クラシックおっかけ日記

指揮者アダム・フィッシャーのおっかけ記録、音楽の話、海外生活など

クライバーの「薔薇の騎士」のアクシデント

カルロス・クライバーと言えば東京での「薔薇の騎士」公演はとても素晴らしく歴史に残っているが、ウィーンでの指揮姿の映像がフェイスブックに掲載されている。

この映像は1994年なので東京公演の直前かもしれない。クライバーは「薔薇の騎士」の第2幕を指揮しているが、オックス男爵が歌っている最中に何かトラブルがあったらしく、指揮をしながら何度も顔をしかめたり、胸を刺す真似をしたり、結構笑える。

20年以上前の話だからもう時効だとは思うけど、この映像はウィーン国立歌劇場の関係者には良く知られていた。これは公演中に指揮者を写すモニタのもので、普通は録画しないのが建前。でもプロンプターがこっそり録画していたみたい。たしか2000年か2001年だったと思うけど、アダムはこのビデオを手に入れてとても喜んでいた。当時はクライバーは存命だったので、「これ絶対内緒だよ。クライバーがビデオの存在を知ったら、きっと回収するとか騒ぎ出すから。」と口止めされた。この映像がフェイスブックに出ているという事は、こっそり録画した人はウィーン国立歌劇場をリタイアしたのかもしれない。今となっては貴重な映像だ。

アダムはクライバーのビデオをとても面白がっていたのだけれど、「これがフェイスブックに載るという事は、何年かするとあなたの指揮するビデオ秘蔵がユーチューブに出るんじゃない?」と言ったら、「えっ、それはやめて欲しい」と嫌がっていた。

カーニバルの季節

この時期のドイツの風物詩にカーニバルとファッシングがある。寒い冬の魔物を追い払う行事なんだけど、実はファッシングが始まるのは11月11日の午前11時11分。冬の間に色々なイベントがあるみたいなんだけど、一番有名なのが2月末のローゼン・モンターク。今年は2月27日でデュッセルドルフやケルンなどのライン河沿いの街では休日になって大きなカーニバル・パレードが開かれる。

南ドイツではファッシングとかファスナットなどと呼ばれてカーニバルと同じ週の木曜日が山場。ローセゼンモンタークは平日だけど午後から休みにする会社も多いのだけれど、南ドイツでは一度に開催するのではなく、1月中から毎週日曜日にどこかの街でパレードが開催される。

パレードには誰が参加するのかと言えば、近所の知り合いが集まったグループだったり、その地域で活動するブラスバンド、愛好家クラブなど色々。お揃いの木製の魔女のお面と衣装を何年も代々使っている団体もあれば、バトントワラーの女の子たちのグループもある。大きな街のパレードはテレビで中継されるから、市民も気合がはいる。

新しいものが好きな首都ベルリンはドイツの伝統的な行事は少ないのだが、今日は目抜き通りのクーダムでカーニバルのパレードがあった。参加した団体は60くらいだから南ドイツのパレードに比べるとかなり規模は小さいが、それでもたくさんの人が沿道に出て見物した。

ベルリンのパレードは市内を走る観光用の2階建てバスをレンタルし、仮装した人が乗り込むスタイルが主流。カーニバルの本場の街だと大型トラックにデコレーションを施すのが普通だからそれに比べると大でお手軽ではある。ただしバスの上からお菓子を投げるので沿道に立つ人の多くは手提げ袋を持参する。ベルリンのカーニバルは今年で15回目で、ケルンやデュッセルドルフなどの本場からすると歴史が浅い。何年も続くとパレードに参加する団体が増えていくのだろう。

今年のオペルンバルの指揮者は女性

毎年この時期になるとオーストリアやドイツなどでは舞踏会が開かれる。舞踏会(バル)というのは職業組織の新年会みたいなものが発祥らしいけど、同僚や友人でバルに参加するという人は皆無なのでベルリンでは一般的なイベントとは言えない。ウィーンだとわざわざダンスを習って参加する人も多いという話。

そのオーストリアのバルの中で最も盛大なのがウィーン国立歌劇場で開かれるオペルンバルで今年は2月23日にある。今年はセミヨン・ビシュコフが指揮する予定だったのだけれど急病でキャンセルになり、その代役が若手のイタリア人女性指揮者Speranza Scappucciが振る。

Speranza Scappucciは長年ウイーン国立歌劇場のコレペティトァとして仕事をしていて、昨年初めて国立歌劇場にデビューした。オペルンバルの翌日24日にはバーデン・バーデンでのバルを指揮することになっていて、なかなか忙しそう。

最近女性指揮者は増えているとは言えやっぱり男性優位の職業だから、急な代役でもスポットライトの当たるオペルンバルに女性が登場するのは良い事だ。コレペティとしての経験があるならウィーン国立歌劇場管弦楽団も良く知っているし、大丈夫でしょう。

オペルンバルではないけれど、アダムは去年ウィーンフィル・バルの指揮を頼まれた。ウィーンフィル・バルでは指揮者は企画者のパートナーとともに入場して踊ることになってるのだとか。オペルンバルはそういう伝統があるかどうかはしらないが、もしそうだと指揮者が女性だとダンスのパートナーは代わる。オペルンバルで指揮者と踊ることを楽しみにしている人にとっては、この交代はビックリかもしれない。

カルロス・クライバーのアドヴァイス

英語のサイトにカルロス・クライバーの手紙が掲載されている。日付は1999年の6月29日で、若手指揮者に向けたアドバイスが書かれていて結構面白い。日本語に訳すとこんな感じ。

拝啓、
私は教えたことなんて無いよ。(それにどこかで指揮する事もほとんどなくなった。)

録音から判断するところ、あなたは初心者とは思えない。オーケストラはあなたが指揮について学べる事は全て教えてくれるでしょう。

アメリカのどこかのオペラ座のコーチになるのが良いだろう。指揮者が病気になったら代役で出演するチャンスがあるかもしれない。大失敗しない限りは大丈夫。交響曲は焦る事はない。交響曲は主にリハーサルだけど、オペラは大まかに言ってテクニックだから。良いテクニックがあればテクニックを忘れても良い。マナーみたいなもので、振舞い方を知っている人は間違っても大したことは無いから。だから楽しいのだ。(少なくとも私の理論では。)


さすがにクライバーは伝統的な指揮について良く知っている。クライバーの世代はやっぱりオペラ指揮が基本でコンサートやレコーディングは指揮者の本筋ではないらしい。

実際にコンサートのリハーサルやレコーディングを見学したこと経験から言えばまさにその通り。日本だとレコーディングの有無が重視されるけど、コーディングは一部分だけ録音して編集することがほとんどなので、指揮の技術はあまり関係ない。むしろプロデューサやレコーディング・エンジニアの実力の方が影響が大きいこともある。

コンサートになるとプロデューサはいないから指揮者の音楽性が重要になる。それから大切なのはリハーサルを時間通りに進める能力。いくら頭で良い事を考えても限られたリハーサルでオーケストラに伝える事ができなければ良い演奏会にはならない。アダムはコンサートのゲネプロが終れば、良いコンサートになるかどうかは予想が付く。リハーサルが上手く行ってオーケストラの反応がよければ、本番でもよほどの事がない限り大丈夫。

これがオペラになると大違い。お客さんの反応も異なるしいくらリハーサルを積んでもトラブルは起こり得る。「オペラの本番で起きる7割の事には前もって準備など出来ない。」とアダムは言っていた。オーケストラだけでなく、舞台の上で演技をしているソリストや合唱団など全てを見通して瞬時に判断するのは経験が必要だ。

以前アダム指揮のオペラの批評をブログで見つけたのだが、この方の評価はとても低かった。その理由は「オーケストラを導くのではなく、オーケストラに合わせて棒を振っている二流指揮者」みたいな意見だった。個人の感想だからそれについては文句は無いのだが、この方はオペラをご存じないという気がした。

オーケストラにもよるのだけれど、オペラは同じ演目を何回も繰り返すから指揮者の意図するテンポはみな理解している。だから細かく指示しなくても大丈夫だ。指揮者の指示が必要なのは歌手の歌い方が変ったり、トラブルがあったりしてオーケストラのセクション間や歌手との間にズレが生じた時。それを瞬時に認識して誰に合わせるのかを全員にわかるように指示するのが指揮者の重要な仕事だ。そんな時に指揮者が頭の中で考えた「正しい」テンポを指示しても全員がついてこられるわけではない。

コンサートだとテンポが変るところは即興ではなく前もってリハーサルを積んでいるから、指揮者が出す指示にオーケストラが従っているように見えるのは当たり前だ。

クライバーの手紙からも指揮者の仕事の実情が理解できる。

ファンサイトのリニューアル

アダム・フィッシャーのアシスタントはインターネットのサイトを活用したいらしく、ウィーンとザルツブルグでアダムと真剣に話し合った。実際にはアダムが雇用主なんだけどアシスタントの意見に圧倒されたようで、デュッセルドルフにでは「ホームページについて話さないといけないから、帰る前に時間ある?」とアダムの方から話しかけてきた。

今までは公式サイトがなかったので経歴などもファンクラブサイトに載せていたが、新しいデザインでは経歴は公式サイトを参照する。トッブのページに「非公式ファンサイト」と明記し(これは旧デザインでも書いてあったけど)、公式サイトへのリンクを設けることで合意した。

ファンサイトが使用する写真は公式サイトとダブらないように、私が個人的に撮影した写真を使う。経歴については公式サイトのみにするけれど、ファンサイトではもっと個人的なエピソードを中心にする。例えばコンサートでのエピソードやオーケストラのメンバーはアダムについてどう思っているか等、私が取材したことは何を書いても問題なしという事で合意。

この辺はとても重要。というのもクラシック音楽業界のマーケティングはレコード会社が積極的だったこともあり、芸術家としてのイメージを優先してそれに反するパーソナルな話題は好ましくないから。カラヤンが指揮した演奏会だって首席奏者が急遽病気で倒れたとか、オペラの歌手がキャンセルして代役との初顔合わせは舞台の上だった、などのトラブルはあったと思う。でもそんな事を暴露されたら「帝王」のイメージが傷ついてしまう。だから演奏家の公式サイトは演奏家に関するニュースを全てコントロールしたいのが本音だ。でも最近は人間的なエピソードも好まれるし、それはファンサイトの役割という事になった。

アシスタントが言うには、グーグルの検索でファンサイトの方が上位に来るのは困るという事なのだが、これに関しては私はコントロールできないのでどうしようもない。ただ検索サイト経由で経歴ページにアクセスした場合には、公式サイトに自動的に転送するような仕掛けは作った。

一番問題になったのがスケジュールのページ。公式サイトには3月末までのスケジュールしか掲載されていない。これには理由があって、オペラやオーケストラが発表しているスケジュールの中でも、契約が締結されていないものもあるのだとか。だからアシスタントとしては必要以上のスケジュールは掲載したくない。でもファンにしてみると重要な問題で、2ヶ月先の公演予定がわからなければチケット発売に間に合わないし、遠方から聴きに行くことも困難になる。

ファンクラブのサイトは必ずオペラやオーケストラのサイトで発表されてから掲載しているので、だいたいシーズン毎になる。アシスタントは問題視しているのだが、音楽団体のサイトやオペラベースなどでは情報が公開されているのだからファンサイトに掲載することは禁止できないとこの件については断った。

その他旧サイト内にあった公演やレパートリーの検索やネット記事へのリンク機能は継続。サイトデザインを変更した関係で見た目は少しかわっているが、機能的には同じ。実はこの検索機能がこのサイトの一番の目玉だったりする。1970年12月2日のウィーン芸大の卒業試験から2200以上の公演情報をデータペース化し、公演日や演目で検索できるようにした。1995年以前の情報は抜けも多いのだが、特定の指揮者の過去の公演情報としては存在価値はあるでしょう。

以上の条件のもと、ファンクラブのサイトをリニューアルして公開。タイトルは「Friends of Adam Fischer」に変更したがアドレスは従来通りhaydnphil.orgを使っている。ハイドンフィルハーモニーのマネージャーはこのアドレスは欲しいかもしれないけど、21年の歴史をもつアドレスはそう簡単に譲れない。それに加えて別のドメインを取ろうか思案中。現在は英語のみだけど、日本語サイトをつけるかどうかは検討中。このブログがあれば十分のような気もするけど、日本語があったほうが良いでしょうか?

コンサートの花束の謎

クラシックの演奏会で時々みかける光景だけど、演奏が終ると舞台袖から人が出てきてソリストや指揮者に花束を渡す。この風習は一体どこから来たのだろうか。花束を渡す人は主催者側の人だから、音楽家を雇った側ということになる。そうなると出演料以外にわざわざ花束を渡す必要はあるのか疑問ではある。

女性はともかく、男性に花束をあげてもあまり喜ばれない。それにクラシックの音楽家は旅行が多く本番の後すぐに移動する客演者も多いから、花束は嵩張るのであまり嬉しくない。だからアダム・フィッシャーは貰うとすぐにオーケストラの女性奏者に渡す事が多い。ただ奥さんが聴きに来ているときは貰って奥さんに渡すこともある。いづれにしてもご本人はあまり縁はない。

オペラの場合はお客さんがカーテンコールで花束を投げる事はあるが、主催者が舞台の上にでてきて渡す事はまず無い。アマチュアの演奏会では知り合いがプレゼントとして花束を渡す事はあるかもしれないが、それは本番の後に直接渡すのが基本で、わざわざ舞台の上で渡すことは無いだろう。プロの演奏家に渡す花束の風習の起源は何なのだろうか。

デュッセルドルフ交響楽団はソリストと指揮者に花束を渡すのだけれど、定期演奏会が3公演あるからそれぞれ花束を3つ用意するみたい。花だって普通なら1週間はもつから、連日で3つも貰ってもその処遇には困ってしまう。日曜日の演奏会では、アダムは花束を楽員に渡しそびれて楽屋に戻ってしまった。その花束は私が貰ってきた。かなり大きくて嵩張ったのだけれど、飛行機への持込は問題なかった。ただしとても目立ったけど。

No.355、 2017年2月12日、デュッセルドルフ交響楽団、マーラー1番他

朝5時半に家を出てベルリン6時55分発の飛行機に乗れば、デュッセルドルフ・トーンハレでの11時からの演奏会に十分間に合うし、夕方の便で余裕で帰ってこられる。前回のデュッセルドルフ行きは現地で1泊したけれど、今後はコペンハーゲン同様日帰りできそう。因みに航空運賃は往復で100ユーロくらいなので、サントリー・ホールで外来オーケストラを聴くより安い。

Dusseldorfer Symphoniker
Bassam Mussad Trompete
Adam Fischer Dirigent

Haydn: Konzert fur Trompete und Orchester Es-Dur Hob VIIe:1
Mahler: Symphonie Nr. 1 D-Dur


ハイドンのトランペット協奏曲のソリストはオーケストラのトランペット奏者バッサム・゜ムサード。エジプト出身でアメリカで学び、バレンポイムのディヴァン・オーケストラでも研鑽を積んだひと。今回このソロのためにオーケストラは特別な楽器を購入したそうで、今後ハイドンは古いタイプのバルブ式のトランペットで演奏する事になりそう。

オーケストラ所属のソリストだからカデンツァなどもちょっと砕けていて、スウィング・ジャズ風のリズムが出てきて楽しい演奏。過去に聴いたガボー・ボルドツキーほど派手なテクニックはないし、ハンス・ガンシュみたいにまろやかな音色は無いけど、地元のお客さんのために一生懸命演奏する姿は好感が持てる。

驚いたのはオーケストラ。前回のハイドンでは小さな編成に慣れなくて今ひとつ不安が漂っていたけれど、今回はそんなことはなく、各楽器のハーモニーも美しい。アダムとの演奏会も5プログラム目だからお互いにわかってきたみたい。

アンコールはコントラバス首席が弦をはじきながらの伴奏に合わせて、ジャズの演奏。ソロの部分にハイドンのフレーズやマーラーのソロを入れたりして、茶目っ気たっぷり。こういう地元密着型の演奏会はお客さんも暖かくてとても良い。

後半はマーラーの交響曲第1番。リハーサルと金曜日の演奏会は第一コンサートマスターのフランツィスカ・フリューがリードしていたのだけれど、日曜日は病気でダウン。そこで第二コンマスのエミリアン・ピエディクタが担当した。どちらも上手いのだけれど、演奏スタイルや音色は異なるからレコーディングはちょっと問題になる。

第一楽章、舞台裏からのトランペットの音色がとても美しい。後半のフォルテの演奏も快調で迫力がある。第2楽章の三拍子はウィーン風とまではいかないけれど、滑らかでドイツのオーケストラとしては上出来。第三楽章はコントラバスのソロから始まり、クラリネットやファゴットなど管楽器が雰囲気を作っていく。

時節柄客席からは咳が多いのだが、曲が進むにつれてどんどん減っていった。特に音が小さいときに緊張感があるので、お客さんも集中して聴いているみたい。第四楽章は冒頭から激しいけれど、フォルテのみならずピアノの演奏も侮れない。マンハイムでは「小さな音のマイスター」なんて記事に書かれていたけれど、デュッセルドルフでも流石。でもあの緊張感は録音では伝わるのだろうか。やっぱり生演奏に越した事はない。

2016年12月10日、ミヒャエル・ショーンヴァント指揮コンツェルトハウス管、モーツァルト、シベリウス等

昨日はコンツェルトハウス管のウィーン・クラシック・シリーズ3回目の演奏会に行った。

Konzerthausorchester Berlin
Michael Schonwandt Dirigent
Alina Ibragimova Violine
Nils MonkemeyerViola

Wolfgang Amadeus Mozart Ouverture zur Oper „Don Giovanni“ KV 527
Wolfgang Amadeus Mozart Sinfonia concertante fur Violine, Viola und Orchester Es-Dur KV 364
Jean Sibelius „Pohjolas Tochter" - Sinfonische Fantasie op. 49
Niels Wilhelm Gade Sinfonie Nr. 1 c-Moll op. 5


前半はモーツァルトで後半は19世紀ロマン派のプログラム。指揮のミヒャエル・シェーンヴァントはデンマークの指揮者で、ヨーロッパでは名前はよく知られている。過去に演奏会かオペラを聴いた事があったような気がするが、よく覚えていなかった。そこでちょっと楽しみにしていたのだが、ステージに出てきた人を見てビックリ。この人アダムのコペンハーゲンの演奏会で見かけたぞ。その時は気づかずに失礼な事をした。

ドン・ジョバンニの序曲は先週アダム・フィッシャー指揮のウィーン国立歌劇場のラジオ放送で聴いているし、シンフォニア・コンチェルタンテは数年前にハイドンフィルの演奏会で聴いたことがある。今シーズンウィーン・クラシック・シリーズを選んだ理由は良く知っている曲を別の指揮者で聴くとどうなのか知りたかったからだけど、どうも失敗。アダム・フィッシャーのウィーン・クラシックは定評があることも確かだが、コンツェルトハウス管は小さな編成の演奏は得意ではないらしい。モーツァルト2曲は室内オケサイズだったのだけれど、弦楽器の早い指使いが揃わなくて滑ったような感じになる。シェーンヴァントは古楽風の早めのテンポで演奏するのだけれど、ソリスト二人がついていけなくて、速いパッセージは音が団子になってしまう。二人とも若いから仕方が無いし、前回聴いた時のソリストはライナー・ホネックとヴェロニカ・ハーゲンだったから、若い二人と比較するのも可哀想なんだけど、オーケストラ、ソリストともにもう少しという印象。

後半のシベリウスはずっと人数が増えて迫力満点。少人数の編成では指が滑っているように感じた弦楽器も、大人数では厚い音になって美しく響く。オーケストラのサイズがかわると響き方も変るから、演奏方法を変える必要があるけれど、コンツェルトハウス管は少人数の編成には慣れていないのだろう。コンツェルトハウスのホールも編成が小さいと響きが悪い。

最後の曲はニルス・ヴィルヘルム・ガーデの交響曲1番。19世紀のデンマークの作曲家らしいけど、全然聴いた事がない。シェーンヴァントはいくつか録音しているみたいだけど。1楽章はなかなか格好良いのだけれど、2楽章以降は印象に残らない。広く知られていないのには理由があると思った次第。

コンツェルトハウス管のウィーン・クラシック・シリーズはもう1公演残っているのだけれど、来年は別のシリーズにしよう。このオーケストラはロマン派の大きな編成の方が良い音がする。

デュッセルドルフ響とライン・ドイツオペラ

アダム・フィッシャーはデュッセルドルフ交響楽団とマーラーの管弦楽シリーズをやっている。年3プログラムが企画されていて、しばらくはハイドンの作品とマーラーの交響曲の組み合わせ。

デュッセルドルフ交響楽団の定期演奏会は同一プログラムで金曜日の夜、日曜日の昼、月曜日の夜の3公演ある。その3回の演奏会をライブで録音し、雑音やミスがあった場合に備えてもう1日レコーディングの日がある。最初に録音したマーラーの7番は既に発売されているが、昨年11月のマーラー4番は既に編集は完了しているらしい。さらに今週末は得意の交響曲第1番。これは2014年にもウィーンフィルの定期演奏会初登場で演奏し、地元紙でもすごく評判が良かった。

デュッセルドルフ交響楽団は19世紀には作曲家メンデルスゾーンやシューマンの深い関係を持った由緒あるオーケストラだけど、街の知名度が低い事もあって国際的には有名な楽団ではない。デュッセルドルフ市が支援するオーケストラでライン河沿いにあるトーンハレを本拠地として活動している。

デュッセルドルフにはラインドイツオペラもある。このオペラ団体はデュッセルドルフと電車で15分くらいの隣町デュイスブルグの二つの劇場で公演しているのだが、自前のオーケストラを作らずに市からレンタルして上演している。つまりオーケストラとオペラの関係はウイーン国立歌劇場とウィーンフィルのちょうど反対になる。

だからオーケストラにはオーケストラのシェフがいて、デュッセルドルフ市の管理するトーンハレの運営にも影響力がある。ライン・ドイツオペラには劇場としてのGMDがいて年間の公演の計画を立てるのだが、オーケストラを借りている関係上オーケストラのシェフの方が権力が強い。つまりオーケストラのシェフがレンタルに了承しないとオペラ座は公演が決まらない。だからオーケストラのシェフとライン・ドイツオペラのGMDの関係が良くないと双方ともに問題が出る。

デュッセルドルフ交響楽団としてツァーに出たくても、その間オペラ公演は休めないから現実的には難しく、そのためオーケストラの知名度が高くなかった。オーケストラとしては知名度の高い指揮者にシェフになってもらって、国際的に認知される団体になりたいのだが、オペラの方の協力がえられなかった。そこで現在のオペラ監督であるアクセル・コーバーに相談したところ、アダム・フィッシャーを推薦したという経緯がある。

アクセル・コーバーはバイロイト音楽祭にも呼ばれる実力派の指揮者だけど、実はアダム・フィッシャーがマンハイムのGMDだった頃、第一カペルマイスターとしてしっかりサポートしていた。今でも付き合いがあるらしく、昨年末にアダムがウィーンで「魔笛」をやっていた時にはコーバーが「ヘンゼルとグレーテル」の再演をやっていたので、ウィーンでも会ったのだそうだ。

ベルリン国際映画祭開幕

2月のベルリンの風物詩、ベルリナーレことベルリン国際映画祭が開幕した。カンヌ、ベネチアと並ぶ3大映画祭のひとつとして知られていて、例年日本の作品もコンペティションに出展していて、今年は台湾との合作のMr. Longがノミネートされている。

10日間の間にベルリン中心部の複数の映画館で各国の映画を観ることができるのだが、自宅に一番近いツォーバラストでは日本作品はないけれど、9作が上映される。チケットはインターネットでも手に入るのだが、窓口に並ぶ人も多くて数日前から徹夜で並ぶ人もいるほど。

噂によればインターネットで売り切れと表示されている作品も、午前中か午後の早い上演であれば余ったチケットを売りたい個人が入り口に立っているので、少人数なら当日早めに行けばチケットは買える可能性が高いとのこと。

ベルリナーレ以外にもコンサートはたくさんあるし、ブランデンブルグ門の前でのイベントもある。とにかくベルリンは文化イベントの多い街で、3つもあるオペラ座もほとんど行っていない。よい演目はあるし、チケットもそれほど高くないんだけど。

今月末フィルハーモニーでN響の公演があるんだけど、行くかどうかは思案中。

ウォルフガング・ワーグナーの遺産

バイロイトにあるリヒャルト・ワーグナー博物館のコレクションに、1951年から86年までのバイロイト音楽祭に関する資料が追加された。これは段ボール箱640個に及ぶフェスティバル事務局の書簡や文書、舞台美術のスケッチなど。演出のコンセプトや音楽祭の運営の実体などを示す資料は今後のワーグナー上演の参考になるかもしれない。

これはもともと故ウォルフガング・ワーグナー氏が公開を確約していたもので、氏の自宅からヴァン・フリート荘のワーグナー博物館に移管された。ただしウォルフガング・ワーグナー氏の個人的な手紙についてはバイエルン州立博物館に移管された。

これらの資料は整理はされているものの、学術的な検証や考察はまだ施されていない。でもバイロイト音楽祭に関する研究には多いに役立ちそうだ。

ウィーン祝祭週間の変化

毎年5月の中旬には、ウィーン祝祭週間というフェスティバルが開かれる。最初開かれたのは1927年。戦後1952年に再開し、音楽だけでなく演劇も含めたフェスティバルとして毎年開かれている。現在はテアター・アン・デァ・ヴィーンをメイン会場として、ウィーン市庁舎前の広場など数箇所でイベントが開かれる。クラシック部門はコンツェルトハウスとムジークフェラインが協力し、隔年でメイン会場を努めていた。

ところがフェスティバルは財政削減のためクラシック部門の予算40万ユーロを全額削減することになり、結果としてムジークフェラインとコンツェルトハウスの共同プロジェクトは終わりを迎えることになった。

フェスティバルの主催者は今年のテーマを"Hyperreality"として、若者向けのダンス・ミュージックを中心にするとの事。今後はクラシック音楽は抜きでクラブ・シーンの祭典となりそう。

私は1991年の5月にウィーンを訪ねた時に、市庁舎前広場でウィーン祝祭週間のオープニング公演のリハーサルに遭遇した。このときはウィーン国立歌劇場管弦楽団の演奏でオペラのスターが出演した。リハーサルはテレビ中継向けのリハーサルで、指揮はホルスト・シュタイン。リハーサルの進め方がとても厳しくて、みなピリピリしていたことを覚えている。

その祝祭週間もクラシック抜きになるとは。やっぱり聴衆の高齢化が著しいのか。

モーツァルト週間のコンサート批評

オーストリアの新聞、ザルツブルガー・ナッハリヒテンやヴィーナー・ツァイトゥングにアダム・フィッシャーとウィーンフィルの演奏会の批評が出ている。オーストリア共同通信の記事だからどちらも同じ内容だけど。

この記事によればコンサートはとても好評だった模様。プログラムはハイドンの交響曲103番とモーツァルトのジュピター、その間にハイドンのチェロ協奏曲という組み合わせ。

ハイドンやモーツァルトの後期の交響曲はオーケストラの音色が決定的な要因になる。ウィーンフィルと言えばベルベットの音色といわれる独特の響きが特徴だが、今までのモーツァルトは弦楽器の編成が少し大きく管楽器が埋もれてしまう傾向があった。

アダムのモーツァルトはそういうロマン派のような解釈とはことなる。もちろんデンマーク室内管とのモーツァルトのように過激な解釈はやらないと思うけど、ウィーンフィルの音色を活かしながらも時々ビックリするアクセントをつけての演奏だったようだ。交響曲2曲はとてもよい出来だったみたい。

この記事の筆者はチェロ協奏曲のソリスト、スティーブン・イッサリースにはかなり手厳しい。イギリスのロイヤル・アカデミーから貸与されたストラディヴァリのチェロでの演奏だったけれど、「素早いフィンガリングや大げさで情熱的なジェスチャーはオリジナルのカデンツァの美しい響きの代わりになるわけではない。」とか。それでもお客さんは有名チェロ奏者には大喝采だったみたい。

チケットは売り切れだったみたいだし、コンサートとしては成功だったみたい。アダムとウィーンフィルは4月にウィーンでの定期演奏会がある。

トランプの大統領令とプライバシー

トランプ新大統領が連発する大統領令に世界中が影響を受けている。一般のニュースでは難民の受け入れとイスラム7カ国からの入国禁止令を問題視しているが、インターネット・コミュニティにとってはもっと重要な問題がある。それは第14条。“Agencies shall, to the extent consistent with applicable law, ensure that their privacy policies exclude persons who are not United States citizens or lawful permanent residents from the protections of the Privacy Act regarding personally identifiable information”.

「政府機関は、適用法の範囲内で、アメリカ市民または合法永住者ではないものを個人情報に関するプライバシー法の範囲外にする事を確約する。」

という条項。つまりアメリカ国内ではアメリカ人か合法永住者でなければプライバシーは保護されない。インターネットはグローバルだから、アメリカに住んでいる人だけでなく世界中の人に関係する。例えばアマゾンで買い物をしたとすると、サーバーが米国内に設置されていたら個人情報はアメリカの法律では保護されない。つまり日本人のクレジットカードの情報やメールにアクセスしても罪には問われない。実際オバマ政権下でもNSAが一般企業に不特定多数のメールから特定のキーワードを抽出するシステムの開発を依頼し、ヤッフーのアカウント宛のメールを検閲するつもりだった事が判明した。

日本から見るとアメリカはプライバシーと言う点ではしっかりしているように見えるかもしれないが、911のテロ事件以降安全のためにプライバシーを制限する方向に進んでいる。EUとアメリカはお互いに通信のプライバシーは尊重するというセーフハーバー法があったのだが、紳士協定みたいなもので違反の疑いがあっても証拠の開示を要求するもできなかった。そんな中、スノーデンが暴露した大規模な盗聴記録によりメルケル首相の電話も盗聴されていたことが公になり、EUの司法省はセーフハーバー法を廃棄してしまった。

それに代わるものとしてEUとアメリカはプライバシー・シールドという特別合意として制定した。これはEU市民にはEUの基準に沿ったプライバシーを守り情報の開示にも応える、またEU市民が米国の司法省に米国企業を訴える事ができるというもの。グーグル、フェイスブック、マイクロソフトなどのインターネット・ジャイアントをはじめアメリカの1500社が署名し、半年前に発効した。トランプの大統領令はこのプライバシー・シールドを無効にするのではないかと危惧されている。

アメリカにサーバーを設置すると情報通信のプライバシーが守られないなら、アメリカのインターネット・ジャイアントはEU内の顧客を失いかねない。だからEUの司法省はこの条項について吟味しているし、アメリカの情報産業はとても心配している。

日本とアメリカに関してプライバシー・シールドと同じような取り決めがあるかどうかは知らないが、現実問題サーバーがどこに設置されているかはエンドユーザーにはわからないから、日本もよく考える必要はありそうだ。最悪の場合、グァム島に遊びに行ったらツイッターに書いたメッセージが原因で空港で拘束さたなんていう事もあるかもしれない。その場合ツィッターのメッセージが原因だという事も本人に知らせる義務は無いから、疑いを晴らすのはとても難しくなる。

ドン・ジョバンニのラジオ放送

先日ウィーン国立歌劇場のライブ・ストリーミングで放送された「ドン・ジョバンニ」がORFのラジオでも放送された。1月29日の公演で新制作でもなく、カウフマンやネトレプコなどのトップスターが出るわけでもない。ウィーンで9月から5月末までほぼ毎日公演があるわけで、通常公演が放送されるのは意外だ。

本日の放送はORF以外にもデンマーク放送など合計4局が放送したのだから、後日さらに11局が放送する予定。その中にはバイエルン放送もあるけれど、なんて日本の放送局もある。これは多分NHKの事でしょう。ただし放送日はわからない。

昨秋のウィーン国立歌劇場の客演以来、アダム・フィッシャーの日本での認知度が上がったのならちょっと嬉しい。どうやら名誉会員になったという話も日本で報道されたらしいし、もう少し見直されると良いのだけれど。

トランプ支持者の不寛容とスラトキンのエピソード

デトロイト交響楽団の音楽監督レナード・スラトキンといえば、バーンスタインに続くアメリカでも有数の指揮者だ。この人はマメにインターネットに文章を書いていて、その文章からとても正直で、音楽が大好きな人だと想像する。スターになることなど眼中に無く、オーケストラと良い音楽を作ることが指揮者の仕事と考えるタイプでは無いかと思う。

そのスラトキンのサイトに土曜日のコンサートでのエピソードと後日談が載っていた。先週の土曜日、トランプ大統領が難民の受け入れ禁止の大統領令を発した日だが、スラトキンはデトロイトでコンサートがあった。この演奏会はスラトキン自身が演奏作品について説明するスタイルで、モーツァルトの木管の協奏曲を演奏した。オーケストラはモーツァルトの木管協奏曲を全てえんそうしたのだが、唯一の例外は4つの管楽器によるシンフォニアコンチェルタンテ。これはモーツァルトの作品かどうか疑わしいから。そこでスラトキンはアドリブで、「皆さんを『オルタナティブ・ファクト』で混乱させたくはありません。」とジョークを語った。その時は結構たくさんの人が笑ったし、中には喝采する人もいた。

その翌日、デトロイト響は長年のファンと言う人からメールを受け取った。その人はそのコンサートを聴きに行ったのだが、スラトキンに大変ガッカリしたとの事。「オルタナティブ・ファクト」のジョークに喜んだ人がいた反面、メールの著者始めホールの半数の観客は苦々しく思ったはずだという。要するに、スラトキンが「オルタナティブ・ファクト」という言葉を使ってトランプ大統領を罵倒し、聴衆の多くを不快にさせたことには大変不満である。コンサートは政治的な発言をする場所ではなく、不快な思いをしたことに対して指揮者自身の謝罪を要求するし、今後デトロイト響の演奏会には行かない、という内容だった。

そのメールを受け取ったスラトキンはどう対処するか考えて、メールの差出人あてに返信した。その内容は、そのコメントは政治的な意味など全く無く、作品を取り巻く事情を説明するのに「オルタナティブ・ファクト」という言葉が適切だと思ったので使ったに過ぎない。それにその言葉は大統領自身の発言でもない。もしその発言で気を悪くしたのなら誤るが、決して深い意味は無かった、という事。

それを受け取ったメールの送り主はまさか直接スラトキンからメールが来るとは思っていなかったのでとても驚いて自身の過剰な反応を謝罪した。だからスラトキンはハッピーエンドのエピソードとしている。スラトキンのサイトには事の顛末とその時のビデオがある。

これを見て思ったことは、トランプ支持者の不寛容と過激な反論にはかなり驚く。アドリブで話している人の言葉尻を捕らえて謝罪が無ければ今後はコンサートに行かないなんていうのが普通なら、とても恐ろしくて人前で話すことはできない。これでは分断が広がるばかりだ。

トランプ大統領が誕生したというのに、トランプ支持者はいまだに弱者のつもりで過激に攻撃しているように見える。選挙の結果を受け入れていないのはトランプ大統領とその支持者なんじゃないか?

音楽家の公式サイトとファンサイト

アダム・フィッシャーの公式サイトができた。

アダムとしては指揮者なんて公式サイトが必要な職業だとは思っていなかった。指揮者はオーケストラが満足する演奏をさせることが仕事で、お客さん向けの宣伝は必要ないと考えていた。昔はオペラ座の支配人や先輩指揮者の推薦でチャンスをもらい、良い公演で実績を上げることが指揮者としての成功の道だったから、お客さん向けに宣伝するなんて考えた事もなかった。一応ロンドンのエージェントとは契約していたけれど、このエージェントはヨーロッパのオペラ座のルールを知らないし、持ってくる仕事の7割はオペラの仕事と重なるので断っていたそうだ。

指揮者がメジャー・レーベルと契約するとレコード会社が広告エージェントの役割を果たしたから、一般のお客さんの知名度が上がるし、エージェントも売り込みやすくなる。経験が物を言うオペラは知名度が高くても実績が無い人はリスクが高くてあまり呼ばないが、コンサートの分野では録音の評判が良ければエージェントも売り込みやすい。アダム・フィッシャーの知名度が日本であまり高くないのはその辺の事情による。エージェントによる売り込みではなく、関係者から実績を評価されて次の仕事を任されている。日本ではこういうタイプの指揮者のことを「職人」なんて呼ぶけど、昔はそれが普通だった。

最近は指揮者でも歌手と同様エージェントが売り込むのが普通になった。オーケストラやオペラ座に売り込む通常のエージェントに加えて、パブリシティ・エージェントつまり広告代理店を音楽家自身が雇い、インターネットサイトを制作して一般のお客さんへのイメージ作りを行う。広告代理店の存在はキャリアに影響が大きく、グスタヴォ・ドゥダメルやルネ・フレミングは「スターメーカー」と呼ばれる広告代理店と契約していた。フレミングは数年前に契約を解除したらしいけど、途端にヨーロッパでの露出度が減った。

パブリシティ・エージェントは音楽家自身のイメージをコントロールすることが仕事だから、テレビ中継されたりローマ法王が聞きに来るなどの話題になる演奏会の契約を勧めて大々的に宣伝する。それからクラシックの音楽家特有なのかも知れないけど、情報をコントロールするためにファンによる非公式サイトに冷たい事が多い。

実はアダムはバイロイトで成功した2001年に当時契約していたロンドンのエージェントからパブリシティ・エージェントと契約する事を勧められた。そのパブリシティ・エージェントの話だとスターになるためには情報のコントロールが必要だから、ファンサイトは認めないというのが条件だった。私が運営するファンサイトは当時既に5年以上存在していて、コンサートや録音の情報はもちろんアダム特製のスープレシピまで掲載していた。アダムもそれを知っていたのでファンサイトを潰すには忍びないし、スターになりたいわけではないのでパブリシティ・エージェントとは契約しなかった。

アダムはその後ミスの多いロンドンのエージェントからウィーン国立歌劇場と関係の深いウィーンのエージェントに鞍替えしたのだが、その時にもインターネットサイトを作ることを勧められた。そこで制作会社に頼んで作ってもらったのだが、情報を更新するのが億劫で結局1年間でなくなってしまった。

現在アダムはエージェントとは契約せず、個人アシスタントを雇っている。この人の仕事は音楽団体と出演条件を交渉すること以外にも、アダムのために航空券やホテルを予約したりする。この人の発案でアダムの公式サイトを作ったようだ。アダム自身はすっかり忘れていたのだけれど今週完成して公開した。

これとは別に、私が運営するファンクラブのサイトはハイドンフィルと一緒になっているので、クリスマス時期に新しいデザインを制作してコペンハーゲンでアダムに見せた。アダム自身は異論はないが、スケジュールが載っているのはアシスタントは快くないかもしれないから、確認するまで公開はしないで欲しいという事になった。ところがこの件についてはアシスタントは大反対。公式サイトがまもなく完成するから、ファンクラブのサイトがグーグルの検索で上位に来ては困るのだとか。ファンクラブサイトを公式サイトと勘違いする人も多いのでファンサイトはやめて欲しいらしい。

これにはアダムも困ってしまった。アシスタントのいう事も理解できるが、公式サイトが出来たからと言って21年も続けているファンサイトを潰すわけにはいかない。アシスタントと私の間で途方にくれながら電話をかけてきた。ファンクラブサイトを潰すのは論外だけど、アダムを困らせるのも可哀想だしなるべく協力することにした。

たとえばポップスの世界では公式サイト以外にファンサイトが乱立することはありそうだけど、そのマネージメントはどんな対応をしているのだろうか。AKB48とか、ファンサイトを禁止したりするのだろうか。

ベルリン・ブランデンブルグ空港の開港延期

ベルリン市民なら誰に聞いても「いい加減にしろ!」といいたくなるベルリン・ブランデンブルグ空港の工事。数日前、公式発表として今年中には開港しないことを認めた。これは去年の年末から噂されていたことで、特に驚きはないのだけれど、その理由が問題。

工事延期の原因は1200を越える自動ドア。火災時の煙を外に排出する機構が不安定で、災害時はターミナル内に煙が充満する恐れがあるとか。だから自動ドアをひとつずつ点検して、必要な場合は入れ替える必要があり、今年中には開港できない、ということらしい。

でも自動ドアの問題は2012年に指摘されていた。2012年5月の開港を予定していたため、空港プロジェクトの社長は700人の人員を雇って扉を手動で開けることを提案していた。でもその案は却下され、その後だれもこの問題を取り上げなかった。だから今年も同じ問題で開港が延期された。

正直ここまでくると腹立たしいより、このプロジェクトの杜撰さは一体どこから来たのか疑問に感じる。昔のドイツは品質には定評があったけど、今は大きなプロジェクトは必ず予算と期限オーバーだ。

ということで、ベルリン東京間の直行便はかなり先のことになりそう。

メルケル首相の強力なライバル

アメリカの政治に関しては日本でも報道されるけれど、ドイツの政治となると日本ではほとんど話題にならない。今年はドイツでも総選挙が予定されているし、フランスでも大統領選挙がある。フランスの候補は出揃っていて、極右のポピュリスト政党のルペン党首が大統領に選ばれるのではないかと心配しているところ。

ドイツにもAFDという極右政党の支持が伸びていて問題はあるのだけれど、ナチの苦い過去を持つドイツはさすがにAFDが政権を握ることはありえ無い。ドイツのシステムだと少数政党の乱立を防ぐため、政党は投票数の5パーセント以上獲得しないと党を構成できない。現在の第一党はメルケル首相率いるCDU。この正統はバイエルン州だけはCSUと名乗っている。それから第二党がリベラルのSPD。さらに緑の党、左翼党が議席を持っていて、極右のAFDは10パーセント前後。どの政党も一党で政権を取れるほど議席をとる事は無く、連立交渉が必要。どの政党もAFDと連立したくないから、極右が政権をとる事はありえ無い。

現在はCDUとSPDという大連立政権で、成立当初は決定に時間がかかると心配されていたが、この4年間メルケル首相の舵取りがうまく、経済的にも安定している。ただ、メルケル首相は国民からも親しまれていて個人としても人気が高いので、政権のポイントはCDUのものになっている側面はある。

先週連立政権を組んでいるSPDのシュタインマイヤー元外相が辞任し、産業大臣だった副首相のシグマー・ガブリエルが外相に就任した。昨日ガブリエルはSPDの党首を務めていたのだが、次期選挙での首相候補と党首の座をマルティン・シュルツに譲った。

マルティン・シュルツと言う人はEU議会の議長を2期勤めた人で、EU諸国につながりが深い。国母のようなメルケル首相とは正反対のタイプで強面の親分みたい。経歴からしても有力だし、自信に満ちた態度は人気がありそう。

個人的な希望としては、マルティン・シュルツはメルケル首相の懐刀としてポピュリズムを退治して欲しいのだが、所属する政党が異なるので次期選挙ではライバルになってしまう。それがちょっと残念。

ドン・ジョバンニのライブ・ストリーミング

本日はウィーン国立歌劇場のライブ・ストリーミングでアダム・フィッシャー指揮の「ドン・ジョバンニ」の放送があった。昨シーズンはワーグナーのリングとパルジファル、フィデリオ、ティトゥスの慈悲、薔薇の騎士の合計8公演が中継されたのだが、今シーズンは本日の「ドン・ジョバンニ」だけ。来シーズンはもう少し増えることを期待。

「ドン・ジョバンニ」はアダムも好きなオペラで毎年やっても飽きないのだとか。その理由はアンサンブル・オペラで重唱がおおいからかもしれない。メインキャストのパーソナリティー次第で色々な解釈ができる。今回のキャストの特徴はドン・ジョバンニ役のキーンリィサイドとレポレロ役のシュロットが良く似たタイプで見分けが付きにくいこと。最初はどちらがどちらかわかり難かった。多くの演出ではレポレロは小心者の従者なんだけど、シュロット演じるレポレロはドン・ジョバンニのおこぼれに預かったりして、従者というより共犯者。

特に第2幕の衣装を交換する設定は、タイプが似ているだけにストーリーに説得力が出るのだが、貴族の衣装を着たレポレロはドン・ジョバンニではないわけで、この辺が難しいところ。その点キーンリィサイドは貴族のノーブル、シュロットはカジュアルと雰囲気を変えていた。この二人が約を入れ替えた公演も観てみたい気がする。

その他の歌手ではドンナ・エルヴィラ役のドロテア・ロシュマンとドン・オッタヴィオ役のベンジャミン・ブルングがアリアで大きな喝采を受けていた。

アダム指揮の「ドン・ジョバンニ」は3月に3公演あって、こちらは若手中心のキャスト。
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