2006年02月

2006年02月01日

383c30c4.jpg 鳩ヶ谷市の街の中程を流れる見沼代用水は昭和57年に三面舗装工事が行われ、
川底や護岸がコンクリートで固められフェンスも張られ安全で頑強な用水路になり
ました。遊歩道はタイルが張られ歩きやすく整備され、春は「さくら」夏は「さるすべり」
秋は「もみじにいちょう」と季節を満喫しながら多くの人々が散歩を楽しんでいます。

 現在の用水路は行田市の利根大堰から取水され、上尾市瓦葺で西縁と東縁に二
分され東縁用水路が鳩ヶ谷市を流れています。
この用水路は享保12年(1727)八代将軍吉宗の命を受けた「井沢弥惣兵衛」によっ
て農業用水の他、干拓・治水・運河をも含めた用水路として開削されたものです。
田植えの時期は水量も増し、農耕策が盛んだった頃は所々の取水口が開けられ堀
に流れて田や畑を潤しました。今はその堀も暗渠になっています。
農薬や公害のなかった頃の川べりは草でおおわれ、川底は「藻」がゆれ、水も澄ん
で「めだか」や「鮒」が泳ぎ、アメンボ・ゲンゴロウ・ミズスマシ等なども、子どもは川遊
びで泳ぎを覚え、夕べには蛍が光をはなち、そんな見沼代用水でした。

hatomame03 at 12:19 
プロフィール
05年12月から「鳩ヶ谷散歩」から「新・鳩ヶ谷散歩」にリニューアル!

古くは宿場町として栄えた「鳩ケ谷宿」。
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隠れた歴史やロマンがあります。
その面影を探しながら、昔町ウオーキングしてみませんか。

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