以前、映画好きのネット上の知人が
『私は、ダニエル・ブレイク』(前回の記事)と
この映画とを比べて

「同じようなテーマだけれど、自分は
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』の主人公のように
ただただ黙って、事態(現実)を見続けざるを得ないだろう」

といった意味のことを書いておられて・・・

先日、たまたまWOWOWで見かけて
(録画も出来ない状況だったので)
もう、そのまま観ました。


知人の言葉の意味はよくわかりました。

逆に「ダニエル・ブレイク」の方は
エンタテインメントとしても観られる作りに
なっていたんだなあ・・・とも。

この『ティエリー・トグルドーの憂鬱』は
(私などは体験していないにもかかわらず)
「リアル」と感じざるを得ないような
現実の生活上の(苦渋に満ちた)光景が
ただただ続いていく・・・

そんな映画でした。


ただ、一方で主人公の中年男性は
障がいを持つ息子(高校生くらい?)の未来を
最大の希望と思っているように描かれています。

母親と共に、息子の介護・世話をする彼は
そのことを決して嫌がってはいません。

本当に慈しむように入浴させ
着替えさせ、食事をさせる情景が
丁寧に映し出されるのを観ていると
「何も(言葉では)訴えてこない」のに
人の人生の奥深さを、ただ静かに
見せられているような気がして・・・

ラスト、出口の見えない主人公が
職場を飛び出していくのを見ながら
この後、この人はどうするんだろう・・・と
なんともいえない気持ちになりました。

(「ダニエル・ブレイク」は、やっぱり
「明るい映画」だったんだ・・・と
思った自分にも驚きました)


神サマ・・・

またまた感想にならない感想?を書いています。

でも、私自身は(知人とは逆に)
「ダニエル・ブレイク」の方に
自分とどこかで微かに繋がるモノ?を
感じるんだろうな・・・と思いました。

「暗さ」にシンパシーを感じない自分を
再確認したのかもしれません。


でも、観られて良かった映画でした。

神サマ・・・ありがとうございました。




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