先日、ある舞台のリハーサルがあったのですが・・・・


いやあ・・・・。


久々に降臨されました・・・・・・・


「アガリ神」


そう、わたくしめっちゃ舞い上がってしまい、なんと!なんと!

ありえないところの振りをスッ飛ばしてしまったのです〜〜

3秒くらいだけど、どの部分か恥ずかしくて言えないくらいの超定番の部分を。


あの、ハッと我に返った感じと、正面に座っておられた大先生の一瞬腰が浮いた様子、思い出したら痛々しくてつらくて今すぐドラえもん呼びたい



アガリの神様はどうして突然降りてこられるのかしら


アガリと緊張は似ているようで違う

緊張感、というと良い意味でも使うけれど、
アガリ感というと一気にダメな感じで、悪い予感しかしない。



「うまくみせよう」「普段以上にやってやろう」などと思うと失敗するなんて話があります。

「間違えたらどうしよう」「忘れてしまったらどうしよう」この不安のせいで体も頭も固くなることがあります。


書いていたら、たしかにそうだそうだ、そうだなとしみじみ思います。



しかしですね。

そんなこと、頭に浮かんでいなくったって、アガリの神様は、ほんとうにふいにやってくるんですよ。


「うまくみせよう」「間違えたらどうしよう」こんなこと改めて意識してない!って言っても、、、、もしかしたら心のどこかにいつも小さく固まっていて、それをエサに寄ってくるのかも。

神様にエサっていうのも失礼な言い方だけどさ。。。


アガリの神様が心をノックする瞬間
忍び寄る足音は実はなんとなく分かる


もうあと何分かで出番なのに 「あれ?あそこ、どうするんだっけ?」なんて考え始めてしまうのです

これは子供・大人関係なく、舞台の直前に、「先生あそこどうするんでしたか?!」「ここは右手が先ですよね」なんて言い始めるのですぐ分かります。


自分でも 「ん?どっちの足あげるんだっけ?」 なんて、これまで自然に出来ていて意識してもいなかったようなことがふいに気になったりするのです




完璧にできる舞台なんてきっとなくて
(いやあるかもしれないけど)

完璧に踊れることなんて絶対なくて
(誰かいるのかもしれないけど)


失敗は誰しもあって


これまでも何度もあって


失敗を防ぐことは、出来ないと知る。
(もちろん、失敗しなかったときはとても嬉しい)

予防するために出来ることはあるけれど、完全に無くすという約束は誰にも出来ない。



右足を、前に出す。


例えばたったこれだけのことをやれと言われても、失敗の可能性はある。



失敗を防ぐことはできない。

唯一防げるとしたら、舞台に出ないことだ・・・



失敗しないことが防げないなら、あと出来ることは、「失敗を恐れない」ことだと書かれてある記事を読んでもっともだと思いました


人はなぜ舞台に立つと緊張するのか?




恐れずに舞台に出続けること
そしてやっぱり お稽古を繰り返すこと
それは失敗を防ぐためでももちろんあるけれど、ミスをしたあとに、すぐに平常心に戻れるか・取り戻せるか・思い出せるか・・・・というところに深く結びついている



舞台の経験を積む・お稽古を繰り返す=あがったとき、失敗した時の対処法を身に着ける



失敗しないために稽古する、だけを思って稽古をしていると、ミスをしたときに「なんということをしてしまったのだろう、これまでが水の泡じゃないか」といたく凹みますので、失敗後にすぐ取り戻せるために繰り返し稽古するのだよね〜、とも思って日々積み重ねるのでありました そしてそう、またその次の舞台のためにも・・・


冒頭のわたしの失敗も、先生のポカーン顔をかたすみに認めながら涼しい顔をしてすぐに続きを踊れるのは、一にも二にも稽古のおかげであります。。。 


は〜〜〜


ここで「失敗」「失敗」とたくさん単語を吐き出したので、自分の中が浄化されたはず(笑)


でも!アガリの神様!
失敗を恐れないようにはと思うけど、なるべく出会いたくないな〜〜〜!
本番はどこか遠くでお休みください!