溝口敦『危険ドラッグ 半グレの闇稼業』(角川新書、2015年)は危険ドラッグの実態に迫った書籍である。危険ドラッグの製造販売業者に注目し、危険ドラッグと同じく社会問題になった半グレを結び付けた点に意義がある。
依存性薬物は大きな社会問題である。ミュージシャンのピエール瀧氏が2019年3月12日に麻薬取締法違反容疑で逮捕された事件はマスメディアの報道が白熱している。薬物使用事件ばかりが大きなニュースになることは気になる。供給者の蛇口を摘発しなければ、定期的な捜査当局の点数稼ぎで終わってしまうだろう。この点で供給側に迫った本書の意義は大きい。
危険ドラッグ製造販売者は無責任である。危険ドラッグ使用者の健康がどのように損なわれるかも把握せずに製造販売されている。究極の売ったら売りっぱなしである。薬物の恐ろしさや依存症の強さなどは過大なくらいに伝える必要がある。「薬物やりますか、人間やめますか」のようなインパクトある警告が必要である。法律違反や刑罰で踏み止ませることは健全ではない。廃人になるくらいの脅しは意味がある。
近時は依存症を病気と位置づけ、治療を頑張っている人への配慮を求める論調がある。『相棒』のシャブ山シャブ子批判は典型である。しかし、依存症患者を生まないことは優先課題である。依存症に配慮して表現をマイルドにしてしまうと、薬物への警鐘やハードルが下がってしまう。薬物を二度と使わないことより、薬物を一度も使わない方が簡単で効果的である。
危険ドラッグという言葉は合法ドラッグや脱法ドラッグでは曖昧になりかねない危険性を強調するために生まれた。そこは意味があるが、ドラッグという言葉のカジュアルさが依然として問題に感じる。ドラッグストアという言葉があるようにドラッグは医薬品と依存性薬物の両方に使われる。英語では前者はpharmacyが使われる。ドラッグの言葉の氾濫が薬物犯罪のハードルを低くしている面がある。
暴力団ではなく、半グレが製造販売を担っている点が危険ドラッグの安全性無視を増大させている。半グレに比べれば暴力団には、まだ真っ当さがあった。一方で半グレは暴力団と比べて警察権力に弱いところがある。その点から危険薬物の包括指定や厳罰化によって危険ドラッグ蔓延の克服の可能性を見出す。
しかし、これは必ずしも歓迎できるとは限らない。半グレが暴力団と比べて卑怯で情けない点にチンコロ体質がある。半グレと警察の癒着や半グレ自身の逆恨みによる他人を陥れることが増える危険がある。