2012年02月09日
テレビを書く。
数あるテレビ番組の中で、唯一、面白いと思っているSPドラマのプロットを書いている。
実をいうと、今から20年前この番組で僕は脚本家デビューをした。
企画を通すのが大変だったことを記憶している。
フト、アイディアが浮かんで、映画にするには短いし、その枠だったら成立するかもしれないと思って、早速、担当Pの名前を調べ、プロットの初稿を送った。
すると面白いので会いましょうということになった。
頑張って、何とか成立させたい。
明日、プロデューサーと会って打ち合わせの予定。
それと来週から、延々遅れていた「たべんさい・広島ラーメン物語」の編集に入る。
去年の8月に撮影したというのに、制作会社がいいかげんで、やっと実現した。
全く、困ったものである。
「瞳をとじて」の製作も佳境に入っていて、来月頭にはカンヌに送らなければならない。
そしてアイドル映画の進行と、この2月はバタバタだ。
実をいうと、今から20年前この番組で僕は脚本家デビューをした。
企画を通すのが大変だったことを記憶している。
フト、アイディアが浮かんで、映画にするには短いし、その枠だったら成立するかもしれないと思って、早速、担当Pの名前を調べ、プロットの初稿を送った。
すると面白いので会いましょうということになった。
頑張って、何とか成立させたい。
明日、プロデューサーと会って打ち合わせの予定。
それと来週から、延々遅れていた「たべんさい・広島ラーメン物語」の編集に入る。
去年の8月に撮影したというのに、制作会社がいいかげんで、やっと実現した。
全く、困ったものである。
「瞳をとじて」の製作も佳境に入っていて、来月頭にはカンヌに送らなければならない。
そしてアイドル映画の進行と、この2月はバタバタだ。
hayama_yoichiro at 14:59|この記事のURL│Comments(2)
2012年02月03日
ラ・ブーム
風呂に浸かっていて、フト高校二年の時に、ソフィ・マルソー主演の『ラ・ブーム』を一人で観にいったことを思い出した。
一人でと書いたが、本当は一緒に行きたい女の子がいた。誘ったが断られたのだ。
だが彼女は、僕の波にはのれないからと交際を断るちゃんとした手紙をくれた。
まっすぐに育った子だと思った。
そんな彼女が一度は結婚したものの、離婚して、一児の母となって今は映画の配給の仕事をしている。
友達からメルアドを聞いて、連絡を取った。「カントク、本当に監督になったんだねえ」となどと返信が来た。
(高校時代の僕のあだ名は既に「カントク」だった。)
嬉しかったがそれ以上、近づこうとは思わなかった。向こうからも当然だが、連絡はこなかった。
それでよかったのだと思っている。
30年もすぎれば御互い変わっているだろう。
『ラ・ブーム』の頃の思い出のまま、彼女は僕の中で生きている。
一人でと書いたが、本当は一緒に行きたい女の子がいた。誘ったが断られたのだ。
だが彼女は、僕の波にはのれないからと交際を断るちゃんとした手紙をくれた。
まっすぐに育った子だと思った。
そんな彼女が一度は結婚したものの、離婚して、一児の母となって今は映画の配給の仕事をしている。
友達からメルアドを聞いて、連絡を取った。「カントク、本当に監督になったんだねえ」となどと返信が来た。
(高校時代の僕のあだ名は既に「カントク」だった。)
嬉しかったがそれ以上、近づこうとは思わなかった。向こうからも当然だが、連絡はこなかった。
それでよかったのだと思っている。
30年もすぎれば御互い変わっているだろう。
『ラ・ブーム』の頃の思い出のまま、彼女は僕の中で生きている。
hayama_yoichiro at 19:08|この記事のURL│Comments(1)
2012年01月31日
疲労
新作のアイドル映画の打ち合わせで、プロデューサーの佐々木裕二さん、ラインプロデューサーの小山くん、助監督の豊田くんと会う。
予算組みについて、込み入った話をした。
CGが多用される映画なので、組み立てがいささか難しい。
この映画、グリーンバックを使っての合成場面がほとんど。
ある施設をスタジオ代わりに借り切っての撮影となる。
ここ二三日体調が優れず、頭が重い。
続けざまに映画を撮れるのは幸せだが、『瞳をとじて』の疲れがまだ取れぬうちに新作の脚本と準備に入ったのが多分、原因だろう。
今度の脚本を書く前に、ある原作ものの脚本も書いていたので、急ぎ足で進みすぎたのかもしれない。
3日後には、『瞳』の整音の作業に入る。
突き進むしかないのだが、身体が悲鳴をあげている。
予算組みについて、込み入った話をした。
CGが多用される映画なので、組み立てがいささか難しい。
この映画、グリーンバックを使っての合成場面がほとんど。
ある施設をスタジオ代わりに借り切っての撮影となる。
ここ二三日体調が優れず、頭が重い。
続けざまに映画を撮れるのは幸せだが、『瞳をとじて』の疲れがまだ取れぬうちに新作の脚本と準備に入ったのが多分、原因だろう。
今度の脚本を書く前に、ある原作ものの脚本も書いていたので、急ぎ足で進みすぎたのかもしれない。
3日後には、『瞳』の整音の作業に入る。
突き進むしかないのだが、身体が悲鳴をあげている。
hayama_yoichiro at 00:36|この記事のURL│Comments(1)
2012年01月26日
岩崎隆一
昨日、電話で本当にひさしぶりに懐かしい友の声を聞いた。
岩崎隆一。
僕が日大芸術学部映画学科の監督コースの学生だった頃、自主映画の撮影を担当してくれたのが岩崎だ。
文学や音楽に詳しく、岩崎を通じて多くの知識を得た。
理髪店の息子だったが、今はお父さんが店をたたんで、貸しビルを建てたという。
学生時代、彼とはいつも一緒だった。
その頃、僕は湘南の本鵠沼の自宅に住んでいて、キャンパスのある江古田まで2時間以上かけて通っていたが、彼と会うのが愉しくて、苦労も感じなかった。
あの頃が懐かしく思い出される。
岩崎はとにかく映画をよく観ていて、映画的教養があった。
僕はといえばこれから映画監督になろうというのに、卒業までに黒沢映画も観たことが無かった。
もっとも卒業後、レンタルビデオ屋でバイトしている時、店内の映画は全て観て、勉強したのだが。
在学中はTVの「スケバン刑事」が好きで、また、アイドル映画を撮るんだと思っていた。
今度の春に撮るのはまさに念願のアイドル映画だ。
出来上がったら、岩崎の感想を聞きたい。
彼は映像作家というより、評論家タイプなので、的確な指摘をくれるだろう。
近々、岩崎と呑みたいと思っている。
岩崎隆一。
僕が日大芸術学部映画学科の監督コースの学生だった頃、自主映画の撮影を担当してくれたのが岩崎だ。
文学や音楽に詳しく、岩崎を通じて多くの知識を得た。
理髪店の息子だったが、今はお父さんが店をたたんで、貸しビルを建てたという。
学生時代、彼とはいつも一緒だった。
その頃、僕は湘南の本鵠沼の自宅に住んでいて、キャンパスのある江古田まで2時間以上かけて通っていたが、彼と会うのが愉しくて、苦労も感じなかった。
あの頃が懐かしく思い出される。
岩崎はとにかく映画をよく観ていて、映画的教養があった。
僕はといえばこれから映画監督になろうというのに、卒業までに黒沢映画も観たことが無かった。
もっとも卒業後、レンタルビデオ屋でバイトしている時、店内の映画は全て観て、勉強したのだが。
在学中はTVの「スケバン刑事」が好きで、また、アイドル映画を撮るんだと思っていた。
今度の春に撮るのはまさに念願のアイドル映画だ。
出来上がったら、岩崎の感想を聞きたい。
彼は映像作家というより、評論家タイプなので、的確な指摘をくれるだろう。
近々、岩崎と呑みたいと思っている。
hayama_yoichiro at 12:35|この記事のURL│Comments(1)
2012年01月21日
オーディション
夕方から、表参道のオスカーに行き、新作映画のオーディションを行なってきた。
担当の勝見さんが選んでくださった12人の10代の女の子たちと会った。
とびっきりフレッシュで、個性的で、優れた才能のある子たちだった。
みんな映画に夢を持ち、まっすぐに夢をかなえようと努力している子たちだった。
死の匂いなど全くしない、まさに「生」を生きていた。
彼女たちが僕を救ってくれる、そう感じた。
今度の映画は、色々な都合で制作にはいるまで内容について触れられない。
さて、一方、『瞳をとじて』は、編集の最終段階に入った。
明後日、終了の予定。その後、整音の作業が待っている。
担当の勝見さんが選んでくださった12人の10代の女の子たちと会った。
とびっきりフレッシュで、個性的で、優れた才能のある子たちだった。
みんな映画に夢を持ち、まっすぐに夢をかなえようと努力している子たちだった。
死の匂いなど全くしない、まさに「生」を生きていた。
彼女たちが僕を救ってくれる、そう感じた。
今度の映画は、色々な都合で制作にはいるまで内容について触れられない。
さて、一方、『瞳をとじて』は、編集の最終段階に入った。
明後日、終了の予定。その後、整音の作業が待っている。
hayama_yoichiro at 22:15|この記事のURL│Comments(0)
2012年01月17日
死
最近、漠然とした不安を感じている。
映画作りは順調だが、生きるということに嫌気がさし、時々、死んでしまいたいという気持ちにかられるのだ。
10年ほど前からうつの気はあった。
かと言って、自殺するのは怖いことだ。
飛び降り自殺や首吊り自殺、練炭による自殺などに思いを巡らし、怖くなって踏み出せずにいる。
何より、肉親やお世話になった人たちに申し訳がたたない。
46歳にもなると、人生の先が見えてしまって、絶望を感じる。
自殺しなくても、人間いつかは誰でも死ぬ。
然し、老いて体の自由が利かなくなり、醜くなって死ぬのは辛い。
本当の僕は精神薄弱で、体も弱く、『ムンクの叫び』を撮ったのも、ムンクがそんな僕に似ていたからだ。
人生を寄り添っていくパートナーがいないのも不安の原因になっているかもしれない。
ここ3ケ月前まで、夫がいる人と隠れて逢っていた。
不倫をしていたわけだ。けれど僕が彼女に飽きてしまって、別れることになった。
身勝手だと思う。
何をやっても愉しくなくなった。その後、『ムンク』の関係で親しくなった20歳も年下の女と付き合ったが、嫌われてしまい、別れた。
僕は、激しく彼女を罵倒したメールを送ってしまった。
そんなことしなければ良かったと今になって思う。
僕には映画がある。
生きがいと感じられるものがある。
少なくとも、今取り掛かっている映画が陽の目をみるまでは、簡単には死ねない。
春がくれば、心待ちも変わっているかもしれない。
明日は、豊田くんといっしょに新作のロケハンで湘南・江ノ島にある女性センターに行く。
故郷に帰れば、重く沈んだ気持ちも晴れ晴れとするだろうか。
映画作りは順調だが、生きるということに嫌気がさし、時々、死んでしまいたいという気持ちにかられるのだ。
10年ほど前からうつの気はあった。
かと言って、自殺するのは怖いことだ。
飛び降り自殺や首吊り自殺、練炭による自殺などに思いを巡らし、怖くなって踏み出せずにいる。
何より、肉親やお世話になった人たちに申し訳がたたない。
46歳にもなると、人生の先が見えてしまって、絶望を感じる。
自殺しなくても、人間いつかは誰でも死ぬ。
然し、老いて体の自由が利かなくなり、醜くなって死ぬのは辛い。
本当の僕は精神薄弱で、体も弱く、『ムンクの叫び』を撮ったのも、ムンクがそんな僕に似ていたからだ。
人生を寄り添っていくパートナーがいないのも不安の原因になっているかもしれない。
ここ3ケ月前まで、夫がいる人と隠れて逢っていた。
不倫をしていたわけだ。けれど僕が彼女に飽きてしまって、別れることになった。
身勝手だと思う。
何をやっても愉しくなくなった。その後、『ムンク』の関係で親しくなった20歳も年下の女と付き合ったが、嫌われてしまい、別れた。
僕は、激しく彼女を罵倒したメールを送ってしまった。
そんなことしなければ良かったと今になって思う。
僕には映画がある。
生きがいと感じられるものがある。
少なくとも、今取り掛かっている映画が陽の目をみるまでは、簡単には死ねない。
春がくれば、心待ちも変わっているかもしれない。
明日は、豊田くんといっしょに新作のロケハンで湘南・江ノ島にある女性センターに行く。
故郷に帰れば、重く沈んだ気持ちも晴れ晴れとするだろうか。
hayama_yoichiro at 23:02|この記事のURL│Comments(2)
2012年01月15日
罪と罰
深夜、トイレに行こうとした時、足がもつれて転倒し、右足を痛めてしまった。
睡眠薬を飲んでいたため、ふらついたのだ。
今朝、立ち上がりに困るほど痛みがひどいので、薬局へ行って、冷感湿布を買ってきて貼った。
明日はオスカーの研究生のオーディションがあるので、その時までには痛みが薄らぐといいのだが。
日頃から、不摂生にしているから、罰があたったのかもしれない。トホホ。
まあ、一晩眠れば大丈夫だろう。
睡眠薬を飲んでいたため、ふらついたのだ。
今朝、立ち上がりに困るほど痛みがひどいので、薬局へ行って、冷感湿布を買ってきて貼った。
明日はオスカーの研究生のオーディションがあるので、その時までには痛みが薄らぐといいのだが。
日頃から、不摂生にしているから、罰があたったのかもしれない。トホホ。
まあ、一晩眠れば大丈夫だろう。
hayama_yoichiro at 21:36|この記事のURL│Comments(1)
2012年01月13日
田園
録音の河合さんと一緒に、ベートーベンの「田園」の収録に行ってきた。フルート奏者の中瀬さんとは五、六年ぶりの再会。
「君はまだ、無名だった」の時に音楽をやってもらった時、以来だ。
全部で4テイク録り、中瀬さんにデータを送って一番出来がいいものを選んでもらうことになった。
交響楽である「田園」をフルートだけでこなすということに、中瀬さんは音楽仲間に「ありえない」と言われたそうだが、僕はこのひらめきを信じているし、きっと映画の中で効果を上げると思っている。
「瞳」は編集が最終段階に入っており、来週末には整音と音楽を入れる作業に入る。
「君はまだ、無名だった」の時に音楽をやってもらった時、以来だ。
全部で4テイク録り、中瀬さんにデータを送って一番出来がいいものを選んでもらうことになった。
交響楽である「田園」をフルートだけでこなすということに、中瀬さんは音楽仲間に「ありえない」と言われたそうだが、僕はこのひらめきを信じているし、きっと映画の中で効果を上げると思っている。
「瞳」は編集が最終段階に入っており、来週末には整音と音楽を入れる作業に入る。
hayama_yoichiro at 21:23|この記事のURL│Comments(0)
2012年01月04日
謹賀新年
みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いします。
今月は去年の夏に撮った『たべんさい・広島ラーメン物語』の編集に入ることになっている。
この作品で僕は長廻しに初めて挑戦した。
『たべんさい』は僕がこれまで携わってきた映画の中で、最少のカット数で、演劇的な作品になるだろう。
映画のクライマックスで、3シーン1カットに挑んだ。
現場では、4テイク撮ったが、次第に陽が傾いてきてしまい、役者の沖くんにキャメラマンの小山田さんの影が映り込み、芝居は良かったものの使えそうにない。
今、考えているのは、1テイク目を途中まで使用し、過去の回想シーンを深いOLで挟んで、後半は4テイク目を使うというアィディアだ。
「瞳をとじて」は編集の横山くんが、荒編集を8日までに終え、それを見て、本格的な作業に入っていく予定である。
カンヌに出品するため、3月の初旬までに完成させなければならず、大変な突貫工事になる。
『たべんさい』と『瞳をとじて』の編集を交互にやり、GWに撮る新作の準備を進めていくので、今年はかなり忙しくなりそうだ。
今年もご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いします。
今月は去年の夏に撮った『たべんさい・広島ラーメン物語』の編集に入ることになっている。
この作品で僕は長廻しに初めて挑戦した。
『たべんさい』は僕がこれまで携わってきた映画の中で、最少のカット数で、演劇的な作品になるだろう。
映画のクライマックスで、3シーン1カットに挑んだ。
現場では、4テイク撮ったが、次第に陽が傾いてきてしまい、役者の沖くんにキャメラマンの小山田さんの影が映り込み、芝居は良かったものの使えそうにない。
今、考えているのは、1テイク目を途中まで使用し、過去の回想シーンを深いOLで挟んで、後半は4テイク目を使うというアィディアだ。
「瞳をとじて」は編集の横山くんが、荒編集を8日までに終え、それを見て、本格的な作業に入っていく予定である。
カンヌに出品するため、3月の初旬までに完成させなければならず、大変な突貫工事になる。
『たべんさい』と『瞳をとじて』の編集を交互にやり、GWに撮る新作の準備を進めていくので、今年はかなり忙しくなりそうだ。
hayama_yoichiro at 15:16|この記事のURL│Comments(1)
2011年12月26日
特殊メイク
今年は映画を三本も撮れ、良い一年だったと思っていたところ、人間関係で嫌なことがあった。
懇意にしていた人に裏切られたのだ。
まあ、そんなことはきっぱり忘れて、2012年を気持ちよく迎えたい。
来年は、まだ詳細は書けないが、沖正人くん主演映画を撮ろうとホンを作った。
実はかなり前に初稿を書き上げていたのだが、ヨーロッパで同じ原作が映画化されたので、時期を待っていた次第。
原作は、読んだことがなくてもタイトルだけは誰でも知っている傑作小説だ。
沖くんとは来年の6月くらいを目安に撮ろうと決意をあらたにした。
特殊メイクとCGが大変で、そこにリアリティが無いと作品として成立しない。
『死霊波』の時以来、特殊メイクで度々御世話になってきた梅沢壮一さんは今や日本を代表するメイクアップアーティストになってしまい、少ない予算でお願いするのは気がひける。
どなたか、ギャラは安くても、特殊メイクをやりたいと思っている人がいたら、このブログにコメントを寄せてください。
懇意にしていた人に裏切られたのだ。
まあ、そんなことはきっぱり忘れて、2012年を気持ちよく迎えたい。
来年は、まだ詳細は書けないが、沖正人くん主演映画を撮ろうとホンを作った。
実はかなり前に初稿を書き上げていたのだが、ヨーロッパで同じ原作が映画化されたので、時期を待っていた次第。
原作は、読んだことがなくてもタイトルだけは誰でも知っている傑作小説だ。
沖くんとは来年の6月くらいを目安に撮ろうと決意をあらたにした。
特殊メイクとCGが大変で、そこにリアリティが無いと作品として成立しない。
『死霊波』の時以来、特殊メイクで度々御世話になってきた梅沢壮一さんは今や日本を代表するメイクアップアーティストになってしまい、少ない予算でお願いするのは気がひける。
どなたか、ギャラは安くても、特殊メイクをやりたいと思っている人がいたら、このブログにコメントを寄せてください。
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