2015年08月24日

唯円

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序曲 ‘ 死ぬるもの ’

※モータル〔mortal〕死すべきもの。古代ギリシャ人は人間を‘死すべきもの’と呼んだ。

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『人の世のかなしさ、嬉しさは深い宿世(すくせ)の約束事で御座います』

『悪いということは初めから知れているのだよ。何処に悪くない人間がいる?皆悪いのだよ。仏様のお慈悲の雨は罪人としての私たちの上に降るのだ。皆知っている筈じゃ。あまり知りすぎて忘れるのじゃな

人間は善くなりきる事は出来ぬ。絶対に他の生命を損じないことは出来ん。そのようなものとしてつくられているのだ

人は皆罪深い。人は皆、赦されておる
みんな助かっているのじゃ。ただそれに気が付かぬのじゃ
救いは、仏様の願いで成就している』


『あなたのように苦しむのが本当です。あなたの苦しみはすべての人間の持たねばならぬ苦しみです
ただ偽善者だけが、その苦しみを持たないだけです
自分の心を正直に見るに耐える人間は、あなたのように苦しむのが本当です』

『社会もその報いを受けているのだよ。世の中の不調和は、そのようにして、人間が互いに傷つけ合うては報いを受け合うところから生ずるのだ。それが遠い遠い昔から傷つけ、傷つけられつして積み重ねて来た、「業(ごう)」が錯雑しているのだからな。そのもつれた糸の結び目にぽつり一個の生を享けているのが私たちなのだもの。不調和な運命を生れながらに負わされているのだ。』

『信心には一切の証はないのだ。人間の心ほど成心を去って素直になり難いものはないことをよく知っているからじゃ。素直な心になってくれ。ものごとを信じる明るい心になってくれ。信じて欺されるのは、まことのものを疑うよりどれ程優っているだろう。何故人は疑い深いのだろう。長い間互いに欺したり、欺されたりし過ぎたからだ。

愛と赦しは善悪を超えて働く力です。この世界はその力で支えられているのです。』

『殺生をしても 姦淫をしても』


『恋とは罪に絡まったものだ。この世では罪をつくらずに恋をすることは出来ないのだ。
(若僧): 「では、恋をしてはいけませんね。」
いけなくても誰も一生に一度は恋をするものだ。
人間の一生の旅の途中にある関所のようなものだよ。真面目にこの関所にぶつかれば、人間は運命を知る。愛を知る。すべての智慧の芽が一時に目醒める。魂はものの深い本質を見るようになる。

お前の問は愛らしいな。私はよいとも悪いとも云わない。恋をすればするでよい。
ただまじめに一すじにやれ。』


『淋しい時は淋しがるがいい。運命がお前を育てているのだよ。ただ、何事も一すじの心で真面目にやれ。ひねくれたり、ごまかしたり、自分を欺いたりしないで、自分の心の願いに忠実に従え。何が本当の願いかということも、すぐには解るまい。
様々な迷いを自らが作り出すからな。しかし真面目でさえあればそれを見出す智慧が次第に磨き出されるものだ。』

『さだめ ー三界の中に、かつ起こり、かつ亡びる一切の出来事はみな仏様の知ろしめし給うのだ。仏の智慧でそれをよしと見られたら合理的なのだよ。其の心をまかすというのだ。帰依(きえ)というのだ。自分自身に呪いをおくらないとは、自身の魂の安息を乱さないことだ。これが最も悪いことで、そして最も気のつかぬことなのだ。
やはり祈るほかはないのだよ。
愛するが故にとて、そのものを、そのほかのものを、自分自身を、すべてを損ないませんように
そして心を尽くしてその祈りを践み行おうと心がけよ
祈りは運命を呼び覚ますのだ。お前の祈禱を聖いものにしなくてはならない』



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



28の時、一切の嘘をつかずに生きると決めてからそれが自身の当然の習慣として馴染むまでに3年は要したと思う。

私の敵と後悔はいつも己の欺瞞と弱さそれであったと思う
至らぬ自分が招いたことは自らが咎であり、それも運命と思う

裁かぬこと、誓わぬこと、怒らぬこと
これらを胸に留め置いて生きていきたい(今日読了した本より学んだこと)


倉田百三/ 『出家とその弟子』
この本は一生かけて私の大切なものになるだろう。わたしは、とても弱いから、心は、揺れてばかりいるから。
倉田百三の本を全て読むことにしたけど、‘善くならうとする祈り’
の書籍版がどこにもない。

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私が守れなかったもの、成就できなかったもの、傷つけたもの
それに対してただ祈ります
そしてしっかり道を踏み締めて生きてゆく

この本を読みながら、自分はつくづく本当に‘女性’なのであろうかという考えに取り憑かれた
もしも前世や輪廻転生があるのなら
きっと自分は多くの時間を男性として過ごしたのではないかな、と感じる
こういう事を思うときっと色んな反感を買うのだろうけれど。
本当にそんな気がするの
でもだからこそ、今、女性として生まれた自分をそのまま生きたいと願う








hayashiyoshimi at 22:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2015年08月19日

お詫びとご挨拶

こんにちは。

林好Blogへご訪問くださり、誠にありがとうございます。

また、様々なメッセージや心配のコメントを寄せてくださる皆様には
ご心配おかけして本当に申し訳ございません。

なかなかブログを書く事が出来ず遅くなってしまい、本日のご報告になってしまいました。

私事で大変恐縮ではございますが、
夏以降、家族問題や自身の人間性に対して、社会、仕事、音楽....人生の生き方に対して
これまでの価値観を払拭されるような事や想いを持つようになり

大変に思い悩み精神的に疲弊し
家族や友人、いつも応援してくれた人々、大切な存在に対して
多大な迷惑と負担をかける状態になってしまいました。

そのことが更なる自己批判や内省の日々となり気がつけば
心身共に不調をきたしてしまっておりました。

ご迷惑、ご負担、不愉快な気持ちにさせてしまった人達に対しては
申し訳ない気持ちでいっぱいです。

2年程前に、内耳の病を発症しまして、最初は単発のものかと思ったのですが
今年再発し、軽めの症状ではあるのですが仕事を休む事態などが発生しました。

一時的なものなのですが、左耳の聴力の低下がみられ、こちらは原因が曖昧なため、精神的ストレスによる一過性のものと診断されております。

日常生活を送るにあたって支障のあるレベルではないのですが
私にとって、聴力について考えるとき、それはとても大切にしたいものであるため

少しでも精神的負担を軽減する為にも
SNSやインターネットを通じてのコミュニケーションや活動から
少し距離を置き、療養すると共に

至らぬ自分自身を再度見つめ直し
目の前の日々、人、ことに改めて謙虚な気持ちで向き

ふたたび自分自身に愛情を持てる自分になれるよう
取り組みたいと思います。

また、あらためて自分自身の望むものが

ささやかで静かな日々の暮らし
人知れず鳴らす小さな楽しい音
自然と本に囲まれた、穏やかな生活
愛情と笑顔溢れる家庭
それであると、痛舌に感じ入りました。
自分は、本当に欲張りだと思います。

そんなささやかなものこそが
とても実現困難で尊く、有難いことであると思うからです

それをいつか実現出来る自分自身になる為に
一度受け入れ、自分自身を赦し、許せるように
無心で答えを探していこうと思ってます
出来る限り、明るい気持ちで。

いま耳を休めながらも、仕事をしたり、曲を作ったり、自分の出来るペースでやっていますから

11月のライブでは、それらの歌を聴いていただけたらと心から思います。
また、11月24日の代官山でのライブをもって
暫くの間、ライブハウスでのライブを予定しておりませんが

また経過がわかりましたらどこかで歌を歌えたらと、漠然と思っております。

皆様には、何卒ご理解、ご寛容いただけましたら
大変ありがたく思います。

次にお逢いできる時には笑顔いっぱい、魂の唄をお届け出来るよう
努力していきます。

申し訳ございません、
そして、ありがとうございます。
残暑から季節の変わり目、どうかお身体ご自愛くださいませ。

林 好



















hayashiyoshimi at 09:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 | infomation

2015年08月05日

無題

母は何も悪くないが、

電話で話していてとても悲しくなった

私がずっと、子供の頃から、側にこの手に掴んでいたかったあたたかいものは

全て残らずすり抜けていったというのに

人を悲しませてばかりだったのに

私には幸せになって欲しいなどという身勝手な願望を今更私に押し付けるのだ

家族は。

(いや、何も悪くない、当たり前の幸せなのだけど)

私がどんな時幸せを感じているかわかるのだろうか

そもそもわかろうという気持ちすらあるのかな

私の歓びや、嬉しさや、日々の、感動を

家族に話そう、伝えたい、共有したいと思って話題を振っても、

それは歓迎されない空気だ

いつも、いつも。

音楽もそう

私が本当に好きなものに、関心もない
(別にそれは構わない。仕方ないことだ。人はみな趣味趣向が違う)

だから私は口を閉ざす

自分のことを話すこともやめてしまう


「幸せになって欲しい」

もう聞きたくない

まるで、何処か、知らない、遠くの

遠い遠いどこかへ行って

勝手に絶対的に、幸せになればいい

それでこちらは心配することも、心を痛めることも

何か罪悪感を感じることもないから。

というような

無責任な響きにしか、私には聴こえなくなっている

私がいつ、幸せになりたいと言った?

何処で?誰と?何をして?

何が私の幸せかを、あなた達が決めないで欲しい


こんなふうに感じるのは、どうかしているのだと思う。

本当なら、「幸せになって、」

なら、ありがとう、と思うのだろう。

いつもそうだ

私がささやかに望んでいた小さなものを全部かなえられなかった、自己中心的な人々こそが

捨て台詞に吐いていくのだ

「幸せになって」

などと。

何も聞きたくない、そんな身勝手な押し付けの、偽善の ‘ 優しさ ’ は。

そうしてその台詞を吐いて満足して

自分はせいせいと生きている

何処で、誰かと、何かをして、好きに生きている。


黙って、「好きに生きなよ、」

「あなたがしたいように、自由に生きなよ」

歓びも苦しみも、あなたの覚悟したものだから

それを祝福するから、見守るから

そして出来る限り、側にいるから

「好きに生きなさい」

そう言われたほうが、100万倍愛があった

その方がずっとうれしかったし

ホッとした

ああ、私は自由でいいんだ

誰かを安心させる為に‘幸せ’にならなくていいんだ

わたしはこのままでいいんだ

って、思えたはずだ。

今日は自分自身がどうかしているのが

明らかにわかるけれど

きっと、母の愛情も家族の心配も

本当の思いやりに間違いないのに

わたしはそれを素直に受け取れない。

とてもとてもうらめしい気持ちがする

幸せになってほしい

なんて

自分に関係の無い場所で言わないで欲しい

遠い遠い場所から他人事のように言わないで欲しい


私がどうなろうと、

私の自由だ

散々悲しい想いをさせて、幸せになれ、とは

何処まで勝手なの、人間は。

やりきれない


何も期待してない。望んでもない

放っといてくれたら、それで良かったのに

こんな日がある。



自分の力で幸せにしようと思わない

或いは出来ない人に対して

幸せになって、などと言葉を吐くことは

残酷な暴力に他ならない

黙っていたらいい

そう思った


人は勝手だ 私も含めて

みんな飢えた狼のように、満たされない想いに振り回されている

いつもではないけれど、

‘何か’ が起こるとき、そういうものが動き出す

心の中で。

どうやって解決していく?













hayashiyoshimi at 23:40|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2015年07月10日

1+1=3 "THREE"

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雨。雨。雨。

日々色々な出来事があり、感情が揺れ、思考して時間を経て、人生の歩みが進みます。

今日は唄、に関して、そして最近15年ぶりくらいに読んだ懐かしい漫画、" THREE / 惣領冬実 " 

について書こうと思います。


『音楽は、ひとりとひとりがプラスされて2になるんじゃなくて、

その二つの間に何か別のもうひとつの力が生まれるの。

1+1が3になるってこと。それが音楽の魔法なの』  / THREE


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私は生まれつき、

女性にしては話す声が低くて野太いことが多少コンプレックスでした。

小学校5年生くらいかな、学校で、何か国語の物語の朗読を録音した時に聞いた

レコーダー越しの自分の声に、ショックを受けたことを覚えてます。

でも幸い、自分の声にショックを受ける以前に(気付くより前に)

楽器や唄が好きだったので練習をしていて

話す声は変でも歌うとそうでもないぞ、という発見もしていたり

当時好きだったドリカムの吉田美和さんのモノマネがまあまあ上手で人に誉められたりしていたおかげで

自分の声の特質として受け入れてしまっていました。

(まあそれでも、その後の数年にわたる歌人生で何度も、何度も、勿論現在も自分の声に挫折を味わうことになるわけですが)

歌は、声質や声帯の形、音域など遺伝的要因がほぼ土台となるわけですが、

それに加えて技術の向上や、聴いて育った音楽環境や、人間としての情感、表現力、色々なものが影響されて形づくられます。

現在の私は比較的、自分の声について理解していると思いますが

音域が狭いことや、憧れのハスキーボイスでないこと、咽喉科の先生に言われた、"聞きとりづらい、発声しづらい、奥まった声帯をしていること"、ピンと尖った抜けの良い高音が出ないこと
(出しても、全然美しくない、つまり"私"の声にとってベストな表現ではないこと)、
パンチのある特徴的な声でないこと、、、等等

今でもコンプレックスを上げ始めたらきりがないくらい沢山あります。

色んな声を聴いては、いいなあ、いいなあ、と思います。


でもこの年になればやはり人生色々ありましたから、いまこそ

全ての人にオリジナルの声、そして歌があることを知っているし、

それは伸ばせば必ず光るものであること、尊いものであること、解りますから

自分の声を大切に思ってます。

神様から与えられたものに不満を言うなんて、傲慢なことでしょう?




ーーーーー さて



最初に、"歌には魔法がある"、ということを投げかけられてギクリとした漫画が、

この惣領冬実さんの、"THREE"でした。

主人公はアイドルとしてデビューが決まっている女の子

歌もうまい、声質も良い、ルックスも良い

ただ、何かが足りない、とプロデューサーは言います

「魔法が、無い」

そういう部分から物語は始まっていきます

何故? 何が足りないの? その魔法とは何なのか? 

主人公には本当に魔法が無いのか? それはどうすれば手に入るのか?

自分で気付くものなのか?才能なのか? 主人公はどうなるのか?

魔法はあるの?ないの??.....


冒頭からそんな不安と疑問でいっぱいになるのです。

そしてもう一人の主人公が現れます

やはり二人は音楽で繋がります

皮肉な運命と恋、音楽への情熱、音楽をする意味、目的....etc

ストーリーは進むにつれて、ふたりはそれぞれの、"自分の音"を見つけてゆきます

ある夜、主人公は "自分の声" を見つけます

完全ではない、完璧でもない、でも自分だけの声

もっと、もっと、、、別の才能が羨ましい、妬ましい、どうして私はあんなふうに歌えないの?

そんな気持ちを抱きながらも

徐々に魔法が始まっていくんです

『ダイヤモンドはダイヤモンドでしか、磨けないんだよ』



これはただの漫画の創作なのでしょうけど、

小学生だったかの私には、この物語の歌や、音楽への想いこそ全てで

いつしか私も自分だけの声、魔法、について取り憑かれるように思いつめたものでした。
(私が初めて歌でオーディションを受けたのは小学校6年生の時です)

いま、15年越しに何で急にこの漫画のことを思い出したのか、判らないけれど

Amazonで買って、読んでみて改めて涙が出る程とても感動した。

歌を愛する人なら、是非読んでみてもらいたい、エバーグリーンな作品ですね
(当時は、音楽ものネタの漫画は流行らないと言われていたそうで、惣領冬実さんはとても気鋭の作風だったようです。その後、少女漫画から青年誌に転向されています)


結局、漫画に感動しても、読み終わったあと

小学生の私に、答えは出なかった。で、私は魔法が使えるの?

そして今この年で読んでみても、まだ答え出てないです☆

漫画は問いかけてくれただけ、物語の中の主人公2人もまだ音楽の旅を続けているままでした。
(15年経っても。いまも)

私も音楽の旅、続けなきゃ〜〜って思いました。

答えは自分で見つけていくんですね。




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この漫画のこと思い出したのは、

一生懸命、歌に向き合っている友人の姿を見たからだと思います。

とても感謝しています。




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hayashiyoshimi at 00:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2015年06月29日

メルマガ始めます(時々更新)

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今日はオフでした

何週間ぶりに、お酒を口にしました

もともと滅多に飲みませんが、病気したりなんだりで余計に一切やめていたので
(同僚や友達とご飯の時も、全てオレンジジュースで)

身体は多少びっくりしています

今日という日はとても充実した一日でしたが、(掃除や洗濯や、ヨガ。WEBカメラも買ったし、練習も)

ここのところ、色々思う事を心の中に溜め込み過ぎてくさくさしており

お酒でも飲んでちょっと自暴自棄な気持ちでへらへらしたい、という梅雨の夜らしいささやかな欲求に従ってみております

ひとくち、またひとくち、とロクに飲めもしないワインをすするたびに、

フル稼働だった脳みそは段々ぼや〜〜っとし

大切な事も重要なことも半分どうでもいいような錯覚を覚え

頭は何にも考えないようになり

こうして人はダメになっていくのだな、、くくく、、というような

薄気味悪い状態を客観的に自覚する、という遊びにひとり興じております。

お酒で全て忘れよう!お酒で全て忘れよう!お酒で全てわ、、、

そんなふうな人もいたな。

昔それで急性アルコール中毒になった女の人を介抱したことを、いま思い出した。

高校生の時でした

わたしはしっかりちゃっかり、とても自分を大事にしているので

自暴自棄も自暴自棄にならないのよね(ひとりで幾らでも、発散出来る、といいますか)

さて

ここのところあまりブログを書く事がなくなったので

言葉と文字を自分自身の為に書く事を

もう一度日課(毎日は無理かもしれないけど)

にしてみようかと思いました。

あと、いつもブログに対して非公開コメントを、くださっているかた

読んでいます。本当にありがとうございます

”才能”の記事に対してのこと、嬉しい言葉、ありました。

最近よく曲を作っています

6月は沢山出ていた一ヶ月だったと思う

ちょっとペースは落ちて来たけど、

ライブに向けてもう一押し頑張ります。

何か音源を形にして、(今度はただのフリー配信だけじゃなく)持って行きたいと思ってます

そしてここからやっとメインニュースなのですが

林好メルマガ、 まずは簡易的なものから試験的に始めてみようと思います

不定期配信です

ダイレクトメールでゆきます

下記から登録してみてください

人は、いつ死ぬか解らないんです、後悔のない毎日を

生きたいですね

慈しんで。おやすみ世界













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hayashiyoshimi at 00:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 | infomation

2015年06月19日

パイナップル : lyric

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" パイナップル " ー music,lyric / 林 好 2015.6.7


痛みを受けとめて
噛みしめるの心が千切れても
飲み込めずに口に含んだ
パイナップル “もう二度と”

いつかあなたはこう言うでしょう
「あの人は優しかったよ」
本当はどんな人でもない
ただの ただの 私

目の前に在る現実は
僕らを傷つけるから
怖いから 安全で 美しいままの
思い出になりたい


両手の指で
数えられるくらいわずかの
ふたり過ごした時間の中で
この腕に抱ききれないくらい大きな

空気の塊 それ無しでは
息も出来ない 息をしても
声にならないの
あなたは他の誰でもない
ただ 一人の 貴方

触れ合える 距離も温度も
僕ら暖め合えるなら
辛くても怖くても 笑顔になるから
思い出にしないで


痛みを受け止めて
. . . 心が千切れても
口に含んだ パイナップル “もう二度と”
もう二度と


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eucalyptus : lyric

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eucalyptus

/ music.lyric.piano 林 好 2015.5.26

いつかまた会えるなら

約束なんて要らないわ

それぞれの路の上で

確かめ合ってゆきましょう

家族から学んだ事も

家庭の中では見い出せなかったものも

人と人の繋がりの世の中で

優しさを受け取ったの

1つ、2つ、3つ、4つ…

溢れるほど

伝わるより早く

感じるより強く

想うより確かに

あなたを愛した

あなたを愛した


歴史さえ繰り返した

失敗の痛みと忘却の果てに

気の遠くなる程の

夢のまた其の先の夢に

いつも貴方は笑顔で側にいる

気付かないフリをして

内側の塞がらぬ傷口を舐めた

いつしか痛みさえ和らいでいく気がした

少しずつそっと、そっと、そっと….

風が吹いて

触れるように近く

響くように凄く

歌うように真っ直ぐに

愛してくれた

愛してくれた

伝わるより早く

感じるより強く

想うより確かに

あなたを愛した
あなたを愛した

大きな木の下

舞い落ちて注ぐ

思い出を此処に

此処に



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2015年06月01日

才能

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6月ですね

紫陽花が好きだ

紫よりもっと青い色のと、薄っすらグリーンの入った白いのが一等好きです

私は梅雨が嫌いじゃない

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今日も長い文字になりました

本当は、文字や言葉は誤解やすれ違いばかり産むから

あまり良くないなと思う事も多々ありますが

人生で人と会って色々な意見を話せる時間を持つことは、なかなか難しいし

自分の考えをまとめるのには本当に便利。

本題である ‘ 才能 ’ に対してのラスト結論まで

暇があるひとだけ、飛ばし飛ばし読んでみてくださいませ


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個人的な心情を少し。

私も

音楽の道を目指してから20年くらいは経っているので

田舎で、東京で、様々な場所や機会に出会った人達がいて

色々な事をやってきていて

時々誰かが私を思い出し、検索したりとかすればこの時代はインターネットで沢山の情報がすぐに出てくるから

「林さん(よしみちゃん)、まだ音楽やっていたんだね!」

と連絡をくれる時がたまにあります

はい、私は音楽はやめないです

とても、好きな事だから

それぞれの運命とか事情とか色々あり

東京に出て来てから生活の全て、自分の事は自分で働いて賄ってきました

音楽事務所に入って収入を得ていたこともあったし

今もお世話になった方々のおかげで、曲や詩を書いた報酬を時々頂いたり

コーラスやボーカリストのお仕事を紹介して頂いたりもします

それでも基本的には、会社に勤めて毎日せっせと、真剣に上を目指して仕事してます

何に対しても情熱を持ち、自分自身の能力の限界を越えてベストを尽くさなければ
物事に対して、人に対して会社に対して失礼だし

どんな結果も成し得ず(お給料も貰えず)

何をするにあたってもその事自体に、人に、敬意を持って全力で取り組むことが

一番自分を成長させ、その果実は(精神的な事、人との絆や様々なスキルも)すべて私の創作に繋がると思っています

なにより、

人様からお金をもらう、という事は中途半端な事であってはいけません。

「じゃあ音楽は趣味なのだね〜」

と納得したように言ってくる人がいます

なので私は

「そうですねぇ〜、好きで楽しくてやってるんで、まあそんなようなものですね☆」

と、言います。そうゆうのが社交性というものです

わざわざ本気の回答をいちいちしません

でも心の中では、これが回答です

「いいえ。音楽は私の生きてきた人生のすべてで、何にも変えがたい生き甲斐です。」

食べる為に音楽を作ったり表現してない

音楽を作ったり表現し伝えたりする為に

生活し、食べています
(これは宮崎駿さんの言葉の受け売り)

だから私はライブのチケットを売りさばく心配や、

CDを何枚売っていくら、とかお金の心配や

人が好むキャッチーなヒットソングにしなきゃ人気が落ちる、とかをうだうだ懸念する必要もなく

自分勝手に無責任に自由きままに

音楽を作って、タダで人にそれを聴いてもらうことも出来ます

やめたければいつでもやめられるし

自由です

一番好きなことに対して、自由な自分で在れています

そんな自分の在り方もまた、良いものだと思います

反面

仕事や社会では、責任という事があるので自由な事ばかりではありません

思い通りにならないことや、社会の仕組み、バランス、資本主義に対しての疑問、ビジネスの難しさ、、、等々

いつも色々な葛藤を感じますし

何より、音楽や芸術という畑から離れた人達(勿論、出会う人達みな好きなのですが)
音楽を特に好きでもなんでもない人達
(普通、な程度に好きな人達)

と過ごす時間は

私にとってはまるでフワフワとした物足りない世界に感じられ
まるで本当の自分を失っていくような感覚に陥る時もあります

時々、ミュージシャンの友達と話したり、音を合わせたりライブを見に行ったり創作の話をしていると

それだけで、自分の中の血が生き生きと漲ってきて目は光を持って輝き始め

一番、そうで在りたいと願う自分らしく在れるようなワクワクする感覚がして

その時間がずっと終わらなければいいのにと思うこともあります

出来ることなら

音楽をすること、聴くことが
大大大大大好きな人達とだけ
四六時中一緒に過ごしたいです

そういう部分で、私の音楽は孤独な世界から生まれた創作であり、すべては憧憬と願望の切なる想いが源になっています


慢性的な孤独感や葛藤は確かに今もありますがそれでも、

私が自分の人生の状態や条件を現実的に見た上で、一番合理的だと思った方法を選択しているわけなので

誰に理解をされずともそれなり総合的に

幸せだとは感じています
(耳が聞こえ、声が出せ、健康な命さえあれば、足るを知らねばなりません)

それに日々わたしは新しい出会いを経験し、変化していっているので

未来はまた違った形になるかもしれません
(それは人生に任せます。やはり音楽を楽しんで人と共有できる時間を増やしていく事は私のこれからの幸せの絶対条件だと、こないだ友人と話していて、思いました。)





今日書いてみたかった本題を最後に。

こないだテレビか何か、子供をみてそれを思い出して今朝強く思ったこと

才能、の話です

私には音楽の才能があります。

音楽以外も、沢山の才能がありますよ☆

‘ 才能 ’ とは

決して揺るぎない気持ちで、物事を好きである情熱、想いのことです

どんなに潜在的、遺伝的能力が高くとも、最後まで貫き通す場面に至ったならば

‘ 好き ’ という想いの強い人には、‘ 続かない心’ はいつも折れて負けます

ソレがどんなに‘ 好き ’ なのか

自分自身しかその想いは測れない

だから他人に決められたり評価されたりする事は出来ません

自分自身は良く知っています

私には迷いはありません

私には愛する才能があります

愛することは磨けば伸びる、技術でもあります( エーリッヒフロム)

練習したり、上達すれば、もっとその楽器を、料理を、スポーツを、仕事を、様々なものを、好きになることと同じです

時々、辛いことがあったり、音楽を楽しめない心境に陥る時

私には才能が無いのかもしれない、やめてしまえ

と思う瞬間もあります

でも、好きなものへの‘ やっぱり好き ’
、という気持ちの再熱を何度も確認する度に

倒れても倒れても繰り返し立ち上がってくる情熱を発見する瞬間

私は何も怖くないです

誰に否定されることも、無視されることも、罵られることも。

お前には才能がないからやめろ

と仮に言われても
(そういう事は何度も言われたことありますが)

私の気持ちに変わらないものがあるなら

それが揺るぎない才能です

誰にでも真似できることではありませんよ

本当に好きでなければ皆、辞めろ、と言われればやめたくなって、辞めます

なーんにも興味がない、嫌なことばっかり、才能の欠片もないこともあるでしょう

小さな才能を、伸ばすことも出来るでしょう

誰にでも、才能があります

才能とは

好き という気持ちそのものです

『 好きこそものの上手なれ 』

人がなんと言おうと

自分を信じ続けた人だけが

神様からもらった才能(愛)を、最後まで全うして花を咲かせます

好きなものが沢山ある人は

才能豊かな人です

一つの事を一生かけて愛することの出来る人は

天才です


私はそう思います


hayashiyoshimi at 13:09|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 日記 

2015年05月26日

"As it is" 他 FREE ダウンロード

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こんばんは!

遅くなってしまいました、ごめんなさい

新しい曲が出て来て、唄を録音してたらすっかり22時超えておりました。

さてさて

おかげ様で、youtube hayashi yoshimi チャンネルも500名の登録を達成し
(って言ってたら減ったりします?笑)

新曲も目標の200再生を超えましたので、恒例のフリーダウンロードでさらに皆様に聴いて頂きたく思います。

いつも応援して下さっている皆様には、新曲 ”As it is "以外の音源は既にお持ちかと思いますが、

これを機にまだ是非、" 林 好 "を聴いたことのないかたへ、是非ご紹介くださいませ!

また、これまでフリーダウンロードの期間をニアミスしたり、なかなかDLの機会がなかった皆様も

ぜひ改めて聴いてみてください☆

2013年のアルバム、" 星/HAYASHI YOSHIMI "以降の未収録音源達でございます。

(youtubeやsound cloudではおなじみです)

そして今現在は、ライブで歌う為の新曲を制作中の、私です。(まだライブは未定ですが)

なのでまだ新曲楽しみにしていてくださいね



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FREE DOWNLOAD

3つのURLになっています。

As it is と Camouflage は個別で、他過去曲5曲はZIPでまとめています。
ご用途に合わせてご利用ください。

As it is
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Camouflage
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※5曲過去配信DEMO(ZIPまとめ)
永遠の野原
白昼夢
いつかといって
ink(2009-2015)
My Fault


http://firestorage.jp/download/6775cd4baf856e507670b8979f1555e0184a0ad2

DLは本日から1週間可能です。

ぜひ、宜しくお願い致します^^

聴いてくれるみなさま、いつも応援してくださる皆様、

本当にありがとうございます!!!

素敵な夜を☆




hayashiyoshimi at 23:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2015年05月25日

恋 愛についての発見と考察

(この文章の全ては私の友人を想って書きました。)



今朝夢見心地の意識の中で

‘ 愛 ’ についてハッとしたことあった

恋や愛について

幾度となく説明を試みたけれど

実感として感じた今、哲学的にまた自分自身の考えを文字にすることが出来そうだ

愛とはやはり凄い力だ、そう感じた瞬間の後の考察を

つらつらと、書いていきたいと思う

今日は長いです、自分の為の文章なので

愛や恋が一体何だか解らない、一緒に考えてみたい、という人だけ気が向いた時に読んでみてください。



**********



世界に、70億人の人間がいる

ありとあらゆる多種多様な職業や趣味、趣向がある

数万種類の食物や料理、味わいがある

数え切れない程の絵画や芸術、色彩がある

ジャンルで分けても分別し切れないほどの音楽や声、音色、響きがある

そんな森羅万象の全てに対して、私達はいちいち全部に執着したり、思い入れたりしない

私達が執着したり想い入れるのは

縁とゆかり、カルマに起因して出逢った特定の特別な事物に対してだけだ



例えば私達が外に出掛け出会い関わった人が、理解の出来ないことや不愉快なことを言って嫌な気持ちになる時

(なんだろう、この人。まぁもう関わるのは辞めよう)

と思って次第に疎遠になる

ふらりと立ち寄ったレストランで不味い料理を食べたら

( もうここへ来ることはないな)

と思って足が離れる

気に入らなかった音楽や、ピンとこなかった映画や、気にもとめなかった物語


全て 忘却していく。後には何も残らない


けれど時々私達は素敵なものに出逢って、惹かれてゆく

なんて美味しいんだろうこのパスタは、絶対にこの店にはまた来よう

ああ、なんだかこの絵は好きだなあ、誰が描いたんだ、ん、、んんそうか
この人の展示会はまた観るかも

あ、この音の感じ、好きだ、CD買おう

手触りの良い衣服、布、なめらかな布団、気持ちいいなあ、癒されるひととき

この人は綺麗な目をしているなあ、一緒にいると楽しいな、なんだろう、また逢いたいなぁ

....



そういうキラっとした衝動的な感動の瞬間は唐突にやってきて

それを私達は ‘ 恋する ’ といったりする



彼女はHERBsのケーキに恋をする

彼はサティのピアノに恋をする

彼女は満天の星空に恋をする

彼は蒼い海原に恋をする


それは私達の心を不思議な温かいもので満たしてくるチカラだ

単純に、私達の知的、詩的、精神的、肉体的欲求を

満たしてくれるもの 更に

満たしてくれそうだと、期待できるもの

満たすに好ましい、(受け入れ易い)もの

食欲、睡眠欲、知識欲、芸術的欲求、肉欲....様々な生きる力の源。

その瞬間は、ひとつ、きっかけであって

恋がやがて愛に変わり、成長していくかどうかは

また別の、それぞれの話だ。


色々な条件や状況や様々な現実の課題をクリアしなければ

それは恋のふわっと花咲いた思い出に散って、終わってゆく

この世界には冒頭で言ったように

ありとあらゆるものが無限に存在するから

執着する必要はない、手放せば

また新しい風が吹くだろう

人生は命ある限り何度でもやり直せるから。


ただ大切なのは、

恋する瞬間のひとつひとつは

決して当たり前ではない、奇跡が起こす瞬間で

そのひとつひとつを大切に慈しむ心を怠れば

世界はやがて私達を見放して、
そのうちもう二度と与えてくれなくなるのだろう

恋を何年も休んでいる人も沢山いるだろう

恋という宇宙からのプレゼントは

人生の縁や命を軽んじたり、

学んでいこうというポジティブな姿勢のない人の元に

そうそう何度も贈られるギフトではないのだ

沢山恋をする人もいる。いつでも恋をしている人もいる。魅力的なことだ

私の好きなアーティスト、CHARAが唄っていたな

‘‘ 愛が素敵なものに、惹かれてくだけだよ ’’

そうだなあ。

だけどなんでもかんでもを、そこまで深く好きにはなれない

それが人という生き物の、複雑なところ

そして宇宙の、不思議なところ


**********

ここからがやっと、本題です

愛することは、凄い力だ

美しい力でもある

そして相反する二つのベクトルで成り立つ(と、思う。二元論)

内側への愛と、外側への愛だ。

内側の話をひとつ



ある時、私は音楽と出会い、恋をした

知っていたのは幼い頃からだ

予感はしていた

だけど恋を自覚したのは10才くらいの頃だと思う

やがてそれは愛に成り得た

何故なら、苦しみも悲しみも試練も越えて

それを続けたい、それの為に努力したい

より良きものを生み出したい、もっと、もっと、もっと、、、

と、何度逃げ出そうとしても、

『それでももっと良くなりたい』

という想いを諦められず捨てられなかったからだ

それが ‘ 愛すること ’ なのだと思う

愛する事は継続と喜怒哀楽の波の連続の果てになおも残る、

執念のようでもある

好きだから終われない

愛しているから終わる理由がない

波に飲まれて洗われて流されて、砂に隠れて覆われて

あれ、、それでも残った貝殻を拾ってみたらそれが宝物だった

みたいなこと。


音楽は、注いだ想いを、必ず返して、応えてくれたから

だから愛は育っていったのだと思う。

音楽だけに限らず、本も映画も料理も哲学も

同じだ

私はこれらの

‘‘ 自分自身に注げば注いだ分だけ必ず返ってくる 愛 ’’

について、もはや疑っていない

人生の経験上。仕事も何事もそう

自分自身の努力や誠意は

決して自分を裏切りはしないのだ。

練習は裏切らない、経験はチカラ、なのだ



そしてもうひとつ、外側の愛の話

それは他者、別の個体、存在との間に成される愛のこと(いわゆる家族愛や友情や恋愛のこと)

これは、芸術を生むにあたって

何か外側からのインスピレーションや感動を得なければ何も創り出せないことに似ている

他者は、自分とは別物であるが故に

向き合っていない時は、不可解なとんでもない、理解の範疇を超えたものを投げかけてくるし

鏡のように向き合えば、自分自身をありのまま投影してくる

だけど鏡の中には手が届かない

自分が笑わなければ、鏡の中の自分は笑わない

こちらがアクションしなければ

鏡の中の人はただ待っているだけだ

それは勇気を必要とする

こんなに不条理なことがあるのに、なんでこの人を好きなんだろう

こんなに面倒で厄介なのに、

全く見返りも何の得もないのに、

或いはこんなに非道い仕打ちをされているのに(家族や友達でも)

大切な気持ちに変わりない

とか、人を好きになるのに理由がないのは

それがただ、より良くなる為の

世界のベクトルなのだから仕方ない

それは運命のように、突然のスコールのように

降りかかかってくる光だから。


愛するが故に私達は苦痛を乗り越える

自分の間違いや誤りを正そうとする

相手を傷つけまいと、強くなろうとする

相手にも、理解や、正しい答えを要求し

より良くなって欲しいと願い、期待するようになる
(フロムも書いていたな)

正解を導き出そうとして、知恵を振り絞る

間違った執念で、闇に負けちゃう人もいるけどね。(ストーキング、ヒステリー、バイオレンス、虚偽、金銭のしがらみ....ありとあらゆる業欲)

それも手放す訓練のひとつとして

やはり他者との愛は、様々な学びの試練なのだと思う



人間同士の事で言えば、根本はセックスしたいとか、生理的な欲求や恋だったとしても

人や命は、セックスで生まれてきて

その命が世界を、音楽を、すべてを生み出したのだったら

それはみんな愛の具現で、象表である。



こう何度も 愛、愛、愛と言葉にすると、本当に口説いけれど

エーリッヒフロムばりに愛について考察しようと思うなら

真面目に、やらないと。

世界は ‘ 個 ’ の内側と外側の愛のちからをもってして

より良きものになっていくことは疑いようもない

生き甲斐だった仕事、視覚や聴力、手や足、健康な身体、

愛する家族や友人、恋人、

愛を失った時、人は死ぬほどの絶望をする

より良き世界??どうでもいいわ

自己放棄と虚無、果てには自害、自殺に考えが向く

それが愛の喪失だと思う

そうして生命が、愛が終わり、世界が終焉する。



恋が何か、愛が何か

理解することで

私達は冷静にそれと向き合い、受け入れ、対処出来るようになる


愛は、より良き自己と、より良き世界の創造の為に、

神様 (ないしは物質的宇宙)から、私達に託されたエネルギーだ (みたいな感じのものだ、おそらく )

理由は、知らない

理由は、無い (生命の存在意義すら誰も答えを持っていない)

ただ、私達に抗う術はない

世界に、産み落とされた日から

私達は死ぬその時まで

この問題に向き合うこと、白紙の答案用紙に答えを書き続けることを余儀なくされている

正解や丸はいつか神様がくれるのか

成就すれば涅槃に入るのか

そんな事は段々どうでも良くなってくる


生きることは素晴らしい愉しい世界は美しい

ありがたい、

それに尽きて、終わり。

だから私は神様から与えられた不思議なベクトルをひとつひとつ

大切に検証、探求、する

頭の中は理屈固めの変態体質だ

今日の考察はここまでです

恋、そして愛について

答えが欲しい人への、今の私なりの答えでした。

さてAmazonからエーリッヒフロムの本が今朝届いた。
(まだ読んでなかったんかい)

そうしてまた新しい考察が出来て、考えが一掃されることもあるだろう

誰か、こんな理屈っぽい脳みそと遊んでくれる稀有な人がもしもいたら

勇気を出して私と一緒になってみてください

なーんてにゃ





hayashiyoshimi at 09:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記