2005年12月25日

東京で万博ひらきます(9)《陸軍の病院になりました》

d6928329.jpg戦争で開催が延期された昭和15年の万博。(バックナンバーはこちら

すでに万博事務局として晴海に建ててしまった「1600坪の大建築」(写真)は、陸軍が傷病兵収容所として使うことになりました。万博会場用に育てていた樹木も陸軍病院に寄付。

協会の出していた冊子には、しきりと“非常時のお役に立てて嬉しいです、最高です!”的なことが書いてありますが、行間からスタッフのため息が聞こえてきそう。

さて、この「大建築」はその後どうなったでしょうか。  続きを読む

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2005年12月23日

東京で万博ひらきます(8) 《開催の延期が決定しました》

七五三【萬國博覧會ブログ】 昭和13年8月
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昭和15年開催予定の万博は、非常時のため一時延期になりました。

万博協会長のスピーチを一部抜粋。

『光輝ある紀元2600年、すなわち昭和15年の開催を目指して着々その準備をすすめて参りました日本万国博覧会は、現下の非常時局に対処する政府の大方針に基づき、一時之を延長致し、改めて適当なる時期に之を開催することに※決定いたしました。

邦家未曾有の重大時局に際会し、物心両方面共に総動員して長期戦の態勢をとるに至りました為に、敢えてその延期を決定し、聖戦の目的達成にすべてを捧ぐることとなったのであります。

しかしながら、今回の延期は、この計画を廃止するの意にあらず、内外の情勢に鑑みて、真に光輝ある時期を選び日本歴史に花と咲くべき名実ともに充実せる日本万国博覧会の実現を期するものであります。』 (以上、昭和12〜14頃万博事務局の出していた冊子より)

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※御存知の通り「適当なる時期」は、その後めぐってこなかったのです。

※画像は、みりたりーな七五三。昭和12年の「ホームライフ」という高級雑誌の広告。

  
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2005年12月21日

東京で万博ひらきます(6)《会場までのアクセス》

地図【萬國博覧會ブログ・子ども向け】昭和13年7月
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昭和15年に開かれる万博。

みんな会場の月島4号地(晴海)と、5号地(豊洲)のことを、めちゃくちゃ遠い場所だと思いこんでいるようだけど、そんなことはない!(原文「一般の人が考へる程とんでもない海中に泛んでゐるものではない」……“とんでもない海中”って。) 銀座のすぐ先だから安心してね。

今日は、万博交通委員会が6月27日に決めた東京会場付近の交通を紹介します。はじめは、会場まで鉄道や地下鉄を延長する案※もあったものの、けっきょく市電と車の利用に落ち着いた。

【以上、昭和12〜14頃万博事務局の出していた冊子「萬博」を、週刊こどもニュース風に要約してアップしております】

■21世紀のお友達へ■お客さんを満載した市電が華やかに行き交うはずだった勝ち鬨橋のたもと。この計画の10年後には、悲しい形で小津映画の舞台となります。(風の中の牝鶏・1948)。敗戦後の貧しさに耐えかねた真面目な主婦が、体を…的なストーリー。  続きを読む
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2005年12月20日

東京で万博ひらきます(7)《朗らかな青年にクジが当たった!》

cc653925.jpg【萬國博覧會ブログ・子ども向け】昭和13年
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昭和15年に開かれる万博のクジ付き入場券、みんなは当たったかな?当たりくじは、1等2000円。「銃後を固める人々」に明るい話題を提供しています!

今回ご紹介するラッキーな当選者は神田青果市場に働いている渡邊馨くん(29)。福島県出身の真面目で朗らかな青年だ。

当選した時は夢見心地だった馨くんだったけれど、ハっと我にかえった。今はお兄さんと弟さんが出征している…。馨くんは「銃後青年の意志固く、まづ献金」。ちゃんと献金したあと、当籤金で自分の新しいお店を作ることを考えはじめたよ!
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【以上、昭和12〜14頃万博事務局の出していた冊子「萬博」を、週刊こどもニュース風に要約してアップしております】
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2005年12月17日

東京で万博ひらきます(5)《さあ、模型でイメトレしませう》

萬4【萬國博覧會ブログ・少年少女向け】昭和13年6月
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紀元2600年記念(昭15)に開かれる予定の日本萬國博覧會。さあ、此の模型でご案内しませう。

模型をじつと御覧下さい。いつまでもいつまでも…すると魔法の石臼があなたの目の奥で回転をはじめます。

■まづ4号地から■

銀座通りから勝ちどきの開閉橋を渡ると、ほら、月島埋め立て第4号地(現・中央区晴海)の尖塔仕立ての正門に辿りつきます。門の横幅は75間(約140メートル)、会場全体を包んで折りめぐる築地塀。

この会場は回顧的新日本主義の大花籠です。20に近い大建築、朱と緑青と金と銀の寄せ木細工が春の海を背景に燦然と浮かび上がるわけです。場内の道路は簡易舗装もなめらかに、場内バスや場内乳母車をのせてローマの王道のようにながれている。

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【以上、事務局の発行した冊子をもとにしています。他の記事は威張った文体(神速果敢なる皇軍の進撃に依つて…的な)ですが、この「ご案内しませう」記事だけは少年少女むけに書かれているようなので、ほぼ原文のままアップ。】  続きを読む
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2005年12月16日

東京で万博ひらきます(4)《日劇ダンシングチームの活躍》

萬3【萬國博覧會ブログ・子ども向け】  昭和13年7月

昭和15年開催の万博前売り券、好評発売中です。万博のことをもっと沢山の人に知ってもらうために、いろいろな宣伝がある。今日はその一部を紹介するね。

まずは日劇のスクラップ・ショー。新聞から記事をスクラップするイメージで作ったショーで、この前、万博も“スクラップ”されたんだ!幕に万博の富士山ポスターがあるの、見えるかな?

日劇ダンシングチームの全員が登場して、淡谷のり子さんも特別出演。手がけたのは三林亮太郎氏。今、万博のパンフレット数十万部を日劇やあちこちの映画館で配っているんだよ。

それから、この前の総裁奉戴式(昭和13.4.21)のお祭りの日は、東京と横浜の全てのバスが万博の旗をつけて走った。銀座では“記念絵はがき”が街ゆく人にくばられたし、逓信省は特別に万博スタンプを作って日比谷に「移動郵便局」を出した。移動郵便局、たいへんな人気だったなぁ。

そのほか三越本店では万博大模型の展示、日比谷公会堂では「万博行進曲 演奏会の夕べ」。万博行進曲のレコードは、コロムビヤ・ビクター・テイチク・キング・タイへイから全国に発売される。さあ、いよいよ本格的に盛り上がってきた(^O^)/

森永は、万博のお菓子を作ったね。詳しいことはクリックで拡大。
萬2
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【以上、昭和12〜14頃万博事務局の出していた冊子「萬博」を、週刊こどもニュース風に要約してアップしております】
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2005年12月15日

東京で万博ひらきます(3)《クジ付き前売り券発売!》

e64f92de.jpg【萬國博覧會ブログ・子ども向け】  昭和13年4月

■こんにちは。昭和15年の万博まであと2年になったね。ただいま万博のクジ付き前売り券、絶賛発売中です!

女優の入江たか子さん(写真・毛皮の人)は、発売日初日に銀座のプレイガイドにあらわれて入場券を3冊買ってくれた。

少女歌劇の水ノ江瀧子さん(写真左下)も、お稽古のあいまに駆けつけて「217って番号の無い?」だって。←2月17日はターキーのお誕生日なんだ。

日活多摩川撮影所では、「悦ちゃん」(写真右下)と村田智栄子さんが「早くこの切符で萬國博覧會見たいわ」と言ってるよ。

■それから大きなネオン看板を、東京のど真ん中、数寄屋橋の泰明小学校屋上に取り付けた。「日本萬國博覧會 INTERNATIONAL EXPOSITION OF JAPAN」。1つの文字の大きさは1.7メートルもあるんだ。みんな見てね!

【以上、昭和12〜14頃万博事務局の出していた冊子「萬博」を、週刊こどもニュース風に要約してアップしております】

※21世紀のお友達へ※この切符は、その後の大阪万国博覧会や愛・地球博の招待券と交換できるようになる。
  
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東京で万博ひらきます(2) 《樹木の苗を育ててます》

萬2【萬國博覧会ブログ・子ども向け】 昭和12年2月

こんにちは!昭和15年にむけて、万博の準備は、着々と進んでいるよ。

前回も書いたけど、東京の会場は、京橋区の晴海町(月島埋め立て4号地)と深川区の豊洲(5号地)。あわせて45万坪、日比谷公園の約9倍。

写真のおじさん達が橋から眺めているのが、埋め立て4号地の晴海。本当に何もないね。

今は草ぼうぼうの土地だから※、万博会場のために、木やお花が200万本くらい必要になってくる。千葉県八柱村(現・松戸市)の畑でいっせいに苗を育てているんだ。

そうそう、埋め立て地は潮風とか地盤とかいろいろ心配なので、まずはテストビルディングを1軒建ててみた。(写真左の建物・クリックで拡大)

勝ちどき橋も、一生懸命作っているところ。勝ちどき橋が完成すると、なんと、銀座から万博会場まで数分で行けるようになる!今まで築地から渡し船に乗っていたみんな、橋の完成を楽しみにしていてね。つづく。

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※21世紀のお友達へ。草ぼうぼうの4号地・晴海には、近隣の佃島・月島のこども達(大正末期生まれ)が昆虫採集にきていた。そのうちの1人の子は、吉本隆明という名前なんだ。

【以上、昭和12〜14頃万博事務局の出していた冊子「萬博」を、週刊こどもニュース風に要約してアップしております】
  
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2005年12月14日

東京で万博ひらきます(1)

万(戦争で立ち消えになった、幻の東京万博1940。 当時の万博事務局の出していた冊子を何冊か読むと、途中までは華やかに準備がすすめられていた様子がうかがえます。それを「NHK週刊こどもニュース」風に書いてみますね。架空のスタッフになりきって…)

【萬國博覧会ブログ・子ども向け】 昭和12年正月

昭和12年、あけましておめでとう。もう知っている人もいると思うけれど、3年後の昭和15年に、なんと東京で万博が開かれることが決定しました!

なにしろ会期まであと3年しかない!でも日本の力を世界の人に知ってもらう絶好のチャンスだから一生懸命がんばるよ。みんなも応援してね。

まずは万博会場の場所の話なんだけど、まとまった空き地なんて、もう東京市にはないんだ。でも幸い東京湾には近代科学のおかげで、すごく広い埋め立て地が出来あがっている(月島埋立4号地と5号地※)。だから、そこでやろう!っていう話になりました。

(原文は「我が東京市は國運の隆盛に伴ひ、日に月に発展膨張して底止するところを知らぬ有様である。」と、カラ元気な調子)

そういえば市俄古(シカゴ)万博や桑港(サンフランシスコ)博も、埋め立て地でやったんだ。埋め立て地だとお客さんが水陸の両方から会場に行けるので便利なんだね。

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※21世紀のお友達へ。その後、月島埋立4号地(晴海)はコミケで有名になりました。月島5号地の豊洲は、黒木瞳サンがマンションの宣伝をしているよ。  
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