2010年08月03日

10年8月号

都合により、お休みとさせて頂きます。


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2010年07月01日

ビオトープつくり ─その2 淡水魚を増やす─(1)

2a3533f6.jpg    <モツゴ>
 水かさの増した見沼代用水路で、ゆうぜんと糸を垂れている老人に出会いました。
 「モツゴを釣ってますがまだ1尾も釣れません。佃煮にするとおいしいですよ。鳩ケ谷ではモツゴのことをクチボソとよんでますが、むかし、とくに戦中から戦後にかけての食糧難のとき貴重な蛋白源となったもんです」
 と老人は言っていました。
 トンボ公園のことです。
 完成した池に100尾のメダカを放流したあと、しばらくしてモツゴ約50尾を放流しましたが、このモツゴが増えてからのこと、見学にきた友人が、
 「関東地方ではモツゴをクチボソ(地方名)とよんでいるが、島根のほうではクチボソというとムギツクのことなんだよ。知らない人が聞くとわけがわからなくなるから、塾生には標準和名のモツゴとよばせるとよい」
 と教えてくれました。

    写真・モツゴ
       大きさ約12センチ


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ビオトープつくり ─その2 淡水魚を増やす─(2)

f48d3735.jpg    <タイリクバラタナゴ>
 タイリクバラタナゴは、モツゴを採ったさい網の中に入っていたものですが、このひらぺったいのが特長の魚はタイリクという名前が示すように、昭和15年ころ中国から移入されたものです。
 タイリクバラタナゴは二枚貝の呼吸管に産卵するので、カラスガイ(鳥貝)を池に入れておきました。
 のちにタイリクバラタナゴと、日本の在来種ニッポンバラタナゴの雑種が各地に広がっていて、ニッポンバラタナゴの種族維持に危機をもたらしていることを聞きました。あとでふれるアメリカザリガニなど、外国から安易に動物を移入することは日本の生態系を危機におとしいれるばかりです。
 モツゴを放流したのは訪れてくるカワセミや、サギのエサにするためでした。

    写真・タイリクバラタナゴ
       大きさ約7センチ


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ビオトープつくり ─その2 淡水魚を増やす─(3)

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    <カワセミ>
 トンボ公園が完成して4か月目の11月のことです。
 「チー チー チー」
 (おやカワセミの鳴き声のようだが、待てよそんなはずはない。空耳だな)
 ひとつのことを思いつづけていると、たとえば遠くのスズメの鳴き声が、カワセミの鳴き声に聞こえてしまうこともあるそうです。
 「チーッ チーッ」
 こんどは近くから聞こえてきました。まちがいなくカワセミの声です。
 声のほうに眼をむけると、カワセミが鮮やかなコバルトブルーのつばさをキラキラと輝かせながら、池の上でホバリングしていました。羽ばたきながら空中の一か所にとどまり、池の魚をねらっていたのです。
 と、カワセミが真っ逆さまにダイビングしました。小さな水しぶきが上がったと思うと、すぐにモツゴをくわえて出てきました。
 一瞬の早業にあっけにとられていると、カワセミはくわえたモツゴをとまり木に二度、三度をたたきつけたあと、頭のほうからパクリと丸のみにしました。それ以来、トンボ公園が気に入ったらしく頻繁にくるようになったのでした。
 カワセミのほか、サギのなかま(コサギ、ダイサギ、アオサギ、ゴイサギ)も訪れてきましたが、これらの鳥たちが食べる量はたいしたことはなく、困ったのはアメリカザリガニの存在でした。

    写真上・カワセミ
        モツゴをくわえている

    写真下・コサギ
        足をふるわせ水底にひそんでいる小魚や
        アメリカザリガニを追い出している


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ビオトープつくり ─その2 淡水魚を増やす─(4)

42324f99.jpg    <アメリカザリガニ>
 アメリカザリガニはアメリカ南部が原産地で、大正の終わりころに養殖用のウシガエルのエサとして移入されたものが増え、水辺にすむゲンゴロウなど日本の在来の小動物を食い荒らしているのです。
 トンボ公園でも3年目ころから増えてきて、トンボの幼虫ヤゴをはじめ、メダカとモツゴの卵や稚魚、カエルの卵、オタマジャクシなどを食べるようになったのです。
 これはトンボ公園に限らず、繁殖したアメリカザリガニが日本各地の生態系を乱しているのです。母ザリガニが、子どもが大きくなるまで腹脚に抱えこんで保護していることも、たくさん増える原因です。

    写真・アメリカザリガニ
       腹脚で200尾の子どもを守っている


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ビオトープつくり ─その2 淡水魚を増やす─(5)

41897181.jpg    <好評だったザリガニ釣り>
 そこで市内の小学校にお願いし、課外授業として児童たちに釣りあげてもらいましたが、釣りあげたザリガニはひとり1匹だけ持ち帰ってもらい、あとは茹でて乾燥させニワトリとアヒルのえさにしました。
 ときには塾生たちに、アメリカザリガニのかき揚げ天丼を食べさせたこともあります。
 「おいしいです」
 「ザリガニはエビのなかまだから旨いはずだよ。それに君たちのお祖父さんの年配の人は、戦後食べ物が不足していたころ、アメリカザリガニを釣りあげて食べていたんだよ」
 「うちのばあちゃんそう言ってました」
 「そのころ油なんかないから、茹でて醤油をかけて食べていたんだ」
 「そうなんだ」
 小学校のザリガニ釣りは好評で、次つぎと日をおかずに申し込みがあったものです。
 いくらアメリカザリガニが繁殖力旺盛でも2日や3日で増えるわけがないので、釣りあげたザリガニを生け簀に入れておき、次の児童たちがやってくるまえ水路に放していたのです。

    写真・小学生たちのザリガニ釣り


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2010年06月01日

ビオトープつくり ─その1・メダカの放流─(1)

69d6851d.jpg    <ビオトープつくり>
 ある団体からビオトープ(湿地生態園)つくりに協力してほしいという依頼がありました。面積3000平方メートルという本格的なもので、市民のみなさんが作業体験を通じて、自然の大切さを学ぼうというのです。
 というものの、私はビオトープの専門家でもないし、重労働の湿地生態園つくりに従事するには、体力が衰えてしまった80歳の身には無理です。そこで参考にと、これまでの経験をお話することで勘弁してもらうことにしました。
 以前、長年にわたり野生のハクチョウのエサ場にするため、休耕田に水を引き入れ元の田んぼに戻すボランティアに参加したことがあります。
 このとき農家の人から、田植えに備えて整地したり畦をつくるなど、イネつくりの基本から学びましたが、いちばん苦労したのは水の流し方でした。水路から引き入れた水が、ゆっくりと田んぼの隅々まで均等に流れるようにするために、あれこれと工夫しなければなりません。
 こうした努力でイネは育ち、秋に実りをもたらしてくれるわけですが、農家の人の一連の作業を見ていると、つくるというよりも、慈しみ育てるといったほうが適切です。
 さらに農薬と化学肥料を使わない昔ながらの農法でイネを育てると、かつてどこの田んぼにでもいたメダカやゲンゴロウが復活するのを目のあたりにして、田んぼは手をかければかけるほど自然が豊かになる面白さにのめりこみ、そして鳩ケ谷にトンボ公園(湿地生態園)をつくったというのが実情です。

    写真・池をつくる
       小沼さん(ショベルカーを運転している)と
       市民ボランティア


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ビオトープつくり ─その1・メダカの放流─(2)

0a99ac4f.jpg    <メダカ(目高)>
 水辺で問題になるのは蚊の繁殖です。そこでボウフラを食べてくれるメダカを放流することにしました。
 メダカは北は青森、南は沖縄までの、主に田んぼと農業用水路に生息する3センチくらいの、日本人にもっとも馴染み深い魚ですが、民俗学研究家の辛川十歩さん(故人)の著書で、メダカが約5000のなまえを持っていることを知り驚きました。
 鳩ケ谷ではメダカですが、浦和あたりではザッコと呼ばれています。ザッコとは雑魚(ザコ)のことで、茨城、栃木、山梨、福岡、佐賀、熊本、鹿児島ではザコッコ、ザコメ、岡山、滋賀ではジャコバイ、ジャコマとそれぞれ呼ばれます。このほかにもたくさんのなまえ(方言)があるのは、それだけ多くの人に親しまれている証拠といえます。
 メダカは主に田んぼと、田んぼに水を引き入れるための小さな水路に生息していますが、その田んぼと水路の構造が変わってしまったのです。
 まず農作業の機械化です。田んぼを耕す耕耘機、稔ったイネを刈り取るコンバインなど大型の機械を動かすには、水を抜きよく乾かしておく必要があります。
 このため、田んぼの下に水抜き用のパイプを埋め込んでおき、稲刈りの前に栓を抜くと水は大きなコンクリート製の排水路に流れ出ます。
 そこはかつて、メダカやカエルが泳いでいた小さな水路でした。コンクリート製の大きな排水溝に変わってから、ジャンプ力のあるカエルでも飛び越えることができなくなったのです。

    写真・メダカ
       腹に卵をつけている


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ビオトープつくり ─その1・メダカの放流─(3)

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    <自然の宝庫>
 こういったことから、次第にメダカは少なくなり、平成11年2月ついに絶滅危惧種に指定されたのでした。
 野草の緑が映える畦道をふくめて、田んぼは自然の宝庫です。田んぼの水のなかには植物プランクトンがあり、それを動物プランクトンが食べる。それらのプランクトンをメダカの稚魚やオタマジャクシが食べます。メダカの稚魚やオタマジャクシを、トンボの幼虫ヤゴとかゲンゴロウなどが食べます。
 トンボなど昆虫をねらって野鳥がやってくるなど、田んぼをとりまく環境こそ多くのいのちを支える自然の宝庫なのです。

    写真上・メダカの群れ

    写真下・水路はメダカのすみか


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ビオトープつくり ─その1・メダカの放流─(4)

cda3ae8a.jpg    <水の流れ>
 平成7年2月大勢の人の協力を得てトンボ公園つくりをはじめましたが、いちばん苦労したのは水の流れの速さでした。
 メダカは小さいので流れが速いと流されてしまいます。そうかといって、流れがないと水は腐ってしまいます。こんな無理な注文にもかかわらず、小沼勇二さん(工務店経営者)はつくりあげてくれたのです。

    写真・完成した池


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ビオトープつくり ─その1・メダカの放流─(5)

b33dad33.jpg    <メダカの放流>
 池と水路が完成すると、もらい受けてきた見沼田んぼ生まれのメダカ約100尾を放流しました。しかし水域が広いので(総面積1000平方メートルで水域は650平方メートル)、どこへ行ったのか分かりません。毎日のように放流したメダカを探したのですが、まったく姿を見せてくれませんでした。
 姿を見ないまま年が明け、翌年の2月26日、水路を泳ぐメダカの群れを見つけたとき、みんなで喜びあったのも楽しい思い出のひとつです。
 メダカは冬のあいだ水底の落葉の下でじっと春を待っていますが、2月下旬水温が10度を越えると動きだし、4月水温が20度になると産卵がはじまります。
 卵はオモダカ(クワイの原種)など、水草の根元に産みつけられ、約2週間でふ化しますが、ふ化したばかりの稚魚は、しばらくは流れのない水草の根元で暮らし、成長するに従ってすむところを変えていきます。
 このことが分かってから、試行錯誤しながら、淀んでいるところ、流れが緩やかなところ、速いところなど、さまざまな環境を整えたものです。

    写真・オモダカ
       根元はメダカの稚魚の揺りかご


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2010年05月01日

新江ノ島水族館見学 ─思い出小旅行─(1)

ad2101f0.jpg    〈ロマンスカー〉
 音もなく電車が出発すると同時に、塾生たちの会話がはじまりました。
 「おれ小田急のロマンスカーに乗ったのはじめてだよ」
 「おーっ座席が後ろに倒れるぜ」
 「おまえいなかっぺだな」
 「なに言ってやがるおまえこそいなかっぺじゃないか、新宿ではぐれやがって、危うく乗り遅れるところだったじゃないか」
 塾生たち8名(中・高生)とOB4名、私ども指導者2名の楽しくも、かしましい会話とともに、新宿8時53分発特急片瀬江ノ島行きのロマンスカーは快適に走りつづけました。
 じつは都合で15年間つづけてきた自然塾トンボクラブの中・高生の部をやめることにしたので、思い出の小旅行として4月2日、春休みを利用し新江ノ島水族館見学をすることにしたのです。
 電車が定刻通り10時2分に片瀬江ノ島に到着すると、相模湾のかなたに富士山がよく見えみんなを喜ばせました。

    写真・富士山


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新江ノ島水族館見学 ─思い出小旅行─(2)

560505b4.jpg    〈イワシが泳ぐ大水槽〉
 水族館に入るとすぐに大水槽があり、タイ、サメ、エイなどがゆうゆうと泳いでいましたが、圧巻はなんといってもマイワシの群れです。
 イワシはお馴染みの魚ですが、生きたイワシにお目にかかることはまずありません。ましてや8000匹のイワシが見られるのは水族館ならではです。
 「こんなすごいのははじめて見たよ、おれイワシ食うのよそうかな」
 「めし食うときイワシが出たら電話しろよ、おれが食いに行ってやるからさ」
 「だめだよ、やっぱ食べるよ」
 塾生たちの遠慮のない会話を聞いたまわりの人びとから、爆笑が起こりました。

    写真・大水槽
       下のほうにイワシの群れが見える


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新江ノ島水族館見学 ─思い出小旅行─(3)

5c207caf.jpg    〈クラゲファンタジーホールで〉
 「おい見ろ、いろんなタコがいるけど、これはタコクラゲっていうんだって。タコっていうから食えるのかな?」
 「おまえは食う話ばかりだな、聞いた話だがクラゲの塩辛があるらしいぜ。茂さん教えてください」
 きょうの指導は茂さんです。
 茂さんは塾出身で今年春大学を卒業し、植木で有名な安行で家業(植木栽培と造園)の職人見習いをしています。
 「ぼくは植物専門で動物はくわしくないが、タコクラゲというなまえは足の突起が、タコの吸盤に似ているからのようだね。クラゲだけの塩辛はなくて、たいていクラゲのほかイカとかウニが混じっているらしい」
 「そういえば、親父が酒のんでいるとき、壜にウニクラゲって書いてありました」
 「タコクラゲをよく見てごらん。寒天質の体のなかの褐色藻がある。共生藻類ともいってるが、この藻は太陽の光を浴びて光合成してエネルギーを出している。その養分をクラゲが分けてもらってるんだ」
 「茂さん植物ばかりでなく、動物もくわしいすっね」
 「じつは塾長さんが小学生ときたとき作ってくれたメモを元に調べておいたんだ」
 「そうなんだ。茂さんすいませんね、毎日お父さんにしごかれているっていうのに」
 「生意気いうな!」

    写真・タコクラゲ


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新江ノ島水族館見学 ─思い出小旅行─(4)

2408989e.jpg    〈イルカショースタジアム〉
 おっかない顔をしたオオカミウオとか、色鮮やかなカクレクマノミなどを見ていると、11時30分になったのでイルカショースタジアムへ急ぎました。
 すでに満員になっていたので、一番後ろの立見席でイルカとアシカのショーを見学しましたが、真向いに富士山を望むことができるという、絶景のロケーションのなかでショーはおこなわれました。

    写真・富士山が見えるショースタジアム


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新江ノ島水族館見学 ─思い出小旅行─(5)

6a625b34.jpg    〈ショータイム〉
 ゴンドラに乗ったトレーナーとアシカとの楽しい交流が終わると、お待ちかねのイルカのショーです。
 トレーナーの合図でイルカが豪快にダイビングすると、観客のみなさんは大喜びしていました。
 「イルカって頭がいいのは、やっぱ哺乳類だからかな?」
 「本に書いてあったけど、血液を調べるとイルカとクジラはウシとかヒツジに近いんだってさ」
 
    写真・アシカのショー


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新江ノ島水族館見学 ─思い出小旅行─(6)

2d487881.jpg    〈泳ぎに適した体つき〉
 「イルカとクジラの違いは、大きいのがクジラで小さいのがイルカなんだ」
 ショーが終わってから、茂さんがイルカの説明をしてくれました。
 ショーに出たイルカは、背ビレが草刈り鎌に似ているカマイルカ(約2.3メートル、体重150キロ)とバンドウイルカ(約3メートル、体重650キロ)ですが、バンドウイルカは日本近海によく現われ、相模湾では定住する群れが遊泳しているのが見ることができ、体つきが泳ぎに適した流線型です。ふつう時速5キロ〜11キロですが、70キロ近いスピードで泳ぐこともあるそうです。
 このあとの自由見学のさい、ショーを3回も見た塾生がいました。
 「イルカが水面から顔を出したとき、水を吹き上げるだろ。あれは頭の噴気孔を開いて呼吸しているんだってさ、おれ飼育係の人から聞いたんだ」
 帰りの電車のなかで、楽しそうな塾生たちの会話から、自由見学のさいも、多くのことを学んでくれたことが分かりました。

    写真・イルカのショー
       水中から全身を出しているのがカマイルカで、
       トレーナーの前で顔を出しているのがバンドウイルカ


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2010年04月01日

芝川散策 ─大判・小判─(1)

0d964cb3.jpg 里地域から田んぼがなくなってから、観察の場はおもに芝川に移りました。
 土手の四季四季の野草、花の蜜を求めてやってくる昆虫、その昆虫をねらう野鳥、それら食べたり食べられたりするいのちの繋がりを、私たちは学んでいます。
 また川を泳ぐ野鳥の、思いがけない光景を見るのも楽しみのひとつです。

    ≪ハシボソカラス(嘴細烏)≫
 「あれっ カラスがゴミ袋にのってる」
 塾生の指さすほうを見ると、芝川を流れるゴミ袋の上にハシボソカラスが乗っていました。筏遊びをしているわけでなく、ゴミ袋を破って中の食べ物をあさっているのです。
 里あたりで見られるカラスは、ハシボソカラスと(嘴が細い)、ハシブトカラス(嘴が太い)の2種ですが、週2回わが家の前のゴミの集積場にやってきてゴミ袋を破り、なかの食べ物をひっぱりだすのはおもにハシボソカラスです。
 カラスはどの人のゴミ袋に食べ物が入っているかを観察していて、その人がゴミを捨てるとすぐにやってきて、被せてあるシートの隙間から袋を食い破り食べ物をひっぱり出すのです。
 この人が引っ越ししてから、カラスはあきらめたらしくゴミをあさることもなくなりました。

    写真・ゴミ袋に乗ったハシボソカラス(芝川)


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芝川散策 ─大判・小判─(2)

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    ≪カワウ(川鵜)≫
 女の人の悲鳴であわてて芝川を見るとカワウでした。カワウを遠くから見ると、大きさと色合がカラスに似ていなくもありません。
 「奥さん心配ありませんよ、あれはカワウで水中に潜って魚をとってるんです」
 「あっそうなの、よかった」
 ウにはカワウとウミウ(海鵜)がいて、カワウは湖・池・沼・河川などに生息し、ウミウは外海に面した海岸で生息しています。
 「上野の空をV字形になって飛ぶ鳥はガン(雁)だろうか?」
 とうわさになったことがあります。
 上野の不忍池のガンは森鴎外の名作「雁」で有名ですが、不忍池からガンが姿を消したのは明治時代だと聞いています。
 いまなを群れをなしてV字形に飛んでいるのは、不忍池(上野動物園西園)で巣を作っているカワウです。動物園でエサをもらっているにもかかわらず東京湾に魚を捕りに出かける群れがいて、この群れがV字形をつくって飛んでいるのです。
 不忍池のカワウは、千葉市郊外の大巌寺の森に生息していたものを、昭和24年許可をもらって19羽を移住させたのが繁殖したのです。

    写真上・カワウ(芝川)

    写真下・カワウのコロニー(不忍池)


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芝川散策 ─大判・小判─(3)

423fec37.jpg    ≪バンの成鳥≫
 芝川土手でオオイヌノフグリなど、早春の野草を観察していた塾生たちの会話が聞こえてきました。
 「黒い鳥が泳いでいるよ」
 黒い鳥といえば、カワウを見かけることがあります。
 「カワウじゃないかい」
 「カワウより小さいですよ、ハトくらいの大きさで額が赤くなってます」
 ハトくらいの大きさで、額が赤いといえばバンの成鳥以外いません。双眼鏡で確かめるとまぎれもなくバンの成鳥でした。
 先号でバンの成鳥の写真をお見せできなかったことを申し訳なく思っていたので、急いで300ミリの望遠レンズをつけ撮影しました。
 バン(鷭)の名前の由来は先号でふれたように(田んぼに住みつき、あたかもイネに最も必要な水の番をしている)かのようだからです。
 これを教えてくれた里の古老はすでに亡くなりましたが、物知りでいろんなことを教えてくれたものです。
 「大正の終わりころだったでしょうか、カワウソが畦に穴を開け田んぼの水を流してしまったので、農家の人が困ったことがありました。そうそ
う、そのころ里ではおおばん・こばんがいっぱいでしたよ」
 「えっ 大判小判ですか! どのあたりですか、いまでもありますかね?」
 「大判小判じゃなく、鳥のオオバンとコバンのことです。オオバンは(大鷭)からだが黒くて額が白い鳥です。それにバンのことを昔はコバン
(小鷭)と呼んでいました」
 「そうなんですか」

    写真・バンの成鳥


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