高杉良『大逆転! 小説三菱・第一銀行合併事件』は第一銀行と三菱銀行の合併阻止を描いた経済小説である。第一銀行の長谷川頭取は三菱銀行との合併を進めようとするが、島村常務取締役は強く反対する。反対理由は、事実上の吸収合併になること、財閥とは行風が異なることである。

第一銀行は戦時中の国策で三井銀行と事実上強制的に合併し、帝国銀行になった。そこでは三井銀行出身者が中心となり、第一銀行出身者は肩身が狭い思いをした歴史がある。それ故に合併に反対することは当然の選択であった。常務取締役は非常勤取締役に降格させられても、信念を曲げずに合併反対を貫く。

長谷川頭取は吸収合併ではなく、対等合併であると力説する。しかし、その根拠は自分と三菱銀行頭取の信頼関係というだけであり、具体性がなく、納得できない。住民説明会で「ご理解ください」を繰り返すだけの行政や不動産会社と同じである。説明責任を果たしたとは言えない。

長谷川頭取は新銀行の頭取に自分がなる予定と説明する。しかし、頭取を第一銀行が出すならば、第一銀行が他の面で譲歩することが相互主義になる。それ故に第一銀行の行員の安心材料にはならない。

そもそも第一銀行と三菱銀行では資本力が異なり、それを対等合併と言い張ることは子どもだましである。本当に対等ならば三菱銀行側が不満を持つ。むしろ二対一の割合を守ると約束する方が信頼できる。

このように合併反対派に感情移入するが、メガバンク3行に集約された21世紀に読むと、三菱銀行との合併は、それほど悪手でもないのではないか。第一勧業銀行は、みずほ銀行の中に埋没した印象を受ける。東京三菱銀行の存在感を踏まえれば、早い段階で三菱銀行と合併することは必ずしも悪くない選択と考えることもできるのではないか。

波多野聖『メガバンク絶滅戦争』(新潮社、2015年)では明らかに三菱東京UFJ銀行がモデルのメガバンク東西帝都EFG銀行が舞台になる。ここでは財閥の帝都銀行出身者が幅を利かせており、他行出身者は傍流に甘んじている。これを見ると第一銀行の吸収に否定的になるが、逆に昭和の段階で三菱と合併していれば、21世紀のメガバンクの中で中心的な役割を果たせたかもしれない。

日産自動車のカルロス・ゴーン事件ではルノーとの統合を阻止することが国益に合うような主張がなされるが、世界一の自動車企業になることは悪いことではない。むしろ経営者が村社会のボスを維持することしか念頭にない方が問題である。日本企業でなくなることに拒否反応を抱くことは、外資系企業で働く多くの日本人労働者への侮辱である。昭和の感覚は21世紀のビジネスシーンでは有害である。

長谷川頭取の主張には一つの銀行を守るよりも、グローバル競争に生きる未来を見据えた視点が見られる。この点では長谷川頭取の方が先見性があったと評価することもできる。それ故に対等合併を強弁した欺瞞が残念に感じた。