林田力 ブログ

書籍や漫画の書評、マンション問題や消費者問題、警察不祥事など。書籍『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者。マンションだまし売り被害者。東急不動産消費者契約法違反訴訟原告。みんなの未来(あした)を守る会代表。マンションだまし売りや迷惑勧誘電話、貧困ビジネス、危険ドラッグのない世界を目指します。

 林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(ロゴス社)は東急不動産(販売代理・東急リバブル)から不利益事実を隠して問題物件をだまし売りされた消費者(=原告)が消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、裁判(東急不動産消費者契約法違反訴訟、東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年(ワ)3018号)で売買代金を取り戻した闘いの記録。

FJネクスト・ガーラ・グランディ木場問題
http://hayariki.x10.mx/
東急不動産で買ってはいけない 被害者が語る「騙し売り」の手口
http://www.mynewsjapan.com/reports/1101

美容と健康

感動コミックエッセイ さよなら、うつ。

一色伸幸作、橘山聡画『感動コミックエッセイ さよなら、うつ。』(アスコム)は、うつ病の経験を語るコミックエッセイである。著者は脚本家である。『私をスキーに連れてって』『僕らはみんな生きている』などの作品がある。売れっ子脚本家であったが、うつ病になった。

本書はコミックエッセイのため読みやすい。但し、タイトルに「感動」と付けることはどうなのか。感動の押し売りは好まない。本書は、うつ病の実態の理解になる。献身的に支えた妻は素晴らしいと思うが、全ての家族に彼女の行動を期待できないだろう。うつ病を現実的な問題として考えている人ほど感動して終わりではなく、大変さを感じるのではないか。

著者は、うつ病を「心のかぜ」ではなく「心のがん」と表現する。これまで、うつ病は「心のかぜ」と言われることがあった。この表現は、うつ病が誰でもなる自然なことという認識を広めることに貢献した。その点で有用な表現であるが、「かぜ」とすると、すぐに治る、放置しても治るという誤解を与えかねない。

昭和の精神論根性論者は「心のかぜ」という表現を悪用して、「根性で治せ」と言ってくるかもしれない。きちんとした対応が必要という点で「心のがん」との表現に意味がある。また、うつ病は自殺の大きな原因になっている。死ぬ場合もある病として「心のがん」という表現は妥当である。

日本はどうしても頑張ることを美徳とする精神論根性論が根強い。相手に負担を押し付けておきながら、その負担を乗り越えることを評価し、乗り越えなければ自己責任と切り捨てる。焼け野原から経済大国にするような制約だらけの中から頑張ることを国民共通の成功体験とする感覚を壊すことが第一歩である。嫌がることをさせないことが大切である。拒否する自由を尊重することが相手の人格の尊重である。

和田心臓移植から50年 加速されるいのちの切り捨て

シンポジウム「和田心臓移植から50年 加速されるいのちの切り捨て」が2018年11月18日(日)、専修大学神田校舎で開催された。共催は臓器移植法を問い直す市民ネットワーク、日本消費者連盟、DNA問題研究会、バクバクの会〜人工呼吸器とともに生きる、脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会「わかば」。患者を置き去りにした医療の実態が浮かび上がった。林田医療裁判と重なる問題である。

小松美彦「和田移植とその歴史的構造」では和田心臓移植の問題として、自発呼吸も心音もあるのに絶望的と判断され、生きているうちに心臓を摘出された蓋然性が高いことと指摘する。心臓移植は、それ自体が是非が問われるが、現実の和田心臓移植は心臓移植の進め方としても問題がある。

ここに現実の医療問題を追及する場合の難しさがあると感じた。「心臓移植は許されない」と「心臓移植の要件や手続きから逸脱している」という二つの方向からの批判が成り立つ。これら二つの論点をそれぞれ独立して吟味すれば良いが、ごっちゃにされがちである。追及される側は意図的にごっちゃにして、批判側が論理矛盾しているように見せて責任逃れする。この克服が大きな課題である。

「和田移植とその歴史的構造」は、和田心臓移植は七三一部隊や九州大学医学部生体解剖事件とつながっているとも指摘する。この種の指摘は珍しくない。一方で「和田移植とその歴史的構造」は戦争に帰してはならないとも主張する。全ては医療・医学の構造的問題であり、人間の命と体への権力問題である。患者は実験材料であった伝統が医学にある。

現代医療の闇を七三一部隊などの延長線上に位置付けることは、安易に過去を水に流す非歴史的な日本では重要な視点である。しかし、そのような論調は戦争が悪いで終わってしまいがちである。「和田移植とその歴史的構造」の視点は新鮮である。

児玉真美「グローバルに進むいのちの切り捨て」は「死ぬ権利」論と「無益な治療」論が両輪になって命の選別と切り捨てを加速していると主張する。

「死ぬ権利」論の恐ろしいところは、それがデフォルトになってしまうことと感じた。もともと「死ぬ権利」は自己決定権が根拠になっている。それならば生きたい人には生きる自己決定権を尊重することが相互主義である。

もっと恐ろしいものは「無益な治療」論である。患者や家族が望んでいても、治療の一方的な停止や差し控えの決定権を問答無用で認める論拠になっている。日本では、この「無益な治療」論による医療サイドの押し付けが深刻である。死ぬことだけ自己決定権を持ち出すことは片寄っている。結局、日本は昔から集団主義の村社会であり、個人の自由を認めていないだけである。本当の意味での自己決定権が対抗する拠り所になるのではないか。

守田憲ニ「脳死と判定された人は生きている」では、基準に基づかない粗雑な脳死判定がなされていると指摘する。脳死判定を誤る原因として薬物の影響がある。麻酔や鎮痛剤は脳神経の機能を低下させて脳死と似た状態をもたらす。脳死判定から長時間生存し、循環や呼吸、内分泌機能が良好な状態に保たれていれば、薬物が排泄され、脳死判定基準を満たさなくなる患者が増えるとする。

質疑応答で私は家族の意見が分かれる場合について質問した。家族の総意が必要との回答であった。

冷やし豚しゃぶ稲庭うどん

江戸川区船堀の「まねきの湯」で冷やし豚しゃぶ稲庭うどんを食べました。冷やし豚しゃぶ稲庭うどんは夏季メニューです。ゴマだれは滋味豊かです。稲庭うどんは秋田県の郷土料理。香川県の讃岐うどんと双璧をなすと評価されます。群馬県の水沢うどん、または、長崎県の五島うどんと合わせて日本三大うどんと呼ばれます。独特の手延べ製法で作られた干しうどんです。つるんとした喉越しです。冷やし豚しゃぶ稲庭うどんを食べると体が急速に冷え、再度お風呂にはいりました。まねきの湯では冷シャンプーや冷ボディーソープも用意しています。涼やかな感じになります。

林田医療裁判

1 私の母親は脳梗塞で倒れて佼成病院に入院しました。母は快方に向かいリハビリを始め退院の指示が出ていました。ところが、長男はひたすら治療に消極的であり、母が受ける病気を治す為に普通に行われている点滴などの治療を拒否したのです。終末期で問題となる「生命維持装置などの機械によって生かされるような延命治療をするか否か」ではなかったのです。佼成病院は長男の意向しか確認せずに治療をしなかったというだけでなく、経鼻経管栄養の速度などの安全管理が杜撰だったこと、治療を中止する手続きが簡単だったこと、死なせ方が残酷であったことなどが問題となりました。

2 以下のネットニュースで報道されています。
渋井哲也「母の治療をめぐり兄弟間で食い違い。高齢者の命の尊厳を守る医療裁判は最高裁へ」BLOGOS 2017年8月23日
http://blogos.com/article/241749/
  残念ながら上告は棄却され、高裁判決(東京高等裁判所平成29年7月31日判決、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)に対して再審を経て特別抗告を提起しています。

3  高裁判決の問題点として病院が患者本人や患者の長女の意思を確認せず、治療を拒否した長男夫婦の意向だけで、治療方針を決めていました。それを判決は不合理ではないとしました。「控訴人を含めた患者の家族の全員に対して個別に連絡を取ることが容易な状況であったことを具体的に認めるに足りる証拠はなく、そうである以上、キーパーソンを通じて患者の家族の意見を集約するという方法が不合理であるとは認められない」(18頁)。

4  しかし、医療は患者のためにあるもので、家族の意見を聞く場合も本人の意思を判断するための証拠としてするもので、キーパーソンの意見で決めるものではない筈です。たとえば以下の論文にあります。
 「近親者の意見もまた重視されることになるが、それは同意の推定の根拠、すなわち、患者の意思のあり方を推測する一証拠として考慮されるのであり、近親者の(生の事実としての)現実の意思がそのまま意味をもつのではない」(井田良「治療中止をめぐって 立法による問題解決は可能か」判例時報2373号111頁)。高裁判決が通用するならば一部の家族の都合で医療が決められてしまいます。
nakano

高齢者医療に関係する学会

高齢者医療に関係する学会です。

日本慢性期医療協会
https://jamcf.jp/default.html
当協会では高齢者医療全体の質の向上を図るため日本慢性期医療学会を開催しています。
終末期委員会
https://jamcf.jp/committee_syuumatuki.html

日本医事法学会
http://jaml.jp/
医事に関する法の研究を推進し、それにより国民の健康にして文化的な生活の確保に貢献することを目的として設立されました

日本生命倫理学会
http://ja-bioethics.jp/
本学会は、生命倫理に関する諸問題の研究、科学技術一般と倫理との関係の研究、関連する社会的課題の研究 および関連分野の学際的総合研究の推進を図ることを目的とする。

日本老年医学会
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/
老年医学に関する研究の振興及び知識の普及、会員相互及び内外の関連学会との連携協力を行うことにより、老年医学の進歩を図り、もって我が国における学術文化の発展に寄与し、社会に貢献すること

日本老年看護学会
http://www.rounenkango.com/
老年看護学の学術的発展と教育・普及,看護実践の質向上を図り,もって人々の健康と福祉に貢献する

医療の倫理

星野一正『医療の倫理』(岩波新書、1991年)は患者中心の医療の倫理を論じた新書である。欧米に比べて日本は医療の倫理について意識が遅れている。これは21世紀に入った現代にも該当する。

本書は尊厳死や安楽死が高齢者を死なせることを正当化する論理として使われる危険を指摘する。「もし『患者本人の承諾』がなくて『家族の要請』だけで医師が安楽死を行ってよいものならば、死期が迫っている患者はおちおち入院しているわけにはいかなくなる。また患者に死んでほしいと思っている家族にとっては都合の良い殺人方法となってしまう」(131頁)

この問題意識は「姥捨て」という表現で他の文献などでも共有されている。「『インフォームド・コンセント』も『チーム医療』もどこ吹く風といった昔ながらの体質、医師の恣意的誘導のままに決められていく患者家族の意思、医師が『脳死状態』と告げさえすれば直ちに患者の命を諦める家族の心模様と世の風潮、高齢者が自宅で死ねず病院が『姥捨て場』になっている現今の家族事情と医療経済事情」(中島みち『「尊厳死」に尊厳はあるか』岩波書店、2007年、124頁以下)

「現在、医療経済の立場から人の終末期医療を論じようとする動きもあるが、終末期を迎えた人の死をいかなる美辞麗句を用いても、その根底に『姥捨て山』のような発想の片鱗が伏在していれば、生命の尊厳を冒すものとして弾劾されるべきである」(日本医師会第IX次生命倫理懇談会「ふたたび終末期医療についての報告」2006年)

日本的集団主義には「お前が我慢すれば丸く収まる」と特定人に負担を押し付け、正当化する風潮がある。これが高齢者医療では端的に現れる。個人の選択を尊重する発想を広げなければならない。

中野相続裁判と終末期医療新法

中野相続裁判の長男は母の延命につながる治療を全て拒否しました。通常人が被相続人であるとしたら、そのような人物に相続させたいと思うでしょうか。そこを考えなければなりません。

長男の治療拒否は重要な問題があります。何故ならば医師には医療水準に従って患者を治す義務があるためです。長男の好みで変更していいものではありません。

「医師等は、契約または事務管理によって患者の診療を引き受けた以上、「最も本人の利益に適合する方法」として、医療水準に従って生命の保護に必要な治療すなわち生命維持治療ないし延命措置を講ずる法的義務があると解する(民法六四四条、六九七条)」(大谷實「立法問題としての終末期医療」判例時報2373号138頁)

近親者の意見が聞かれることはありますが、それは患者本人の意思を推定するために行われるものです。近親者本人の意見を反映するものではありません。

「近親者の意見もまた重視されることになるが、それは同意の推定の根拠、すなわち、患者の意思のあり方を推測する一証拠として考慮されるのであり、近親者の(生の事実としての)現実の意思がそのまま意味をもつのではない」(井田良「治療中止をめぐって 立法による問題解決は可能か」判例時報2373号111頁)

終末期医療のあり方を規定する新法が検討されていると報道されました(酒井雅浩「自民 終末期医療法を検討」2018年9月16日)。本人の意思に反して延命措置が中止されることへの懸念が根強いことが背景にあります。家族、医師らが継続的に話し合い、意思を確認し、意思決定のあり方を透明化します。他の家族に相談せず独断で治療を拒否した長男の言動は、この流れに逆行します。

中野相続裁判さいたま地裁第4回口頭弁論傍聴・取材のお願い
http://blog.livedoor.jp/hayariki2/archives/2089229.html

はたらく細胞BLACK

初嘉屋一生漫画、原田重光原作、清水茜監修『はたらく細胞BLACK』(講談社、2018年)は体内細胞擬人化漫画『はたらく細胞』をブラック労働に置き換えたスピンオフ漫画である。表紙の赤血球と白血球は『はたらく細胞』と男女が逆パターンである。

ブラック企業は社会問題になっている。ブラック企業の周りにはブラック士業なども蠢いている。『はたらく細胞』では細胞達が自発的に楽しく働いているように見えるが、そのような職場環境ばかりかということは誰しも思うことだろう。その意味で好企画である。

本作品の人体はストレスや喫煙などブラックである。このために細胞の労働環境も過酷である。それでもブラック企業という観点では物足りなさがある。ブラック企業の最もブラック企業らしい特徴はパワハラだろう。東急ハンズ過労死事件は長時間労働としては相対的に少ないものの、高額の損害賠償が命じられた。そこにはパワハラの存在が考えられる(林田力『東急ハンズ問題』Amazon Kindle)。

本作品は東急ハンズのパワハラのようなブラック企業らしさが乏しい。大変な状態であるが、皆で頑張って何とかしようという世界である。プロジェクトXや下町ロケットに通じる日本的経営の世界である。それをブラックと受け止めるようになったことは日本社会の成熟だろう。

林田医療裁判が医療過誤原告の会会報に掲載

医療過誤原告の会の会報第40号『悲しみにくじけないで』(2018年7月1日)に林田医療裁判(立正佼成会附属佼成病院裁判)原告の手記が掲載されました(林田悦子「母の望まぬ死」66頁)。「母は終末期でもなければ、人工呼吸器のような延命治療をどうするかの問題でもありません。兄夫婦が拒否したのは、病気を治す為の普通の治療であり、それに担当医師が安易に応じて実行したことを問題としています」(67頁)。
この会報にはノンフィクションライターの北穂さゆりさんの記事「「高齢者差別」という隠れた命題を闘う 林田医療裁判」も掲載されています(68頁)。林田医療裁判を高齢者への過少治療の観点から問題提起しています。
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羊肉酒場悟大

羊肉酒場悟大・佐賀駅前店で羊肉を食べました。最初に味付けジンギスカンのラムロースとマトンロースを食べました。ラムは子羊、マトンは成長した羊の肉です。マトンは牧草の臭みがありますが、ラムは臭みが少なく、肉も柔らかいです。ラムとマトンの間にはホゲットという分類もあります。
肉は網で焼きます。これにより脂が落ち、肉の旨みが凝縮されます。脂のために炎が出ていました。焼いているうちにガスボンベのガスが少なく、途中で切れてしまい、交換しました。
次に特上肩ロース、タンを食べました。特上肩ロースは肉が分厚いです。焼きあがると店員が鋏で切ります。噛み応えがあります。ネギとニンニクが付いています。最後は羊肉餃子を食べました。普通の餃子とは異なる珍しい味でした。店内のモニターには映画『君の名は』が流れていました。
ジンギスカンはモンゴル帝国のジンギスカンに因みますが、モンゴル料理とはかけ離れた日本風にアレンジされた料理です。羊肉酒場悟大は庄やグループの経営です。店舗のテーブルはビールケースを重ねて天板を載せたラフなものです。タレは「秘伝のタレ」と「山本さんのタレ」があります。山本さんは羊肉の仕入先の北海道の「肉の山本」を指します。
佐賀駅前店は佐賀駅南口から中央通りを南に進んだ場所にあります。佐賀と言えば佐賀牛ですが、コスパと相対的なヘルシーさでジンギスカンにしました。肉の値段と味が比例する発想は拝金主義者の浅ましい考えです。食べたいものを食べることが幸福です。

歯はみがいてはいけない

森昭『歯はみがいてはいけない』(講談社、2016年)は歯科医による歯の健康の書籍である。食後の歯磨きや歯磨き粉など既存の常識を否定する大胆な書籍である。世界的には歯磨きは起床前と就寝前に行うものとする。歯磨き粉の普及は歯磨き粉メーカーの営業政策によるものに過ぎない。歯磨き粉で口の中が磨かれたような感覚になるが、それは実際に磨かれたかとは別問題とする。舌回しは私も励行しようと思う。

本書の素晴らしいところは歯科衛生士の役割を高く評価していることである。歯科医が別の職種の歯科衛生士を評価することは中々できることではない。下に見る歯科医が多いだろう。同質性の高い日本は相違を相違として受け止めず、上下関係でしか見られない人間が多い。役割が違うだけということが理解できない。

本書の予防重視や薬漬け医療批判は全ての医療分野に当てはまることである。一方で寝たきりや延命治療についての主張には異論がある。日本で寝たきりが多くなる背景には車椅子生活が不便という環境の貧困があるだろう。銀河英雄伝説では首から下は役に立たないと言われたキャラクターがいた。寝たきりになるような健康状態でも人生の価値を高められるような社会的仕組みを工夫することはできる。

また、延命治療をするかしないかは社会的必要性ではなく、自己決定権の問題である。そこの視点がない治療中止の議論は周りの意向で死なせる政策に陥りかねない。

歯科医が考案 毒出しうがい

照山裕子『歯科医が考案 毒出しうがい』(アスコム)は歯科医が歯の健康法を紹介した書籍である。毒出しうがいは虫歯や歯周病を予防し、口臭や生活習慣病も抑止する。歯磨きよりも効果があると主張する。私も毒出しうがいを励行したい。

歯磨き粉に否定的な点は、森昭『歯はみがいてはいけない』と共通する。日本の医療が治療重視で予防が軽視されているとの指摘も共通する。

毒出しうがいは歯磨きよりも簡単にできる。水があれば良い。本当に良い方法は無駄にお金をかけなくても実現できるものである。但し、毒出しうがいは真面目に行うと、かなり疲れる。歯磨きと異なり、手を使わなくてもできるが、普段使わない口の筋肉を使う。

毒出しうがいがかなり疲れると感じる背景には、これまでの歯磨きが惰性でやっていたという面がある。日本は食後の歯磨きの習慣化を推進してきたが、それは形式主義だったと言えるかもしれない。形式的に行わせて満足という公務員体質は日本社会のあちこちに存在する。無駄な作業が増え、日本社会の生産性が低くなる原因である。
『 #東急不動産だまし売り裁判 』著者。マンションだまし売り被害者。みんなの未来(あした)を守る会代表。#さいたま市桜区 をもっと楽しく。#悪徳商法 マンション投資の #迷惑勧誘電話 #貧困ビジネス 危険ドラッグのない社会を目指します。
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