アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』(And Then There Were None)は英国ミステリー小説である。著者の代表作である。内容は知らなくてもタイトルだけは聞いたことがある人がいるくらい印象的なタイトルである。

本書が代表的なミステリーになっていることは、ミステリーに探偵役が必須ではないことを示している。探偵役はミステリーに不可欠に思えるが、必要なものは謎であって、賢しげに謎を解き明かす探偵ではない。実際、探偵役の存在が鼻につくことがある。物語世界にいながら、物語世界を観察者の視点で見ているところがあり、読者が感情移入することの妨げになりかねない。これに対して本書は読者が登場人物と同じように疑問や疑念を抱く面白さがある。

本書では童謡「Ten Little Niggers」が物語において重要な意味を持つ。ところが、Niggerが差別語ということで「Ten Little Indians」に改変された。現代人的な感覚からするとNiggerが駄目ならばIndianも問題ではないか。Indianはヨーロッパ人がアメリカ大陸をインドと勘違いした誤った地理認識に基づくものであり、こちらの方が誤りとして甚だしい。

結局のところ、被差別者の地位向上運動は自分達が解放される代わりに別の被差別者を作るものではないかと絶望的な気持ちになる。現実にラップ歌手のエミネムは黒人中心のラップ界の黒人至上主義に苦しめられた。少数派の中の多数派の運動が陥りがちな抑圧性を感じる。

日本でもブラック企業という言葉に対して、黒にマイナスイメージを持たせることは黒人差別になるとブラック企業批判を抑圧する人々がいる(林田力『ブラック企業と左翼教条主義』Amazon Kindle)。しかし、本書で「Ten Little Niggers」が法によって裁かれない悪人達の寓意であったことを踏まえれば、ブラック企業という表現は絶妙である。ブラック企業はブラック士業の悪知恵を用いて、脱法的に残業代を抑えたり、解雇したりするためである。

本作品はテレビ朝日が舞台を現代日本に翻案し、仲間由紀恵主演でドラマ化した。興味深い点は舞台の孤島がオーナーの自然回帰思想によって電話などの文明の利器を否定していることである。一方でドローンによる宅配を受けている。自然回帰思想は魅力的であるが、現実性があるかという難題がある。ドローンのような21世紀の技術は受け入れ、20世紀的・昭和的な工業社会を否定するスタンスに現実性があるかもしれない。