありません。確かに拙生も貴女も現にこのようにして存在しています。拙生も貴女も無いわけではありません。無いわけではないのですが、それらは、原因や条件など、色々と他に依存することによって成り立っており、このことを「縁起」(えんぎ)と申します。

さて、以上のことから何が言いたいのかと申しますと、自分という存在は、色々な原因や条件によって成り立っており、これが自分だと決められるようなものは無いのですが、あたかもそのような実体としての自分があるかのようにとらわれを起こしてしまって、迷い苦しんでしまっているのだということでございます。

確かにこれまでの親子関係等における色々な因縁(原因と条件)によって、つらく、苦しいことがあったために、そのような想いにとらわれてしまっているところがあり、自己嫌悪の思いが強くなってしまっているのではないかとは思いますが、しかし、その恨みや憎しみを何とか鎮めて、それを逆に憐れむ慈悲の想いへと変えていくことにより、自ら自信へも慈悲の想いを掛けてあげることで、恨み、憎んでしまっている自分のことも許してあげて頂けましたらどうでしょうか。

お母さんも色々と私の今と同じように、何か煩悩によって悩み苦しんでいたのだとして、その悩み苦しみが無くなり、どうか幸せになりますように、私も、どうか恨みや憎しみなどの悩み苦しみが無くなり、幸せになりますように、と。

そうしていくことで、少しずつ自分のことを好きになっていくことができていけるようになるではないだろうかと存じます。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「罪悪感」

問い「罪悪感」

【ご質問内容】

私はつい最近人身事故を起こしてしまいました。 
私は車運転していて、相手をひいてしまいました。幸い怪我で済んだのですが、ずっと後悔というか、落ち込んでいます。 
仕事もなかなか集中できずに失敗ばっかりで、お客さんに怒られてしまいました。 
これからどうしたらいいかわかりません。 
毎日泣いてばかりです。はっきり言って死んだ方がいいのかなあと思っています。 
本当に今が一番辛いです。

【拙回答】

重大事故とならずに良かったです。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

とにかく、お相手は怪我でございましたが、命にかかわらずにてひとまず何よりでございました。

大きな事故の前には、必ずちょっとした不注意やミス、ヒヤリ・ハットすることが幾つかあるということで、「ハインリッヒの法則」というものがございます。

「1件の大きな事故の裏には、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリ・ハットがある」とされています。

今回の事故は、もえ様ご本人にとっては、もちろん大きな事故かもしれませんが、とにかく怪我で済んだ軽微な事故と捉えて頂いて、少しこれからの一つの教訓となさられて下さいませ。

また、何事においても、少し不注意やミスが目立ち始めたら、これは、危ないとして、ワンクッション置いたり、リフレッシュを図ったり、休んだりすることが大切となります。

あまり不安、自己嫌悪ばかりを募らせても、負のスパイラルに陥って余計に委縮してしまいかねません。

誠意ある謝罪や保険による補償、行政罰などもお済みでしたら、ひとまず一度気持ちもリセットなさられて、この度のことは、本当に良い教訓になった、しっかりとこれからも気をつけようとして、どうぞお過ごし下さいませ。

こんなことで・・とはあまり強くは申しませんが、自殺などされてしまわれたらご家族、ご友人、周りの皆さまも悲しみますし、私も悲しみます。

どうか、少しでも気をお楽にして頂けましたら幸いでございます。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「生きていてやりたいことがなく、未来への希望もないので死にたい」

問い「生きていてやりたいことがなく、未来への希望もないので死にたい」

【ご質問内容】

はじめまして。 
ここに初めて質問させて頂きます。 
個人的な相談ですがよろしくお願い致します。

私は18歳男の浪人生です。 
ただ3月に学校を卒業してから一切勉強はしていません。 
やりたいことがあってそれをやるために志望校を目指そうと奮い立ち予備校には入ったのですが それもほとんど行かず、現在は毎日ネットサーフィンをして現実逃避をしてしまっています。 なぜこうなってしまったのかと言えば、先述したやりたいことが、本当にやりたいことなのかと思ってしまったために モチベーションを失ってしまったからです。 どうせ自分には無理だし、良く考えたら別にやらなくてもいいやと思ってしまいます。

私は去年の6月頃からずっとこんな状態で、学校でカウンセリングを受けていました。 ただそれではほとんど回復せず、そのころから学校に行く以外はずっとネットサーフィンをする生活が続いています。

本当は勉強して大学に入るのが良いと思うのですが、そこに踏み出せません。 大学に入ってやりたいこともなくなってしまったので、もはや勉強ができる状態にありません。

もっと大きなことを言えば、生きていてやりたいことや、社会に出て実現したいことなどもないので、 もはや生きている理由はありません。 こんな生活を続けている自分が嫌になり、親にも申し訳なく、未来への希望がないので 生きているのが辛く、死にたくなってしまいます。

でもできれば死なずに、なんとか生きて、この状況をどうにかしたいとは思っています。

どうすればよいのでしょうか?

【拙回答】

ネットサーフィン

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「毎日ネットサーフィンをして現実逃避」・・

現実逃避ではなく、ネットサーフィンがやりたいことなのではないのでしょうか。

インターネットは本当に色々な面で革命を起こしています。

是非、インターネットを主として、例えば、もっと使いやすく便利になど、何かベンチャー起業やスタートアップ事業を考えてみるのも。そして、そのために何をしなければいけないのかもやがて見えてくるのでは。

未来のザッカーバーグを目指して、是非。

そして、成功して大金持ちになった暁には、hasunohaに多額のご寄付での貢献を。その日をお待ち致しております。

川口英俊 合掌

問い「過去の誤ち」

問い「過去の誤ち」

【ご質問内容】

私は7年間、衛生士の仕事をしてきました。 
そこの医院は夫婦でドクターをやられてるところでした。昨年スタッフが立て続けにやめたりして、衛生士の人手不足になり毎日仕事量が多くストレスが溜まっていました。 
今までは衛生士同士、仕事の愚痴などを言い合ってストレス発散していましたが、「衛生士ばかり仕事量が多くて大変」などと言うと助手さんたちからしたらいい気分ではないと思い、仕事の愚痴は言わないで我慢していました。 
旦那さんにも愚痴をきいてもらってましたが、反応が悪く段々と喋る気も失せました。 
ドクターである奥さんにも仕事内容で不満があり、愚痴のはけ口が院長になっていました。 
院長とは仲が良く、相談していくうちにスキンシップが多くなってきました。 
結婚したばかりだし、ダメだとは思いつつも断れず、ぐいぐいと院長がくるのが恥ずかしながら嬉しくもありました。 
そしてやってはいけない不倫という行為をしてしまいました。 
休みの日はよくメールをしていましたが、それを旦那に見られてしまい不倫したという事がバレてしまいました。当然仕事はその日で辞めさせられ、院長にも慰謝料を請求し示談する形になりました。 
突然辞めることになったので、スタッフの方たちに体調不良とウソをついてやめたこと、奥さんを裏切ったこと、院長からの誘いに乗ってしまって楽しんでしまったこと、全てが悔やんでも悔やんでも悔やみきれなくて苦しいです。 
今回のことを許して普通に接してくれる旦那さんに対しても感謝していますが辛いです。 
仕事を失ってずっと家にいますが、自己嫌悪に陥ってしまいます。 
どうしたら過去の誤ちを絶ち前向きになれるでしょうか?

【拙回答】

慚愧、懺悔と仏教の学び

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

例えどのような過ち、罪を犯そうとも、重要となるのは、それをしっかりと悔い改めて、反省、慚愧、懺悔した上にて、同じ過ち、罪を繰り返さず、心からの謝罪と償い、そして、できる限りに善い行い・徳の行い(善徳行)にも励んでいくことが大切となります。

慚愧(ざんき)・・

「慚」は、自分の心の中にて悪いことを反省したり、恥じたりすること。

「愧」は、悪いことを恐れたり、または他の者に対して反省や恥じたることを表すこと。

懺悔(さんげ)文・・

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう) 
皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち) 
従身語(口)意之所生(じゅうしんごいししょしょう) 
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

私がその(輪廻し続けての)昔より諸々の悪業(悪い行いの集まり)を積み上げてきてしまったのは、全て、無始(始まりのない過去)以来の貪・瞋・癡(貪りの心・激しい怒りの心・真理を知らない愚かな心)を原因として、身・語(口)・意(身体、言葉、心のそれぞれによる行い)によって生じるところのものです。私は今まさにそれらの悪業の全てを懺悔致します。

これを機縁に、仏教の学びを少しずつでもお進めになられながら、「無明」(根本的な無知)や様々な「煩悩」にお気をつけになられて、お優しい旦那様と、仲睦まじく、どうかお幸せにお過ごし下さいませ。

川口英俊 合掌

問い「八方美人」

問い「八方美人」

【ご質問内容】

私は何をしても中途半端で終わってしまい、物事を最後までやり遂げる事ができません。 
(例 資格試験の勉強やバイトなど)

最初はいいのですがだんだんやっていくうちにいろんな雑念が浮かんできたり、こんなことやって何がいいんだろう?なんだか狭い世界にいるななどと思ってしまい、結局他の事をやっては中途半端で終わり、また新しい他の事をやってしまうという繰り返し、そして最後にもっとやっていればよかったと後悔する。 
このパターンを何回も繰り返しています。

頭では継続こそ力なりと分かっていてもなかなか継続できない自分に対する嫌悪感も出てきて、自分は逃げることしかできない人間だと思ってしまい、一時期自分に自信がなくなりうつになりかけたこともありました。

そこで2つ質問したいことがあります。 
一つ目は継続するコツ 
二つ目はなぜ物事を続けているとネガティブな雑念ばかり浮かんでしまうのか。

この2つの質問に対する回答やアドバイスを教えていただけたら嬉しいです。 
よろしくお願いします。

【拙回答】

「無常」の心掛け

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

端的になりますが・・

「継続するコツ 」・・

拙生も含めて、皆さん少なからず、りく様のように失敗があるのは当たり前のことになりますが、大切になるのは、その失敗を失敗のままで終わらせずに、反省して、その失敗を活かしていきながら、目標や夢へと向かっていくことになるのではないかと存じます。

「初志貫徹」という言葉がありますように、まず、やはり強い動機・意思・志を持つことも必要となります。

少々のことではめげない「初志」を強く持ちたいものです。

また、モチベーションを維持できる工夫(リフレッシュや達成目標毎のご褒美など)も必要になるのではないかと存じます。

「なぜ物事を続けているとネガティブな雑念ばかり浮かんでしまうのか。」・・

あらゆるモノ・コトは変化していきます。仏教で言うところの「無常」ということですが、それがゆえに、常にその変化に対して、同じ手法やルーティーンが通用しないことも当然に出てきてしまうため、臨機応変に、適切に対応していかないといけないこともあり、その変化に対して対応できないという「不安」や「恐怖」が、「ネガティブな雑念」となって出てきてしまっているのではないかと思われます。

物事を続けていくためにも、その変化に対して柔軟に対応していけるように心構えをして、事前に対策を講じていくことが大切になるのではないかと存じます。

「備えあれば憂いなし」ということにて、多少なりとも安心や余裕ができていけば、ネガティブではなく、ポジティブな考え方で継続していけるようにもなるのではないかと思います。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「つらいです」

問い「つらいです」

【ご質問内容】

初めて質問させていただきます。よろしくお願いします。

私は本当に駄目人間です。みんなに迷惑をかけまくっています。毎日自分を責めています。私の生きている意味も価値もわかりません。消えてしまいたいです。私のような人間は消えてしまうのが一番いいと思うのです。毎日がつらいです。

【拙回答】

拙生など駄目駄目人間です。

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

拙生など駄目駄目人間です。

いや、実は、皆、駄目人間なのですよ。誰にも迷惑を掛けずにいれるような存在ではありません。

何故なら、私たちは独りだけで生きていけるような強い存在ではなく、色々なものに助けられて、支えられて、何とか生かされて生きていくことができるからです。

しんどい時、つらい時には、もっと周りを頼って下さい。みんなお互い様です。

また少しなりにも余裕ができた時で構いませんので、誰かの支え、助けにもなってあげて下さい。

生きる意味、価値は、因縁(原因や条件)次第。いくらでも因縁次第において変えられるものとなります。

とにかく、あまりご自身をお責めになられずに。肩の力を少し抜いて下さい。

川口英俊 合掌

問い「未来が見えなくて怖いです。」

問い「未来が見えなくて怖いです。」

【ご質問内容】

初めまして。 
独身です。彼氏もいません。 
周りは結婚していき、妊娠していく中で 
心の中でどんどんモヤモヤが 
募っていくようになりました。 
おめでたいことなのに心の中では 
私はこのまま一人ぼっちなのではないか。と 
どうしようもない悲しみと苦しみが 
押し寄せ、考え出したら食欲がなくなるほど 
苦しくなります。夜は眠れないです。 
1番近い友達ほどその思いは強くなり 
子供を作ろうとしてるのを 
まだ出来ないで欲しいと思ってしまうんです。 
そんな事を思ってしまう自分にも 
自己嫌悪でいっぱいなのです。

恋愛も出来ず、仕事も結局夜の仕事から 
抜け出せずで…… 
この年になってこんなので未来が見えず 
どうしたらいいのか分からいまま 
時間だけが過ぎていきます。 
うまく文章にならなくてすみません。

周りの人の幸せを心から願え、 
自分も幸せになれる日が来るのでしょうか。 
こんな私はどう生きていけば 
幸せになれるのでしょうか……

【拙回答】

未来はあくまでも想像のものでしかない

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

未来は、例え一秒前であっても、100年後であっても、あくまでも想像のものにしか過ぎません。あるのは、今、現在の瞬間、瞬間だけです。(過去があると思っている自分も、未来があると思っている自分も思っているのは今の瞬間、瞬間の自分でしかありません。)

と申しましても、過去があって今があります。過去と今は繋がっています。そして、過去と今の繋がりで未来があることにもなります。

未来の自分は、過去と今の自分次第によって繋がっていくものとなります。

過去はもう変えられませんが、今の瞬間、瞬間であれば、意思・動機と行動にて色々と変えていくことができます。

変えれない過去をあれこれとどうしようとしても無駄ですので、今の瞬間、瞬間をできるだけより良いものに調えて参りましょう。それが良き因縁(原因と条件)となって、良き結果へと結びついていくはずです。

彼氏も結婚も子どもも、もちろん幸せも、全ては因縁次第です。そのためには、明確な意思・動機と共に行動が必要です。因縁を調えていかないと、どんなに頑張っても結果は出ません。

未来を幾ら憂っても仕方がありません。それよりも今の行動、一つ一つを大切に、より良くに。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

問い「もう生きるのが辛い」

問い「もう生きるのが辛い」

【ご質問内容】

気にしすぎる性格が嫌で疲れます。

人からどう思われるか、顔色を伺うなどを気にしすぎてしまいます。

小さい頃から、自分がだいっきらいで消えたい。 
全てに対して申し訳ないと思って生きています。 
楽しいことがあっても、どうせ何かまた辛いことが待ってるから今楽しんでも意味がないって考えて何もかも楽しめません。

もうこの先生きていくのが辛いです。

【拙回答】

極端を是正していく必要

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「自己嫌悪」「自意識過剰」が強くおありのご様子のお悩み・・誠におつらいことでございます。

とにかく仏教では極端は良くないと説きます。極端を避けた「中道」を保つことが求められるものとなります。

あまりに自分を嫌いになり過ぎるのも、他を気に過ぎるのも、あるいは、自分を好きになり過ぎたり、全く他を気にしないということでもいけません。

もしかすると悪いところばかりを考えてしまって、そればかりが目について、あたかもそれしかないかのようになってしまっているのかもしれません。

虚無主義・悲観主義的な考えも、何でもかんでもを否定し過ぎることによって生じてしまっているのではないかと思います。

少しマイナスに振り過ぎている振り子を戻す必要があるのではないかと存じます。

とにかく、私たちの世界は、自分独りで存在できるようなものではありません。他に色々と支えられて、助けられて成り立っています。

つらい時、しんどい時は、もっと他を頼って助け、支えを求めても良いのです。

お互いがお互い様で成り立っている世界です。

「全てに対して申し訳ないと思って生きています。」・・ではなくて、「支えとなり、助けとなってくれているものたちに対して、有り難うの感謝の気持ち」を持って頂けるようになれれば、また世界の見方も少しずつ変わっていくのではないだろうかと存じます。

そのためにも、自分も含めて世界の全てをいったんニュートラルに受け入れてみて下さい。

そして、幸せも、楽しいことも、貴女における因縁(原因と条件)次第になって参ります。幸せ、楽しみへと向けて、今の自分に何が必要か、何をなすべきかを少し前向きに考えて実行されていってみて下さい。

川口英俊 合掌

問い「自分のことが大嫌いです」

問い「自分のことが大嫌いです」

【ご質問内容】

私は今まで一瞬でも自分のことが好きだと感じたことがありません。 
根性がなくて、他人にを認めず、優しくできず、心も容姿も醜い人間だと思います。 
私は世界一生きる価値のないクズだと思います。 
13歳のころから30を越えた今まで自殺願望を抱き続けています。 
でも未だに死ねていません。自分勝手な死に方で他人に迷惑をかけてはいけないなどろんな理由をつけて死ぬ勇気がないのです。 
今、小売業の経営をしています。 
年老いていく母にゆったりとした暮らしをさせてあげたい、一緒に経営している兄にお金を稼ぐ道標をつけてあげたい、 
働いてくれる従業員さんが少しでも幸せだと思える職場を作りたいと思い店をはじめました。 
本来、私は人の上の立てる人間ではありません。 
職場で時間は守りなさい、報連相は徹底しなさい、自分で公言したことは守りなさいと何度も 
兄にも従業員さんにも伝えました。 
特に大学生のアルバイトさんはこれから社会に出ていくための練習で 
自分の店で少しでも学んで育ててあげたいと思うから、約束を守れなければ叱ります。 
でも兄にも一部の従業員さんにも私の真意は理解されません。 
兄は、学業が本分である子にアルバイトで遅刻したら叱る、約束を守れなければ叱るのは 
酷だと言います。 
母に相談してもあなたが経営者なんだからもっと努力しなさいと言われます。 
正しい意見だと思います。でも私は母にさえ無能で、根性がないと否定されている気がします。 
店で何かトラブルがあると全てお前が怠けているからだと周りから責められている気分です。 
自分の存在価値が見いだせない私は無性に消えてなくなりたくなります。 
私は努力の足りないどうしようもなく弱い、情けない人間です。 
人間でもなくゴミ以下の何か、とにかく存在意義のないものなのかもしれません。 
全て私が悪いと自分に失望しながら生きているのは思った以上にしんどいです。 
私は死ぬことが一番世のため人のためではないかと思うようになりました。 
私が私という存在ををどうとらえたらいいんでしょうか。

【拙回答】

「中道」へ

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人は皆、「人」という字のように寄り合って成り立っています。

私たちは支え合い、助け合い、分かち合いの中で生きることができる存在です。

お互い様という気持ちで、少し肩の力を抜いてみて下さい。

また、自分をあまり卑下なさられ過ぎないで下さい。

仏教では極端を避けた「中道」を歩むことが大切と説きます。

今のみゆ様は色々と少し無理に頑張りすぎて、考え方も偏ってしまっているのではないかな・・と感じます。

時には、息抜き、リフレッシュも大切ですよ。

存在価値、存在意義などは、もともと(実体として)無いに等しいものです。

まあ、あえて申しますと、因縁(原因と条件)によって変化していくものです。良い因縁があれば、良いものとなり、悪い因縁があれば、悪いものとなる。それだけのものです。

つまり、良い因縁次第において幾らでも良くなっていくというものでもあります。

そのためにもまずは、もう少し自信を持って、そして、自分の良いところも認めてあげていくことからでも始めてみましょう。

きっと、みゆ様は自分が自分で思っているよりも、きっと良いところ、素晴らしいところがあるではないかと存じます。

下記の動画は、偏見をなくすための一つとして少し参考にして下さい。


みゆ様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌
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