まあやの作文

私はいま、孫娘まあやの作文にハマっている!
彼女の感性の面白さ、豊かさ、その不思議さに魅了されている。
私は日ごろから、——こんなことを言うと好感度が下がっちゃうが(笑い)、
やたら自分の子供や孫を自慢するバカ親(あっ、親ばか)や、
ババ馬鹿たちを、内心は「見っともない!」なんて思っていた。
その私が、いま自分で「孫の作文」を自慢げに書いているんだから、
見っともないこと夥しい。
まさに、ババ馬鹿!と言われても返す言葉がない。
お恥ずかしい限りである。
が、それも承知で・・・「だって、とにかく面白いのだ」
なんといっても、その発想、表現力が新鮮で大人にはない感性なのだ。
(ちょっとホメ過ぎか・・・やっぱり、ババ馬鹿?)
出題は『ゴールデンウイーク』。
とくれば、普通は「ドコソコに行き、その時のいろいろな思い出」、そして最後は「とても楽しかったです」だろう
少なくても私の「学校で書く作文のイメージ」はそうだ。
だが、彼女はどこまでもマイペース!
出る言葉は、なにものにも囚われなく自由そのものだ。
題名からして、ユニーク!なのだ。
『ありえないほどすごい怪物』と来た!
おいおい、たしか「ゴールデンウイークの思い出」じゃなかったのか?
『ありえないほどすごい怪物』ってなんなのだ?
「こんな題名でいいの?」
「起承転結は?、もう少し丁寧な言葉で書けば?」
と、助言?したら完全却下!
「ちょっと黙ってて。おばあちゃんの言うとおりに書いたら、それはおばあちゃんの作文で、私の作文ではなくなっちゃうでしょ」
はいはい、余計なお世話で悪かったわね(笑い)
『ゴールデンウイークはみんなが楽しいんだと思う。
だが、私の家は、道がこんでいるので出かけない。
なので、どこの道がどんなにこんだって私は知ったこっちゃないし関係ない。
だからいいって言ってるわけではない。それだとむしょうにひまなのだ』
そして、友だちの家を訪ね、だれもいない様子の描写があり、
『すっからかんである。もうこの町の人が「ゴールデンウイークという怪物」からピューって車か、自転車でにげて、道ろにある車のなみにながさ
れて、
「楽しいって言うにげ場」にむかっている。
行っているのに私たちだけが逃げおくれたみたいだ。いや、もしかして私の家だけがひがいがないのか!?』と続き、最後に『こんなことを言ってい
たらゴールデンウイークは終わったのであった』
私はびっくりした。
運動会の作文は『?ボックス』
芸術鑑賞教室は『ブラックボール』
さくらっこ祭りは『私は疲れ切っています』
なんだこれは?と思いつつも、読んでいるとエッセーみたいで面白いのだ!、
学校で教える作文としての評価はどうなのか、私はわからない。
たしかに優等生の書く作文ではない。
「学校の作文」からは多少逸脱しているかも知れない。
でも私は、「もしかして、うちの孫は天才かも?」(ハイ、ババ馬鹿です!)
いまもまあやは、私が夕食の支度をしてる側のテーブルで、
セッセと宿題の作文を書いている。
感謝について書くのだという。
「じゃー、おばあちゃん(私)じゃないの?」と言ったら、
『わきにいるおばあちゃんが、感謝してるのは私じゃない?といっている。そらそうだけどさあ、そう言われると、書かなくちゃいけないような、
書きたくないような気がしてくる・・・』と書かれてしまった。トホホ。
孫はまだ小学3年生で文章は拙いけれど、
ゴールデンウイークを怪物と表現した彼女の面白い発想、表現力に拍手をしている。
私は、まあやの作文のフアンである。
(えいこ)

私の老後後!

今日のランチ会はいつものおしゃべり仲間たち。
相変わらず気だけは若いおばあさん軍団だ。
ねえ、なににする?
あれもいいなあ、あっ、あれも美味しそう。
これにしようかなあ、でもカロリーが・・・。
ちょっと待って、やっぱりこれにする!
遠い昔の、あの頃のまんまのノリでワイワイ、ぺちゃくちゃ。
すでに古希を過ぎたというのに、大人の雰囲気も品格も・・・ない!(笑い)
「これだからおばさん軍団は顰蹙をかうんだろうなあ」
分かっちゃいるけど・・・久しぶりの再会だ。
恥ずかしながら誰もが自分の年を忘れてはしゃいでいる。
「メインはお魚がいい」、「私はお肉で・・・」
やっとお料理を決めて、改めて「乾杯!」
「ねえ、ワイン飲んでもいい?」
あの可憐だったB子は、メタボも逃げ出すほどの貫録たっぷりの社長夫人風に変身し、ワインのグラスを傾けている。
仕切魔のK枝は相変わらず、のんびり屋のS子の世話をやいている。
あなた、太った?
うん、四キロ。シワも目立ってきちゃって・・・。
「姿、形は変わってもしかたないわよ」
「そうよね、70ウン年も生きて来たんだもん」
「女の年輪よ、年輪!」
気持ちで負けちゃだめよ。がんばろうね。
なんて気炎を上げていたけど・・・。
やっぱりトシは争えない。
話題はいつのまにか病気自慢(笑い)になり、
「大腸がんで入院…」(そういえば痩せたな)
「脊髄狭窄症でリハビリ中」(リハビリって、痛いんでしょう?)
「私は白内障の手術をした」(私も最近、よく見えなくて・・・)
みんなどこかが悪くて病院の世話になっている。
「私は、みんなと違ってどこも悪くはないんだけど、老後が心配なの」
いままで一度も結婚したことなく、シングルライフを満喫しているA子。
「孤独死とか嫌だもの」(う~ん、たしかに)
そして話題は、
『これからの老後後はどうするの』
えっ、老後後ってなに?
「だって私たち、もう老後を通り越してるじゃない」
そっか、そうだよね。
老後後かあ。
私は今、有り難いことにひとに迷惑をかけずになんとかやっていけている。
考えたら、年金生活者なのに経済観念のない私なので、
オカネ的な面では老後後の見通しは暗いかも?(貯金もおろしてるしなあ)
でも、なんにも気にしてない。
「ねえ、なんで?」
「私の老後は絶対に悲惨なことにはならない!って確信があるから」
「私も相当能天気だけど、そこまで能天気になれないわ」
いろいろな話題で盛り上がって楽しかったランチ会。
私の老後後は、
なんの根拠もないけど・・・
今までもそれでなんとかなってきたし、これからだって・・・きっと大丈夫!。
大丈夫にしちゃう!——私はどこまでも能天気なのだ
(えいこ)

真夏の夜の怖~い話!

「どっこいしょ」
思わず言ってしまった。
ヤバイ、これじゃ本当におばあさんみたいじゃないか。
「そうだよ、あんたはもう立派なおばあさんだよ!」
そんな影の声なんて無視、無視。
能天気な栄子ばあさん(私)は、未だに年寄りの自覚がない。
そんな私に・・・追い討ちをかけるように、
「最近、ちょっと腰が曲がってきてるよ」と夫。
へ~んだ。その言葉はそっくりお返しします。あなただって最近、めっきり年寄りくさくなってるじゃない。
(そう言いたかったけど)
「俺もだけどさ」・・・過ぎ去った若さへの寂しさを感じてなにも言えなかった。
私たちは中学校の同級生。
夫はこの9月で喜寿を迎える。
ということは、私も追っ付けそんな年になるのだなあ。
自分では若いつもりでも、やっぱり年は争えないことをシミジミ実感した。
ほかの人は、「何を今更!」って笑うかも知れない。
現に悪友のK子なんて「あんた、幾つだと思ってるのよ」
「私なんて、身長が2センチも縮んじゃったわよ」
「ばあさんは、ばあさんらしく、悪あがきは見っとも無いわよ」
まったく憎たらしいったらありゃしない!。
私はまだ、「どっこいしょ!の腰曲がりのばあさん」にはなりたくない。
でも・・・やっぱり現実は厳しかった。トホホ。
昨夜のこと。
うちの浴室に全身を写す姿見がある。
いつもはなんとも思わないのに・・・魔がさした(笑い)としか思えない。
なにげなく見た鏡の中に、ぼんやりした顔色のだらしな~い体型の老婆が、いた!
「あ、あんた、ダレ?」
(自分の姿にショックだった!?)
鏡に映っていたのは、まぎれもなく私だった。
ひどい・・・私であって、まるで私ではない(自分ではそう思っている)
この姿にショックを通り越して、ただただ茫然自失。
筑波山麓の四六のガマじゃないけど、あまりの己が姿に、あぶら汗がたら~り、たらり。
「私ってこんななの?」って嘆いたら、
湯船の中から、「でも、おばあちゃん、鏡はウソをつかないよ」と孫のまあや。
う~ん、たしかに。
あまりの言葉にメゲルのも忘れて、感動してしまった。
「でも、おばあちゃんはおばあちゃんだもん。それでいいじゃん」
「私はそれでいいよ」だって。
そうだね。おばあちゃんも「ほうれい線も目じりのシワも勲章にしようかな」
この年になって「ライザップ」みたいな奇跡はかえって気味が悪いもんなあ。
かの小野小町ださえ、
「花の色は移りにけりないたずらに・・・」と嘆いている。
ましてやこの私、美人でも可愛くもないんだから。
それにしても
「鏡の中に映った、ぼんやりした顔色の、だらしな~い体型の老婆」
怖~い・・・自分の姿におびえたてどうするのだ!
(えいこ)
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