先日、地産地消が売りのとある市場に出かけ、魚コーナーもあるので物色していた。
 と、目に入ったのは25㎝ほどの赤い魚。品名は「オジサン」。
 1匹500円で、しかも「刺身用」とある。ほ~?


 よく見ると、しかし「オジサン」ではない。オジサンの仲間ではあるが、オジサンそのものではない。だからといって、実はおばさんとかおじいちゃんとか、そういう話でもない。「オジサン扱いされるのもわかるけどオジサンじゃない」という感じである。


 ……釣り好きの魚好きでもなければ、なんのことかわからないと思うので、いちおう説明してみよう。

 まず、「オジサン」という魚はたしかにいる。これは、そのへんの釣り人がテキトーに呼んでいる名前ではなく、れっきとした標準和名である。まあ、もともとは誰かがテキトーに呼んでた名前なのだろうが。
 手持ちの写真を貼っておく。

オジサン










 これは沖縄本島で釣れたオジサン。手のひらサイズである。
 自分で言うのもなんだが、これ、けっこうきれいに写っとるなぁ。なんでやろ。撮影が(自分としては)うまくいったとき/ダメなときの違いを把握していれば、いつもこれくらいの写真を撮れるはずなのだが、てんでわかっていない自分が残念きわまりない。


 ともあれ、これこそがオジサンである。
 特徴は2本の目立つヒゲ。これがおっさんくさいので、「オジサン」と呼ばれ、それが標準和名になったらしい。
 もともとは小笠原地方の呼称だったようだ。むしろ「オジイサン」と呼ばれていたフシもあるそうで、「オジサン」が定着した経緯については小西さんが「遊魚漫筆」および「遊遊さかな事典」で簡潔に書いている。 
http://tsuriyoubi.jp/essay/0036/02.html


遊遊さかな事典 六十六の釣魚物語とさかな用語集 (釣り人のための遊遊さかなシリーズ)










 で、問題は、こんなヒゲを持っているのはオジサンだけじゃないことである。
 オジサンはヒメジ科の魚である。『日本産魚類検索 第三版』を見ると、日本産のヒメジ科は23種いる。また全国に散らばっているクサの報告によれば、未記載種か未報告種か不明だが、この23種とは違うヒメジ科もけっこう釣れているらしい。
 そしてこのヒメジ科は、全種がオジサンのようなヒゲを持っているのである。つまり、「ヒゲがあるからオジサン」ではなく、「ヒゲがあるからヒメジ科」と考えるのが正しいのだ。


 ところが、「オジサン」という和名が愉快だからなのだろう、ヒメジ科であればなんでもオジサン扱いされたりする。うちの実家近辺(九州西部)でも、20㎝を越えるくらいのヒメジ科はすべて「オジサン」で済ませていると思う。地の言葉ではないが、メディアを通じて定着したのだろう。小型のヒメジ科なら、「ベニサシ」(紅差し)という美しい地方名がまだ生きていると思うのだが。


 というわけで、この日に見つけた「オジサン」は、オジサン本人ではない。オジサンの仲間。あるいはツレ。もしくは変なおじさん……いや、ややこしい言いかたは慎んでおこう。要するにヒメジ科の1種である。

 ヒメジ科の魚は、べつに珍しいわけではないが、まとまって獲れることはあまりない(と思う)。よってそこらへんの魚屋ではほとんど見かけない。
 それを見つけちゃったわけである。しかも「刺身用」ときたもんだ。値段も手ごろだし、購入をすぐに決意した。


 しかしわからないのは種名である。ヒメジ科の見分けはけっこう難しい。斑紋の大きさや位置、また形状の微妙な違いで区別されたりするので、シロウトにとってはなかなかの難物である。
 尾柄部にある黒斑の感じから、オキナヒメジかホウライヒメジのどちらかだと思った。あとは持ち帰って図鑑を調べよう。自分でわかんなかったら遊魚BBSに写真を送ってお願いしようかと考えていたのだが……店員のおばちゃんが私に言った。
「どうしときましょ。柵にしとく?」
 あ~、下ごしらえもしてくれるんだね、この店は。私はついつい答えてしまった。
「じゃ、ワタだけ出しといてください」


  ……グウタラな私をお許しくだされ。
 というのも、可燃ゴミの日がまだ先だったのだ。うちでさばくと、腹ワタは家庭用ゴミ箱行きになる。そして2日もたてば、この季節だから腐臭が漂ってしまう。手狭なマンション暮らしの身、それもめんどうだなぁと思ってしまったのだ。
 そして店員さんはワタと同時にウロコも落としてしまった。これで斑紋が台ナシだ。きちんと種名を調べるのは無理だね!
 購入した現物はこれ。

オキナヒメジ1

 











 ワタなし、ウロコなし、ついでに尾ビレも切断されている。残念な姿だが、料理は楽チンだ。
  私見なので信用しないでほしいが、これ、たぶんオキナヒメジだと思う。この写真ではほぼ消えてしまっているが、尾柄部の黒斑が小さめな印象だったからだ。ホウライヒメジならもう少し大きく感じると思う。
 肉厚なのでさばきやすい魚だが、皮がやや引きにくい。けっこう厚みのある皮だが、妙にちぎれやすいのだ。そこんとこだけはちょっと気をつけて。


 この日は刺身と煮付けで賞味することに。
 まずは刺身。


オキナメジナ2
















 ツマのたぐいがなにもなかったので、ワカメとミョウガで申しわけ程度に飾る。
 美しく、また適度に脂の乗った白身である。味は極上クラスだと思う。張りがあるのに柔らかい歯ごたえがすばらしい。

 盛りつけがテキトーで恥ずかしいが、煮付けがこれ。


オキナヒメジ3





















 これも極上と言っていい。
 このほか、どんな料理でも合いそうな気がする。これがほんとうにオキナヒメジだとすればだが、昔、実家の沖で釣ったやつをフライとムニエルで食ったことがある。実においしかった。
 しかしまあ、個人的には煮付けがいちばん好きかな。しっかりと味つけする料理に向くと思う。

 あまり知られていない魚でも、毒さえなければたいていおいしく食べられる。中には極上のヤツもいる。そしてオキナメジナ(たぶん)は、私見では極上のひとつである。


 そういえば先日こんなニュースがあった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130822-00000154-jij-pol

メジマグロ食べないで=水産庁幹部が異例の訴え
時事通信 8月22日(木)20時56分配信

 「メジを食べるのはやめましょう」。水産庁の宮原正典次長は22日、太平洋クロマグロ(本マグロ)の資源管理に関する会議で、本マグロの刺し身として店頭に並ぶメジマグロを食べるのを控えるよう、異例の呼び掛けを行った。
  メジマグロは、水産庁が資源量を回復させるために漁獲規制を強めているクロマグロの子ども。クロマグロとして水揚げされるうちの98.8%は、卵を産むようになる前の3歳以下のメジマグロなどが占めている。親の数が過去最低水準に落ち込んでいる上、子供の数もここ3年は減っている。それだけに「今後ともマグロを食べていくには、今は我慢しなければいけない」と訴えた。 


 もっともな呼びかけ、というか、もっと突っこんだ対策をとってもいいような気さえする。
 しっかし……私はクロマグロなんざ何年も食べたことがないのだ。ほぼ詰んでいるらしいウナギもぜんぜん食べていない。「食べるのを控えよう」と言われても、だからこれ以上控えられないのである。
 個人的には、クロマグロやニホンウナギなんかなくたって、そこらへんでふつうに獲れる魚を食えれば、じゅうぶん豊かな食生活だと思っている。こんなオキナヒメジ(?)に恵まれた日は、とくにそう思う。
 なのに乱獲はおさまらないんですな。まあ漁業や外食産業も関わってくるので、難しい問題なのはわかってるんだけど……。


 ともあれ、マイナーではあるが極上の魚を賞味し、大満足の夕食でありましたとさ。