コロナの奪ったもの!

窓の外を見るとシトシトと雨が。
梅雨空は薄暗く、曇ったり降ったり、時に晴れたりとすっきりしない毎日。
それでも、いつもなら「鎌倉に紫陽花を観に行こうよ」「明月院。行こう、行こう!」
なんて大はしゃぎしてるのに。
今年の春はいつもと違う春になった。
タンポポ、チューリップ、桜、花ミズキ、花菖蒲・・・花たちは美しく咲いてくれたのに、外出自粛の私は彼女(花)たちに会うこともなく過ごし
た。
気がつくとあれから3カ月、色鮮やかに咲いた紫陽花も色薄くなっている。
コロナウイルスは私たちから季節を奪った。
春も、夏も・・・もしかして、秋も?
「花咲けど、鳥さえずれど自粛かな」(友人の句)――心弾まない日々。
私はいま月一の定期検診・週一の心臓リハビリと食料品の買い物以外、
外出自粛をしている。
家で本を読んだり、手紙を書いたり、料理はわりと好きなのでちょっと凝った料理をつくってみたり、ゴロゴロしたり・・・
正直、自粛もそんなに苦痛ではない。
だからといって、「自分の意思で出かけない」のと
「外出禁止されてでかけられない」のは違う・・・よね?
自由を束縛された気分がして、なんかモヤモヤしていた。
オリンピックの延期、外出自粛、緊急事態宣言。
ここにきてもまだ私はコロナを本当には怖く思っていなかったことを思い知った。
「志村けんさん、コロナで死亡!」
私はコロナを本当に怖いと感じた。(遅いよ)
コロナ禍で休業を余儀なくされた人、在宅勤務、追い込まれて倒産し廃業する会社。
だれも経験したことのないコロナ危機に言葉もない。
連日テレビなどで、専門家の解説、政府の対応、国民感情などの情報が放映されている。
それにしても、安倍首相のマスク、小さ過ぎません?
悪友のK子に言わせると「アベノマスク、自分で配ったマスクだから意地でしてるんだって」だって。
そんな意地はらなくていいから、政策にもっと意地をみせてほしいなあ。
ようやく「緊急事態宣言解除」が出され、
でも、宣言解除されたからと言って、まだコロナが終息されたわけではない。
まだコロナの風はやまない。
今日も埼玉県では感染者が新たに16人と発表され、
2日連続で一日あたりの感染者が二桁になった。
そんなか、孫の学校も塾も始まった。
コロナの影響で学校も塾も休みになって3カ月。
なかなか生活のリズムがもどにもどらない。
休み中に送られてきた課題や教材を「ちゃんとやったの?」
「遅刻するわよ、早く起きなさい!」
寝坊癖がなおらない孫を叩き起こすのがもう大変!
言いたくない小言をガミガミ言ってる自分はブスだろうなあと思う(ヤダ、ヤダ)
昨日、「持病のある年寄りがあぶないから注意!」のコメントつきで
友人から手作りのマスクが送られてきた。
コメントは余計だけど、ありがとう!とメールした。
会って、笑いながらオシャベリがしたい。
なにげない日常の大切さを改めて思った。
スマホでの会話はやっぱり面白くない。
「新生活様式」といわれても。
会話は1m~2m離れて・・・だから私は相棒ともここしばらく密に話をしていない。
ホント、いつになったら「のん気に会ってオシャベリ」できるんだろうか。
(えいこ)

外出自粛の春

桜が満開だ。待ちに待った春なのに・・・
今年の春は自粛自粛でどこかに吹っ飛んでしまった。
それもこれもみんな新型コロナウイルスの感染にある。
テレビも新聞も巷の話題も新型コロナウイルス一色だ。
連日「感染の流行封じ込め」に喧々諤々!
いつ終息するかわからない状況に私もだんだん不安になってきた。
ホントいうとはじめコロナウイルスを、私はどこかでまだなめていた。
「ねえ、3月の鳩ケ谷寄席、どうする?」
相棒に言われてもまだ、それほど事態の深刻さを感じてはいなかった。
だって、はじめ「インフルエンザより感染力は弱い、人から人への感染はない。そんなに怖がることはない」っていってなかった?
手をしっかり洗って、マスクをして感染しないように防御してたら、
そのうち終息すると思ってた。
なのに、あれよあれよという間に感染者数がどんどん修正され増え続け、死者も。
自宅待機、学校休校、在宅勤務、公共施設休館、イベントの中止、外出自粛要請。
もちろん鳩ケ谷寄席も自粛、7月に延期になった。
海外も凄いことになっている。
さすがの私も「新型コロナウイルス」の恐ろしさを認識せざるをえなくなった。
今もテレビで、東京都の小池百合子知事が、
「週末の外出自粛などを要請」の記者会見をしている。
「このままではロックダウン(都市の封鎖)を招く」という。
小池百合子知事の冷静すぎる口調がことの重大性を感じさせて・・・コワイ。
あちこちで「マスク売り切れ、入荷未定」の張り紙。
私が通っている病院も原則マスクをしていないと院内にはいれない。
「マスクしろったって、売ってないんだからしょうがないだろう」
と、人工透析で通院しているおじさんが看護師さんに怒っていた。
名前はしらないが私が心臓リハビリで毎週水曜日に挨拶だけするおじさんだった。
「マスクなら、これ使って」
たまたま2枚持っていたマスクをあげた。
「ああ、すみません。ありがとうございます」
おじさんと看護師さんがふたりで頭をさげた(病院もマスク不足?)
マスク1枚あげただけなのに、
すごく良いことしたみたいで恥ずかしかった。
コロナウイルスをなめてた私が言うのも何だが
「ねえ、感染者がこんなに増えないうちになんとかならなかったの」
もしかして、政府も甘くみてた?(まさかネ)
いつ、だれが、どこで・・・???
経路の不明な感染者が増えている。
「爆発的な患者増加が起きてもおかしくない状況に、いまの日本はある」(A新聞社説)
いまでさえコロナウイルス感染症の患者が入院するベットが不足だというのに。
もし、そうなったら、どうするのかしら。
軽症者は自宅で安静にといわれても、それが出来ない人はどうなるのだろう。
埼玉県でも陽性反応の人がでた。
身近なことになって、ますます事態の深刻さが迫って来た。
明日にでも隣の誰かがコロナウイルスに感染するかも知れない。
「マスクもねえ、トイレットペーパーもねえ、外出自粛で移動の自由もねえ、病院のベットがねえ、オリンピックがねえ、花見がねえ、ああ、つま
んねえ」(友人からのメール)
ふざけてる場合じゃない。
いまは外出自粛することでコロナウイルスの一日も早い終息を願うばかりだ。
(えいこ)

能天気はやめられない!

 令和の年号もまだ板につかないうちに、もう新年を迎えようとしている。
さすがに師走。年末の街は慌ただしく忙しない。
友だちに誘われて、ランチをかねて浦和のショッピングモールに行く。
「消費税10%の影響で消費が落ち込んでるんじゃなかったの?」
と、思わずツッコミたくなるほど店内は買い物客で賑わっていた。
私はなにを買う予定もなく、ただ友達の買い物につきあうつもりで行ったのだけど、
フト、手に取った濃いグレーのジャケットがすごく気に入ってしまった。
2万円だったのが税込で1万いくらかになっている(お得じゃん)
しかもねずみ色だよ。子年だし(関係ないか)
「これは、今日明日限定の40%引きのお品でゼッタイお買い得ですよ」
恥ずかしながら私は、限定とかなん%引きに弱い!(それで何度失敗したことか)
追い討ちを?かけるように店員さんの笑顔のセールストーク!に釣られて
衝動買いモード満々の私。
こういうとき、友だちは冷静だ。
「あなた、同じようなジャケット持ってなかった?」
そう言われると・・・夫には内緒だけどクローゼットのなかにはタグのついたままの洋服がある。
「いらないんじゃない」
う~ん、たしかに(着て行くところも、ないしなあ)
だいぶ迷ったけど、あきらめることにした。
それにしても、見るだけでなにも買わないショッピングはなんかつまらない。
ジャケットがだめなら、雑貨でも買おうかなあと思っても、
「それ、ホントにほしいの?」
ちょっと面白いマグカップがあったので見てたら、
「マグカップなら、もうたくさんあるでしょう」。
あるけど・・・でも、これいいなあ。
「あるなら、ムダじゃん」
まあ、ムダと言えばそうかも知れないけど・・・。
彼女の言うことは正しい。でも、もうこのひととは友だちにはなれないかも。
だって価値観がちがいすぎて、楽しくないんだもの。
明けて令和2年、新春!
夫は今年80歳、私も来年は80歳になる。
終活を考えたら物は増やしたくない。
「だからムダなものは増やしちゃだめなのよ」
友だちになれないなんて思った彼女の声が頭をよぎる。
断捨離しなくちゃといつも思ってはいるんだけど。
考えてみれば、浪費などしている場合じゃないのよね。
運よく毎日の生活に困ってはいないけれど、年金生活だ。
わが家の財政は、能天気で経済観念のない妻(私)のおかげで(笑い)目減りの一途。
でも私はさほど心配はしていない。
夫は私の能天気ぶりに少しドキドキしているかも(笑い)
これから何年生きられるかわからないけど、
生きているうちに、みんなの幸せのために使い、
「ありがとう」って、みんなのよろこぶ顔を見られる方がどれだけ幸せか。
まずは孫たちへのお年玉を弾むとしよう。
今年は私にとって70代最後の年だ。
笑顔と健康をモットーに楽しく能天気に!
せっかくこの年になったのだからそれなりの意義のある年にしたい。
(えいこ)
プロフィール

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