おじいちゃん・おばあちゃんとあそぼう会

「僕のおじいちゃんとおばあちゃんは何で来ないの?」
去年、5番目の孫Fちゃんがそう言って泣いた話を聞いて
「何で教えてくれなかったの?教えてくれたら行ってあげたのに…」と私。
「だって、わざわざ四日市まで来るのたいへんじゃない!」
3人目の子どもとなると、娘もこんな調子です。
でもさすがに可哀想に思えたのか、今年は
「今度、11月に保育園で<おじいちゃん・おばあちゃんとあそぼう会>があるの。来てくれる?」と言ってきました。
久しぶりの四日市。子どもたちもそれぞれ中学3年生、小学6年生、保育園の年長さんになりました。
上の子たちが小さい頃はよく手伝いに行っていたのに、最近は私が病気したこともあってすっかりご無沙汰です。
まあ、みんな大きくなってきたので、サポートの必要もなくなったということでしょう。
娘もパートの仕事をしているので、平日は大忙し。
それに3LDKの5人家族ですから、
「今回はお父さんも一緒だから、ホテルに泊まることにするわ」
この方が私たちも気が楽!夕食の買物を一緒にして今夜は賑やかな夕食です。
夏休み以来の再会とあって、Fちゃんのテンションも上がりっぱなし。
次の日の朝は、娘に迎えに来て貰って、一緒に登園、<おじいちゃん・おばあちゃんとあそぼう会>に行ってきました。
Fちゃんの保育園は、幼稚園と保育所を合体させて作られた子ども園。
地域の人たちと一緒に子育てしようというコンセプトで、交流会館や子育て支援プラザ、体育館なども併設されています。
Fちゃんは3人目とあって、上の子たちと違って保育所育ち。保育料も無料なんですって!
四日市は、子育てにやさしい街なんですね。
この日はおじいちゃん・おばあちゃんと一緒にクラスで自由遊び。
こういう自由さは幼稚園とは違います。
けん玉や絵本を読んだり、折り紙をしたり…、Fちゃんは得意の粘土で、怪獣やクジラ、カブトムシなどを作りました。
でも、その精巧な完成度にじいじとばあばはびっくり!
思わず「この子、天才!」と思ってしまいました。
なにしろ観察力が凄いのです。「大きくなったら彫刻家もいいかもね」
こうなると親バカならぬ、じじバカ、いや孫バカ?
Fちゃんはアメ細工の職人さんのような手つきで、あっという間に動物や昆虫を作ります。
驚きの続きはこれからです。生き物たちの闘いが始まり、クジラは大きく口を開け(ストーリーによって変化していきます)、今度は小さなイワシ
を食べ始めました。
カブトムシとオオクワガタの闘いの後は、ウシガエルとザリガニ、そのウシガエルを食べるサギなんかも登場します。
「サギの口を作ってるの?」と聞いたら、
「ばあば、口じゃなくてクチバシだよ」と訂正され、ばあばはタジタジ。
「ばあばも作ってごらん」といわれても、絵を見ないと作れない情けない私。
仕方ないので「じゃ、エサを入れる器を作るね」とばあばは陶芸風。
いやいや、粘土遊びなんてやったことがないのでトホホです。
「僕ね、みんなに恐竜作って!って言われるの」
自由遊びのあとは、輪になって一緒に自己紹介。
なるほど、これじゃ祖父母が来ていない子どもはちょっと寂しくなるかもしれません。
地方は同居する祖父母も多いし、若いおじいちゃんやおばあちゃんも多いのです。
ふれあい遊びの後は遊戯室に移動して、歌やハンドぺル演奏などを鑑賞しました。
そういえば、近くに住む長男のところの運動会や発表会などは必ず行っていたのに、遠く離れている孫たちとこういうふれあいはなかったことに気
づかされて、ちょっと反省もしました。
それにしてもFちゃんの違った一面を見ることができて、その成長ぶりには驚かされました。
帰りには本屋に寄って、鳥の図鑑をプレゼント。
3歳児検診で発達障害の疑いがあるかも…といわれたFちゃん。
色々心配したけど、来年はもう小学生。
小さな芸術家のFちゃん、将来が楽しみだなあ!(孫バカの私です)
(まゆみ)

ふたたびの台北、グルメ旅

「今度は台湾で逢おう!」
4月に台湾からやってきた張さんさん夫婦との約束の同窓会。
秋の台湾は観光のベストシーズン!上海ガニの季節でもあります。
「この同窓会、いつから続いているのかしらね」
夫の仕事上の付き合いから、リタイア後は同窓会となり、夫婦で参加するようになってから16年。
私が初めて参加したのは、李さんの中国にあるゴルフ場の10周年記念パーティーの時でした。
上海、蘇州、南京、黄山と中国の旅にも招待されて、台湾の人たちともすっかり顔なじみになりました。
私は、南京のゴルフコンペにも参加したのですから、今から考えたら厚かましいというか…、大胆というか…。(下手っピーなのにね~)
それからは、家族ぐるみで日本と海外を行ったり来たり。
最も、中国、台湾やタイは李さんのご招待なのですから、リッチな友人は格が違います。
それぞれの国に会社があるので、10周年、30周年のパーティーには1週間の旅がセットされていました。
そして今度は、10年ぶりの台湾。
もう亡くなってしまった人、病気の人もいるので、日本からの参加は3夫婦と1人でした。
この時期はいいお天気が多いはずなのに、今回は生憎のお天気です。
雨がパラパラ、曇り空。さすがの晴れ女の私も効力を発揮出来ずにトーンダウン!
参加者も高齢化が進んでいるので、九份やパンダのいる動物園はパスして、今回は台北グルメ旅となりました。
なにせ毎夜、宴会がセットされているので、上海料理、四川料理、海鮮料理、ハッカ料理と豪華版です。
オジサンたちは、紹興酒と台湾ビールでカンペイ(乾杯)、カンペイ!とにかくよく飲むのです。
ランチは、台湾で人気の牛肉麺(ニュウロウミェン)や小籠包を満喫。
故宮博物院や市場、デパート、スーパーマーケットと暮らすように台北の街を歩きました。
10年前との違いで驚いたのは、街の近代化でした。
ディープな台北も残っているけど、街はまるで日本をコピーしたみたいで、日本のものが溢れています。
車はトヨタに日産、ホンダ、マツダなど日本車ばかり!
コンビニといえば、セブンイレブンにファミリーマート、デパートも三越とそごうです。
コンビニにはおにぎりやサンドイッチなどもあって、ここが台湾だということを忘れそう!
日本のアニメを使ったお菓子類など面白い食材も満載です。
三越は台湾の人にとっては、富裕層が利用するデパートといった感じなのですが、この日は国慶節で人、人、人でいっぱい。
日本と違うのは、とにかく賑やか、声が大きい、うるさい程です。
地下鉄も開通していて、ICカードの「悠遊カード」がとても便利。
張さんの話では、65歳以上は地下鉄は半額で、バスは無料なのだそうです。
「それって、旅行者でも通用するのかな」といいながら、地下鉄初体験。
台湾の漢字は日本語読みができるので、なんとなく意味がわかるのが嬉しいですね。
10年前はタクシーの運転手も日本語が通じたのに、今はほとんど通じませんでした。
高齢者は日本語を話し、中年世代は話せず、代わりに若い人たちは日本語をしゃべれる人が多いと感じた旅でした。
毎晩、「今度は毎年、台湾と日本で同窓会をしましょう!」と盛り上がり、
「来年はタイの別荘でやりましょう」と李さん。
『おい、おい、大丈夫なのか』
だって、李さんは82歳、ガブリエルさんに至っては85歳、みんなも70代なのに、そんなに約束して大丈夫?
みんなの心配をよそに、台湾と日本の友人たちは親交をを深めあい、
一緒に仕事をした時間を懐かしむように語り会う楽しそうな夫たち。
そこには企業戦士だった頃のイキイキとした男たちの姿がありました。
男っていいなあ…、ちょっと羨ましいような気分の私。
だって私だけ、お酒は飲めないし、中国語も英語もしゃべれない。
それでも通じるんだから、台北の街は楽し~い!
(まゆみ)

樹木希林さんの生き様

樹木希林さんが亡くなりました。
「死ぬ死ぬと言って、死なない詐欺みたい」と冗談を言ってた希林さんでしたが、全身がんを公表してから13年。
惜しまれつつ、みんなに大きな影響力を残して逝きました。
私もがんになってから7年目。
希林さんの生き方には興味を持たずにはいられませんでした。
希林さんは乳がんを再発してから、抗がん剤を受けずに最先端のピンポイント放射線照射をしていたといいます。
保険が利かないので、1回300万円もかかると聞いたことがあります。
放射線は抗がん剤のような副作用がないので、元気に仕事が出来たのだと思いますが、見事な生き方でした。
初めて樹木希林さんをテレビで観たのは、沢田研二のポスターの前での『ジュリー~』と叫んでいたおばあちゃん役。
まだ30代前半だったそうですが、実に衝撃的なおばあちゃんでした。
次は郷ひろみさんとのデュエット『林檎殺人事件』。
内田裕也さんと結婚したときもびっくりしましたが、実にユニークで存在感のある女優さんでした。
還暦をすぎてからの希林さんの映画は、ほとんど観てたかもしれませんね。
『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』『歩いても 歩いても』、
『そして父になる』『あん』『モリのいる場所』『万引き家族』等など、
次々と話題作に出演、素晴らしい役者さんでした。
コマーシャルも面白かった!
「美しい人はより美しく、そうでない人はそれなりに」のキャッチコピー。
驚いたのは2年位前だったか、新聞広告の「死ぬときくらい好きにさせてよ」というキャッチコピー。
なんと、ミレイの名画『オフィーリア』に扮したモデルが、希林さんでした。
「70を過ぎて、よくやるわ~」とその遊び心に感心したものでした。
『ぴったんこカンカン』に登場したときも、マイペース。
和食屋さんで、家から持ってきたおしんこや鯖をタッパーから出してきたときは、さすがにびっくり!
大笑いしてしましましたが、プロデューサー的センスを持っているので、どこまでが本当の希林さんなのかはわかりません。
いつ死んでもいいと覚悟しながら、生きがいを持って仕事をする。
希林さんの生き方は、がんサバイバーの力になります。
もっと年上かと思っていたら、まだ75歳。
よく考えたら、私とそんなに変わらないのに、するどい洞察力と教養、その豊かな人間性に脱帽です。
あ~あ、何もない自分が恥ずかしくなってくる・・・。
私も恥ずかしくない人生で終わりたいな~
まあ、可愛いおばあちゃんだったね、でもいいか。
(まゆみ) 
プロフィール

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