2011年03月01日

94歳のボーイフレンド

☆94歳のボーイフレンド

相棒のえいこと私が、女性の目で見た地域情報紙『おしゃべりじゃ〜なる』を発行したのは、まだピチピチの40代の頃でした。
「ねえ、どうする」
「お金、5万円くらいなら出してもいいけど」
経験もお金もあんまりないけど情熱と好奇心だけは誰にも負けない二人の主婦が、決断するのにそれほど時間はかかりませんでした。
新聞づくりは部活の続きみたいで苦にならなかったし、相棒はイラストを描くのが得意だったし、それに「いつでもやめられる」というノーテンキさが私たちにはありました。
今から考えたら、なんて大胆なんだろうと笑ってしまいます。
いまだ古き良き面影を残す鳩ケ谷。自分たちの町のために(というより自分たちのために)地域情報紙を創刊した二人の主婦。
無料配布の新聞折り込みで、しかも2万部!自分たちで言うのもなんですがスゴイ事です。
若さと行動力さえあれば、本当に何でもできちゃうんだなあ…とつくづく思います。
主婦の視点で歴史を掘り起こし、お祭りを盛り上げ、面白いこと、疑問に思ったことは何でも取材して、本当に楽しいことばかりでした。
17年も続けてきた『おしゃべりじゃ〜なるの冒険』をやめてから6年になりますが、その中でたくさんの出会いがありました。
中でもふつうの主婦だったら「なかっただろうなあ」と思うのは、たくさんの男友達や知り合いの存在です。
息子たちより若い人たちからお年寄りまで、幅広い年齢層の男性と知り合うチャンスなんて、そう多くはありませんもんね。
なかでも印象深いのは、最高齢ボーイフレンド・94歳の高橋勝雄さん。
もう亡くなられて10数年になりますが、私たちにとっては忘れられない存在でした。
いつもきちんとスーツにネクタイ姿。パナマハットにステッキを持ち、凛とした、そう昭和の紳士のいでたちです。
日野原先生みたいにお元気でダンディで、頭が良くて話題が豊富で、何より遊び心のある素敵な人でした。
たくさんの人から一目置かれる存在だった勝雄さんは、鳩ケ谷の郷土史の研究家でもあり、
『おしゃべりじゃ〜なる』のよき理解者・応援団の一人でもあったのです。
「ワシより年下のくせによぼよぼして!」と80代の年寄りのことを怒ってた勝雄さん。
ホント、水戸黄門にようなおじいちゃんでした。
はじめてのデートのお誘いは熱海でした。
「熱海と言っても心配することはありませんよ。ハッハッハッ」
とてももうすぐ90になろうというおじいちゃんのセリフだとは思えません。
その日は、新幹線で熱海で降りてタクシーでMOA美術館へ。
ランチには日本庭園の料亭に予約がしてあって、もちろん私たちにお金を出させるようなことは一切ありません。
だって昭和の紳士ですもんね。楽しい日帰りの旅でした。
2度目のデートは、紅葉の季節の足利。
足利学校に織姫神社、早雲美術館…。ランチは確か川沿いのホテルのレストランだったと記憶しています。
リバーサイドレストランなんて、なんておしゃれなんでしょう。
そうそう、プレゼントは、いつも金沢から取り寄せた「加賀の白峰」というお菓子でした。
最中の中にくるみの飴煮を入れたお菓子で、金沢らしい上品な味わいのお菓子です。
「コーヒーを飲みに行こう」というときは、決まって鳩ケ谷の坂下にあったコーヒー店。
そのこだわりぶりは半端ではありません。
勝雄さんは、私たちにいつも本物を見る目を教えてくれた人でした。
昔、鳩ケ谷には勝雄さんみたいに素敵なおじいちゃんがいたんですよ。
今生きておられたら、きっと「鳩ケ谷寄席」にもやってきて、私たちを応援してくれただろうなあ…。
私たちも、勝雄さんを見習わなくっちゃ!(まゆみ)


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2011年02月01日

無口な社会! & トイレの神様

☆無口な社会!


うちの夫は無口であまりしゃべらない。
「面白くない夫」をもつと、女房もタイヘンなのだ。
なにしろ愛情こめて?作った料理もコメントなし。「ねえ、味どう?」って聞いたら「うん、大丈夫」。
おーい、大丈夫ってどういうことだ!美味いのか、不美味いのか、はっきりしろ!
こんなだもの、私がしゃべらなくちゃ家の中が暗くなちゃう。
だから、本来はオシトヤカな私が、いろいろな話題(と、いっても基本的に人の噂話はしない。悪口はたまに言うけど・・・)を多少デフォルメしてオモシロおかしく、ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
無口な亭主とおしゃべり女房、これで均整がとれるというもの。
連れ添って40ウン年、おかげで、ジジさん、ババさんだけの暮らしにしちゃ、我が家は明るい。
それもこれも、みんな女房(私ね)がエライから。へへへ。
そんなことはどうでもいいんだけど。
昨日だったかな、夕刊を読む夫の傍らで、庭に咲いた白梅(と言ってもお隣の庭のだけど)をボーッと眺めながら、静かだなあ・・・と思った。
それにしても、静か過ぎる。音がまったく聞こえない。難聴だろうって?(まあ、それもあるけど)、そうじゃなくて、生活空間のざわめきみたいなものが全然感じられない。
いつからこんなに街は静かになつったんだ?
急に、意味もなく怖くなった。
窓の外は、どんよりと冬の空がたれこめてているだけで、(そういえば、ずいぶん前にお隣のご主人がゴミを出しに通ったきり)カーテン越しに見える路地は、だあれも歩いていない。
この寒さだもの、誰だって外に出る気にはなれない。
私だって、よっぽどの用でもないかぎり極力外出はしないとズボラを決め込んでいる。
けど・・・、それでも、隣の家と何百メートルも離れている過疎の村じゃない。
人が生きてるんだから、話声ぐらい聞こえてきても、よさそうなもの。
なのに、なんの物音も聞こえない。
シーンと静まりかえった家々が、寒風にさらされているばかり。
これじゃ中で倒れていても分からないなあ・・・なあんてよけいなことを考えてしまった。
高齢化社会ってこういうことなのか。
この辺りもジジ、ババばかりになったからなあ。
昔、この近所もこんなんじゃなかった。
私が鳩ケ谷に越してきたのは、昭和45年春。まだ子育て中で、若かった。
夕方になれば、買い物かごを持って誘いあわせて、夕食のお使いに行った。
みんなで集まっては、お茶しながらワイワイ、がやがや、悩みごとも噂話もそこで仕入れた。
近所付き合いや子育てを通して、成長も挫折も知った。
「おばちゃん、ママがお醤油買うの忘れたから、このビンに少し貸してって」
まったく、いつもそう言って返したためしがないんだから。そう思いつつもお使いの子どもに「いつでもいいからってママに言ってね」なんていい顔をしてたあのころ。
ああ、あそこの家は今夜はカレーだなあ。トントンと大根を刻む音が台所から聞こえてる。煮干しの出汁の匂い、魚の煮つけの甘辛い醤油の煮詰まった匂いが鼻をくすぐる。ああ焦がしたなあ。
「白菜、美味しく漬かったんだけど、食べる?」「ごちそうさま。いつもすみません」
子どものなき声、ママの叱る声。「おばちゃんが謝ってあげるから」と隣のボクを連れて「ママ、ごめんなさい」。
うちの息子も近所のママが謝ってくれた。お互いさまだった。だれもあのころ、子どもの泣き声から虐待を連想する人なんかいなかった。
善し悪しは別にして、煩わしいこともあったが泣いたり笑ったり、誰も「一人ぼっち」ではなかった。
みんなもっと人と関わって生きていた。
私も偉そうなことは言えない。お隣近所、会ったら挨拶を交わす程度の付き合いしかしていない。
静か過ぎる昼下がりの午後。あのころの生きた生活音を懐かしく思い出していた。
トントン、バタバタ、ガチャガチャ、ギャアギャア・・・雑多な生活音の中に、人々の暮らしがあったのに、「今は、ほにゃららら、隣はなにをする人ぞ」が常識の日常。
これって幸せな生活なのか?
ひとっこひとり通らない閑散とした通り。まだ、誰の姿も見ない。
夫の新聞をめくる音がやけに大きい。
無口な社会。呆けた頭で、このままでいいのかなあ・・・とちょっとせつなくなちゃったな。(えいこ)




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☆トイレの神様


 ♪トイレにはそれはそれはキレイな女神さまがいるんやで~♪
最近、トイレ掃除をするとき、決まってこの歌が頭に浮かんできます。
カントリー風のなんとも言えない懐かしい感じで、なんだかトイレ掃除が楽しくなってきました。
素敵な歌ですよね。若い人たちの心を捉えているのはこのストレートな歌詞なのかもしれません。
まるで絵本に出てくる女の子とおばあちゃんのようです。
でも、トイレに女神さまがいたなんて知らなかったなあ…。
私が聞いていたのは、「妊娠中、トイレ掃除すると可愛い子が生まれるよ」だったんですもん。
もっと小さい頃にこの話を聞いていれば、トイレ掃除が好きになってもっとベッピンさんになったのかも…と、勝手なことを考えながら私は植村花菜さんのおばあちゃんのように、孫たちに影響力を与えられているのかなあと思ってしまいました。
恥ずかしながら私、トイレ掃除といえば、使い捨てのトイレクイックルで簡単お掃除。
お利口さんのトイレは勝手に水を流してくれるし、あんまり汚れが目立たない便利機能。
後ろめたい気持ちのまま、私は常にカンタン便利さを追及。
エコじゃないなあ…と思いながらも便利さの誘惑には勝てないのです。
これじゃあ、孫たちにトイレの神様の話をする資格はないなあ。
まあ、孫と同居しているわけでもないし、女神さまの話はまあいいか…。(あくまで自分に都合よく考える性格)
私に出来ることといえば…。
う~ん「五目並べ」はしてないけど「坊主めくり」ならお正月にやってるから、この子たちがもう少し大きくなったら、坊主めくりは百人一首にしよう!
それから「これ、おばあちゃんに教えてもらった料理よ」っていうのもいいなあ!
「この写真はおばあちゃんが撮ってくれたの」う~ん、これもアリ!
昔、娘には「人参食べるとほっぺが赤くなって美人になれるのよ」
そんな勝手な作り話で人参を食べさせてたことがあったけど、こんな感じも悪くはないかも…。
そうそう、「トイレの神様」といえば、友好都市・大間々の松崎靖さんです。
ヤッちゃんは大間々駅前の公衆トイレを掃除し続けてるんですもん、彼こそトイレの神様!
トイレ掃除を始めて足かけ13年、その数なんと700回にもなるというんですからスゴイ!
東京から来た講師の先生に「大間々は景色はきれいだけど、駅のトイレが汚い」と言われたのをきっかけに「郷土を美しくする会」を作って、仲間とトイレ掃除をする活動を続けてるんです。
冬の寒い日にも素手で便器を磨くなんて、私にはできません。
自分の家のトイレだって、出来ればやりたくないという気持ちがどこかにあるのに、ましてや駅のトイレなんて…。
ヤッちゃんはエライ!もう尊敬しちゃいます!
 ♪だから、毎日キレイにしたら女神さまみたいにベッピンさんになれるんやで~♪
きっとヤッちゃんにはトイレの神様がいて、心をベッピンさんにしてくれてるんやろなあ…。
それとも美人が好きなヤッちゃんはトイレの女神さまに恋してるのかも…。
そうだ、春になったら、相棒のえいことヤッちゃんに会いに大間々に行こう!(まゆみ)


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2011年01月01日

「粋に老いる」のは難しい。 & 師走の京都そぞろ歩き

☆「粋に老いる」のは難しい。


「健全な精神は、健全な肉体に宿る」ってことわざがあるけど、ホントだなあとしみじみ思う。
能天気を誇る?この私がこのごろ何事にも消極的で心が弾まないのは、そう、健全な肉体じゃないせいなのだ。
いまテレビのワイドショーを賑わしている市川海老蔵事件や麻木ゆうこと大桃ナントカの不倫騒動などくだらないことだっていつもは相棒に「あれ、どうなってるの?」ときいてるはずなのに、なんだかあまり興味がない。
つい何年か前までは、年がいもなくオバサン菌もミーハー菌もたっぷりつけて、あっちキョロキョロ、こっちウロウロ。ヒアルロン酸のコマーシャルじゃないが「どうしてそんなに元気なの!」なんていわれて満更でもなかった。
そんな私が、今はどうだ。
市の検診でひっかり、あれよあれよの入院騒ぎ。思ってもみない展開にオタオタと、医者から「動脈硬化だ、狭心症だ、高血圧だ、腎臓の機能が・・・」などとまるで病気の総合デパートみたいにいわれてから情けなくも体調の変化に一喜一憂のありさま。
あんなにダイエットしても減らなかった体重が、昨日ヘルスメーターに乗ったら、4㎏も減っていたのでゾッとした。
初めて痩せてもうれしくなかった。人間というのはまことに勝手な動物だ。もちろん体重を減らすように食事に気をつけるようにしてるから、その成果がでてきたと思えばうれしいはずなのに、こんなに急に減ったのは他に原因が?などと妄想する。
相棒に「必要以上に、心配し過ぎよ」なんていわれ、お医者さんにも「普通です。やっと病気と真剣に向き合う神経になったということですよ」などと言われる始末。「そうだよね。太ってる場合じゃないよね」と一応、納得はするんだけど・・・またぞろ雑念が足をひっぱる。(イヤになる)。
「病気をしたことがない人は、病気と上手に付き合えないから大変だね」と相棒のご主人が言ったとか。まさに図星だ。まだまだ無罪放免とはならないが、これからは病気と上手に付き合う術も学ばなくちゃと思っている。
クリスマスイブの日。みんながプレゼントを贈られ幸せ気分だというのに、この私は可愛そうにもMRⅠ撮影。まるで工事現場に放り込まれたような騒音ひびく狭いドームの中で自由を奪われて30分。
せめてヘッドフォンで♪徳永英明でも聴かせてくれたら我慢もできるのになあなどと思いながら、ガガガガガーに耐えた。病院からの帰り道、寄り道してコージーコーナーで小さなクリスマスケーキを買って帰った。
いつの間にか年をかさねて、気がつけば還暦を10年もすぎている。
70年も人として生きてきた。そう考えるとまったくもって成熟してない自分が恥ずかしい。
今年はまさかの病院通い!粋に老いる難しさをしみじみ感じた年だった1年も、あと3日で終わる。
お正月は毎年ささやかだけど、家族そろって新春を寿ぎ祝い膳をかこむ。
この日ばかりは夫と二人暮らしの生活も俄然色づいて華やかになる。
当然、「お節作り」にも力が入ろうというもの。その昔、母を手伝ってお煮しめ、きんとん、昆布巻きなどを懐かしく思い出す。友人の中には「簡単でいいわよ。豪華で美味しいの」とあちこちのお店のカタログを取り寄せて、今年はここのデパートで!なんていってるけど、お勧めされてもい
まはパス。豪華じゃなくても、家族が健康で笑顔でさえあればそれだけで、十分だ。病気をしてみて、当たり前の幸せを改めて強く感じている。
誰にでも新しい年がやってくる。来年はいい年にしたい。うちの夫、近頃なんとなく元気がない。口には出さないけど心配してるのだ。夫のためのも元気でいたいと思っている。(えいこ)




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☆師走の京都そぞろ歩き


母の7回忌に大阪の実家に帰った翌日、京都に寄りました。
「まだ紅葉残ってるところあるかなあ…」
京都に住む姪夫婦に聞いてみると「嵯峨野やったら、まだちょっと残ってますわ」
大阪から京都までは快速で約30分。天気予報に雨マークがついてたけど「雨の京都もたまにはいいよね」と言いながら出かけました。
京都に着くとやっぱり降ってきました。私、晴れ女なのに…。
キヨスクで500円の傘を買って、初冬の大覚寺へ。
このお寺は去年、相棒と来た大沢池がある旧嵯峨御所です。
あの時はライトアップされた夜の紅葉が素晴らしかったけど、雨の中の散り紅葉もこれまた風情があって素敵!
秋から冬に向かう季節もその趣がさらに深くなって、旅心をしっとりと潤してくれます。京都はいつ来てもいいですよねえ…。
「お昼は権兵衛に行ってみよう」
食い意地が張ってる(ゴメン!)夫は、白州正子の本を読んで、彼女がお気に入りのそば屋に行ってみたくて仕方がないんです。
ガイド本を片手に四条河原町に戻って「権兵衛」で食事をしました。
「三条まで祇園周辺を歩いてみようよ」
毎年のように京都に来ているけど、祇園の路地歩きなんて久しぶりです。京都も随分変わりましたが、ここは昔のまま。
「ねえ、ねえお茶屋さんがあるわよ」
「イ(にんべん)なんて珍しい名前ね」
お茶屋さんの表札の横に並ぶ舞妓さんの名前にカメラを向けてシャッターを押した途端、「佳つ乃」の文字に見覚えがありました。
そうそう、思い出しました!郷ひろみやいろんな芸能人とも噂のあったきれいな芸妓さん。
1週間前に、川口リリアで開催された伊集院静さんの講演会で、彼が京都で同棲をしていたというあの芸妓さんなんです。
もちろん、講演会では名前は言いませんでしたが、3年して別れることになったら
「お父さん、別れるんなら思い出でもおくれやす」
思い出と言うから、本にサインでもしてやるかって思ったら
「京都で思い出言うたら、お家どっしゃろ」って言われて、伊集院静は莫大な借金を背負うことになるのですが、
講演会でこの話を聞いた直後だったので、意外な出会いに何だかワクワク、楽しくなってきました。
『佳つ乃とのことは本に書いているのかしら…』
私の勝手な想像力はどんどん膨らんで、帰ってから私は、図書館で「志賀越みち」という舞妓と学生との恋を描いた伊集院静の本をリクエストしていました。
ホントはすぐ読みたかったけど、まあ、買うほどでもないかと思ったわけです。
思えば、小さい時から遠足といえば京都か奈良のお寺めぐり。中学からも仏教系の学校で、しかも国文科。古文ばっかりやっていたので京都はよく来ました。
初詣、デート、大文字…、京都が好きというわけでもなかったのに何故か京都には縁がありました。
そうそう担任教授の田中重太郎先生のお宅も竜安寺のすぐそばでした。
枕草子の大家で、ものすごく面白い先生なんですが、お酒も飲めないのにお茶屋遊びが大好き!
「それが楽しみで仕事をしている」と言ってた重さん。物を書く人って、どうして舞妓さんに惹かれるのかなあ…。
先斗町に河原町界隈を歩き、錦市場で買物をしたら、なんと1万7千歩にもなっていました。
溢れるほどの懐かしさと素敵を再発見しながら、錦で買った丹波の黒豆を煮ている私。
ちょっといい感じになってきたと思いません?(まゆみ)


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2010年12月01日

師走が「大掃除」を連れてくる! & ほほえみの国の運転手さん

☆師走が「大掃除」を連れてくる!

 いつの間にか紅葉も落葉へ。ゆっくりと紅葉を愛でるヒマもなく、気がついたらもう師走。
11月の錦秋のあざやかな色彩のカレンダーをベリベリと捲りながら、「ちょっと、もう12月になっちゃうの?。困るよ、そんなに早くきちゃ」(まだ心の準備が出来てないんだから・・・?)と焦る。
このボヤき(まったく進歩のないことでお恥ずかしいかぎりだが)私のこの時季の年中行事なのだから呆れる。
掃除苦手がトラウマの私は、師走の声を聞くと「年末の大掃除」が心に重くのしかかる。
というのも、能天気でズボラな性格。四角い座敷を丸く掃くのはあたりまえ。いつも手抜きで適当で、正直、見た目がきれいならそれでオーケーと思っている。
埃では死なないんだから。それより、いくら家がきれいで完璧な主婦やってても、楽しくなければ何の意味もない!と屁理屈を捏ねて、部屋の隅の埃は見て見ないふりしている。(主婦失格だって?余計なお世話だもんね)
名誉?のために言っとくけど主婦歴40ウン年、家事がすべてキライなわけじゃない。
好きなこともいっぱいある。料理だって好きだし、部屋の模様替えもインテリアを考えるのも好き。手芸も嫌いじゃない。でも、お掃除だけ!?が苦手なのだ。(キライといってもいいかも)。
だから、知人宅のチリひとつ落ちてないピカピカの家はまさに夢のワンダーランド。なんでこんなにいつもピカピカなの?と不思議だ。
それに比べて我が家はと言えば、お客が来る時だけ大慌てで、かんたんマイペット(住宅洗剤)をシュシュ!あっ、床が…即席でワックスがけ。観葉植物の緑とレースのテーブルクロス(手作り。レース編みは得意なのよ)で誤魔化してなんとかカッコつけてる始末。
そんな楽屋裏を知らない友人たちは「いつもきれいにしているよね」。
「そんなことないわよ」と、まるでいつもこんなにピカピカしてるみたいに澄まして答えてはいるが、内心は冷や汗タラタラだ。昨日一日、家中の掃除に大汗をかいたなんてオクビにもださないが、ちょぴり後ろめたい気分は否めない。。
そんな私の弱みにつけこむように、師走になると「この一冊で家中が見違えるようにきれいに・・・」などと大掃除の雑誌が店頭に並び、♪今年の汚れは今年のうちに~と、追い打ちをかけてくる。
「何事も一度にやろうとするから大変なんで一日一か所、「油だらけの換気扇の日」、「網戸の日」とか「窓ふきの日」とか段取りを決めてゆったりとした気分で・・・」と、雑誌の家事評論家は言う。
そんなことわかってる。わかっているのなら何とかしろよ!って自分で自分にツッコミをいれるんだけど・・・それが出来ないから苦労してるのだ。
あたりを見回してみると、衣類、食器、家具、書籍と雑誌、家電・・・家の中には意外と不要なモノがいっぱいだ。掃除の前に、まず、不要なものは捨てなくっちゃ。
シンプルライフはモノ減らしからだもんね。「いつか使うかもしれないモノ」はこのさい思いきって処分しよう。天袋の引き出物の食器なんて、これからだって絶対に使わないもんなあ。高価だったからもったいなくて捨てられなかった洋服だって、絶対に着ないから、やっぱり処分するかなあ。
シンプルライフのメリットって、ごちゃごちゃと余計なものがないから、部屋もスッキリ片づくし、なによりモノが少ないんだから当然、お掃除もラク。いいこと尽くめじゃん。
アレコレ想像しながら、年末大掃除のシュミレーション。
シュミレーションはバッチリなんだけど、問題は実行力だ!。
そうなんだよなあ。わかちゃいるけど・・・現に今だって、壊れてもいないリビングの照明を「買い替えようか。イケヤにいいのがあったなあ」なんて思っているんだから何をか況やだ。
シンプルライフを実践するにはまだまだ雑念が多すぎて、道は遠い。トホホ。
掃除キライを棚にあげて、そのクセ「隅々まで掃除の行き届いたスッキリした家にしたい」なんて思っているから、やっかいなのだ。
しょうがない?今年は早めに大掃除を始めるか!
今年こそ、今年の汚れは今年のうちに・・・のつもり。
壁のカレンダーも残り一枚、薄着になってなんとなくたよりなげだ。
寒い夜、今夜は夫の好きなニラたっぷりのキムチ鍋にしよう!(えいこ)



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☆ほほえみの国の運転手さん

羽田空港に新国際線が出来て、とても便利になりました。
家から空港まで車で50分。スーパーの駐車場に入れるような感覚で駐車場も利用できるし、出国カウンターへのアクセスもラクラク。
それにオンライン搭乗券を使ったので出国手続きも簡単。本当に機能的です。
江戸の街並みを再現した「江戸小路」も素晴らしい!
夜景がきれいなのでデートコースにもおススメです。
バンコクのスワンナプーム空港に着いたのは早朝でした。
台湾の李さんの招待で東京から出かけたのは、3夫婦を含め9人。
「やあ、スミマセン。運転手がワタシの家に迎えに来ないで直接、空港に行ってしまったらしいんですよ」
待ち合わせ場所に汗をかきながらやってきた李さん。迎えの車をやっと見つけて、バンコク郊外の別荘へと向かいました。
怒られてもニコニコ顔の運転手さん、全く悪びれた様子がないので憎めません。
この段階では、私たちもよくあるトラブルだと思っていたのですが、
「ここからすぐです」というのに、一向に着く気配がありません。
まあ、バンコクの渋滞はすごいと聞いていたので驚きはしなかったのですが、
バンコクから郊外に向かう道路には信号がほとんどないのです。
一般道路でも交差点がないので、左折だけで、右折が出来ません。
右折するためにはどうすればいいかと言うと、Uターン道路を使うのです。
でもそのUターン専用の橋は1キロ先だったりするので、
「そこを曲がって」と言ってもすぐに曲がることはできないのです。これがタイ流交通ルール。
「そこなのに…なんで?」延々通り過ぎてからUターンして戻るので、ちょっと道を間違えたり、渋滞でUターン道路に移動できなかったりすると、最悪のパターンになります。
同じ所をグルグルと何度も往復してやっと辿り着いた李さんの別荘。
まるで美術館か博物館のようです。500坪の土地に200坪の建物。庭には川が流れ、シャンデリアとステンドグラスの白亜の豪邸。各部屋は高級ホテルのスィートルームのようです。
台湾と中国、タイに会社を持つ李さんとはいえ、これは凄過ぎです。
「タイは日本と違って物価が安いんですよ」と李さん。乾季の11月から2月まではここに滞在するのだそうです。
ホテルにチェックインするために、またまたあの運転手さんの車へ。
「今度は大丈夫だよな」と冗談を言いながらも不安がよぎります。
♪のんびり行こう~よ、どこまでも~♪
でもでも、またもや予感的中。グルグルと同じところを何度も往復してしまいました。
「おい、おい、冗談はやめてくれよ」
今度はガソリンスタンドに立ち寄って、ニコニコ顔で「カウチャイ(分かりました)」
「えっ道に迷ってたの?」
なにしろ英語が通じないので、文句を言ってもチンプンカンプン。
この運転手さんが特別だと思っていたら、翌日のパーティーでも遅れる人が続出。
タクシーもなかなか目的地に着かないようなのです。
それでも、ほほえみの国の運転手さんは、そんなこと気にしてないみたいにニコニコ顔。
思わず、この国で日本人が商売をしたら、絶対もうかると思ってしまいました。
今回は、李さんのタイの会社の20周年記念パーティーとスコータイ・チェンマイの旅。
壮大な遺跡群が並ぶスコータイ。チェンマイではスリル満点の象乗り体験ツアーに参加しました。
ゾウに乗ってのっしのっしと山を登り、川を渡ります。
そうそうスパ体験もしました。癒しの空間、アロマの香りの中で2時間のオイルマッサージ。
どう、少しはきれいになったかしら。(まゆみ)


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2010年11月01日

「オバサンさんたちの話題」・・・病気自慢も悪くないかも! & にふうひゃくぶん夏彦がいた

☆「オバサンさんたちの話題」・・・病気自慢も悪くないかも!

「なんか面白いことないかなあ」なんてボヤいたら、いつもの悪友Y子に「あんた、いくつだと思っているのよ。70にもなってそうそう面白いことがあるわけないじゃないの」と鼻で笑われた。
まあ、言われてみれば、ご尤もな言い草ではある。
なかには、私は違う!と怒る人もいるかと思うが、総じて中高年のオバサンたちの話題と言えば、やれ体調が良いだの、悪いだのばっかりの病気自慢大会!だ。これじゃあ、面白いことなんて起こるわけがない。
もっとほかに話題がないのか!。まったくこれだから年よりはイヤなのよ!
僭越にも私は、自分のことを棚にあげて「そんなオバサン」にはなりたくないと思っていた。だけど、現実は甘くない。いつの間にか私は立派な「そんなオバサン」になっていた。(当たり前だよね)
「えっ、私って入院するほどなの?」「そうです!」「うそっ!」
まるでマンガのような会話で、能天気の極致と呆れられながら、「狭心症」と診断され、発作の場合にとニトロをもたせられて「大袈裟じゃん」なんて言って怒られてから半年余。おかげさまで、過激なことをしなければ普通の生活ができるようになった。
先日、いつものおしゃべり仲間が集まった。みんな若ぶってはいるけれどもう70代の立派なオバサンだ。
だから「お久しぶり!元気?」から始まって、やっぱり話題は病気の話。
「私ねえ、コレステロールが・・・」と誰かが言うと、負けず嫌いの虫がうずき出した誰かが「あら、あなたはまだいいわよ。私なんて・・・」などとあっちからも、こっちからも自分のほうがいかに病状が悪いか言い始める。
そんな雰囲気の中で私だけ黙っているのも、なんかなあ。
意地でも病気自慢?なんてするもんかと思っていたはずなのに、気がついたら思いっきり病気の話、それも自慢げに「「動脈硬化がなんたら、かんたら。血圧の数値がどうたら、こうたら。薬は何種類飲んでるとか・・・」なんてペラペラしゃべっちゃって、あとですっかり自己嫌悪。
弁解するわけじゃないけど、訊かれたから言っただけで心ならずも・・・と言い訳。
「そんなこと言うけど、じゃ、どんな話したかったのよ」と言われてみれば、う〜ん、返答に困る。
それでも、「オバサンたちの話題ってそんなもんよ。今更、恋の話もないでしょう」なんて達観されると逆らってみたくなるのが人情というもの。
「あら、恋の話もいいんじゃない。だれか不倫してる人いないの?」などと言って、顰蹙をかった。
みんなそれなりにポジテブに生きてきたはずなのに、どうしちゃったのかと、なんでも面白がり、意気軒昂だったあのころを思い返して、月日の流れをあらためて感じた。
ランチのあと「あなた、薬飲んだ?」と言ってコップの水を差しだしながら、自分も薬を飲んだいる友の顔を見ていたら、ちょっとせつなくなった。
子育ても終わり、夫のリタイア、親を介護し見葬った。人生の晩秋を迎えた女たちだ。
お互いにそれぞれの人生を歩いてきたはずの、価値観も人生の物差しも違う旧友たちと、どんな会話をすれば良かったのだろうか。なんかセンチメンタルな気分に・・・ああ、秋だなあー。
錦秋。あちこちから紅葉の便りが届いてくる。
「秋の彩りを胸に刻んで・・・」「全山燃えるような絢爛な錦秋・・・」などなど、これでもかといわんばかりの紅葉情報。四季のある日本に生まれてよかったなあと思う瞬間。1年でその季節にしか見られない感動の景色。そう、秋は鮮やかな紅葉の季節。
「ねえ、日光の紅葉が見ごろなんだって。みんなで行こうよ!」
「うん、行く、行く!」
あそこが痛い、ここが痛いと言いながら、陽気な彼女たち。
病気自慢ができるのは元気な証拠!だとしたら、病気自慢大会も悪くないかも――私の「オバサンたちの話題」の見かたがちょっと変わったこの秋。(えいこ)


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☆「にふうひゃくぶん夏彦がいた」

「もしもし、○○書店ですが、ご主人様がご予約された本が入荷しました!」
本屋の若いはつらつとしたお姉さんから電話が入りました。
何冊か頼んだようなので「何という本ですか?」と聞いたら、
「え〜っと、『にふうホニャララ(はっきり聞こえなかったんです)夏彦がいた』…です」
「エー?」「あのーぉ、『にふうひゃくぶん夏彦がいた』という本です」
なんだか分かんないタイトルの本だなあ…と思いながら、夫に
「頼んでた本が来たんだって。『にふうホニャララ夏彦がいた』とか言ってたよ」と
私もごまかしながら伝えました。(だって、よくわかんないんだもん)
翌日、首をかしげていた夫が「これだよ」と笑いながら本屋から帰ってきました。
なんと本のタイトルは『荷風 百痢_読Гいた』。
本屋のお姉さんが言ってた『にふう』は、永井荷風の『かふう』、『百聞』は内田百里痢悗劼磴辰韻鵝戮世辰燭里任后
これには夫と2人、大笑いしてしましました。
いや〜、本屋のお姉さんもこんな楽しい読み方をして、お客さんを楽しませてくれるんですね〜。
この話題でわが家はしばらく楽しませてもらいましたが、本屋が本のタイトルを読めないでどうする?って感じですよね。
「あの子、どうやって出版社に注文を出したんだろう?」と想像しながら、今はインターネットで簡単に調べられるし読めなくても注文できるようなシステムになっているので、きっと学習するチャンスがなかったのでしょうね。
彼女にとって、あんまり有名な本でもないし、本の名前を聞かれるなんて想定外のことだったのかもしれません。
やっぱり、教えてやった方がいいのかな…と思いながら、本屋に行くと「このお姉さんかしら」と気になって仕方ない私です。
とは言いながらも、私も昔、『浅草寺』を『あさくさ…、あっ、せんそうじ』と言い間違えそうになった恥ずかしい思い出もあるし、人の名前や地名を間違った経験もあるので、人の事は言えた筋合いではありません。
それにしても普段は静かで爽やかな季節なのに、この10月は市長選と市議選の同時選挙で騒々しい月でした。
今年は特に公示前から宣伝カーが回り始め、うちの家の前では拡声器片手に演説を始める立候補予定者もいたりして「あれって選挙違反じゃないの」とイラッ!
不用品回収車の次が、宣伝カーで、もう騒々しくて…、騒音に悩まされる日々が続きます。
「もうアンタには入れてあげない!」と思いながら、選挙カーが回るのは公示後と決められているのに1ヶ月も前からこんなことをしている候補者はズルいと思ってしまいました。
候補者が選挙カーから絶叫する「最後の最後のお願い」のような選挙、いつまで続くのかなあ…。
私は早々に期日前投票をしてしまっているので、金きり声で絶叫する選挙カーでの選挙活動がお祭りみたいに思えてしまうんです。
そろそろ見直しをして、選挙のあり方を考えてみる時期なんじゃないでしょうかねえ。
でもこんなことを言ったら、一生懸命選挙活動をしている人たちに怒られちゃうかもしれないけれど、私は選挙カーが騒音だと言ってるのであって、選挙活動を否定しているのではありませんよ。
今度の選挙戦には、友達もみんな手伝いに行ってたみたいだし、いろんなことがありました。
いまはもう秋…。(まゆみ)


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2010年10月01日

親しいなかにも礼儀あり! & やっぱ大阪弁が好きやねん

☆親しいなかにも礼儀あり!

 上空には秋雨前線が停滞してるらしくこの数日、うっとうしい雨の日がつづいている。
そのせいか行楽の秋だというのに気分がいま一つ盛り上がらない。
そんなある日、おしゃべり仲間から電話が入った。
「ねえ、今から会わない?」
えーっ、今からって言ったって!?。外は雨だし、億劫だしなあ・・・。
「今日はダメだけど、急にどうしたの。何かあった?」
「そ。嫁の言葉使いが癪にさわって。いまさら言っても始まらないんだけど・・・こりずに腹を立ててる私がバカなんだけどサ」
私はそのお嫁さんをよく知っている。明るくて、料理上手でよく気がつく。悪いけど彼女の息子には勿体ないくらいのお嫁さんなのだ。ちょっとガサツなところがあるっていえばあるかもしれないが、完璧な人間なんていないんだし、彼女だってバカ丁寧な言葉でしゃべれなんて言ってるわけじゃないはず。
親しくなればタメ口も嬉しいものなのだ。
単なる嫁姑問題だと思い「言葉使いより、根性が悪いほうがもっと困るんじゃない」
「それはそうだけど・・・『親しいなかにも礼儀あり』よ!」
その言葉をきいて、私は彼女の言わんとしてることが痛いほどわかった。
そうなのだ。私が偉そうにいうのもなんだが、いまの若い人って、イヤ、大人だって礼儀を知らない、挨拶だってまともにできていない人が多い。
「基本的な礼儀も知らないのよね」
「大人が悪い。きちんと教えてこなかったから、大人の責任よ」
「でも、大人だってロクに挨拶できないからねえ」
約束は適当だし、時間は守らない。人にものを頼んでおいて、その結果報告がない。それも悪気がないから始末が悪い。言い出したらキリがない。
「人からものを送られても、お礼の電話ひとつないものね」
礼儀や挨拶をとやかく言うのは年をとった証拠なんて思いつつも、どこから見ても立派なオバサンの私は黙っていられない。
「せめて送り主に届いたむねを伝えなさい!」
なにをいまさらと思う人がいるかもしれない。そんなこと常識だとだれしも思う。
私は旅行に行くと、その旅先の特産品を友人や日ごろ世話になっている人たちに送ることが結構ある。
もちろん、すぐ「美味しかった。ありがとう!」と連絡がはいるが、なかにはナシのつぶての人がいる。
今でも忘れられないのは胡蝶蘭騒動!?だ。定年リタイアしてから油絵をはじめた友人から念願の個展開催の案内状が届いた。
すぐにでも駆け付けたかったのだがあいにく拠無い事情で行かれず、せめてものお祝いの気持ちをこめて、私としては大奮発して「胡蝶蘭」を贈った。さぞ喜んでもらえると思っていた。
が、個展の期間が終わって数週間もたつのになんの音沙汰もない。ハガキの一枚ぐらい届いてもいいのに・・・もしかして届いていないのか?自宅に送るより会場の画廊に送った方が面倒かけなくていいかもと気を利かしたつもりがアダになって・・・もし本人に届いてないのだったら?
とうとう痺れを切らして、失礼を詫びつつ確認のハガキを出した。
翌日の晩、大慌てで彼からお詫びとお礼の電話がきた。忙しくて、そのうち、そのうちと思いながら日が経ってしまったんだとか。
「栄ちゃんとはゆっくり時間とってお礼したかったし」などと弁解しきり。だれも頼んでないと言われればそれまでだが、こちらはその人の笑顔を思って気持ちをこめて送っているのに、アッケラカンと「ごめん、ごめん。そのうち埋め合わせするから」・・・お礼の催促したみたいですごく不愉快だった。
お礼が欲しくて「胡蝶蘭」(胡蝶蘭にこだわっている?)を贈ったんじゃない。
若い人ならともなく、礼儀知らずの大人に腹をたてていた。
そして彼とはいつのまにか疎遠になった。
たかが挨拶、されど挨拶。あれ以来「親しいなかにも礼儀あり」は私の自戒の言葉になっている。(えいこ)



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☆やっぱ大阪弁が好きやねん

「えーっ、全然分かんないね!」
「大阪生まれの大阪育ち、結婚して東京に来たのよ」と言うと決まってこう言われる私。
もう40年以上も関東に暮らしてるので当たり前の話なんですが、関西人はどこかなまりが残っていてすぐに分かってしまうのが普通。
転勤後、千葉に住む友達も川崎の次兄も本人は標準語をしゃべってる(つもり)のですが、関西風標準語で出身地はバレバレ。
大阪人は関西弁を通す人も多いのです。
だのに私はなんで…と考えてみたら、主人は江戸っ子。まわりに関西弁を使う人がいなかったんです。
それにお嫁にきてみれば、周りはみんな「〜じゃない」「〜じゃん」「〜しろよ」「そうだろう」の世界。
なんか怒られているみたいで、私は大阪弁コンプレックスに陥りました。
「オレ、男の関西弁は大嫌いなんだよな」と夫。(う〜ん、これは大阪弁を使うなということか…)
ますます大阪弁は私の中で封印されてしまったのです。
周りに関西人がいなかったお陰で私の標準語に関西なまりが消えました。
でも大阪弁は大好き。大阪に帰るとコテコテの大阪弁になり、友達との電話ももちろん大阪弁。
「なあ元気してたあ。うち来週大阪に帰るねん。会わへん?ほなまた電話するわ」
大阪弁はあいまいな優しい言葉が多いのでとっても便利。
そうそう、こっちに来て一番困ったのは目上の人への敬語の使い方。
「おられる」「おっしゃる」「行かれる」…はあまりにも丁寧すぎて、身近な人には使いにくいんですよね。
その点、大阪弁ならめっちゃ簡単。とりあえず、どんな言葉にも「はる」を付ければ、立派な敬語に早変わり。
「いてはります」「言わはりました」「行かはる」と何にでも「〜してはる」をつければOK!
「ためグチ以上、敬語未満」といったところでしょうか。
大阪では祖父母や父母、近所のオバちゃん、先輩…など等、誰にでもこれを使うんです。
今は漫才などで大阪弁が全国展開してますが、あの大阪弁はちょっと下品な大阪弁。東京で言えばべらんめえでしょうか。
大阪の実家はどちらかといえば船場ことば風。そう細雪の世界です。
今は船場言葉を使う人は少なくなりましたが、私が小さい時は「とうさん」、兄は「ぼんぼん」と呼ばれていました。
私たちの子守をしてくれていたおミネさんは、「とう、大きゅうならはりましたな。時々顔を見せとくれやす」とお嫁に行った後もそう声をかけてくれていました。
亡くなった母が鳩ケ谷に来たときには、タクシーの運転手さんから「奥さん(母のこと)の大阪弁、きれいですね」と感心されたこともありました。
この運転手さん、大阪弁と言えば、きっと漫才言葉を想像してたんでしょうね。
大阪弁も随分変化してきて、最近は私が知らない大阪弁もあったりして…。でも昔の船場言葉、残しておきたいですね。
まあ、言葉は変えられても変わらないのは大阪人特有の面白がる性格。
この間、新大阪の駅で「白い恋人」ならぬ「面白い恋人」というお菓子を見つけちゃいました。
「面白い!これは相棒のお土産にしなくちゃ!」と手に取ったものの「待て待て」というもう一人の私。
「やっぱ、今の時期は水ナスのお漬物でしょ」
大阪で生まれ育った私も埼玉でやっと大人になったみたい。(まゆみ)


hatomame05 at 22:29|Permalink

2010年09月01日

日はつれなくも、秋の風! & 鈴虫の音色に癒されて

☆日はつれなくも、秋の風!


しのぎ難い残暑が続く中、口を開けば暑い!暑い!を連発して失笑を買っている。
思い起こしてみれば、夏はそんなに嫌いではなかった。
私もまだ若く子育てに奮闘中だったころ。夏は暑くてあたりまえで、夏休みともなればまだ小学生の息子たちを連れていつも実家に帰っていた。
子どもたちも田舎のおばあちゃんちにお泊まりが嬉しくて、夏の待ち遠しい大イベント。
海水浴に行ったり、筑波山に登ったり(実家は茨城県)、宿題なんてそっちのけで、今日はどこへ行こう、何しようとワクワクしたものだった。
今は夏が大の苦手だ!ましてや今年のこの暑さ。立秋も処暑もあったもんじゃない。
標準体重からは程遠い体型が災いしての大汗かきで化粧ははげ落ちるし。
紫外線だっておそろしい。
そうそう、「女は夏に老ける・・・」なんておそろしいフレーズがあるの知ってた?
紫外線と冷房のダブルパンチで、夏は加齢が進むんですって。キャー!
暑さのせいで食欲がなく、ついついソーメンやひやむぎばかりで夏痩せして・・・なんて言ってみたいけど残念なことに食欲だけは健在で、、かえって夏太りしちゃって。トホホ。
水を飲んでも太る体質ってたしかにあるみたい。ショック!
恥ずかしながら、わかっちゃいるけどやめられない食い意地体質。
高カロリーを承知しつつも、テレビのコマーシャルでみた「チーズたまごダブルマック」が美味しそうで・・・食べた〜い!
お米にしか食指がおきないない我が夫は、ピザやハンバーガーに唾をのむ女房が理解できない。、
ましてや「朝マック」、10:30までのメニューだ。
朝食は納豆とみそ汁、海苔、小魚、大根おろし、卵など日本人の定番献立しかたべない。とても一緒に朝マック行こうなんて・・・無理な話だ。
そこで一計。「ねえ、夏休みももうすぐ終わりだから、朝マック食べに連れてってあげようか?」と孫をダシにマクドナルドにでかけた。
初めて知ったんだけど、マクドナルドって24時間営業なんだね。
早朝7:30。さすがにお客は誰もいない。駐車場はガラガラ。
都会と違って鳩ケ谷じゃ朝にマックを食べてる人なんていないんだなあ、と思いながら店内に。
「いらっしゃいませ!」相変わらず明るくさわやかな声。
なんかマニュアルぽい。作り笑顔でも可愛いから、まあいいか。
そういえば、「ポテトはいかがですか?」はいつのまにかきかれなくなったなあ。
さっそくお目当ての「チーズたまごダブルマック」を注文。
100円のバーガーやソウセージマフィン、ポテトやドリンクがついたセットも注文。
チラリと「太るなあー」と頭の中を過ったけど・・・う〜ん、このさいそれは忘れよう!
お父さんと小学生くらいの息子2人をつれた客が入って来た。
お母さんはいないのか?最近の母親は朝食作らないからなあ。まったく朝飯くらい夫にも子供にもキチンと作って食べさせろよ。
あまり他人のことは言えない。人が見たら私も変だ。
孫を連れたスッピンが分からないように帽子で顔を隠した70近いバアさんが「チーズたまごダブルマックが食べた〜い」。昔はこんなバアさんは居なかった。
きっとあっちも「おばさん、朝飯にマックはないだろう」なんて思っているだろう。
世の中、なんでもありだ。それが良いのか、悪いのか、わからないけど他人に迷惑かけなきゃ良しとするか!とウヤムヤな感情のままハンバーガーに齧りついた。
それにしてもこの夏は、けっこう忙しい日々だった。
パソコンを買い替えたのもそのひとつ。新しいパソコンはまだ私の「親友」になってくれずにときどき理解不能になり手なづけるのに悪戦苦闘、壊れた旧友が懐かしい。
お盆でのお墓参り、鳩ケ谷寄席はもう37回だ。来年の5月で10周年を迎える。早いものだ。
ミニ同窓会、夜祭もあった。ドタバタ、ドタバタ。
「こんな年になっても忙しいのは有難いことと感謝しなくちゃ」と相棒。
そうかも知れない。だれにもお呼びがかからなくなったら寂しいし、することがなくて家にばかりいたら、自慢じゃないけど絶対に老けて汚いバアさんになっちゃう自信が・・・怖〜い!
「あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風」と芭蕉の句。
暑い、暑いといいつつ、もう9月。
涼しくなったら、温泉に行きたいなあと、ひたすら秋の訪れを待ち焦がれている。(えいこ)



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☆鈴虫の音色に癒されて

リ〜ン、リ〜ン、リ〜ン♪
「夜祭」で鈴虫を貰いました。
年配の方が、自然と触れ合う機会が少なくなった子どもたちへと、今年もたくさんの鈴虫を提供くださったのです。
大きなペットボトルをカットして、余ったペットボトルで蓋を作り、取っ手をつけた手づくりの鈴虫ハウス。
これに5・6匹の鈴虫が入っています。エサはナスやしめじに何故か小さなペットフード。
これだけの数を作るのだってたいへんなのに、鈴虫プレゼントなんて嬉しいですよね。
受付(一応、夜祭スタッフなので)をしながら、温度を下げるために水まきをしてエコに協力してくれた子どもたちにも、この鈴虫をプレゼント!
「わあ、うれしい!」と目を輝かせる女の子。
「どうしようかなあ…」と悩みながら考えてる男の子。
「ありがとうって言いなさい」と子どもに促す優しいお母さん。
「鈴虫くれるっていうんだけど、いる?」とケイタイで子どもに電話をしている、今どきのお母さん。
「鈴虫飼うのって、子どもの情操教育にいいんじゃない」とお母さんを説得するお父さん。(いいぞ!)
「うちはダメだからね!」と初めから子どもにダメだしする若いお母さん。
「うるさくて、そんなん飼ってられないよ」と通り過ぎる年齢不詳の女性。
お母さんに返して来なさいと言われたのでしょうか。一度貰った鈴虫を「やっぱり返す」と持ってきた男の子。
受付に座っているとお祭りにやってくる若い世代の家族の風景が見えてきます。
自然が少なくなって、鈴虫の鳴き声を聞くチャンスがなくなった今、子どもたちには秋の訪れを告げる鈴虫に触れさせてあげたいですよね。
リ〜ン、リ〜ン、リ〜ン、リ〜ン♪
鈴が鳴るような余韻を残しながら、美しい音色で鳴く鈴虫。
私は夫のお土産に貰って帰ることにしました。
「ただいま〜、お土産だよ〜ん!」
「おっ、鈴虫か、いいねえ〜」
リ〜ン、リ〜ン、リ〜ン、リ〜ン♪の大合唱でわが家にやってきた鈴虫。
なんだかこの音色を聴いているだけで、暑さを忘れさせてくれそうです。
う〜ん、なんて涼やかな音色なんでしょう。
その夜は一晩中、リ〜ン、リ〜ン、リ〜ン、リ〜ン♪
その夜は鈴虫の音色を聴きながら、さわやかな眠りにつきました。
次の日の目覚めもリ〜ン、リ〜ン、リ〜ン♪
「ねえ、鈴虫って夜鳴くんじゃなかった?この鈴虫、朝と夜の区別つかないのかしら」
そんなことを言っているうちに静かになると今度は「鈴虫ちゃん、死んでないよね?」とちょっと不安。
「こんな小さな虫かごじゃ可哀想だから、虫かご買ってやろうかな」とネットで調べている夫。
霧吹きで水をあげながら、あの涼やかな音色が待ち遠しい私。
今夜はクラッシックとコラボしながら、鈴虫コンサート!
「鈴虫って音楽が分かるのかしら?」不思議に楽器の一つのようにいい感じでハーモニーしてるんですよね。
わが家にやってきた鈴虫は猛暑を忘れさせてくれる、夏の終わりのハーモニー!
自然っていいなあ…。久しぶりに源氏物語を思い出しました。女三宮と光源氏。
そういえば京都にも鈴虫寺があったよな…またまた旅心がウズウズ!(まゆみ)


hatomame05 at 17:38|Permalink

2010年08月01日

だって、暑いんだもん! & 究極の熱中症対策

☆だって、暑いんだもん!

 梅雨の明けたとたん、なに、この暑さ!
暑いよ〜。自慢じゃないが私は夏の暑さが嫌いだ。
「ギラギラ照りつける太陽」に頭クラクラ。め、めまいが・・・。
炎天下の外出なんて想像しただけで熱中症になる。だから、夏はいつも家の中でグダグダ、ゴロゴロのトド状態。
いつもは「少し動かないと、運動不足になるよ」などと遠まわしに言ってた夫も、今年は、丈夫だとばかり思っていた女房の思ってもみない入院騒動が堪えたのか、何も言わない。
それをいいことに、「なんかまだ胸がちょっと苦しい・・・」なんてつぶやいたりして、「無理しなくていいよ」と茶碗を洗ってくれる夫の優しさにつけこんで、やりたくない家事も手抜きのこのごろ。
なんたる悪妻、ホント我ながらグータラ女房でお恥ずかしい。
だって、暑いんだもん。
そんな理由で、「電話してもいつもいない。よくご主人は黙っているよね」と友人たちにイヤミを言われてる私も、夏は比較的家にいる。
そして、家にいて気がついたことがある。
びっくりするほど電話が鳴る。
「もしもし、奥様でいらっしゃいますか?」
「ええ、まあ・・・」
「私、ナントカカントカのだれだれです。」
やけに親しげで、もしかしたら知ってる人か?と錯覚するほどの慣れ慣れしさ。あまりの弁舌ぶりにどこで口を挟んでいいかわからない。肝心の本題になかなか辿りつかない。
思わず「で、ご用件はなんですか」と口調が尖る。
「この化粧品を使うとシミもシワもない美肌になる。無理におすすめしませんが一度お試しになってはいかがですか。無料サンプルを送らせていただきます。むにゃむにゃ」
なあんだ。化粧品のセールスか。(早く言えよ!)
えっ、シミもなくなるの?小顔に?このところの肌の衰えを実感している身だけに、そのセールストークにちょっと魅かれたけど、基本的に電話勧誘は断る主義なので「ごめんなさい。要りません」――ガチャン、電話は切れた。
しばらくするとまた電話が鳴る。(私は電話番じゃないっつうの!)
「マルマル石材店でございます」
話を聞くまでもない。「お墓はいりません!」ガチャン。
お盆が近いせいかこのところ、お墓の勧誘がやけに多い。
いつだったか家族に病人のいる友人のU子が怒っていた。「なんか、亡くなるの待たれてるみたいでタイミング的にイヤなんだよね」
彼女、あまりにお墓の勧誘が頻繁にかかってくるのにイライラして「ウチの電話番号どこで調べたのですか!」と問い詰めたら、なんでも名簿があってその名簿を20件ほどが共通して使用してるのだとか。
「だったら、削除してください!」といったら、「わかりました。ただ、ほかの店についてはわかりません」と言われ、相変わらずお墓の勧誘の電話は続いていると憤慨しきりだ。
ルルルル〜。また電話だ。(ウルサイなあ)
「私、ナントカカントカのだれです。ご主人さまはご在宅ですか」
「今、外出中です」
「いつ、お帰りになりますか?」――今度は証券会社のセールスだ。
面倒くさいので、傍で新聞を読んでいる夫を横目に見ながら「海外旅行でしばらくは留守だ」と言ったら「お帰りのころにまた電話する」といって電話は切れた。
それにしても失礼なヤツだった。慇懃無礼に「奥さまじゃなく、ご主人さまに直接お話したい。ごにょごにょ・・・」と、まるで女子供に株のこと話てもわからないだろうと、はなから相手にしてない様子がありありで不愉快!
たしかに株のことはわからない。けど、もう少し言いようがあるだろう。
お帰りのころ電話かけても今度は「宇宙旅行でず〜と留守だ」って言ってやると息巻いてたら喉が渇いた。冷凍室の「がりがりくん」をかじる。
ああ、夏はアイスにかぎるなあ〜。
訪問客も多い。
新聞の勧誘と・・・そうそう、なんとか宗教の「お悩みとか、お困りなことありませんか?」も来た。「別に悩みも困ってることもありません」とインターフォン越しに応えた。(もし悩みがあっても)アンタに相談はしないもんね。
ピンポン。また玄関でチャイムが。「お中元のお届けでーす」
は〜い。印鑑、印鑑・・・と思った瞬間、気がついた。やばい!頭はボサボサ、ノーブラでスッピン。このカッコではいかに「宅配便のおじさん」でも会えない。
男はどんなカッコだっていいけど、老いたりといえど女の私はそうはいかないんだから
(なんでこのクソ暑いのに化粧しなければならないのよっ)
「お父さん、早く出て、出て!」
「だから、そんなだらけたカッコでいないで・・・」ブツブツブツ言いながらしぶしぶ夫が立ち上がって荷物をとりにいく。
だって、暑いんだもん。
ある夏の日の平凡な日常。
今日は土用の丑の日、「夏バテには、やっぱりこれをたべなきゃ」と言いつつ、体調を錦の御旗に、バアサン姫のグータラ生活をみ〜んな暑さのせいにして、うな重をパクつく。
これで文句いってたらバチがあたるよね。(えいこ)



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☆究極の熱中症対策

「生きてる〜?」兄嫁のN枝さんから電話がかかってきました。
「死んでる!」
暑いので、熊の冬眠じゃないけど夏眠中とでもいうか、家事も外出も控えめ(?)にして、エアコンつけて読書三昧、パソコンでゲーム三昧、TV三昧。
お出かけ大好きな私もさすがにこの暑さは苦手なので、家の中でぐうたら生活の毎日で〜す!
でもね、これって究極の熱中症対策だと思いません?
だって、熱中症って、高温の中で起こったり、暑い中での労働やスポーツ活動中に起こったりするわけでしょ。
エアコンの中では汗をかくこともないわけだし、快適空間で避暑地にいるって思えばいいわけで、美味しいものを食べてのんびりリラックス!
う〜ん、極楽、極楽。
いつもなら相棒とルンルンお出かけも、この季節ばかりはしおらしく図書館通い。
まあ、もうすぐ四日市から娘たちが来るので、私のぐうたら生活は少しは改善されそうですが、この暑さで熱中症で亡くなる人も急増中のようです。
なになに、「65歳以上のお年寄りの人の死亡率が高くなっています」だって?
「ふ〜ん、65歳以上はお年寄りなんだあ〜」とつぶやいたら、夫が「オレたちも気をつけなくちゃ」だって。
「私たちは大丈夫よ。熱中症はエアコンが嫌いなお年寄りとか、よく働く我慢強い人がなるのよ」と言ったら、笑っていました。
だって、こんな怠け者生活で熱中症になるとは到底考えられないですもんねえ。
そんなこんなで、ヒマがあればTVをつけ、例の大相撲も「ハイライトじゃちっとも面白くないね」といいながら観てました。
白鵬はよくがんばってたけど、改めて外国人力士の多さにびっくり!あんなに外国人力士がいるなんて…外国人場所みたい。
昔は、升席のチケットを貰うこともあったのに、みんな定年族になってしまったので、そのチャンスもなくなったよなあ…と独り言。
「事件を起こした背景に母親からの育てられ方の影響があったと思います」
なになに、あの衝撃的な秋葉原無差別殺傷事件の公判のニュースがやっています。
犯人の27歳の男が事件を分析して、幼年期の厳しいしつけが要因のひとつだと言ってるのです。
母親の育て方に問題が…と言われると、なんか心穏やかではいられないので、思わず身を乗り出す私。
とっくに母親業を卒業しているのに、「子育てはなかなか思うようにはいかない」を痛感しているので、自分まで批判されているような気がするんですよね。
こんな風に報道されると、いま子育て中のお母さんたちは、またまた子育てに悩んじゃったりするんじゃないかなと余計な心配したり…。
それにしてもなんでこんなに児童虐待のニュースが多いんだろう。
5月に大阪に行った時、久しぶりに新聞部の後輩たちと会ったのですが、小学校の先生をしているFさんが最近の子どもたちの話をしていました。
離婚家庭がクラスに3分の1近くもあって、不登校も増えて年々たいへんになってるというのです。
そういえばボランティア相談員をしていた時も、不登校が多かったけど、どんどんエスカレートしてるんですね。
ますます子育てがたいへんな環境になってるみたい。
この間、小4の孫1号がこんなことを言っていました。
「ばあば、○ちゃんのお家は100点を取らないと怒られるんだよ」「ふ〜ん、たいへんだね」
「その子のお母さんは東大に入れたいみたいなんだよね」「そうなの?」
「お母さん方は用事がなくても学校に来るんだよ」「えっ何しに来るの?」
「ちゃんとやってるか見に来るんじゃない。でもおしゃべりばっかりしてるんだよ」
子どもも親を見てるんですね。私も孫にチェックされそう…。
8月は寄席もあるし、家族旅行もあるし、暑さに負けずがんばらなくちゃ!(まゆみ)


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2010年07月01日

ねえ、子供のころの夢ってなんだった? & 私たちも「イクメン」欲しかった!

☆ねえ、子供のころの夢ってなんだった?
 

このあいだ相棒に誘われて映画『レイルウェイズ』を見に行った。
子供の頃の夢をかなえるために「49歳で電車の運転士になった男の物語」だ。
私のなかで日本映画にたいするヘンなトラウマがあって、邦画はあまり見ない。
考えてみれば、リリーフランキーの『東京タワーオカンとボクと時々、オトン』以来かも。
だっていまの日本映画って大人が楽しめる映画がないんだもの。
映画賞をとる邦画の話題作は難しくて、みんながいい映画だ!感動する映画だ!って絶賛すればするほど「そうかあ?」なんて思っちゃって。(ヒネクレ者でごめん)
映画の裏に問題提起やメッセージが隠されているって言われても・・・何処に?
恥ずかしながら能天気の私の頭ではどうにも理解しがたくて。
特にビートタケシ、いや北野武監督の映画のどこがいいのかさっぱり分からない。
さあ、見るぞ!何が言いたいの?って深読みしながら見る映画は疲れて、無条件で楽しめない。
そこへいくと洋画は単純でサービス満点で、いつも知らない世界を見せてくれるから楽しい。
明るい映画はどこまでも明るく、ラブストーリーはどこまでもロマンティック。
時に重いテーマの映画でもどこかにユーモアがあってホッとする。
ホラー映画は馬鹿馬鹿しいほど怖い(私は見ないけど)、その徹底ぶりが面白い。
映画は娯楽なんだから楽しくなくっちゃ!
だから『夢をあきらめない大人たちへ――家族とは?人生にとって本当に大切なものとは?心に響く感動作、誕生!』のコピーを見て、なんか、これでもかって感動を押し付けてる感じが、どうもなあ・・・。あまり気がのらない。
その私がなんだかんだ言いながら、
「テレビのCMで見たんだけど、出雲の大自然を走るローカル電車と美しい田園風景がすごくきれいなのよ」という相棒の言葉に反応。
何年か前に『松江・出雲の旅』をしたときに見た美しい田園風景と、あのとき乗ったオンボロな2輌編成の一畑電車が妙に懐かしく、旅先のローカル線の寂れた駅で出雲大社に行く電車を待ちながら、明治44年創業って聞いて、そのうち廃線になるかもね、なんて無責任に言ってたことを急に思い出した。
「あれこそ日本の原風景だったなあ。あのきれいな景色を大スクリーンで見るのもいいかもなあー」って思っちゃったんだから、単純っていえば単純だよね。
だから、正直この映画もあまり期待して見たわけじゃなかったが、いい映画だった。
 ストーリーは大企業の企業戦士として生きてきた男が、単なる歯車のひとつでしかなかった虚しさに気づき、「俺は、こんな人生を送りたかったのか・・・?」 そして決意する。
会社を辞め、50歳を目前に無謀にも子供の頃の夢だった「電車の運転士」に挑む。
自分らしく生きること。その姿はやがてバラバラに離れた家族の心をひきよせていく・・・。
大人が夢見てもいいんですね――アチコチで鼻水をすする音が・・・。
リストラ、介護、充実した人生の生き方――今の時代の問題点を見据えながら、残したい美しい日本の原風景のなかにさりげなく映して、感動的。
自分の夢とか、やりたかった事とか、家族とか、夫婦とかいろいろ考えさせられる事がいっぱいあった。

「終点まで乗っていってくれよな」
最後に電車の運転士になった夫が妻にかけた言葉が深くて、胸にじ〜んときた。
家族、夫婦、ふるさと、やさしさ、生きるということ、夢の持つ力・・・何かを始めるのに、年なんて関係ないと改めて思った。
「ねえ、子供の頃の夢ってなんだった?」
家に帰ってから、夫に訊いてみた。
そういえば今年42歳になる息子の幼稚園のころの夢は『仮面ライダー』だったけ。
今じゃすかっりオヤジだけど、かわいかったなあ。
ところで、私の夢はなんだったんだろう?
もしかしたら、「文章を書くのが好きだから小説家かも?、絵を描くのも好きだから画家もカッコいい、作詞家になって歌がヒットしたらすごくない?、図書館の司書になったら本がいっぱい読めるからいいかも」・・・なんていろいろ想像してみたけど、どれも記憶にない。
私ってあんがい夢のない子供だったのかも。
ちなみに夫は「高校の体育の先生」だって。
バスケの選手だったからそれもアリか思うけど・・・そんな無口じゃムリだよ。
ならなくて正解だよ、って言ったら怒られるかなあ。

あなたは子供のころの夢、実現してますか?
本当は何がしたかったの?
たとえ、もう自分の人生の半分以上過ぎていても、
「何かを始めたいなら、遅すぎることはない」とこの映画が教えてくれている。
そう、今が一番若いんだから。  (えいこ)


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☆私たちも「イクメン」欲しかった!


この間、おんぶヒモで赤ちゃんを
おんぶして3歳位の女の子の手を引きながら、お散歩するお父さんに出会いました。
それが当たり前のように堂々としていて、相棒と二人、
「最近のお父さんはエライよねえ」と感心・感動!(羨望のまなざし)
男の人の方が力もあるから、おんぶもラ〜クラク!(う〜ん、子育ては男の人に向いてるのかも)
そういえばスーパーに行っても、どこに行っても、抱っこも乳母車を押すのもお父さん。
「やらされてるのかな」と思ってたけど、育児を楽しむ男性が増えてきたんです。
「イケメン」ならぬ「イクメン」の誕生!
父親であることを楽しむなんて、私たちの時代には全く考えられなかったコト。時代は変わったものです。
私たちが子育ての時代は、高度成長期真っ只中。
「仕事ができる男がカッコいい」と思いこみ、男は仕事、女は家庭を守るのが常識だったのです。
あれから40年、価値観は180度変化。常識なんて簡単に変わってしまうものなんですね。
良妻賢母を目指したあの頃(懐かしい)、なにせ私の父は「ゲゲゲの女房」のお父さんみたいな男。
男をたてるのが女の役目だと教育され、反発していたのに、いつのまにか私も染まってしまったのですから、笑っちゃいますよね。
最も私の場合は、時代の変化を捉えつつ、主婦像も変化させてきたわけですが、イクメン時代を迎えるとは想像もつきませんでした。
仕事一筋の夫は連日帰りが遅く(今から考えると接待、接待といいながら自分たちが楽しんでただけ?)、出張ばかりで子どもたちと食事をするのは休みの日だけ。
その頃の鳩ケ谷は地下鉄もなく、新橋まで1時間半もかかったのですから、休日は疲れて寝てばかり。
子育てより仕事が第一でしたから、子どもたちとのコミュニケーションも皆無とはいいませんが、あんまりなかったですね。
私が「子どもたちがこう言ってたわよ」「お父さんがね、」と父親と子どものパイプ役。まるで母子家庭です。
「お父さんとキャッチポールをしたことなかったよな」という40歳の息子は、いま土・日は6歳の息子の少年野球に付き合っているようです。
普段は帰りが遅いので、休みの日はできるだけ子どもと一緒に出かけたり、遊んだりしているといいます。
「エライね」と言ったら、「俺が子どもと遊びたいから、好きでやってるんだよ」という答えが返ってきました。
そういえば周りの甥や姪の夫たちを見ても、子育てに協力的なイクメンばかり。
オバサンたちはつい自分の子育てとダブらせて、ため息ばかり。(ホント羨ましい!)
でもね、イクメンは若いお父さんばかりではありませんよ。
最近は定年後のおじいちゃんもイクメンの仲間入り。
夫の友人たちもせっせと孫の送り迎えをしたり、絵本を読んだりとイクジをサポート。
そうなんです、ただいま孫育てを楽しむおじいちゃんが急増中!
まるで、子育てにあんまり関わらなかった世代が、昔の後ろめたさを埋め合わせるかのようです。
オバサンは「気づくのが遅いんだよ」と言いたくなるけど、これもまたほほえましいかぎり。
子どもにとって、父親の代わりはいません。
仕事もがんばるけど、イクジもがんばるお父さんはカッコいい!
がんばれ、イクメン!(まゆみ)


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2010年06月01日

病人になっちゃいられない! & ソース焼うどん・レシピに挑戦!

☆病人になっちゃいられない!
 
  いやあー、反省反省。
ここのとこ自分の体調が悪いことばかりクドクド書いちゃって。
いくらなんでも、こう毎回毎回、病気ネタじゃ誰だってイヤになるよね。
軽い気持ちで書き始めた「健診」の顛末記。ちょっと自分を肴に面白くおしゃべりするつもりがあれよあれよの展開で・・・自分で読んでも少しも面白くない! 
やっぱり私は「能天気で元気な女(人って読んで)が似合うみたい。
友人たちには「どうしちゃったのよ?あなたらしくない!」
「病気、そんなに悪いの?」
なんて、いらぬ心配をかけてしまった。
私、バカでした。
と言いながら、やっぱり体調の話になっちゃうんだけど。
この1ヶ月ほど、足が重だるくて、筋肉が攣って歩けない状態がずっと続いたの。
そんな私に相棒は「お医者さんは足はドコも悪くないっていってるんでしょ?それは、お出かけ不足?ストレスだって!」と断言。
お出かけ不足?ストレス??
そうかなあ?でもホントに歩けないんだから。ブツブツ・・・。
そういえば、最近何処へも行ってないなあ。
「お出かけしよう。痛くて歩けなかったら、休めばいいんだから」
「うん、そうだよね」――相棒という看護師?もいることだし。
そうと決まれば、お出かけ大好き人間としてはもうソワソワ。
そして数日後、夫には黙って(だって、心配して反対すると思うから、ナイショ)
いま人気の阿見町にある『あみプレミアム・アウトレット』にいってきました〜!
久しぶりの常磐道、ルンルンで走る――つくばJCで圏央道成田方面へ。
阿見東インターチェンジに隣接してるから首都圏からのアクセスは便利・・・な、はずなのに「おーいい、アウトレットはどこだ〜」
ひとつ手前のインターを下りちゃって、田舎道をウロウロ。
私たちらしい失敗をしながら無事に目的地に到着。
郊外の緑いっぱいの環境にアメリカ西海岸をイメージした建物。
「見て!あそこに大仏が」
敷地内から世界最大の牛久大仏が見えるのが特徴なんだとか。
「ここは、100以上の国内外の著名ブランドが揃っているんだって」
ブランドのバックがアウトレット価格!・・・あれも、これも、安い!
買っちゃおうかなあ。
衝動買いが得意?な私は、もう買いたいモード全開だ。
「まだ、1軒目なんだから、いろいろ見て、どうしても欲しかったら買えば」
ごもっともなご意見。相棒はいつも冷静だ。
でもなあ・・・。ついつい誘惑に負けそうになる。
不安な私は相棒に頼んだ。
「ねえ、私が買いそうになったら止めてね!」
相棒の呆れた顔を無視して、「ねえ、あの店も覗こう!」
ふと気がついたら足なんて全然、痛くないのだ!
もうびっくり、我ながら元気で。
時々、足が攣るかなあと思う瞬間はあるけど、別人のように元気でスタスタ。
不思議だ。あの痛さはなんだったんだろう。やっぱりストレスなのかなあ。
「パリのこの店で、ランチしたんだ」
200年以上の歴史があるパリの高級食品店の『フォーション』を見つけて、数年前に友人とパリに旅行した時のことを思い出し懐かしかった。
人気のジャムがアウトレット価格で買えるので私的にはおすすめ。
そろそろお昼どき。フードギャラリーも充実していて、私たちはピッツエリアでピザとサラダとコーヒーのレディースランチを食べた。
「これ、孫のお土産にどう?」
「うん、いいね。でも荷物になるから、帰りに買おうよ」
「ねえ、この服はどう?」
「そんな様なの、持ってるでしょう」
ねえ、私が買いそうになったら止めてね!――相棒にたのんだ抑止力はよく効いて、おかげさまで衝動買いすることなく、あれこれ見ながらブラウスや靴下、嫁の幸ちゃんにTシャツとタオル地の上着をお土産に買った。
相棒も料理好きの夫にパスタの香辛料など買った。
『カフェ・サーティワン』でアイスクリームを使ったスィーツでコーヒータイム。
ここはテーブル席でゆったりと寛げるのでちょっと歩きつかれたら一休みするのにいいよ。
ルンルンで、いつのまにか心臓のことも足のことも忘れていた。
ああ、それなのに・・・。
「ただいま〜。あみのアウトレットに行ってきちゃった!」
「大丈夫だったのか?」
夫の顔をみたら、突如!足が攣った。胸も苦しいような・・・・?
友人たちは「夫に甘えているのよ!」とニベもない。
好きなことして遊んでいる時は別人のように元気がいいのはナゼなんだろう。
まさに病は気からだ。
「次は温泉で1泊旅行だあ〜。ゴルフも行きたいなあ」って喚いたら、
呆れ顔の夫が、「口は元気だねえ」とボソリ。
いいんだもん。私は病気はあっても、病人にはならないんだから!(えいこ)



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☆ソース焼うどん・レシピに挑戦!

「ソース焼うどんのレシピ、出してくださいよ!」
鳩ケ谷寄席を手伝ってくれていた『はとまに』のS君に言われて、私の創作意欲スイッチオン!
『はとまに』では、今「鳩ケ谷ソース焼うどんレシピコンテスト」のレシピを募集中!
なにせ好奇心旺盛、なんでもやってみたくなる性格なので、すぐその気になってしまう私。
でもアイデアを出すのも、実験してみるのも面白いですよね。まあ空想の世界で終わってしまうのが常なんですが、今度ばかりは、いま売り出し中の鳩ケ谷新ご当地グルメ「ソース焼うどん」。
『ハト豆ねっと』でも「今月のソース焼うどん」のコーナーを設けたばかり。
私たちも毎月、ソース焼うどんの食べ歩きをしてるんです。
S君たちには鳩ケ谷寄席を手伝って貰ってるし、私もレシピくらい出して盛り上げに協力しなくちゃ…というわけで、いろんなレシピを考えてみることにしました。
条件は「鳩ケ谷ご当地焼うどん」と「県産小麦100%の県産うどん」を使うこと。
締め切りは…5月31日。わ〜おっ、締め切りまであと数日しかありません。
そういえば、この間食べた『シモン』のソース焼うどんは鉄板に卵が引いてあったよな〜
卵との相性は良さそうだから、ソース焼うどんオムレツとか、オムライスみたいなオムウドンは、どうかなあ…
それに広島焼きがあるんだから、そばの代わりにうどんを入れてみてもいいかも…
それとも、青年部はもんじゃやきうどんを作ったことがあるんだから、小麦粉の代わりにうどんをカットして、山芋と卵をつなぎにしてお好み焼きを作ってみるか〜
焼うどんをパンには挟んでみるのもいいし、生クリームとチーズを入れてグラタンにしてもいいよねえ…
ノートに書きだしてみるといろんなメニューが出てきます。
でもこれじゃ、みんなが考えそうで面白くありません。
やっぱり、意外性があって、簡単に作れてシンプルなもの。
取りあえず、今日のお昼は定番のソース焼うどんを作ることにしました。
たっぷりのキャベツと玉ねぎ、人参を入れて、豚肉はカロリーを考えて少なめにしました。
そうそう北海道から送ってきたアスパラも入れようっと。
野菜とお肉を炒めて塩・コショウしてから、野菜は一度取りだします。それから、お湯でさっと洗ってぬめりを取っておいたうどんを炒め焼きします。
最後に炒めておいた野菜を加え、大さじ2杯の焼うどんソースを絡めて出来上がり。
真っ赤な紅ショウガとかつおぶし、庭からイタリアンパセリを取ってきて乗せれば、わが家の2人分の「野菜たっぷりソース焼うどん」の出来上がり。
野菜の甘味が出ていて、お店で食べるのよりヘルシーで優しい味。これが美味しいんです。
青ネギやわけぎを刻んでたっぷりかけたり、ゴーヤなど旬の野菜を使うのが我が家流。
焼うどんを食べながら、これにいろいろアレンジする必要がないようにも思えてきました。
やっぱり、発想を変えなくちゃ!
サラダ仕立てとか、つけ麺とか、いろいろ考えてみましたが、ソースは濃厚なオイスター味。真黒なソースは見た目もよくありませんでした。
このソース、コロッケとかフライにかけると美味しいので、やっぱり洋風料理かなあ。
ハンバーグソースには、ケチャップやトマトソースを入れて味をまろやかにするとイケる!
でもソースにいろんなものを混ぜてチャレンジしても、うどんと合うものがなかなか見つかりません。
締め切りまであと2日。そこで考えたのは、「ミートソースにしたらどうかしら?」でした。
オリーブオイルで豚ひき肉とみじん切りの玉ねぎを炒め、塩・こしょう、それに焼うどんソースを加え、ケチャップを隠し味に使います。
味見をしてみたら、「うん結構いける!ミートソースもどき!」
うどんは炒めずにパスタみたいに茹でて、その上にミートソースもどきを乗せて、庭から取ってきたイタリアンパセリと彩りにトマトを添えて、新レシピの完成です。
これならとっても簡単でヘルシー!いま話題の桃屋の「辛そうで辛くないラー油」を入れてもグーです。
大人の味にするなら、赤唐辛子で炒めるといいかも…。
これって、レタスに包んで食べてもいけそう…。
ネーミングはまだ考え中だけれど、コンテストに出すべきかどうか、それが問題だなあ…。(まゆみ)


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2010年05月01日

”老い”は突然にやって来た! & 「ゲゲゲ」の思い出

☆”老い”は突然にやって来た!

 
 「えっ、もう70歳?そんな歳にゼンゼン見えない。若いよねえ」
なんて煽てられて、いい気になっていた。
「もうトシだから元気なうちに遊ばなくちゃ!」
「そうよ、そうよ。いつどうなるかわからないもんネ」
などと言いつつ、元気が取り柄の私は楽天的で、
「いつどうなるかわからない」は遊ぶための方便にすぎなかった。
「ねえ、元気な妻と、病気の妻の介護と、どっちがいい?」
なんて究極の選択で夫を騙くらかしながら、旅行に、芝居に、映画に、ゴルフに、美術館に、ランチに――今思うと、しのび寄る老化も知らず、ルンルンの日々だった。
 まさか、こんなことが待っていようとは!
心臓カテーテル検査&治療入院・・・とくに合併症もなく退院し、もう、これで無罪放免のつもりの私を”老い”は追いかけてきた。
不遜にも私は”老い”について甘く考えていた。
言いたくないけど、顔を合わせると、さながら病気自慢をしているみたいなお年寄りをみて内心、
「ヤだなあ。あんな年寄りにはなりたくない」
なんて、えらそうに上から目線でものをいってた。
なんたる思い上がりだろう。今さらながら恥ずかしい。
愚かにも、自分が老人になるなんて想像すらしていなかった。
常日頃、「トシは自分で決めるものよ。まだ、と思うか、もう、と思うかで人生は変わってくるものよ」などと豪語していた。
そりゃこの歳だもの、老いを感じなかったわけじゃない。
でも、人ってさあ、いつの間にかシワや白髪がふえ、風邪ひてもいつまでも治らなかったり、疲労回復に時間がかかるようになったり、ついこの間まで出来たことが出来なくなったりしながら、ある日、鏡に映る自分を見て、「ああ、老けたなあ・・・」って気がつくんじゃない?
そんなふうに、”老い”というのは、じわじわと忍び寄ってくるもんだと思っていた。
 でも、今日は昨日の続きではなかった。
私の場合”老い”は突然、「狭心症!」の姿でやって来た!
そして、それは私の能天気さを慌てさせるのに十分な出来事だった。
病気になってはじめて自分の”老い”を自覚した。(遅い?よね)
私って口ほどもなく弱い人間であると思い知った。
他人には「病気になっても、病人になったらダメよ」なんて言っておきながら、主治医の先生の「命にかかわる危険性があるところを優先的に治療しました」の言葉に過剰反応。
じゃあ、命にかかわらない悪いトコってどこ?・・・なんてモヤモヤ。
「あまり神経質にならず、普通に生活したほうがいいよ」と相棒。
そうは思うんだけど・・今までの能天気が嘘のように、体調の変化に一喜一憂。
体力に自信がなくなった。
これが”老い”ってことなのか?
かの野末陳平著『ちょいボケ迷走記』に「老人になると、なにが起きるか、これは老人になってみなければわかりませんよ。心身にまさかまさかの大変化が襲ってくる、体の故障が次々と起こる、とだけ言っておきましょう」とあった。
人間はトシとともに全ての機能が衰えていくと理屈ではわかっているんだけど、往生際が悪い私は、自分の老化を認めたくない。
「もう若くないんだから」――年甲斐のない私は何遍いわれたことか。
こうなったら、無駄な抵抗は止して”老い”とうまくつきあい、これからの人生を模索するっきゃないのかなあ。
 退院したばかりで体力に自信がなく、心ならずも、海外旅行ロシアもゴルフもキャンセルした。
去年の今ごろは、「やっぱり旅は女友だちにかぎるよね!」
なんてワイワイガヤガヤ、豊満?なヌードを見せ合いながら、箱根の宿で温泉三昧だったのになあ。
ゴールデンウイークを横目に、最近の私は老化していく体の衰えと、お出かけ虫うずうずのバランスがとれなくて・・・ちょぴりイライラ、迷走中!(えいこ)




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☆「ゲゲゲ」の思い出

♪ありがとう〜って伝えたくて〜♪
またまた朝ドラの「ゲゲゲの女房」にハマってます。
でも15分早くなったので、朝寝坊の私には朝ドラではなくて昼ドラか夜ドラ。
まあ、見逃しても土曜日に1週間分まとめて見ることができるので別にいいんですけどね。
原作を読んだことがあったので、興味も2倍、実話だから面白さも2倍です。
脇役がいいですよね。頑固な布美枝のお父さんの大杉蓮、対照的な茂のお父さんの風間杜夫、茂のお母さん・イカルの竹下景子は最高です。
東京での生活に出てくる人たちもなんだか面白そうで、目が離せません。
それに昭和の風景が妙に懐かしくて、大阪からお見合いで東京にお嫁に来た(なんか古いなあ)私には、共感できる部分もいっぱい。
まあ時代はもう少し後なので、新幹線もあって大阪から東京はそんなに遠くはありませんでしたけどね、
「きっと、母も東京には行かせたくなかったんだろうな」とか「わかる、わかる、その不安な気持ち」って感じなんです。
水木夫妻のインタビューをプレミアム8でも見ましたが、とてもいいご夫婦でした。
岡本太郎みたいな天才の夫と、それを支える妻。奥さんは夫とは全く違う性格で、夫婦って面白いなあと思いました。
なんでも受け入れて、「終わりよければすべてよし」…そう言える奥さんが素敵でした。
実はここだけの話、いきものがかりの主題歌「ありがとう」は最初の部分が、
「ありがとう〜」の後、なんて言ってるのか分からなくて気になってたんです。
♪ありがとう〜てつだえたくて〜?(なんか違うなあ)
調べてみたら、「ありがとうって伝えたくて〜」でした。
こんな風に思ってたの、私だけなのかなあ…。
「ゲゲゲの鬼太郎」には、私たちには楽しい思い出があります。
あれは平成9年のことですから、今から13年も前です。
友好都市になったばかりの群馬県大間々市で開催された「大間々まつり」の仮装大会に参加したんです。1泊2日のイベント参加旅。
「おしゃべりじゃ〜なる」の取材で友好都市に決まる前から、すっかり大間々の人たちとお友達になっていたので、優勝賞金30万円に釣られてその気になってしまったのです。
すぐ盛り上げ係になってします私たち。出し物は『ゲゲゲの鬼太郎の愉快な妖怪たち』。9人の「おしゃべりじゃ〜なると仲間たち」はみんな可愛い(?)妖怪に変身。
みんな役者揃いなんですが、女優になれない相棒と私は、かぶり物。相棒が「鬼太郎」で私は「傘化け(かさばけ)」。
圧巻だったのは「ぬりかべ」です。なんとMさんは古いアルミサッシを使って大きな「ぬりかべ」の妖怪を作ってしまったんですからスゴイ!
街中を練り歩きながら、チェックポイントでのショータイムは5ヶ所位あったでしょうか。
みんなで踊りながら、私は1.5メートルもある大きな傘を被っていたので恥ずかしさは半減。
でも「おっ、きれいな足をしてるなあ」とオジサンに下から覗かれた時はびっくり!
思わずマリリンモンローみたいに膝を抑えていました。ちょっと色っぽい一つ目小僧の傘化けでした。
真夏の大間々まつりは、鳩ケ谷からやってきた怪しい妖怪集団に注目が集まり、なんと初参加で優勝してしまったのです。
30万円ゲット!もちろん、大間々に寄付をしたり、その時の写真で作ったテレホンカードをみんなに配ったり…、まあホールインワンしたようなもんでしたね。
そんなわけでしばらくは私たちの中でゲゲゲブームが続き、境港に旅行したときには、相棒には鬼太郎、私はねずみ男ののキーホルダーを買ってきたこともありました。
ゲゲゲは楽しい思い出がいっぱい。若かったなあ…私たち。(まゆみ)


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2010年04月01日

心臓ドッキン・入院騒動記! & 世代交代の波がやってきた!

☆心臓ドッキン・入院騒動記!

やっぱり、「心臓カテーテル」で入院になりました!
トホホです。正直、ちょっと・・・イヤだなあ。
だって入院なんてもう40ウン年も昔、息子の出産以来だもん。
病院てさ、どこも悪くなくても病人になっちゃう感じってあるじゃない。
ましてや、「虚血性心疾患で、狭心症、心筋梗塞など命にかかわるから心臓カテーテル入院」と言われてる身だもの、よけい・・・怖いよ。
ああ、それなのに、楽天的性格が禍してか?顔がヘラヘラしているせいか、どうもその危機感が感じられないようで、友人たちにも「大変なことなのよ。もう少し真剣になれば!」と怒られた。
先日も「発作が起きた場合のために」と病院でニトロを処方され、
「大袈裟じゃないの?」などと言って医者に怒られる始末。
どうも自覚が足りないようで・・・我ながら面目ない。
友人のKさんに「70年のサビを落として、スッキリして下さい」なんて言われると、
「そうだよなあ。血管だって水道管のサビだって、70年も掃除しなけりゃ詰まって当たり前だよ」なんてヘンな理屈をつけて納得したりして・・・どこまでもノ〜天気。
入院前日の相棒のメール。
ご主人がカテーテル検査&治療入院をした経験から、
「いよいよ入院だね。夫も術後は安静にしていましたが、翌日は普通にしていました。取りあえず頑張って行ってきてください。旅行記、違った闘病記を楽しみにしています」
そうか、闘病記か、それもありだな!
「入院患者は見た!」でも「女性看護士の生態」でもなんでも書いてやろうじゃない。
急にハト豆魂ムクムク。
ハト豆仲間のFくんも「検査、大変でしょうけど、気楽にチャチャッとやってきちゃってくださ〜い。落ち着いたら遊んでくださいネ」とメールをくれた。
みんなやさしいなあ。わざと深刻ぶらないメールが嬉しかった。
もう、こうなったらチャチャッとやるっきゃない。
女は度胸、麻酔でも点滴でも持って来いてんだっ!
やっぱり、「入院」でアドレナリンが・・・少々、興奮気味。
 桜の開花宣言が出た23日、3泊4日の予定で、病院にチェックイン!
1Fの入退院受付窓口で手続きを済ませ、病室のある6Fへ。
ナースステイションで体重と身長を測定。背は少し縮んだが体重は変わらず。
採尿の紙コップを持たされて、えーっと、トイレはどこだあ〜と、ウロウロ。
検温、採血、血圧測定・・・。
病室に入ると間もなく、
「心電図を撮りにいきま〜す」と看護士さんがお出迎え。
えっ、車椅子で?
なんか重病人みたいで面映い。照れるなあ。
そうこうしているうちに、「主治医の先生からの説明」の時間がきた。
(入院患者はバタバタと、結構忙しい)
特殊検査承諾書を前に夫とふたり、神妙な面持ちで先生の説明を聞く。
「病名・狭心症、検査・待機的心臓カテーテル検査/冠動脈造影/、治療・バルーン拡張術/冠動脈内ステント留置術・・・検査に1000〜2000分の1の重大な合併症、治療では1%弱の危険があります」
宝くじはおろか、抽選クジにも当たったことがない私だもん。そんな確率の低いものにあたるわけがない――自信をもって承諾書に署名捺印した。
これで名実ともに立派な入院患者になった!
カテーテルを挿入する部位の除毛処理(ちょっと、恥ずかしいかも)をすませ就寝。
 一夜明けて、いよいよ当日。手術台に乗せられ、いざ!
「頑張って。。。」夫の心配そうな顔が新鮮。大丈夫だってばっ!
2時間。麻酔が効きにくい体質とかでけっこう痛くて大変だったけど、
「お疲れさま、済みましたよ」
とくに合併症もなく終了したとの声に、ホッ。
手術室の前で待機してた夫に主治医の先生曰く「命にかかわる危険性があるところを優先的に治療しました」
病気とはこれから長い付き合いになりそうな予感。
手術の前日は眠れなかった・・・ポツリと言った夫の言葉。
んもう、私がいなけりゃ何にもできないんだから。
私だって眠れなかったよ。だって糖尿病の隣のベットの鼾がすごいんだもん。
みんなに心配をかけた「心臓どっきん・入院騒動」の春の嵐!
春うらら。気がつけば私の腕に桜色のアザがあちこちに咲いていた。
あの可愛い看護士さん、もうちょっと点滴注射が上手いと言うことないんだけどなあ。(えいこ)




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☆世代交代の波がやってきた!

「後継者が出来てよかったね」
『おしゃべりじゃ〜なる』の読者だった知人からそう言われて、なんだか嬉しくなってきました。
そうなんです。思いがけず、突然現れた鳩ケ谷情報フリーペーパー『はとまに』。
新聞とは違って雑誌だけれど、同じ地域情報誌。そして鳩ケ谷を元気にしたいという視点も同じ。
なんと、これを創刊したのは4人の大学生。まだ10代の今どきの学生なんですもん。スゴイですよね。
18年も継続した地域ミニコミ紙をやめるとき、みんなに「街に活力を取り戻すにはもっと若い感性が必要だと思う。私たちがやってる限り、新しいものは生まれて来ないと思うの。私たちがやめることによって、きっと次にまた新しいメディアが現れると思う。鳩ケ谷は世代交代しなきゃ!」
とカッコいいことを言って終刊した私たち。
今から5年前の夏でした。ホントは体力・気力がなくなってしまったんですけどね。
そして、紙(おしゃべりじゃな〜る)からWeb(ハト豆ねっと)へ移行したものの、本音は「やっぱり紙がいいよね〜」だったのです。
「あんなこと言ってたけど、次のが出てこないじゃないですか」とTさんに言われてシュンとなったこともありました。
半ば諦めかけていたのに、やってのけたのは若い世代。『おしゃべりじゃ〜なる』なんて全く知らない若者たちです。
しかもサークル感覚で街おこしを考えている大学生。
『おしゃべりじゃ〜なる』をライフワークにしていた私たちと違って、感覚はもっと柔軟で新鮮!しかも若さいっぱい。
私たちの後に続くのは、子育て後の40代の女性たちだと思い込んでいた古い感覚の私には、想像もつかないことでした。
それにサークル気分で簡単に作れるものではないと思っていたので、なあ〜お前、そんな甘いもんやおまへんで…とばかり、「今は不景気だから広告集めはたいへんだよ」と脅かしたり…。
でも「出すことになりました」と聞いたときは本当に嬉しかったのです。
いや〜素晴らしい!短期間でこれだけのことを簡単にやってしまう若さとパワーに脱帽です。
素人ですもん、すべて満点とはいきませんが、行動すること、発行することに意義があるのです。
鳩ケ谷には頑張る人たちを応援してくれる土壌があります。私たちがみんなに支えられてやって来れたように、鳩ケ谷マニアの「はとまに」もみんなに愛されるに違いありません。
「継続は力なり」…私たちが『おしゃべりじゃ〜なる』を創刊したとき、Nさんから贈られた言葉です。頑張れ!『はとまに』。
この体験・出会いはきっとこの子たちを大きく成長させてくれるでしょう。就活にだって役立つはず。
それにしても若い子の発想って面白い!
みんな鳩ケ谷大好き人間。どうやら若い世代に「鳩ケ谷大好き人間」が増殖中?
何にもないけど、そこがいいって言うんです。
そこへいくとオバサンの発想は、何にもないのは恥ずかしい事だったりするので「えっ?」って感じなんですが、何にもないのが話題になったりするって言うんですから意外ですよね。
しかもネタになるなんて、鳩ケ谷寄席にやってくる落語家さんみたい。
そうだ、街おこしは逆転の発想で「何にもない町・鳩ケ谷」をアピール!これって面白いかも…。
でも鳩ケ谷にこんな若者たちがいたなんて、嬉しいですよね。久しぶりに爽やかラララ気分!
ぜひ、この輪を広げて欲しいですね。
彼らをインタビューしていて、久しぶりに学生時代の新聞部のことを思い出しました。
パソコンもない、ワープロだってない時代だったけれど、みんなで泊まり込んだ徹夜の日々。懐かしいなあ…。(まゆみ)


hatomame05 at 19:54|Permalink

2010年03月01日

まな板の上のトド! & オリンピック観戦記

☆まな板の上のトド!

 先日の「特定健診」から、あれよ、あれよの1ケ月。
病は気からっていうけど、このところ、なんか気分がイマイチ。
どこが痛いでも熱があるのでもない。ただ気分がモヤモヤとスッキリしない。
原因はわかっている。
健診の結果、血圧、LDLコレステロール、中性脂肪、すべてピ、ピ、ピ、ピーのレッドカード!
半分覚悟はしていたけど・・・はっきりレッドカードを突きつけられると、さすが能天気の私も、これはヤバイと内心、ショック!
今思えば、動悸、息切れ、めまい、胸の痛みなどなど・・・自覚症状はあった。
正直、両親とも脳卒中だったから、もしかしてと思わないわけではなかった。
のん気といえばのん気だが、高血圧、動脈硬化、悪玉コレステロール・・・頭ではわかっていても自分のこととしての実感がわかない。
血圧が200。この後におよんでも「血圧の薬って、飲み始めたら一生飲み続けないとダメなんでしょ?」などとのん気な私に「食事制限、運動、体重の管理などきちんと出来るの?」と先生。
この私にはムリだと、お見透視だ。
「きちんと薬を飲んで血圧をコントロールしたほうがいいよ」
高血圧・血液サラサラ・コレステロールの3種類の薬を処方され、
「紹介状を書くので、大きな病院で再検査をしてください」
そんな理由で、遅まきながら「自分の健康」と向き合うことになった。
 2月に入って早々に、紹介状をもって総合病院の循環器内科を訪ねた。
紹介された医師は名医と評判の先生で、いつも予約でいっぱいだと聞いていたので待たされるのを覚悟で行ったが、案外はやく診察の順番がきた。
草食系?マスクをしているのでイケメンかどうかは判らなかったが、やさしそうな感じの先生だ。
「う〜ん、血管もだいぶ硬くなっているね。いろいろ検査をしてそれから治療方法を決めましょう」
この日は、心電図や心臓写真、冠動脈の細さなど何種類かの検査と採血。
「治療すれば治るんでしょうか?」
「治療するために検査するんです。それじゃなければ検査なんて意味ないでしょう」
顔に似合わず、辛口のコメント。「これまでにしたのは、自分の責任なんだから」
たしかに。もっと早期に診察を受ければ、症状も軽かったはず。
やさしそうなのに、意外とはっきり本質をいう先生に信頼を感じた。
「次回、虚血性心疾患を持ってる可能性があるからトレッドミル運動負荷心電図検査をしましょう」
虚血性心疾患って、動脈硬化によって心臓を養ってる冠動脈が細くなるなどで心臓に酸素や栄養が供給されない状態で、心筋梗塞など命にかかわる病気なんだって。
晩年の半身不随で寝たきりになった母を思い出して、急にドキドキ。
私ってそんなに悪いの?高血圧はサイレントキラー、沈黙の殺し屋って言うからなあ。

 そして10日後。トレッドミル運動負荷心電図検査。
トレッドミルというベルトコンベアーの上を歩き(徐々に走り)ながら心電図を撮るんだけど、なにしろ運動オンチ、うまくベルトコンベアーの上を歩けない。
「歩くんですよ!歩けますよね?80歳のおじいさんも5歳の子も、歩けますよ!歩いてください!」
それだけでも血圧があがりそう・・・。
看護師さんに叱咤激励されながら大汗をかいて無事に検査終了。ふうーっ。
そしてそのまた1週間後、今度は血管内にヨード造影剤を使った造影CT検査を受けた。

この検査は、静脈内にその造影剤をいれて血管の画像を撮る検査で、体が熱くなって尾篭な話だがオシッコを漏らしたみたいな感覚になる。
初体験、なんやかや、もう、この1ヶ月で一生分の検査をした感じ。
「元気でいて欲しいから先生を脅迫しても、治してもらってください」
相棒のメールに思わず涙がでそうになる。
あとは、検査の結果を待つのみ。(もしかしたら心臓カテーテルになるかも?)
どういう結果になろうとも、こうなったら「まな板の上の鯉」の心境。
えっ、トドだろうって?失礼な。
準備万端、入院?に備えて美容院で白髪も染めてきたし、可愛いパジャマも買った。
そんなわけでバタバタと落ち着かない日々だけど、私的にはいつもと何にも変わらず、周りの心配をよそにドタバタ、ルンルン。
気分がイマイチといいながらつい先日も、去年の「おばさんだって、ディズニーランド!」に引き続き「おばさんだってユネッサン!」とばかり、60代最後の誕生日を相棒と箱根小涌園ホテルに1泊して、「箱根ユネッサン」で水着で大ハシャギしたばかり。
これもみな健康なればこそと改めて思う。
とにかく70代を元気で過ごせるようにガンバ!です。
三寒四温。うるう年だと春も1日足踏みをするのか。ゆっくりした春の歩みにしびれをきらしている。(えいこ)



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☆オリンピック観戦記
「ねえ、高橋大輔どうだった、どうだった?」
この日はちょうど私たちが開催している『鳩ケ谷寄席』の日。
プログラムを取りに行ったり、チケットの取り扱いをして貰っている新聞屋さんに行ったりと開場準備に大忙しの私たち、ライブで男子フィギィアを見ることができなっかたんですよね。
「高橋は4回転を失敗したけど、銅メダル!」と後からやってきた仲間に聞いて、思わず「エライ!」と拍手!
「織田君(なぜか、高橋は呼び捨てなのに、織田信成は織田君)は、靴の紐が切れて云々…」。
寄席の準備に集まってくるメンバーたちもオリンピックの話題でいっぱい。
「私も観たかったなあ…」後から何度でもVTRで観られるというのに、私はいそいそと、「ちょっと電池買ってくるね」と近くのコンビニへ(ここは大型TVが置いてあるんです)行っちゃいました。もしかしたら、観られるかもしれませんもんね。予想はバッチリ!そこで高橋君の演技のハイライトを観て、急いで準備に戻りました。(これはみんなには内緒)
この日、寄席に出演した新作落語の「川柳つくし」さんもこの話題から入りました。テーマは婚活だったのですが、つくしさんのタイプは織田君なんですって。
う〜ん、織田君かあ…。私はタイプじゃないなあと思いながら…、やっぱし高橋大輔がいいなあ。
別にあの顔が好きというわけではありませんよ。スケートをしているときの高橋君が素敵なんです。ラップでショートプログラムをやっていた頃から注目。あの表現力、素晴らしいと思いませんか。
自分のスタイルを貫いて4回転に挑戦した高橋君には感動さえ覚えてしまいました。金メダルは期待してませんでしたが、なんとかメダルだけは取らせてあげたかったんです。あの大きな怪我からの復活はスゴイ!(もう、お母さんの気分です)
もっとハラハラドキドキして観てしまったのは、女子フィギィア。さすがオリンピック、みんな素晴らしい選手がいっぱいいて、この中でメダルを取るのは至難の業だと改めて思いました。
真央ちゃんも、素晴らしかったですよね。銀メダルは立派です。安藤美姫も鈴木明子もみんなベストな演技で感動的でした。この子たちスゴイ!
それにしても優雅で妖艶に舞うキム・ヨナは、本当に魅力的!素敵でした。もう脱帽です。
真央ちゃんだって、去年から失敗続きのジャンプを決めて見事な銀メダルだったんですもん。
キム・ヨナとの差は最初から分かっているのに、マスコミはなんであんなに金メダル、金メダルって書きたてるんでしょうね。まるで世界の情報を知らない人が書いてるみたい。『ジャーナリストならもっと情報を集めて来いよ』と言いたくなります。
ちなみにカナダでは、女子フィギィアの金メダルのオッズ(賭け率)がでていて、キムヨナが1・5倍、マオが5倍だったそうです。
でもここまで期待を膨らませる書き方をされると、逆に『今度はどんな風に書くんだろう?』と興味津々。違う楽しみに変わってきます。
これ以上大きな活字がないだろうと思われるような見出しは、メダルを取ったときと勝った(予選)とき、次に金メダルの予想記事。日本人選手が負けるたび、だんだん活字が小さくなっていきます。
あれだけ持ちあげておいたのに、メダルが取れないと「メダルを逸す」と批判的な活字が並びます。おいおい、取れる予想をしたのはアンタでしょ、勝手に持ちあげておいてそれはないんじゃない。ホント、毎日の新聞が実に面白かったですね。
そうそう、スノーボードの国母選手への批判、あれもなんか変。こんなことをいうと常識がないと怒られるかもしれないけど、なんか違うんじゃないのと思ってしまいます。
彼は、あのヘアースタイルにきちっとしたスーツは似合わないと思ったんでしょうね。「失礼だ」とか「国の代表としてふさわしくない」というけど、団塊世代の私は「どこが、なんで?」と反発したくなるのです。だったら、誰か事前に注意してあげるとか、もっと私にも分かるような説得力のある批判をしてよねえ。だからこそ、彼には活躍してメダルを取らせてやりたかったなあ。
カーリングも面白かったし、スピードスケートも見ごたえがありました。
「1位になったらTVに映ると思って…」と言って入賞した、複合の小林君もいい。
失敗したっていいじゃない、それもいい経験!メダルは取って欲しいけど、若い人には失敗を恐れないで、伸び伸び活躍して欲しいなあ。
2週間に亘る熱戦の数々。バンクーバーの冬のオリンピックは久々にじっくり観戦した感動の日々でした。
終わちゃったらTVがつまんなくなっちゃた!(まゆみ)


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2010年02月01日

60代最後の年は、からだのメンテナンス! & おばあちゃんたちに学ぶ長生きの秘訣!

☆60代最後の年は、からだのメンテナンス!


 新春。2010年もどんどんスタートしていくのに、寝正月に明け暮れた身にはなかなかエンジンがかからない。
その上、このところの寒さで、どうも風邪をひいたらしく悪寒と頭痛でグダグダ。おまけに鼻水タラ〜リ。
まったく新年早々、色気のない話でお恥ずかしいかぎりだ。
風邪が少し治ったかなと思っていたら・・・今度は入れ歯ハズレ事件!
一年の計も「ダイエット」にもかかわらず、甘いものには目のない食いしん坊。
食い意地には勝てず、別腹のお汁粉のお餅をガブリ!
あっ、ヤバイと思う間もなく無惨にも入れ歯は、私を捨ててお餅について行っちゃった。
子供の味噌っ歯なら愛嬌があってそれなりに可愛いけど、大人の前歯がぬけた顔って見られたもんじゃない。
自分の顔なのに、あまりの不細工さにギャッ!
泣く泣く、この世でベスト3に入るほど嫌いな歯科医院に通うはめになった。
「もう歯根がだめ。治療するにはこの入れ歯は作り直しに」と歯医者の先生。
ちょ、ちょっと待ってよ。そう冷静に言われても、こっちにはこっちの事情が・・・。
できればこの入れ歯を生かして何とかしてほしい。
だって(言いたくないけどこの入れ歯100万円もしたんだよ)、捨てるのはもったいないもん。
気がつけば、今年は60代最後の年だ!ってことは、来年は70歳!
自分でもびっくりする年齢になった。
ありがたいことに、今日まで病気らしい病気もせず元気が取り得の楽天家。
しかし、これからはどうなるかわからない。
現に幼馴染の親友が末期がんで入院したり、亡くなった同窓生も何人もいる。
私だって元気ぶってはいるけど、それなりにガタがきても不思議ではない。
メタボだし、高脂血症、血液だってドロドロかも・・・。
 ちょっと歩くと息切れがして胸が苦しくなり背中も痛い・・・。 
「ゼッタイ検査した方がいいって!」となんべん相棒に言われたことか。
その都度、「うん、そのうちにネ」と答えていた。
「心筋梗塞になったら、どうするのよ」
「脅かさないでよ」
こんな会話をくり返しながら、もう何年も過ぎた。
「だから、早く診てもらっておいでよ。動脈硬化になって半身不随になったらイヤでしょう」
わかちゃいるけど、そう言われたって・・・、お医者さんはどうも苦手なのだ。
そこへいくと、病気でもないのに月に1度、健康診断のため必ず病院に行く義弟はスゴイ。
「なんかあったときは、あったときよ」などと嘘ぶいてはみたものの、私だって病気になってみんなに迷惑はかけたくない。
人間長くやってきたんだもん。蓄積疲労だってある。
みんなに、なんやかや、やいのやいのと言われてようやく決心して、受診したこともなかった市の「特定健診」を受診することに。
健診の前日、妹からメールがきた。
「明日健診だったかしら?初めてだから不安だと思うけど大丈夫よ。
69年間の結果がでるだけだから。何かしら出るのがあたりまえ。そこからが始まり、何かあっても早期発見のほうがいいからね。楽しく長生きしようね」
夜の9時以降は何も食べないでとの指示にしたがい、いつものつまみ食いも我慢して、明日に備えて早めに寝ることにした。
予約は朝の9:00。8時40分ごろにはもう患者さんは何人か待っていた。
健診は、問診から始まって、身体計測、血圧測定、尿検査、血液採取など基本的な健診のほかに、追加検査として胸部レントゲンと心電図。
追加検査のレントゲンと心電図も受診して約2時間。
「血圧が高いですね。心筋梗塞の疑いもあり、動脈硬化も。詳しい結果を見てから考えましょう」
帰りに血圧手帳を渡されて、一日2回、朝と夜に血圧を測るように言われた。
お肌の曲がり角は25歳ならば、70歳は健康の曲がり角。
70歳は元気でやりたいことができる人生を過ごすためのターニングポイントかもしれない。
だから私は60代最後の今年を、心とからだのメンテナンスの年にしようと思う。
まだ正式な検査結果は出ていないが、「自分の今のからだの状態」を知るチャンスの後押しをしてくれた相棒の友情に感謝している。



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☆おばあちゃんたちに学ぶ長生きの秘訣!


2月に誕生日を迎えるおばあちゃん(義母)は、101歳!
内閣総理大臣(当時は福田さんでした)から百歳の長寿のお祝いに賞状と銀杯をもらった頃から
「私はもうすぐ90歳になるの」と言うようになりました。
『百歳おめでとう!』とみんなでお祝いをしたときにはニコニコ嬉しそうだったのですが、
百歳になった自分を認めたくないのか、そんな年寄りになるのはイヤなのか、10歳もサバを読むようになったのです。
分かるなあ…その気持ち。女はいくつになっても女。百歳だって若く見えたい!
脳梗塞で自由が利かなくなったことも、シワが増えたことも全部リセット!
みんな百歳バンザイとか、お元気でスゴイですねっていうけど、百歳になってしまったらきっとつまんないのかもしれない。90歳ならまだ何かやれそうな気がします。
だから、101歳になっても「私は90歳」。
百歳を機に年を取ることをやめてしまったおばあちゃんの老人力は素晴らしい!
「ありがとう」を連発して施設の人たちにも可愛がられているおばあちゃんには、老後の過ごし方を勉強させて貰ってます。
相棒にこの話をしたら、「いいなあ!私もこれから10歳サバ読んで言おうっと」だって!
今度は真っ赤なマニキュアをしてあげることにします。
『お会いすることはかなわないのでしょうか』と寒中見舞いをくれたS先生は、87歳。
私の小学校2年生の時の担任です。3年くらい前でしょうか、小学校の百周年記念誌を出すにあたって、兄がその先生を訪ねたことから頻繁にお手紙を頂くようになりました。
体が弱かった私は当時の記憶がほとんどないのですが(嫌なことは忘れる性格が災いして…)、
先生はよく覚えていて「あなたはよく倒れて、お家に送って行ったのよ。大阪に帰られたときは寄ってね」。
実は私、今も交流しているのは小学校1年生の時の担任だったK先生だけなんですよね。
S先生のお顔はかすかに覚えている程度。
でも当時の女先生たちは1年に1度か2度集まっては昔話をしているようなんですよね。
先生といっても、大阪のオバちゃんたちですから、
「まゆみちゃん、この間家に来てくれてんよ」とK先生が自慢話。(多分そんな感じだと思うんですよね)
すると、早速S先生から「K先生の所に行かれたそうですね。私もお会いしたかったわ」とお手紙。
「まゆみちゃんが写真とか新聞(私がやっていたミニコミ誌)送ってくれてんよとK先生が言うてはったわ。私も見たいわ」。(もう、これは送るしかありません)
書道をやっているS先生のきれいな字のお手紙は嬉しいのですが、返事を出すのがついつい遅れ気味になると、
「お返事がないので心配しています。体調でも崩されたのでしょうか」と催促のハガキ。
そうそう当時の先生方の写真が送られてきて、「名前を見ないで何人わかりますか」とクイズのような手紙を貰ったこともありました。
押しに弱い私は、積極的なおばあちゃん先生に押し切られるように、先月、実家の父のお見舞いの帰りに55年ぶりに先生宅を訪問。先生は私たちと変わらぬ好奇心と元気さを持った女性でした。
1週間後、「東京方面は長いこと行っていないので、一度お伺い出来たらなあと思っていますが実現できるでしょうか」とのお手紙。(う〜ん、先生本当に来ちゃうかも…)
でもこの好奇心、積極性、きちんとしたお手紙。見習うべきはいっぱいあります。
年を取ったら、周りを気にせず、マイペースに生きるのが若さの秘訣、長生きの秘訣。
私もわがままに生きようっと!(えっ、もう十分わがままに生きてるですって?)
今度の相棒の誕生日は、箱根小湧園のユネッサンへ!
チョコレート風呂にワイン風呂…、これはもう行くしかないでしょう。(まゆみ)


hatomame05 at 08:09|Permalink

2010年01月01日

奇跡を信じたい! & ああ、パソコン狂騒曲

☆奇跡を信じたい!


 起業し会社の女社長としていつも一線で活躍していた幼馴染の彼女が、この十なん年、乳がん、大腸がん、動脈瘤、リンパ腫・・・病魔との闘いだったとは!
入院したと知らされたのは、去年の秋、紅葉も枯れ葉になった頃だった。
電話やメール、手紙などで連絡はあっても、いつも事後報告だったから、まさかそんな深刻な状況になっているとは思ってもいなかった。
「先生がね、食べたいものがあったら何でも食べていいよって言うのよ」
「外出も自由にしていいって」・・・えー?それはどういうこと?
「ちょっとした検査入院だから」とか「手術が成功して、もう大丈夫なのよ」
頑張りやで、努力家。早くに両親を亡くしてるせいか、まだ学生気分の抜けなくてキャッキャッ言って騒いでいた私たちより、ちょっと大人だった。
 「会いたい」と言う彼女を見舞うため、クリスマスの日にS病院を訪ねた。
「あなたに、会いたい」といわれて・・・そんなに悪いのか?不安だった。
彼女に会うのは怖かった。
正直に言うとあまり病気見舞いは得意ではない。何を言っても、口先だけの慰めや励ましのような気がして・・・かける言葉が見つからない。
彼女の抱いている不安や恐怖をどうしたら受け止めてやれるだろうか・・・自信がなかった。
「お寿司が食べたい」という彼女のためにちょっと奮発して特上の握りと、小さなクリスマスケーキ、パジャマと絵本などを用意して病院に向かった。
車を走らせること1時間30分、カーナビを頼りにたどりついた病院はまわりに何もない町の片隅にあった。
思ったよりは大きな病院で、ロビーは患者でごった返していた。
エレベーターで5Fまであがって、突き当たりの個室が彼女の部屋だった。
小さく、トン、トン。
「はい」・・・意外と元気そうな返事が返ってきた。
ちょっと青白い顔をしてベットから身を起して、「遠いところありがとう」。
「元気そうじゃない。大丈夫よ、ゼッタイ治るから」・・・あまり深刻にならないようにしたかった。
「それがね、もう手遅れで、治らないのよ」
病院では「治療方法を模索している」というだけで、治療しても一向に快復の兆しが見えないから、「会社のこと、これからの人生の終わり方など自分なりに覚悟を決めたい」と主治医に告知を迫って、本当のことを知った。
全身にがんが転移していて、もう施しようがないのだという。
「余命は分からないけど、そんなに長くないと思う。自分でそれは分かるもの」
彼女はとても落ち着いていた。
抗がん剤も延命治療もしないことを決めた。
哀れみや同情されるのはイヤだから、病気のことも入院したことも、家族以外、誰にも言ってないという。
でも、誰にも知られずに居なくなりたくない・・・そう言ってちょっと涙ぐんだ。
「あなたにだけ、知っててもらればそれでいいの」
顔色は少し青白いけど、やつれもなく、あの頃とちっとも変わらないのに。
だから、「もうそんなに長くない」・・・そんな話、信じられない。ううん、信じたくない!
思わず彼女を抱きしめてた。涙がこぼれた。
「泣かないでよ。私は、大丈夫だから!」
お見舞いに行ったのに、かえって慰められてしまった。
病気であることを忘れさせるくらい楽しい空気にしたいのに・・・。
恥ずかしいが、いつも偉そうなこと言ってても私には彼女のような強さはない。
どうしてそんなに冷静でいられるのだろう?
そして私は気づいた。彼女はまだ諦めてはいない!
ふと漏らした言葉、「私ね、誤診じゃないかと思う時があるのよ」
「そうだよ。だって顔色もいいし、こんなに元気だし、頑張って治そうよ」
私は彼女にいつか読んだ本の話をした。
進行性のがんの患者で余命3ヶ月。告知を聞いて、これからの生きる道を真剣に考え、その間、病気のことはいっさい考えなかった。
いつの間にかがんが小さくなり、2年たったいまも体の中に存在はしているが休火山のようにおとなしくなっている。
《病気を忘れるとき、病気は治る》、つまり『心』と『体』は深くかかわりあい、人の『命』を支えているというのだ。
「奇跡のような話だけど、本当の話なんだって」
ピンチのときこそ陽気にだよ。
それでも、人間だもの、ときには弱い瞬間があっても不思議ではない。
そんな時は私を頼っていいからね。
あんなに食べたがっていた「お寿司」もほんの少しつまんだだけで、箸をおいた。
やっぱり、つらいのか?
病気に障ってもと思い、奇跡が起こりますようにと祈りながら、また来ることを約束して病室を後にした。

健康がどんなにすばらしいものか、ごくごく当たり前のような気がしていることを、幸せと気づくことがどんなに大切なことなのか、改めて感じた一日だった。
病院嫌いで受けたことがなかった健康診断だが、今年は検診を受けようと思う。   (えいこ)




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☆ああ、パソコン狂騒曲


「ええ、何で?なんで動かないの?」
それはある朝のことでした。いつものようにパソコンをつけたら、今日はなんだかご機嫌ななめ。
♪どうしたんだ〜、ヘイヘイヘイ♪(この頃はまだこんな感じでした)
でもウンともスンとも言わないで眠ったままの私のパソコン。こんなことは初めてです。
なんだかドキドキしてきました。取りあえず再起動、再起動。でも全く反応なしです。
え〜っと、コンセントは…OKだよね。
無線ランもOK!モデムのランプもついてるし…、何で?なんでやねん!
そうそう、こんな時は一度全部のコンセントを抜いて、再度つけ直すといいんだったよね。
でもおかしいなあ。隣の部屋で夫はパソコンを使っているし、私のパソコンがつかないわけはないのです。
「ねえ、パソコン大丈夫?」「ああ、大丈夫だよ」
だんだん焦ってきた私、頭の中が寒くなってきました。やっぱり、こんなときは、F君に聞くしかない。
でもこんなときに限って「ただいま電話に出られません。メッセージをどうぞ」(もう!)
「F君、パソコンが動かないの」とメッセージを入れたものの、やっぱり自分でなんとかするしかありません。
そういえば3年前にも、パソコンが途中で動かなくなって、サポートセンターに電話を入れたことがありました。
あのときはハードディスクの故障だったのですが…、あの時のカード、カード。ありました、ありました。
サービスサポートの登録番号。早速、電話を入れるのですが、なかなか繋がってはくれません。
私みたいな人がいっぱいいるんだろうなあ…と思いつつ、何度も何度もトライしてやっと繋がったと思ったら「ただいま20分お待たせしております」というメッセージ。もう待つしかありません。
そうして、ようやく出てきたお兄さん。イライラしているお客さんを落ち着かせるような爽やかさで「どうなさいましたか?」
「あのーぉ、パソコンが動かないんです。ウインドウズが立ち上がらないんです」と私。
優しい気の長〜いお兄さん(私だったらこの仕事は絶対できないわ)に誘導されながら、パソコン診断してみるとエラーメッセージが次から次へ。またまたハードディスクの故障のようです。
「故障していますね。修理に3万円〜5万円くらいかかりますが、どうしますか?」(どうするったってお前)
「年数でいきますと5年経っていますので、今後のことを考えますと買い替えられた方がいいのではないかと思いますが…」
♪ジャジャジャジャン♪
ええっ、突然の宣告にさすがの私もショックを隠しきれません。
「だって、パソコンってそんなにすぐ壊れるものなの?」「まだ5年しか経ってないのに」「3年前にも修理したのに」
立て続けのだって攻撃にも、「そうなんです。もちろん修理は出来ますので修理なさいますか?」と切り返えされ、私は小さな声で「少し考えてみます」と答えました。
「もし、買い替えられる場合は、ユーザーの皆様にお安く提供させていただいております」とお兄さん。
「ねえ、どうしよう?」夫にこんな風に聞くときは、たいてい『買い替えるしかない』と思ってるときなんですが、「まあ、仕方ないんじゃない。買い替えれば」と優しい夫。多分、夫もそのつもりだろうと予測している気配。
「そうよね。私の誕生日プレゼントにするかなあ…」とすぐ前向きになれるところが私のいいところ。(都合良過ぎだろう)
F君から電話があったのはそんな嵐が済んだ後でした。
「パソコンが壊れちゃったのよ。買い替えた方がいいと思う?それからデータの取り出しはどうすればいい?」
こんなとき頼りになるのはF君。たまたま息子の同級生だったのですが、『ハト豆ねっと』の仲間でもあります。
早速、パソコンを取りに来てくれて、データを取り出してくれました。新しいパソコンの設定もデータを入れるのも、みんな彼がやってくれるのですから、本当にありがたいことです。感謝!感謝!
それにしてもパソコンのない生活って不便ですよね。新しいパソコンがやってくるまでの間、『ハト豆ねっと』の原稿はワープロ(もう20年くらい経つのに壊れないすぐれものです)で打って、相棒に打ち直してもらい、夫のパソコンを借りたりしながら、なんとなく落ち着かない日々を過ごしました。
新しいパソコンはホワイト。ワイド画面です。以前よりも使いやすくなって快適ルンルン生活がやっと復活。
難点をいえば、ゲームはみんな新しいものばかりでマージャンが入っていなかったこと。
「えーっ、つまんない」と言いながら、今度はカードゲームにハマっています。
「早く寝ろよ!」と夫に怒られながら…今夜も私は不眠症。(まゆみ)


hatomame05 at 14:52|Permalink

2009年12月01日

ゴルフの女神は微笑んでくれなかった! & ブラ・おしゃべり

☆ゴルフの女神は微笑んでくれなかった!
 
 ここ数年ゴルフにはまっている。
「えー、えいちゃんがゴルフを?信じられない」失笑する運動オンチの私を知る旧友たちを尻目に、いつか100をきる!と密かなる野望を抱いている。
「たかが止まってる球を打つだけでしょ。なにが面白いの」なんて言う人もいるけど、ゴルフって人をトリコにする不思議な魔力を持っている。
ああ、それなのに。こんなに愛しているのに、ゴルフの女神は微笑んでくれない。
なんで?ますます熱くなってゼッタイ振り向かせて見せる・・・まるで悪女の深情けの心境。
今、ナイスショットが打てたから次も、と思うとこれがダメ!
「何なの、これ!」と口惜しがりながら、ますます深みにはまっている。
「ゴルフコンペに行くんだけど、一緒にいかない?」
誘われて。後先考えずノ〜天気の私、ゴルフと聞いただけで、オーケーサイン!
「下手の横好き」と笑われようが、「スイングがヘン」と言われようが、ほっといてくれ!
人の思惑なんてどうでもいい!せめてダブルボギーであがらせて、お願い!
そんな腕前で、いくら好きなゴルフに誘われたからといっても、コンペに出ようなんて誰が考えてもお笑い草だ。
そんなことは分かりそうなものなのに、自分のこととなると、それが分からない。
そのコンペが鳩ヶ谷市体育協会主催の「市民親善ゴルフ大会」ときいて、正直いうと、知らない人たちのコンペならいいけど、鳩ヶ谷じゃ知ってる人もいるからなあ・・・。
どんな人たちが行くのか、かいもく見当もつかないし、どうしようか?迷った。
「大丈夫よ。私と一緒にまわるんだから。ここのところいつも120はきれてるし」
そう、そうだよね。いつも「優しさ溢れるゴルフ」しか経験していないのに、傲慢にも最近はちょっと好調だから自分なりになんとかなるかも、なんて思っちゃった。
あさはかにも、その甘い考えが打ち砕かれる現実が待ち受けていることはこのときはまだ想像もしていない。
起きてください!起きてください!
午前4時30分、携帯の目覚ましがけたたましく声をはりあげて、鳴っている。
眠いなあ。ゴルフじゃなければゼッタイに起きられない。
心配していた天気もどうやらもちそうだ。やっぱり私はお天気女だ。
ゴルフ場は茨城県稲敷市・「セベバレステロスゴルフクラブ」
集合・出発時間は6時。鳩ヶ谷市役所に送迎バス発着。
まだ夜も明けやらず、あたりは薄暗い。
総勢60余名。うち女性が7名。
市役所の職員、知人、顔見知りなど何人かいたが、意外に知らない人が多い。
知らない人が多くてホットしたというのもヘンだが、あまりあまり下手だとカッコ悪いから目立ちたくない。相棒ならきっと「自意識過剰よ」って言うだろうなあ。
スタート時間にあわせてバス2台に分乗して、出発。私たちは2号車。
それぞれグループごとに和気あいあい。昔のおじさんたちは、楽しそう。
私たちのスタートは8:00、アウトコースから。
メンバーは、U子さん、K夫さん夫婦、Iオさん、そして私の4人。
1ホール目からロングのパー5。ハザード越えの打ち上げ。
ほかの3人は楽々ナイスショット!
キャディさんに促されて、第一打!なんとかフェアーウエイにとどいたものの、今日の成績を予感させるドライバーの出来に不安を隠せない。私って、案外、ノミの心臓かも。
ドキ、ドキ、ドキ。完全にコンペの雰囲気にのまれている。
いつもは私に合わせてくれてたの?って思うほど、U子さんはナイスショットの連発。
ダメかもしれない、と不安を感じながら打ったって、ナイスショットになるわけがない。かといって身の程以上に自信をもっても、リキんでミスになる。
う〜ん、もうどうしたらいいんだ!
そんな精神状態だものいつもの実力どころかクラブの振り方すらハチャメチャ。
えいっ、どうにでもなれ!行き先は球にきいてくれ〜!
かくして悪戦死闘のゴルフコンペの一日はこうして幕を閉じた。
パーティでの表彰式。うちのメンバーはやっぱりスゴかった。
U子さん、ドラコン賞でたまご30個。Iオさん2位で常陸牛のステーキをゲット!
K夫さんも上位に名を連ねた。
えっ、私?最下位から4番目。こうなりゃ、ブービー賞を狙ってたんだけど・・・。
下手すぎて恥ずかしいっていったら、役所の人や、みんなから「コンペ経験しなくちゃ上手くなれないよ」
「下手でもいいんだよ。また参加しなよ」って慰められた。
たかがゴルフと言わないで。ゴルフはいかにメンタルが大事かを教えてくれた。
今日よくても、明日が良いとは限らない。まさに人生そのものかもしれない。
だからゴルフは面白いのだ。
コンペの参加賞の霞ヶ浦・浮島のれんこんをお土産に帰路に。
いつか女神が微笑んでくれるまで頑張ろうっと!



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☆ブラ・おしゃべり
この間、おもしろ番組を見つけました。その名も「ブラタモリ」、NHKの番組です。
タモリが古地図を持ってブラブラ街歩きする番組なんですが、路上観察のような…、行き当たりばったりに路地を歩く「世界ふれあい街歩き」のような…、そんな番組です(それじゃパクリかって?う〜ん、ミックスジュースかな)。
麻布十番では、昔の「伝説のガマ池」探しが面白くて、私も「ブラ・タモリ」ならぬ「ブラ・おしゃべり」がしたくなりました。
何百年前の古地図にあるその池は、なんとマンションの中にあったんです。外国人が住むその部屋から見る素晴らしいガマ池の風景。現代の地図に古地図を重ねて街歩きしながら、こんな風景に出会ったら最高ですよね。思わず、自分の趣味でギャラを貰ってるタモリはズルイと思ってしまいました。
でもそれを見ていたら、路上探検のことを思い出しました。私も昔、こんな風に相棒と2人、赤瀬川源平さんや藤森照信さん、南伸坊さんたちが率いる路上観察学会のメンバーたちと街歩きをしたことがあったんです。
それは埼玉県が募集した『さいたま都市開発セミナー』でした(多分)。
日経新聞を見ていた夫が、「面白いのがあるから応募してみたら」と勧めてくれたので2人で参加したのです。確か『埼玉再発見―路上観察学会・武州の宿場を行く』だったと記憶しているのですが、「資料、資料、資料はどこじゃ」と探してみたのですが、何しろ17年も前のことで資料が見つかりません。
「確か、本も出したはずなんだけど…」
見つかったのは赤瀬川さんと3人で撮ったレセプションの写真だけ。
若かったなあ…あの頃。
「赤瀬川源平や南伸坊と一緒に路上探検が出来るんだって!」とミーハー気分だけで、レポートを書いて応募したのですが、参加したのは1級建築士にデザイナー、新聞記者、画家、会社経営者とそうそうたるメンバーばっかり。「私たちだって、ミニコミ誌を編集してるんだもん」とちょっと背伸びをしながら、路上観察の楽しさをはじめて知ったのです。
一眼レフカメラ片手に超芸術のトマソン(このとき初めて知りました)を探し、マンホールの蓋やレトロな看板、銭湯、瓦、張り紙をパチリ!パチリ!今まで何気なく見ていたものが、ちょっと視点を変えただけでこんなにオモシロいものに見えてくるなんて…不思議な体験でした。これってハマるんですよね。もう大人の遊びみたいなもんです。
電車で移動中に隣だった林丈二さんは、乗客を面白スケッチ。さすが、視点が違います。亡くなった杉浦日向子さんも参加されていました。
このときの貴重な体験は、その後の『おしゃべりじゃ〜なる』にも大いにプラスになりました。
そうそう、このとき参加した建築士のオジサンたちから誘われて、異業種交流の会に参加したこともありました。
参加者は必ず、自分の住む街で作ったお酒などを持ち寄って街自慢。鳩ヶ谷には特産のお酒がなかったので、せんべいを持っていった記憶があります。懐かしいなあ…。みんなどうしているかなあ…。
そうだ、鳩ヶ谷でもブラタモリみたいな街歩きを流行らせよう!
それで、私は相棒といろんな所へ「ブラ・おしゃべり」。(まゆみ)


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2009年11月01日

「オムツ」のために可愛くはなれない! & 嵐を呼ぶ女たち

☆「オムツ」のために可愛くはなれない!

 
 秋の夜長。夫はもう夢の中だ。
秋深し隣はなにをする人ぞ――ひとりで珈琲を淹れながら、たしか「モンブラン」があったなあ。(この食欲も秋のせいか)
先日の友人たちとの話を思い出す。
私たちくらいの年になるともうすでに親を見送っていて、話題は自分たちの老後についての感想になるのはごく自然の成り行き。

なんだかんだと愚痴や悩みや自慢話など相も変らぬムダ話に花を咲かせて、「アラ古希」たちはそれはそれで盛り上がっていた。
おしゃべりしてるうちに、友人がいった言葉にショックをうけた。
「あんた、年をとったら『可愛いおばあさん』にならなければダメよ」
えっ、えー?、思わず我が耳を疑った。常日頃『意地悪ばあさん』を自認している友人の言葉とはとても思えない。
「どうしちゃったのよ。急にシオラシクなっちゃって、らしくないわよ」
「そうよね。でもこれが高齢者のおかれてる現実なんだから・・・」と彼女は言った。
なんか、いつもの彼女ではない。
いつもの彼女は、どこを探しても、可愛いおばあさんのカケラもない。(ゴメン)
頼まれもしないのに「それは、違う!」などと、人の思惑も考えず口出ししては、周りと摩擦をおこし、迷惑がられながら、それでも「若者にヘツラッテばかりいるのは、人生の先輩として怠慢だ」と人がなんと言おうとひるまない。(ハッキリいって)ガンコばあさんなのだ。
そんなだから自分の息子にも「おふくろ、いいかげんにしろ!」と怒られている。
電車の中で化粧してる女性を見れば、
「ちょっとあなたっ、ここをどこだと思ってるの。化粧なら自分の家でやりなさいっ!」
デパートの店員の接客態度が悪いと、
「ちょっとあなた、なんですかその態度は・・・・」
客に対するもてなしの心がないと、小言のひとつやふたつは日常茶飯だ。
その勇気、まるで正義の味方「月光仮面のおばさん」だ!
最近は孫にまで、「おばあちゃんといると恥ずかしい」と言われているらしい。
そりゃあそうだよなあ。息子にしてみれば困った親かも。
それでも「今の社会には『頑固じじいや、ガンコばあさん』はゼッタイ必要だ」と言ってはばからない。
共感はするけど・・・気の弱い?私はいつも見て見ぬふりをしてしまう。
あまり世間をせばめたくない私には、「月光仮面のおばさん」になる勇気はない。(可愛いおばあさんになる自信はもっとないけど・・・トホホ)
それだけに、このツッパッテいる彼女を、私はキライではなかった。
その彼女が、老後は可愛いおばあさんにならなければダメだと言うから、びっくりだった。
「これから可愛いおばあさんになるつもりよ」というから、ますますびっくり。
「じゃダメだ。だってわたし可愛くないもん」
「顔じゃなくて心よ、心!」
「ますますダメよ。顔なら自信あるけどなあ」
「あんた、ボケたんじゃないの」
柄にもなく「可愛いおばあさん」を宣言した彼女に、
「無理、無理っ。それにあなたの柄じゃないわよ」
「そうよ。いい意味でずーっと意地悪ばあさんやっててほしいなあ」
あの時はみんなで無責任に言っちゃったけど・・・訊いてみれば納得できなくもない。
「嫁にお義母さんの介護はできないって言われちゃったんだよね」
う〜ん、確かに、彼女は扱いにくいよなあ。
同じことを言うにしても、もう少しやさしく話せばいいのにと思わないでもない。

当然、この正義の味方?の意地悪ばあさんは、嫁にも厳しい。
お嫁さんじゃなくても、いつもガミガミ怒られてばかりいた人のオムツを替えるのはまっぴらゴメン!の心境になるのも、当然といえば当然だ。
老後は・・・と言うけど、考えてみればもうすでに立派な老後だ。
今は元気だが、私だっていつ介護される身になるかわからない。(そのとき、うちのお嫁さんはなんというだろうか?)
だからといって・・・老後の「オムツ」のために、可愛くはなりたくない!
だいいち「可愛いおばあさん」ってどんなおばあさんなのかわからないし。
それにしても、あのツッパリばあさんの彼女にあんなことを言わせるほど、年をとるってことはそんなにも弱みで哀しいことなのかなあ・・・。
柄にもなくもの思いにふけったりするのも、どうやら秋のせいか。(えいこ)



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☆嵐を呼ぶ女たち


「ねえ、どうするの?」「大丈夫かしら?やめる?」
奥飛騨の旅を明日に控えて、一緒に旅する友だちから、不安そうな電話が次々にかかってきます。
「大丈夫よ!お天気が悪かったら、温泉に入ってのんびりしてればいいじゃん!」
能天気な相棒と私は台風なんて、なんのその。
「私たち、お天気オンナなのにねえ・・」
「雨なら、コースを変えて臨機応変に旅しよう」
そんな話をしていたので、『台風が来るからやめよう』という発想は全くなかったのです。
だから、他の2人の慌てように少々戸惑いながら、
「だって、旅館もキャンセル料がかかるんだよ」(この段階でも行く気満々)
すると不安派の1人は、「キャンセル料がかかるんなら、私は行きますわ」と行く気満々派に鞍替え。
もう1人は、「うち、大雨だと水が出るのよね」と悩みながらも、待ち合わせの新宿バスターミナルにやってきました。
今度の旅は、奥飛騨と上高地・2泊3日の女4人旅。新宿からの高速バスを利用して、新穂高温泉の旅館に連泊。紅葉がはじまった新穂高ロープウェイや上高地を散策して、のんびり露天風呂めぐりを計画したのです。宿はインターネットの口コミを調べて、いい旅館をリーズナブルにゲット!みんなが喜びそうな『お姫様プラン』にしてみました。
ここまではバッチリ!お天気さえ良ければねえ・・。台風がやってくるなんて想定外。
「私たち、嵐を呼ぶ女になっちゃったのかしら」と言いながら、その日は曇り空。台風は、伊勢湾を直撃して日本列島を縦断するかもしれないとテレビから情報が流れます。
「う〜ん、ちょっとヤバイかも・・」さすがに能天気な私たちも、ちょっと不安になりながら、『大丈夫、大丈夫、なんとかなるさ』と言い聞かせます。
この段階では上高地は諦めていたのですが、平湯のバスターミナルに着いたら、お天気はなんとか持ちそうです。(ほら、大丈夫じゃない!)
「台風が来る前に、今日のうちに上高地に行こう」・・上高地まではバスで25分。ランチは上高地帝国ホテルで取る事にしました。いつもなら満員の人気スポットも、今日は台風の影響でガラガラです。(ラッキー!)曇り空だけど、こんなどんよりした静かな上高地の風景も神秘的で素敵です。
「私たちって、なんてツイてるんでしょう」
あくまでプラス思考の私たち。考え方一つで台風だってプラス要因になるんですもん。上高地の雰囲気を堪能したところで、ポツポツ小雨が降り始めました。
天気予報も『3時過ぎから雨になる』と言っていたので、私たちもバスで旅館に向かいました。
樹齢5百年の欅の大木で作られた『穂高荘・山月』は、落ち着いたたたずまいがとても素敵な旅館です。
お姫様プランなので、みんな、好きな浴衣を選んでお色直し。夕食は、マツタケの土瓶蒸しに松茸ご飯、飛騨牛ステーキにキノコ鍋、朴葉包み焼きとなんと14品ものご馳走が次々出されて、もうお腹いっぱい!「もう食べられないよ〜!」と言いながら、「こけ鍋のだし汁で雑炊にしますと美味しいですよ」と言われて、またまた試食。(お前ら、どんだけ食べるんじゃ!)
とにかく食事は素晴らしかったですね。(満足、満足!)
2日目、台風はとうとうやってきました。午前中は嵐です。私たちもトランプをしたり、おしゃべりしたり、図書室で読書をしたり、温泉に入ったりとその日は館内で過ごしました。ゆっくりのんびり出来たのも、台風のお陰といったところでしょうか。午後からは雨も上がったので、地域最大という姉妹館の山のホテルの野天風呂に行きました。シャトルバスが出ていて、どちらのホテルも利用できるのはいいですよね。素晴らしい眺めと素晴らしい野天風呂。ケーブルで降りて行くのも風情がありました。
「ねえ、混浴に行く?」「どうする?」とガラにもなく悩んだ4人。結局、湯あみは借りずに女性専用へ。
「昨日のとろけるようなステーキ、もう一度食べたいよねえ」という我がままも聞いてもらって、オバサン4人組はやりたい放題。これも台風で客が少なかったからかも・・。
3日目は台風一過。新穂高ロープウェイの頂上は生憎の雲だったけど、紅葉もススキもきれいで大満足の旅でありました。
「お天気が良くて最高だった!」2日目の台風のことはすっかり忘れて、夫に報告したら、
「台風の中、よく行くよな。オレだったらキャンセルするよ」だって。
そうそう、鳩ヶ谷は水が出てたいへんだったみたい。(まゆみ)


hatomame05 at 23:12|Permalink

2009年10月01日

夫婦別姓を考える & 「運動会」話で盛り上がろう!

☆夫婦別姓を考える

 彼はいま夫婦別姓で悩んでいる。
悩みのモトは、結婚相手の彼女の夫婦別姓宣言!
「今までずーとこの名前で生きてきたんだから、名前が変わると、自分じゃなくなる気がする」
だから、「結婚しても苗字は変えない。夫婦別姓にしたい!」
最近よく目についたり、耳にしたりする夫婦別姓という言葉。
結婚後も仕事を続ける上で不便さを感じている女性を中心に、選択的夫婦別姓導入を望む声が強いという。
今朝の読売新聞の一面にも、「夫婦別姓導入へ――来年にも民法改正案」とデカ見出しで載っていた。
記事によると、「早ければ来年の通常国会に、夫婦同姓を定めている民法の改定案を提出する方向で調整を進める」方針だそうだ。
正直いうと、なぜ夫婦別姓じゃなければいけないのかが、いまいちピンとこない。
認識不足と笑われるかもしれないが、夫婦別姓の改正案がどんなものなのかさえ理解していなかった。
そんなだから、
こっちは結婚祝いの話をするつもりで来たので・・・「あのー、夫婦別姓についてどう思いますか?」なんて聞かれたって急には答えられない。
来春に結婚式を控えてルンルンのはずの彼からの予期せぬ質問に、
「えっ、夫婦別姓・・・? 同姓でも別姓でもお互いが合意すれば、名前なんてどうでもいいんじゃないの」
なんとも無責任な答えで、お茶をにごす。
「名前なんて、どうでも」なんて言っちゃって・・・自己嫌悪。
「自分の名前を大切にしなさい」と言っていた亡き父の言葉を思い出し、ちょぴり胸が痛んだ。
(もしかしたら、父は私に名前を変えてほしくなかったのかも知れないなあ)
彼は彼女の宣言に戸惑っている。
「なんで?結婚するんだから普通は変えるでしょう。女は愛する人の苗字に変われるんだから、うれしいはずでしょう?」
確かに、結婚したら女性の97%以上は夫の姓になっているそうだ。
もうこれは明治時代から、伝統というより当たり前のこととして今日までず〜っときている。
私もなんの疑問も持たず夫の姓になった。
でもだ、「愛する人の姓になるのはうれしいはず」と決め付けられたら・・・う〜ん、ちょっと待てよって気分になる。
「じゃあ、あんたが愛する彼女の姓になったらどうなの?」
「ボクが?・・・男だし、世間体とかあるし・・・やっぱり女が変わるべきだよ」
「そんなだから、あんたの姓になりたくないって言われるのよ」って思わずツッコミを入れたら、しょんぼりしちゃって・・・まったく、今の若い男は情けない!(おっと、話が横にそれちゃった)
今の日本の憲法では、夫婦が同姓であることが義務付けられているけど、世界的にみたらどうなんだろう。
もしかして、夫婦同姓のほうが珍しかったりして?
女性の社会進出が進むなかで、夫婦別姓を望む声がさらに強まっているという。
でも、今だって職場で旧姓使用を使い続けてる女性はいるし、旧姓使用を認める「通称使用」は企業や官公庁でも広がっている。事実婚だって認められてる。
選択的夫婦別姓は、もう社会的に認められているんだから、いまのままでもいいんじゃないのかなあ?

そんな思いで私は、夫婦別姓派の知人に電話で話を訊いた。
「パスポートや運転免許証など戸籍名で書かなければならないなど、日常生活にいろいろ不便があるのよ。法的に別姓になれば、そんな暮らしの不便が解消される。それに、結婚イコール改姓もイヤなんだよね」
女性が結婚して仕事をする場合、改姓するとなるといろいろ不利益なことがあるのも事実だろうけど、なんか彼女の話を訊いてると「手続きとかが面倒だから・・・」みたいに聞こえて、どうも説得力がない。
法改正では結婚時に夫婦が同姓か別姓かを選択できる。
夫婦はそれでよくても、子どもはどうなるのだろう。
別姓反対の友人は「「問題は子どもよ。親子の姓が別々になると家族の絆が弱くなる。別姓の夫婦が増えて、家族制度の崩壊につながる懸念がある」という。
感情として、 いまここでじゃれあって遊んでいる孫たちの苗字がバラバラだったらって考えたら――それでも家族のきずなは強くあるだろうか?
夫婦別姓を否定するつもりはないが、家族は同じ姓がいい。あなたは?(えいこ)



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☆「運動会」話で盛り上がろう!

秋は運動会シーズン!
お休みの日になると、あっちこっちで運動会の声援や音楽が聞こえてきます。
『ばあばとじいじへ。うん動会見にきてね!』
孫1号から、プログラムのコピーと一緒にお手紙が届きました。
彼女は小学校3年生。さいたま市の大門小学校に通っています。
車で20分程のところに住んでいるのですが、今年は3〜6年が出場する最終種目の紅白対抗リレーの選手に選ばれたので大張り切り!
「あんなに内気でおとなしい子が、随分成長したよねえ」
じいじとばあばは、ニヤニヤ!(こんな時、またまた何か買ってあげたくなるんですよね)
その日は秋晴れのとってもいい天気、絶好の運動会日和でした。2人は自分の運動会みたいに朝からソワソワ!ルンルン!
『最近の小学校は、騎馬戦や棒倒しは危険だからやらないんだって』とか、『みんな平等にするために順位とか紅白の得点もつけないみたいよ』という話をあちこちで聞いていたのですが、彼女の小学校は昔と変わらずのオーソドックス運動会。
これって3丁目の夕日みたいな、懐かしい昭和の雰囲気!見ていてなんだか嬉しくなってしまいました。
大声援の中で繰り広げられる騎馬戦や組体操、綱引き、大玉送りに徒競走、そしておじいちゃんやおばあちゃんも一緒にみんなで食べるお弁当。30年前の息子たちの頃と全く同じです。
紅白に分かれて伯仲する応援合戦!学ランの応援団長はあんまりカッコいいとは言えなかったけど、精一杯、がんばっている姿は感動ものです。昔と変わっていたのはダンス競技の曲目くらいでしょうか。1年生は沖縄の「ちゃあぴらさい」、2年生は「子ども花笠ロック」、3年生は「ロックソーラン」とリズム感のある音楽でした。
「騎馬戦なんて、懐かしいね」「へぇ〜、今は女の子もやるんだね」と感心していると、
「私たちの時は、女の子も騎馬戦やりましたよ」とお嫁さん。「私もやりました」と嫁の友だち。
「俺たちのときは男だけだったけどねえ」と60年前の思い出を話す夫。観客席も運動会話で盛り上がります。
「パパ、ダンスはビデオ撮らないでね」と言ってた孫も、精一杯頑張って踊っていました。
紅白リレーでは、小さいのに足が速くて、4年生にバトンタッチをする瞬間に追い抜いてトップになり、赤組は見事1着!でも、今年も総合優勝はできなかったようです。
「ほのか、1年から3年までずっと赤組で、一度も優勝したことないんだよ」と悔しそうな孫でしたが、きっといい思い出になることでしょう。
「ねえ、じいじとばあば、オラの運動会にも絶対来てよ!」とクレヨンしんちゃん(孫2号です)。もちろん!
「いい雰囲気の学校だねえ」運動会の帰り、東川口の小さなケーキ屋さんでコーヒーを飲みながら夫と話しました。
見沼田んぼの風景が残り、校庭のまわりは森のような緑がいっぱい!
中でも一番、感心したのは先生の怒鳴り声が全くしないことです。先生も熱心で生徒の一生懸命さが伝わってきます。各学年とも4〜5クラスで生徒も多いのですが、子どもたちも自由に伸び伸びと楽しそう。しかもきちんと自主的に行動しているのが印象的でした。そして、周りの父兄も落ち着いていて、自然にマナーが守られているのです。
「モンブラン、美味しそう!」
やっぱりケーキも食べながら、運動会の昔話に花が咲きます。
「私は運動会は、いい思い出がないの・・」虚弱体質で体育は見学ばかりだった私は、運動オンチ。
それでも久しぶりに50数年前が蘇ってきました。
そういえば、私たちの頃って、フォークダンスがあったなあ・・。
男の子と手を繋ぐのが恥ずかしかったあの頃・・懐かし〜い!
そうだ、相棒にも「フォークダンスやらなかった?」って聞いてみよ。(まゆみ)


hatomame05 at 11:13|Permalink

2009年09月01日

赤いユニホームで、うら〜っわレッズ! & カミングアウト!ヒミツのOSAKA

☆赤いユニホームで、うら〜っわレッズ!


 埼玉スタジアム2002に浦和レッズVS清水エスパルスの試合を見に行った。
「おふくろ、サッカーのチケットあるけど、行く?」
長男からの電話に「うん、行く、行く!」とふたつ返事。
「レッズのユニホームもあるけど、着る?」
「うん、着る、着る!」
どこまでもミーハーでノ〜天気のおふくろ(私だよん)は、大ハシャギだ。
なんでも、子どもの幼稚園の花火大会に参加するために行かれなくなったという。
思いがけずの嬉しいプレゼントにラッキー!
そんなことで、ジジババふたり、「浦和レッズ応援観戦」とあいなった。
はじめ夫は「サッカーでも、野球でもテレビのほうがよく見える・・・」などと、しぶっていてあまり乗り気ではなかった。
うちの夫はいつも腰が重い。(行けばけっこう楽しそうにしてるんだけどね)
「なにいってるのよ、臨場感こそがスポーツの醍醐味よ!」
などとのたまう女房に洗脳されたのか、諦めたのか?やっと行く気になってきた。
 その日は、朝からどんよりとした空模様。ポツポツ雨もふりだしてきた。
「天気予報はこれから雨が降るっていってたぞ」という夫に、お天気女を自負する私は
「大丈夫よ。行くころにはやむわよ」
「その根拠のない自信はどっからくるのかなあ」などと言われてもなんのその、
レッズのユニホームを着たり脱いだり!
「ねえ、カッコいい?」
もう気分は「埼玉スタジアム」だ。
そうこうしているうちに、いつしか雨もあがり薄日もさしてきた。
ほら、ねっ。お天気女の面目躍如だ。
混むから少し早めに出たほうがいいよ、と言う息子の助言に従ってキックオフの3時間前に出かけた。
ホントは家からレッズのユニホームを着ていきたかったんだけど、夫の反対?で断念。
正直いうと、私も家から着ていくのはちょっと恥ずかしい気がして。
あんまり、年寄りが赤いユニホーム着てるの見たことないしなあ・・・。
ザンネンながら「スタジアムについたら着よう」ってことになった。
 新井宿から乗った浦和美園行きの車両は、レッズ応援の赤いユニホームでいっぱい。
まるで浦和レッズの赤いユニホームじゃなければこの車両の乗っちゃいけない?って雰囲気に、もうビックリ。
老若男女、サッカー少年の父子連れ、中年の昔のサッカー少年たち、ファミリーの親子連れ、デートのカップル、ちょっとワル?そうな若者から、超真面目そうな若者たち・・・・。
みんな浦和レッズの応援で、知らない人なのに親近感で一体になっている。
中高年のおじさん、おばさんたちも、堂々と浦和レッズのユニホームをきて首にはレッズのタオルをかけて・・・白髪だって、ハゲだってなんのそのだ。
みんな年を忘れて、うら〜わレッズ!
私も着てくればよかったって思ったほど。
 車内ウォツチングしているうちに、浦和美園駅ついた。
キックオフまで、まだ何時間も前だというのに、こんなに乗っていたの?って驚くほど駅周辺は人、ひと、ヒトで溢れている。
駅から「埼玉スタジアム2002」がすぐそこのように見えるけど、徒歩15分。
沿道には途中いろいろな屋台が出たりしてお祭り気分も味わえて楽しいのだとか。
若いカップルやファミリーたちは歩いてスタジアムを目指していった。
駅前からスタジアムの北ゲートまで巡回バス(100円)が運行しているので、私たちはそれに乗ることにした。
いつも遠くから眺めていた「埼玉スタジアム2002」
初めて入ったけど、広くて、きれいで、周りに公園があったりしてなかなかステキだった。
私たちの席はS指定席15列107、108番だ。
タコスとビールを買い、浦和レッズのユニホームをTシャツの上からかぶった。
観覧席は浦和レッズの赤一色に染まり、応援旗が夕暮れの空に翻ってどよめく!
うら〜わレッズ!ちゃッ、ちゃちゃ、ちゃちゃちゃ、うら〜わレッズ!
歳を忘れて、その場の雰囲気に酔った。
山田直樹が走る、高原が蹴る。あ、あっ、エジミウソンがシュート失敗!
夫も「なんでマルクス闘莉王が出てないんだ?」などと言いながら、双眼鏡でお目当ての選手を追いかけて、楽しそうだ。
隣の席の若いカップルに写真を撮ってあげたり、ワーワー、キャー、キャー!
ゲームは残念ながら負けたけど、もうそれだけで満足だった。
いまここに悪いヒトはいない。日本って平和だなあって興奮の中でシミジミと感じた。
余韻にひたりながら、家までレッズのユニホーム姿のまま帰った!
もう一組、浦和レッズのユニホーム姿のご夫婦が新井宿の駅で降りた。
なんか、ものすご〜くうれしくなった!(えいこ)



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☆カミングアウト!ヒミツのOSAKA

「今日のはオモシロかったなあ〜!」
「大阪って、串揚げを食べる時は必ず、『エエ油使ことんなあ!』って言うんだって?素材より、油にこだわるというのが面白いよなあ」と夫。
ケンミンショーを見たあとは、いっつもこうなので、元大阪人としては、「そんなことないよ!」と反論したくなるのです。
私は大阪生まれの大阪育ち!といっても、もう40年も大阪を離れているので、今の大阪は、私の知っている大阪ではありません。
お母さんの事を「オカン」と呼んでる人を知らなかったし、
どの家にも「タコ焼き器」はなかったし、
コテコテの大阪はお笑いの世界のハズだったんですもん。
串焼きも、昔はどちらかといえばB級グルメで、だんだん進化を遂げた食べものです。
夫いわく、「B級グルメなら、なんかわかるような気がするなあ。戦後はあんまりイイ油を使ってなかったから、それで油にこだわるようになったんじゃないかな」
なるほど、と思いながら、そうだ!『エエ油使こてんなあ』という言葉、なんか遠くで聞いたことがある・・という気がしてきました。
カミングアウト!ヒミツのOSAKA!
ケンミンショーって面白いですよね。いつも大爆笑の大阪ネタは、尽きることがありません。
「大阪人は見えない刀でも切られる」・・・これには笑ってしまいました。
見知らぬ人に突然刀を振りかざすと100%の人が、「うあぁ・・、やられた」と倒れるマネをしてくれるというんですもん。
でも、これは嘘ではありません。ノリのいい人が多いので、「バーン」とピストルで撃つマネをしてもすぐ倒れてくれる人が多いんです。ホント、「なんでやねん」ですよね。
ただし、100%は大袈裟!だって、私はそれをやりたくても恥ずかしくてやれないタイプだったんですもん。
ケンミンショーは、すべての大阪人がそうであるように作られていますが、そうではありません。でも面白い人が多いのは事実。
だって、大阪では面白いということがステータスの1つなんですから。
それに大阪人は、多少デフォルメしても面白がって受け流してくれるので、番組制作側もますますヒートアップしちゃうんでしょうねえ。
「大阪府民は小さい“つ”が大好き」「大阪府民は食べ物を“さん付け”する」・・・あるある。
あんまり気にしなかったけど、今でも、松茸のことは「まったけ」、恵比寿さまのことを「えべっさん」、
身近な食べ物には、“お”と“さん”を付けて「お芋さん」「お豆さん」「おいなりさん」と言ってる私がいます。
エエッ、「あるある」と同じ言葉を続けていうのも大阪人の特徴?それも知らなかった!
「大阪って、三色おはぎは小豆・きなこ・胡麻じゃないらしいよ。胡麻の代わりってなんだろう?」と夫。
「それは青のりよ」と私。ピンポン!正解です。
でもね、大阪に胡麻のおはぎがないわけではないんですよ。私が大阪人だった頃は、胡麻のおはぎの方が好きだったんですもん。
何でも面白くし過ぎよね〜。まあ、バラエティだからいいか。
それにしても、大阪には楽しいおばちゃんがいっぱい、いるいる。
大阪のおばちゃんに「松坂慶子さんちゃうの?」と聞くと、「何で分かったん?」と答えるなど、女優さんの名前で呼びかけても否定しない。
大阪のおばちゃんは「お姉さん」と呼ばれると振り返る、などなど。
「久しぶり、生きとった?」と友だち。(「生きとった」は元気?という挨拶のつもり)
「自分、たまには遊びにおいで〜!」(「自分」は相手のことをさします)
「ばあば、大阪だったの?」
ケンミンショーを見たという小学校3年生の孫は、私が大阪出身だということを知らなかったみたいです。
「そうだよ。今度大阪弁を教えてあげるね」
テレビから流れる大阪弁は、私の知ってる大阪弁とは少し違ってきているけれど、たまには大阪弁を使ってみようかなあ・・。
埼玉に住んで40年、すっかり埼玉県民になった私、
♪大阪で生れた女やさかい、大阪をよう捨てん♪(まゆみ)


hatomame05 at 14:35|Permalink

2009年08月01日

エイジング・コンプレックス

 暑いよ〜!連日の猛暑にぐったり。
メタボで汗かき、その上歩くのがキライとくれば、さすがに私の「お出かけ虫」も動きが鈍い。
自慢じゃないがお出かけしない日の私の姿は、人に見せられない!
今日は出かけないとなったら、もうグータラもいいところ。
トドと見まごうばかりの体を持て余してグダグダ、グダグダ・・・気のせいか体調もすぐれないような気分に。
顔も洗わず、今だってもう8時過ぎたというのに、まだパジャマのまんまでウロウロ。
そんな私に、日課の早朝散歩をすませ、自分で淹れたコーヒー(インスタントだけどね)を飲みながら新聞を読んでいる夫の視線が・・・・。
「もう、着替えたら?」
いくら私だって一日中はパジャマではいられない。(当たり前だけだよ)
着替えのついでに?顔を洗いに洗面所へ。
ヒエーッ!? 私ってこんなにブスなの!
髪は寝癖でグシャグシャ、寝ぼけまなこにたるんだ肌・・・・うらめしや〜(いくら夏だからって、怪談じゃないっつうの)
 ヤダッ、私ったらこんな恥かしいこと、自分でさらけ出しっちゃって、バカみたい!
でも、そこが人間の不思議なトコなんだよね。
ほら、自分の醜悪で滑稽な部分をしゃべってラクになりたい、救われちゃいたい?・・・みたいな感情ってあるじゃない。
どうせ、もう年だから・・・暑さボケも手伝って、いつになくマイナス思考。
昨日も、「最近シミがめだつんだよねえ」
「年々、回復力も低下してるし・・・」なんて相棒に言ったら、
「あっ、ダメダメ!マイナスイメージの言葉はストレスを大きくするのよ!」って言われちゃった。
「プラスイメージの言葉が脳を活性化させるのよ。それが、若さを保つ秘訣なんだから」
彼女がいうのには、
「私はまだまだ若くてきれい!」って言葉に出していってみると、脳がリラックスして活性化され、若さが保たれるんだって。(ホントかなあ?)
でも、考えてみたら、確かにそうかもしれない。

相棒がいつもイキイキと若いのは「プラス思考でノ〜天気」のせいかも。
還暦を何年か過ぎ、孫が4人もいるおばあちゃんにはとても見えない。
いつも鏡に向かって、「私はきれい!」「年より若く見える」なんていいながら呪文をとなえていたりして・・・まさか?。(私も「プラス思考でノ〜天気」では負けないんだけど・・・・呪文の差か?)
「プラスイメージの言葉が、老化をふせぐ」
う〜ん、確かに。
誰でも、たとえそれがお世辞とわかっていても悪い気はしないもの。
それで若さが保てるんなら、万々歳だ。
そこで、いつもの悪友に、
「あなたって、ホントに若いよねえ。昔よりずーときれいになった!」ってほめたら・・・・怒られた!
「どうせ私はおばあさんですよッ。私は昔からブスですッ!」
もう、素直じゃないんだから。
そんなことじゃ「老化」を吹き飛ばせないぞ!
もっとも、いくらホメ言葉でも、半分以上がお世辞の場合は、プラスイメージにはならないから気をつけたほうが無難かも。
私の場合は半分以上、お世辞でも怒らないから、「若い」とか「きれい」とかいってほしい。
だって、若さが保てるんなら、嘘だとわかってもうれしいもん。
よーし脅かしてでも、みんなに「若い」って言ってもらおう。
これも「エイジング・コンプレス」を吹き飛ばすためなんだから!?
「ねえ、『若い』って言って! 『きれい』って言って!」
そしたらみんな、なんて言ったと思う?
「はいはい、若い、若い」
「うん、きれい、きれい」だって。
もっと気持ちを込めていってくれ〜。(えっ、ミエミエのお世辞は言えないって?)
なんかなあ、よけいストレスたまっちゃった!
やっぱり夏は苦手だ。いかにお気楽主婦でもフル回転させているエアコンに、、電気代の請求がそらおそろしい昨今。暑いよ〜。(えいこ)



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この間、テレビを見ていたら、「エイジング・コンプレックス」をテーマにした 番組をやっていました。
≪しわやたるみ、薄毛、加齢臭など、気になりだしたら止まらない、老化への不安や悩み。
今、こうした加齢に伴う悩み、「エイジング・コンプレックス」を抱える人が増えています。
体臭や薄毛などの専門外来では、中高年の患者が激増しているとか。
なぜ、現代人は、これほどまで、老化に対してコンプレックスを抱くのか。
また、こうしたコンプレックスが脳に与えている影響を、実験を交えて科学的に解明。
年を重ねても、もう怖くない!エイジングコンプレックスを跳ね飛ばす秘訣をご紹介します≫・・・・というのです。
なんか面白そう・・と見ていたら、コンプレックスが脳に与える影響という実験が始まりました。う〜ん、興味津々!
まずは、マイナスイメージの言葉を出来るだけたくさん思い浮かべ、声に出してみます。
「私はもう若くない・・」「しわやたるみが目立つようになった」「最近シミが増えたわ!」・・等など。そうすると脳には大きなストレスがかかり、表情がどんどん暗くなっていきます。(あっ、ダメダメ!そんな顔をしたら、眉間にシワが・・)
次は逆にプラスの言葉を思い浮かべ、声に出してみます。
「私は年より若く見えるわ」「私はきれい!」「笑顔が素敵!」「明るい」・・・等など。そうすると脳はリラックスして、表情にやすらぎと笑顔が見えてくるのです。そういう言葉を口にする時って、少女のようにはにかんで口角が上がるんです。不思議!
さらに実験はパワーアップ!今度は若い男性が登場!(そうそう、実験されているのは中年女性です)
「おきれいですね!」「お若く見えますね!」・・・若い男性が囁きます。(正確には目の前で言うんですが)そうすると、あらあら不思議!リラックスした脳はさらに活性化!なんと中年女性の表情が輝いてくるではありませんか!笑顔、笑顔、ピンク色満開です。
つまり、プラスイメージの言葉が脳を活性化させ、若さを保つ秘訣でもあるというのです。
それを見た途端、私は、もちろん夫に「ねえねえ、『きれい』って言ってもらうのが、若さの秘訣なんだって」と極端に解釈して話していました。
翌日、相棒にその話をしたら、まわりにいる男性みんなに「ねえ、『若い』って言って!言って!」と、むりやり言わせていました。
「あんたたちみたいにポジティブな人は老化しないから大丈夫だよ」・・と夫。
これは女性だけでなく、男性にも言えるわけで、私たちも夫にプラスイメージの言葉を投げかけなくてはならないんですよね。これは反省材料です。
確かに周りを見てみると、積極的で物事をプラス思考で考え行動している人は、イキイキしていて若々しい人たちばかり。逆に『もう年だから・・』とか、病気の話ばかりしている人は老けてるような気がします。病は気から・・と言いますが、若さも気からなんですねえ〜。老化は感情から始まるってわけです。
「私たち、年なんだから今のうちに遊ばなきゃ!」と≪年なんだから≫をいい訳に、お出かけが大好きな私たち。ノー天気というか、「エイジング・コンプレックス」を感じる感性に欠けてるのか、それとも、それは遅れてやってくるのか・・。
年を重ねても、私たちの場合は、やっぱり今が一番楽しいのです。
50代には50代の、60代には60代の楽しみがあって、いつも「今が一番幸せ、一番楽しい」と思えるのです。
しわもたるみも増えたけど、容姿も衰えてはきたけれど、遊びもおしゃれも旅行も今しか出来ない面白さがいっぱい!きっと70代になってもその時にしか分からない楽しみがあるんでしょうね〜。
中高年のみなさ〜ん、私たちと一緒にエイジング・コンプレックスなんて跳ね飛ばしましょう!(まゆみ)


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