2012年01月

林田力の視線は真っ青な青空

東急リバブル東急不動産に対しては、殊更工作する必要はなかった。事実を明らかにするだけで十分であった。林田力が唖然として鼻をつまむほど、東急リバブル東急不動産は腐臭に満ちており、小さな穴を開けただけで毒気が流れ出して周囲を窒息させそうであった。
事件番号を受け取った林田力は喜色を浮かべた。自らの手で運命を切り開くことができるからである。林田力は悪徳不動産業者に屑物件を押し付けられたままではいられなかった。東急リバブル・東急不動産の不誠実な対応に踏みつけられたままではいられなかった。
無価値の屑物件によって耐え難い毎日を強いられ、息をすることがやっとの生活に泣き寝入りするつもりはなかった。ただ生きるだけの人間にはなりたくなかった。自分の意思で行動せずにはいられなかった。これは己の矜持をかけた戦いであった。
林田力には東急不動産と闘う以外の選択肢は存在しなかった。運が味方をしてくれないかもしれない。時には全てを賭けなければならないかもしれない。それでも林田力は林田力の望むところに辿り着くまで耐えてみせると誓った。林田力の視線は真っ青な青空に吸い込まれていった。
提訴の翌日、林田力は子どもの頃から感じたことのない生気に満たされて目を覚ました。洲崎川緑道公園へジョギングに出かけると、思いのほか速く走ることができた。限界まで走りきったところで足を止め、腕立て伏せと腹筋運動を繰り返した。それでも余力が残っていた。
http://hayariki.net/109/109trial.htm

火力発電所売却は市民本位の電力自由化になるか

東京電力は福島第一原子力発電所事故による賠償や廃炉費用などを確保するため、火力発電所の新規着工を見送り、既存の火力発電所の売却を検討すると報道された。これは発送電の分離という電力自由化の究極目標に東京電力自身が一歩踏み出したことを意味する。政府内でも火力発電所を売却して事実上の発送電分離を実現する案が浮上している。これが市民にとって好ましい動きか否かは議論の分かれるところである。

電力自由化は原発利権を打破したい人々にとって歓迎できるものである。宮台真司氏はエネルギー政策の転換について「消費者が電力会社や発電所、発電方式を選択できるようにすることが必要」と指摘する(林田力「保坂展人・世田谷区長は世田谷電力で脱原発!?」)。太陽光発電など自然エネルギーについては体制側も独占企業や天下り法人を考えているとし、それでは従前の電力供給独占体制と変わらないと述べる。

http://hayariki.net/shimokita.html

一方で電力自由化の持つ新自由主義的性格には懸念がある。火力発電所を新規着工せず、既存の火力発電所を売却する東京電力は、代わりに発電設備を持つ工場などから入札で購入する方針である。福島第一原発事故では事故で迷惑を被った住民への無責任ぶりが露呈したが、電力の外部調達は一層の無責任化をもたらしかねない。

また、資産の売却は「かんぽの宿」疑惑のような濡れ手で粟の利権を連想させる。たとえば東急リバブルは旧日本郵政公社から評価額僅か1000円で取得した沖縄東風平(こちんだ)レクセンターを4900万円で転売した(林田力「日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書公表」)。

http://hayariki.net/poli/kanpo.html

火力発電所売却は市民本位の電力自由化になるか注視したい。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
http://hayariki.net/
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原発反対派の論理

原子力発電はコストが高く、原発による発電が電気料金を高くする一因となっている。原発事故以前に原発は発電方法として非効率である。原発で生じるエネルギーの大半は発電ではなく、周辺の海を温めるために使われている。

これまで電力会社は地域独占が認められ、料金設定はコストから計算されていた。コストを高くすれば料金も高くできる仕組みになっており、高価な原発を導入し、原発推進に膨大な広告費を投入するインセンティブになっていた。

原発推進派には「原発反対派は電気を使うな」との暴論を主張する者がいるが、筋違いである。もし電力消費者として発電所を選択できるのであれば、喜んで原発以外の発電所を選択する。

原発推進派には原発反対派に代案の提示を要求する者がいるが、筋違いである。原発反対派は原発が問題であるから反対するだけであり、代案を提示しなければならない義務はない。政商と批判される孫正義のような自然エネルギー利権などに原発反対派が巻き込まれる必要はない。

原発反対派は最初の原発設置の時から一貫して反対してきた。自然エネルギーの研究を怠り、これまでひたすら原発を増やしてきたという経緯は反対派を無視して築かれてきたものである。既に原発が存在するから、それを前提にしろ、というのは既成事実の強引な押し付けである。

原発がなくても電力供給は困らない。東日本大震災直後に電力供給が逼迫したことは事実であるが、それは火力発電所も操業を停止したためである。火力発電所は迅速に復旧している。

計画停電は原発の必要性をアピールするための脅迫停電である。武蔵野市会議員が東京電力に停電対象からの除外を要請した武蔵野市が計画停電対象から除外されるなど計画停電は恣意的であった(林田力「武蔵野市を計画停電対象外とする不合理」)。

http://hayariki.net/atom.html

火力発電所は余力を持っている。原発優先の国策と出力調整が不得手という原発の欠点があるために火力発電所を休ませて原発で発電させた。そのために原発の発電量が3割を超える結果となったのであり、火力発電所で補うことは可能である。現実に2003年に東京電力の17基の原発がトラブル隠しによって全て停止した際も電気は供給された。

原発推進派は火力発電所依存に対して二酸化炭素の排出を持ち出す。しかし、これこそ本末転倒の議論である。放射性廃棄物の有害性は二酸化炭素の比ではない。環境を持ち出すならば原発こそ槍玉に挙げなければならない。

二子玉川ライズ緑化の勘違い

森は魔物が棲み、別世界に通じる領域と位置づけられている。これは日本人の自然観とは差異がある。自然と共存する東洋思想、自然を征服する西洋思想と分類され、前者の優越が語られる傾向があるが、人間に飼い慣らされた自然ではなく、異質なものとして自然を見ているかが問われる。日本では自然を破壊して超高層ビルを建設し、周辺や屋上を緑化することで自然と調和した再開発とデベロッパーが自賛するような勘違いが生まれる。その典型が東急不動産東急電鉄が東京都世田谷区で進める二子玉川ライズである。
日本でも古くは森を魔物の棲む世界という見方があった。分かりやすいものとして映画「もののけ姫」の世界がある。そこでは森は人の世界と対立する存在であった。シシガミが討たれた後に森は復活するが、それは最早人を寄せ付けない森ではなくなった。林田力
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東急不動産営業の嘲笑

大物風を吹かせるつもりはないが、大島のようなビジネスマナーも知らない半端者に小僧扱いされる謂れはない。長いこと適当にあしらわれてきたという強い思いが林田力を挑戦的な態度にさせた。
「デタラメを言わないでください。全く違うでしょう。隣地所有者は井田さんに201号室と301号室の購入者に予め説明することを依頼し、井田さんは承知したと言っています」
「依頼があったことは聞いています。しかし引き継いだ後、社内で検討した上で、説明しないことに決定しました」
「全部知っていたのですよ」
野間が割り込む。その声には露骨な冷笑の波動があった。悪鬼に取りつかれたような笑いであった。その顔に異様な生気が浮き上がるのを見ながら、林田力は血管に嫌悪感が満ち始めたことを自覚した。唇の両端がまくれ上がり、戯画化された悪魔の容貌になった。
「隣地所有者は購入検討者に説明することを依頼しています。それも知っていたのですか」
「はい」
野間のふてぶてしさに林田力は胃にパンチを食らったような衝撃を感じた。東急リバブル・東急不動産は全て知っていて、林田力だけが知らないという言い草であった。東急リバブル・東急不動産にとってマンション購入者は無知な間抜けであった。
「知っていたが、故意に説明しなかったということですか」
林田力の声が大きく、強くなった。焼けるような怒りが突き上げてきた。林田力は胸がムカムカして、吐き気が込み上げてきた。無価値の屑物件をだまし売りされたことを改めて確認することになった。
http://hayariki.net/109/109burei.htm
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