宮下英樹『センゴク一統記 6』は山崎の合戦が始まる。理想を掲げた明智光秀と手段を選ばない羽柴秀吉の対決である。今後数百年の民のあり方を規定する戦いと説明される。秀吉が勝利したことは日本の民衆にとって不幸である。光秀が危惧したように、お上に依存する国民体質が出来上がった。
光秀の理想はボトムアップの政治である。民が村の代表者を出し、どんどん上位に代表を出していく。民主主義であるが、日本の民主主義は皆の決めたことに従うという上から下の発想が強い。明智光秀のボトムアップの思想は日本で最も欠けているものである。このボトムアップの思想は、トップダウンの指導者であった信長を倒すことと一貫する。
光秀は自己の理想を貫くために自治の町を戦場にすることを避ける。手段を選ばない卑怯者ではない。光秀が軍を引いたために秀吉は無傷で町に進駐する。秀吉は町人に対して平和的に進駐したかのように振舞うが、光秀が軍を引かなければ町を戦場にするつもりであった。秀吉の偽善が腹立たしい。
前半は明智軍が優勢である。ここは史実と同じであるが、羽柴軍は敗北を意識するほど浮き足立っていた。逆に明智軍に謀反人という後ろめたさは皆無であった。織田信長を倒した軍として勢いがあった。
秀吉自身、気持ちが折れそうになっていた。しかし、最後に秀吉が気持ちを奮い立たせ、前進する。兵達も秀吉についていく。ここで次の巻になる。発奮することで逆転勝利する展開が予想されるが、それではあまりにベタである。やる気を見せることが重要という昭和の精神論根性論に陥ってしまう。もっと新たな要素を期待したい。