ハインリッヒ・シュリーマン著、石井和子訳『シュリーマン旅行記 清国・日本』(講談社学術文庫、1998年)は西洋人による19世紀後半の清国と日本の旅行記である。著者はトロイア遺跡の発掘で知られている。清国では万里の長城を訪れた。日本は幕末である。

清国の否定的評価の後に日本の肯定的評価がなされるため、日本人の民族的自尊心を高める書籍である。しかし、清国社会の堕落にはイギリスが売りさばいた阿片があることを考慮しなければ公正ではない。

この点は現代の日中を比べると不安になる。現代では依存性薬物の刑罰は日本よりも中華人民共和国の方がはるかに厳しい。日本は有害な依存性薬物を合法ドラッグと称して販売するようなモラルに欠けた状況である。その危険ドラッグの原料の多くは中国から輸入されている。中国で厳罰に処せられるものが日本で販売されるという逆転現象が起きている。

日本の美点として物の少ないシンプルな生活が挙げられる。これも現代の消費を煽る傾向とは異なる。また、著者は日本では少ない生活費で生活できると驚嘆する(84頁)。これも価格と品質が比例すると考えるような浅ましい拝金主義の対極にある。シューリマンが幕末の日本を評価したからといって、現代日本人があぐらをかくことはできない。

本書は「民衆の生活の中に真の宗教心は浸透しておらず」と指摘する(141頁)。宗教心の希薄化は文明化の結果と分析されることが多いが、文明社会からの観察者が前近代の日本を評していることが興味深い。