林田力 だまし売りのない世界へ

マンション問題や警察不祥事、書籍や漫画の書評など。書籍『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者。マンションだまし売り被害者。東急不動産消費者契約法違反訴訟原告。みんなの未来(あした)を守る会代表。江東住まい研究所長。マンションだまし売りや迷惑勧誘電話、貧困ビジネス、危険ドラッグのない世界を目指します。 http://www.hayariki.net さいたま市の話題は林田力@さいたま市桜区ブログ

 林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(ロゴス社)は東急不動産(販売代理・東急リバブル)から不利益事実を隠して問題物件をだまし売りされた消費者(=原告)が消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、裁判(東急不動産消費者契約法違反訴訟、東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年(ワ)3018号)で売買代金を取り戻した闘いの記録。

FJネクスト・ガーラ・グランディ木場問題
http://hayariki.x10.mx/
東急不動産で買ってはいけない 被害者が語る「騙し売り」の手口
http://www.mynewsjapan.com/reports/1101

本が好き

魔法使いの陰謀

シャンナ・スウェンドソン著、今泉敦子訳『魔法使いの陰謀』(創元推理文庫、2018年)は現代ニューヨークを主な舞台としたファンタジー小説である。『ニューヨークの妖精物語』『女王のジレンマ』に続く「フェアリーテイル」シリーズの第3弾である。

ニューヨークでは妖精の関与が疑われる事件が続発する。魔法使いのジョセフィーンは魔法使いと妖精の対立を煽る。果たしてソフィー達は魔法使いと妖精の戦争の危機を食い止められるか。

本書のタイトルは魔法使いの陰謀があるのかとネタバレに思えるが、それだけで終わらない。もっと複雑な展開になった。ロマンチックな作品であるが、恋愛面でラストに重たい結論が突きつけられる。この点は前作『女王のジレンマ』と共通する。

主要登場人物の一人であるマイケルはニューヨーク市警の刑事であるが、刑事としては柔軟な思考の持ち主である。だからファンタジー作品のレギュラーになれる。一方で本書では市民感覚とはギャップがある警察組織の人間的なところが描かれる。マイケルは見込み捜査的に考えを進め、ソフィーから「警察はいつもそんなふうに捜査をするの?まず容疑者を決めて、それから証拠探し?」と呆れられる(153頁)。

また、不審な妖精をソフィーとマイケルで尋問するシーンではマイケルがソフィーに「いい刑事と悪い刑事のどっちをやりたい?」と尋ねている(163頁)。悪い刑事が脅した後で、いい刑事が優しくして自白させる古典的な手口である。日本ならば人情派刑事が被疑者を落とすパターンであるが、米国ではロールプレイのゲームであると分かりきっている。警察の捜査の問題については、やはり米国の方が感覚が進んでいる。

本シリーズの魅力はファンタジーと現代ドラマの両方の要素が詰まっていることである。現代ドラマは政治的正しさを無視した現代エンタメになっている。「ヒスパニック地区でバレエを観るやつなんかいない」との台詞が出てくる(223頁)。加えて人間であるが、妖精の性質を吸収した存在を「名誉妖精」と呼んでいる(400頁)。アパルトヘイトの名誉白人を連想する表現であるが、悪い意味で使っていない。エンタメ作品が政治的に正しい必要はない。

チェーザレ〜破壊の創造者〜

惣領冬実『チェーザレ〜破壊の創造者〜』はルネサンス期イタリアの英雄チェーザレ・ボルジアを描く歴史漫画である。

第2巻の序盤はチェーザレ・ボルジアがアンジェロを貧民街に案内する。貧民の悲惨な状況が描かれるが、ボルジアが教会を告発する。貧民に施しを与えているが、貧民を助けるためでなく、貧民を貧困のままにすることが目的であると。現代の貧困ビジネスにも重なる。ボルジアはパンを与えるよりも働く場の与え、技術を身につけさせるべきと主張する。現代の福祉でも「魚を与えるよりも、魚の釣り方を教える」ことが求められる。

中盤はダンテ『神曲』をめぐるディベートである。ボルジアの政治意識が明かされる。ニッコロ・マキァヴェッリ『君主論』のモデルとなった人物らしい考え方である。第1巻ではジョヴァンニ・デ・メディチが敵対派閥のボスのように描かれたが、政治家としては優しい人物であった。

後半はボルジアの政治手腕が光る。コロンブスやダ・ヴィンチという著名人が登場し、歴史ファンには嬉しい内容である。わざわざ日本で知られている呼び方ではない呼び方で登場させ、分かる人に分からせる憎い演出である。当時の建造物や現在に伝わる絵画の傑作も登場する。

私本太平記

吉川英治『私本太平記』は太平記を題材にした歴史小説である。足利尊氏を主人公とする。NHK大河ドラマの原作となった。皇国史観では南朝を正統とし、尊氏は逆賊・大悪人に位置づけられていた。それ故に尊氏を主人公として描くことは画期的なことであった。但し、皇国史観の洗礼を受けていない私は尊氏にマイナスイメージを持っておらず、画期性にピンとこない。勤皇思想もないので、尊氏が建武の新政から離反することも無理がないという感覚である。

尊氏は後醍醐天皇を嫌悪している訳ではないが、後醍醐天皇を擁する体制が合わない。尊氏にも煮え切らなさがある。そこに勤皇で一刀両断する皇国史観から攻撃される素地がある。本書は尊氏の抱える矛盾を丁寧に描いている。

本書は皇国史観が当たり前だった人々にとっては新鮮な尊氏像を提示したが、そうでない人々には婆娑羅(バサラ)の佐々木道誉という強烈なキャラクターが印象に残る。もっとも、道誉が政治的に活躍した時期は二代将軍義詮の補佐としてである。道誉を主人公とした物語も読みたくなった。

太平記では兄弟の活躍が目立つ。足利も新田も楠木も個性の異なる兄弟が活躍している。それ故に足利尊氏と直義の兄弟が対立した観応の擾乱は痛恨時であった。これは室町幕府の基盤を弱体化させた。

この時代は足利兄弟以外も一族の争いが多発した。分割相続から長子単独相続への移行期にあったことが原因である。長子への権限集中に反発する一族の人間が長子とは異なる旗印として南北朝の対立する側を掲げて争った。これは南北朝の騒乱が長期化した原因である。皇国史観が主張するほど勤皇思想は重要ではなかった。この後、日本は長子単独相続に移行していくが、分割相続の方が個性を活かせ、社会に活気が出たのではないか。
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