ヘレン・マクロイ(Helen Mccloy)著、駒月雅子訳『悪意の夜』(創元推理文庫、2018年)1955年発表のアメリカのミステリー小説である。名探偵ウィリング博士シリーズの一冊である。このシリーズで日本で最後に翻訳された書籍になる。

原題は「The Long Body」。「長い身体」は本書で重要な意味を持っている。タイトルに相応しい言葉である。一方で邦題『悪意の夜』はサスペンスを盛り上げるタイトルである。

ウィリング博士が探偵役である。独特の存在感を醸し出している。真相究明のために重要な謎を解く。但し、一般の探偵小説の探偵役のような華々しい活躍はない。前半は全く登場しない。事件の謎解きの大半は手紙が明らかにする。正統派の探偵物と比べてキャラが立ちにくい役であるが、それでも印象に残る。作家の筆力のなせる技である。

英米のミステリーを読んで感心することは被疑者被告人の人権についての意識の高さである。親子の会話でも「この国の法律には有罪が立証されるまでは無罪と見なすという大原則がある」という台詞が出てくる(60頁)。本書は半世紀前の話であるが、現代日本よりも進んでいる。当時のアメリカには赤狩りがあり、決して人権保障の理想郷ではないが、何気ない会話に日本との差を感じる。日本ではアングロサクソンの法体系を弱肉強食的と否定的に捉える見解があるが、むしろ学ぶところが多い。

本書ではアメリカとメキシコの国境が取り上げられる。中南米はアメリカの裏庭と称されるが、それでも国境管理には緊張がある。トランプ大統領の国境の壁建設がクローズアップされているが、歴史のある問題と感じた。