クラシックおっかけ日記

指揮者アダム・フィッシャーのおっかけ記録、音楽の話、海外生活など

No.349 & 350、 2016年9月18日、ハイドンフィル、ハイドン交響曲60番、マーラー交響曲4番

いよいよオーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーとアダム・フィッシャーの最後の演奏会がやって来た。

STERR .-UNG. HAYDN PHILHARMONIE
Elisabeth Pratscher, Sopran
Adam Fischer, Leitung

J. HAYDN: Symphonie Nr.60 C-Dur „Il distratto“
G. MAHLER: Symphonie Nr.4 G-Dur


1曲目のハイドン60番は「おろかもの」というタイトルがついている。これは「おろかもの」という劇の付随音楽として作曲されたものを基にしているから。交響曲には珍しく6楽章あるのだが、4楽章はドラマチックに終るので、1回目の演奏会では終った時に数名から拍手が出た。だからアダムは客席にむかって「まだありますから」というジェスチャーをみせた。ちょっと可愛らしいので思わず笑いが出た。2回目の演奏会は地元中心で予習してきているのか、途中で拍手が出る事は無かった。この曲の第4楽章には突然弦楽器のチューニング・トーンが入る。それは楽譜に書いてあるのだけれど、このときアダムは音が会っていないとわざとしかめ面をしたりして、一応演技していた。

後半のマーラー4番はいよいよ最後の曲。過去オーケストラは3度演奏していて、ヴァイオリニストの一人は1991年に初参加した時にこの曲をやったのだとか。以来25年にわたっ最も重視してきた音楽活動なんだけど、最後の曲も同じマーラー4番になったと残念がっていた。私も25年間音楽祭に通い、このオーケストラをおっかけてきた。さすがに最後だから、聞きながらちょっと涙が出た。アダムは30年近く引っ張ってきたわけだから、感傷的になるのも良くわかる。演奏は悪くはなかったけれど、やっぱりリハーサル不足のところが出ていて時々オーケストラが間違えた。良く知っているお客さんでないと気づかなかったと思うけど。

マーラーの後にアンコールは本来なら必要ないけど、この音楽祭は日曜日の最終マチネーは、アダムの短い挨拶に続いてハイドンの告別交響曲を演奏することが恒例になっている。例年なら「また来年会いましょう」なんだけど、今年は当然メッセージは異なる。前日に聞いた時には「次世代にバトンタッチする」というメッセージにすると言っていたのだが、気が変わって「ハイドンザールで30年近く演奏してきたが、いつか再び帰ってこられることを期待する。」述べて喝采を受けていた。また、1978年の第1回演奏会に参加したメンバーでこの時舞台に残っていたコントラバス首席のフランツ・バウアーとコンマスのウォルフガング・レディクを紹介してオーケストラに感謝していた。
DSC01387


アンコールの「告別」は一人ひとり立ち去っていく。いつもならヴァイオリンが二人になった段階で指揮は必要無いのでアダムも舞台を去り、必ず笑いが起きる。最後の演奏会はオーケストラを見送るのが指揮者の務めという考えなので、指揮をやめてもアダムは指揮台の上に残っていた。演奏終了後にヴァイオリン奏者とアダムは一旦舞台から立ち去り、その後にまた登場して挨拶。お客さんは総立ちで喝采していた。

アダム・フィッシャーとオーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーは1987年からハイドンザールを活動の中心にしていて、ハイドンの交響曲全集もここで録音している。今後オーケストラは解散するわけではなく、ニコラス・アルトシュテットを音楽監督としてハイドンフィルハーモニーと改称して活動するし、城の持ち主であるエステルハーツィー・エステートの支援をうけてハイドンザールで定期的に演奏会を行う。でもアダムと同年代のメンバーはこれを機に引退する人もいるし、特にハンガリー人のメンバーはアダム・フィッシャーの指揮で演奏したい人が多いから、来年以降参加するとは限らない。またエステルハーツィー・エステートの支援の条件としてバロック楽器の使用することになっているので、現代楽器専門の人は今後は参加できない。だからオーケストラは存続するが、メンバーは大幅に変わるだろう。

私にとっても25年間ボランティアで雑用を手伝ったり写真をとって記録を残してきたのだが、今後はどうするかはわからない。アダムが指揮しないコンサートをアイゼンシュタットまで聴きに行くことは無いように思う。

9月17日の午後の出来事

午前中のリハーサルが終了したのはほとんど12時で、そのあと1時間はお昼休み。アダムも何か食べたいという事でお城の向かいのレストランへ。このタイミングを逃すと日曜日の打ち上げの話はできないから、しっかり確認しなければならない。アダムの考えだと飲み物を買ってきて乾杯すれば十分なんだけど、何しろマーラーは60人以上いる。オーケストラに十分行き渡る量のワインにくわえてグラスなども必要だから、到底一人では買いに行けない。車が必要だし場所だって必要だ。一応アダムのアシスタントと打ち合わせて、飲み物は買ってくるという事になっていたのだが、どうもそれでは心もとない。

そのレストランのウェイターにケイタリング・マネージャーを呼んでもらったのだが、案の定日曜日はとても忙しいので1日中レストランは予約が入っている。ただし2度目のコンサートの終る午後5時にハイドンザールの楽屋に飲み物とグラスを持ち込むことは可能だとか。アダムは終演後スポンサーのレセプションに顔を出さないといけないのだが、オーケストラのメンバーも忙しいから15分くらいで切り上げてその後スポンサーのレセプションに出ることにした。

ワインを何本用意するかなどの詳しい話はゲネプロが終った頃にはレストランも空くので、私が手配する事になった。支払いについてはどうするのかアダムに聞いたら、いきなりクレジットカードを渡された。サインがないと使えないのだが、とりあえず持っていけという話だった。

午後のゲネプロはほとんど止めないので、オーケストラの邪魔をしないように客席で大人しく聴いていた。でもマーラー4番はほぼ全曲ビデオにとる事が出来た。終盤に電池が切れてしまったのが残念。

ゲネプロの後はオーケストラの理事会主催のパーティーがあるという事で、私とアイゼンシュタットの友人も招待された。だからまずレストランとの詳細打ち合わせをしてから友人の車で会場へ。でもアダムは疲れたので欠席。その時の話は長くなるので別のエントリーでも。

夕方7時ごろ友人宅に戻って来たのだが、アダムから連絡があり7時半ごろ夕食を食べるので友人と一緒にホテルのレストランで待ち合わせする事になった。よく考えたらクレジットカードは私が持っているのだから、返さないとアダムは食事ができない。

ホテルのレストランに現われたアダムは肩の調子も悪くなさそう。翌日の打ち上げの手配も大丈夫という話をしたのだが、よく考えると時間があまりない。アダムは夜にはミラノに飛ぶのだが、その飛行機は8時半発。セキュリティを考えると7時半には空港に着きたいから、アイゼンシュタットは遅くても6時半には出発しないといけない。2回目のコンサートは午後3時始まりで、終演は5時15分くらい。その後オーケストラとの打ち上げと支援者のレセプションに出るとなれば結構厳しい。ところがアダムは「レセプションの後一旦ホテルに戻って荷造りしないといけない」などと言い出した。そんな時間は絶対に無いぞ。

結局友人と二人で荷造りを手伝うことになった。問題は誕生日のプレゼントとしてもらったものやステージ衣装をどうするか。日曜日はマチネーなのでスーツなんだけど、ミラノには必要ない。友人はハンガリー人で毎週末にブダペストに行くので、終演後に普段着に着替えて友人がブダペストに届けることになった。金曜日に着た燕尾服はまだ楽屋に置いてあるので、それはミラノに持っていく。

問題なのがプレゼントとしてもらったもの。この音楽祭は花束ではなくてブルゲンランド産のワインを送るのだが、飛行機に持ち込めないから処分しなければならない。これは友人が引き受けた。それからだれかが高価な蜂蜜をくれたのだが、これもダメで友人が引き取る。またオーストリアの画家からアダムが指揮している姿を描いた絵を額に入れたものを貰ったが、結構大きくてカバンには入らない。これは友人がスーツと一緒にブダペストに届ける。それからファンレターが4通。これは目を通していたけれど、筆不精なので多分返事は書かない。

指揮者はじめ国際的に活躍する音楽家にプレゼントを考えている方に忠告。重いものや嵩張るものを送るのは止めましょう。送った方の満足度は高くなるけど、送られたほうはどうやって持ち帰るか悩むことになるので。

9月17日のリハーサル

ハイドンターゲも終盤に近づいた9月17日には、朝9時からリハーサル開始。9時から12時まではハイドンザールで普通のリハーサルを行い、1時から3時半までは最終マチネーのゲネプロ。本番は11時始まりだから、その前にゲネプロを行う事は不可能なので。

アイゼンシュタットはウィーンから1時間くらいかかるので、オーケストラのメンバーは9時始まりというのは負担がかかる。でもゲネプロが終った後にウィーンに戻ってオペラ1曲演奏する人もいるので、音楽家というのはタフでないとやっていけない。

午前中のリハーサルはハイドンの60番から始まった。演奏機会の少ない曲なのにまだ1回もリハーサルで取り上げていない。だから1楽章ごとに細かく指示をしていく。この曲は6楽章あるからハイドンでも少し長めで、リハーサルには1時間ほどかかった。

本来なら20分の休憩が入るのだが、短縮してマーラー4番へ。でもティンパニーやハープなどのセッティングがあるから時間がかかる。ハイドンのティンパニーは2つだけどマーラーは4つ必要。それ以外にドラや大太鼓など嵩張るものも多いので大変だ。

リハーサルを聴きに来る人も何人か客席にいるし、ハイドンザールはお城の中にあるのでお城のガイドツアーがにやって来て数分聴いていく。私も大人しく客席に座っている時もあるが、今年は最後の音楽祭なので写真を残して記録することにした。だから客席だけでなく舞台のオーケストラの後ろに立っていたのだが、リハーサルの最中なのにホルンのボビーが私を見つけ、話しかけてきた。ウィンナー・ホルンが4本揃って演奏するのはウイーンでも珍しいので、是非とも演奏中の写真を撮って欲しいのだとか。

そんな事言ったって狭い舞台はマーラー編成で足の踏み場も無いほどだ。リハーサルの最中で真剣に演奏しているわけだから、オーケストラの中に入って写真を撮るわけには行かないでしょう。それでも何とか邪魔にならないように苦心してウィンナー・ホルン軍団の写真を撮った。
DSC01231

マーラー4番には4楽章にソプラノのソロが入る。天上からの声というイメージなのでアダムはソプラノに高いとこから歌って欲しい。だからオーケストラの後ろにひな壇を設けてもらった。ボビーは演奏の合間に、「ソプラノが来るのは4楽章だけだから、台の上から写真を撮ったら良いよ」なんて言うので、図々しくもひな壇の上から写真をとる。
DSC01180

とても良い眺めで喜んで写真を撮っていたら、後ろの方の管楽器が「おー、パパラッチー」とか「ソロでさくらさくら歌ってよ」とか冗談が飛んできた。因みにリハーサルは続いていてアダムは弦楽器などに指示している最中。アダムのリハーサルでは全員が常に緊張しているわけではありません。

No.348、 2016年9月16日、ハイドンフィル、ハイドン交響曲96番「奇跡」他

16日のプログラムはこの日のプログラムはハイドンの交響曲2曲とピアノ連弾の伴奏なので、最終日のマーラーほど大変ではないけれど、ORFによるラジオの収録がある。放送は10月4日の予定。ホテルで一休みしたアダムは気を取り直してゲネプロに望んだ。でも病気のチェロの首席がいないから、チェロセクションは一人足りないし、ソロの担当も変わるので勝手が違う。

ゲネプロは通常通り進み、アンコーとしてホルンの活躍する「報いられた真心」序曲をさらって終了。でもアダムの様子がおかしい。指揮している間に肩に激痛があり、右腕が上がらなくなってしまった。だから指揮ができない。リハーサルが終った後に音楽祭の支配人とともに病院へ。足を怪我したときに松葉杖をついていたから、肩に負担がかかったのが原因のひとつだとか。やっぱりミラノとアイゼンシュタットの両方で仕事というのは67歳のアダムにとってはちょっと厳しい。

オーケストラのメンバーも心配していたのだが、コンサートの30分前には戻ってきた。痛み止めの注射をしてもらって一安心。ミラノの「魔笛」の最終公演までは痛み止めで何とかし、その後に2週間休みがあるのでその間にしっかり休養して治療する予定。

OSTERR.-UNG. HAYDN PHILHARMONIE
Ferhan u. Ferzan Onder: Klavier
Adam Fischer: Leitung

J. HAYDN: Symphonie Nr.20 C-Dur
L. KOZELUCH: Konzert fur Klavier zu vier Handen und Orchester B-Dur, PIV:8
J. HAYDN: Symphonie Nr.96 D-Dur „Miracle


1曲目はハイドンの交響曲の中でも初期の20番。編成も少し小さめ。ピアノ協奏曲のソリスト二人もなかなか良く、喝采を受け立ていた。ソリストのアンコールは大幅に雰囲気が変わって、ピアソラのリズミックな曲だった。

後半はハイドンの「奇跡」。ハイドンフィルはコンサートで何度も演奏しているので安定している。この日のコンマスはほとんどの録音でコンマスを務めているウォルフガング・レディクだったし、短いリハーサルでも実力発揮。途中のチェロ・ソロは急遽首席ポジションに座ったマルティン・フェルストが担当。ベテラン揃いのチェロ・セクションの中の一番の若手だけど、ハイドンフィルでは17年も演奏している。

アンコールの「報いられた真心」序曲はハイドンフィルの定番で、3回のホルンソロではホルンの二人がホールの裏や客席の後ろなど即興的に好きなところに行って演奏する。だからアダムもどこから演奏するかわからない。ホルンの二人、マルティン・ブラムペックとボビー・ロレンツィは最後には客席から舞台に上がって挨拶。お客さんは大喝采で答えていた。

リハーサルのストレス

9月16日にはまず朝10時からウィーンでマーラーのリハーサルがあり、夕方4時からコンサートのゲネプロがあった。本番の前に別の演奏会のリハーサルがあるというのはちょっと変則的で、オーケストラが疲れてしまうのが問題だけど、時間がないから仕方が無い。

私は前日と同じ電車でアイゼンシュタットからウィーンへ。打ち上げの手配に関して大まかに調べたけれど、結局アダムの日曜日の予定がはっきりしないと先に進まないので、この点を確認しようと考えながら電車に乗ったら、遅延でウィーン到着が30分近く遅れてしまった。だからコンツェルトハウスに着いた時は1楽章の途中だった。

マーラー4番はマーラーにしては編成が小さいけれどハイドンに比べると格段に大きい。だからスタジオは一杯で熱気が篭るので入り口の扉を開いてリハーサルを行っていた。中に入ると目の前にティンパニーとハープ、さらにその横には打楽器群が陣取っていて歩くスペースも無い。
DSC00989


休憩時間にアダムに日曜日の予定について質問しようと思ったが全然そんな雰囲気ではない。どうやらチェロ首席のベテランが病気でリハーサルを欠席したらしい。マーラーは演奏回数が少ないのでリハーサルも問題が多いのだが、状況はさらに悪化してしまった。日曜日の演奏会はアダム・フィッシャーとオーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーにとって最後の演奏会なんだけど、大丈夫なんだろうか。

休憩の後は3楽章とソロの入る4楽章を時々止めながらおさらいし、マーラーが終ったのが12時半ごろ。アダムとしては残りの30分でハイドンの60番を少しリハーサルしたかったのだが、オーケストラの代表は「マネージャーの計画では今日はマーラーだけと聞いてます。だからハイドンの楽譜は用意してません。」という返事。楽譜がなければリハーサルはできない。

普段は温厚なアダムだけどこの状況にはついにキレてしまい、「それじゃできないじゃないか」と声を荒げてしまった。過去25年リハーサルを見学しているけどそんな事は初めて。だからオーケストラのメンバーもかなりビックリしていたけれど、アダムの気持ちは良くわかる。

元々この演奏会を最後にするつもりは無く、来年以降もハイドンターゲの最終日にはハイドンフィルを振る予定だった。でも城の持ち主のエステルハーツィー家が音楽祭を追い出してしまったのでそれが出来なくなった。アダム自身は長年一緒にやって来た音楽祭のインテンダントを支持したが、オーケストラはエステルハーツィー家からの支援を選び、結果として袂を分かつことになってしまったのだ。その最後の演奏会なのにリハーサルで問題が多発し、さらにはマネージャーの連絡ミスが原因で予定通りに進まないとなると怒るのも無理は無い。

オーケストラもわかっているから何事も無かったようにさっさと撤収。アダムはしばらく一人で頭を抱えて座っていたが、ハープ奏者の質問に答えたりして頭を冷やしていた。こんな状況では打ち上げの話は絶望的なので、あきらめてオーケストラの手伝いをして椅子や譜面台を片付けた。

ウィーンからアイゼンシュタットに戻るのは音楽祭が用意したハイヤーに同乗させてもらったが、アダムは無言。こういう時は話しかけない方が良い。午後のリハーサルにはアダムのアシスタントも来るので日曜日の予定を確認してもらおう。

アイゼンシュタットのホテルに到着したのが午後1時半でゲネプロまでにはまだ時間がある。アダムは部屋で一休みしたいと言うが、「燕尾服と靴を楽屋に持っていってくれない?いま持ってくるからここで待ってて。」と頼まれた。アダムはホテルのフロントからアイロンを借り、しばらくしたらロビーに戻ってきた。どうやら自分でシャツにアイロンをかけてきたみたい。結構マメな人だ。

アイロンのかかったシャツとステージ用の靴、さらに燕尾服を渡されたので、全部抱えてエステルハーツィー城の楽屋へ。アイゼンシュタットは小さな街なのでセキュリティもいないし楽屋口にカギもかかっていなかった。ファンとしては燕尾服の配達を頼まれるのはちょっと嬉しく、指揮者の楽屋に無事届けてきた。

9月15日のリハーサル

9月14日はアルトシュテットとの演奏会でメンバーが大幅に変わったオーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーもアダム・フィッシャーが指揮するとなればベテラン勢が復活。15日にはウィーンで16日の演奏会のリハーサルがあった。曲目はハイドンの交響曲20番と96番「奇跡」、それに KOZELUCHのピアノの連弾。午前中には小さい編成の2曲をやって、午後に96番というスケジュール。

私はアイゼンシュタットの友人宅に滞在していたので、朝8時半の電車でウィーンに出てきた。リハーサルの場所はコンツェルトハウスの地下だったんだけど、中央駅からトラムと徒歩で到着したのは10時過ぎ。私はオーケストラ・パパラッチなので時間通りに行く必要は無い。

オーケストラのリハーサルをどう進めるかは指揮者の重要な仕事だ。音楽祭のように集中的に複数の公演がある時はリハーサルの回数も少ないので効率よく進めないと良い演奏にならない。ただハイドンフィルのベテラン勢は過去にも演奏しているし、アダムがやりたい事をわかっているのでリハーサルは短くても何とかなる。だから15日のリハーサルは問題無く進んだ。

休憩時間に私を見つけたアダムは開口一番「昨日の演奏会はどうだった?」と心配そうだった。オーケストラの創設者として過去9割以上の演奏会はアダムが指揮してきたわけだが、GMDはアルトシュテットに譲り渡したので今後どうなりか少し心配らしい。だからと言ってリハーサルやコンサートに顔を出すとまるでアルトシュテットを信頼していないような印象を与えるので、自分で聴きに行くわけにはいかない。そこで私がスパイをすることになる。だから先日の日記に書いたようなことを伝えたのだが、音楽関係者の意見を聞きたいならウィーン国立歌劇場のオリバー・ラング(ドラマトゥルクでよくインタビューしている人)が来ていたから彼に聞けば良いと伝えた。

ハイドンフィルのリハーサルはウィーンの標準に合わせて1セット3時間で途中に休憩がウィーン時間20分(ドイツほど厳密じゃないので大抵25分くらいになる)入る。開始時間は音合わせの始まる時間なので管楽器のウォームアップなど各自の準備はその前にやる必要がある。この日は10時から13時までで90分の昼休みを挟んで14時半から17時半まで。でもフォルクスオーパーの人なんかはその後本番があったりするので、この日も5時前には終了した。

その後アダムとほんのわずか話したのだが、日曜日の演奏会はオーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーとの最後の演奏会になるので、個人的にオーケストラに感謝したいので打ち上げを企画して欲しいとの事。条件としては、
  • パーティーというよりはみんなで乾杯してほんの少し話しをしたいだけ。だから15分から20分くらい。
  • オーケストラのメンバーは2回目の演奏会の後すぐにウィーンに戻らなければならない人もいるのでできれば2回の演奏会の間の休憩時間の方が良い。でもその場合はアルコールは厳禁。
  • 音楽祭のインテンダントは多分スポンサー向けのレセプションを企画していて、アダムは挨拶しないといけない。ただそれが1回目の演奏会の後なのか2回目の後なのかはわからない。だから手配するのは確認した後になる。
アイゼンシュタットの友人はアダムも良く知っているし、ホテルのコンシェルジュをしていた人なのでその辺の事情には詳しい。だから二人で企画することにして引き受けたのだが、マーラーの後だからオーケストラは70人ほどだし、マチネーのある音楽祭最終日はアイゼンシュタットのレストランは一年で一番忙しい日だ。だから3日前にそんな話をされてもかなり難しい。それに肝心な予算とか支払いはどうするかわからないので、とりあえずケイタリング業者に話しをつけて、支払いについてはアダム自身に確認してもらうことになった。

2016年9月14日、ニコラス・アルトシュテット指揮ハイドンフィルハーモニー、ハイドン交響曲27番他

14日の水曜日にミラノから再びアイゼンシュタットに戻った。その日はアダムはお休みだけど、ハイドンフィルハーモニーは新GMDのニコラス・アルトシュテットとの演奏会がある。

OSTERR.-UNG. HAYDN PHILHARMONIE
Nicolas Altstaedt
Leitung u. Violoncello

J. HAYDN: Symphonie Nr.107 A-Dur
J. HAYDN: Cellokonzert C-Dur
J. B. VANHAL: Cellokonzert C-Dur
J. HAYDN: Symphonie Nr.27 G-Dur


アダムの演奏とのオーケストラの違いは大きく、まずサイズが一回り小さい。それからナチュラル・トランペットを使用するし弦楽器も一部は短目の弓を使う人もいる。オーケストラもより古楽的なものを追及するみたい。メンバーに聞いたら、アルトシュテットはとても細かいそうで、長年付き合いのあるアダムはなあなあになってしまう事もあるが、時には厳しいのも必要だろうという意見。よくみると新しい人も多くて、コンサートマスターは全く知らない。

全体的にテンポが速めで、アダムとの演奏のようにアクセントで音楽を生き生きさせることは無いけれど、弦楽器は音色で勝負するような感じ。2曲のチェロ協奏曲はヴィルトゾーオでアルトシュテットはまるでヨハン・シュトラウスのチェロ版みたいな立ち振る舞い。アルトシュテットのソロがすぺってしまうとオーケストラはそれに合わせてさらに早く演奏する事になり、芸術的には問題がありそう。でもチェロのヴィルトゾーオを聴きたい方には良いかもしれない。

実はこの演奏会はアダムもかなり気にしていてスパイを頼まれたのだけれど、初期の交響曲は悪くは無いと答えておいた。協奏曲に関してはオーケストラが完全に脇役なのが個人的にはおもしろくないが、仕方が無いでしょう。

No.346 & 347、 2016年9月12日13日、ミラノ・スカラ座、モーツァルト「魔笛」

スカラ座の「魔笛」は歌手のみならずオーケストラもアカデミーの学生が中心だし、衣装制作や舞台技術者なども学生が参加している特別プロジェクト。実は準備には1年もかけていて、アダムも度々ミラノに来ていた。

W.A. Mozart: Die Zauberflote
Dirigent/-in: Adam Fischer
Chorleitung: Alberto Malazzi
Kostume: Anna Maria Heinreich
Chor: Coro del Teatro alla Scala
Inszenierung: Peter Stein
Orchester: Orchestra del Teatro alla Scala

Till Von Orlowsky (Papageno)
Martin Piskorski (Tamino)
Fatma Said (Pamina)
Yasmin Ozkan (Konigin der Nacht)
Theresa Zisser (Papagena)
Martin Summer (Sarastro)
Sascha Emanuel Kramer (Monostatos)


9月12日には当日券で第一ギャラリーの2列目136番。この席は音は良く聴こえるけど舞台はほとんど見えない。でも立ち上がると上手の半分くらいはとピットが見える。だからアダムがグロッケンシュピールを演奏している姿は確認できた。翌日の13日はアダムからチケットを貰ったので、なんとセンターボックスの1列目1番。平民から一挙に貴族に昇進したみたいな気分。

ベルリン・シャウビューネの監督だったペーター・シュタインはヨーロッパでも有名な演出家だけど、この「魔笛」に当たっては伝統的な演出にごだわった。「魔笛」はジングシュピールでドイツ語のセリフが多いのだが、多くの劇場はカットして音楽中心にしている。シュタインはそれに反対していて、ところどころにドイツ語の長い会話が入る。でもイタリアの劇場だからお客さんの多くはわからない。だからアダムは反対したのだけれど、シュタインは聴衆に迎合せずに自分が良いと思うものにする、という事で公演時間は長くなった。

スカラ座のお客さんと言えば喝采やブーイングが凄いというイメージがあるが、この「魔笛」は長いドイツ語が原因なのか途中の拍手がほとんど出ない。12日はそれでもアリアの後で拍手が出たが、13日はほとんど無し。それでも終演後には拍手がたくさんあったので、ドイツ語のわからないお客さんが多く、拍手のタイミングを逸したのだろうと想像する。

歌手陣は皆若く、将来に期待させる新人ばかり。特に良かったのがパミーナ役のファティマ・サイードとパパゲーノ役のティル・フォン・オルロフスキー。可哀想だったのがザラストロ役のマルティン・サマーで、まだ23歳と若いのに年老いたザラストロを演じることになり大変そうだった。

9月21日の公演はテレビ局ARTEが同日中継した。28日まではこちらで全曲映像を観る事ができる。

スカラ座の当日券

11日のマチネーの後にマーラーの最初のリハーサルがあったのだが、私は見学せずにミラノに飛んだ。スカラ座では12日と13日の「魔笛」を観たのだが、12日はチケットが無かったので当日券の購入した。

ウィーン国立歌劇場と異なり、ミラノのスカラ座には立見席と言うものは無い。ただし第1ギャラリーと第2ギャラリーの2列目140席は当日に売り出される。これらの席からだと舞台はかなり隠れてしまうが、観やすい位置に移動して立って見る人はいる。

当日券の購入には多少ノウハウが必要だけど、劇場のサイトや年間プログラムにも書いてある。L'ACCORDOという組織が管理していて公演日の13時にメンバーがチケットオフィス前にやって来るので、身分証明を提示して名前をリストに登録する。当日券は一人1枚しか買えないし、人気公演だとリストに登録するための列が出来る。私は10時半頃に着いたのだが、既に韓国人学生が2人来ていた。「魔笛」はアカデミーの若手の公演で有名歌手は出ないから、当日券も余裕がありそうで、韓国人学生たちは他を観光しに一旦去っていった。私もチケット窓口のすぐ前のカフェで一休み。しばらくしたら犬を連れた常連さんらしいイタリア人がやって来て二人で話している。それからアジア系の若い女性も並んだので、私も11時15分頃に列に並んだ。

13時少し前になるとL'ACCORDOのカードを身につけた人がやって来た。イタリア人のおじさんが1番のはずだけど、譲ってくれたので私は2番。13時の段階でリストの列に並んでいたのは50人くらいだった。その後17時の点呼まではどこにいてもよいので私は昼食を食べて一旦宿に戻った。

17時少し前に指定の場所に戻ったら名簿の管理人が既に来ていて、この時点で名前を登録する人もいた。つまり13時に来なくても大丈夫なようだ。ただし人気公演は13時の段階でリストには140人以上並ぶ事もあるし、名簿の後になれば割り当てられる席は悪くなるので、本当に観たいなら早めに行く方が良い。

17時(というか当日券販売開始の30分前なのかもしれない)になると点呼があり、番号のついた整理券を渡される。その後開演時間の2時間半前に劇場の当日券売り場が開くので、整理券の番号順にチケットを購入できる。席は番号の早い準に舞台から遠く見やすい席を割り当てられるので、遅く来ると舞台のすぐ脇でほとんど見えなくなる。この日の当日券は一律11ユーロ。

スカラ座はとても伝統的なスタイルで、ギャラリー席の入り口とその他の席の入り口が分かれている。休憩時間にもギャラリーから下に行く階段にはロープが張られ通行できない。つまりギャラリー席の人が休憩時間に平土間に降りてピットを覗くことはできない。

名簿に登録したり点呼があるなどほとんど1日潰してしまうけど、どうしてもスカラ座の公演を観たい人はルールを知っておくと良いかもしれない。

No.345、 2016年9月11日、ハイドンフィル、ハイドン95番、ドボルザーク「新世界より」他

9月11日はハイドンターゲ2016の演奏会の1回目。普段ならソワレなんだけど、アダムがスカラ座の「魔笛」のためその日のうちにミラノに移動する必要があり、マチネーになった。本番は11時からなんだけど、なんとアダムとオーケストラはその後16時から19時までウイーンでマーラー4番のリハーサルがあるんだとか。

Osterr.-Ung. Haydn Philharmonie
Odon Racz, Kontrabass
Leitung: Adam Fischer

J.Haydn: Symphonie Nr.95 c-moll
J.B.Vanhal: Kontrabaskonzert D-Dur
A.Dvorak: Symphonie Nr.9 e-moll "Aus der Neuen Welt"


この演奏会のコンマスはベルリン・コーミッシェ・オーパーのガブリエル・アドーヤン。1曲目はハイドンのロンドンセットの中でも演奏回数の少ない95番だけど、オーケストラにとってハイドンはお手の物だから全く心配なし。2曲目はヴァンハルのコントラバス協奏曲。協奏曲がプログラムに載ることは多いけど、コントラバス協奏曲は初めて聴いた。なにしろ楽器が大きいからソリストが演奏する姿はちょっと滑稽。コントラバスって音のコントロールが大変だという事は良くわかった。ソリストのエドン・ラーツはハンガリー出身で現在ウィーンフィルの首席コントラバス。大きな楽器を十分に鳴らしていたのがすごかった。

休憩の後はドボルザークの「新世界より」。25年以上前にN響を指揮した演奏を聴いたのが私にとってアダムの最初の演奏だったので、この曲には思いいれがある。特に良かったのが2楽章の弦楽器で、ハイドンザールの響きもあってとてもきれいだった。弦楽器群は例の黒檀の弱音器を使っていて調達係としてはかなり嬉しかった。

アンコールには予定通りフィガロの結婚序曲を演奏し、大喝采のうちにコンサートは終了。アダムも満足そうです。
DSC00837

ハイドンターゲおっかけ記録9月10日

記録にもなるのでハイドンターゲのおっかけの様子を順に書いておこう。

以前の日記にも書いたけれど、9月10日の朝にベルリンを発ち、ウィーンからはバスでアイゼンシュタットに向かった。到着したのはお昼の少し前。バス停の近くで昼食を取り、お世話になる友人宅に向かう。この日は午後2時から11日のゲネプロがあるので間に合うようにエステルハーツィー城に向かう。

毎年初日はまずハイドンフィルのメンバーに挨拶。さすがに25年も毎年通うと顔見知りが多いのだが、今年は初めて参加する若手もたくさんいる。ファゴットの奏者と話したときに「ソルディーノは大丈夫だよ。」なんて言われた。ソルディーノとは弱音器のことで、小さな音を大切にするアダムは弦楽器に拘りがある。黒檀でつくられたものを使うのだが、最近はゴム製が主流なのでプロでも全ての弦楽器奏者が持っているわけではない。最初に使った時にウィーンの楽器屋を何件も尋ねて調達したので、それ以来私はソルディーノの管理者になってしまったらしい。今年も8月中にアダムに使うことを確認し、オーケストラに準備するように連絡しておいた。

でも話しかけた人は管楽器だから黒檀のソルディーノには関係ない。どうやら最初のリハーサルでアダム自身がオーケストラ所有のソルディーノをなくすと私が買いに行かなければならないから、きちんと返却しろと注意しているらしい。普通の指揮者はそんな事言わないから、管楽器奏者も大笑いで覚えていたようだ。

ゲネプロは定刻開始。ただし午後4時以降にはホールを使えないので時間的には余裕はない。最初はハイドンの95番を通し、それからコントラバス協奏曲。短い休憩の後はドボルザークの「新世界より」。このときには舞台の後ろからビデオを撮影したのでちょっと紹介。第一楽章の一部でホルンの近くから撮ったので、音のバランスが悪く弦楽器が聴こえないけど、アダムがどんな風に指揮するかはわかるでしょう。手持ちカメラによる撮影で多少ぶれるけど、ウィーン国立歌劇場との来日も近いので特別に公開。


この後アンコール用に「フィガロの結婚」序曲をさらっと流してゲネプロは午後4時に終了。

アイゼンシュタットから帰還

先ほどアイゼンシュタットから帰って来た。驚いたことにエステルハーツィー城の前から自宅まで4時間10分で帰って来た。アイゼンシュタットはウィーンから40キロ程度なんだけど、電車やバスの接続が悪く、行きはウィーンについてからが大変だった。帰りは空港まで送ってもらったし、飛行機も早かったのであっという間に着いた印象。

さて、先週の土曜日から今日までの9日間に行った公演はスカラ座の「魔笛」2公演とハイドンフィルの公演をアダム・フィッシャー指揮4公演とニコラス・アルトシュテット指揮1公演の合計7公演聴いた。本日のマチネーの2回目の公演は、私にとってはアダム指揮の公演350回目。25年かかって350回だから年間14公演という事になる。そうなると500回達成までにはあと10年くらいか。アダムにはそれまで現役を続けて欲しいものだ。

私の350回目の公演は単なる通過点だけど、同じ公演はアダムにとってはかなりエモーショナルな公演だった。というのも30年間コンサートを行ってきたハイドンザールとのお別れ公演で、実質ハイドンフィルとも最後の演奏会だったから。この件に関してはまた後日。

スカラ座に行った

日曜日の午後にアイゼンシュタットからウィーンを経由し、ミラノに行った。ここではアダムの指揮する「魔笛」の公演を観た。日記を更新しようと思ったのだが、ミラノのホステルは質素なので電気のコンセントが部屋に1つしか無い。ミラノはとても暑かったので、部屋にいるときはコンセントは扇風機に専用され、携帯電話の充電もできない始末。だから更新は断念した。

今はアイゼンシュタットの友人宅に戻ってきた。そこでスカラ座の写真をアップ。
DSC00888


こちらは本番直前にピットでグロッケンシュピールの調子を確認するアダム・フィッシャー。
DSC00886

ハイドンターゲ、最初の演奏会のゲネプロ

7時半テーゲル発のオーストリア航空にのってウィーンに到着したのが8時半ごろ。それから一旦ウイーン中央駅に出て、バスでアイゼンシュタットまでやってきた。ウイーンからアイゼンシュタッとは40キロくらいなんだけど、バスが1時間半かかるので到着したのは11時半。

この25年毎年9月にアイゼンシュタットに来ているけれど、ウイーンは中央駅ができたりして大幅に変わったけど、アイゼンシュタットはあまり変わらない。よく見ると商店の構成が変わったり、レストランやカフェのオーナーがリタイアしたことはあるんだけど、田舎町の雰囲気は同じ。エステルハーツィー城は観光地として整備されたことは確か。

本日ハイドンフィルは朝9時半から普通のリハーサルがあり、午後2時から4時まで11日の演奏会のゲネプロがあった。日曜日は朝11時開演なので、本番前にゲネプロという訳にはいかないので。でも本番の後ウイーンでマーラー4番のリハーサルがあるのだとか。なかなか忙しい。

という事でゲネプロの写真。まずはアダム・フィッシャーの指揮姿。ちょっと巨匠っぽいかな。
DSC00760
因みに足のケガは思ったほど重症ではなくて、「90パーセントは大丈夫」なんだとか。でも歩くときは引きずっていて、階段の上り下りはちょっと大変そう。

ハイドンザールのフレスコ画の天井をバックに。演奏している曲は「新世界より」の第4楽章。
DSC00793

アダム・フィッシャー67歳

本日9月9日はアダム・フィッシャーの誕生日。1949年生まれなので67歳になった。本人はまだ若いつもりで強行なスケジュールを組むのだが、さすがに無理はできない。リハーサルで転ぶなんて今までは考えられなかったから、もう少し余裕を持って欲しいものだ。

因みに1949年9月8日にはリヒャルト・シュトラウスが没している。アダムはその翌日生まれ。「東洋の宗教だとシュトラウスの生まれ変わり、何てことになっちゃうのかな」なんて昔は冗談を言っていた。リヒャルト・シュトラウスは「薔薇の騎士」はよくやるけど、それ以外のオペラはあまり指揮しません。

さすがに67歳ともなると一般からみれば巨匠扱いなのか、音楽団体やラジオ局が誕生日のメッセージをフェイスブックに載せている。それに偶然にもアダムとデュッセルドルフ響のマーラー7番のCDが日本で入荷されたらしく、タワーレコードが宣伝している。なんと手書きのポップまで作って店内に展示している。ファンとしてはうれしい限り。もし来日した時に知り合いに自分のCDをプレゼントしたい、ということになったらタワーレコードに連れて行けば良いのか。

実は大分前に来日した時に、夕食に招待されたから手土産に自分のCDを持って行きたいと言うので、秋葉原のショップに連れて行ったことがある。後でプレゼントは好評だったか聞いたのだが、「それがね、渡す前に向こうから同じCDを持ってきてサインを頼まれちゃって・・・。」結局機会を失って持って帰ってきたらしい。

さて、明日からはアイゼンシュタットとミラノへのおっかけ。アイゼンシュタットは私にとっては26回目だけど、今年で最後かもしれないからちょっと感慨深い。当初はパソコンは持参しない予定だったのだけど、諸般の都合により持っていくことにした。もし時間があったら更新するかもしれない。

ヨハン・ボータ死去

突然のニュースだけど、ヘルデン・テノールのヨハン・ボータが死去した。享年51歳。今年は長い事病気でキャンセルが続いたが、6月のワーグナー・イン・ブダペストでジークムントを歌って復活が期待されていた矢先だった。ブダペストでのジークムント役が最後のオペラで、3週間前には南アフリカの両親を訪ねた際に、ガン治療のためのチャリティー・コンサートで歌ったのが最後のステージとなった。

ヨハン・ボータは南アフリカ出身で各地のオペラ座で歌っているが、特にウィーン国立歌劇場との関係が深い。家族とともにウイーンに住んでいて、約20年の間に222公演、22の異なる役を歌ったそうだ。アダム・フィッシャーとは「アンドレア・シェニエ」「オテロ」「パルジファル」などで共演している。

ウィーンではボータの死を哀悼して、黒の旗を劇場前に掲げたそうだ。合掌。

ハンス・ノイエンフェルスの受賞

ハンス・ノイエンフェルスは最近ではバイロイト音楽祭のねずみが出てくる「ローエングリン」の演出で知られているけれど、そのノイエンフェルスがドイツのファウスト劇場賞を受賞した。

「ファウスト賞」というのは創造的な芸術家で、ドイツの劇場における先駆者に与えられる。この賞はドイツの舞台芸術協会、ドイツ舞台協会などが集まった団体が授与し、審査員には演出家、バレエ振り付け師、ドラマトゥルク、政治家などで構成される。

この団体は11月に授与式を行うのだが、ムジークテアターのカテゴリーにはリューベック劇場のムツェンスク郡のマクベス夫人を演出したヨッヘン・ビガンツォリ、ブレーメンで「ウォツェック」を演出したパウル・ゲオルグ・ディートリッヒ、マンハイムで「ユダヤの女」を演出したペーター・コンヴィチュニーが候補に挙がっている。

ハイドンターゲ遠征計画

木曜日からオーストリアのアイゼンシュタットでハイドンターゲ2016が始まる。今年のテーマは「ハイドンとボヘミア」でチェコ系の作曲家の作品とハイドンを演奏する。1989年から行われている音楽祭も来年以降はハイドンザールが使えないので大幅に変わるのだが、とりあえず今年は従来通りのフォーマットで11日間。

ハイドンフィルハーモニーの演奏会は合計5公演ある。アダム・フィッシャーの指揮が11日、16日、18日2回の合計4公演で、14日の公演は新GMDのニコラス・アルトシュテットが指揮する。ハイドンフィルはエステルハーツィー家から支援を受けて今後ハイドンザールのレジデント・オーケストラになる。それに新GMDが自身でオーケストラを作っていくので、アダムは当分指揮しない。オーケストラは存続するけれど、メンバーも大幅に交代するからアダム・フィッシャーの創立したハイドンフィルの演奏会としては最後になる。私は11日と16日、さらに18日の2回には行くつもりだけど、アルトシュテットの演奏会はわからない。ゲネプロには聞きに行くかもしれない。

12日と13日はウィーンからミラノに移動してスカラ座の「魔笛」を観る予定。13日のチケットはあるのだが、12日は無い。12日はスカラ座の天井桟敷に行く計画を立てている。スカラ座立見席のチケットのノウハウを調査中。

だから10日から18日まではブログはお休みする可能性が大きい。

IFA2016

9月2日から7日まで、ベルリンでは世界最大級の家電見本市のIFAが開かれている。世界中から1800社を超える出展があり、業界関係者だけでなく一般消費者も対象にした大規模な見本市だ。昨日の日曜日にそのIFA2016に行ってみた。

場所はベルリンの西側にあるベルリンICC。家からはバスに乗って10分程度で到着。天気は雨模様だけど見本市会場に入ってしまえば問題なし。

家電見本市と言えばかつては日本企業が中心だったけど、今ではサムソンやLGなどの韓国や台湾のメーカーが有力だ。中でもサムソンは1社でパビリオンを占有するほどの大きな展示を行っていた。

家電だからスマートフォンなどが有力ではないかと思ったが、意外に地味。ソニーやHUAWEIなどはもちろん出展はしていたが、注目されたのはIoT(Internet of Things)の組み込まれた冷蔵庫や洗濯機などの展示。冷蔵庫の扉がタッチパネル・ディスプレーになっていて、中に何が入っているか、その消費期限はいつかなどを表示してくれる。またネットに接続してレシピを表示したり、ハイテク冷蔵庫は複数の会社が展示していた。

それからソニーやフィリップスなどはノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンが人気。見本市はノイズは大きいが、このヘッドフォンをつけるととても静かになる。そこに音楽を流せば十分な環境が整う。ただし誰かが話しかけても聴こえないのが問題だが、片方に手を触れるとノイズキャンセリング機能がオフになり、聴こえるようになる。

その他4Kや8Kの大型高精細テレビや、夜景が黒く表現できる特殊加工のテレビなどを各社が展示していて、なかなかおもしろかった。

フィルムパーク・バーベルスベルグ

ハノーファーから友人が遊びに来たので、ポツダムの近くにあるフィルムパーク・バーベルスベルグを訪ねた。ここは古くからドイツの映画制作の中心地で、ヨーロッパでも最も古い映画学校もある。現在でも映画やテレビの制作に使われていてベルリンの中心部を模したセットなども作られている。フィルムパークはユニバーサル・スタジオみたいな大規模なものではないが、なかなか楽しめた。

フィルムパークには色々なアトラクションがあるが、4種類のショーも楽しむことができる。まず最初に観たのは動物が出演する。アニマル・トレーナーが鶏やポニー、犬などを自在にコントロールして演技させる。また、実際に映画でも使われた船のセットを使って三銃士の撮影をするという設定で、実際に映画監督やアシスタント、役者、音響や技術者などがどんな事をやっているのか説明するショーもあった。大きな扇風機を持ち出して嵐のシーンを作ったり、アクションの段取りを説明したりとなかなか楽しい。それからテレビショーのシミュレーションもあったが、時間が無くて見られなかった。

アトラクションの中で一番人気が高いのはスタント・ショー。マッドマックスみたいなセットをつくり、個々を舞台にスタントチームが演技をする。
filmpark-1

スタントは専門職で、ジャンプするバイクはモーター・サイクリストの出番。
filmpark-2

天井からロープで降りてきたり、20メートルの高さの塔の上からジャンプしたり、なかなか迫力がある。
filmpark-3

最後は悪役乗ったのヘリコプターが爆発して終了。
filmpark-4


ベルリンからの行き方は、中央駅やツォー駅からRE7でBarbelsberg Medienstadt駅までが便利。ただし営業は夏時間の間だけ。
livedoor プロフィール
Archives
Recent Comments
BlogRoll
  • ライブドアブログ