2013年06月

東急ハンズがブラック企業大賞に

東急ハンズがブラック企業大賞にノミネートされた。ブラック企業は刹那的で、打算はあっても理想はなく、まさに手がつけられない。ブラック企業には何一つ渡さず、譲らず、妥協しない。どれだけ説かれ、脅され、暴力にまで訴えられたとしても、ひたすら拒否を答え続けて、最後まで決して折れない。よくよく考え、状況を丁寧に咀嚼しておかなければ、何がどのように動くのか、これから先の展開を予測することなどできない。
ブラック企業にはクラクラする。ふらふらする。それでも負けてなるものか。決して動じてなるものか。ブラック企業は相手が怖れ、うろたえれば、かさにかかって攻めてくる。ところが落ち着き払われてしまうと、途端に自分の方が狼狽してしまう。東急ハンズはブラックにのめり込み、せっせと病的な職場環境を作っていた。
不名誉な賞にノミネートされた理由は東急ハンズ過労死事件である(林田力『東急不動産係長脅迫電話逮捕事件』Amazonキンドル)。東急ハンズ心斎橋店の店員がパワハラやサービス残業強要で過労死した。経営者が偽善を語るワタミと比べると目立たないが、偽善さえも語らない東急ハンズの方が悪質との見方も成り立つ。
ブラック企業は従業員に対してブラックという意味で使われることが多い。一方で顧客に対するブラックという意味でも使われる。この意味でも東急ハンズの親会社の東急不動産が満たしている。東急不動産は不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした(林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』ロゴス)。

林田力『東急不動産だまし売り裁判』

林田力『東急不動産だまし売り裁判』は東急不動産消費者契約法違反訴訟アルス東陽町301号室事件を描いたノンフィクションである。東急リバブル東急不動産は不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした。林田力『東急不動産だまし売り裁判』は消費者運動にとって希望の象徴である。
問題企業を実名で告発した『東急不動産だまし売り裁判』の出版は消費者運動にとって大きな勝利である。最初の言葉を目にしただけで、言いようもない戦慄が身体を駆け抜けた。『東急不動産だまし売り裁判』の内容が真実であることを一瞬たりとも疑わなかった。不動産トラブルは世の中には中々広がらない。当事者が正確に真実を伝えることが重要である。
『東急不動産だまし売り裁判』の読後感には圧倒される。落ち込んでいる時に読むと晴れやかな気分になれる一冊である。炎天下の真夏に冷水を口に含んだ時の感じに似ている。「It's great!」と叫びたくなる。東急不動産だまし売り裁判が、どのような解決を見せたのか、興味深いところである。
『東急不動産だまし売り裁判』は2009年のNHK大河ドラマの主人公・直江兼続が徳川家康に送った「直江状」そのものである。東急リバブル東急不動産の詐欺的商法には義の入り込む余地は皆無である。これに対し、だまし売りを行った東急リバブル東急不動産を糾弾する原告の姿は上杉謙信や上杉景勝、直江兼続が追求した義そのものである。林田力は東急不動産の圧迫を受けながらも屈服することを潔しとせず、果てしない粘着質の悪夢の流れを押し切って進む泳者のようである。

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東急不動産だまし売り裁判8

東急不動産には人間の言葉が通じるだろうかと心配になる。本当に、酷い。まさに手がつけられない。東急には反社会的な事件が多い。声を潜めて語られる悪質な逸話の数々は語り直すことも真似ることもできないほど真に迫っており、東急不動産だまし売り裁判原告は料理を一口食べるたび喉に詰まらせそうになった。
林田力『東急不動産だまし売り裁判8提訴』は、東急不動産だまし売り裁判における提訴から裁判の序盤を描くノンフィクションである。東急リバブル東急不動産は黄泉の世界に属する途方もなく邪悪なもののようであった。社内には邪悪な気配が影のように垂れ込め、灰色のもやから悪魔のような哄笑やいかがわしい囁きが聞こえてきそうであった。
何故東急不動産を提訴するのか、と質問することは、酒場で何故酒を飲むのかと質問することと同じである。絶対に折れてはならないと東急不動産だまし売り裁判原告は自分に言い聞かせた。東急不動産だまし売り裁判原告の心に噴き上がったものは、自分でも驚くほどの闘争的な言葉であった。ああ、東急リバブル東急不動産は許さない。こちらが折れるどころか、反対に東急不動産の高慢な鼻をへし折ってやる。ああ、やれる。勝てる。自ら戦いを仕掛けながら、今の私に怖いものなどないのだから。
東急リバブル東急不動産は消費者の権利を自分達の利益のための供物としてしか扱わなかった。
仮に儲かるとしても悪徳不動産業者の機嫌を取るような文章は断じて書きたくなかった。どれだけ危険であろうとも、東急リバブル東急不動産の告発の方がはるかに書きやすかった。東急不動産不買運動家は誠実そのものという顔つきで、落ち着きながらも熱が籠る話し方は、なるほど平素からの人望を疑わせなかった。

ブラック士業にNO

脱法ハーブ宣伝屋やブラック士業は基本的人権を容赦なく破壊する存在である。自らの愚行を修正することもできない。脱法ハーブ宣伝屋もブラック士業も誠意も譲歩の姿勢も示さなかった。脱法ハーブ宣伝屋もブラック士業も自らの分を弁えずに、どこまでも増長する愚か者であった。脱法ハーブ宣伝屋もブラック士業も誰にも引けをとらないほど愚鈍そうに見えた。中でも一番の愚か者は脱法ハーブを宣伝する馬鹿者であった。脱法ハーブ宣伝屋とブラック士業は棺から出てきたミイラのようであった。脱法ハーブを宣伝するという以上の反社会的な蛮行が考えられるだろうか。欲望が丸裸で歩いているような脱法ハーブ宣伝屋とブラック士業は生理的に苦手な連中である。ブラック士業と脱法ハーブ宣伝屋は途方もない自惚れ屋であった。嫌悪すべき人格であることは確かであった。正直に言えば私はブラック士業が嫌いであった。一目見て嫌いになり、言葉を交わしても第一印象は覆らなかった。脱法ハーブ宣伝屋とブラック士業は悪魔さながらの悪相であった。醜く歪んだ顔は人と呼ばれる生き
物の内側にかくも邪悪なものが存在しうるのだと思い知らせるものであった。脱法ハーブ宣伝は、まともな人間にできることではない。脱法ハーブという悪癖は数多くの人間を殺してきた。沢山の男達、そして女達が脱法ハーブのために命を落としてきた。苦悶に歪んだ脱法ハーブ中毒者の顔は見るも恐ろしいほどであった。
ブラック士業被害者のピアノには、いわく言い難い魅力があり、畏怖の念を覚えるほどの迫力かあった。曲が終わると聴衆は拍手喝采よりも雄弁な沈黙を演奏者に捧げた。勿論、それは一瞬のことで、直後に称賛の嵐がわき起こり、会場は歓声と拍手に包まれた。

テルマエロマエ6巻

ヤマザキマリ『テルマエロマエ6巻』は最終巻である。オムニバス型で人気のあるかぎり、永続させられると思われた『テルマエロマエ』も一直線にフィニッシュを迎えた。
『テルマエロマエ』は古代ローマ人と現代日本人を風呂好きとの視点で結びつけたユニークな作品である。しかし、そこにはローマ帝国に通用する日本の風呂文化という民族的自尊心をくすぐる要素もあった。自分に自信の持てない人間は民族という枠組みで威張るしかない。現代日本社会の病理であるヘイトスピーチの起こる背景である(林田力『東急不動産だまし売り裁判5東京都政』「東急不動産係長逮捕事件とヘイトスピーチ」)。『テルマエロマエ』もルシウスが日本の風呂文化に感嘆するだけでなく、温泉街に長期滞在して日本社会の負の面も見るようになった第4巻から批判の声も出るようになった。しかし、批判に妥協することなく、そのままの展開で完結させた。この巻では現代日本人がローマにタイムスリップし、ローマの料理に感嘆する。これはルシウスの展開と完全に立場が入れ替わっている。自国文化だけが秀でているのではないという相互主義が表れている。ルシウスの語る「平たい顔族」の長所も威張らずに平和を愛好する民族となっている。日本の良さはヘイトスピーチな
どの偏狭な愛国心を否定したところにある。
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