シン・特撮博物館

「えらいものを見ちまった」

 公開初日に新宿東宝ビルでシン・ゴジラを鑑賞し、歌舞伎町の路上に戻った時の気分を一言で表すと「混乱」であった。迫力のある、面白い映画であることは間違いないのだが、それと同時に「奇妙な映画」でもあった。

 その、奇妙さの正体が何なのかを確かめようと思い、特撮に詳しい作家の皆河有伽さんにその場で電話をかけたのだが、その時はまだ互いに興奮していたので上手く言語化することが出来なかった。だが、数日後2度目の観劇を経てようやく、シン・ゴジラの正体に気が付いた。

「これは、劇場版特撮博物館だ…」

 ゴジラ映画の殆どにおいて、ゴジラその他の怪獣がスクリーンに現れるのは大抵、物語が中盤に差し掛かってからである。しかし、シン・ゴジラにおいては映画が始まって早々に「ゴジラのしっぽ」が現れるのだ。

 このフォーマットは、ウルトラQを初めとする怪獣特撮番組のそれである。14年ぶりの東宝によるゴジラ監督のオファーを受けた庵野秀明総監督は、東宝 取締役映画調整部長の市川氏に対し「ぼくは専門はウルトラマンです」と語ったそうだが、まさしくその言葉通り、開幕は「ウルトラ」そのものであった。

 アクアライン崩壊の報を受け、ひとりそれが「巨大不明生物の仕業」であると進言する内閣官房副長官・矢口蘭堂は「帰ってきたウルトラマン」の郷秀樹だし、オペレーションルームはまるで科学特捜隊本部である。「帰ってきたウルトラマン」はそれまでのウルトラマンシリーズとは違い、当時の日本がそのまま舞台として描かれている、ということも忘れてはならない。

 そしてゴジラは水生生物から足の生えた両生類の姿となり、蒲田に上陸するのだが、この時のゴジラは地を這うように移動する。自ずと「怪獣がいる風景」が人間の目線に収まるのだが、これは「仮面ライダー」など、いわゆる「等身大ヒーロー」と呼ばれる特撮番組と同じである。

 その後、ゴジラはさらなる成長を遂げ、ビルを押し倒すほどの巨大な姿へと形を変える。このシークエンスは「スーパー戦隊」シリーズだ。

 つまり、シン・ゴジラは「映画」でありながら、「TV番組」としての「怪獣特撮」をいきなり放り込んできたのだ。第3形態までのゴジラがなんだか安っぽく「まるで着ぐるみの怪獣のよう」に見えるのは、無論、予算や時間の都合もあるだろうがあえて「そう見せて」いたのではなかろうか。

 この後、ゴジラはいったん海中に姿を消し、鎌倉沿岸に再上陸をするのだが、この時現れるゴジラに「安っぽさ」は微塵もない。白組による迫力ある戦闘シーンは「日本特撮の到達点」を全世界にお披露目するショーケースだ。美しく、そして絶望的な破壊を最新のリアリティで描写する。そうでなければ、ハリウッド大作のVFXで目が肥えた一般観客の目を騙すことはできない。
(作品の時系列が前後するが、蒲田〜品川が破壊された最初の上陸も、ゴジラ以外の破壊描写は徹底してリアルである。これはもちろん、東日本大震災など、近年の災害を体験した、あるいは鮮明な画像で目撃した観客の視線に耐えるためであろう)

 物語は、東京そして日本の中枢を破壊し、一旦動きを止めたゴジラを葬り去るために熱核兵器の使用が検討され、それを阻止すべくゴジラ凍結計画、通称「ヤシオリ作戦」が発動するのだが、ここで岡本喜八監督扮する(?)牧五郎教授の遺言が重要なキーとなって繰り返される。

「私は好きにした。君らも好きにしろ」

 その言葉通り、クライマックスシーンは庵野総監督が「好き」と公言してはばからないもののオンパレードである。電車、建設重機、化学プラント、怪光線。先ほどまでと打って変わって特撮のリアルさは影を潜め「ミニチュア特撮っぽさ」を前面に押し出した映像が続く。これもまた庵野監督が大好きな「宇宙大戦争」のテーマに乗って。

 庵野総監督によれば「特撮の魅力は、現実のなかに空想を紛れ込ませられること」だという。シン・ゴジラはまさしく虚と実が目まぐるしく転回する「特撮映画」そのものであった。

 「ゴジラ凍結のために一丸となって立ち向かう日本の逞しさ」が虚構であることを強調するように、クライマックスシーンを「ミニチュアっぽく見せる」シニカルさは、松本人志監督の特撮映画「大日本人」にも通じるものがある。だが、だからといってそれは全くの虚構でもない。あの日あの時、確かに我々はコンクリートポンプ車を駆ってゴジラ凍結に奮闘した日本人が実在していることも知っているからだ。

 映画のラストで威風堂々と東京都心に居座るゴジラの脅威が現実であるのと同時に、たとえ現時点では作り物に過ぎないとしても希望はある。

 ただ「何に対しての希望」なのかと言えば、それはニッポンという国家のスケールではなく、あくまでも「特撮の未来」に対してなのではなかろうか、とも思う。最後に、2012年に東京都現代美術館で開催された展覧会「特撮博物館」発表時の庵野総監督のコメントを引用する。

特撮という僕が大好きなものが消えつつあると思う。多分消えるんです。でもこういうものがあったということは残しておきたい。可能な限り残したい。これはその願いの第1歩でしかない



OMOIDE IN MY HEAD

 伝え聞くところによると「日本ハイスコア協会」なるものが設立され、過去のハイスコアデータのデジタル化と新たな集計作業を行うのだそうだ。

 これが、現在のアーケードゲームシーンにおいてどれ程の影響を及ぼすかといえば「全く無い」と言って差し支えないだろうし、事実そうなるだろう。

 何しろ、2016年現在、アーケード業界全体において「ハイスコア集計対象」のゲーム機が売上に占める割合はどれだけ過大に見積もっても1%以下であるし、ハイスコア集計が盛んだった過去を遡っても売上の大半はメダルとプライズ機であったのだ。

 大塚ギチに倣って自分語りを続ければ、俺自身も「スコアラー」ではあった。といっても、超人的な反射神経やなにか特別な才能があったというわけではない。昔のビデオゲーム、特にシューティングゲームにおいて、プレイヤーに求められるスキルが何であったかといえば、ぶっちゃけると「連射」能力である。コンスタントに何十分間と、1秒辺り10~16回ボタンを叩くことさえできれば大抵のゲームの難度は著しく下がってしまう。あとは、簡単なパターンを覚えさえすればいい。

 ボタンをただひたすら叩くことさえできてしまえばクリアはできるので、あとは「ハイスコアを出すぐらいしか楽しみがない」これがスコアラーになった理由だが、その場合、ゲームの違った面が見えてくる。

 ビデオゲームに限らず、ほぼすべてのコンピュータプログラムはプレイヤから見て不完全情報ゲームとしての特性を持つ。表計算ソフトとしてお馴染みのマイクロソフトExcelにおいても例外ではない。プレイヤはセルに数値を入れ、印刷ボタンを押すが、それがどのような結果となって現れるかはハードコピー(もしくはPDF)を確認するまで解らない。罫線から文字がはみ出ないよう、望む結果を手に入れるためには呪文めいた「攻略法」を駆使しなければならないのだ。

 スコアラーがビデオゲームに対して行っていることはこれと同じである。プログラム内部で行われている処理をリバースエンジニアリングし、仕様を丸裸にすること。「スコアラーが競い会う」とはすなわち情報戦を闘うことに他ならない。(ビートマニアなど大抵のリズムアクションゲームはプレイヤに対して譜面が完全情報として与えられるのでこの定義には当てはまらないが)

 俺が80年代後半を過ごした福岡市内において、最も盛んにハイスコアが競われていたゲームセンターは六本松に存在したモンキーハウスというロケーションであった。有名プレイヤーを数多く排出し、また後に訪れる対戦格闘ゲームブーム時においてはそのムーブメントを狂乱状態にまで加速化させた「通信対戦台」を全国に先駆けいち早く設置した店舗でもある。

 全国一位の記録を数多く打ち立てたモンキーハウスは、先に述べたように「情報戦」の最前線を走っていた。その為、集計しているゲーム雑誌の編集部が未だ発見していない攻略法を使って一見ありえないようなハイスコアを達成することもしばしばあった。

 こういうとき、集計するゲーム雑誌編集部側は、その記録が虚偽に基づく申告でないか確認するために連絡を寄越してくることがある(大抵は長距離電話であった)。だが、前述したように「ハイスコア競争」とは情報戦に他ならない。解析によって明らかになった仕様(あるいはバグ)の隙を突いてスコアを出す、というのが肝であって、その情報を明らかにするということは、全国に散らばるライバルとの優位性を失うことになる。

 ゲーム雑誌編集部にはスコアラーも多く在籍していた。ということはつまり「解析の結果ハイスコアを出しても、その手柄はすべて敵に苦もなく奪われてしまう」事になる。

 そうした、理不尽なやり取りをモンキーハウスのカウンターを挟んで幾度となく目の当たりにし、馬鹿馬鹿しくなって俺はスコアラーであることを辞めた。ビデオゲーム、あるいはゲームセンターに情熱を注ぐのであれば、もっと実のあるものを追い求めた方が良い。

 インカム、つまりは売上だ。

 卒業後、ややあって上京し歌舞伎町のゲームセンターで働くことになった。歌舞伎町一番街、コマ劇広場側の角地と「立地だけなら最高」な、そのロケーションの名は「新宿カーニバルプラザ(以下CP)」。現在も営業を続けている老舗「新宿プレイランドカーニバル」と良く混同されるが、まったく関係の無い別店舗である。(ややこしい話であるが、90年代初頭にプレイランドカーニバルが大改装を行った後しばらく、俺が同店のメンテナンスを担当していた時期がある。ほぼ毎日のように修理に訪れていたので、常連客の中には俺がその店の店員だと勘違いしていた人も少なくはない)

 俺が働きだした頃のCPは、ありのまま形容すれば「パっとしない店」であった。それでも立地に恵まれていたので、通りに面したプライズ機の売上だけは好調を保っていた。俺の得意分野であるビデオゲームはというと1Fの奥に20台ほどあり、辛うじて脱衣麻雀とテトリスにまばらに客が座っている程度。その時既にストリートファイターIIの通信対戦台が福岡を中心に西日本で高インカムを叩き出していたが、当時はなぜかセガの方針として通信対戦台を作ることは禁じられていた。(もっとも、禁止していなくてもその仕組みに精通している人間は東京にほとんどいなかったのだが)

 歌舞伎町という場所は「日本のゲームセンター発祥の地」と称されることもある。その土地柄、俺が勤務していた90年代初頭には大小様々20店舗以上のゲーセンが軒を連ねていたが、ビデオゲーム、ひいては対戦台が盛り上がっている店はほぼ存在しなかった。(唯一あった店も92年に閉店してしまった)

 この商圏で売上において他店を出し抜けるとすれば、対戦台で勝負を仕掛けるしかない。何しろメダルゲームではミラノを始め、シグマ系列のゲームファンタジア各店が巨人のように立ちはだかっているし、プライズはというと、より歌舞伎町の入り口に近いタイトー系のイエストロンと、ハイヒールのネオンが往来を惹き付けるGFシオンが気を吐いていた。AOUの自主規制もお構い無しに高額景品を投入する店舗すら存在し、正直言ってまともに競争できる状況でなかった。

 対戦台で、売上を取るーーー。

 良くある誤解としては、ゲーム達者な人間を集めればビデオゲームの売上が上がるというものだ。しかし、通信対戦台というのはゼロ和ゲームだ。勝った方はゲームの継続権を得て、負けた方がゲーム代を支払うというゲーム構造である。つまり、肝心なのは「負けてくれるお客様」をどれだけ多く集めるかであり、そして、負けてなお再投資するモチベーションを維持させ続けることにあった。

 スキルゲームでこれを実現するのは容易なことではない。まず大前提として、マシンメンテナンスは常に最良でなくてはならない。なぜならば、レバーやボタンの不良により自分の思い通りのプレイができない状態で、よりスキルが劣るお客様に「次は勝てるかもしれない」という良い結果への期待を抱かせることは不可能だからだ。

 もうひとつ重要なのは、ハイスコアを出すときと同様「情報」である。自分の知らない隠し必殺技を使われて負けてしまったとする。その情報が得られなければ、負けた方はただ理不尽に感じて二度とプレイすることはないだろう。あるいは、特定のパターンによって一方的に攻撃を受け続け、その抜けかたを知らなければ「ハメられた」と、負けた側が勘違いして逆上してしまう可能性もある。(事実、それは幾度となく繰り返された)

 情報戦において、他店の追随を許さないこと。

 新宿カーニバルプラザがこれを確立できたのはバーチャファイターブームの最中であった。他社の格闘ゲームであろうと、導入された翌日には「すべての隠し必殺技が店内に掲示されている」状態であったし、極めつけは、開発途中のバーチャファイター2の映像を店頭で流し続けるというものだった。

 これは、当時AM2研のパブリシティ担当であった黒川文雄氏のご厚意に依るところが大きい。セガ社内の正式な手続きを経ずに貴重なビデオテープを提供していただいた恩義は言葉で言い表せないほど大きいものだ。その後、程なくして黒川氏がセガを離れてしまわれたこともあり、正式なお礼を述べることなく現在まで不義理を通してしまい、誠に申し訳ないという他ない。

 開発途中の映像を入手できたことにより、CPにおける「バーチャ2コマンド解析」はスムーズに事が進んだ。なにしろ「どういう技が存在するのか」はビデオに納められているのである。あとは、それを出すためのレバーボタン操作の組み合わせを探すだけで良かった。解析の結果を纏めたコマンド表は常連客からのフィードバックも取り入れ、毎日のように更新されていった。それを求め、新幹線に乗ってはるばる大阪や名古屋から歌舞伎町へ訪れたお客まで居た。パソコン通信もまだ普及し始めの時代である。A4用紙1枚に全てのキャラクターの技が記載されたコマンド表は重宝され、歌舞伎町・新宿商圏を中心に全国に拡散していった。

 結果としてCPは、当時「バーチャ聖地」と呼ばれた新宿西口ゲームスポット21に匹敵するほどの売上を叩き出すことに成功した。1台辺りの売上で言えば、GS21を上回ったことすらある。もっともこれには事情があって、まず前提としてGS21の方が導入台数が多くインカムが分散していたこと、それと、VFシリーズはゲーム難度の設定により体力値が変動するようになっており、最高難度にすれば少ないダメージでも決着が早くつき、回転率を上げられることを利用したためであった。

 当ブログでは何度となく繰り返し述べていることであるが、「ゲームとして成立している」状態とは「プレイヤから結果が見通せない」状態のことである。そして、プレイヤからゲームが魅力的に思える、つまり、ポケットの中の小銭をコインシューターに投入してもらうには「良い結果への期待」を抱かせねばならない。これは、パチンコ店がドル箱を積み上げて出玉を誇示するのと同じである。

 コマンド表を作らなければならなかった理由はそこにあった。「良い結果」に繋がるための情報を「全てのプレイヤーに公平に」行き渡らさなければ、対戦台の売上で「全一」の星を取ることは出来ないのだ。

 ビデオゲーム業界、とりわけ日本のそれにおいては不完全情報ゲームとしての優位性、秘匿性を重視したがる傾向にある。しかしそれこそが、ゲーム人口を減少させる最大の要因だと気付いているものは、残念ながら今日においてもほとんど存在しない。

 それに、プレイヤが自由に情報を共有できる高度情報化社会の現在において「繰り返しプレイ」し、仕様を解析するという行為は圧倒的にプレイヤ側が優位にある。

 なぜならば、仕様を暴くために1万回の繰り返しプレイが必要だったとすれば、1万人のプレイヤがそれぞれ1回行った情報を共有すれば良いだけだからだ。であるならば、仕様はリリースと同時にすべて明らかにし、それでもなおゲームとして成立するだけの強度を持たせる方向に舵を切るべきである。ハイスコアラーが攻略メモをゲーセンノートに書き留め、情報戦を競った時代は過去のものでしかないのだ。

 話をハイスコアに戻そう。記録、という観点で言えば、過去の(そして現在も)「達成した」とされるハイスコアが自己申告制に基づくものである以上、「思い出参考記録」としての価値しかない。申告されたものが虚偽であるのか、あるいは映像が残っていたとしても、それが改造されたROMによるものかどうかの検証が何もなされていないからだ。

「日本ハイスコア協会」なるものが、「記録」を重視し、将来的にe-スポーツの一部門として「ハイスコア」を認めさせたいというのであれば、過去の、ゲーム雑誌が集計したハイスコアを破棄するところから始めなければならなかったはずだ。しかし、どうやらそうではないらしいので、冒頭に戻るが結論としては「ハイスコアの集計を再開したとしても、それは現在のアーケード業界においてなんの影響も及ぼさない」ということになる。元スコアラーとしては、ネットでよく使われている言い回しで「残念だが当然」というほかない。 

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写真は、新宿カーニバルプラザが入居していた歌舞伎町白馬車ビル。解体工事を前に外装が取り払われ、名前の由来となった白馬車のステンドグラスがその姿を見せている。70年代には新宿ゲイカルチャーの中心地であったと伝え聞いているが、確認する術を持たないので残念ながら詳細はわからずじまいである。

ゲームセンターは「ゲーム」を提供するお仕事です。

 というアタリマエの話をしてみたいと思います。何度も繰り返しますけども「ゲーム」とはプレイヤー(および観客)から「結果が見えない状態」のことを指します。

 ゲームセンターで不動の人気の誇る二種類のゲーム機を例にとって説明しましょう。一つはUFOキャッチャー、もう一つがカプセルベンダーマシン、通称ガシャポンです。

 この二つの「ゲーム機」は、どのようにしてプレイヤーから「結果」が見えないようにしているのでしょうか?
 UFOキャッチャーは、特殊な場合を除いて「プレイヤーが獲得できる景品」が何かは一目瞭然です。ぬいぐるみであったり、フィギュアであったり、お菓子であったり。不確定なのは、投入する金額、つまり投資コストですね。1プレイで獲得できるのか、数千円突っ込んで店員さんに泣きを入れて「取らせてもらう」のか。

 UFOキャッチャーは「投資コストが不確定」であることが、ゲーム構造を支えています。

 ではガシャポンはどうかというと、こちらは獲得できる景品の種類が不明です。無論、投入されている景品の種類、ラインナップはディスプレイされていますので、何が取れるか全くわからないというわけではありません。が、一定金額を支払ってハンドルを回し、カプセルを開けてみるまで、プレイヤーは実際に獲得した景品が何かを知ることはできません。

 ガシャポンは、「最終的に獲得できる景品が何であるかを隠す」ことがゲームとしての構造を支えています。

 今から20年ほど前、いわゆる男性オタク向け市場のバブルが発生した時に、仕入れたプライズ景品を個別売りして一儲けしようとする業者が乱立しました。僕もやりましたけど、あんまり儲かりませんでした。あんまり、というのはマシンに投入した時のインカムで得られたであろう利益を超えられなかった、という意味です。つまり、プライズマシンをプレイするお客さんの「ゲームに対するニーズ」を過小評価していたんですね。
 そうした失敗も踏まえたうえで、僕はプライズマシンの「ゲーム機としての優秀さ」を再評価して今に至るというわけです。

 さて「プライズマシンは紛うことなきゲーム機である」と説明したところで、「ゲームの魅力」とは何か?という話に移ります。冒頭の「ゲームとはプレイヤーから結果が見えない状態」というのを思い出してください。見えない、といっても得られる利得、つまり景品が何かという情報はプレイヤーから見えているわけです。これをゲーム理論では「完備情報」と言います。

 しかしプレイヤーはクレーンの爪が掴む強さであるとか、景品のどこを掴めば(圧せば)よいのかとかいった情報をすべて知っているわけではありません。慣れたプレイヤーであれば、過去の経験から「だいたいこうだろう」と予測することは可能ですが、それとて完璧なものではありえません。そのため、ゲーム構造としてプライズマシンは「不完全情報ゲーム」であるといえます。

 プレイヤーは、プライズマシンをプレイして初めてこれらの情報を得ることができます。もちろん、クレーンの爪が景品に触れて全くピクリとも動かないとかの場合は「クソゲー」として見捨てられてしまいます。全く見込みがないものに、お客様は投資してくれません。

 不完全情報ゲームが継続した魅力を持ちづつけるには、プレイヤ自らが得た情報を、次のプレイにフィードバック出来、さらに良い結果へ繋がるということが最低条件になります。

 プライズマシンが長年にわたって高インカムを持続できて来たのは、こうした「プレイヤーの情報獲得→さらなるフィードバック」という好循環を絶えず更新し続けたからでもあります。

 ついでに言えば「連コイン禁止」というローカルルールの蔓延は、こうした情報獲得・フィードバックの好循環を妨げるものでもあります。全くの初心者プレイヤーがゲーム機から情報を獲得し、フィードバックできるようになるまでは、最低でも3回以上のリトライが必要です。そういった事情もあり、近年のゲームでは初回プレイ単価を高額に設定し「繰り返しプレイをセットにした料金にする」といった施策(具体的には「戦場の絆」などで単価を500円に設定し、2プレイをセットで行わせるなど)や、情報獲得のための最初の1プレイを無料化(F2P化)するといった試みがなされています。

 実際のところ、ゲームセンターに置いてあるほとんどすべての「ゲーム機」は、「不完全情報ゲーム」としての性質を持っています。コンピュータプログラムなどはその典型ですが、逆にプログラムは「あらかじめ決まった結果しか返せない」という弱点を抱えています。つまり「攻略」されてしまえばパターンが発覚し「プレイヤーから見える結果」が固定されてしまうのです。

 プライズマシンの場合は、投入した景品によってそれぞれ特性、サイズや重心が変化しますので、その都度「不完全情報ゲーム」としての特性を再獲得することができます。また、近年みられるように、景品を紐で吊るすというようにディスプレイの方法を工夫することによって、全く違うゲームに仕立てることすら可能です。

 店員・オペレーターはプレイヤーに対して景品を陳列する度に「新しいゲームを創っている」のと同じことをやっています。ある意味では、プログラムを組んで「ゲーム(っぽいもの)を創る」よりもよっぽどゲーム的センスが問われると言ってよいでしょう。

 現在アーケードゲームの主流となっている、プライズ主体の店舗を「あんなのはゲーセンじゃない」とするゲームマニアは少なくありませんが「お客様にゲームを提供する」という意味では、むしろプライズマシン主体の店舗の方が店舗毎の特色や工夫が反映されている、立派な「ゲームセンター」であるのです。

艦隊これくしょんのゲームメカニズム

本稿はブラウザゲーム「艦隊これくしょん」について述べる物で、アーケード版並びにコンシューマ版については一切触れない。

本題に入る前に、そも「ゲームとはいかなるものか」という定義の話をする。商品としてのエンターテイメント・コンピュータプログラムは大雑把に「ゲーム」としてくくられているが、その中には「ゲームとして成立していない」ものも含まれるからだ。

「ゲームとはプレイヤの行動を評価し、プレイヤから結果が見えない状態」を差す。

例えば、健常者にとって「二足歩行による100メートルの移動が出来るか」は「ゲームとして成立しない」が、「移動にかかるタイムを競う」場合ば「ゲームとして成立する」。

以上を踏まえて本文を読み進めてもらいたい。

艦これは運ゲーである、ということ


艦隊これくしょんのゲームフローを、戦闘(出撃)に限って以下の図に示す。
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プレイヤが行動できるのは(スキルを発揮できるのは)、角丸で囲った箇所のみである。戦闘の結果を支配するのはプログラムによる抽選であるので、艦これはパチスロと同じく「Game of chance」つまり、「運ゲー」であるといえる。
Game of chanceの場合、プレイヤが取れる行動は限られてくる。より確率の高いものにベットするか、試行回数を増やすかのどちらかだ。パチスロでいえば前者は「ゾーン攻略」であるし、後者はパチンコでいう所の「ボーダー収支」である。
艦これでの場合、コンディション値や運のパラメータを上げることで、高確率状態を任意に選択できる。
また、資源とバケツを溜めることで試行回数を上げることが可能となっている。

艦これにおけるプレイヤの評価


(コンピュータ)ゲームである以上、プレイヤは評価の対象となることを逃れることが出来ない。Free-to-Play(F2P)ゲーム、特にDMMのようなコンテンツプロバイダが胴元となっているF2Pゲームにおいて重視されるのはアクティブユーザの獲得であるので、当然、プレイヤの評価もログイン頻度に比例したものでなくてはならない。
つまり、毎日ログインしてデイリー任務を滞りなく消化し、資源と修復バケツを溜め込むといった行動を評価することこそが、艦これというF2Pゲームに課せられた役割である。
そういう視点で言えば、艦隊これくしょんというゲームそのものもまた、DAU獲得レースというゲームの評価にさらされているといえる。
艦これにおけるプレイヤの評価軸は「運ゲー」であるという点から鑑みるにきわめて合理的なもであり、またそれがプラットフォーマーの利益にも繋がる優れたデザインであると評価して良い。

艦これの報酬系


ゲームにおいてプレイヤのモチベーションを喚起するのは、何といっても報酬である。コンピュータゲームにおいてはゲーム内アイテムがそれにあたるのだが、報酬系は何も「ゲーム内部で」完結するものばかりではない。パチンコによって獲得できる景品は金銭に交換することが出来るし、スポーツ大会で優勝すれば大きな栄誉とそれに付帯する利得が得られる。
8~90年代の家庭用ゲーム機全盛期を振り返れば、「ゲームをいち早く攻略したプレイヤ」は、すぐさま中古品を売りに出せば大きな利得を得ることが出来た。こうしたゲーム外部の利得構造を抜きにプレイヤの行動原理を説明することは不可能だ。「昔は夢中でゲームをプレイする人間が多かった」のは、単にそれが利得に直結していたからであって、そのスキームが破綻すると同時に、国内のパッケージゲーム市場は凋落の一途を辿ったのである。

では、艦これの報酬系とはどのような構造になっているか。(イベント)マップをクリアすればレア艦や装備品が手に入るが、それはさほどの意味を持たない。難度によって得られる報酬が変更されるが、それとてゲーム結果を支配するような効果があるわけではないので、最低難度(丙作戦)を選択したとしても不利益を被ることはほとんどない。
ゲーム内で得られる報酬がさほど魅力的でないにもかかわらず、なぜ艦これがプレイヤのモチベーションを高く保てるのかといえば、報酬系がゲーム外部に存在するからである。

艦これのゲーム構造を再度見直してみよう。艦これはGame of chanceであり、一人プレイのゲーム、つまりゲーム理論的には「一人対自然」ゲームである。なぜ人為的に作成されたプログラムが「自然」なのか、というと、プレイヤに対して利害関係を持たず、だた決められた確率で抽選を行うだけであるのでこれは「自然」として扱われる。
プレイヤはプログラム内部でどのような抽選・選択が行われているかゲーム画面から直接うかがい知ることは出来ない。ただし、ゲーム結果から逆算して情報を得ることができるので、試行回数を上げればそれだけ勝率を上げることが可能だ。
全くの運次第と思われていたものでも、データを統計することで法則・規則性が判明する。艦これを取り巻く状況で最も興味深いのが、支援ソフトを利用した大規模な統計データベースの存在である。(もっとも、これと似たようなシステムはパチンコ市場において数十年以上前から広く使われている)
実際の所、艦これはGame of chance、運ゲーと呼ばれる要素をそぎ落とす方向に進化している。イベント海域における「ルート固定編成」「能動分岐」の導入はその最たる例だ。プレイヤのスキルによってゲーム結果が大きく左右されることになるが、これはゲーム構造を脅かす諸刃の剣といっても良い。
冒頭で「ゲームとはプレイヤから結果が見えない状態」であると定義したことを思い出してほしい。艦隊編成や分岐選択といったプレイヤの行動・スキルが完全にゲーム結果を支配した場合には、プレイヤから見える結果は固定的なものになるので、ゲームとしては成立しなくなる(加えていえば、世の中にはそのようなコンピュータ”似非”ゲームが腐るほど存在する)。艦これは戦闘結果が運ゲーであることで、辛うじてゲームとしての構造を維持しているに過ぎない。
これは、トランプでの神経衰弱とよく似ている。神経衰弱が「ゲームとして成立」しているのは、カードが裏返しにおいてあり、プレイヤは表の数字を知ることができないからだ。だが、繰り返しプレイすることによってカードの情報は徐々に明らかとなり、最後はすべてのカードの組み合わせを当てられてしまう。
仮に、まったく同じカードの並びで神経衰弱を繰り返したならば、それはもはやゲームとして成立しない。プレイヤーのスキル(記憶)は蓄積されてゆくからだ。
艦これも同じ「不完全情報ゲーム」としての性質を持っている。ただし「繰り返しプレイする」プレイヤは一人ではなく、何万人と存在し、互いに記憶・情報を交換している。

前置きが長くなった。報酬の話に戻そう。

艦これは「一人対自然ゲーム」であることはすでに述べた。そして、出撃マップの攻略に限れば各プレイヤの利害は互いに隔絶されており直接的なライバル関係にあるわけではない。
※ランキング報酬という点では利害関係にあるといえようが、自分がどのような戦略を選択したとしてもそれで相手の行動を直接左右することができないので、ランキング上位を目指すすべてのプレイヤにとって最善策は「限界まで出撃を繰り返す」事しかあり得ない。よって、ここではその対立を無視することとする。
プレイヤは艦これという不完全情報ゲームをプレイするとき、ただやみくもにカードをめくる〜出撃するわけではない。なぜならば、ネットを検索すれば自分よりも先行しているプレイヤの膨大な情報にアクセスすることができるからだ。
中級以下の艦これプレイヤーは、より有益な情報を求めてネットをさ迷うことになるが、それはいち早くゲームを攻略した上級者によってもたらされる。

つまり上級者は、攻略によって自らが得た情報を公開することで、これら中級者以下の羨望を集めることができ、そしてネット時代においてはそれはアクセス数、PVに換算され、栄誉以上の利得を上級者にもたらすのだ。

艦これがもし「運ゲー」ではなく、艦隊編成・装備やレベリングといった「スキル〜情報〜記憶」によって結果が固定されてしまうような脆弱なゲームであれば、攻略情報の公開はネタバレとして忌避の対象になるだろう。なぜならばプレイヤが望むのは「(心地よい)ゲームプレイ」であって、その条件を満たすためには「結果がわからない状態」でなければならないからだ。また、プレイヤ同士が直接的な利害関係にあった場合、当然のことながら上級者は情報を独占しようと試みるだろう。

艦これ上級者にとって、報酬系はゲーム外部に存在する。そしてその「情報に価値がある」からこそ、上級者のモチベーションを高く保つことができるといっても良い。中級以下のプレイヤでもゲーム画面から簡単に推測できるような情報であれば、わざわざ攻略サイトを読みに行ったりはしないからだ。

アーリーアダプタ、上級者に対するゲーム外の報酬系の存在こそが、艦これというブラウザゲームが強いソーシャル性を持ち、ブームが長続きしている所以である。そして、上級者のモチベーションを高く保つために、艦これは中級者が根をあげてしまうほど「高難度で、ゲームとして不親切」であらねばならないのだ。

これは一見、初心者並びに中級者を省みない施策の様に思えるだろう。だが、攻略に有益な情報が自由に流通している状況の方が結果的には「易しい」のである。無駄な資源を浪費することなく、常に最善手を選択できるのだから。

艦隊これくしょんというゲームをどう評価すべきか


艦これの運営サイドのバランス感覚が優れているのは、情報の価値を高める〜難度を上げるといった上方修正を行った際に、プレイヤの不満が蓄積しやすい「運ゲー」の要素を可能な限り排除したことにある。攻略まとめサイトなどで2015年夏イベント海域の攻略記事を参照してほしい。ほとんどすべての海域で「ルートを固定する編成」が存在し、抽選による分岐を行っていないことがわかるだろう。先にも述べたがこれはゲーム構造において諸刃の剣である。必ず同じルートを通り、同じ編成の敵と遭遇するならば、結果は自ずと収束されてゆくからだ。

それでも、戦闘結果が抽選によって決定される以上「ゲームをクリアできない」といった不満が出るリスクを完全に避けることはできない。上級者と違い「ゲーム外報酬」を得られない中級以下のプレイヤーにとってはなおさらであろう。だがそれも、今回のイベントに伴うバージョンアップによってダメージ回復アイテムを追加装備できるギミックが追加されてしまった。
これによって艦これは「運ゲー」の要素がまたひとつ減り、一見するとユーザに対して易しくなったように見える。が、断言しても良いが、次のイベントにおいては「これを装備している」ことを前提とし、更なるギミックの複雑化・高難度化が施されることは必須である。なぜそうならなければならないか、という理由についてはすでに十分すぎるほど述べた。

艦これがこの先ゲームとして破綻するときが訪れるとすれば、ゲームの構造を理解しようとせず「運ゲー」であることを異常なまでに忌避した近視眼的なプレイヤたち自らが招いたものだと断じても良い。

今回2015年夏イベントをクリアできたプレイヤも、徒に他のプレイヤを挑発して苛立たせることなく「たまたま運が良かった」と謙虚に受け止めておくことが、結果として艦これのゲーム構造・バランスを保ち、サービスが長続きすることに繋がると留意しておいてほしい。

艦これが「良くできたゲーム」であるのはそれが「運ゲー」だからであり、だからこそプレイヤはネタバレといった些末な事に気を煩わされることなく、自由に情報を交換し、互いに語り合えるのだから。

販促・集客ツールとしてのゲーム大会イベント(2)

2)大会イベントの限界を知る


 言うまでもなく、大会とはお客様のゲームスキルを競うイベントです。そして、個々人のゲームスキルには大きな個人差があり、それを埋めることは困難です。
 スキルによって優劣を競う以上、すべてのお客様に平等にイベントを楽しんでいただくことは不可能となります。ですから、一番気を使わなければならないのは「ゲームがあまり上手でないお客様にも楽しんでいただく策」をあらかじめ用意するということです。
 こうした配慮は、初心者よりもむしろゲームにある程度慣れた中級者以上のお客様を繋ぎ止めるために必用になります。自分や、対戦相手の持つゲームスキルを客観的に判断できるようになった中級者は「どうせ勝てないから」とエントリーを諦めてしまいがちだからです。
 最近は動画配信などで「ゲーム実況」が人気を集めていますが、大会イベントにおける実況とはゲームにあまり詳しくないお客様に対して適切な情報を伝える、というスタイルが理想的といえます。途中で負けてしまったお客様にも次に繋がるヒントを適切に示すことで、継続的にゲームを楽しんでいただくよう誘導することが肝心です。
 また、大会に参加していただいたお客様に対してなにかしらの参加賞を出すことも、繋ぎ止め策として非常に有効です。イベントを開催する度に物品を用意するのは手間もコストもかかってしまいますが、例えば店内に自動販売機を設置している業者に試供品を提供していただくなど、店舗側でコストを負担しない形でお客様に参加賞を提供することは決して難しいことではありません。
コストのかからない参加賞
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2015年3月末に行われた、コミケットスペシャルで開催したバーチャロン20周年記念大会参加賞のポストカード。現在は通販印刷等を使えば、フルカラーのポストカードは100枚で1000円ほどしかかかりません。
後述しますが、告知用のイラスト、ポスターなどを別途作成するのであれば、同じ図案のポストカードを同時に作成すれば、手間をあまり増やすことなく、これらのノベルティを作成することが出来ます。


3)告知の重要性とその効果


 最近は各地のロケで大会イベントが盛んに行われていますが、その背景にはインターネットの普及による告知の簡便化が理由として挙げられます。90年代初頭においてはゲーム大会を開催する場合、告知媒体として使えるツールは店内ポスター、チラシや口コミに限られ、その効果は限定的でした。
 現在はこれらの告知をすべてネット上で完結できるので非常に便利になったと言えるのですが、反面、膨大な情報の中に埋もれてしまうといった弱点もネット上での告知には存在します。
 確実に手元に残る情報としてのチラシ・印刷物の効果もこの際見直してみるべきだと思います。作成にはそれなりの手間がかかりますが、実際にモノが存在するというのは、自店舗外の告知活動において大きな強みになります。アーケードゲームでなくとも「ゲームのファンイベント」は様々な形で催されています。同人誌即売会やコスプレ・クラブイベントなどがその最たる例です。
 これらのイベントに売って出て、告知を行おうとすれば、やはり現物のチラシに勝るものはありません。有望な見込み客に対して確実にリーチできる告知手法として、これらの催しを利用しない手はないでしょう。同人誌即売会などは「アマチュアの祭典」ですので、商業行為、単にお店の広告であれば拒否反応を示されるかもしれませんが、「ゲーム大会の告知である」というお題目があれば、同じゲームの愛好家として好意的に受け入れてもらえる余地は十分にあるとおもいます。
告知用フライヤーの作例
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上の写真は20年前に高田馬場の店舗で行っていたバーチャロン定例大会の告知用チラシです。当時はまだパソコン、DTPソフト自体が一般的ではありませんでしたが、最近ではパソコンの高性能・低価格化が進みAdobeのソフトも月額課金で利用できるようになりましたので、作成のためのハードルは下がってきていると思います。また、これらのチラシをフルカラーで作成する場合にも、20年前とは比較にならないほど手ごろな値段で出来るようになりました。

販促・集客ツールとしてのゲーム大会イベント(1)

 90年代半ばの対戦格闘ゲームブーム以降「大会イベント」はロケ運営において欠かせないものとなっています。しかし、これを集客ツールとして効果的に活用し、売上アップに結びつけているロケはそう多くないのではないでしょうか。
 そもそも、対戦格ゲーブーム真っ盛りの頃、大会イベントはあまり歓迎されないものでした。あたりまえの話になりますが、デイリー数万円稼ぐ機械を半日、あるいはもっと長い時間占有してイベントを開催することは、直接的な売上減に繋がります。皮肉にも、現在のように頻繁にイベントが開催されるといった事象は売上・プレイヤー数の減少がもたらしたものであって、逆ではないのです。
 閑古鳥が鳴いている対戦台をただ遊ばせておくよりはと毎週のようにイベントを開催するものの、参加者が振るわず手間がかかるだけ、といったロケも少なくないでしょう。あるいは、はじめから売上増に繋げることを諦め、常連客のサービスとして運営そのものをお客様側に委ねてしまっているロケもあると思います。

 ここでは、大会イベントを店舗側の主導で、販促ツールとして活用するためのアイディアや注意点を解説したいと思います。長引くデフレ基調と減少していくプレイヤーを繋ぎ止めるため、格ゲーはプレイ単価を下げ続けてきました。もういちど、対戦台を「稼げる機械」に引き上げるための一助になれば幸いです。

1)なぜ大会を開催するのか


 具体的なイベントの内容について触れるまえに、原則を確認しておくことといたしましょう。そもそも、なぜゲームセンターで大会イベントを開催しなければならないのでしょうか?
 簡潔に述べれば、お客様に対し「ゲームをやり込むだけの価値を提供する」というのが、店舗側で大会を開催しなければならない理由です。
 お客様の前には様々なゲームが提案されています。ロケの中を見渡しただけでもプライズ、メダルなどのゲームがありますし、店舗の外に目を向ければパチンコやソーシャルゲームといったライバルが存在します。その中であえて「このゲームを遊ぶ」という動機を、店舗側はお客様に提供しなければならないのです。
 90年代の格ゲーブームの時には、そういった努力をせずともお客様の方から自発的に格ゲーで遊んでいただくことができました。しかし、現在では格ゲーは「たくさんある選択肢の中のひとつ」に過ぎません。
 こうした環境の中、お客様に対し「目指すべき目標」を示し、ゲームに新たな付加価値をつけることこそが、販促ツールとして大会イベントを開くべき理由となります。また、90年代に比べてゲーム基板の価格は高騰の一途をたどっています。数万円から20万円弱の基板を1週間で回収できた時代ではありません。それに加えて、ゲームタイトルのライフサイクルも長期化しています。最低でも半年以上はお客様にプレイし続けていただかねば黒字に転ずることも叶わないのです。

 お客様に対し「このゲームに投資しても良い」と思わせる動機を与え、同時に「やり込めばそれだけの見返りがあるのだ」として投資への不安を取り除くこと。
 特に格ゲーの場合、お客様の感じる「面白さ」は対戦相手となるプレイヤーの数に比例しますので、すぐに廃れてしまうようなゲームへコインを投入することにためらいがあります(キャラ萌え主体のゲームではやや事情が異なりますが)。
 大会が開催されるという明確な目標があれば、少なくともその期間まではお客様に「やり込むだけの価値」を提供できますし、それを継続させることも可能です。
 もちろん、ゲームそのものの出来不出来がもっとも強くお客様の動機を左右するのですが、大会イベントはそれ以上の価値を提供できる、店舗側がとれる唯一の手段であると認識しておいてください。
 もうひとつの理由は、マンネリ化する店舗運営に刺激を与え「ハレの日」を演出することにあります。イベントという特殊空間を作り上げることによって、普段とは違うお楽しみをお客様に提供すること。本来であれば、いの一番に述べなければならない理由を後回しにしたのは、漫然と「大会」を繰り返しているだけで「ハレの日」を演出できているロケが多く見受けられるからです。
 スペシャル感を醸し出せていないイベントは、実施しているスタッフの自己満足に陥りがちです。イベントが単に「自分たち店舗の側がなんとなく頑張った気分になれる」ツールになってはいないでしょうか?そうではなく、お客様の印象に残る「特別な大会」を作り上げられるかどうかは、ひとえにスタッフの努力にかかっていることを留め置いてください。
筐体ディスプレイ・デコレーションによってスペシャル感を演出する
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インストラクションスペースにイベントのロゴ、ポスターを掲示しておくと、お客様に一目で「イベントを行っている」と伝えることが出来ます。このヘッダーはインストスペースの台紙の大きさに合わせてカットした黒の模造紙に、セブンイレブンのマルチコピー機でプリントアウトしたA3サイズのロゴを張り合わせ、オリジナルヘッダーの様に見せています。最近は大判のカラープリントも手軽になりましたので、ヘッダーサイズそのまま、原寸大のものを作成することも可能ですが、手間とコストをかけずに最大限の効果を引き出す手法としては、このようなやりかたもあるという一例です。
使用したPDFファイルも参考としてリンクしておきます。
comiketsp2015_vologo.pdf

セガ社製汎用ビデオゲームキャビネット、アストロ・ブラストシティへの縦画面ゲームコンバージョン手順。

作業にはサイズの適合した正しい工具を用いてください。
作業前には筐体内に余計なものが放置されていないか確認してください。外したままのボルト、ナット類やこぼれたコインが混入したまま作業を行ったり、通電すると故障や火災の原因となります。

当ページの手順に従って作業をして起きた事故や故障について当方は一切の責任を負いません。ご留意の上、必ず自己責任に基づいて作業を行ってください。


1)基板を繋いで画面の表示位置を確認する。


アストロ・ブラストシティ共に画面を回転できる方向が決まっており、反時計回りに90度にしか回転させることが出来ません。
縦画面のゲームには大抵、表示方向を決める項目、あるいはDIPSWの設定が存在しますので、横画面のまま、向かって右側が上になるようになっているか、基板の設定をあらかじめ確認してください。(図1)
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一部のゲームについては、画面の反転表示が出来ないものも存在します。そのようなタイトルで表示位置が逆だった場合はモニタ基板の配線を変更することで対処できますが、高圧電流が流れる箇所に手を入れる事になりますので専門知識のない人は触れないようにしてください。

画面表示位置の確認が終了したら、筐体の電源を切り、基板を取り外してください。ACコンセントも抜いておきます。

2)フロントパネル・マスクの取り外し


アストロシティの場合はコントロールパネルを開け、フロントパネルから延びているアース線(緑色の配線)と、スピーカーケーブル(ピンクと灰色の4線)のコネクタを取り外し、筐体背面の2か所と、コンパネ内部の3か所のネジを外すことでフロントパネルを取り外せます(図2)。
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ブラストシティの場合は、コンパネ内部の開口部からノブを引いてマスクを外します(図3)。
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モニタを固定するブラケットが露出したら、固定しているナットを緩めます。この時にはまだナットを完全に取り外さないでください。
モニタ固定用ナットは非常に強い力で締め付けられています。簡易工具やモンキーレンチなどではナットを舐めてしまうので、十分にトルクをかけられる工具を用意してください。

94年夏から95年秋ごろまでに出荷されたアストロシティの一部のロットについては、このナットが締付過多になっている不具合品があり、無理に緩めようとすると埋め込みボルトが断裂することがありますので注意してください。そのような個体に当たった場合は、ナットを加熱して緩めるなどの対策を取る必要があります。

3)筐体を倒す


背面のキャスターを利用して筐体を背中側に倒します(図4)。
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筐体はモニタが一番重たく、重心が上の方にありますので慎重に作業を行ってください。寝かしたら、緩めていたナットを完全に取り外します。

4)モニタを回転させる。


前述したように、アストロ・ブラストシティのモニタは反時計回り90度にしか回転させることが出来ません。モニタに繋がっているケーブルを引っ張らないよう注意しながら持ち上げて回転させてください(図5)。
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ブラストシティの場合、モニタブラケットとフレームの隙間がほとんど無いので指を挟んだりしないよう特に注意してください。
回転作業が終了したらナットを取り付け、筐体を再び立たせてから本締めをしてください。

5)モニタカバー・マスクの回転、取り付け


ブラストシティの場合はただはめ込むだけで終了です。アストロシティの場合はマスクを固定している8ヶ所のネジを取り外し、回転させて再度取り付けてください。

ゲームファンタジア・ミラノの閉店。

 2014年12月23日、「日本初のメダルゲームセンター」として知られるゲームファンタジア(アドアーズ)ミラノ店が閉店しました。このお店は個人的に思い出深い店舗でしたので、ちょっと昔の話を備忘録代わりに書いておきたいと思います。
 僕が歌舞伎町のゲームセンターで働きだしたのは1992年の事です。(※ゲーセンで働き出したのはそれ以前、まだ福岡で高校に在籍していた頃でした。ゲーセンと一括りに言っても業態は様々ありますので、屋内遊園地やボウリング場に併設されているような、いわゆる「8号適用外」店舗の多くは未成年でも働くことが出来たのです)

 当時、東京のゲーセンをいくつか見て回りましたが、正直に言うと「大したことないな」と思っていました。というのも、80年代半ばから現在に至るまで、アーケードマシンは大型化の一途をたどっており、都内に点在する「駅前ゲーセン」と言われるような狭小店は時代遅れの象徴であったからです。
 メダルコーナーではシグマやセガの競馬マスメダルゲームが人気でしたし、プライズマシンは、それまで飴玉か、キャラメル箱サイズの景品しか払い出せない小型の物がほとんどだったのが、より大型の景品が扱える「UFOキャッチャー」が登場し、一大ブームを巻き起こしていました。流行していたコクピット型体感ゲームに関しては言わずもがなで、インカム面では多人数同時プレイできるナムコの通信対戦レースゲーム「ファイナルラップ」が大きな柱となっていました。これを複数台揃え、最大8人同時プレイできるようにするには、当然ながらそれだけの営業面積が必要になります。
 ゲームセンターのくくりからは少し外れてしまいますが、92年と言えばナムコが二子多摩川に「ワンダーエッグ」を開園した年でもあります。南町田に光線銃サバイバルゲーム施設「フォトンアルファベース」が作られたのが1989年ですから、郊外に若者向けの「近未来アミューズメント施設」が次々と作られる、バブル後期とはそういう時代でもありました。
 上京する直前、私の地元福岡でも、大型化するマシンに合わせるようにロケーションの郊外進出が始まっていました。人気格闘ゲーム「ストリートファイターII」の対戦台が他地域に先駆けて普及し、大規模な大会が開催されたりもしていました。その、破竹の勢いを目の当たりにしてきた身としては、「東京のゲーセンはなんて遅れているんだろう」と思わざるを得なかったのです。

 そうした、ネガティブで狭い先入観を打ち砕いたのがゲームファンタジアでした。後に「都市型テーマパーク」という謳い文句で都心でも大規模店が作られるようになりますが、そのトレンドを何歩も先取りした店舗を、70年代からすでにシグマは展開していたのだ、ということを歌舞伎町に来て初めて知ったのです。

 ゲームファンタジアの内外装に至るまでの店舗の作りこみと、そしてスタッフの質の高さには本当に驚かされました。ゲームセンターは、ただゲームが遊べる場所というだけではない、メダルゲームという「アダルトな遊び」を提供するにはこれだけのモノが必要なのだと、店舗そのものが語りかけてくるような、それほどの衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。

 また、自分はマシンメンテナンスを担当する立場でもありましたので、GFに置かれている古いメダルゲームやピンボールマシンがよく手入れされている事にも感銘を受けました。歌舞伎町勤務時にこれらのマシンを扱う際にはいつも「GFのマシンの隣においても恥ずかしくないように」と心がけていたものです。

 現在のように、カラー印刷されたPOPを手軽に作成できる時代ではなかったのにも関わらず、GFには美しい手書きのPOPがあちこちに飾られていました。それを追いかけるようにDTPソフトの扱い方を覚えたりもしたものです。自分自身、ゲーセン時代のキャリアとして成果を残したのは主にビデオゲームの分野でしたが、お手本としていたのは常にGFでした。

 現役当時は競合他社店舗に勤務していたという事もあり、直接GFやシグマの方々とお話しする機会もほとんどありませんでしたが、最後に少しだけOBの方からダービーマークIIIのエピソードなど、貴重なお話を伺うことも出来、楽しい時間を過ごすことが出来ました。マークIIIを錦糸町へ移設する計画もあるとのことで、その伝統を受け継ぐ姿勢に改めて感銘を受けたものです。

 外部からの、一方的な片思いに似た感傷ではありますが、あの当時ゲームファンタジアミラノ、そしてシグマから影響を受けなければ、後の自分は相当違う道を歩んでいたと思います。少なくとも自分にとっては「東京らしい」都会的で洗練されたゲームセンターといえばゲームファンタジアでありましたし、ずっと憧れの的であったのです。

 残念ながらミラノは閉店することとなってしまいましたが、そのDNAを受け継いだスタッフ、OBの方々のご活躍と発展を心より期待しております。

コンピュータ・ゲームと貧困の連鎖。

 子供に人気のあるコンテンツ、コンピュータ・ゲームやマンガ、アニメを、幼い児童にいつどのように与えるか、という問題は世の中多くの保護者にとって重要な関心事であると思う。

 ネットで声の大きいこれらの愛好家、つまるところ「オタク」と呼ばれる人達に言わせれば、「子供が望むものに触れさせない親は非道だ」などと短絡的な思考に陥りがちだが、実情はそれほど単純ではない。

 児童虐待やネグレクトの現場に少しでも触れたことのある人間であれば、そういった被害児童は「マンガ、アニメ、ゲーム」といった、オタクが好むコンテンツを「過剰に」与えられていることが少なくないと知っている。

 なぜか。話は簡単だ。幼い児童に言うことを聞かせるには、ムチよりもアメを与えたほうが効果的だからだ。未成年者略取の犯人が、アニメやマンガを軟禁した被害児童に与えるのと理屈は同じである。

 ネグレクト、育児放棄は、「被害児童の死」という悲劇的な結末に至らなければニュースになることは殆ど無い。そのため「0か100か」のデジタルな事象のように錯覚してしまいがちだが、実際には、他の多くの事象のように、それに至るまでは複雑なグラデーションが描かれている。

 本来、児童の年齢に応じて「受けなければならない」教育や躾がされていないことも、ネグレクトには含まれる。電車内で騒ぐのを注意したり、持ち帰った宿題の進捗を確認する、といった、親に課せられた義務を放棄するためにも「アメ」は用いられる。

 特に問題なのはコンピュータ・ゲームで、なぜかといえば、これを与えると大方の児童は「夢中になって」しまうからだ。家の中を走り回ったり、相手をしろとせがんだり、時に空腹を訴えるといった「わずわらしさ」から、保護者を開放してくれる魔法のアイテム、それが、コンピュータ・ゲームなのである。

 コンピュータ・ゲームとわざわざまわりくどい表記をしているのは、児童に対して「与えられる」ゲームが、ゲーム専用機のそれとは限らなくなっているからだ。携帯電話で遊べるソーシャルゲームや、スマートフォンのアプリもこれらには含まれる。

 与える側にとって、コンピュータ・ゲームは実に都合の良い「アメ」だ。大した金もかからず、それによって家を汚されることもない。そればかりか、国内最大手のファースト・フード店に行けば「ゲームアイテム」が無料で貰えることすらある。

 オタクたちの多くは「コンピュータ・ゲームは高級な遊びであり、それを好むのはエリートである」という歪んだ選民意識を持っているが、それは正しくはない。実際のところ、コンピュータ・ゲームは「チープな」遊びであって、それに適応するライフスタイルを持つのはどちらかといえば中流か、それより下の貧困層である(前述した「ゲームアイテムが無料で貰える場所」がどこであるか思い出して欲しい)。バブル崩壊後の一時期、経済誌などでゲームセンターがもてはやされた時期があるが、そのキーワードは「安、近、短」であった。観光旅行に出かけたり、帰省したりといった従来の「レジャー」よりも、安くて、近く、短期間で済む庶民の娯楽という位置づけであった。

 それは今でも変わらない。むしろ、長年の不景気で「よりチープな」ものになりつつあるといえる。これは、技術の進歩により据え置きでテレビに繋がなければ遊べなかったものが、片手で持ち運べるサイズにまで小型化されたこととも無縁ではない。

 現在において事態が深刻なのは、コンピュータ・ゲームという「アメ」が、貧困の連鎖に与する恐れがあるからだ。既に述べているが、児童の教育に無関心な保護者が「アメ」ばかりを与えてしまい、「ムチ」を与える役目を放棄してしまうのだ。与えられた児童は不満を述べることがなく、それで満足してしまう。結果として学業が疎かになり、児童はますますコンピュータ・ゲームにのめり込んでしまう。学業と違って、コンピュータ・ゲームは決められた手順をただ守りさえすれば「褒めてもらえる」仕組みとなっている。児童にとってどちらが魅力的か、わざわざ説明するまでもないだろう。

 そして、この問題は何も貧困層に限ったことではない。オタク世代の結婚、出産は珍しくなくなったが、インドア系の保護者が自分の欲求を叶えるために、物心ついた時から「アメ」を過剰に与えるといった事象も見受けられている。同じような趣味を持つ同好の士たちからネット上で「理解のある、良い親」と思われたいがために、自身の子に「アメ」を与え続けるのだ。その方が手軽だし、なにより「親である自分が我慢しなくて済む」のである。

 育児や教育は非常にデリケートな問題だ。児童や保護者の欲求をただ満たせば良いという話ではない。「アメ」を欲するのは、大抵の場合は児童の方だが、保護者の側にも欲というものがある。具体的な話をすれば、どちらかの親が「より自分の方に子供をなつかせるため」に「アメ」を与えることもあるし、それによって両親の関係がこじれることもある。これは親ばかりではなく、親類縁者がそうした欲を抱くことも珍しくはない。

「子供や孫の喜ぶ顔が見たい」といった期待そのものは、否定されるようなものではない。親子同士、好きなものが同じであれば接触の機会が増えるというプラス面もある。忙しい合間を縫って家事をこなす時間を作るために「アメ」を与えて子供の興味をそらす、といったことももちろんあるだろう。それすら否定するつもりは無い。

 だが、「児童にとって魅力的」なコンピュータ・ゲームやマンガ、アニメといったコンテンツは、「保護者にとっても魅力的」な、都合の良い「アメ」だということは忘れてはならない。そして、使い方や与える量を誤れば、虫歯になる程度で済む話ではないのだ。

「アメリアはわたくしがスカートのまま治めますわ」とリリ・ボルジャーノは言った。

 どうも、久しぶりです。最近は起きてる時間のほどんどをaftereffectsと格闘しております。

 そのおかけで日本で先日公開されたばかりの「アナと雪の女王」をいつ劇場で行けるのか解らないので、観たさのあまりブログなどを書いてます。いやだって、これはディズニーアニメの今後を大きく変える、ターニングポイントとなる作品になるかもしれねえんだもの。最低3回はスクリーンで観たいっつーの!

 まーそういう俺の昂ぶりを理解していただくための前提知識としてまず「ディズニープリンセス像に対する批判の歴史」というのがあります。きちんとまとめられてるブログがあったのでそちらから引用。
ディズニー映画とフェミニズム(「アナと雪の女王」を見る前に)
ディズニープリンセスは、その時代の「理想の女性像」を追い求める戦いでもありました。
 クラシック期の3人は、ディズニープリンセスの王道です。
 すなわち、「美しくておしとやかで気だてがよく、苦難に耐え、じっと王子様を待つ」女性像です。
(略)
1960年代以降、黒人差別的で、「何もしないお姫様の物語」ばかりなディズニー作品はどんどん批判の対象となり、飽きられていきました。代わりに反戦や自由を描いたアメリカンニューシネマと言われる映画が1960年代後半から1970年代前半までで中心になっていきます。
こうした批判を受けて、さらに知的に、さらに聡明な女性を作り上げたのが「美女と野獣」です。

 しかし、この「美女と野獣」によって、決定的にディズニーとフェミニズムについての議論が白熱してしまいます。
 「美女と野獣』は男性主義的世界、もっと言えば原ディズニー的世界に挑戦した意欲的な作品です。この映画では、それまでのアメリカにおける理想の男性像というべき「逞しい男性」を悪役に設定しています。「美女と野獣」のヴィランであるガストンは、ともすればクラシックプリンセスストーリーのヒーローたる王子様のようなキャラクターです。それを悪役とし、力や恋愛(性)だけが重要なのではなく、愛(思いやり)や教養こそ重要なのだというメッセージが盛り込まれました。
 ここまで描かれて何故「美女と野獣」はフェミニズム視点から批判されたのでしょうか。

 それは、ベルが野獣を改心させようと自分を殺して必死に尽くしていたからです。その描写について「ドメスティックバイオレンスを助長する」という読み取り方をされてしまいました。また、結末についてはこれまで通り「ふたりは末永く幸せに過ごしました。」に決着してしまった点も、「根本的には何も進歩していない」と見なされてしまったのです。


 引用元のブログにも詳しくありますが、そうした批判を受けてディズニーが「プリンセス」を描かなくなった時期がありました。それが大転換したのが「魔法にかけられて」「プリンセスと魔法のキス」だったのですが、「プリンセスと魔法のキス」では黒人団体からの批判を受け、さらに続く3DCG映画の「塔の上のラプンツェル」ではフェミニズム視点からの批判が再燃したわけです。
「プリンセスが自由を得るには、結局男の力を借りねばならないのか」
 それに、当時の3DCGの技術ではロングスカートを履いた「ディズニープリンセス」を自由に動かすこともままならなかったわけです。いや、十分自由に動いているように「見え」ますが、やはりそこには技術的制約があり、大きく足を上げたりといった「はしたない」動きは出来なかった。

 そして「シュガーラッシュ」においては「プリンセス」は登場せず、男勝りでマッチョなカルホーン軍曹がサブヒロインとして登場するのですが、しかし、だからといって「男性化」しているカルホーン軍曹が「現代の女性らしさ」のアイコンになれるかというと、そうはなれないわけですね。

 またしても「プリンセス」像を描くことを諦めたかのように見えたディズニーが「アナと雪の女王」で即リベンジしてくるというのはちょっとした驚きだったわけです。

 さて「アナと雪の女王」で「現代の女性らしさ」を描くためにディズニースタジオが何をなし得たかというと、3Dアニメーション技術の革新でした。特筆すべきは、重なり合った布のシミュレーションです。

 足元まで覆うロングスカートはディズニープリンセスの象徴です。しかし、これを身に着けたキャラクターを自然に、そして激しく動かすことは至難の業でした。表面はいいしても、何層にも重なったスカート地の中が見えるようなカットは「塔の上のラプンツェル」においても極力避けられています。「アナと雪の女王」のメインテーマである「Let it go」の歌詞から引用すれば「don't let them see Be the good girl you always have to be」というわけです。

 しかし、「アナと雪の女王」で雪の女王の妹であるアナは、それはもう激しくスカートを揺らします。中に履いているドロワーズ、ゆったりしたズボン状の下着が丸見えになってもお構いなし。(しかも、それすらも「布地として」シミュレートされている!)このアニメーション表現を獲得するには、恐らく何らかのブレイクスルーがあったと思われ、それを示唆する表現も「Let it go」の歌詞には含まれています。
「To test the limits and break through No right, no wrong, no rules for me, I'm free!」
(まあ、これは少しうがちすぎかもしれません)

 さておき、ディズニープリンセスはその姿を保ったまま、さらなる自由を獲得しました。三度「Let it go」から引用しますが、もはや「That perfect girl is gone」なのです。それを象徴するかのようなカットがトレーラーにも含まれています。
※1分7秒あたりから。アナが橇の前部に足を投げ出すシーン

 という風に「アナと雪の女王」は作品のメインテーマと、アニメーション・3DCG技術の進化とが密接にシンクロした作品と言えるわけです。これを観ずにおれようか!

 というわけで時間もなくなったのでこの辺で。きれいに文章構成しようという時間的余裕がないんですわ。くっそー、RAMプレビューがあと5倍早ければなー。
アドセンス
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