クラシックおっかけ日記

指揮者アダム・フィッシャーのおっかけ記録、音楽の話、海外生活など

ベルリンフィルがアメリカツアーを中止

コロナ危機がなければ6月末にはベルリンフィルが来日して、オリンピックの雰囲気を盛り上げるドゥダメル指揮の演奏会が開かれていたはずだけど、残念ながら中止になった。その他ベルリンフィルはヨーロッパ内やテル・アビブへの演奏旅行などもキャンセルしているが、今年の11月に予定されていたアメリカツアーもキャンセルすると発表があった。

ベルリンフィルのアメリカツアーはニューヨークのカーネギーホールをはじめ、ボストン、マイアミ、シカゴなど5都市で10公演を行う予定だった。これはペトレンコが同行する初めてのアメリカツアーだったのだが、入国制限で困難だし当初の予定に固執することは無責任なのでキャンセルしたとの事。

4月から5月にかけてはニューヨークの感染拡大が問題になった。その後一段落したように見えたが今度はフロリダ州やテキサス州など当初はcovid-19に対して懐疑的だった州の被害が拡大した。7月1日には1日の新規感染者が5万3千人と過去最大を記録した。こんな状況ではツアーをキャンセルするのも無理はない。

11月と言えば日本では来日オーケストラのラッシュだけれど、今年は大分状況が変わるように思われる。アメリカの有名オーケストラの地元は軒並みcovid-19のホットスポットだから日本への入国はもとより、地元でリハーサルすることも難しいかもしれない。ウィーンフィルは既にオーケストラに対する制約は解除されたけれど、ヨーロッパから日本への入国はまだできない。オーケストラのツアーは準備が大変だし、コストもかかるので直前のキャンセルは楽団や招聘元などの損害が大きい。だから見込みがないなら少しでも早めに決定したい所だ。

日本がEUからの旅行者の入国を認めることを条件に日本からの入国を認めるとしているが、日本側が拒否している状態なので、日本政府に働きかけるしか方法はない。

ドイツ、EU議長国に

早いもので今日から7月。3月中旬以降コロナ危機で人々の生活は大幅に変わってしまった。EUも外部の国境を閉ざしているが、一部の国に入国を認める可能性がある。covid-19の状況がEUと同程度かそれよりも良いというのが条件で、日本もその第一陣に候補として挙がっている。ただし相手国もEUからの入国制限を緩和するという条件付きなので、まだわからない。

EU27か国は半年ずつ交代でEUの議長をつとめているが、この7月1日からはドイツが担当する。議長国というのは特定の人物が議長に役割を果たすのではなく、その国の政府がEU理事会の運営を担当する。ドイツ政府はコロナ危機からの立ち直りとBrexitの交渉を重点項目として挙げている。EUの執行機関であるEU委員会の委員長もドイツ人のウルシュラ・フォン・デァ・ラインだし、この半年はドイツのEUへの影響力が大きくなる。

ドイツ国内ではコロナ危機への経済対策の一環として、7月1日から半年間限定で消費税が下げられた。ドイツは日本に比べると消費税が高いのだが、もともとは19パーセントだったものが16%へ、食料品は7%から5%に引き下げられた。

一部のスーパーでは既に先週から早めに引き下げを実施しているところもある。先週末に買い物をしたときには店中に赤札が貼ってあった。単価が安いから値下げは大したことはないが、金額の大きい買い物をするならこの6か月が良いかもしれない。

ハンブルグの文化行事は再開、でもアメリカは後退

ドイツ国内の新規感染者数は1日当たり500人程度で横ばいだけど、文化行事の再開のニュースが続いている。ハンブルグ市は7月1日まで室内で650人まで、野外は1000人までのイベントの開催が可能になった。室内で100人野外で200人までなら空席を設ける必要が無い。

ドイツ人はルールを守ることに抵抗が少ないのか、ソーシャル・ディスタンシングも守る人が多いし、マスクも商店や公共交通機関ではほとんどの人がつけている。天気が良いと公園に人が集まることはあるが、警察が頻繁にパトロールして集まり過ぎないように注意している。

これとは全く状況が異なるのがアメリカ。本来マスクの着用は感染の拡大を防ぐ有効な手段のはずだけど、トランプ大統領は公の場で滅多にマスクをしないから、マスクの着用が親トランプと反トランプの政治問題と化している。だからいくら専門家がマスクの有効性を説いても、親トランプの共和党支持者はマスクに消極的だった。今週はテキサスやフロリダ、アラバマなど共和党支持の州での新規感染者が大幅に拡大し、さすがに共和党の政治家たちもマスクを勧める状況になっている。

アメリカ全土で新規感染者は毎日1万人規模で増加している段階では、さすがにコンサートホールの再開は望めない。感染が一段落しているニューヨークでもブロードウェーは年内再開をあきらめたし、ロサンジェルスあたりも劇場は閉鎖。ハリウッドの映画製作も滞っている。

破産する文化団体もあるし、アメリカのオーケストラも賃金カットや解雇で建て直しには相当の年月がかかりそう。

No.413、2020年6月21日、デュッセルドルフ交響楽団、サマー・コンサート

3月中旬にコロナ危機でコンサートがキャンセルになって以来、アダムにとって2度目の演奏会はデュッセルドルフ響のサマーコンサート。

Dusseldorfer Symphoniker
Adam Fischer: Dirigent
Tomasz Konieczny: Bariton

Wolfgang Amadeus Mozart: Symphonie g-moll KV183
Gustav Mahler: "Ich bin der Welt abhanden gekommen" aus *Ruckert-Lieder*
Gustav Mahler: 'Der Tamboursg#sell* aus *Das Knaben Wunderhorn*
Joseph Haydn: Symphonie Nr. 94 Gdur "Mit dem Paukenschlag"

Zugabe:
Joseph Bologne: L'amant anonyme Overture



5月末の演奏会はお客さんはバルコニーだけだったけど、今回は平土間も公開。500人までという事だけど、州内に集団感染があったとの事で、実際に来た人はそれよりも少なかったようだ。今回の演奏会は編成が小さいのでオーケストラは舞台のみ。弦楽器の間は通常よりも空いている。どうやらトーンハレのルールとして、移動する時はマスクをつけるが、席に着いたら外しても良いことになっているらしい。だからお客さんも席ではマスク無しだけど、オーケストラも登壇するときはマスク付き。着席したら外す。ただそれだと問題になるのが着席しない指揮者とソリスト。特に指揮者は演奏が終わった後に楽員を立たせたり、舞台の袖に引き上げたりと動くことが多い。それにステージマナーとして挨拶するときはマスクを着用したままで良いのかという疑問もある。だからアダムは最初に出てくるときはマスク着用だったのだけれど、演奏が終わるとマスクの着用を忘れてしまう。

さて演奏だけど、デュッセルドルフ響とはモーツァルトの交響曲はあまり演奏していない。弦楽器の配置も慣れないようで、表現が少しずれる時があった。普段のデンマーク室内管ならよくわかっているからボウイングやアクセントも揃って効果が高いところも、ちょっとぼやけてしまう。

その後はマーラーの歌曲が2曲。ソロはアダムとはよく共演しているトーマス・コニーチェニ。舞台の下手側に立っていたのでちょっと遠くて聞きづらかったのが残念。リュッケレト歌曲の方は普通の編成なんだけど、子供の不思議な角笛は弦楽器がかなり少ない。普通なら演奏しない奏者も舞台上に座っているから2曲は連続して演奏できる。コロナ禍の演奏会は演奏しない人は舞台から去るので、楽員の退場と譜面台の掃除のために少し間が空いてしまった。この辺のステージマナーは工夫が必要か。

休憩の後はおなじみのハイドンの「驚愕」。ハイドンはモーツァルトと編成は変わらないのだが、オーケストラもしっかり揃ってとても良い演奏。過去5年間ハイドンとマーラーを演奏してきたから、オーケストラも慣れたのだろう。ハイドンは今後もプログラムに入れるらしいので、あまり知られていない曲も演奏してほしい。

プログラムが終了したあとアダムがマイクを持って登場し、アンコールの説明をした。アダム曰く、「18世紀の音楽と言うと、どの楽団もモーツァルトやハイドンといったトップレベルのごく一部の作曲家の作品しか演奏しません。彼らに準じる作曲家はたくさんいるので、18世紀の他の音楽も演奏されるように願っています。その中でこの作品は当時には珍しい黒人の作曲家の作品です。」と言って、パリで活躍しモーツァルトとも親交のあったジョゼフ・ブローニュの序曲を演奏した。今後アンコールピースに加えるつもりだとか。

ドミニク・マイヤー、ウィーン国立歌劇場の名誉会員へ

昨日はウィーン国立歌劇場の契約歌手によるガラ・コンサート。指揮は前半がアダム・フィッシャーで後半がマルコ・アルミリアート。今シーズンで退任するドミニク・マイヤー支配人の最後の公演で、本来なら大きく盛り上がる所だけれど、残念ながらコロナ危機により客席には制限があった。アダム・フィッシャーは前半の指揮を担当。「フィガロの結婚」序曲から始まってコニーチェニの歌う「さまよえるオランダ人」のアリアなど数曲を指揮した。

マイヤー支配人の最後の公演なので、コンサートの後にはオーストリア州立劇場の責任者などの長いスピーチがあった。マイヤー支配人は「少しでも早くこの劇場がお客さんで満杯になってほしい」と何度も話していた。3月初旬に公演中止になるまでは99%以上のチケット販売率を誇っていたから、最後の3か月が閉鎖になったのはとても残念だっただろう。

そのマイヤー支配人の功績を称えて、ウィーン国立歌劇場の名誉会員の称号が授与された。これはオーストリアでも最も得ることが大変と言われる称号で、アダム・フィッシャーもマルコ・アルミリアートもマイヤー支配人の在任中に授与されている。

マイヤー支配人の任期は6月30日までで、7月1日からはボグダン・ロスチッチ氏が新支配人として活動を始める。ドミニク・マイヤー氏は3月1日から既にアレクサンダー・ペレイラ氏を継いでミラノのスカラ座の支配人になっている。

このコロナ危機のおかげで文化団体の責任者は皆とても苦労しているけれど、マイヤー氏は特に影響の大きかったミラノの立て直しで忙しそうだ。

バイエルン国立歌劇場、新シーズンを前倒し

本日のヴァーチャル・ワーグナーデイズは「さまよえるオランダ人」。これは元々ハンガリー国立歌劇場で上演することを考えていた演出なので、舞台装置がかなり大がかりで他の演目のように歌手の表現力中心とは少しことなる。オランダ人役は過去には有名だったが今は人気が薄れてしまった歌手で、ゼンタはそのファンと言う設定。最後にはオランダ人は去って行くが、ゼンタは古いレコードを取り出してファンの空想の世界に留まる。これはちょっと納得のいかない演出。ヴァーチャル・ワーグナーデイズ2020は明日の「タンホイザー」で終了。来年はコロナ危機から立ち直って通常通り上演してほしいものだ。

ヨーロッパの感染状況は4月や5月ほどではないけれど、都市封鎖が解除されたこともあってここ数週間はまたぶり返している地域もある。ドイツではノルトライン・ヴェストファーレン州のグータースロッホ地区の精肉工場での集団感染のおかげで、周辺地域が再び封鎖された。学校は休みになり、スポーツ施設なども閉鎖。封鎖された地域の住民が休暇でドイツの別の街に移動した場合は、そこでも隔離される。サマーハウスに行っても外出できない。

客席数を制限して上演しているものの、感染者が増えたら制限が強化されたり場合によっては公演中止もあり得るので、多くの劇場は既に発表したスケジュールを変更している。バイエルン国立歌劇場も例外ではない。

ドイツの各州は夏休みの日程が少しずつずれていて、バイエルン州は一番最後。それに従って例年なら新シーズンの始まりも9月後半なんだけど、今年は9月1日から開始。本当なら3月にプレミアを迎えるはずだった「マリア・カラスの7つの死」等年内の新制作は4作。9月分のチケットは8月に発売だけど、客席の上限がわからないからどの程度販売できるかわからない。劇場としては安全策として最前列の客席を外して部隊と距離を取るよう工夫しているみたい。

オペラの聴衆は年齢層が高く、半数以上がcovid-19の危険グループに属する。だから仮に規制が解除されても、多くのお客さんは不安で劇場には来ない可能性もある。未曾有の事態だからどの劇場も運営に苦心しているようだ。

ブダペストのマイスタージンガー

昨日はヴァーチャル・ワーグナー・デイズで「ニュルンベルグのマイスタージンガー」を見ていたので更新できなかった。始まったのは午後6時で2回の休憩は15分ずつなんだけど、とにかく長い作品だから終わったのが11時過ぎで、更新は諦めた。

このマイスタージンガーは2013年の制作で、制作された映像はHDではなく画面のアスペクト比も古いサイズ。マイクロフォンの数も少ないのか、音響もそれほど良くはなかった。DVD化を視野に入れて制作されたリングとは異なり、公演の記録用と言う感じ。それでも雰囲気は出ていた。

「マイスタージンガー」はブダペストのリングとは異なり、映像は使っていない。シンプルな舞台装置だけでもストーリーを表現している。背景も多きなパネルに書かれた絵だけだけれど、ほとんど気にならない。序曲が始まる前に主な出演者が舞台に出てきて左右に椅子に着席するので、一瞬コンチェルタンテ形式化と思うのだが、実はそのまま最初の教会のシーンに続く。それもちょっと可笑しい。

ただこの演出は芸達者なベックメッサーを演じたボー・スコーフスの力に依るところが大きい。細かい仕草がとても笑えるし、会場全体がハンス・ザックスを称えるときでも、自身の出番の前で緊張しているベックメッサーを演じて共感を呼ぶ。この収録をした数日前に右ひざを手術してたので杖を突いていたのだが、むしろそういう演出だと思わせるほど、人物になりきっていた。

本来なら今年このマイスタージンガーを再演し、HD映像を制作するはずだったのだけれど、コロナ危機で無くなってしまったのは残念。

ドナルド・トランプ、外国人の就労ビザ発給を一時停止

ドナルド・トランプは外国人に対する就労ビザの発給を一時停止する大統領令に署名した。コロナ危機の対応が遅れたアメリカは感染者は240万人以上で死者は12万人を超えている。その結果都市封鎖も長期間に及び、失業率は1920年代の大恐慌のレベルにまで上がっている。もともと反外国人政策を取って来たトランプ政権は移民の受け入れ基準も厳しくしているが、ここに来て企業が必要な人材はアメリカ人を雇うよう、外国人の就労ビザの発給を停止した。期間は年末まで。

対象になるビザは専門職向けのH-1ビザと企業内の異動のL-1ビザも含んでいる。これにより打撃を受けるのがアメリカのソフトウェア産業。現在ソフトウェアはインド、中国、ロシアと旧ソ連諸国などの技術者無しにはビジネスが成り立たない。今から20年以上前に私がアメリカに住んでいた時も、東海岸でさえ既にアメリカ人の技術者に交じってH-1ビザ所有の外国人がたくさん働いていた。

確かに技術はアメリカが持っているが、アメリカ人はマーケティングなど企画部門では独創的な才能を発揮する。でも実際にそのアイディアを製品化するためには、しっかりした開発技術や品質管理技術などが必要だ。この手の仕事は地味だし面白みに欠けるのでアメリカ人はやりたがらない。アメリカ人だけで作った製品は、アイディアは良いのだけれど実際には不具合が多くて使い物にならなかった。

その後ソフトウェアの開発をインドなどの人件費の少ない地域に移すのが主流になり、技術移転のためにH-1Bビザや L-1ビザを利用して優秀な外国人技術者を雇ったのがグーグルなどのアメリカを代表するソフトウェア企業だ。だからこの政策は特にこの業界への打撃が大きい。

外国人技術者を受け入れる国が他にないなら影響は少ないが、今は多くの国が門戸を開いている。EUは外国人技術者に対してEUブルーカードという労働許可があり、ソフトウェア技術者なら比較的簡単に取得できる。だからEU外から直接採用する企業も多く、優秀な技術者を世界中から集めている。私の職場ではドイツ人が4割に対して外国人は6割、もちろんEU内の国が多いけれど、ロシアとインド、パキスタンなどから直接採用された人もたくさんいる。これらの国は実力があるなら国外で仕事をすることにためらいが無い。

世界の優秀な技術を集めていたアメリカなのに、トランプ政権により人材流出という事になりかねない。

ベルリン国立歌劇場、来シーズンのプログラムを変更

昨日はデュッセルドルフまで言ってアダム・フィッシャー指揮の演奏会を聴いた。詳しいことは今後日記に書くとして、今日はベルリン国立歌劇場のニュース。ハンブルグ国立歌劇場に続いて、新シーズンの公演スケジュールを変更した。

新シーズンは8月末から始まるのだが、まだコロナ危機の状況が見通せないので、8月と9月の公演は大ホールの客席を370席に減らす。オープニングは8月31日で、今シーズンに予定されて井田バレンポイム指揮のベートーベンの交響曲1番から8番までをシリーズで演奏する。それ以降はベーベルプラッツでの野外コンサートやシュターツカペレ創立450年記念演奏会などは予定通り。ただし野外でも入場制限がある。9月中のフルサイズのオペラは「ナクソス島のアリアドネ」くらいで、あとはバレエと小規模な公演が中心。

それ以外にも変更となるのは、今年制作予定で中止になったムソルグスキーの「ホヴァンシチナ」の再演も予定されていたのだが、それはヴェルディの「マクベス」の再演に変更された。それからモーツァルトの「イドメネオ」の再演は日程が若干変更になる。でも2021年1月は同じ。また、来年の2月と3月にの予定されていたモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」はロッシーニの「セヴィリアの理髪師」に変更される。

10月以降のチケットも7月1日から発売されるが、コロナ感染第2波が発生した場合にはフレキシブルに対応するとの事。その連絡はEメールで行うという事だ。

ドイツの過去7日間の感染者数は増加してしまって、今日の時点では平均570人。その大きな理由はノルトライン・ヴェストファーレン州のグータースロッホにある精肉工場の集団感染。ドイツの精肉工場は東ヨーロッパからの安い労働力に頼っていて、狭い寮にたくさんの従業員を住まわせている。だから精肉工場が原因で感染が突出した地区はいくつかあって問題になっていた。グータスロッホではなんと同じ工場から1500人以上の感染者が出てしまった。一企業の責任では済まないので政治的にも議論の的になっている。

そのおかげで昨日のデュッセルドルフ響の演奏会も影響があった。本来ならノルトライン・ヴェストファーレン州は客席数の制約を緩める予定だったのだが、それは当面お預け。それだけでなく、チケットを購入したものの感染を心配して来ないお客さんも多く、実際に聴きに来たお客さんは500人より少ない。クラシック音楽の聴衆は危険グループに属する人も多いので、規制が解除されても慎重なのだろう。

「ニーベルングの指環」のサイクル上演リハーサル

つい先ほどブダペスト・ワーグナーデイズの「ジークフリート」の放送が終了した。タイトルロールはアメリカ人テノールのダニエル・ブレンナ、さまよい人はトーマス・コニーチェニ、ブリュンヒルデはエリザベス・ストリッド、ミーメがゲルハルト・ジーゲル。「ジークフリート」は1幕がつまらないという人は多いけれど、この公演では全然そんなことは無い。ゲルハルト・ジーゲルの歌と演技が実にうまくて、1幕と2幕が面白かった。

ワーグナーのオペラは長いからやっぱり連日観るのは難しい。日常生活だと家事や買い物などどうしても決まった時間に長時間のオペラを観ることができない。「ラインの黄金」から「ジークフリート」までは何とかなったけれど、明日の「神々の黄昏」は出かけるのであきらめ。

日本では新国立劇場でさえ、リング・サイクルと言いつつも半年に1作ずつ制作して、同演目を数回上演するのが精一杯だが、ドイツではそういうスタイルはサイクル上演とは言わない。サイクル上演というのは比較的短期間に順番に上演し、同じ役はなるべく同じ人が歌うことが好ましい。

長いオペラだから歌詞にの負担が大きいので、バイロイト音楽祭でも「ワルキューレ」と「ジークフリート」の後にそれぞれ1日ずつ休養日を作って合計6日で1サイクルと言うのが最短とされていた。地元の人を対象とした劇場は、やっぱり連日上演しても来られる人が少ないから、週末に上演するなど10日から2週間程度かかるものが多い。でもそうなると観光客はなかなか機会が無い。

ドイツ語圏以外の国では「ニーベルングの指環」を4作短期間に順番に観ることはやはり難しい。ワーグナーの「リング」はやはり舞台装置が大変でリハーサルの時間も相当かかる。音楽リハーサルは楽譜があるからフレキシブルだけど、演出や舞台装置、照明などのリハーサルは舞台を利用しなければできない。だからリング・サイクルのリハーサルとなると劇場を2週間近く閉めることになる。普通の劇場ではそんなことはできないので、1作ずつ制作した後、そのノウハウが失われないように最低でも年に1サイクルは上演するのが常道。同じ演目を何度か繰り返すスタジオーネ・システムの劇場ではサイクル上演は難しいでしょう。

ブダペストでもその辺を考えて、できる限り毎年1サイクルずつ上演していたのだが、今年は中止になってしまった。1年空くとリハーサルがたくさん必要なので、どうせなら来年は2サイクル上演するという案が出ているらしい。バイロイトも今年中止になったリングは2022年まで延期されてしまったこともあり、集客も期待できる。ただしコロナ危機の状況がどうなるかはまだわからないけど。

ヴァーチャル・ワーグナー・デイズ2020

本来なら今日からブダペストの4日間で完結するリングが始まるはずだったけれど、コロナ危機のために今年は中止。でも昨日紹介したように、芸術宮殿ムパのサイトで過去の公演を放送している。18日は「ラインの黄金」。2015年に収録したもので、ウォータンはエジルス・シリンズ。ローゲは10年以上毎年ワーグナーデイズで歌っているクリスチャン・フランツ。でもこの公演で一番印象に残ったのがアルベリヒ役のマルティン・ウィンクラー。この公演の後にバイロイトでも同じ役でデビューしている。

明日は「ワルキューレ」で、ジークムント役は今は亡きヨハン化・ポータが歌っている。ポータはこの公演の数か月後に亡くなった。彼にとってこの公演は最後のワーグナーとなったもの。ジークリンデ役は売れっ子のワーグナー歌手アンヤ・カンペ。ブリュンヒルデ役はエヴェリン・ヘルリツィウス。ウォータンはヨハン・ロイター。

その他はさまよい人にトーマス・コニーチェニ、「神々の黄昏」ではブリュンヒルデがイレーネ・テオリン、ジークフリートはシュテファン・ヴィンケ、ワルトラウテ役にはワルトラウト・マイヤー。24日の「マイスタージンガー」ではクラウス・フローリァン・フォクトとアネット・ダッシュがワルターとエヴァを歌うし、26日の「さまよえるオランダ人」はタイトルロールがジェームス・ラザフォード。最終日27日はステファン・グールドの「タンホイザー」とバイロイト並みの歌手が揃っている。

残念なことにオンデマンド配信は無いので、決まった時間に見なければならない。だから日本からだと午後11時開始だから全部見るのは難しそう。せめて24時間は観られるようにしてくれたら、時差のある地域でも見られるのに。

ハンブルグ国立歌劇場、新シーズンのプログラム変更

ドイツの歌劇場は早いところは2月から3月に次のシーズンのスケジュールを発表する。ハンブルグ国立歌劇場もコロナ危機が広がる前に2020-21シーズンを発表したのだが、この日記ではあまり積極的に取り上げなかった。いつ再開できるかわからなかったこともあるが、やはり経済的な打撃が大きくコロナ危機以前のバブリーな計画を実行できるとは思えなかったから。案の定ハンブルグ国立歌劇場は9月からの新シーズン・プログラムを変更を発表した。

当初予定されていたムソルグスキーの「ボリス・ゴドノフ」に代わって、フランク・カストルフは「モルト・アジタート」という作品を上演する。それはコロナ危機のルールに適応した演出らしい。この新制作の中心になるのはクルト・ヴァイルの「7つの大罪」で、ヨハネス・ブラームスの「4つの歌曲」とジョルジ・リゲティの"Nouvelles Aventures"で構成される。

5人のソリストと室内オーケストラで演奏される「モルト・アジタート」は5か月ぶりの公演になる。指揮はGMDのケント・ナガノ。カストルフはこの作品でハンブルグ国立歌劇場のデビューを飾る。プレミアは9月5日。

その1週間後の9月13日にはポール・アブラハムのオペレッタ「グランドホテルのメルヒェン」のプレミアを行う。これはもともと5月に別の会場で計画されたものだけど、9月に返り咲き。その他の2020年秋のスケジュールは8月に発表される予定。

因みに来年の予定が変更になりそうなのはワーグナー・イン・ブダペストも同様なんだけど、とりあえず今年は過去に収録したものをネットで放送するバーチャル・ワーグナー・イン・ブダペストになってしまった。まず6月18日18時(日本時間だと19日午前0時)に「ラインの黄金」その後は連日同じ時間から「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」と続き、24日は「ニュルンベルグのマイスタージンガー」、26日が「さまよえるオランダ人」、27日が「タンホイザー」。

詳しくはこちら。ユーチューブのチャネルはこちら

ドイツにもコロナアプリケーション登場

ドイツではやっと携帯のコロナアプリケーションがリリースされた。外国では既に同様のアプリケーションは作られているけれど、ドイツのローベルト・コッホ研究所が作ったものは少し異なる。

普通のアプリケーションは位置情報をサーバーに送り、感染者と接触したかどうかを判断して携帯に再び通知を出す。その方が簡単なのだが、個人がどこにいたかという位置情報はプライペートな情報だから、EU内ではGDPRのルールに従って、本人が希望したら削除するなどいろいろな対策が必要だ。そこでドイツのアプリケーションは位置情報をサーバーに送らず、ブルートゥースを使った回りの携帯電話と通信して判断するのだとか。コロナ危機で個人の権利は大幅に制限されているが、位置情報をサーバーに記憶すると政府がそれを利用して自由をさらに制限するのではないかという意見に答えたもの。保健大臣などは太鼓判を押しているが、どの程度役に立つかはわからない。

それでもドイツ国内の新規感染者は着々と減ってきて、過去1週間の平均新規感染者は1日当たり230人になった。日本に比べるとまだ多いけど、一時期は毎日3000人以上が感染していたのだから随分改善された。だから最も厳しいバイエルン州も規模限定でイベントの開催が可能になった。ドイツ全土では夏休み明けにはほぼ通常に戻ることが期待されている。

反対にアメリカは先が見えない。まだ収束の目途が立たないうちにビジネスが再開したこともあって、covid-19の患者数は再び増加傾向にある。それに経済的な問題も大きいから、公の資金を受けないアメリカの芸術団体はどこも苦心している。メトとニューヨーク・フィルに続いて、シカゴのリリックオペラも年内の再開をあきらめた。シカゴ響はまだ発表していないが、アダム・フィッシャーの久々のアメリカ客演もどうなるかわからない。

EU内の渡航制限解除

6月15日の午前0時から、EU27か国の渡航制限がほぼ解除された。EUは人の移動は自由なはずだけど、新型コロナウィルスの感染が拡大した3月中旬から次々と国境を閉ざす国が続出した。それでもトラックによる物流は止めなかったけれど、ボーランドはドイツからの入国を制限したので国境からトラックの渋滞は70キロくらい離れたベルリン郊外まで届く始末。それでも先日は国境のオーデル川をまたいだドイツのフランクフルト・アン・デア・オーデルと対岸にあるポーランドのスルビチェの市長同士が喜んでいた。

国境が開くとどうなるかと言えば、ドイツ人たちは夏の休暇で国境を越えていく。ドイツの企業は最低でも年間20日、多くの企業は30日の休暇があり、なるべくまとめて取るように推奨されている。だから2週間休暇を取ってスペインのマヨルカ島やイタリアの海岸に行く人はたくさんいる。確かにcovid-19の感染の心配はあるけれど、多分ドイツ人の夏の休暇はそれに負けない。

因みにまだ完全に渡航制限が解除されていない国もある。

スペイン
スペインの感染状況は改善されているが、まだ人口に対する新規感染者の数が他よりも多いので、スペインの一部の地域への渡航制限は6月21日まで継続される。夏にはほとんど植民地のようにドイツ人観光客に占領されるマヨルカ島はとりあえずはテストで状況を見る。外国人に課している14日間の自主隔離も21日以降撤廃される。

ノルウェー
ノルウェーはEU加盟国ではないし、ノルウェー自体が国を閉ざしているのでEUからの渡航制限解除はいつになるかわからない。入国すると10日間の自主隔離も継続される。月曜日からノルウェーはスウェーデンを除く北欧への渡航制限を解除した。

フィンランド
フィンランドはバルト三国とデンマーク、ノルウェー、アイスランドへのフェリーや空路によるとこうは解除された。でもドイツや他の国からの入国は許可されていないの。

スウェーデン
感染が拡大した3月には厳しい都市封鎖を行わずに注目されていたスウェーデンは、今でも新規感染者が多く、いまだにドイツからの渡航制限の対象になっている。


イギリスとアイルランド
3月中旬に都市封鎖を渋っていたイギリスはやっぱり被害が大きくて、まだ新規感染者が多い。外国からの入国者に対する14日間の自主隔離があるのでまだ渡航には制限がある。アイルランドも入国者に対して14日間の自主隔離を課しているので、両国に対しては不要不急の渡航は避けるように要請が出ている。

マルタ
EUの中でも感染が少ないマルタも入国者に対して14日の隔離を課しているので不要不急の渡航は避けろとのこと。

日本を含む160か国への渡航制限は8月31日まで続ける。ただしその国の感染状況とその検査数、並びにヨーロッパからの渡航者に対する自主隔離の状況によって決定するとのこと。だから日本からヨーロッパ旅行をしたいなら、日本側がヨーロッパからの渡航者を受け入れるように働きかける必要がある。

covid-19後のクラシック音楽業界

最近はヨーロッパ国内ではコロナ危機は下火になりつつあり、劇場やコンサートホールも手探り状態ではあるけれど再開している。ドイツ国内では過去7日間の平均で新規感染者が1日当たり270人と順調に減ってきている。オーストリアはドイツよりも少ないけど、イタリアやスペイン、フランスも大分安定してきている。

それでも新型コロナの経済に対する影響は大きく、とりわけ音楽業界は打撃が大きい。劇場やコンサートホールの閉鎖は3か月に及び、再開しても観客数に制限があるからチケット収入は大打撃だ。ヨーロッパには公的補助金で運営されるオーケストラも多いが、フリーランスの音楽家は数か月間収入が無くなってしまったわけだから大変だ。

さらに政府からの補助金が少ない楽団もある。アメリカの多くの団体は補助金無しでチケット収入と補助金で運営されているし、イギリスにもフリーランスの集まる楽団は多い。もともとオーケストラやオペラに関しては公の関与が少ない両国だけど、奇しくも新型コロナの影響はアメリカとイギリスの影響はEU諸国よりもずっと多く、音楽業界は危機に瀕している。

イギリス人有名指揮者、サイモン・ラトルとマーク・エルダーが連名で、ガーディアン紙に音楽業界の危機を訴えている。「この危機を乗り越えられないオーケストラも多いし、仮に存続できても大きな負債を抱えることになる。」と危機感を募られている。12月にはEU離脱移行期間も終了し、オーケストラはヨーロッパで演奏会を開くためには査証が必要になり、楽器の通関手続きなど大きな問題が発生する。そこに持ってきて国内では厳しい状況が続くと、確かに多くの楽団は存続できない。

アメリカも同様だ。特に被害が大きかったニューヨークでは、メトロポリタンオペラもニューヨーク・フィルハーモニックも年内の公演はほとんど中止と発表している。ナッシュヴィルのオーケストラは2020-21シーズンのキャンセルを早々と発表した。

アメリカのcovid-19の感染者数はトータルで2百万人を突破し、死者も11万5千人以上。5月中旬からロックダウンを徐々に解除しているが、5月末の祭日で気が緩んだのか先週はcovid-19発症者が25パーセント以上増加した州が14州あった。ニューヨークなどの被害の大きかった大都市はさすがに慎重で増加は少ないが、テキサスやアーカンソーなどの南部の州の増加が著しい。潜伏期間を考えるとこの数値には最近の人種差別反対デモの影響は含まれていない。今週末の数値はさらに悪化することが考えられる。

この状況だとまだコンサート再開には程遠いから、アメリカのオーケストラの苦境は長く続きそう。来年1月のアダムのシカゴ響客演もどうなるかわからない。

ウィーン国立歌劇場が9月分のチケット発売延期

ウィーン国立歌劇場は先週から客席数を制限した歌曲のリサイタル等小規模なイベントで再開している。これはインターネットで中継されているので日本からも楽しめる。9月のチケットは例年なら6月中旬に発売されるのだが、今年は7月6日の午前8時からに変更になった。

これはcovid-19による観客数の制限が今後緩められると思われるので、これに対応して販売できるチケットを調節するから。何しろ3月に閉鎖される前までは99%近いチケット販売数を誇っていたから、コロナルールで客席が減るとチケット争奪戦はさらに厳しくなる。9月分のチケットを6月に販売したのは7月と8月は夏休みだからだけど、今年は多分そんな悠長なことは言っていられない。だからチケットの販売を少し延期しても大きな影響は無い。

最近のウイーン国立歌劇場は外国からのお客さんも多いけれど、外国からの旅行制限があるからチケットが発売されても日本からはまだ難しい。オーストリアはイタリアを除く隣国からの入国制限は6月4日から停止されているが、EU外からはまだまだ先で9月以降。日本は感染者数は少ないけれど検査数が多くないし、日本側も入国制限していることもあって、当面は日本からヨーロッパへの旅行は難しそう。

そのウィーン国立歌劇場では6月27日にガラ・コンサートが予定されている。もともとは6月28日でアダム・フィッシャーが前半を指揮する予定だったのだが、1日前倒しになった。アダム自身はすっかり諦めていたのだけれど、数日前にウィーンから連絡があってビックリしたみたい。その影響を受けて、デュッセルドルフ響との演奏会が21日になったのだとか。

ザルツブルグ音楽祭のスケジュール発表

バイロイトとは異なり何とか中止を免れたザルツブルグ音楽祭のスケジュールが発表された。さすがに規模は縮小されたけれど、8月1日から30日までの間に110公演が予定されている。

オペラの新制作はリヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」とモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」の2作。「エレクトラ」はフランツ・ウェルザーメスト指揮、演出はクリストフ・ヴァリコウスキー。「コジ」はヨアナ・マルヴィッツ指揮、クリストフ・ロイ演出。オーケストラはともにウィーンフィル。

ウィーンフィルのコンサートはネルソンス、ムーティ、ティーレマン、ドゥダメルの指揮の4プログラム。ネルソンスはマーラー6番、ムーティーがベートーベンの第九、ティーレマンがワーグナーとブルックナー、ドゥダメルがリストとストラヴィンスキーだから、コンサートとしては普通の長さ。オーストリアはオーケストラに対する制限が無いので舞台の上は普通通り。ただし客席は縮小されそう。

その他の客演オーケストラはケント・ナガノ指揮のORF放送オーケストラ、バレンボイム指揮のディヴァンオーケストラなど。それから毎年企画されているカメラータ・ザルツブルグのモーツァルト・マチネーは元々は同一プログラム2公演だったけれど、1公演に変更されたものの演奏会は残った。だからアダム・フィッシャーが指揮する8月23日。

アダムはその前6月21日にデュッセルドルフでの演奏会がある。これは観客数が500人に増え、チケットはクラスを分けて販売する。プログラムはモーツァルトの交響曲25番とマーラーの歌曲から抜粋(ソロ、トーマス・コニーチェニ)、ハイドンの交響曲94番。

ヨーロッパでは少しずつ正常に戻りつつあるのだが、アメリカはまだ先行きが不安定だ。ニューヨーク・フィルハーモニックは今年中の公演を全てキャンセルし、最初の公演は青年1月5日以降と発表した。ヨーロッパ以外からの渡航制限は8月末まで続けられるようなので、まだまだ正常化には程遠い。

バイオグラフィー 第5章、ステップ・バイ・ステップ(8)

その客演は2001年3月の初めにハンガリー国立歌劇場で行われた。トート・ブダペストと名付けられた公演には、ハンガリー大統領フェレンツ・マードルはじめ知的な有名人が集まった。そしてトート・ブダペストは成功だった。二人の主役、アメリカ人ソプラノのジェーン・カッセルマンとドイツ人テノールのウォルフガング・ノイナーに対しては厳しい批評があり、オーケストラについてもいくつか冷たい言葉はあったものの、ドラマチックな力と抒情的な部分を際立たさせるフィッシャーのアイディアは絶賛された。実際クプファーの演出がこの夜の成功にどの程度関与しているかも感じることができただろう。静かなアクションでも彼は音楽的なハイライトを作り出すことができたし、わずかな動作や舞台装置の動きでも十分だった。

その1か月半後の2001年4月に、2000年にバイロイトでユルゲン・フリム演出の「ニーベルングの指環」新制作を託された指揮者ジュゼッペ・シノーポリが死去した。54歳の指揮者の死去は予想外で、音楽祭マネージメントはアダム・フィッシャーに後継の指揮を依頼した。バイロイトでも尊敬されているイタリア人指揮者にとって代わることなど彼は夢にも思わなかった。当時の彼はワーグナーの世界に進むのは早すぎて予想外だと感じていた。

マンハイムでリング・サイクルを担当しなければならなかったこと、ハンガリーの大臣ロッケンバウアーがブダペストで既に長い間お蔵入りされていた「トリスタン」の演出を招待したこと、そして予想に反してマンハイムの劇場マネージメントが突然の招聘を受け入れ、そのため地元マンハイムで「トリスタン」を上演できたこと、これらは偶然の産物だ。多くは計算できないし、予想することもできなかった。そしてこの連鎖の最後が悲劇的なシノーポリの死だった。彼はドイツオペラで「アイーダ」のナイル河のシーンで倒れたのだった。

2001年の4月末に、筆者はブダペストの郊外の緑豊かなフィッシャーのヴィラに招待された。マエストロは夏の間やウィーンでの公演の間にここに滞在する。この時は家族と友人の小さなグループが集まり、ホストは料理の腕前を披露した。フィッシャーを知る人は良く知っているが、彼はとても控えめで芸術的な称賛を恥ずかしがり単独のカーテンコールでは喝采を5秒も受けることができない。しかし自作レシピのポテト・グヤーシュスープに関しては、褒められることはとても重視している。

その夕方は料理も会話も刺激的で活気があり楽しいものだった。そこに電話がかかって来た。それは特別なことではない。携帯電話は頻繁に使われ、多分指揮棒に続いて2番目に重要な仕事の道具だろう。新進気鋭の若手歌手Xはマエストロにオーディションで聴いてもらうことを願い、インテンダントYはキャスティングの問題で3度目の電話をし、友人Zは恥ずかしそうに次のコンサートの招待券の可能性を質問し、どこかのオペラ座の秘書は午前中のリハーサルを確認してその後のミラノへの航空券は手配済みだと連絡したりする。

だがその時は少し異なった。フィッシャーは会話を隣の部屋に移し、戻って来た時は明らかに青白い顔で沈黙して会話に加わるまでにはしばらくの時間がかかった。何が起きたのだろうか?まだはっきりしないフィッシャーによれば、電話はマンハイムからである問い合わせを転送したものだった。バイロイト音楽祭でシノーポリの代役として「リング」を引き継いでもらえないか?もちろん彼は考える時間を求めた。

依頼を受けるか断るか?妹のエステル以外の全員はイエスと即答した。それはもちろんグループにとっては容易いことだ。実際その重責はその会合のホストが担うことになるのだから。私たち皆、彼のキャリアを押し上げ新しいピークに到達するという意見だった。唯一反対するエステルはナチ時代の音楽の過去を気にして、兄は関与すべきではないと主張した。もちろん兄はその時までにワーグナーを何度も指揮していたが、エステルが意味したことは、過去にはナチの芸術サークルの聖地であったバイロイト音楽祭には関与すべきではないという事だった。

フィッシャー自身は決めかねていた。その課題が重要なことはもちろんだが、主役級の歌手の多くが交代していることに躊躇した。後に明らかになったことだで根拠がないわけでは無いが、彼には代役としての評判は既に付いて回っていたが、死去した同僚の代役として悪意の批評のターゲットになることを心配していた。そしてスケジュールをチェックした彼は、ほとんど安堵したように依頼を受けられないと言った。というのも8月中旬にはオーストリア・ハンガリー・ハイドンフィルハーモニーとロンドンのアルバートホールでプロムナード・コンサートがあり、その後にはニューヨークで彼のプログラムを演奏することになっていた。

数日後、当時フィッシャーのロンドンのエージェントの意見が決定的な要因となった。バイロイトで指揮するチャンスは一生に一度しか訪れない。このチャンスを断るなど論外だ。アルバート・ホールのプロムスやアメリカのコンサートは他の人に任せることはできる。

バイオグラフィー 第5章、ステップ・バイ・ステップ(7)

20世紀の終わりにフィッシャーの人生にさらに変化があった。しかしながらそれは彼にとっては既にルーティンに属する。彼は再び独立したフリーランスの指揮者から、今度はマンハイム国立劇場の音楽総監督のポジションを引き受け、2000年に初めに5年間の契約にサインした。もしカッセルがグスタフ・マーラーに関係があるなら、マンハイムは1777-78年に数か月滞在し、芸術を愛する伯爵カール・テオドールに強い印象を与えた若いモーツァルトの街だ。アダム・フィッシャーにとって、ここでモーツァルト週間を開くのは明確だった。

音楽監督の分野に経験に富んだ人物として彼は極力介入せず、低レベルの決定には特に必要な場合を除いて影響を与えないように努めた。しかしすぐに彼はオペラ・カンパニーには組織としてのルールがあり、シェフもそれに従わなければならないという事を学んだ。

マンハイムのオペラでは、当時ワーグナーの「ニーベルングの指環」が制作されていた。劇場の人々は再演の指揮はフィッシャーがすべきと強く主張した。マエストロはそれ以前にはワーグナーでは「トリスタン」と「パルジファル」「ラインの黄金」「ワルキューレ」は何度か指揮の経験があったが、今までバイロイトの巨匠の世界に集中的に取り組むことには消極的だった。だからフィッシャーはそれを拒否し、1年後から指揮するように提案した。しかし劇場マネージメントはその考えには反対だった。プロダクションはサイクルとしてすぐに上演しなければならない。もしブランクがあれば再演の前に長いリハーサルが必要で、2週間は劇場を閉鎖しなければならない。

フィッシャーは「ジークフリート」と「神々の黄昏」のスコアに没頭する以外に選択肢はなかった。2000-2001年の彼のマンハイムでの最初のシーズンに、彼は「リング」全曲を5回指揮した。そして、ドイツの雑誌オペルンヴェルトに称賛されたその成功は、バイロイトへの道の一つの要因となった。2000年10月にはメルボルンでオリンピックが開かれたことに因み、マンハイムの劇場関係者とフィッシャーにとっては「五輪の年」となった。

ワーグナーのノルンがお互いに投げる糸は時に不思議な模様を作り出す。ほとんど同じ時期にチューリッヒで「チェネレントラ」のリハーサルを始めたアダム・フィッシャーの元に、ハンガリーから文化大臣のゾルターン・ロッケンバウアーと教育大臣のゲルゲイ・プローレの二人の客人が訪ねてきて、この本の著者の家で会うことになった。二人とも哲学を学んだ音楽愛好家で、政府の公的な仕事でスイスに来ていた。彼らはジュネーブにいたクリストフ・フォン・ドッホナーニに、ブダペストのオペラの監督に就任するよう要請したのだった。(成功はしなかったが。)ロッケンバウアーとプローレ双方ともに後に厳しい政治の世界から引退したのは偶然ではないだろう。

当時はまだ新しく選ばれた大臣ロッケンバウアーはとても熱心で、フィッシャーの先行きにも興味を持っていた。彼は熱心なワグネリアンで、何十年も前の素晴らしい公演や、偉大な歌手や指揮者、演出家らを知っていて、Lauritz Melchior, Set Svanholm, Wolfgang Windgassen、 Kristen Flagstadらが揃った録音が存在するかなど苦も無く答えることができた。「マンハイム」というキーワードに関しては、彼は1982年に上演され演出家ハリー・クプファーの名声を上げた「トリスタンとイゾルデ」をすぐに思い出した。もしフィッシャーとマンハイム国立歌劇場がブダペストでこの「トリスタン」を上演できるなら、公式の招聘については彼が責任を持つ。

そのアイディアは荒唐無稽のようにも思えた。なぜならその「トリスタン」はマンハイムでは既にお蔵入りだった。劇場は何年も前に別の演出に変わっていたし、大都市ではないマンハイムの人々の関心は既に無くなっていた。しかしマンハイム・オペラのマネージメントはその招待を喜んだ。ハンガリーへの客演は劇場の名声を上げることになるからだ。そこでプロダクションのリバイバルを企画し、新しい演出と同じ歌手が歌うことになった。そしてハンガリーとの契約が締結されてブダペストでの公演日が決定されると、マンハイムでもフィッシャー指揮による「トリスタン」の公演が2回企画された。それは言ってみればブダペストの予行演習だったのだがセンセーションを引き起こし、ワーグナー指揮者としてのフィッシャーがマンハイム以外からも注目される2番目の要因となった。

バイオグラフィー 第5章、ステップ・バイ・ステップ(6)

昨日の日記に書いたように、コロナ危機で中断していたアダム・フィッシャーのバイオグラフィーの抄訳を続ける。第5章の途中で中断したのだけれど、この章の後半にはバイロイト音楽祭やワーグナーとの関わりが書かれていて、日本の方には一番興味の深い所ではないかと思う。とりあえずはまだデンマーク室内管について。

過去の日記を復讐したい方はこちらをどうぞ。古い順から読んでください。
----------------------------------

皮肉なことに、その最高賞を受賞したのはオーケストラがその存在をかけて戦っている時だった。コペンハーゲンの室内オーケストラとのコラボレーションが危機にさらされるとともに、アイゼンシュタットのフェスティバルとハイドン・フィルハーモニーの将来も不安定になり、フィッシャーにとっては二重の困難だった。コペンハーゲンで起きたことは政治的策略、財政的議論、外部からの干渉などでいまでも実態はよくわからない。放送局のマネージメントは室内管を解団することを決め、財政削減をその理由とした。それは他の多くの放送オーケストラが受けた圧力と同じ傾向だろう。何年にもわたってセンセーションを起こし、国際的にも高い評価を得た楽団の解散が突然決定された。どうやらオーケストラは文化大臣と放送局の局長の駆け引きの材料にされたようだ。

一方、一部の人はその一件は小さな室内楽であるはずの弟分が、とりわけベートーベンの解釈で自身を凌ぐことを恐れたデンマーク放送響が仕掛けたのではないかと憶測した。2014年初頭のフィッシャー指揮のベートーベンの演奏会のベーリングスケ紙による批評を読むと、その憶測も否定はできない。「誰もが予想しなかったが、デンマーク放送室内管はモーツァルトとベートーベンの解釈で、ヨーロッパでもっともエキサイティングな楽団に成長した。この国はエリート・オーケストラを手に入れた。」

解団の決定に対する反対は世界中からデンマークの文化庁に届いた。その中にはウィーンフィルやベルリンフィルも含まれている。コペンハーゲンの国会の野党も反対したが、楽団のデンマーク放送からの分離は2014年末をもって現実となった。

42人の団員の多くは新たな形式で個人として集まった。最終的にはオーケストラは音楽愛好家たちの寄付により生き延び、プライベートな団体として活動を始めた。そして既に行っていたベートーベンのサイクルは継続された。デンマーク放送はフィッシャーに対して残りの契約期間の出演料を支払ったので、このお金でその後1年半にわたってオーケストラとの演奏会を開くことができた。デンマークのウィルヘルム・ハンセン基金がフィッシャーに名誉賞を授与した時、彼は賞金を全額オーケストラに寄付した。デンマーク放送への抗議の意思を理解した基金は、15万デンマーク・クローネの賞金に加えて、10万クローネをオーケストラに授与した。ハイドンターゲとコペンハーゲンのオーケストラ、フィッシャーの2つの問題児たちは2017年に初めて接触した。前述したように、デンマーク人たちはブルゲンランドのフェスティバルで「彼らの」モーツァルトを演奏したのだ。

有名指揮者が同じオーケストラに20年も留まるというのは珍しい。両者の関係は実際稀だ。デンマークの音楽家たちはシェフの能力だけでなく、解散の危機に瀕した時でも変わらないフレンドリーな本質も称賛している。フィッシャーもコペンハーゲンでの経験をとても幸せそうに語る。彼が自由に新しいものを探すことができるのは真に愛着を感じる団体とだけだで、「デンマーク人」によってその贈り物を与えられた。

アーノンクールの手法に間近に接し、それから彼自身の独立した結論を導く機会、それに続いて彼がコペンハーゲンでチャンスを与えられ、アイゼンシュタットでウィーン古典派、とりわけハイドンのスペシャリストとしての名声を確立したこと、これらの進歩は密接に連続した段階だった。

もしかしたら、彼の芸術的な意思を解き放ち、新しい方向に進むように彼を解放したものがもう一つある。父シャンドール・フィッシャーが90年代半ばに他界した。息子は父の最後の事について語るのは確信が持てないが、それでもここに記そう。シャンドール・フィッシャーは生涯を通じてそれほど有名ではない音楽家だった。一方彼の息子のアダムは40代には既にサンフランシスコから東京まで、またバルセロナからブリュッセルなど、各地で数えきれないほどの客演をして世界中で成功を収めている。父はアダムと、同様に成功しているイヴァンに対して山のような誇りを感じていた。そして彼自身が容赦ない批評やコメントをできる時代は遠く過ぎ去っていた。それでもアダム・フィッシャーにとって父の偉大な姿は何年もの間残っており、彼の影は常に背後にあ。小さなアダムの行動の要因でそれ以降も変わらない問は成長した芸術家にも言葉で表せない、もしかしたら無意識に感じていた。それは「パパの嗜好に従い、パパの期待に応えているか?」

父の死に対する息子の悲しみがある一方で、突然内面の自由を得たような感覚もあった。それは事実かそれとも幻想か?結局はその二つの感覚は同じものに煮詰められた。妹のエステルは厳格な父のイメージが無くなったことと、アダムが実験的な試みの楽しみに目覚めたことは関係があると考えている。しかし彼はその意見に同意するにはためらいがある。心理学者の妹は家族の歴史も知っている。しかし心理学者は有効なルールを見つけることもあるが、彼らの解釈を信じさせるだけの場合もある。もちろんそれは私たちは知っているが…
livedoor プロフィール

haydnphil

追っかけの対象↑
アメリカに8年在住後、18年前にドイツに移住。指揮者アダム・フィッシャーのファンクラブ会長で追っかけ歴は29年。E-Mailはfanclub@haydnphil.orgまでどうぞ。

Archives
Recent Comments
BlogRoll
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ