今日が人生最後の日だとしたら!

 なにか面白い本がないかなあーと買い物のついでに立ち寄った本屋。
ベストセラー6万部突破!
『今日が 人生最後の日だと思って生きなさい』(ホスピス医・小澤竹俊)
ああ、彼が言っていたのはこの本のことか。
彼曰く「死を意識して初めて、『大切なものたちと過ごした日々』の価値に気づいた」のだそうだ。
彼は心臓リハビリ仲間の一人で、いつも元気で話好き!
(饒舌過ぎる?のがたまにキズだが)、ともすれば病に沈みがちな人たちの気持ちを元気にしている。
「昨日さあ、よくこの数値で生きていられるねって医者に言われちゃったよ」
まるで人ごと見たいに、アハハハハといつもの明るさだ。
そんな様子だから彼の本当の病状を知る人は少ない。
でも腎臓も心臓もすごく悪いらしいのだ。
本人もその自覚はあるらしいのだが・・・認めたくない(その気持ちは私にも分かる)
「冗談じゃねえよ。このままじゃ年内もつかどうか?なんて脅かすんだよ」
並んでリハビリのバイクを漕ぎながら、強気とも弱音ともとれる声でぶつぶつ。
「今、元気なうちに手術をしましょう」
「もう少し考えさせてくれ」
先日、頑なに拒み続けていた心臓手術をやっとする気になった。
手術の日が決まって、
「これでみんなに会えるのも最後かも・・・ハハハ」
必要以上にテンションあげてあちこちみんなに挨拶をしまくってる。
ああ、彼はきっと怖いんだろうなあと感じながら、
冗談まじりに「あっちの病院の看護師さんにやさしくされて、もっと入院したいなんて言わないようにね。手術の成功をいのってるから」
私だって他人事ではない。
自慢じゃないが循環器、腎臓内科をハシゴしてる売れっ子?患者だ。
「私たち、いつ何が起こっても不思議ではないよね」
そう言う合う相棒のMもジストという難病と闘っている。
二人とも病気ではあるけれど、
友人たちから「病気だとは信じられない」といわれている。
そう、私たちの美点は、「あまり深刻には考えない楽天家」
(前向き思考!と言ってほしいなあ)
私が通っているリハビリセンターで頑張っている60代のおじさんがいる。
その脳梗塞の後遺症で左半身マヒのおじさんの望みは、
「もう一度、自分の足でトイレに行きたい」。
当たり前の日常のどんなに幸せで大切なことかわかったと言う。
私はいま、人生の最終段階の中で「死」というものを意識するときがある。
それなのに『今日が人生最後の日だとしたら、どう生きたいか』と問われたら、
う~ん、??・・・答えが見つからない。
今日が人生最後の日だとしたら、私はどう生きたいだろうか。
毎日年がいもなく能天気に生きている私には、
この課題はあまりにも重い!
『必ず生きている意味があります。
今は、自分の価値に気がついていなくても、
もし、明日が人生の最後の一日だと思えば、果たすべき役割が見えてきます』
「ただいまー!」孫娘のまあやが学校から帰って来た。
「おかえり!」
そうか!私にはこの愛する娘をそだてる役割があったんだ!
命が終わりかけたとき、その人が生きた意味がわかるという。
私の人生「今日が人生最後の日」だとしたら・・・この娘の幸せを祈りながら、
ただただ、ぎゅっーと抱きしめていようと思う。
(えいこ)

女の旅は、気の向くままに!

春まさにたけなわ。
ここかしこに吹く風も桜色から若葉色に染まって見える。
ああー気持ちのいい風だなあ~。
グットタイミングで友人からお誘いの電話。
「秩父の羊山公園の芝桜が見ごろだって。行こう!」
この彼女は、自動車教習所でたまたま隣になって
「あの教官は怖いって評判なのよ。なかなかOKくれないんだって」
「うわー、ヤナ奴!」
なんて陰口をきいていた仲間で、かれこれ35年の付き合いになる。
もちろん年下(といっても立派なおばさんだけど)
「お姉さまに運転はさせられません」(もしや、私の運転じゃコワイ?)
早朝8時。快晴。
彼女の運転する車で、羊山公園をめざしてルンルンでGO!。
「見てみて、富士山!」
「ああ、よそ見しないで!脇見運転はあぶないから」
「はいはい、年寄りらしくのんびり行くから」
「『老女の運転で自動車事故!』なんてイヤだからね」
口ではそう言ったけど、実はそんなに心配はしていない。
だって、彼女は免許1発合格。
それに比べて自慢じゃないが私は3回も仮免を落ちた身だ。
弁解させてもらうと、運転がヘタで落ちたんじゃなくて「縦列」が出来なかったからなんだけど・・。
「それが運転がヘタってことだよ。今、免許取れたらその方が心配だよ。まあ、ゆっくりやればいいさ」
そのときの夫の、慰めとも励ましともとれる言葉のうらに、呆れ顔が見え隠れして・・・(くやしいぃ!)
42歳、仮免4回目で無事に運転免許を取得した(今でも縦列は苦手だけど)。
車は快調に関越道へ。
前方に「川越10キロ」の標識が見えてきた。
「私、川越って行ったことがないのよ」と彼女が突然言いだす。
そうか、川越もいいかも。火事で焼けた菓子屋横丁も再建されたと言うし。
「じゃぁ、行く?」
「でも、羊山公園は?」
「いいじゃん、またの機会で。川越も楽しいよ。行こう、行こう」
風の吹くまま、気の向くまま、能天気な女2人に躊躇はない。
「花より団子、芝桜を蔵の街の食べ歩きに、予定変更だ!」
車は急きょ関越道に別れを告げて、川越市街地に向かう。
(あくまで羊山公園に行かそうと必死にルートを検索するナビよ許せ)
喜多院のPに車をとめ、まずは、川越大師喜多院から散策を開始。
シルバー人材センターの観光ガイドさんの案内で、徳川家とのゆかりの深さを知った。
全部で538体あるという五百羅漢。
羅漢さんたちの、表情は慈しみあり、ユーモアもあり、見あきない。
川越には「蔵造りの街並み周辺」「川越城本丸周辺」「喜多院周辺」「川越駅周辺」など4つの観光エリアがあって、それぞれのエリアはどれも魅
力的だ。
「ねえ、お昼はどこで食べるの?」
「じゃぁ、蔵造りの街並み、一番街に行ってそこでご飯をたべよう」
蔵造りの街並み、一番街は、川越の中心にあって現在も20棟の蔵造りが軒を連ねている。
「平成11年に、重要伝統的建造物群保存地区に選定されたんだって」
大正ロマン風の衣装の若い女の子たちや外国の老夫婦などで賑わっていた。
川越初体験の彼女は、趣き深い蔵造りの街並みに感激しきり。
「電柱がないから、空が広いね」
彼女ったら、老舗の亀屋で最中を買い、蔵づくり本舗でまたまた最中を買ってる。
(おいおい、そんなに最中ばかり買ってどうするんだ)
小江戸川越ならではの魅力ある商品がいっぱいあって、あち、こちの店を覘いてたら時間を忘れる。
「あら、もうこんな時間。お昼にしよう」
口コミで人気の「えぷろん亭」で『川越散歩御膳』を食べる。
「川越のうなぎも美味しいのよ」
「じゃぁ、この次は、うなぎを食べよう」
蔵造りの街並みを満喫して、すっかり川越が気にいったようだ。
「また来ようね」
女の旅は、気の向くままに!・・・楽しい春風の一日だった。
(えいこ)

小さな相棒は小学生!

朝から降っていた雨が午後になってやっと上がった。
今日は寒い。(灯油、もう一缶買っとこうかな)
春なのになかなか春らしくならない空を見上げながら、
「こんな空模様じゃ、桜も咲いていいのかどうか、迷うだろうな」
わが家の元気娘まあやが春休みになり、昨日から母方の祖父母のところへ行って留守。
それもあってか、家の中の活気がイマイチない。
早いもので、母を亡くした孫娘を引き取ってからもう3年目に入った。
昔とった杵ずかとは言いながら、子育ては40何年ぶり。
あんたの娘は立派に育ててあげるから!
と息子に大口を叩いたわりには「子育て迷路」の中で右往左往。
「早くしなさい!」は言わないようにしようとは思っているものの、
気がつけば、口うるさく
「早く食べなさい、歯は磨いた?、トイレは大丈夫なの」
子どもは、そんな婆ママの言葉などどこ吹く風でマイペース。
「忘れ物はないわね!」
駈け出して行くランドセルの背中にしつこく追いかける私の言葉。
「うん、大丈夫!」
自信満々に答えながら、平気で忘れ物をしていく。
(う~ん、もうっ、あれほど注意したのに・・・)
「忘れちゃった。明日は気をつけるから」
少しも悪びれた様子もない。
そんな能天気な孫を、
「もう少しシッカリしなさい!」などと一応、注意したりするけど、なぜか真剣に怒れない。
私って、こんなに寛容だったかなあ。(孫だからなのか?)
振り返って見るに、息子2人を育てていたあの頃は、
子どもを自分の思う通りに育てようとして、精神的な余裕がなかった。
今考えると未熟な母親だった。
息子が学校のテストで100点とってきても、
「みんなも100点なんでしょ」とホメてもやらず、
95点以下などとろうものなら「なんで、こんな問題がわからないの」と怒っていた。
あれから40ウン年、その私がどうだ、この変わりようは。
「おばあちゃん、今日のテスト100点だった!」
に、「すごい、すごい、すばらしい!」とハグつきでホメまくっている。
「おばあちゃん、リアクションがオーバーだよ。クラスの半分近くは100点だから、
それほどすごくないよ」
と軽くいなされる始末。トホホ。
「おばあちゃん、頭の中タウンで遊ぼう」
えっ、頭の中タウンって?
「だから、想像の世界で遊ぶってこと。宇宙でも、清少納言の時代に行ってもいいよ」
ギブアップである。76歳の私にはとても彼女の想像の世界については行けない。
彼女はいま百人一首に凝っている。
せっせとノートに書き写して、「ちはやふる神代もきかず~」などとやっている。
おお、これなら任せて頂戴!私の得意の領域だ。
「何首覚えた?。おばあちゃんなんて100首全部言えるよ!」
って自慢気に言ったら、
「おばあちゃん、『能ある鷹は爪を隠す』って知ってる?出来るからって、自慢しちゃダメだよ」
上から目線で注意された。
男の子しか育てた経験がない私にとって、女の子は、いろいろな意味で楽しく、面白い。
テレビであるお笑い芸人が言ってたけど、
「女って生まれた瞬間から、もうすでに女なんだよなあ」
わかる、わかる。
可笑しな話だけど、年の差を越えて共感するものがある(女同志だから?)
頼りになるって感じもする。
「私が留守だと寂しいだろうから、一日一回電話するね」
夕べも「薬、ちゃんと飲んだ?」とコールあり。
その前の日は「家の近くで、タヌキを見た!」
「もし、もーし、おばあちゃん、あのね!」・・・声を聞くだけで元気になる。
みんなは、「その年になっての子育ては大変でしょう」と同情してくれるけど、
夫とのおふたりさまの晩年を面白い色に染めてくれてる彼女に感謝している。
もうすぐ桜も咲く。
小さな相棒が帰ってきたら、お弁当を作って、お花見に行こう!
(えいこ)
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