日本では多くの人が生きづらさを抱えている。その原因は個人の自由が少ないことである。集団主義によって個人が抑圧され、全体の利益や目の前の問題解決のために個人が負担や我慢を押し付けられる。生きづらさを感じることは当然である。生きづらさに注目することは正しい。しかし、正しい解決策を提示しなければ逆効果になる。昭和の感覚から21世紀を批判するような論調は的外れである。

内田樹『生きづらさについて考える』(毎日新聞出版、2019年)は高度経済成長期の企業は日本的経営による疑似家族であったが、80年代以降の合理化によって、それがなくなったことを問題とする。これは的外れに感じる。現実はブラック企業の方が疑似家族をアピールする。むしろ、つきあい残業や朝礼などの集団主義的な束縛をなくし、アウトプットさえ出ていれば短時間勤務だろうがリモート勤務だろうが問題ないという方向を目指すべきだろう。

アウトプット重視となると成果主義的であり、脊髄反射的な拒否反応がある。しかし、80年代くらいから会社人間批判があり、それが改革の背景になっていることを忘れてはならない。皆で一丸となって頑張っていることを目指す時代に戻る方が悪夢である。本書の全体主義化への危惧に共感できる点はあるが、まず昭和の全体主義を批判できなければ全体主義批判が成立するかという疑問がある。