okinawa

西表島の北側に位置し、八重山郡竹富町の最北の島、鳩間島。

人口わずか50人ほどが暮らす小さな島であります。

目を見張るようなエメラルドグリーンの海に囲まれ、サンゴ礁の隆起した地形に、訪れた人々は心を奪われます。

この島には特に観光客をもてなすことを重きに考えられた施設はなく、古くから続く島民の暮らしが現在も淡々と行われているのみです。

そんな島の雰囲気が、逆に多くの沖縄旅行愛好者たちの中で、人気になっている要因であると言えるでしょう。

現在は数人になっているようですが、以前は海人(漁師)も多く、島周辺の海を生かしたカツオ漁やシャコガイの養殖なども行われていたようです。

ビーチも特にシャワーや更衣施設もなく、天然の海水浴場というフレーズが最も適している状態です。

またこの鳩間島は、過疎化に伴う里親制度を題材に、実話をもとにして制作された日本テレビのドラマ「瑠璃の島」の舞台になったことで、一躍有名になり、多くの観光客が島を訪れるようになりました。

しかし、そんな事情の中でも特に大きな施設やホテルなどの建設は行わず、あくまで島民たちの暮らしと、島の伝統や文化を大切にしてきました。

沖縄の島々の中には、ブームに乗って様々な島の事情を変更してきた地域も多くあります。それはそれで仕方のないことではありますが、島本来の良さの継続と観光業としての発展は、すべてが交わるものではありませんので難しい課題の一つですね。

沖縄旅行に訪れる人たちには2種類あって、やはり南国リゾートを満喫したい方。これは当然ですよね、温暖な気候の中綺麗な海に囲まれてゆっくり過ごす時間は至福です。

もう1つは、古き良き時代、そのままの沖縄の風景に浸りたいという方。こんな方々は、逆に不便でも、手つかずのままの雰囲気を好むことでしょう。

まさに鳩間島は、そんな後者が愛すべき島と言えると思います。

建物の感じ、森の雰囲気などすべてから沖縄の原風景を感じることができるのではないでしょうか。

前述したとおり、時代の流れや事情もあり鳩間島は過疎化の影響をまともに受けています。島内に1校ある小中学校も数年に一度廃校の危機が巡ってきています。

国や県、町の政策や働きかけで全国各地から離島留学制度により、里子の引き取りを行っています。近年には鳩間島への留学生のための寮や生活施設の建設も施工しています。

難しい問題ではあるかとは感じますが、島の良さを残していくには”人”が必要なのです。

これは、決して鳩間島だけの課題ではありません。各々、独立した文化を持つ沖縄の多くの離島に当てはまるものだと思います。

血は薄れていくかもしれませんが、伝統や文化を継承していくには外部の力も必要なのです。

観光にシフトせずに、文化の継続、伝統の継承を選んだ鳩間島。沖縄好きの方以外の方々も、一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

なにか、人間としての大切なものを感じとることができるかもしれません、ぜひ鳩間島へ。



上空から見渡すとまさにサンゴ礁の島との呼び名が相応しい水納島。発音は”ミンナ”です。

一説によると、昔から水資源がなかったために、「みずなし島」と呼ばれていたのが変化したとなっています。平地の島ですので仕方ないかもしれませんね。

360度見渡す限りのエメラルドグリーンの海で、楽園の雰囲気満載である。

椎名誠の書「海の向こうのかくれ島」にも登場しています。島の形を理由に「クロワッサンアイランド」と呼ばれています。

とても小さな島だが、恵まれた海には島民をはじめシーズンには多くの観光客で、大変賑わうことになります。

この水納島の魅力をご紹介していきましょう。

人口は50名ほどです。小中学校が1校、あとは役場のほか公的な施設はありません。タクシーなどもありませんので、滞在する際はお宿の方と相談してください。

アクセスは、沖縄本島本部の渡久地港から水納港までおよそ15分。近年は宿泊滞在者も増えつつありますが、やはり本島からのアクセスの良さによって日帰りの観光客がいまだに大半を占めます。

現在では、リゾートを中心とした売りの島になっていますが、以前は島全体が”ナンメイ御嶽”として聖域として崇められていました。

明治時代には、沖縄本島からの移住によりサトウキビの栽培も行われていたようです。

また島の南に位置する”カモメ岩”は渡り鳥たちの休息の岩と言われています。その昔、岩で休んでいたアジサシを島民たちがカモメと間違えて認識していたことから、この名が付いたようです。

なんとも可愛いエピソードですね。

海水浴のメインビーチは、”水納ビーチ”。島の玄関口水納港のすぐ横にあり、その透明度は抜群で人気です。ここは泳いでみる価値ありです!

”水納島灯台”。昭和45年に使用が開始された灯台です。島の東側にあるのですが、道のりは険しいので行かれる方は覚悟して行ってみてください。

その他、キャンプ場や牧場もありのどかな景勝地域もあります。夏になると若者たちがキャンプで賑わう姿が多くみられています。

およそ50人程度の島に、年間6万人もの観光客が訪れるのは以上と言える数字かもしれません。それだけ好条件が揃っているということですね。

島内を歩いて散策することもお勧めです。サンゴを積み上げてできた石垣や、人々の生活のために使用されていた井戸が2か所そのままの形で残っています。

いくつかお土産も売っていますので、島でしか手に入らない品を買って帰るのも旅の思い出としては最高ですね。

最後に近年起きてる課題だそうですが、ゴミ問題が非常に表立っているようです。

多くの来島者で島が盛り上がり財源が増すことはとても良いことですが、同時に持ち込まれるゴミや、たばこ・空き缶のポイ捨てにより、綺麗な海や島内が荒らされてしまっているようです。

すべての方たちが原因だとは思いませんが、訪れた島や地域に敬意を表し「来た時よりも美しく」の精神で過ごすことを心がけましょう。

そんな心が素敵な水納島の将来を明るいものへとしていってくれるでしょうから。

奥西表と呼ばれる地域があります。東洋のガラパゴスと言われる西表島のさらに奥の地域をさしています。

これこそまさに秘境という名に相応しい場所ではないでしょうか。

そこに現在でも少人数ですが、人々が生活を営んでいる集落があります。「船浮集落」です。

この集落へは、船で渡ることでしかできません。とうぜん車も走っていません。

少し信じ難いかもしれませんが実在する立派な集落なのです。

では今回は、この秘境船浮の現状と、訪れてみたいと思ってしまうような、たまらない魅力をご紹介していきましょう。

おさらいのために詳しくアクセス方法を見ておきましょう。

西表島西部地区の一番西側の集落白浜の白浜港から、船浮集落行の定期船で渡ります。所要時間は10分。お伝えした通りこの方法しか島へは渡ることはできません。

実は西表島とは陸続きになってはいるのでが、道はなく険しすぎるジャングルが行く手を阻んでいるため、徒歩で船浮へ行くものはほとんどいないのが実情です。

地理的な面からみても、陸の孤島といった状態なのです。

人口は50名ほどです。小学校もありますが、生徒がいない間の時期には、廃校ではなく休校という形で現在でも存続しています。

2018年現在は、数名の子供たちが元気に通っているようです。

船浮港に到着し、集落に足を踏み入れてみて最初に感じるのはやはりその静けさであります。

車は一台もなく、数件の宿と飲食店があるのみで、後は古くからの民家が集落の中ほどにあります。そのため極端に人工的な動力音が小さく耳に入ってこない状態となっています。

集落の奥へと進み、森を通り過ぎるとやがて開けたビーチにたどり着きます。ここが「イダの浜」です。

このビーチのおすすめポイントは、振り返ってみても海を見渡しても、一切人工的な建造物が目に入らないということです。

数ある沖縄離島の有名ビーチの中にも、なかなかこのような景色に出会うことはありません。陸の孤島が生み出した価値ある絶景です。

この船浮のイダノ浜は、私の中ではナンバー1の沖縄おすすめビーチです。ぜひ、一度訪れてみてください。

またこの集落は、あの「イリオモテヤマネコ」最初の捕獲地として正式に登録されています。

捕獲の場所には記念碑も建てられていて、このヤマネコの発見は世界中の生物学会から多大な注目を浴びたのです。

集落の南側には、太平洋戦争時代の日本軍の武器庫跡地があり、だれでも自由に中に入ることが可能です。これもまた歴史を肌で感じることができるので、船浮に行った際にはぜひともご覧ください。

これと言って立ち寄るような建物や施設はありません。島民たちが昔ながらの生活を送り、ゆっくりした時が流れているだけです。

まさにそれがこの集落の魅力だと私は思うのです。

道さえもほとんど整備はされていません。観光客を上手にもてなす近代的なたてものはありません。

しかし、集落内には何とも言えない暖かさが心に感じ取ることができる不思議な場所です。

この心に感じるものが、沖縄の古き良き島人(しまんちゅう)の心なのではないでしょうか。



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