中落合日乗(國學院大學元職員の日記)

退職したので「國學院大學嘱託職員の日常」をリニューアルしました。身辺雑記記事中心です。たまに國學院大學の様子も載るかも。 なお、内容に関連性がないと私が判断したコメント、トラックバックについては削除させていただきます。

断腸亭跡〜「監獄署の裏」

月曜日に6回目の抗がん剤点滴。そして昨日(16日(水))は耳鼻科、今日(17日(木))は白血球減少対策のジーラスタ注射と病院続きです。体調はまあまあの時期(だから抗がん剤をやる)なので、ちょっと病院近隣を歩いてみました。

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まずは昨日、ネット上の地図を見ていたら永井荷風の断腸亭が近くにあったとのことなので行ってみました。都営地下鉄の曙橋で降りて抜弁天方向に上がっていく坂道の途中。

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新宿区教委による史跡の説明板がありました。まあ、このブログ名「中落合日乗」もこちらの「断腸亭日乗」にちなんだ(というかマネした)ものなので、一度は行ってみないとねというところでした。

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そのまま抜弁天方向へ進むと「坪内逍遥旧居跡」の説明板も。同時期に逍遥と荷風が近隣に住んでいたということですね。面識はあったのでしょうか?

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ついでにそのまま抜弁天・厳島神社まで歩き参拝してきました。

で、こっち方面は終わりにするつもりだったのですが、夜にこの付近の大正期の古地図などを見ていたら永井荷風邸のすぐ向かいに「東京監獄」の文字が。さらに明治期にはその下に「市ヶ谷監獄」もあったよう。そんな場所に断腸亭があった(建てた)というのにはちょっとびっくり。

ステロイド薬を飲んでいる影響か寝付かれず、結局夜中にいろいろネットを見ていて「東京監獄刑死者慰霊塔」があったりとか、荷風に「監獄署の裏」という作品があったりとかいろいろ面白そう。
それはやはり行ってみなければということで今日改めて付近を再訪して見ました
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昨日の説明板の裏手。このあたりに断腸亭があったとか。

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説明板の通りの向かいを入ってあたりにある「東京監獄刑死者慰霊塔」。このあたりから現在東京都立総合芸術高等学校があるあたりが東京監獄だったらしい。

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一応大正11年の地図。(「地図で見る新宿区の移り変わり 牛込編」より)
なお、中央の「東京監獄」とある右下側「市谷臺町」と書かれているあたりが「市谷監獄」があったあたり。東京監獄(市谷刑務所)と市谷監獄の関係についてはこちらで。

さらに、断腸亭跡(および周辺)についてはこちらのページが比較的詳しいようです。

以下蛇足(かな?)。
荷風はこの地で「断腸亭日乗」(最初は「断腸亭日記」)を書き始めたものの、すぐに家屋敷を売却。築地の借家に移ったのち、昭和20年に空襲に会うまで麻布(現六本木一丁目)の「偏奇館」に長く住むことになります。戦後は市川方面など(詳細はWikipediaあたりで)。
「監獄署の裏」(参考ページはこちら)などを読むと、荷風はあまりこの付近を気に入っていなかったようです。少し離れた市谷監獄はそれ以前からあったはずですが、やはり正面に東京監獄の姿が見えるのは好ましくなかったのでしょう。最初は通りに面した監獄側の半分を売り、結局家屋敷全部を売って移ってしまったのもそんな付近の雰囲気が嫌いだったというのも一因なのかもしれません。
それでも日記に最後まで「断腸亭」の名を用いたのは、この地への思い入れがあったということもあるのでしょうか。

丸善池袋店(文具店)本日開店

朝、病院へ。採血などを行い次回抗がん剤のためのチェックを行う。この時期は体調も悪くないので、帰りに池袋へ寄って開店20周年を迎えたジュンク堂書店池袋本店で本を購入、さらに本日開店の文具専門店丸善池袋店をちょっと覗いてみた。

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まずはジュンク堂書店へ。最近リアル書店であまり新刊書を買わないのだが、20周年ということで3冊購入。まあ、使える商品券などがあったということもあるが。(^^;

ちなみに購入したのは、
スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち
山根一眞
日経BPコンサルティング
2017-07-27

こいしいたべもの (文春文庫)
森下 典子
文藝春秋
2017-07-06


の3冊。

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もう一つの目的はこちらの文庫本用書皮が欲しかったから。
なお、左のしおりも20周年記念バージョンだったので数枚もらってきた。

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書皮には池袋駅南側の案内図が書かれており、書店スタッフが選んだおすすめの場所も載っているのだ。

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で、せっかくだからと行ってみた本日開店の丸善池袋店。ジュンク堂の並びすぐのところです。まあ、資本関係は一緒ですしね。
表の鉄道車両(運転台部分・本物)が目印だそうです。なお、店内にももう一両ありました。鉄道ファンを取り込もうというのでしょうか?開店早々ということでそれなりに人も入っていましたが、関係者らしき人の挨拶する姿もそこここに。いまいち落ち着いて店内を見て歩くという雰囲気ではありませんでした。
ざっと見た感じですが、1Fのカフェはともかく、2F及びB1Fの文具類は丸善らしくちょっとハイソ?かな。面白文具といったようなものはなさそうでした。今のところ、わざわざ行きたいというほどではないですが、ジュンク堂にはこれからも時々行きたいと思っているので、たまには寄って様子を見るぐらいの感じでしょうか。

「モノの力 ヒトの力」展など

昨日は歯のかぶせ物が取れたので、かかりつけの渋谷の歯医者へ。
ついでといっては何ですが、國大の博物館展示などを見に行ってきました。

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企画展「モノの力・ヒトの力―縄文から現代まで 人と工芸の間にやどるチカラ―」開催中。わかるようなわからないようなテーマですね。

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一点?を除いて撮影可というのはいいですね。

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個々の展示物についての意味の説明はなし。なぜこの展示物がこの位置に展示されているかについてはミュージアムトークを毎回聞くしかないということでしょうか?図録も有料だし、ちょっと不親切かも。

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短刀が展示されていますが、この手前側隣が撮影不可の「烈公佩刀の冠落鎬造脇差」です。(7月29日に関連ミュージアムトークがあった模様)

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装飾的な刀の鐔などの展示もありました。

この他、特集展示「Stonehenge〜描かれた古代の遺跡」もやっていたので観覧。小林達雄先生、こっちも興味があったんだ。

ちなみに、このあと図書館で借りた本がこちら。

関係あるといえばあるのかな。ま、うちに帰ってパラパラ見たら無理やり感満載のあっち系の本のようでしたが。

学内・周辺の様子も少し。
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明治通り方向(学生さんはサマーセッション参加者かな)。西の空は遠い台風の影響で今にも降ってきそう。幸い、私は家に着くまで降られませんでした。

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夏の恒例、神職養成講習会もこの日から始まっていました。

あなや!

前回の記事からだいぶ間が空いてしまいました。
やはり抗がん剤副作用での体調不良期が一週間ほど続き、さらに今回は便秘及びその薬の反動も加わり、すごくきついということはなかったのですがいまいち外に出る気にもならずといった状況でした。
ま、ここ数日は暑さにめげていたということもあります。(^^;

で、だいぶ体調も戻ったので昨夜、というか今早朝は3時ごろから起きだしてつい世界陸上を見てしまいました。ボルト最後の100メートルの走りという宣伝文句に織田らされ、もとい踊らされたということですね。日本勢もどこまでやれるのか見たいという気持ちも。
結果はまあやはりそんなものということになりました。ボルトも後半の伸びが感じられず力が落ちたのかなあと思わせ、日本勢はまだ実力不足(必死に頑張ってうまくいけば決勝に残れる程度)でした。

一方、女子10,000メートルではエチオピアのアヤナが圧勝。日本勢を含むほとんどの選手を一周遅れにするという圧巻の走りでした。しかしアヤナのスパート時点を全く放送できていなかったTVは何をしていたのでしょう。放映されたと思ったらもう独走状態でそのままゴールでした。
で、なぜかアナヤの名前がなかなか覚えられず(^^;)、そういえばと思いだしたのが平安時代を舞台の物語やマンガなどで出てくる間投詞?としての「あなや」。あなやの「な」と「や」をひっくり返したアヤナで覚えることにしました。
でも、平安時代の人は本当に何かの時「あなや!」と叫んでいたのでしょうかね。なにか言いにくそう。英語の”Oh my God!”みたいなものなんでしょうか?

ちなみに、ネットで調べていたら「アナヤ」という名前の方もいるようです。新しいワンダーウーマンにも出演しているエレナ・アナヤという女優さんもいますね。(ますます混乱しそうな私)


以上、本日はどうでもよいネタで書いてみました。

※今夜も男女マラソンですね。長距離好きには応えられない日かも。

KANNON HOUSEと不忍池の蓮

月曜日から抗がん剤5クール目。本日は白血球減少を防ぐためのジーラスタ皮下注射。前回のパターンだと注射翌日から一週間ほど体が重かったりかなり具合が悪かった。

ということで比較的身体が動くうちにと思って上野へ。
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あまりあちこちは行けないので、目的地はびわ湖長浜KANNON HOUSE

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19日から展示の川並地蔵堂聖観音立像。可愛い感じのお顔ですね。

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もう一枚、右手前から。

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実はこちらの絵葉書をもらうのがもう一つの目的。KANNON HOUSEメルマガ読者限定で各回1枚いただけます。(3枚あるのは前回・前々回分をもらっていなかったから)
しかし長浜周辺の観音様はいいですねえ。

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KANNON HOUSEを裏手から撮ってみました。

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その先に広がるのは不忍池。

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そして、観音様にふさわしい蓮の花です。

「沖ノ島 神宿る海の正倉院」展〜「RYŪSHI」展

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懐かしいエレベーターは日本橋タカシマヤ。

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昨日NHKの夕方のニュースでやっていたのを見て早速行ってきました。
【祝 世界遺産登録】沖ノ島 神宿る海の正倉院◎撮影 藤原 新也
朝の開店直後だというのに(だからか?)、年齢層の高い方々で結構込んでいる会場、って私もそうか(^^;)
とにかくあの沖ノ島の内部の写真が見られるというのでは行くしかないですよね。でも、こんな形で写真を公開してもいいのか?しかも展示の写真撮影すべてOK!島内の「一草一木一石」たりとも持ち帰ることも許されないという禁忌はどうなった?
とはいえ、せっかく撮っていいというので何枚か写真を撮ってきました。
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最期の写真は沖津宮遥拝所ですね。なつかしい
藤原新也氏の映像も見ました。そのアプローチ自体は若干どうかなと思うところもないわけでもないのですが、まあ貴重な写真であることは間違いないので、世界遺産となった沖ノ島の今後のありかたも含めて必見の写真展だと思います。(本も出ているので買おうかな)


その後、國大渋谷キャンパスへ。博物館で西南学院さんの相互貸借展示「転びキリシタン」などを見てから昼食。
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写真はいつもの学内風景。他には公開古典講座開催中で、こちらも例年通り中高年の方々の姿が多く見られました。


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元の職場や院友会館に用事があって、寄ってから向かったのは山種美術館。こちらは川端龍子の展覧会開催中。特に龍子に興味があったわけではないのですが、招待券をもらったので行ってみたものです。

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この作品のみ撮影可ということなので撮ってきました。
「【特別展】没後50周年記念 川端龍子―超ド級の日本画― 作家名:川端龍子 作品名:真珠 所蔵者名:山種美術館」(以上、ネットで載せるときには記載せよというので一応載せておきます)
なお、川端龍子については犬が好きだったということで親近感を持ちました。

暑い中ですが久しぶりのミュージアム巡りを楽しんできました。

久しぶりに書店へ〜年表がない!

本日は102歳を迎えた叔父のお祝い/お見舞いに入所している施設へ。施設でも最高齢ということで先日の誕生日にお祝いしてくれた写真が飾ってありました。
で、せっかく外出したのだからと帰りは池袋の本屋さんへ寄って見ました。
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左手三省堂書店池袋本店、正面奥がジュンク堂書店池袋本店です。退職してしまうと繁華街(にある大型書店)に出かける機会が減って、ましてこの暑さだとつい家に引きこもりがちになってしまします。(病気治療中ということもある)
たまに行く大型書店はけっこう刺激的でした。ただ、ずっと見ているとちょっと疲れますね。
とりあえず文庫本あたりをざっと見て記念に?1冊購入(ジュンク堂)。あと、日本史関係のちょっと詳しめの年表が欲しかったので歴史関係の棚を見たのですが、どちらにもちゃんとした年表の本がほとんどないことにびっくり。

かろうじてあったのがこれですが、なんだかイマイチしっくりきませんでした。
しかし、高校以下の学習用やムック的なものでなく大学で専攻する学生用レベルの年表って需要がないんでしょうか。ネット上にもなさそうだし。
昔は辻善之助編の『日本文化史年表』という本があって、史学科の学生はぜひ買って持っているようにと言われたものです。これは今でも持っていて、ただ刊行されたのは上巻のみで1600年までしかありません。とりあえずこれで間に合わせるしかないのかなあ。ここまで詳しくなくてもいいんだけれど…

※ちょっとネット検索してみたら『日本文化史年表 上』はAmazonの古書で32,800円!、「日本の古本屋」あたりにも載っていなさそうということは結構高くなっているのか?
でも、うちのは線引いたりしているのでダメか(^^;

1966年の衝撃

先週のNHK朝ドラ「ひよっこ」ではビートルズ来日が大きなテーマでした。特に見ているわけではないのですが、家人が見ているので朝食時など耳目に入ってきてしまいます。

まあ、いろいろあったことはニュースなどでリアルタイムで見ていました。
その1966(昭和41)年当時、私は某超進学高校の2年生。多分、回りは受験の方に目が行っていてあまり盛り上がってはいなかったような。とはいえあまりそういうことは外に見せない連中ばかりでしたから、中には興味を持っていたのもいたかもしれません。
一方自宅の近所ではやはりあまり盛り上がってはいなかった。なんだか有名なバンドがイギリスからきてファンがかなり盛り上がっているなあ、ぐらいの感じでしょうか。(場所的には新宿区の東のはずれですから武道館もけっして遠くはなかったのですけどね)
もっとも、隣の一つ上の幼馴染は結構はまっていました。とはいえむしろビートルズよりはベンチャーズファン、あるいはエレキギターファンといった方が良かったのかもしれません。

ということでそちら方面ではあまり盛り上がっていなかったように感じられる私の周りですが(あくまで個人の感想です)、実はこの1966年は私の音楽関連シーンではもう一つの大きな衝撃があった年でした。
それはフリッツ・ヴンダーリッヒ*のデビューレコードが発売された年だからです。当時ドイツ・リートメインに聞いていた私にとってこの「水車屋の娘」を歌う伸びやかなテナーは大変魅力的でした。しかし、何とこのデビュー盤はヴンダーリッヒの追悼盤‼にもなってしまったという衝撃は強烈でした。36歳前の事故死は本当に惜しんでもあまりあるものでした。
ご存じない方には何のことやらでしょうが、ドイツのリリック・テナーとしてはいまだに彼を超える人は出ていないのではないでしょうか。いやあのパヴァロッティは「歴史上もっとも傑出したテナー」と言ったそうです。興味を持った方はとりあえずWikipediaの記載をご覧ください。そしていまだに聞かれ続けている彼の録音はこちらからどうぞ(一部リンク切れあり)。

ということで、個人的に1966年の音楽シーンのトップニュースはフリッツ・ヴンダーリッヒのデビューと死でした。(ということは、もう死後50年以上たってしまったということ)
その後発売された録音済み音源を基とするLPレコードもだいぶ買いました。今でも探せば出てくるはず。同じものも含めてCDでも何枚か購入、個人的にオペラはあまり聞かないのですが、アリア集的なものもなかなかすばらしいです。でも、それ以上の録音はもうない…現役のヴンダーリッヒも聞きたかったなあ。と、今日は年寄りの昔話記事になってしまいました。

*一般的表記は「フリッツ・ヴンダーリヒ」となっているようですが、個人的ななつかしさを込めて「フリッツ・ヴンダーリッヒ」と書きます。

参考過去記事はこちら。(一部リンク切れあり)

「朝倉宮」

悪性リンパ腫治療の副作用が結構大きかった今回です。前回と違ったのは白血球を増やす薬としてジーラスタ皮下注3.6mgを使用したこと。抗がん剤のあと3日目の先週木曜日に注射をしたのですが、それから昨日水曜日までかなりの体の重さとだるさを感じていました。何もする気になれず、都議選の投票も家人に促されてようやく行ってきたぐらい。(たぶん一人だったら行かなかった)
ようやく今日あたりから復活してきてこのブログも書く気になってきたところです。私は抗がん剤の影響で白血球が減りやすいとのことでこの注射に変えたのですが、これだけ副作用があるとちょっと考え物。先生に相談してみようと思っています。(この薬の影響だけなのかどうかははっきりはしませんが)

さて、ニュースなどを見ると九州では梅雨の集中豪雨でかなりの被害が出ています。今回は福岡南部から大分にかけて大変な雨が降ったようです。これ以上被害が広がらないように、そして復旧が早いことを祈るしかありません。しかし梅雨(末期?)の集中豪雨というのは毎年のように繰り返されます。気象庁の予報もかなりの精度にはなってきているのですが、依然こういう局地的な予報は難しいようですね。少なくとも雨の数時間前には予報ができるようになるとだいぶ違うのではないかと思うのですが。

で、ようやく本題。今回のニュースを見ていると福岡の朝倉(市)という地名が頻出していました。これはひょっとして朝倉宮の故地では?と思い、調べてみると果たしてそうでした。正式には朝倉橘広庭宮というんだそうです。百済救援のために置かれた前線基地とでも言いましょうか、斉明天皇というより中大兄皇子(後の天智天皇)が主体となってここに移った場所です。しかし斉明天皇はここで崩御、そして白村江での敗戦と時代は進んでいくことになります。朝倉宮については、斉明天皇の喪の儀式の様子を朝倉山の上から鬼が大笠を着て覗いていたとの記述が日本書紀にあり、そちら方面(妖関係)では結構注目されてもいます。
現朝倉市の地図がニュースなどでもたびたび報じられ、ずいぶん奥まったところにあると思いましたが、改めて日本書紀を読んでみると前線基地は那の大津(博多?)あたりであり(称制の中大兄は少なくとも白村江敗戦まではそこで指揮をとっている)、天皇は奥まった朝倉宮にいてもらうという態勢だったのでしょう。

ついでにもう一つ、川の氾濫関係のニュース内で福所江という地名が出ていました。エッ?と思ってTV画面を見直しましたが確かに福所江という川の名前でした。グーグルマップによれば福所江川ですが、NHKでは確かに福所江でした。日本では現在ほとんど○○川ですが、○○江と呼ばれているところもあるのだとちょっとびっくり。使い分けについては一応こちらあたり。古代の白村江もそうですが、江は大きな川の河口付近を指すようですが、上記グーグルマップを見る限りこの福所江はごく小さい川のようです。地名の由来を聞いてみたいところですね。

以上、災害のニュースを見て、不謹慎とは思いながらつい古代に思いを寄せてしまった私でした。

最後に久しぶりに昼間散歩をして撮ってきた写真を一枚。
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近隣(現在の氏神様)の中井御霊神社です。おお、そういえばもう明日は(新暦の)七夕なんですね。

『渋谷学 SHIBUYA studies』

渋谷学
國學院大學研究開発推進センター渋谷学研究会
弘文堂
2017-04-03

著者の石井研士先生から間接的にではあるがいただいた本。
國學院大學の渋谷学関係では「渋谷学叢書」など多くの本を出版しているが、それらの内容をまとめて石井先生が書き直したもの。近年のシブヤについて多くのことを知ることができて面白い。研究者による成果も取り入れて書かれているが、年越しやサッカー・ワールドカップ、ハロウィン時の様子など大変興味深いレポートである。現在行われている駅周辺再開発の状況なども比較的わかりやすくまとめられている。
その他、特に近年のシブヤ(渋谷)について知るためには参考になる本だと思う。写真や図版も多いので読みやすい。さらに深く知りたい方は渋谷学叢書などをご覧ください、ということかな?時々、若干無理やりのように國學院大學関連の情報が顔を出すのはご愛嬌というところで。(^^;
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