空を見上げて

笑⇒幸

落ち込んだときや沈んだ時に観ると元気になります♪



あっきーhayama11  at 14:39  | トラックバック(0) |  この記事をクリップ! 

「さくら」に”おもう”



sakura


桜・・・いいですよね。

何がいいって、うつむいてた人が桜を見上げる姿。

やっぱり人間は上を向いていたほうがいい。




あっきーhayama11  at 23:54  | トラックバック(0) |  この記事をクリップ! 独り言 | ■こころとからだ 

日々 つれづれなるままに・・・

思いのまま生きようと思えばままならぬ人生は辛く、そして苦しい。

しかし、私たちは偉大な”何か”によって生かされている。

そう思えば与えられた人生という名の限りある時間に、
授かったこの奇跡の命に心から感謝することが出来る。


あっきーhayama11  at 17:04  |  この記事をクリップ! 感謝 | ■命 

ネット社会の未来を憂う

毎日、楽しみに読んでいたブログが年末に突然閉鎖されました。


たまさか近しい距離の人でしたので、その理由をしつこく訊きました。

最初は教えてくれませんでしたが、閉鎖の理由が、執拗で悪質な誹謗中傷コメントによるものだと聞き、腹が立つより、哀しさを覚えました。

なぜなら過去、僕もその経験者だからです。

悪意のコメントにより、ブログを閉鎖せざるを得ない状況に追い込まれた経験があります。
しかし、幸い?にも僕の場合、多くの協力者(読者)のお陰で、その書き込みをしていた人物がすぐに判りました。


IPアドレスから、プロバイダの協力もあり、その書き込みをしていた人物が判ったのですが・・・・人間、知らないことの方が幸せってことがあることを痛感しました(苦笑)






ハナシを戻しますが、正鵠を射ているか否かに関わらず、自分の考えや感じたことを忌憚ない意見として、何らかの場所にそれを表現すれば、考え方は人それぞれですから常に毀誉褒貶がつきまといます。


当然、共感もあれば反論もあることでしょう。


いや、あって当然、それが自然です。

当然、僕のスタンスとしては建設的な意見や批判は甘んじて・・・、いや、『喜んで受け止める』ということです。

頑固オヤジよろしく、譲れないスタンスも大切かもしれませんが(笑)


ある事象に対して、個人の創意に対する意見や批判は、より深くその物事の本質を掘り下げ、あらゆる角度から考えるためのエネルギーに転化することができます。


さまざまな情報が氾濫する昨今の社会では、取捨選択の重要性はもとより、自分のアタマで『考える』という行為自体がとても貴重なことだと思います。


また、意見や批判をする側も、それを通して自らを俯瞰し、さらに考えを深く掘り下げていくことができます。


意見や批判をする自由を持つことは、社会全体がある一思想に洗脳されることを拒否し、自らのアタマで考え、行動するために必要なことで、とても大切なことです。

しかし、何かに意見し批判する側は、その自由を得ると同時に、責任を有するはずです。

実際、過去のブログコメントにおいて、匿名での悪質なコメントなどの真逆に、メールなどで実名にて「私はこう思う」という意見を堂々と送ってくださる読者も多かったものです。

人格を放棄した悪意の連鎖、そのものであるブログ炎上を見るにつけ、その責任を放棄した人間たちが、画面を通して見え隠れします。


ネットイナゴ?なる問題など、ネット社会における問題点の代表は、ハンドルネームという匿名性を利用して、自分は安全なところに身をおき、他人を誹謗中傷するということです。

このような礼儀もへったくれもない行為こそ、卑劣、卑怯というのではないのでしょうか?

しかも、まともに書き手の作品の行間や意図も理解することもできず、自分の勝手な解釈や思い込みで個人のブログや著作のレビューを攻撃するなどの行為は、卑劣極まりないことだと思うのです。

その行為を行う人間にはそれで、どれだけ傷つくのか、どれだけ貴重な才能が潰されるのか、書き込んでいる人間は分からないのでしょう。

もし、わかってやっているとしたらマトモな精神ではありません。
 
ネットの数多いメリットのひとつに、双方向で忌憚ない意見を自由に言い合えることがあります。

ですが、そのメリットを享受するためには、その場に参加する人間の礼儀や品格、品性が問われます。


こうした下劣で下品な文化を今、この日本に築くべきではないと考えます。

インターネットはあらゆる可能性を具えた素晴らしいツールです。

しかし、万能ではありません。

それを構築するのはあくまでも人間です。

ネット社会の未来を皆で考える・・・その時期に来ている気がします。

人間が成長を意識するならば、いままでの自分の悪かった点を整理し、良かった点を継承し、次のステージに備えるため、常に準備をしなくてはいけません。

だからこそ他人からの意見や批判を自分のものとして受け容れ、消化できたときに、人はさらに大きなステージに向かうのではないでしょうか。

今の社会は自分で考える、いち思想に洗脳されない強い人間を求めています。

その強さを、他人の中傷に使わずに、自分の理想とする社会を築くためにお使い頂きたいものです。

今後、さまざまな場所で活躍されるみなさんが、心無い誹謗中傷、悪意にさらされたとき、この考え方が役に立ってくれればと思います。


偏狭な自己愛のために中傷・攻撃しあう社会より、お互いの違いを認識し、尊重して、その多様性から互いに学びあう社会を築くために。



葉山 拝


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伝ちゃん直伝 『夢をかなえる メモの習慣』

deee4c36.jpgおそるべし、メモの威力!

夢をかなえる メモの習慣









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Dear 『 PRETTY BOY 』 ・・・・・Sincerely

  

インフルエンザが流行していますが、皆様どうかご自愛を。

予防接種ワクチンが効かない亜種もあるとのことですが・・・怖いですね。

話は違いますが、もし・・・もしエイズの予防接種ワクチンがあるとしたら皆さんはどうしますか?

その接種を受けるでしょうか?

地震ネタではありませんが、多くのヒトが”地震が来ても自分だけは死なない気がする”という気持ちを、日本人はどの国よりも高く持ち合わせている国民(苦笑)らしいのですが・・・。

だとすると、人間はあらゆることに影響を受け、連鎖する生き物なのですが、根拠もなく『自分だけは感染しませんから大丈夫』と胸を張るヒトは少なくないでしょうね。












いまから15年ほど前、ある小説を読んで背筋が凍りつきました。

多くの本を読んできましたが、その小説の読後感・・・この後味の悪さを超える読み物に、僕はいまだ出会えていません。

ご存知の方も多いかと思いますが、落合信彦氏の『ザ・プリティ・ボーイ』(光文社・1993年刊行)という、小説仕立ての笠を着た淡々と進行する、ある悪性ウィルスの物語なのですが、その真相は・・・・。





内容は「超一級」です。

この『ザ・プリティ・ボーイ』というタイトルは、得体の知れないウィルスで末期に至る人間の過程があまりにも酷く、醜い姿で迎える様を皮肉って付けられたタイトルです。

あるウィルス・・・この小説がテーマとしているのは、AIDSウィルス誕生の秘密についてです。

しかし、この小説の中では一切、『AIDS』という名詞は出てきません。

あくまでも物語ですから。


落合氏(ゴーストライターの議論はさておき)は小説という形を取って、このウィルスを開発したのは、”アレン・ダレス元CIA長官の遺言で作られた特別チームである”と書き記しています。

アレンの兄のジョン・フォスター・ダレスは、法律事務所サリバン・クロムウェルでロックフェラーのお抱え法律家をしていた元国務長官ですが、つまり小説のなかで、この殺人ウィルスはアメリカで研究・開発され、その使用の目的は、そう遠くは無い未来に、爆発するであろう人口の抑制調整のために作られた細菌兵器だと書いているのです。

実は、この本と相前後されて、米国で出版された同じテーマの本があります。
(暗殺、9.11をはじめとするテロなど、アメリカに数多く存在する陰謀論のジャンルで、似たような本は極右の間では数冊出版されていたようです)

落合氏の本の翌年に米国で出版されたのが、Full Disclosure : the truth about The AIDS epidemic by Dr. Gary L. Glum という本ですが(邦訳『暴露 エイズ・ウィルスは細菌兵器だった』ゲイリー・L. グラム (著) KKベストセラーズ)、このグラム医師の著作によると、エイズ・ウィルスは米国陸軍のフォート・デトリク基地において極秘に研究、開発されたウィルスだと書き記しています。

この『ザ・プリティ・ボーイ』を読み進めていくと、単に空想の物語だろうと思っていても、途中からジャーナリズムなのでは?という錯覚に陥ります。

いや、これが事実であり、真実なのでは?と思うほど。





世界的にどの国も様々な理由で1993年までの間、AIDSウィルスに関して目だった対策はされてきませんでした。

ジョン・ドゥよろしく、このプリティ・ボーイには、最初の発見から公認された名前すら付けられなかった事実が過去にあります。

それどころか、ゲイ社会に対する敵愾心を煽り立てた時の大統領ロナルド・レーガンの罪は重い。

それがAcquired Immune Deficiency Syndrome後天性免疫不全症候群と正式に名付けられたのが1982年7月27日。

その一年後にパスツール研究所の若き科学者、リュック・モンタニエとフランソワーズ・バレシヌシらによってウィルスの存在を突き止めましたが(エイズ患者より発見され、1987年にHIV Human Immunodeficiency Virus ヒト免疫不全ウイルスと名付けられた)、時すでに遅く、昨今、周知の通り世界はこのウィルスにより深刻な被害が蔓延しています。

ほんの数年前までAIDSに関しては、政府と保健機関の無策と、併せて無知からくる偏見と差別がまかり通っていましたが、変わらぬことがあります。

それは自分の身は自分で護る事。

愛する人を護るのは自分である事です。

aki











故 飯島愛さんのブログより
http://ameblo.jp/iijimaai/entry-10172459269.html

この記事を紹介されていたブログ↓

彼女が亡くなったという事実は悲しいし、変えることができません。
けれど、人は死んでも、言葉は残ります。
http://aruhenshu.exblog.jp/10419626/






あっきーhayama11  at 08:08  | トラックバック(0) |  この記事をクリップ! 

仕事は味方

e759ca5b.jpg『戦わない経営』の著者、浜口隆則さん珠玉のメッセージ第二弾!

『仕事は味方』



幸せと人生と自分らしさは、仕事でつながる。

あっきーhayama11  at 17:02  |  この記事をクリップ! ■ビジネスのヒント | オススメ書籍 

戦わない経営 

c0ca79e8.jpg浜口隆則さんが提唱する経営論。

『戦わない経営』



あっきーhayama11  at 16:58  |  この記事をクリップ! オススメ書籍 | ■啓発〜仕事・学ぶ〜