松本博逝『姥捨て山戦争』は世代間対立を描く小説である。シルバーデモクラシーなど世代間不公正への不満は十分に理解できるものである。特に私の世代はロスジェネ世代(就職氷河期世代)と呼ばれ、割を食った世代であるために、この問題は琴線に響く。この問題意識を無視して社会問題を論じても説得力はない。その意味で本書はタブーを恐れない勇敢な書籍である。

一方で単純に高齢者を抑圧者と言えるかという問題がある。本書でも強い高齢者と弱い高齢者が描かれる。姥捨て山戦争を生き延びたどころか、若者を返り討ちにして楽しんだ高齢者が描かれるが、その前に多くの非力な高齢者が虐殺されている。

シニア世代の既得権を維持するために、ロスジェネ世代らが割を食う不公正は問題であるが、既得権どころか医療を受ける権利などの人権が侵害される高齢者がいる。過少医療の問題である。高齢者であるが故に十分な医療を受けられないという高齢者差別の問題である。

「東海地域の13の急性期病院の1995年から1997年の間の966名の診療録を後ろ向きに調査した研究では、急性心筋梗塞罹患時に冠動脈造影検査や冠動脈カテーテル治療は年齢の上昇に伴って施行率が落ちていた。2001年から2003年の間の414名の超高齢者(80歳以上)を対象にした同様研究で、冠動脈カテーテル治療が超高齢者でも死亡率を下げることが明らかとなったことを考えると、高齢であるとの理由で標準的な医療が受けられない現実が実証された」(植村和正「高齢者の終末医療」学術の動向2006年6月号32頁)

既得権見直しの改革は歓迎できるが、改革と称するものが既得権で肥え太っている層にメスを入れず、逆にギリギリの層の本来の権利を奪う改悪になる場合もある。本書の姥捨て山戦争は極端で過激な「改革」になるが、生き残った高齢者と殺された高齢者を比べると、そのような思いが生じる。

本作品ではシルバーデモクラシーの現体制に対する革命が起きるものの、主人公は積極的に革命を起こす側ではなく、傍観者である。むしろ、本作品の主題は人を殺すことの恐ろしさを実体験によって主人公に認識させることと言える。それは主人公も認めるように想像力があれば分かることである。この点で主人公には感情移入しにくい。

さらに世代間不公正の問題提起は理解できるとしても、革命によってヤンキーがのさばる社会になるならば面白くない。また、シルバーデモクラシーを批判する革命政府も政府高官が自分達の親だけは例外扱いするという不公正がある。

そして最後の革命政府の手口は、日本の権力者が好んで行う卑怯さそのものである。日本に絶望したくなる。主人公は自己をアメリカ合衆国のようでありたいと思ったことがあるが、大日本帝国を滅ぼすアメリカに快感を抱きたくなる。他方で姥捨て山戦争を生き延びた高齢者のハッピーエンドとしなかった結末は、サバイバル物語としない効果がある。