福岡旅行記事もだいぶ長くなりました。最終日はちょっとマニアックなので、写真は多いですが一気に行ってしまいましょう。(興味のない方は流し読みしてください)

3日目までは神社中心でした。しかし大学時代に古代史をかじったものとしては、福岡へ行ったらやはり「大君の 遠(とお)の朝廷(みかど)」と歌われた大宰府周辺には行かなければならないでしょう。実は昔一度行ったことはあるのですが、既に記憶は薄れており、その再確認ともう少し範囲を広げて歩いてみようと行ってきました。
なお、大宰府とは?とか大宰府と太宰府の違いについて書いているといつまでたっても記事が終わりませんので省略します。興味のある方は各自検索してみてください(参考としてはこちらなど)。

ちょうど「太宰府まるごと観光マップ」(電子ブックでも見られるのですね)という地図中心のパンフレットを手に入れたので、これを片手に西鉄都府楼前駅から歩き始めました。

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国道3号線や県道福岡日田線が並行している区間なのですが、その間の細い道を歩いていたらこんな表示がありました。どうやら期せずして旧道を歩いていたようです。

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こちらに立っているのは猿田彦大神(道の神)を祀ったお堂のようです。
関跡の碑は別のところにあるようですが、それほど興味はなかったのでパスしました。

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しばらく歩くとまず左手に見えてきました。本日の最初の目的地「水城」です。

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県道で左右に分かれて(もともとこの辺には後述する東門があったようですが)いますが、木が茂っている土塁がのびています。

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さらに近づいたところ。

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向かって右側(北東側)には「特別史跡水城跡」と書かれた柱。この辺りは小公園になっています。

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少し通り過ぎて反対側(福岡市側)から。こちら側には堀があり水をたたえていたため水城の名がついたとか。

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北東側は人口の堤は終わっていますが、その先は台地状になっており、さらに大野城跡(四王寺山)方面へと自然の要害が続いています。

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先ほどの小公園付近には東門の礎石が残されています。ちなみに西門跡はここから1kmほど先のJR水城駅付近にあります。さらに水城自体はもっと先の大野城市あたりにもあったようです。

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東門礎石のすぐ脇で道路工事をしていると思ってよく見たら発掘作業でした。

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すぐ脇の展望台から。ここからだと良く見えませんが、航空写真や別の場所からだと木々に覆われたラインが続いているのがわかるようです。(上の大野城市のページ参照)
なお、今年は水城・大野城・基肄城築造1350年ということで、いろいろな事業も行われているそうです。

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水城跡から少し戻る形で歩きます。最初の旧道の続き部分のようですが、各所に菅原道真公ゆかりの場所や伝承地などがありました。こちらは衣掛天神(天満宮)

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このような小さなお堂なども見かけました。

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そして左手(北東)に曲がるとそこは筑前国国分寺などのエリア。こちら国分尼寺跡ですが、田圃が広がるばかり。書かれている礎石も見つけられませんでした。

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「歴史の散歩道」を歩いていくと、まず国分(僧)寺講堂跡に出ます。

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そしてこちらが金堂など中心部跡。その向こうに見えているのが、創建時の金堂跡に建つ、現在名前を継いでいる筑前国分寺。

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礎石の一つ。

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遺跡南側に立つ天満神社。

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少し歩いたところに「太宰府市文化ふれあい館」があり、ちょうど良い休憩スペースとなっていますが、その屋外には国分寺の七重塔が10分の1スケールで復元されています。

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人物模型と比べるとその大きさが想像できますね。

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国分寺跡エリアを後にして大宰府政庁跡方面に歩く途中、御笠団印出土地があります。まあ、書かれている通りです。


そしていよいよ大宰府政庁跡へ。
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まずは蔵司跡。実はここは今日の出発地点の都府楼前駅から500mほどのところ(駅の名前からしてわかりますね)。かなり遠回りしてきたことになります。

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大宰府政庁前交差点付近から。後ろの山は大野城跡のある四王寺山。

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直接遺跡に入ってもよかったのですが、隣接する太宰府展示館で先にちょっとお勉強を。
発掘調査の成果などが展示されています。個人的には水城の様子などもわかる太宰府市周辺周囲ジオラマや大宰府政庁復元模型などが興味深かったです。
なお、ここにはボランティアの方が常駐し、展示物などの説明をしてくれます。私も今回お世話になりました。説明していただいた方、ありがとうございました。

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いよいよ政庁跡へ。やはりここは南門跡から。

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そして中門跡。かなたに石碑が3本見えているのがお分かりでしょうか。

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こちらが正殿跡付近に建てられた石碑。大宰府政庁跡の象徴として有名らしいです。いずれも明治期以降に立てられたものですが、大宰府跡の史跡保存を意図して立てられたものだそうです。(こちらのブログあたりが詳しい)

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正殿跡から南、中門・南門方向を見る。
このあたり奈良の平城宮跡(の小型版)を彷彿させます。

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回廊跡から正殿跡方向。右手の水路も昔からあったものでしょうか。
ちなみにこちらの政庁跡には礎石がたくさん見えていますが、当初のものは少なく、ほとんどが平安期の第三次政庁の時のものだそうです。(展示館で聞きました)

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南門前から県道筑紫野太宰府線を歩き、観世音寺を目指すといくつかの遺跡があります。まず学校院跡。
本当は南に向かうと菅原道真配流の地である榎社があるのですが(700mという標識があった)、ちょっと疲れていたのでパス。^^;
本来、その場所に立って「都府樓纔看瓦色 觀音寺只聽鐘聲」の境涯を偲ぶべきなんですけどね。

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続いて「天下三戒壇」の一つという戒壇院跡。こちらはその名を継ぐお寺が現存しますが、ここもパス。^^;
裏手の玄景茲世韻任盡ておくべきだったかも。

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戒壇院のすぐ先に観世音寺参道。もともとは観世音寺内に戒壇があったとのことですから当然でしょう。

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南大門跡には礎石が残っていました。(反対側には近所のおばちゃんたちが礎石に座ってお弁当を食べていたりして…)

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正面に立つのは講堂。

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講堂正面。

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向かって左手(写真は講堂前から撮ったので右手)に金堂。(講堂・金堂とも江戸期の再建)

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五重塔心礎石。

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こちらが菅公も聞いたという日本最古の梵鐘

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金網の間から撮ってみました。

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こちらの宝物館には平安期以降の4〜5mクラスをはじめとする巨大仏像が並ぶなど寺宝が展示されています。特に仏像ファンの方は必見の場所でしょう。
現在の観世音寺がちょっとさびしいので、このの仏像と大宰府展示館にある復元模型を見て往時を想像するしかないでしょうね。

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観世音寺裏手に出ると日吉神社がありました。
ここから再びの太宰府天満宮を目指します。

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途中にあった旭地蔵尊。今日歩いた旧道には、所々にこのような小さな祠がまだ残っていました。

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さて、天満宮に到着。午後2時頃でしたか、ようやく駅前で冷やし飛梅おろしうどん(だったかな)の昼食にありつけました。どうも歩くとついつい食事がおろそかになってしまいます。

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太宰府天満宮については2日目に書いたので省略。一つだけご紹介し忘れていた写真はこちらの石橋。江戸期から残っているものとお聞きしました。

ということで、延々つづいた福岡旅行シリーズ?もお終い。帰りは新幹線グリーン車でゆっくり帰ってきました。
飛行機は早いけど、やはり列車の旅は落ち着きます。時間があるときはなるべく列車の旅を楽しみたいですね。
(もう歳だし、内田百里砲覆蕕辰董岼貪車」の旅を楽しみたいと思ってます)