ハト豆エッセイ

「草臥(くたびれ)て宿かるころや藤の花」とは江戸期を代表する俳人・松尾芭蕉の俳句です。一日の旅に歩き疲れて、そろそろ今夜の宿を求めようと旅籠(はたご)を探すたそがれの時間帯。晩春の暮れゆく中に、淡い紫のフジの花が垂れ下がるように咲き、フジの花の重たくゆったりとした香りに気づき、空を見上げる。そこはかとなく旅愁と春の愁いが漂っている。そんな句の意でしょうか。フジの花は旅ゆく芭蕉の心をも引き付けてやまない魅力ある花だったようです。

「いやー、きれいだねえ」「極楽・極楽」などとフジの花の下で主人の母が口にします。

ゴールデンウイークに母を車いすに乗せて栃木県の某花のパークに車で連れて行った時のことです。パークの広大な敷地にさまざまな花々が植栽され、開花し、来園者を迎えてくれていました。この時期はフジを中心にツツジ、シャクナゲやオオデマリなどがまさに花盛りに。紫色、さくら色(薄紅色)、黄色、白のフジの花が咲き、来園者の目を楽しませています。これらのフジは夕方から夜にライトアップされ、昼間とは違った幽玄の世界を醸し出しています。

アメリカの代表的放送局CNNが選んだ「世界の夢の旅行先10か所」の一つに日本から唯一この花のパークが入っています。来園するお客様には日本人ばかりでなく中国をはじめ多くの外国人観光客が訪れています。スカーフをかぶった女性もまじえたインドネシアの人たちのグループも。外国人の皆さんはさくら色(薄紅色)のフジを好まれる方々が多いという話です。何だかフジの花のカラーのお好みもお国柄が出るのでしょうか。

サクラを堪能したら、青葉若葉の季節がめぐってきて、花もフジの花が享受できる時期になってきます。フジは北アメリカ、東アジア、日本に自生し、中国ではシナフジ、欧米ではアメリカフジが。日本では、フジ(ノダフジ)、ヤマフジ(ノフジ)の固有種が。ヤマフジ(ノフジ)は日本の本州西部以南の山地には自生しています。

ゴールデンウイーク終盤の頃に埼玉県秩父周辺を回っていたら、山地の樹間にはヤマフジ、シロバナヤマフジの花が房状に垂れ下り、野性味と同時に素朴な美を感じました。藤棚、パーゴラに艶やかに花開く植栽されたフジ(ノダフジ)の派手さ、華やかさとはひと味違うものがありました。フジは家具類などの細工に古来利用されていますが、若芽や花を和え物、天ぷらでも食から楽しめます。いやはや、フジの花の世界は奥が深いです。皆さんもフジの世界にはまってみませんか。
(みえこ)


桜大好きの日本人も多くの皆さんがとりわけソメイヨシノを愛してやまないようです。桜の開花宣言とやらも気象庁職員さんが某神社の標本木にその時期に張り付きながらなされます。そのニュースを皆さんも「きょうもだめだった」「もう少しかな」「あ、やっと開花宣言だあ」と一喜一憂しつつ見ています。数ある桜の品種の中でもソメイヨシノがあくまで開花宣言の判断基準です。ソメイヨシノでなくてはという皆さんの思いが強いです。

十月桜、河津桜、安行桜、寒緋桜などの早咲きの種類に、白い花のオオシマザクラ、ヤマザクラ、サトザクラなどがあります。桜はピンクが当たり前でしょという皆さんの固定観念をひっくり返す黄色いウコンの桜、緑色の花びらの御衣黄(ぎょいこう)もあれば、ベニシダレ、ヤエベニシダレなどのしだれ桜が足元近くまで伸びる枝先に心躍ります。しだれ桜はソメイヨシノより例年開花が1週間ほど早いというのもうれしいものです。ソメイヨシノの後には関山、普賢象などの八重桜も花を咲かせてくれます。

ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの交雑種で、江戸末期から明治初期にかけて江戸の染井村の造園師や植木職人たちによって作り出されたそうです。オオシマザクラとエドヒガンが交雑してできた単一の樹を始源とするクローンなので、日本全国のソメイヨシノが実は元をたどれば1本の樹がルーツになっているというわけです。

現在、ソメイヨシノは危機的状況にあると言われます。ヤマザクラやエドヒガンなどには数百年の古木がある一方で、ソメイヨシノは寿命60年説が。21世紀に入ってソメイヨシノの危機が言われ始め、第2次世界大戦後に一斉に植栽された全国のソメイヨシノが寿命を迎えようとしている話もあります。

ソメイヨシノはクローンの宿命で病気に対する耐性があまりない上に、てんぐ巣病の発生が多く、コフキサルノコシカケ、ナラタケモドキなどのキノコにやられて樹勢を弱めています。てんぐ巣病の病害は見た目からも分かりやすいですが、キノコによるものは外側からは分かりにくいものがあります。おまけに、中国や韓国から入り込んだ外来種のクビアカツヤカミキリによる害虫の影響も懸念されています。地球温暖化やヒートアイランド現象による環境悪化もソメイヨシノの樹勢低下に拍車をかけているようです。

ソメイヨシノは公園や街路樹に植栽されており、皆さんの目を楽しませてくれています。しかし、立ち枯れ、幹の空洞化、樹勢の弱体化などの現象から全国で見られます。このままでは日本全国のソメイヨシノの花見の名所がある日突然一斉に危機を迎える寂しい悲しい現実味を帯びた話も。東京では花見の名所によっては基金を既に始め、ソメイヨシノの植え替え計画に着手しているところもあるようです。植え替えるなら、てんぐ巣病により強く同じ時期に開花が楽しめるジンダイアケボノに切り替えていく動きも始まっているようです。ソメイヨシノの運命は・・・。
(みえこ)

本業の仕事で外国人や留学生たちに日本語を専門職として教えていますが、授業内容の一つとして俳句・川柳を各国の学生たちに作ってもらうこともあります。今学期も松尾芭蕉の俳句、柄井川柳の川柳、某飲料メーカーのサラリーマン川柳などを紹介しつつ、俳句の詠み方、川柳の作り方、俳句と川柳の違い、現代の俳句・川柳等も味わってもらい、その上で実際に留学生たちに作成してもらうという上級レベルの日本語学習プログラムとして行いました。

俳句はさまざまな決まりごとがありますが、代表的なものに5・7・5の韻律のみならず1箇所「切れ」があること、余韻があること、必ず季語を句に内包することもあります。この季語があることで俳句が自然のありようや移ろい、季節の推移、人々の暮らしと自然の交わりなどと深いかかわりも持ってきます。それに対して、川柳は俳句のように季語などの縛りや決まりごとが少なく、暮らしの哀歓、日ごろの思い、人情の機微や心の動きなどを言葉にのせて伝えやすいものがあるようです。


留学生たちが作った俳句からいくつか紹介しましょう。

春一番 雨の滴とともに 癒やされて

合コンに 集うも空模様 春の嵐

早春や 花ほころびて 我生きり

西瓜食えば 盛夏と言えども 心涼み

望月や 家族を思いつ 孤独の日


川柳にはこんなものもありました。

来日して 5か月経つや光陰 矢の如し

面接試験 いろいろ聞かれて 丸裸の子供の如く

ひとり酒 さらに孤独が 増すばかり

恋人に 思いやり過ぎると つまずきて


字余り字足らずは俳句の決まりごとの範疇ですが、季語があっても俳句というよりも川柳っぽいものがあるのはご愛敬でしょうか。それでも、留学生たちの日々の営みの一端、揺れ動く気持ち、異国での孤独感、将来への夢を紡ごうとする必死な思いなどがこれらの句から垣間見えるようでもあります。こうした句を作った留学生たちは日本語学校を卒業し、この春、日本の大学院、大学や専門学校に入学し、新たな人生のスタートラインを切りました。
(みえこ)

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