2015年04月22日

As it is

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新曲、デモ完成までもう少し。

歌詞だけ公開します

冬の終わりに書いた曲ですよ、夏がこれからって時に(笑)

そんな自分も嫌いじゃないです。



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‘‘ As it is ’’
/ music, lyric : hayashi yoshimi



the freezing winter went away to somewhere just for a moment
recalled your memories along with the wind contains humidity
leaf dances, raindrops fell on my nose
‘always raindrops fall on my nose
earlier than anywhere’

feeling in the wind with my eyes close
feeling in the wind with my eyes close



『bird is a bird is a bird』
they have a life to fly above the beautiful sky and also
they have a voice to sing a song
intently keep trying inhale - exhale
prior to prior days are floating
toward the future

as it is so, you're in my heart
as it is so, you're in my heart



theory template precedent
distance experience
pain, pain, pain...
crossing downfall interlacing
coviction fate
love, love, love...




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2015年04月12日

晴れ豆ライブとか、最近のこと

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『あしひきの 山桜花 日(け)並べて
  かく咲きたらば いと恋ひめやも』
   
万葉集 / 山部赤人

4月ですね。

仕事→まったり→創作→仕事

のルーティンの中で今年もすっかり春です

人生とはいつも別段なーーんてことないものであり

同時に一瞬一瞬が奇跡でもある

そんな、至極 謎めいた時間なのだと日々感じながら。

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最近見た、色々な美しいものの写真。

夜、素粒子と量子力学の本を読んでいると(基本チンプンカンプンなのですが)

本当に私達は、実態の無い

空気みたいな存在なんだな(物理的に)

っていう感覚がすごくして、

それでも私、あなた、という‘個’を成すことの面白さに

ひとりニヤニヤ笑ってしまうの

不思議だなぁ、

不思議だなぁ、

と、一生思い続けていけたら愉しいですよね

本はたまに読むくらいが好き



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4月6日に、代官山は 晴れたら豆に空ま...

晴れたら空に空ま...

豆たら空に晴れま...

晴れたら月ミル君を 豆ま...

月ミル君を思う豆ま...

(これは七尾旅人さんのネタ。すいません)

代官山は 晴れたら空に豆まいて さんにて

七尾旅人さんワンマンライブに行ってきました。

今年は六本木で一度ゲストライブを観ましたが

ワンマンは昨年の9月以来で

twitterのTLで急遽情報を見た時

即座に電話しましたら、10番目でした☆(今回は100名くらいの小規模でソールドアウト必至で)

おかけで素晴らしい位置を陣取りました。

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いつものステージは客席に変身

そして反対側の

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客席の小上がりにセットが

ライブは4時間余りで

セットリストは、私が聴きたかった曲達そのままで

一緒に唄っていると涙が出てきました

赤とんぼ、とか

新曲の、ストリッパーのお姉さん、とか。



七尾さんは途中サーカスナイトを歌いながら客席に降臨してきてお客さんに担ぎ上げられたり

お客さん全員で 踊ったり歌ったり笑ったりと

無茶苦茶で、本当に無茶苦茶で

愉しかったです。

私も歌を歌うことがありますが

ライブというのは、毎回違って

毎回、ありのままで

それも面白いなと、改めて思いました。

そして私は七尾さんの歌が本当に心の琴線に響くのです

それから 唄うことや 音楽や

生きることの可愛らしさ いじらしさ

愛おしさみたいなものが

ふくふくと膨らんできて

毎日、 仕事終わってへとへとになりながらも

少しだけピアノやギターに向かって

想いを音楽にしていってます。

小さな、音楽を紡いで続けて

ひらすらに、生きて

理屈ではどうにもできない、わけのわからない、出来事も、感情の波も

例えば愛、とか

なんだか説明もつかないけどどうしようもなくありがたくて

大切なものとか

そういうものに素直な気持ちで向き合いたいという思いでいっぱい

人は未熟だし、完璧ではないし、儚い生き物だけど

大好きです

今は自分の事を頑張るしかなくて

大切なものを心で大切にするしかないけど

いつかその大切なものの為だけに生きて死んでいけたら

それは物凄く幸せなことなんだろうなって夢みてます

今日もまだ仕事

夜は創作、しますよ。


新しい曲お楽しみに

youtubeやsoundcloudも沢山聴いてくださいね

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http://m.soundcloud.com/yoshimi_hayashi

皆様素敵な日曜日をね☆








hayashiyoshimi at 09:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2015年04月02日

3.26ライブ後記

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春らしい陽気です。

2015年ももう4月、早いような、それでいて毎日が発見と学びの連続のような

ギュギュっと、想いの詰まった、そんな時間の経過を感じます。

お元気ですか?

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先日は下北沢Breathにて初めてライブさせて頂きました。

ご来場下さったみなさま、そしてCDをお求めくださったお客様

心から、ありがとうございます。

今回キーボード、そしてBARスペース的な場所での、完全弾き語り40分ライブでした。

毎回、愉しませていただいている中にも

多くの学びがあり、今回も音響面、そしてセットリスト面、お客様目線の部分で

色々な事を感じました。

歌いたいセットが歌えて、後悔はまったくないですが

お客さんが楽しめるライブをする事の追求は特に頑張っていこうと思います。

弾き語り、そして打ち込みオケ作り、またエフェクターの使用、そして曲の作り方、

などなど、愉しむための研究の余地はまだまだまだまだ沢山あるようです。

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衣装は1年ぶりに引っ張り出した、ものを。

去年より、似合ってる気がする??(笑)


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『Set list』

1. 星
2. eyes
3.秘密と嘘
4.オキドキ
5.サーカスナイト(cover)
6.angel (cover)
7.海

"秘密と嘘"、"海" は久しぶりの懐かしい曲でした。

こういうセットにすると決まってあるご意見が、「セットリストが地味?」

なんですけど、手応えとして発見したのは

おそらく、新しい曲(私にとって最近作ったもの)の方が反応が良くて

古い(若い頃書いた)曲、っていうのはいつもちょっと反応が弱いみたいです。

と、いうことは

きっと曲作りも進化できているってことなんだと感じています☆ふふふ

本当に、そうで、

たまに古い唄を歌いたくなるんですけど

そんなノスタルジーのあとには、新鮮な今を、想いに乗せたいんですよね。

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※お写真はBLUESさん。いつも本当にありがとうございます!!

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※Tさん素敵なお花をありがとうございます!!



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次回ライブは未定です。

ちょっと創作の曲ネタが溜ってきてしまっているので

まったりしながらの制作期間に入りたいと思ってます。

とにかく牛歩できままな音楽活動でごめんなさい。

生きることを、愉しんでいます。

その中で表現したいこととゆっくり向き合っていきたいと思います。

只今youtube編集中。

ダイジェスト版とか、Angel、海、あたりの音源をsound cloudで追って公開できたらいいな

と思ってます。

少々お待ちください。


そして今作ってる曲、歌詞に冬の季語が入ってる。。。w (遅いよ〜〜〜形にするのが間に合わなかった)

この曲のギターのフレーズを、

録音できるレベルまで弾きこなすのに、時間がかかりすぎてしまいました。


でもそんな自分も嫌いじゃないです。



かつて(若い頃)思っていたように

現在は、音楽が、私の人生の全てではありません。
(最高に、一番好きなものではあるけれど)

もっと大切なもの(というか比べるのではなくて)、

海のような森のような 、広大な、情熱の源泉ー  根本のもの

”どうして音楽がこんなに美しいのか、楽しいのか

人に、伝えたいと願うのか” ーそういう根本

に出会って、気付いて、思い知らされて、から初めて

音楽を聴いたり、作ったり、歌ったりすることそれ自体が

大きな意味と、厚みを持つようになりました。

そのことにとても感謝している。

まだまだ人生は永いので(そう信じますが)、

これからも引き続き、生きる事の真の意義を探っていけたらいいなと思います。

今日は休日ですがまだまだやりたいことが盛りだくさん。

youtube編集も時間がかかるので、

ちょっとお散歩してきます。

みなさま Have a beautiful day☆^^








hayashiyoshimi at 14:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0) live 後記 | 日記

2015年04月01日

自由について

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こんな言葉を吐いてしまったら

こんな約束をしてしまったら

こんな誓いを立ててしまったら

自分の自由は永遠に奪われてしまうのではないか

と、怯えるひとは

一体全体 何に怯えているのだ

自分自身の意志の不透明さと弱さに?

自身の心に蜷局を巻いている不誠実さに?

或いはそれを誰かに責められる後ろめたさに?


笑止である。


縄で縛られ、手錠と足枷をかけられ

南京錠をかけられ

檻の中に監禁されれば

身体は不自由になるだろう

命を奪われれば生きる自由も失うだろう

だけど私達の心、内なる魂と精神の自由を奪えるものは唯一

自分自身の心、それだけだ

‘誰かに自分の自由を邪魔される。奪われる’

という怖れと怯え、それこそが

ほかでもない

自分自身の心を不自由にしているのだ。

ガンジーも言ってる

『例え肉体の死をもってしても

彼らが私達の(精神の)服従を手にすることはないだろう』。



約束や誓いは

寂しさを埋める為の気休めに交わすものではない

誰かを束縛する為に立てるものではない

人を不自由にする為に交わすものではない

そんな不純なものは、やがて不幸と澱んだ風をもたらすだろう

純粋な想いこそ

約束や誓いには似つかわしいものであり

瞬間の中に刹那の永遠をみて

幻想(夢)と美しいものを交換する

ただそれだけの、儀式みたいなものだ

(意味なんて無い。詩や歌と同じだ。ただ美しさに、身を任せて心を傾けて
味わえば良いだけのこと)




果たせない約束を交わさない

何の誓いも立てる事はない

軽率で軽薄な言葉は

後から自分に虚無を与えるだけだから

守られない約束や

忘れられる誓いがあるなら

それは大したことのないものだから

執着したり、気にしたりしなくて良い

そうゆうことに囚われたり、拘ることもせずに

手放して、やがて忘れれば良い。

(自分がいつまでも其処に縛られる必要は無い)

誰かに裏切られる事もなければ

誰をも裏切る事もない

裏切るのも裏切られるのも

いつも自分自身、己との関係性の中でのみ起こりうることだ


なんの不自由に怯えることもなく

いつも心を自由に解き放って生きていれば良い

全身全霊で。

世界を、人を、愛することも。


‘不自由になる事が嫌だ’

という思いは

一番自分自身を不自由にするから

そんなふうに、不自由を怖れる気持ちは持たない方が良い

怖れるべきことは唯一、臆病になることで、

真に自由で勇気のある人というのは

誰かが自分の自由を冒すことなどに怯えたり怖れたりせずに

真っ直ぐに進む魂のことだ。

それはしなやかで柔らかな類の

心の強さでもある

私の‘不機嫌な神さま’ という楽曲は

そうゆうことも歌っています

そういう自由を私は常に求めています

自分自身の心に。




hayashiyoshimi at 00:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2015年03月26日

死生観:西の魔女が死んだ

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飛行機事故で亡くなった多くのかたとその遺族の方に対して

祈ります

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本屋でふと目に留まった、"西の魔女が死んだ"という本を読んだ

とても爽やかで優しく、読み易い物語だった

そしてクライマックスには感動の涙がどっと押し寄せたりもした

いくつかの気に入った描写には、ページに折り目も入れた
(そういう事を私にさせる魅力のある本が好きだ)

『質素であることは 最も素敵なことだ』 - レオナルド・ダヴィンチ



というような精神に通ずるものを感じる

生と死と、魂の成長に関する童話のような小説で

私にある事を思い出させた。




高校1年生の時

英語のスピーチ大会というものに出て、賞をもらい

オレゴンに短期ホームステイしたことがある。

子供が5人いる家で、みんな名前にAの頭文字がつくの。

オースティン、アリシア、アダム、エイミー、アンナ(Austin, Alicia, Adam, Aimy, Anna)

ピアノを弾いてあげたり、お絵描きをしてあげたりすると

すごく喜んでいた、可愛かった。

ホストファミリーのお母さんと、車で買い物に向かっている時

お母さんと話した死生観。お母さんが運転、助手席に、わたし。


ママ:「ねぇ、あなた(達や日本の人の一般的な価値観として)は、人は死んだらどうなると考えているの?」

わたし:「うーーん。全ての終わり。”無”、永遠の眠りと、静寂、、ですかね」


それを言いながら、

まだ16才のわたしの心に、氷のように冷たくて重苦しい闇と虚しさ、寂しさがあった事を

よく覚えている。

ママ:「.... それは、とても哀しくて、寂しい考え方ね。。」

そういうお母さんの顔はやはり凍りついたように悲しそうだった。

そのあとの会話は他愛もないことだったと思う。

初めて食べたタコベル(有名なタコスチェーン)のタコスが美味しかった
(子供達はタコベル♪タコベル♪と言って後部座席でわーきゃー騒ぎ、
嬉しさ全開にしててやはり可愛かった)



ホームステイの間、日曜は教会にミサに行き

聖書を読んだり、唄を歌ったり、イースターの卵に絵を描いたり、した。

私は16才だったけど、

ブッダの本を好んで読んでいたし

好きな作家(パウロコエーリョというブラジル人)はクリスチャンだったから

宗教概念のキャパシティはそれなりに広かった(ように思う。けどまとまりはなくて)

けど、まだ自分のオリジナルの信仰や信念、死生観を持つには全然至ってなくて

好奇心だけでなく、不安や恐れから、知識をむさぼることに頼っていた年頃だと思う。

日本に帰国する前にお母さんとお父さんは私に聖書を1冊くれた。

わたしは帰国してからもロザリオや聖書を飾って

再び生きる事の意味を探って、生き続けた

宗教を理解する為に、科学と物理の本もたくさん読んだ

見た事も聞いたことも無いものを信じて、信念を生み出すには

沢山の賢人達の知恵や、知識、

科学の事実、時には神秘的な力を持つ人の存在や

科学では説明がまだつかないけど明らかに存在するものの事実とか

そういう沢山のもの

何より生きる経験が、必要だった。

現在、私は32で

クリスチャンでもあり、仏教徒でもあり、なんやかんや世界の全てに対して

なにもかもありのまま、信じている。

目の前に在るもの(物質や物体、エネルギー)こそが "確か" であるか

人の心の中に在るもの(精神や意識)こそが "確か" であるか

そんなこと、一体誰が証明できる?

人の心のソトにあるもの

人の心のウチにあるもの

” 在る "という事は、どちらにせよ

それら(歴史上で色んな人が生き、感じ、思って来た事)は

全て、確かである、

と私は考えるから。

信仰、というものは、何故意味があるのか

誰も証拠をくれない事

誰も証明し、安心させてはくれない、不確かなこと

それを信じることや、その不安の中で真実を探求することには

とても多くの勇気が必要だから

だから意味があるのだと思います。勇気と、強さを持つ事に。

人が何を信じて、何を信念に生きるのか、それは自由で

私達はより良くなりたい、と本能的に思っている。

今、もしもオレゴンのホストマザーに、死生観について同じ質問をされたら

きっと私は別の返事が出来ると思う。

それは私のオリジナルのぬくもりとユーモアを持った答えで、

きっとお母さんも私も、氷に包まれたような寂しい気持ちにはならずに

お母さんをふふふと笑わせて幸せな気持ちにしてあげられるような

私自身もあたたかな気持ちでふふ、と笑えるような

そんな優しくて美しい返事ができると思います。

いま、人生の素晴らしさや愉しさ、美しさが

あの頃よりもっともっと解るようになっていると思うから。

事実が、なんであれどうであれ

人が信じて生きる信念と生き様それこそが

人を、虚しく悲しい気持ちにさせたり、或は笑顔でしあわせな気持ちにしたり、

するのです。

『私達は最も尊いことの為に神に創られた。それは愛し愛される事です』
:マザーテレサ



【西の魔女が死んだ】に収録されている続編の短編、” 渡りの一日”にあった

好きな一節を

『それは岬の真上から遥かな水平線を目指して力強く飛翔するサシバの群れの絵だった

何の迷いもない、確信に満ちた一途さが、私の心を打った

...私、知っている。この衝動。一つの方向を目指している

だってこの道きり、ほかにないのだもの』

渡りの一日 - より



生きていくんです。命が在る限り

信念とは、私達がどう生きるか、何を選択するか、ということを

手助けしてくれるサーチライトのようなものです。




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humble or famous

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●有名無名

●both humble and famous people.

●somebodies and nobodies.


の、物語。


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Facebookのいいね!の数、多い方が良いよね

twitterのフォロワーの数、多い方が良いよね

憧れのあの人と知り合いになれて、なんだか自分も凄い人みたいよね

昔からの知り合いに、あの子は凄いって言われて、(その人も自分と知り合いであることを誇りに思ってくれて)喜んでもらって、とても嬉しいよね

然り。


ついぞ連絡をよこさなかった人が、有名な人と仕事をしたら連絡してきたよ、なんだこのやろー

仲良くもないのにすごく関わってくる人がいるぞ、ああこれは私に興味があるのではなくて

損得勘定で近付いているのだな、

なんていう、疑心暗鬼とか


誰もが持った事がある感情だと思う

人は誉められたい、評価されたい

仲間も欲しい、認めて欲しい

そしてショウビジネスの世界で、表に立とうとするひと程(例えば音楽をする人とか)

そんな感情に振り回される自分との葛藤を 抱いたことがあるのではないでしょうか



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有名になりたいとか、有名な人と仕事したいって気持ちが

直接的な意気込みと原動力に働く事は、20代で終わっていった気がする

今も勿論それは素敵な事で、憧れる気持ちはあれど

大きな動機に直結するものは

如何に ‘自分’ で在りたいかということかな

たったひとりでも ‘在る’ ということ


有名に憧れることはね

同時に無名を蔑む気持ちの表れなんだよ

それを無くすには、自分自身に対して本当の、
揺るぎない自信が必要だから

時々とても難しい

でも自然にそう感じられる時もあったり

中心にいれば、全てが輝いている

何も違いは無いよ、人間は地球上の生き物。

唄う人、創る人は特にそれが出るから。



‘有名な自分’ をどこか誇りに思ったり

‘有名でない自分’ をどこか卑屈に思ったり

する場面とか、色んな人達を見過ぎて

自分もそんな時もあったことを省みて

結局みんな不安なだけだと知った

何かのモノサシで自分を測らないと、人は一人では自分の姿も見えない


でも愛は人を開眼させるよ

誰が何を言おうと 誰に無視されようと

『あなたはあなたで在れば良い』 - マザーテレサ

ですね。私もまだまだ自分探しと、強く大きくなる為の修行中の見習い魔女です



少なくとも 私は、そんな小さなモノサシで人を見る自分が顔を出した次の瞬間には

心底恥ずかしく、バカバカしく思うし

そういうモノサシで見てくる人に対して、何とも思いません

いつでも心の中で揺るぎなく存在出来るものは

意地とか、見栄とか、虚栄とか、嘘とか、体裁とかではなくて

‘ 愛 ’ だけだと思います。

そういう作品を生み出す人を私は尊敬します

芸術とか表現、全ての営みに関して
(どんな仕事をしている人でも。生き様から匂い立つものがね)



さて、そんなちっぽけな (でも命という偉大なものを一つ持っている)私が

今日は下北沢で唄を歌います。

ぜひに お会いしましょう☆

ご予約を下さった皆様心から感謝しています。

下北沢BREATH 私の出番は19:50から40分です。







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2015年03月16日

Before Sunsetの修道士達

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以前 、

‘‘Before Sunrize’’

‘‘Before Sunset’’

‘‘Before Midnight’’

という三部作の映画を観た。

それぞれ9年、5年、と現実の俳優達の時間経過と

物語の中の登場人物の時間経過を同じく設定して

壮大に描いた愛の物語なのだけど


感想として、単純に素晴らしい映画だった。



1、が一番
(レコード屋のシーンと、夜の街で神について話し合うシーンが好き)

2、が二番目に好きで
(主人公がギターで自作の唄を歌うシーンが好き)

3部目は、絶望して心がちぎれるような思いがした。
(ただ皆でガーデンランチをしながら、人が人生をするっと通り抜けていく話と、
「これは完璧な愛ではない、真実の愛だ、」という台詞が好きだった)

それでも最後まで美しくてハッピーなまま 終わらなかったストーリーが

物語全体を通して、どちらかというと気に入って


結果的に私は、(心は ちぎれたが) 満足だった


だって現実の世界には

美しいものと紙一重に、絶望や失望がごろごろ転がっている

人はその絶望の中で信じる心、挑戦する心、
守り抜く心、貫く心、勇気と希望を

学ぶのだと思ったから

闇がなければ、光もまた輝かないもの

全てはバランスと、調和だから。

人は他人と解り合えない

生まれてから死ぬまで独りだ

映画の中の台詞 (うろ覚え)

『もしも神様がいるとしたら

それは私と、あなたの、間の

ほんの小さな空間に いる』

これみたいに

解り合えない人と人を繋げる力は

愛情 いたわり それだけなのだと思う


2部作目のBefore sunsetで

主人公のイーサンホークがカフェで話していた

旅先で出会った修道士達の暮らしの事を

さっきふと、思い出した

(これもうろ覚え。なので私の解釈の中の記憶)


『彼ら(修道士達)は意外にも

朗らかに穏やかに ただ楽しく暮らしていた

(何か厳しい戒律を守るとか そうゆう堅い雰囲気も無く)

自分自身を成長させよう、とか

向上しなければ、

とか そうゆう意識は無くて

ただ命があることに感謝して

楽しく質素に暮らしていたんだ。

それに比べ僕らは

日々の生活の中ですぐに

もっと良くならなければ、とか

もっと賢くならなければ、とか

いつも考えてしまう

だけど彼らの暮らしをみていて

そんなこと 考えることのほうが

傲慢だと思ったのさ』

この感じは私にとても響いた

謙虚であるとは

何なのか

歓びも悲しみも

有難いこと

それが幸せであること。


去年 3月

毎日死ぬことを考えていた(書いたし、よく覚えている)

今年は死ぬことは考えてない

きっと人生がまだ 進んでいくことを知ったからだと思う

振り返ると1年間は 色々あって

同じようで違う

慣れたようで初めて向き合うものもあって。

よく覚えている

去年の今頃、

何かにうちひしがれて私はツイッターに書いていたの

もう、地味でいいから少しでも人の役に立てて命を使えたらそれでいい

みたいなこと。

それは例えば、目の前で子供が轢かれそうになってたら身代わりに死にたいみたいな気持ちだったと思う

私の代わりに、私を置いて死んでいった人達に

その気持ちで報いたい、みたいな気持ちだった

今、1年経って

そこまで自分を蔑ろに思うことはないけど

感情も身体も一巡して

精神的にはまたそうゆう処に戻ってきたと思う
(死ぬことは全く考えてないです。感情の状態の話)

戻るべくしてそうなのだと思った

一回、巡って

希望も絶望も 等しく

より力強く より確かなものに

歓びも悲しみも 等しく

もっと大きく深くなった

(それが年を重ねることなのだろう)

とても正しく、正確に一寸の狂いも無く


私の手元には、まやかしや誤魔化しの幸せは無い

寂しさを埋める為の安心や

あらゆる欲求を満たす為の飽和や

人を堕落させるだけの保証も傲慢も

そうゆう類の約束された幸せは、無い。

それで良いと思った

もしかしたら一生無くても仕方ないかもしれない

正しい、間違い、とか在るべき姿、とかわからないけど

私に幸せになって欲しい、と願ってくれる人達の中の、‘幸せな私’の姿とは違うのかもしれないけど

私は私なんだから仕方ないと思った。


ひとめぐり、ひとしきり

歓び、哀しみ、希望、絶望

合わせて共に

膨れ上がって、大きく深くなって

命の器が耐えきれないくらい、それらが
溢れたら

その時が私の人生の終わりの時だと思う。

嬉しいこと、幸せな瞬間や

悲しいこと、他者へのいたわりや

苦しいこと、生きている実感

そうゆう感動が

涙で溢れ、愛になって誰かに対して溢れ

世界に溢れ

私の許容を越えて溢れて限界になったとき

それは解き放たれて散り散りになり

私は消える

命が消えてただの肉の塊になる

土に還る

そうゆうことだ、人生とは。

人間の人生など、それ自体に何の意味も無い


過程の中の、経過の中の

流れる水のような

吹き抜ける風のような

愛(歓び、悲しみ)

意味を持つのはそれだけだ

私達は神様の人形みたいなものだよ、ただの

それはとても美しい事実だと思いませんか。





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2015年03月09日

正直な雑感、とギターの先生

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今日は不思議な日でした。

雨が、ザーッッと強く降ったり、シーンンと止んだり

お昼にギターの練習に行って

素敵なコードを教わりました

きっとピアノで弾いたら耳慣れたコードなのだけど

ギターで弾くそれは私にとってとてもとても新鮮で

家に帰って何度も弾いていたらスラスラすらーっと曲ができてしまった

英語の歌詞にしました。

こないだ(といってもつい2.3日前)とても落ち込むことがあって夜な夜な哀しい気持ちになっていて

まるで二面性があるみたいに、

仕事をしてる時は、必死に働くか、同僚とわいわい楽しく過ごしてて
深いところを話すことも無いから

夜になると思考モードのスイッチが入って一人で悶々と考えすぎてしまい

SNSでつらつらと心情を吐露 ( 創作の為の創りごともありますが ) したりしたけど
( 独り暮らしの成せる技です。リア充への遥かなる道、って感じだね)

そのあと霧が晴れたように曲がスーッと出来てきて、ライブのセットリストもぴんと来て

ヤフオクでも楽器を競り落とし(笑)

久しぶりに充実感を感じました。

自分でも相当理屈っぽいことを自覚してるから

多分周りは面倒くさいだろうなーって判ってるんですが

書くと考えが消化されて昇華されて

見えてくるんですよね

自己嫌悪する時もあります、今日は反省もした

でも結果、散々行き詰まってクサクサしてた気持ちから抜けて

歌を作れた事実があるから

みっともなくて恥ずかしくても正直な気持ちを書いて良かった、と思ってます。

あとはこの3日間聴いていたCDが、本当に良くて。

結局シンガーソングライターなんて

人生全部ネタにしても、それを音楽にしたい、唄にしたいっていう

そんな身勝手で健気な、前しか見てない種類の人間なんだなって思った

私もそうだもの。唄にしたらもう、手放している

振り返る時は、唄はもうノスタルジーになっている

だから常に、いま、と明日の唄を作るんですよね。

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さて、話が長くなりますが

知人のギタリストの方に

時々ギターを教わっています

現実では言ったことないけど、今日は個人的に思っていたことを改めて書いてみようと思う

その人は2013年に初めて知り合ったんですが

実は最初に会った時からとっても、尊敬していることがあって。

それはどういう部分かというと

いつも、いつも

笑顔で どんな時でも明るい雰囲気にしようとしてくれている人だ、

ということです。

まあ読むか読まないかわからないけど

たぶんこれ読んだら、えーっ!いつもニコニコ元気にしてなきゃだめやんかー!

とかプレッシャーを与えてしまうのかもしれないけど

まあそんなことはなく(笑)

本当に、凄い人だなーと思っています。

きっと周りの人からも

なんて感じの良い人だ、と思われてるに違いない人で

仕事の現場だから、プロだから、といったらそうなのだけど

人を常に明るい気持ちに出来る事は、簡単なことではないから

自分自身が疲れることや余裕がない時も人間だから、あるに決まってますが

なるべくそれを見せないようにしているというか
(そこの部分に距離を感じる事もありますけどね)

事実、時々すごーく元気が出なかった時とかに

ニコニコしている顔とかうわっと元気な声で話してるのを聞いてるうちに

ああなんか元気出たな

と救われた事もありました。

それにしたって

やたらめったら何処にでも感情を吐き出している自分に比べてどうだ、

と思ったら

敬う気持ちがふつふつ湧いてくる反面

自分が情けなくなったりもした今日でした。

私は暗いーー気持ちを伝染させて

何をやっているのか、と。

だから久しぶりに反省をした気持ちや尊敬する友人への気持ちを

素直にここに書いてみました

でも正直な気持ちをSNSに書いたことで

思いがけない真剣なレスポンスをくれる人がいたりもするから

結果オーライとは捉えてるんですが。



今日は久しぶりに連絡を取れた人もいて

私が笑っていてくれたら嬉しいといってくれるひともいて

とても嬉しかった


傲慢に成りたくないです

それと、人の、良いところを見習っていきたい

色んな人達にありがとうって、とても感じる今日でした。

そしてなかなか会えない人も

みんな元気で笑顔でいてくれたらいいなと思う

今夜はもう少し、曲作りします










hayashiyoshimi at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2015年03月03日

感動細胞のシナプス増殖

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hayashi yoshimi 公式ホームページ⇒http://hayashi-yoshimi.tumblr.com/

youtube→http://youtube.com/user/hayashiyoshimi
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美術館で

同じ絵の前に立ち止まったり

それぞれ別の絵に特別な関心を惹かれたり。

ふと思ったことなのですが

人は好きな音楽を誰かと分かち合って共感したいと願ったり

同じ趣味に興じられる仲間といる時、

とても安心するし楽しいかもしれない。

こないだ私の好きな映画を大好きな映画のひとつとしてあげている人がいたのだが

面白いなと思ったのが

わたしはその人のことを

人間的にあんまり好きではなかった時、


ふふふ、とひとり笑えたのです。

その人の考え方には共感するものが多いし、何がどう、ということもなかったのだけれど

単純に、好きではなかった

ということがあって。

逆に人間的にとても魅力を感じる人が好んでいるものや絶賛しているものが

必ずしも私の心の琴線に触れないこともあり
(うんうん、いいよね!!となることの方が圧倒的に多いし、だいたいは良いと思うものは同じ、というのが常なのだけど例外として)

それでも人間的に好きな友達や仲間と共感したい、感動したいと思ってその音楽を聴いたり本を読んだり、映画を観ているうちに

あれれ、

なんだか面白いぞ、うわ、好きかもしれないぞ、なんかいいかも


と思うようになる時(変化するとき)

自分の中の感受性の器が

少し色を変え、広がって

世界を味わう事に対して

懐が大きくなった、

感動細胞のシナプスが増えた、

人生で得をした、

というような気持ちになりますよね。


そんなことにちょっと意識がフォーカスしていました。

何を考えてるのか


なぜそんなことを言うのか

するのか

まったく理解が出来ない人

どういうわけでそこに惹かれるのか説明出来ない魅力を持ちながら

それでも何か自分に似たもの

絶対的に同じものを感じることがあるとき

そこの水鏡を覗きこんで

そのフィルターから自分自身を発見してみたくなります。

違う絵の前で立ち止まり

違う音を聴き

違う色をみて

一体どんなふうに感じているのか

人は計り知れなくて


家族や友達や恋人、仲間

自分と似ていて、似ていない、まったく違う
(当たり前に皆違うのだけど)

やはり不思議と惹かれるものを見つけたら

自分の好き嫌いを押し付けるより

自分の好きなものをあてがってその反応を見たり

相手の好きなものや理由を聞いてみたりすることが

なんでこんなに面白いの!

と思いました。

人は違うから面白い。

感動細胞のシナプス増殖しました。

さて、そんなこんなでこれからヨガに行きます。

さっきギター弾き語りで歌ってみました、

Time will tellを

どうぞ enjoy♪

‘Time Will Tell (cover)’ by yoshimi_hayashi on #SoundCloud
https://t.co/jva8Znfzbm

hayashiyoshimi at 17:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2015年02月27日

nothing without love

昨日は雨でした。

映画を借りにいくんだけど、次に観ると決めているものがいつもレンタル中で...

家に篭ってギター三昧でした

カバーを沢山やると、物凄く練習になるし
色々な発見もあります

18.19の頃オーディションで別の女の子が歌っていて知った Jewelの ‘deep water’ という曲

その後何度か歌ってきましたが

ギターで弾き語りするという小さな夢実現しました

日々の音楽と歓びに感謝します

素敵な曲なので皆様にシェアしたいです

歌詞1コーラス和訳してみました
(自己流の解釈です)

今日も素敵な1日を☆


deep water / JEWEL (cover by hayashiyoshimi)
http://youtu.be/BQeyejUE4Zw

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"Deep Water"

You find yourself falling down
Your hopes in the sky
But you heart like grape gum on the ground
And you try to find yourself
In the abstractions of religion
And the cruelty of everyone else
And you wake up to realize
Your standard of living somehow got stuck on survive
When you're standing in deep water
And you're bailing yourself out with a straw
And when you're drowning in deep water
And you wake up making love to a wall
Well it's these little times that help to remind
It's nothing without love

あなたは 自身が崩れ落ちていくのを発見する
全ての希望は空に在り
だけど心は地面のぶどうガムのようになっていて
あなたは自分自身を見つけようとする
宗教の抽象概念において
そして人々の残酷さの中に
そしてあなたは 真実に目覚める
日々の生活を なんとか生き抜いてゆく

あなたが深い水の中に立っているとき
必死に泳いで自分を救い出すとき
そして深い水の中で溺れるとき
壁に向かって愛を成そうと もがくとき

そう それは思い出させる 些細な時間
愛以外の 何ものでもないものを

hayashiyoshimi at 09:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記