林田力 ブログ

マンション問題や警察不祥事、書籍や漫画の書評など。書籍『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者。マンションだまし売り被害者。東急不動産消費者契約法違反訴訟原告。みんなの未来(あした)を守る会代表。江東住まい研究所長。マンションだまし売りや迷惑勧誘電話、貧困ビジネス、危険ドラッグのない世界を目指します。 http://www.hayariki.net さいたま市の話題は林田力@さいたま市桜区ブログ

     林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(ロゴス社)は東急不動産(販売代理・東急リバブル)から不利益事実を隠して問題物件をだまし売りされた消費者(=原告)が消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、裁判(東急不動産消費者契約法違反訴訟、東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年(ワ)3018号)で売買代金を取り戻した闘いの記録。

    FJネクスト・ガーラ・グランディ木場問題
    http://hayariki.x10.mx/
    東急不動産で買ってはいけない 被害者が語る「騙し売り」の手口
    http://www.mynewsjapan.com/reports/1101

    カテゴリ: ニュース・時事問題

    第15回市民選挙研究会が2018年7月25日に東京都新宿区で開催されました。私も参加しました。原則毎月開催する研究会です。
    小金井市の監査請求の話が印象に残りました。社会福祉委員の報酬が条例で11000円と規定されているのに、小金井市が10000円しか払っていなかった問題です。小金井市のミスは明らかです。小金井市監査委員は2018年7月18日、不払いで生じた遅延損害金約56万5千円の賠償を現市長と前市長に求めるよう市に勧告しました(河井健「現・前市長への賠償請求勧告」朝日新聞2018年7月20日)。
    この問題では小金井市は条例の11000円が誤記で、本来は10000円とすべきであったと説明しています。この論理には危険があります。「本来の正しい報酬が10000円なのだから、10000円の報酬を受け取っていた人は損をしていない」という言い分が出てきかねません。ルール無視の論理です。
    私には似たような経験があります。私が購入したマンションは東急コミュニティーに管理を委託していましたが、東急コミュニティーは管理委託契約書通りに業務をしていませんでした。宅配ボックスの定期点検回数は年4回ですが、実際は年1回しか実施していませんでした。ホームセキュリティー業務として各専有部分の侵入警戒を実施することと定めていますが、実際は一戸の専有部分しか侵入警戒を実施していませんでした。
    ところが、東急コミュニティーは真相発覚後に契約書の記載が誤りで、実際の点検回数が正しいと正当化しました。東急コミュニティーは管理組合からの管理委託費値下げの依頼も拒否し、逆に管理委託契約書を実態に合わせた修正を求めてきました。管理組合は管理会社を東急コミュニティーから独立系に変更しました(林田力『東急コミュニティー解約記』Amazonキンドル)。
    日本では声の大きいものの都合でルールが歪められ、負担や我慢を強いられがちです。ルールと異なる運用がなされたのに、ルールの記述が間違っていたと正当化されるならば、何でもありになってしまいます。小金井市の監査請求でルールを貫徹させたことは喜ばしいことです。

    退職代行サービスというものが登場しています。かつて労働問題と言えば不当解雇と言っても良い状態でしたが、今や「辞めたくても辞めさせてもらえない」という問題もあります。退職しようとすると莫大な罰金や違約金を請求するブラック企業もあります。莫大な違約金という点ではゼロゼロ物件などの貧困ビジネスと重なります。

    労働者には契約自由の原則があり、退職の自由があります。そのために、この問題は裁判ならば明快です。退職させない使用者は法律を無視し、労働者の無知につけこむ悪質業者です。しかし、労働者本人は追い詰められて大変な状態ですので、退職代行サービスのビジネスのニーズはあります。法律的には争いがなく、明確に処理できる点は消費者金融の過払い金請求と状況は似ています。その意味では宣伝広告だけは熱心なブラック弁護士法人のような悪質な業者を排除できるかが重要になります。

    労働者の代わりに使用者と交渉する役回りは伝統的に労働組合が担っていました。しかし、労働組合が退職代行のニーズを果たすことは考えにくいところがあります。企業別組合ならば無理でしょう。産業別組合ならば可能ですが、このようなニーズをつかみとる発想が出てくるか。集団的な労働者の底上げが労働者の地位向上になるという発想では、この種のニーズに応えられなくなります。労働者側のニーズは個別化しています。

    2018年FIFAワールドカップ・ロシア大会で決勝トーナメントに進出した日本代表の健闘を称えます。決勝トーナメント1回戦は現地時間2018年7月2日に行われ、日本代表はベルギー代表に2対3で惜敗し、準々決勝進出を逃しました。ベルギー代表に対して2点リードしたことは大健闘です。批判も出たポーランド戦も含め、日本代表の成熟を感じました。

    サッカーワールドカップが国民的関心事になった前世紀末はボールの飛んだ方向に全選手がダッシュしなければけしからんという風潮がありました。そこには全力で頑張ることを美徳とする旧時代的な根性論がありました。そのような風潮が過去になったことは喜ばしいです。

    一方で決勝トーナメント1回戦の2点リードからの逆転負けは地力の差を感じました。ベルギー代表は選手交代が奏功しました。ワールドカップは11人の選手が戦い続けられるような甘い大会ではないことを示しています。これも高校野球でピッチャーの完投が美徳とされ、選手生命を短くした旧時代の根性論とは対照的です。スポーツからも日本社会の方向性についても考えさせられます。

    落語家の桂歌丸さんが2018年7月2日に慢性閉塞性肺疾患のため横浜市内の病院で亡くなりました。歌丸さんはテレビ番組『笑点』の司会者などで親しまれました。謹んで、ご冥福をお祈りします。
    歌丸さんは肺炎や呼吸器不全などを患い、入退院を繰り返しましたが、呼吸器をつけた状態で高座に立ち続けました。今日では平穏死や自然死、ピンピンコロリが過度に強調された弊害として、完治が見込めない患者を死に誘導する過少医療が問題になっています。最後まで落語を楽しまれた人生は病気と共存する人々への大きな希望です。

    福井県坂井市では動物販売業者が犬猫約400匹を過密状態で飼育・繁殖し、「子犬工場(パピーミル)」状態にしていた。犬と猫を狭いケージに入れたり、コンクリートブロックのマス内に50匹以上の過密状態で入れたりし、悪臭がするなどの劣悪な環境で飼育していた。厚生労働省の省令に定める犬の登録申請をしていない疑いや、狂犬病予防注射を受けさせていない狂犬病予防法違反の疑いもある。

    公益社団法人日本動物福祉協会(JAWS)は「子犬工場」内部や、飼育員が給餌する様子を撮影した写真や動画を一般公開し「明らかな虐待」と訴えてきた。2018年3月1日には告発状を提出し、県警は26日に受理した。福井県警坂井西署は動物愛護管理法違反(虐待)や狂犬病予防法違反容疑で、業者と飼育員を近く書類送検する方針を固めた。地検に判断を委ねる「相当処分」の意見を付けるとみられる(「「子犬工場」業者、近く書類送検 福井県警、動物虐待容疑などで」福井新聞2018年5月18日)。

    ペット引き取り屋が社会問題になったが、それと重なる問題である。福井県では危険ドラッグを密造した危険ドラッグ福井事件が起きた。危険ドラッグも動物虐待も社会問題として重なる。動物虐待業者や危険ドラッグ業者と戦う体制を敷かなければならない。各地で発生している動物虐待や危険ドラッグの実態、原因、手口などを通して相手を知る重要性が高まっている。

    写真の子犬達には穏やかな顔つきの犬が全然いない。それだけ凄惨な飼育環境だったと言える。動物虐待業者は氷山の一角である。生体取り引きや繁殖について法律が足りていない。厳罰化が必要である。積極的に摘発すべきである。動物虐待業者を狭い囲いの中に入れて生活させるべきである。動物虐待業者を集めた、すし詰め超過密刑務所が相互主義から妥当である。

    業者を監督する立場の福井県は「虐待とは言えない」とした。それでも飼育頭数削減を指導し、飼育犬は163匹まで減ったことを3月30日に把握したという。減らされた犬がどうなったかが気になる。ペット引き取り屋に処分させるならば虐待は変わらない。

    貨物線の旅客化という点では貨客混載列車も検討の余地があります。和歌山電鉄とヤマト運輸は2018年2月16日から貴志川線で宅配便を乗客とともに電車に乗せて運ぶ貨客混載列車を開始します。車が通りにくい住宅密集地でスムーズに宅配できるよう、荷物を最寄り駅まで電車で運び、そこから自転車で各戸を回ります(「<ヤマト運輸>和歌山電鉄と「貨客混載」 貴志川線で開始へ」毎日新聞2018年2月5日)。かつて貨物は途中駅で乗車や下車しないため、貨客混載は非効率であり、あり得ない選択肢でした。しかし、あて先がバラバラである個人向けの物流の比重が増えたために貨客混載も選択肢になります。

    松尾雅彦『スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換』(学芸出版社、2014年)はカルビー元社長による日本の農業の提言である。スマート・テロワールは地域内で完結した自給圏を意味する。地域の農作物を地域の工場で加工し、新鮮なうちに地域の消費者に届ける。流通コストが抑えられ、味も価格も良いものが提供できると主張する。

    私は脱中央集権化という方向性は全面的に支持する。全体最適で仕様を統一して生産性を上げて大量生産するという発想は昭和のものである。一方で今や意欲のある農家ほど地理的な枠組みを超えて、遠方の都市部の消費者や飲食店と直接取引する傾向がある。しかも、そのような意欲のある農家に農協が取引制限をするなどの村社会的な実情も残っている。地域の自給圏という発想が地域を超えて新しいことを行いたい農家の阻害要因として働く可能性も考えられる。

    実際、著者の成功例は契約栽培によって市場価格の30%オフを実現したことである。農家が需要者の要望に直接応えることで、需要者の求めるものを低コストで供給することに成功した。地域自給圏を絡ませる必要はない。

    本書は具体的な提言として、耕作放棄地や有効活用されていない水田を畑や放牧地に転換すべきとする。水田に偏重する「瑞穂の国」幻想への批判であり、パラダイムシフトを目指すものである。米の需要が減り、米以外の食物の需要が増えているならば、それに応じた供給をすることは産業人として当たり前のことである。その当たり前の市場原理が機能しないところに補助金漬けの農政の病理がある。

    一方で水田は保水力があり、連作しても土壌が痩せないという環境面のメリットがある。だから需要ということで水田を畑や牧草地に転換して良いかという思いはある。勿論、耕作放棄されて荒れるよりは良いだろう。私は消費者として「ご飯派」となり、米の需要にささやかながら貢献している。

    「第14回 お江戸深川さくらまつり」が2018年3月24日(土)から4月11日(水)まで、東京都江東区の大横川周辺や小名木川周辺で開催されます。主催は深川観光協会です。大横川の岸には桜が植えられており、川にせり出すように枝が伸びています。桜の花びらが散ると花筏が水面を覆います。4月8日には、すっかり桜が散って新緑になりました。
    桜は清澄通りと大横川が交差する黒船橋からよく見えます。黒船橋には船を模した花壇があります。橋の北詰に火の見やぐらがあります。お江戸深川さくらまつりでは、火の見やぐらの手前に休憩所が作られ、飲料の販売や江東区の商店街地図などの配布をしていました。黒船橋の下流には船着場が設けられ、手漕ぎの和船が大横川を行き来します。黒船橋の東には石島橋、巴橋、東富橋と橋が架かっています。大横川には遊歩道があります。
    桜は白い提灯で飾られます。今回から提灯に加え、LEDライトを使ったライトアップを追加しました。LEDを推進する東京都の省エネ促進事業への協力にもなります。
    桜まつりで桜を雪洞や提灯で飾ることは一般的です。江東区の大島緑道公園や墨田区の墨堤さくらまつり、さいたま市桜区の鴨川堤桜通り公園桜まつりは雪洞を飾ります。江東区の亀戸緑道公園桜まつりや、お江戸深川さくらまつり(大横川)では提灯を飾ります。雪洞は六角形、提灯は円形と形状が異なります。

    白戸太朗東京都議会議員の都政報告会と応援する会が2018年4月9日、江東区東陽のホテルイースト21「永代の間」で開催された。白戸議員は平昌オリンピック・パラリンピック視察と豊洲市場問題について報告した。
    平昌オリンピック・パラリンピック視察報告では課題の指摘が東京オリンピック・パラリンピックに。パラリンピックのチケットは自治体に押し付けたためにチケットの売れ残りは回避できたが、逆に一般客のチケット入手が難しくなってしまった。しかも自治体は押し付けられたチケットを住民らに配布したが、住民らは特別観たい訳ではないため、会場に行かず、会場は空いていたという。
    観に行きたい人が観に行けないという本末転倒な事態になった。日本でも官僚主義が主導するとチケットをさばくことが目的化され、同じ事態に陥りそうである。市場原理を活かす必要があるだろう。
    豊洲市場問題の話は江東区民が知ってほしい内容である。小池百合子東京都知事は築地市場跡地を食のテーマパークにすると発表した。これは消費者向け施設を作ることを条件に卸売市場を豊洲に受け入れた江東区にとっては面白くない話である。それどころか裏切りと評価する向きもある。
    ところが、東京都と中央区は2017年の時点で「築地市場が移転した後のまちづくりにおいて、食文化の拠点として築地が育んできた活気とにぎわいを継承していく」と合意していた(「築地のまちづくりに関する合意」)。この点は知られなければ公正な批判にならないだろう。

    働き方改革には相反する二つの側面があります。工場労働的な縛られた労働からの改革という規制緩和的な面と、長時間労働の削減という規制強化的な面があります。後者はサービス残業が常態化しているブラック企業に労働基準法を守らせることです。この対策は必要なものです。
    但し、この方面の対策は、どうしても全員を巻き込む一律な規制になりがちです。そうなると、その問題を抱えていない人には負担が増え、働きにくくなります。選択肢を増やす方向で制度設計ができないものかと思います。
    高度プロフェッショナルや裁量労働制の国会論戦を見ても、与党よりも野党の方が労働者のことを考えているのでしょうが、集団的画一的な規制をすることが労働者の幸せと思考停止しているように見え、ピント外れに感じることがあります。
    高プロや裁量労働制が過労死製造法になりかねない面があることは正しいと思います。自分の責任を果たすまで働けという圧力がかかり得ることも電通過労自殺事件が示したように現実の問題として存在します。
    この正論を正面から否定するつもりはありませんが、現実的な問題として腹落ちしないところがあります。何故ならば、長時間労働やサービス残業の原因は、自分の責任を果たすまで働けという圧力よりも、(自分の責任は果たしても)全体の仕事が残っているから働けという圧力の方が実感があるためです。
    長時間労働というよりも付き合い残業、付き合い休日出勤の問題です。問題プロジェクトのヘルプで何だか分からないところに突っ込まれて、何だか分からないからメンタルをやられたことは思い当たります。自分の責任を果たすために残業することと他人の責任を果たすために残業することでは同じ時間でも心身の負荷が異なります。一方で電通事件のように自分の責任を果たすまで死ぬまで働けとならないために、問題プロジェクトに他の人を投入することは、むしろ良い会社と評価する話になるかもしれず、難しいところです。
    全体の仕事が残っているから働けという圧力を問題とする立場としては、各人の職分の明確化を前提として、裁量内で働きやすいようにする方向が解決策になるのではないかと考えています。たとえばテレワークを実行するだけでも、職分を明確化させることになりますので、改革マインドは持ちたいと思います。

    渡邉美樹議員が立正佼成会附属佼成病院過労死遺族に行ったブラック質問は卑怯である。佼成病院過労死遺族の中原氏は「働くことが悪い」や「週休7日が幸せ」とは一言も言っていない。相手が言っていないことを言っているように述べて、それで相手を批判する論法は卑怯である。中原氏の抗議は当然である。
    渡邉氏の卑怯な論法が批判されることは正当であるが、一つの落とし穴がある。抗議の仕方によっては、「働くことが悪い」や「週休7日が幸せ」という考えを否定する点で渡邉氏と意見が一致してしまう危険があるためである。「働くことが悪い」や「週休7日が幸せ」は、それで生活が成り立つならば必ずしも悪い考えではない。
    現代文明は西欧が大きな影響を与えたが、その思想的基盤となったキリスト教では労働は罰である。日本国憲法も職業選択の自由を定め、働かない自由も認めつつ、勤労を義務と位置づける。できるだけ働きたくないし、長く休みたいという発想は自然なものである。労働は善行で徳を積むものというような発想こそ前近代的で古い考えである。この点でも渡邉氏は新しいタイプの経営者というよりも、古い昭和的な経営者と位置付けるべきだろう。
    頑張ることを美徳とする昭和のガンバリズムが人を不幸にする。「働くことが悪い」や「週休7日が幸せ」と考えて何が悪いという社会にならなければ過労死をなくせないだろう。

    渡邉美樹議員が佼成病院過労死遺族にブラック質問
    http://blog.livedoor.jp/hayariki2/archives/2076527.html

    貴乃花部屋の新十両・貴公俊(たかよしとし)が2018年3月18日の大相撲春場所8日目に支度部屋で付け人の序二段力士を暴行した。角界の古い体質が明らかになった。日馬富士の傷害事件では被害者側であった貴乃花部屋で起きたために貴乃花親方バッシングが起きている。
    私は日馬富士事件では貴乃花親方を支持していた。今回の件は勿論問題であるが、貴乃花親方バッシングには与しない。日馬富士事件の異常性を問題視するためである。日馬富士事件は最初から問題であった。他の部屋の力士の飲み会に押し掛けること自体が非常識である。
    何故、嫌な先輩と一緒に飲まなければならないのか。折角の食事や酒も不味くなる。恐らく貴ノ岩は終始不愉快そうな表情になっていただろう。逆に日馬富士の側は、それが面白くなくて怒りが増大して暴力がエスカレートしたのだろう。
    事件が報道された当初、貴ノ岩側の言動に失礼な点があったと指摘されたが、むしろ他の部屋の飲み会に押しかける非常識な連中に良い気持ちで帰られてしまう方が情けない。日馬富士を怒らせたならば意地がある。

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