宮下英樹『センゴク 7』(講談社)は比叡山延暦寺焼き討ちが始まる。延暦寺は仙石権兵衛にとって個人的に重要な人物が存在する。このために延暦寺焼き討ちの悲劇的要素が否応なく深まる。戦争被害は数ではない。大切な人が殺されることは重たい。

第一次信長包囲網が現実化する。斉藤右兵衛大輔龍興、細川六郎昭元らは摂津で反信長の兵を挙げる。織田弾正忠信長は出陣するが、浅井朝倉軍が背後を衝く。延暦寺攻撃は包囲網を各個撃破する軍略上は有効なことであった。それは信長の家臣達も理解しており、家臣が信長に「前代未聞の戦」、神仏を恐れぬ天魔の所業と諫める話はない。それ故に仙石権兵衛秀久の戦線離脱が斬新である。権威を恐れた訳ではなく、個人的な理由であった。個人主義的な人間らしい動きである。

延暦寺焼き討ちの歴史的な評価は様々である。暴挙という見方に対して、政教分離の観点から積極的に評価する見解もある。ヨーロッパではカトリックとプロテスタントの血みどろの内戦が繰り広げられた。それを踏まえると、信長の弾圧には中世から近世へという肯定的要素がある。権力者と寺院の対立と描かれがちであるが、僧侶が他宗を認めず、排撃するという宗教同士の対立もあった。本作品では信長包囲網という形で本願寺と延暦寺が組んでいる。そのために、宗教対立の観点では描かれていない。

本作品の延暦寺と石山本願寺は対照的である。延暦寺はアジールと認識されているが、石山本願寺は俗っぽい。延暦寺の僧兵の武力は乏しい。これに対して石山本願寺は固有の強力な武力を持っている。延暦寺は朝倉兵などが籠る場であって、延暦寺自身の主張は見えにくい。これに対して石山本願寺は戦国大名と同じく政治勢力のアクターになっている。