人生はロックンロール!

真っ赤な太陽がまぶしい夏休み、相棒に誘われてミュージカルを観に行きました。
お芝居が大好きな相棒は、毎月のように観劇を楽しんでいるのに、私はといえば、もう何年も観ていません。
ミュージカルは、幸四郎の「ラマンチャの男」以来だったかしら~
記憶も定かではないのですが、今回は楽しいコメディ「ザ・デイサービス・ショウ」。
出演者は、中尾ミエや尾藤イサオ、モト冬樹、正司花江・・・、懐かしい面々です。
「デイーサービスにロックンロール?なんか面白そう!行きたい!行きたい!」
かつてのスター、矢沢マリ子(中尾ミエ)とデイサービスに集まって来る、多彩な高齢者たちが繰り広げるコメディーミュージカル。
たっぷり笑って、ちょっとだけホロリの心温まるロックンロールなストーリー。
唱歌も童謡もいいけれど、私たちが本当に好きなのはポップス、そしてロックンロール!
私たちは新しい高齢者!というおじいちゃんおばあちゃんたちの痛快ミュージカル。
出演者の平均年齢だって74歳というのですから、スゴイですね~
そしてもっとすごいのは、ミラクル老人ロックバンド!
正司花江は、82歳。この年齢でド迫力のエレキギターですから、もう凄すぎ!
認知症の元ロッカーを演じる尾藤イサオは、もう74歳にもなるんですね。
観客は、中高年おばさまばっかりですが、笑って、唄って、最後は一緒に踊って、いや~楽しかった!
いまや高齢者といっても、高度成長期に青春を迎えた世代。
ビートルズ世代の団塊世代は、昔懐かしのポップスやフォークやロックンロールが大好き!
これからのデイサービス、「みんなで童謡を唄いましょう」では、ちょっとヤバイと思いませんか?
私だったら、そんなデイサービスには行きたくありませんもの。
そう、デイサービスも変わらなきゃ!
もっと自由な発想で、個性的なアイデアで、魅力あるデイサービスを考えたら、
老後もロックな気分で楽しいかもしれませんね。
「私たちが考えるロックなデイケア!」
面白くする会のメンバーたちで井戸端座談会をしたら、
きっと面白いアイデアが生まれてくるかもしれないなあ…。
(まゆみ)

私もスー女!

いや~、大相撲名古屋場所は面白かったですね!
これはちょっと想定外だったかも…
だって、稀勢の里は休場するし、高安は簡単に負けちゃうし、「なんだ、つまんない!」と思っていたら、ナント若手が活躍!
宇良に石浦、阿武咲、御嶽海など、若手がどんどん力をつけて、またまた相撲が面白くなってきました。
小さな力士が必死で大きい力士を倒す姿に、相撲の醍醐味を見たようで、勝っても負けても拍手!
宇良が日馬富士を倒して、初金星を挙げたときは本当に感動しました。
白鵬には負けたけど、助走つきの体当たりにはテレビに釘づけ。
でも、翌日の高安との激戦で足を痛めたときはちょっと心配、それでも正攻法で行く姿に
「ちょっと、ズルして、立ち合いに肩すかしとかやればいいのに」とヤジったら、
「それじゃダメなんだよ!ぶつかっていくことが大事なんだよ」と夫。
こっちは、もう母心で、「怪我をしてるんだから、がんばらないで!」と言いたくなります。
今、若い女の子の間で、相撲人気が高まっています。
相撲好きの女の子のことを『スー女』というそうですが、この人気、若貴フィーバー以来ですね。
まあ、最近は「カープ女子」だとか、「○○女子」というのがはやりですが、あのデブ(ゴメン!)の力士が好きという女の子がいるとは思いもし
ませんでした。
SNSを使って、アンコ型の千代丸の寝顔を紹介したり、力士にお姫様だっこしてもらえるイベントを計画したり、相撲協会もやるじゃんと思って
いたら、仕掛け人は女性職員なんですって!
女性目線のPRが功を奏して、今の相撲人気に繋がっているんですね。
確かにまんまるの千代丸はゆるキャラみたい!
相撲も幕下あたりから見ていると、将来有望そうな力士がいっぱいいます。
兄弟力士というのもいて、千代鳳は千代丸と兄弟でなんかマンガに出てきそうな風貌だし、ユニークな名前の飛猿は、英之海の弟です。
高学歴の力士も多くて、石浦は日大、宇良は相撲力士には珍しい関学、高校時代はレスリング部だったそうです。
あの身のこなし、レスリングで磨かれた技なのかもしれませんね。
イケメン力士の遠藤、御嶽海、北勝富士、千代大龍、十両の朝之山や豊山も学生横綱出身。
いろんな力士の素顔を知ると、相撲もますます面白くなってきます。
それと、最近、気になっているのが解説の甲山親方。
ダンディな北の富士親方の毒舌や舞の海の解説も楽しくて好きですが、十両の解説をしていた甲山親方がナント関西弁。
調べてみたら、京都出身で同志社大の出身。まろやかな関西弁に品があって、感じが良かったなあ。
昔は解説といえば、神風さんや玉の海さんでした。
テレビが普及し始めた昭和20年代、隣の祖父母のところによくテレビを見に行っていました。
近所の人もたくさん見に来ていて、相撲とプロレスしかやっていなかった時代ですから、
子どもたちも間でも相撲ごっこが大人気!
我が家の2階の10畳の和室では、2人の兄が、腰紐を繋げて土俵を作って相撲をしていました。
小さな私は行司さん。栃錦、朝潮の時代ですから、古いですよね。
あの頃から、ずっと見ていた相撲。
相撲観戦にも何度か行きました。もっとも父や兄から貰った招待チケット。
みんなが現役時代は、得意先の会社からよくチケットを貰っていたので、そのおこぼれにあずかっていました。
そうそう、「おしゃべりじゃ~なる」時代には、片男波部屋の千秋楽の打ち上げに行ったり、川口にある湊部屋を取材したこともありました。
考えてみたら、私も相撲のオールドファン。
私だって、スー女です!
(まゆみ)

麻央さんが遺したもの

乳がんで壮絶な闘病生活を送っていた小林麻央さんが亡くなりました。
34歳の若さで、幼い2人の子どもを残して、さぞ無念だったでしょう。
でも麻央さんは、イギリスのBBC放送の世界の人々に感動や影響を与えた「100人の女性」の1人に選ばれたとき、
BBCに自分の思いを寄稿しています。
「例えば、私が今死んだら、まだ34歳の若さで、小さな子供を残して可哀想に、でしょうか。私はそんな風に思われたくありません」
「病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないから」
「私の人生は夢を叶え、愛する人に出会い、2人の宝物を授かった、色取り豊かな人生だから」
と書いていました。
私も麻央さんのブログの愛読者の1人でした。
だから、麻央さんの死は悲しかったけれど、「よく頑張ったね」「素敵な人生だったね」と誉めてやりたい気分なのです。
乳がんではないけど、同じがん患者の1人として、麻央さんの言葉には随分と勇気づけられ、励まされました。
私の場合は、麻央さんの2倍以上も生きているので、
がんになっても「まあ、認知症になるよりはいいか」とか、
「がんで死ぬ方が、子どもたちに介護されるよりはいいよね」と前向きに考えられる年齢です。
それでも不安があるのですから、若い麻央さんの苦しみはどんなだったでしょうか。
亡くなる1ヶ月ほど前にアップされていた写真を見たとき、あまりの痩せ方に不安を覚えていました。
2年前に亡くなった兄のときと似ていたからです。
「書くこと」は、心の不安を取り除くことができます。
海老蔵さんも書くことで救われているのでしょう。
それに、同じ病気を持つ人同志のつながりは大きな力になります。
私の場合はジストという希少がんですが、「ジスト掲示板」というのがあって、みんなが病気の不安を書きこみ、同じ症状の人たちがアドバイスを
したり、励まし合ったりしています。
その掲示板を読むだけでも、共感や安心感を得ることができました。
薬の副作用の対処方法もそれを見て試してみたり、私と同じ病気の人がこんなにいるんだと思うとなんだか強くなれた気がしたのです。
多分、麻央さんの余命は信じられないくらいに伸びたのだろうと思います。
美しく、どこまでも優しく、感謝の気持ちを忘れない、最後まで笑顔だった麻央さんのKOKOROは、残された海老蔵さんやお子さんたちの心
に、多くの人たちにも忘れられない記憶として残っていくことでしょう。
テレビの追悼番組を見ていて、たくさんの笑顔の映像とメッセージが残っていて、羨ましいなと思いました。
最後の文章は、「皆様にも、今日、笑顔になれることがありますように」でした。
そして最後の言葉は「愛してる」。
なんて、かっこいいんでしょう。
ありがとう、麻央さん、私も残りの人生を彩り豊かなものにしたいと思います。
(まゆみ)
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