田中芳樹『銀河英雄伝説 8 乱離篇』(創元SF文庫)は最もテロに似つかわしくない人物がテロの標的になる。まだラインハルトがテロに倒れる方が因果応報的で納得できる。テロ組織にとってラインハルト以上に思想的に危険ということだろう。権威への不信や組織に対する反骨精神は、実はラインハルト以上のものがある。

ヤン・ウェンリーは査問会体質の自由惑星同盟から離反して独立勢力を打ち立てた。ラインハルトならば査問会ごっこを正面から打ち破るかもしれない。それは結構なことであるが、正面から打ち破ることに成功すると査問会ごっこの関係者を包摂する結果になるかもしれない。査問会ごっこの関係者を無視して独立勢力を打ち立てる方が思想的に過激である。

物語の途中でイゼルローン側の主役が交代することになるが、専制対民主制という物語の枠組みからは妥当である。ヤンは民主制の信奉者との位置付けであるが、ヤン艦隊では強烈なカリスマであり、民主的とは言い難い。ヤンは多様な個性を活かすことに長けているが、ボトムアップで知恵を集めることは必要としていない。実際、銀英伝の二次小説には、もしヤンが貴族に生まれていたら、優れた領主になっただろうとの指摘もある。

ヤンの思想の本質は民主主義よりも個人主義や自由主義になるだろう。本人がやりたくないことを強制されない自由である。本人の意思が尊重される社会である。それは同盟の査問会体質の対極にある。

この巻では多くの名将が倒れる。中でもファーレンハイト提督は印象に残る。闘いに決着が着く直前の回想挿入は多くの作品で使われている。中でも『BLEACH―ブリーチ―』は多用している。それらと比べてもファーレンハイトの独白は秀逸である。これでキャラクターが確立したと言っても過言ではない。